第1 この記事の対象と資料
1 使用する資料
本記事は,最高裁判所事務総局「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第11回)」(令和7年7月)の第4章「地方裁判所における刑事通常第一審事件の概況及び実情」(118頁~141頁)を基に,公判前整理手続が長期化している実情と,その要因として挙げられている事項を整理するものである。
統計は令和6年に終局した事件の数値であり,報告書の本文が「前回」と書くときは第10回報告書,すなわち令和4年の数値を指す。
同報告書の実情調査は,令和6年5月及び同年10月に,中規模庁及び小規模庁の地方裁判所本庁各1庁と,これに対応する検察庁及び単位弁護士会に対して行われた(報告書135頁)。
庁名は公表されておらず,2庁の聴取結果が全国の実情をそのまま表すものではない。
実情調査で紹介された意見は,法曹三者それぞれの立場からの意見であり,裁判所又は報告書の結論として示されたものとは区別して読む必要がある。
2 公判前整理手続の法的枠組み
公判前整理手続は,刑事訴訟法316条の2第1項により,裁判所が「充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるとき」に,第1回公判期日前に事件の争点及び証拠を整理するために付する手続である。
裁判員裁判の対象事件については,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律49条により,第1回の公判期日前に必ず公判前整理手続に付される。
刑事訴訟法316条の3第2項は,訴訟関係人は,公判前整理手続において「相互に協力するとともに、その実施に関し、裁判所に進んで協力しなければならない」と定めている。
同条1項は,裁判所に対し,十分な準備が行われるようにするとともに,できる限り早期に公判前整理手続を終結させるよう努めることを求めている。
手続は,検察官の証明予定事実記載書面の提出と検察官請求証拠の開示(316条の13・316条の14),類型証拠の開示(316条の15),被告人又は弁護人の主張の明示(316条の17),主張関連証拠の開示(316条の20)の順に進む。
316条の17第1項は,被告人又は弁護人は,検察官請求証拠及び類型証拠の開示を受けた場合において,公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは,裁判所及び検察官に対し,これを明らかにしなければならないと定めている。
同条3項により,裁判所は,主張を明らかにすべき期限を定めることができる。
第2 統計で見る長期化
1 刑事通常第一審全体
令和6年の刑事通常第一審事件の平均審理期間は3.9月であり,自白事件は3.3月,否認事件は11.4月であった(報告書119頁,124頁)。
公判前整理手続に付された被告人は990人で,平均審理期間は14.9月,そのうち否認事件は17.8月であった(報告書125頁【表12】【表13】)。
公判前整理手続に付された否認事件を審理体制別に見ると,裁判員裁判対象事件は16.9月,裁定合議事件は25.3月(51人),単独事件は18.0月(69人)であった(報告書125頁【表13】)。
裁判員裁判の対象ではない否認事件でも,公判前整理手続に付されれば1年半前後以上かかっていることになる。
2 裁判員裁判対象事件
裁判員裁判対象事件の平均審理期間は14.0月(前回13.8月)であり,審理期間が2年を超える事件の割合は7.2%(前回8.2%)であった(報告書121頁,129頁)。
公判前整理手続の期間の平均は,令和5年に11.1月へ減少したものの,令和6年は11.8月に増加した(報告書130頁~131頁【図23】)。
否認事件に限ると平均14.4月であり,総数の平均が平成22年には5.4月であったことと比べると,大きく延びている。
報告書は,公判前整理手続の期間が審理期間の大半を占め,公判前整理手続の期間が長くなると審理期間も長くなる関係にあるとしている(報告書130頁)。
段階別の平均日数では,公判前整理手続中の期間が356.5日を占める(報告書132頁【図24】)。
否認事件の平均評議時間は1,060.9分,鑑定の実施率は6.9%であった(報告書134頁)。
第3 報告書が挙げる長期化要因
1 事件内容の変化
これまでの報告書は,公判前整理手続の長期化について,事件内容の変化,当事者の訴訟活動及び裁判所の訴訟指揮という複数の要因が複合的に影響していると整理してきた(報告書135頁)。
今回の実情調査でも,事件内容の変化として次の4点について,おおむね同様の認識が法曹三者から示された(報告書135頁~136頁)。
(1) 客観的証拠の増加
防犯カメラやドライブレコーダーの映像,SNSのメッセージ,スマートフォン等のデータといった客観的証拠が増えている。
検察官の側からは,分析や解析に加え,証拠開示請求を受けて開示対象を精査し,マスキングの要否を検討する作業に時間がかかるという実情が,弁護人の側からは,開示された証拠を謄写して検討し,勾留されている被告人に確認を求めることに時間がかかるという実情が紹介された。
(2) 科学的・専門的知見が問題となる事件
責任能力や法医学等が問題となる事件が増えている。
検察官の側からは,責任能力にそこまで疑義がない事案でも,裁判員が不安に思うかもしれないとして責任能力の鑑定を実施する事案が増えているという意見があった。
弁護人の側からは,証拠開示を受けてから協力医を確保して反論・反証を準備する必要があり,無償又は少額で依頼している場合には急かすことができないという意見があった。
死因が争われる事案では,特定の法医学者に死因鑑定が集中し,鑑定書の完成まで起訴後半年から1年以上かかることもあり,弁護人が鑑定書を見るまでは意見を述べられないとして,長期化の要因になっている実情がうかがわれたとされている。
これに対し,検察官の側からは,鑑定書が作成される前に鑑定医の意見をまとめた調書を作成して開示しており,弁護人はそれを前提に主張を検討できるのではないかという意見があった。
(3) 捜査段階での黙秘と組織的広域事件
検察官の側からは,捜査段階で被告人が黙秘すると言い分が分からないため網羅的に証拠を収集せざるを得ず,証拠量が増えるという意見があった。
他方,弁護人の側からは,黙秘によって取調べ状況をめぐる無用な争いがなくなり,長期化の歯止めにつながるという意見があった。
また,いわゆる「闇バイト」に応じて組織的・広域的に強盗を繰り返す共犯事件では,証拠量が多く,共犯者間の証拠意見の調整に時間を要するため長期化しやすいとされている。
2 証拠開示と主張の明示
証拠開示について,検察官の側からは,幅広に任意開示をしているが,自白事件か否認事件かにかかわらず弁護人が広範に証拠の開示を求めるため,マスキングや謄写に時間を要しているという実情が紹介された(報告書136頁)。
弁護人の側からは,任意開示はあくまで任意であり,類型証拠開示請求をして全ての証拠を確認した上で防御を尽くす必要があるという意見があった。
主張の整理については,公判前整理手続でどこまで主張を整理すべきかや,弁護人の主張明示義務の範囲について法曹三者の共通認識が得られておらず,検察官の求釈明をめぐって紛糾して長期化することがあるとされている(報告書136頁)。
弁護人の側からは,被告人質問で供述すれば足りることまで主張を求められることがある,主張を明示することで公判での言い分が限定されたり反対尋問の獲得目標が明らかになったりすることは避けたいという意見があった。
検察官の側からは,弁護人の主張が抽象的にとどまると網羅的な主張立証をせざるを得ない,裁判員に分かりやすい審理のためには重点的に尋問すべき事項を把握する必要があるという意見があった。
報告書は,類型証拠開示が全て終わるまで主張を一切示さない方針をとる弁護人が一定数見られるという実情が示されたとしている(報告書137頁)。
弁護人の側からは,証拠を検討するまでは,暫定的にであっても軽々に見通しや方針を示すことはできないという意見があった。
3 裁判所の訴訟指揮と審理計画
検察官・弁護人の側からは,証拠開示や主張のやりとりが膠着状態に陥った際に,裁判所が適切にコントロールすることが求められるという意見があり,検察官の側からは,裁判所が弁護人に主張等の提出期限を明確に切らないため具体的な主張がいつまでも出ないという意見があった(報告書137頁)。
裁判所の側からは,訴訟指揮が裁判体によって異なるため当事者が進行を予測できない可能性があり,事件類型ごとのプラクティスを積み上げることが迅速化に資するのではないかという意見があった。
統合捜査報告書の作成や刺激証拠の取扱いの調整にも時間を要しているとされ,検察官の側からは,原証拠を抄本化したものを証拠として取り調べることも考えられるという意見があった。
また,裁判所の側からは,余裕を持った審理日程を組むことで実審理期間が長くなり,次の事件の公判期日を半年以上先に入れざるを得ず,本来もっと早く終えられた公判前整理手続まで長くなっているという実情が示された(報告書137頁)。
起訴後早期の打合せや公判期日の仮予約は,効果が限定的にとどまっているとされている。
裁判所からは,期日前にその期日で行う内容をメール等で当事者と共有する取組が紹介された。
第4 裁判員裁判非対象の否認事件
報告書は,裁判員裁判非対象事件の否認事件の平均審理期間の長期化傾向が顕著であることから,今回,その公判準備についても調査したとしている(報告書135頁)。
非対象事件では,裁判員裁判の公判の予定が優先されるため公判期日を入れにくい面があり,公判前整理手続や期日間整理手続(刑事訴訟法316条の28)は重たい手続として敬遠されがちで,事実上の打合せで証拠開示や争点整理を進めていることが多いとされている(報告書138頁)。
検察官の側からは,公判前整理手続等に付しても弁護人が具体的な主張をしなければ争点は整理できず,請求が重なってかえって長期化する場合があるという意見があった。
弁護人の側からは,証拠開示を求めて公判前整理手続等に付すよう請求しても,裁判所・検察官が消極的な対応をする場合が多いという意見があった。
また,裁判官のみの審理であるため争点や証拠の整理・厳選が行われにくく,連日開廷が難しく立証も五月雨になりがちであるとされている。
第5 検証検討会の議論と報告書の結論
1 主張明示義務をめぐる議論
検証検討会では,法曹三者の立場の違いが先鋭化しており,意識の違いを超えて迅速化の方策を見出すことは難しいという指摘があった一方,公判中心主義という理想に立ち返って迅速化の意義を共有する必要があるという意見もあった(報告書139頁)。
弁護人の主張明示義務については,法律上の義務の問題と迅速化のためのベタープラクティスの問題を区別する必要があり,前者を基準に考えるべきである,事案ごとに審理計画への影響の有無という観点から主張の明示がどこまで必要かを具体的に議論する意義はある,事件類型に応じて共通理解を形成していくことも考えられるといった意見が出されている。
また,刑事訴訟法316条の3を挙げて,裁判所が公判前整理手続をリードしていくことをより一層期待したいという意見もあった。
2 報告書の結論
報告書は,公判前整理手続で何をどの程度詳細に整理すべきか,裁判所と当事者の役割分担はどうあるべきかといった点について,法曹三者で共通認識を形成すべく努力を継続し,新たなプラクティスを見出していくことが不可欠であるとしている(報告書140頁)。
そのうえで,当事者追行主義の下,争点及び証拠の整理は当事者間で主体的に行われるべきものであり,検察官及び弁護人がより密接なコミュニケーションをとって認識の齟齬を解消していくことが望まれ,裁判所にも手続を適切にコントロールしていく姿勢が求められるとしている。
振り返りの会では公判段階の話題が中心で,公判前整理手続について深まりのある議論がされているわけではなく,法曹三者の研究会もコロナ禍の影響が残っているとされている。
第6 第12クールの検証で取り上げられる論点
令和7年10月2日に開かれた裁判の迅速化に係る検証に関する検討会(第74回)では,第12クールの刑事の検証について,公判前整理手続を中心とした長期化要因の分析を引き続き検証テーマとする方針が説明された。
委員からは,精神鑑定を引き受ける医師の裾野を広げる必要,客観的証拠の増加への対応とAIの活用の可能性,再審請求審の審理期間に関する統計を報告書に掲載することの提案が出され,事務総局の担当課長は,再審請求事件の統計の掲載について前向きに検討するとしている。
同検討会で「50条鑑定」として言及されたのは,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律50条の鑑定手続実施決定である。
同条1項は,公判前整理手続において鑑定を行うことを決定した場合に,鑑定の結果の報告までに相当の期間を要すると認めるときは,公判前整理手続において鑑定の手続(鑑定の経過及び結果の報告を除く。)を行う旨の決定をすることができると定めている。
事務総局の担当課長は,捜査段階の鑑定がある場合にもう一度正式に鑑定を行うかどうかで検察官と弁護人の意見が食い違い,この鑑定をめぐって難しい判断を迫られることが,公判前整理手続の長期化の典型的な類型であると述べている。
第7 弁護人の実務上の対応
報告書の記載を踏まえると,弁護人としては次の対応が考えられる。
これは本記事の整理であり,報告書が弁護人に求めている事項として示したものではない。
①主張の明示は,刑事訴訟法316条の17の法律上の義務の範囲を基準としつつ,人証の要否や鑑定の要否など審理計画に影響する部分は,早い段階で明らかにすることを検討する。
②死因や責任能力が争点となる事件では,鑑定書を待つだけでなく,鑑定医の意見をまとめた調書の早期開示を求め,それを前提とした暫定的な方針を立てる。
③映像やデータが大量にある事件では,接見の際に被告人と証拠を検討する手段を早い段階で確保する。
④裁判員裁判非対象の否認事件で公判前整理手続に付すよう請求するときは,証拠開示の必要性とともに,手続を長引かせないための主張予定の時期を示す。
⑤統合捜査報告書の作成に時間がかかっている場合は,原証拠の抄本化など,代わりの立証方法を検察官と協議する。
第8 関連記事
刑事手続のデジタル化とは―令和7年法律第39号の施行日,電子令状,オンライン証拠開示及びLinKage
証拠等関係カードの読み方―同意・不同意・採否・撤回・取調べの結審前確認
刑事裁判の書証の証拠能力-伝聞法則・供述調書・同意書面の判断順序
裁判員裁判の控訴審―事実誤認・量刑不当の審査と第一審尊重
令和8年の再審制度改正――証拠開示,検察官抗告,施行日及び残された論点
裁判の迅速化に係る検証に関する報告書と検討会―第1回から第11回までの報告書と第12クールの論点
第9 出典
1 法令
①刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)316条の2・316条の3・316条の13~316条の15・316条の17・316条の20・316条の28(e-Gov法令検索)
②裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(平成16年法律第63号)49条・50条(e-Gov法令検索)
2 統計・データ及び裁判所の資料
①最高裁判所事務総局「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第11回)」(令和7年7月)目次
②同報告書 第4章「地方裁判所における刑事通常第一審事件の概況及び実情」(118頁~141頁)
③裁判の迅速化に係る検証に関する検討会(第74回)開催結果概要(令和7年10月2日)
* 本記事は特定の裁判例を根拠としていないため,判例秘書による判例本文の確認は行っていない。