第1 この記事の対象と結論
1 2026年8月29日現在の制度と運用を区別する
この記事は,ウズベキスタンの裁判所におけるAI活用について,2025年8月21日付大統領令PF-140が定めた制度,2026年8月29日に最高裁判所の公開ポータルで確認できたサービス及び現地訪問者の報告を区別して整理するものである。
大統領令が導入時期を定めたことは,すべての機能が予定どおり全国で稼働し,性能評価まで完了したことを意味しない。
本記事の結論は,①提訴前の予測結果及び費用を示す公開サービスはテスト運用中の画面まで確認できること,②AIによるリアルタイムの調書作成及び裁判文書案の自動作成は大統領令に明記されていること,③予測精度,使用データ,裁判官による利用範囲及び人間の審査手順は公開資料から確認できないことである。
2 「制度上の予定」「公開確認」「現地報告」の三段階がある
大統領令PF-140は,裁判所へのAI導入及び司法手続のデジタル化を一体的な政策として定めた法令資料である。
これに対し,最高裁判所のインタラクティブ・サービス・ポータルは,市民向けサービスが現に公開されていることを示すが,サイト自体にはテスト運用中であるとの表示がある。
また,2026年8月28日付の島並良教授のX投稿は,現地で最高裁判所関係者から説明を受け,勝敗予測のデモを見たとの訪問報告である。
同投稿は具体的な観察資料である一方,最高裁判所の仕様書,利用統計又は監査報告ではないため,投稿者が見聞きした範囲を超えて一般化することはできない。
ウズベキスタン出張から帰国したばかりですが、最高裁副長官から伺った話では、当地では既に裁判官がAIを活用しているとのことでした。それだけでなく、裁判所が提供するシステムに市民が事案を入力すると、提訴前に勝敗予想の情報提供がされ、実際の入力画面を使ったデモも見せて頂きました。 https://t.co/9zkrmTDHNE
— SHIMANAMI Ryo / 島並良 (@shimanamiryo) August 28, 2026
第2 大統領令PF-140が定めた「デジタル裁判所」
1 司法アクセスの向上と全面電子化を目的とする
2025年8月21日付大統領令PF-140は,裁判所活動へのAI技術の導入,デジタル化の継続及び裁判所の技術基盤の改善を目的としている。
同令1項は,「デジタル裁判所」の構想に基づき,紙による事件処理から段階的に全面電子化へ移行することを優先目標の一つとした。
同令は,最高裁判所にデジタル技術・AI部門を設け,デジタル技術省,最高裁判所の同部門及び国営システム開発事業者UZINFOCOMに,デジタル裁判所の段階的導入を担当させている。
2 市民向けには提訴前予測と費用情報を予定した
同令3項は,裁判所へ申立てを行う前に,AIを用いて裁判手続の予測結果と必要費用を示すことを定めた。
そのほか,電子申立て,遠隔での審理参加,電子事件記録の閲覧,裁判費用の電子的な計算・支払及び執行文書の自動送付を,デジタル裁判所の構成要素としている。
同令6項は,2026年1月1日から,最高裁判所のmy.sud.uzにAIを用いる仮想相談員を設け,法律上の質問への自動回答及び裁判情報の提供を行う計画も定めた。
もっとも,2026年8月29日に確認した公開画面では,仮想相談員について,独立したサービスとしての稼働状況を確認できなかった。
3 裁判所内部では調書と裁判文書案の自動作成を予定した
同令3項は,AIを用いて裁判期日の調書をリアルタイムに文章化すること及び裁判文書案を自動的に作成することを定めた。
さらに,同令6項は,2025年末までに裁判文書を自動作成する特別な情報プログラムを整備する計画を掲げた。
ただし,原文の「裁判文書案」又は「裁判文書の自動作成」だけでは,定型部分の作成,主張整理,理由の文章化,証拠評価又は結論候補のうち,どこまでを自動化する設計であるかは分からない。
同文言だけから,AIが裁判官に代わって勝敗を決定していると確認することもできない。
4 タシケントでの実験後に2026年から2027年まで段階導入する
同令4項及び5項は,2025年末までにタシケント市で経済,民事及び行政紛争を扱うデジタル法廷を実験的に設け,その結果に基づいて2026年から2027年までに全国の裁判所へ段階的に導入する計画を定めた。
したがって,2026年8月29日は全国展開の途中に当たり,個々の機能について実験,限定運用又は全国運用のいずれであるかを別に確認する必要がある。
第3 公開された提訴前の予測サービス
1 最高裁判所ポータルはテスト運用中である
2026年8月29日にmy.sud.uzを確認したところ,トップページには「サイトはテストモードで稼働している」との表示があり,「裁判審理の予想結果」に相当するサービスが「新規」として掲載されていた。
サービス説明は,法的根拠を大統領令PF-140とし,利用者を個人及び法人,料金を無料,所要時間を即時,必要書類を不要としていた。
この確認は,公開用の説明画面までを対象とするものである。
個別の事案を入力して予測結果を取得する操作は行っておらず,対象となる事件類型,設問数及び出力の全内容は確認していない。
2 選択式の回答から参考的な結果と費用を示す
公開画面が示す利用手順は,①裁判分野を指定する,②申立ての種類及び主要な事件類型を選ぶ,③表示された質問について回答を選ぶ,④AIを用いた参考的な予測結果及び費用情報を得る,というものである。
公式画面が結果を「参考的」なものと説明していることから,予測表示を裁判所による将来の判決又は法的助言と同一視することはできない。
3 現地デモでは「25%」との表示が報告された
島並教授の一連のX投稿によれば,裁判所に置かれた端末では,自由記述をせず,画面ごとに選択肢を選ぶ方法で結果に到達し,デモ画面には青色と赤色による勝敗予測及び「25%」との数値が表示されたという。
また,最高裁判所関係者から,裁判官も既にAIを活用しているとの説明を受けたと報告されている。
これらは現地訪問者が見聞きした内容である。
「25%」が勝訴確率としてどのように定義・計算されたのか,また,裁判官がAIをどの作業に使用しているのかは,投稿及び公開画面からは確認できない。
第4 2026年に確認できる実装の進行
1 2026年2月時点では開発中のシステムとして説明された
ウズベキスタン国営通信社が2026年2月13日に掲載した「デジタル裁判所」は,最高裁判所長官がUZINFOCOMを訪問し,開発中のデジタル裁判所システムの説明を受けたと報じている。
同記事は,法令分析及び法的支援の機能が提示され,裁判文書の自動作成プログラムとAIによる費用計算に関する作業が協議されたとしている。
この報道は,2026年2月時点で開発作業が進んでいたことを示すが,そこで紹介された全機能が完成し,全国の裁判実務で使われていたことまでは示していない。
2 2026年8月の「Justice 2030」もデジタル司法を継続する
2026年8月14日付の「Justice 2030」大統領令は,完全なデジタル化及び現代技術の導入によって,市民が迅速かつ容易に裁判を利用できる状態を「デジタル司法」の優先事項としている。
同令16項は,2027年末までにmy.sud.uzについて,モバイルアプリ,裁判所提出書式及び裁判文書検索を改善する措置を定めた。
同令は,裁判サービス全体のデジタル化を引き続き進める後続の政策文書である。
一方,同令の本文だけから,勝敗予測又は裁判文書案作成の精度及び稼働範囲を確認することはできない。
3 機能ごとに確認の段階が異なる
| 機能 | 大統領令PF-140 | 2026年8月29日に確認できた範囲 |
|---|---|---|
| 提訴前の予測結果・費用 | AIによる提示を規定 | my.sud.uzのテスト運用画面及びサービス説明を確認 |
| AI仮想相談員 | 2026年1月からの導入を予定 | 独立した公開サービスとしての稼働を確認できず |
| AIによるリアルタイム調書 | デジタル裁判所の機能として規定 | 対象裁判所,利用件数及び精度を確認できず |
| 裁判文書案の自動作成 | 機能及び整備期限を規定 | 2026年2月の開発報道まで確認したが,本番範囲は不明 |
| 遠隔参加・電子事件記録 | デジタル裁判所の機能として規定 | 現地訪問報告はあるが,全国の対象事件を確認できず |
第5 公開資料から確認できない事項
1 予測のデータ,計算方法及び精度
公開画面では,予測が参照する裁判例の範囲,非公開事件及び和解事件の扱い,学習・評価用データの分け方,類似事件数並びに予測と実際の結果との一致率を確認できない。
表示される割合についても,請求が全面的に認容される確率,一部認容を含む割合又は類似事件の結果分布のいずれを意味するかは不明である。
したがって,数値が表示されたことだけから,個別事件の勝敗を統計的に正確に予測できると評価することはできない。
公的機関の画面に表示される数値であっても,前提事実,対象データ及び誤差が示されなければ,利用者が自分の事件へ適切に当てはめられるとは限らない。
2 裁判官によるAI利用と人間の判断手順
大統領令は裁判所内部でのAI機能を予定し,現地訪問報告は裁判官も既にAIを利用しているとの説明があったとするが,AIを見る前に裁判官が独立した判断を形成するのか,AI案をどのように検証・修正するのかは確認できない。
プロンプト,出力,参照資料,修正履歴及びモデルの版を保存するかも不明である。
裁判文書案の自動作成が人間の判断を補助するにとどまるかを評価するには,定型部分と理由形成の区別,原記録及び法源への参照可能性,AI案を拒否できる運用並びに最終的な責任主体を確認する必要がある。
この問題の一般的な整理は,AIに判決理由を書かせてよいか及び裁判官が生成AIを使うリスクと安全条件で扱っている。
3 当事者への開示,訂正及び異議申立て
公開資料からは,予測の誤りを訂正する窓口,予測に反して提訴する利用者を人間の相談へつなぐ仕組み,裁判官によるAI利用を当事者へ開示する基準及びAI利用そのものに関する異議申立ての制度を確認できない。
また,予測結果を裁判官が閲覧するのか,又は提訴後の審理から技術的・組織的に分離しているのかも不明である。
提訴前予測は,法律情報へのアクセスを改善する可能性がある一方,低い割合を示された利用者が,例外的な事実又は新しい法的主張を検討せず提訴を断念する契機にもなり得る。
この影響については,AIの勝訴予測は訴訟を萎縮させるかで検討している。
第6 電子化とAIによる判断支援を区別する
1 電子申立てや遠隔参加はそれ自体がAIではない
デジタル裁判所には,電子申立て,電子事件記録,費用の電子支払,遠隔参加及び執行文書の自動送付が含まれている。
これらは裁判手続の電子化又は業務自動化であり,勝敗予測,仮想相談員,リアルタイム調書及び裁判文書案の作成というAI利用とは区別して把握する必要がある。
日本の裁判手続におけるe提出,e法廷及びe事件管理については,最高裁判所が開発しているmints,RoootS及びTreeeSで整理している。
2 市民向け予測と裁判官の判断は別の問題である
提訴前予測は,市民が裁判を始める前に参考情報を得るためのサービスであるのに対し,裁判文書案の作成は,裁判所内部の判断・起案過程へ接する機能である。
前者については表示の分かりやすさ,精度及び司法アクセスへの影響が中心となり,後者については裁判官の独立判断,原資料の確認,監査可能性及び責任の所在が中心となる。
両者を一括して「AI裁判」と呼ぶと,公開サービスが判決を自動決定しているとの誤解が生じる。
2026年8月29日現在,ウズベキスタンでAIが裁判官に代わって国家の終局判断を行っていることを確認できる資料はない。
第7 出典・参考資料
1 外国法令
①ウズベキスタン共和国大統領「裁判所活動への人工知能技術の導入等により司法アクセスを向上させ,裁判制度の物的・技術的基盤を改善するための追加措置に関する大統領令」2025年8月21日PF-140,ウズベキスタン共和国法令集2025年第34号(1210)480号,資料上289頁~292頁(PDF13頁~16頁),LexUZ掲載PDF(題名は本記事による仮訳)。
②ウズベキスタン共和国大統領「Justice 2030戦略について」2026年8月14日,1項及び16項,大統領府掲載のロシア語本文(題名は本記事による仮訳)。
2 裁判所の現行公開サービス
①ウズベキスタン共和国最高裁判所,インタラクティブ・サービス・ポータルmy.sud.uz,「裁判審理の予想結果」のサービス説明及びテスト運用表示(2026年8月29日確認)。
3 行政機関の報道・解説
①ウズベキスタン国営通信社「デジタル裁判所」2026年2月13日,記事本文(題名は本記事による仮訳)。
4 現地訪問者の報告
①島並良「ウズベキスタン出張から帰国したばかりですが」以下の一連の投稿,2026年8月28日,X投稿及び続きの投稿。