第1 工事前に確認する全体像
建築物等の解体・改造・補修工事では,最初に事前調査の対象か,資格者が必要か,行政への結果報告が必要か,石綿含有建材がある場合に届出・隔離その他の作業基準が必要かを分けて確認する。報告基準に満たない小規模工事であっても,事前調査そのものが不要になるとは限らない。
大気汚染防止法は周辺環境への石綿飛散防止を,労働安全衛生法・石綿障害予防規則は労働者のばく露防止を中心に定める。石綿事前調査結果報告システムは両制度への報告を一体的に行えるが,発注者・元請業者の義務,届出及び保存資料まで同一になるわけではない。
本記事は,令和8年9月25日現在の法令並びに環境省及び厚生労働省の公表資料に基づく。
第2 事前調査と行政報告は同じではない
元請業者又は自主施工者は,解体等工事に着手する前に,設計図書その他の書面と現地の目視により,石綿含有建材の使用の有無を調査する。書面・目視で明らかにならないときは分析調査を行うか,石綿を含有するものとして必要な措置を講じる。
これに対し,行政への「事前調査結果報告」は,後記第5の規模要件を満たす工事について必要となる。したがって,「80平方メートル未満だから調査不要」「100万円未満だから石綿対応不要」という理解は誤りである。
第3 発注者・元請業者・下請業者の役割
| 主体 | 主な役割 | 確認資料 |
|---|---|---|
| 発注者 | 設計図書・過去の調査記録等を提供し,適正な調査・工事を妨げる条件を付さず,必要な費用・工期に配慮する。対象作業では法定届出の名義人となる。 | 設計図,竣工年,改修履歴,契約書,見積書,説明書,届出控え |
| 元請業者・自主施工者 | 事前調査,発注者への書面説明,結果報告,掲示・備付け,下請への説明,作業計画,完了後の報告・記録保存を行う。 | 調査報告書,資格証,分析結果,システム受付結果,掲示写真,作業記録 |
| 下請業者 | 元請から示された調査結果・作業方法に従い,作業基準,ばく露防止措置及び記録作成を実施する。変更・追加範囲を独断で施工しない。 | 施工要領書,作業員名簿,教育記録,保護具,日報,写真 |
発注者が「石綿なし」と説明しても,元請業者の法定の事前調査が当然に省略できるわけではない。反対に,元請業者が調査を実施することを理由に,発注者が保有資料の提供や適正な費用・工期への配慮をしなくてよいわけでもない。
第4 有資格者による調査
令和5年10月1日以降に着工する建築物の解体・改修工事では,建築物石綿含有建材調査者等の有資格者による事前調査が必要である。一戸建て等石綿含有建材調査者が調査できる範囲には制限がある。分析調査にも,厚生労働大臣が定める知識・技能を有する者という要件がある。
工作物についても,令和8年1月1日以降着工の対象工事から資格者要件が適用される。建築物,工作物,船舶のいずれか,工事対象と調査者資格の対応を着工前に確認する。
第5 事前調査結果の報告基準
環境省が示す報告対象は,次のとおりである。石綿がないとの調査結果であっても,規模要件に該当すれば報告が必要である。
- 建築物の解体工事で,解体対象の床面積の合計が80平方メートル以上のもの
- 建築物の改造・補修工事で,請負代金の合計額が100万円以上(税込)のもの
- 一定の工作物の解体・改造・補修工事で,請負代金の合計額が100万円以上(税込)のもの
同一の者が二以上の契約に分割して請け負う場合は,一つの契約として判断される。請負代金は材料費を含む工事全体の額で,事前調査費用を含めないとされている。報告は原則として石綿事前調査結果報告システムにより行う。
第6 石綿が判明した後の届出・作業基準
事前調査で石綿含有建材が判明した場合は,建材の種類,工法及び工事内容に応じ,特定粉じん排出等作業の届出,労働安全衛生法上の計画届又は石綿障害予防規則上の作業届を確認する。大気汚染防止法上の届出者と労働安全衛生法上の届出者が異なる場合があるため,システム報告だけで全ての手続が完了したと扱わない。
作業では,石綿含有建材を原則として切断等せず除去すること,必要な隔離・負圧,湿潤化,集じん・排気,作業中の点検,取り残し確認,作業後清掃,廃棄物処理等を,建材区分と工法に応じて実施する。事前調査結果と作業内容は公衆・作業者に見やすい場所に掲示し,現場に備え付ける。
第7 行政命令・罰則と工事停止リスク
都道府県等は,報告徴収,立入検査,届出内容に対する計画変更命令,作業基準適合命令及び作業の一時停止命令等を行い得る。事前調査結果の未報告・虚偽報告,届出違反,命令違反,隔離等を行わずに作業した場合等には,違反類型に応じた罰則が問題となる。
実務上は,命令・罰則に至らなくても,追加調査,行政協議,近隣対応及び除去工法の変更により工程が止まる。着工直前に調査するのではなく,見積・契約・工程作成前に調査期間と分析期間を組み込む。
第8 契約・工程・追加費用の整理
- 事前調査を誰が発注し,誰が費用を負担するか。
- 設計図書・過去の調査記録をいつ提供するか。
- 石綿が発見された場合の追加見積,工期延長及び施工停止の手順。
- 分析結果確定前に着工できない範囲と,石綿含有みなしで施工する場合の条件。
- 行政届出・近隣説明・廃棄物処理の担当者。
- 契約不適合,表明保証,既知・未知の石綿及び追加費用の分担。
「追加費用は全て請負人負担」「工期延長を一切認めない」といった条件は,法定調査・飛散防止措置を妨げるおそれがある。発見時の停止・報告・協議・変更契約の順序を明記する。
第9 証拠として残す資料
- 設計図書,竣工図,改修履歴,建材商品名及び製造時期
- 調査者・分析者の資格証,調査範囲図,写真,採取位置及び分析結果
- 発注者への説明書,質問回答,見積書及び工程表
- 事前調査結果報告,届出書,受付記録及び行政との協議記録
- 掲示・備付けの写真,下請への説明資料,作業計画・日報・動画
- 隔離・負圧・集じん排気装置等の点検記録,取り残し確認及び完了報告
- 廃石綿等の梱包,保管,マニフェスト及び処分記録
着工後に天井裏,壁内又は追加改修部分が初めて露出した場合は,既存調査の対象範囲と新たな範囲を区別し,追加調査前の施工を止めた時刻,発見状況及び現場保存状況を記録する。
第10 実務チェックリスト
- 建築物・工作物・船舶及び解体・改造・補修の別を確定したか。
- 報告対象規模に満たなくても事前調査を実施したか。
- 調査者・分析者の資格が工事対象に対応するか。
- 石綿なしの場合を含め,報告対象規模なら行政報告をしたか。
- 発注者への書面説明,掲示,備付け及び下請説明をしたか。
- 法定届出と着工までの期間を確保したか。
- 追加発見時の停止・調査・変更契約手順があるか。
- 条例・自治体要綱による上乗せを工事場所ごとに確認したか。
第11 調査範囲と限界
確認済みは,大気汚染防止法,労働安全衛生法,石綿障害予防規則並びに環境省・厚生労働省の公表資料である。工事場所の条例・要綱,建材ごとの施工方法,廃棄物区分,契約責任及び健康被害の因果関係は個別に追加確認を要する。判例秘書の網羅検索は本記事では実施していない。
第12 出典・参考資料
①e-Gov法令検索「大気汚染防止法」
②e-Gov法令検索「労働安全衛生法」
③e-Gov法令検索「石綿障害予防規則」
④環境省「石綿事前調査結果の報告について」
⑤環境省「建築物等の解体等工事における石綿飛散防止対策に係るリスクコミュニケーションガイドライン等」掲載資料
⑥厚生労働省石綿総合情報ポータルサイト「小規模工事等の着工前に必要な手続きについて」
⑦厚生労働省「石綿障害予防規則など関係法令について」