第1 顧問弁護士を外部窓口とすることの結論
1 顧問弁護士への委託は一律に禁止されていない
民間企業が顧問弁護士又は顧問法律事務所に公益通報の社外受付窓口を委託することを,一律に禁止する法令はない。
消費者庁の「公益通報者保護制度に関するQ&A」も,顧問弁護士を窓口とすること自体は可能であるとした上で,顧問弁護士であることを利用者に明らかにし,通報先を選べるようにすることを求めている。
2 顧問弁護士だけを唯一の窓口とすることは望ましくない
顧問弁護士だけを唯一の窓口とすると,従業員が「会社側の弁護士に通報することになる」と考えて利用をためらう可能性がある。
また,経営陣,法務・人事部門,顧問弁護士又は同じ法律事務所が通報対象に関係する場合,その窓口では公正な対応ができないことがある。
本記事では,社内窓口と顧問弁護士窓口を併置し,顧問関係のない法律事務所その他の独立窓口へ案件を切り替えられる制度を基本形とする。
顧問弁護士を利用する場合も,顧問関係の開示,案件ごとの利益相反確認,通報者特定情報の最小化及び独立窓口への迂回手続が必要である。
3 社外の法律事務所への通報も法律上は1号通報である
公益通報者保護法2条1項は,公益通報の宛先として,役務提供先又は「当該役務提供先があらかじめ定めた者」を挙げている。
会社が社外の法律事務所を通報先として指定した場合,所在地は社外であっても,その法律事務所への通報は同法上の内部公益通報,すなわち1号通報に当たる。
行政機関に対する2号通報又は報道機関等に対する3号通報とは,法的な要件と位置付けが異なる。
「外部窓口」という実務上の名称と,公益通報者保護法上の外部通報を混同してはならない。
第2 社外窓口を担当する弁護士の役割
1 依頼者は通常,通報者ではなく会社である
会社から社外窓口業務を受任した弁護士の依頼者は,通常,会社であって通報者ではない。
東京弁護士会は,社外窓口担当弁護士について,通報者の代理人又は個人的な法律相談の担当者ではなく,会社の内部通報制度のために情報を受け付ける者であると説明している。
そのため,窓口の案内には,①担当者が会社の顧問弁護士であること,②通報者個人の代理人ではないこと,③通報者に個人的な法的助言をする窓口ではないことを明記すべきである。
この表示がなければ,通報者が自分の相談相手であると誤認し,後に弁護士が会社側で対応した際に,守秘義務又は利益相反をめぐる紛争が生じやすい。
2 受付と調査・法的評価・会社代理を区別する必要がある
社外窓口弁護士の一般的な業務は,制度の説明,通報内容の聴取・整理,通報者を特定させる情報の管理及び会社の担当部署への伝達である。
事実調査,法的評価,是正措置の決定及びその後の訴訟代理まで同じ弁護士が担当するかは,別途決めなければならない。
受付担当者がどこまで調査又は法的評価を行ったかは,後に会社側の代理人となれるかを判断する際の重要な事情となる。
委託契約と窓口規程では,受付,調査,法的評価,会社への助言及び会社代理の範囲を切り分けておく。
3 匿名性と調査可能性には緊張関係がある
匿名通報を受け付けても,所属部署,担当業務,日時又は目撃状況を会社に伝えれば,周辺情報から通報者が推測されることがある。
他方,特定につながる情報を全て除けば,調査対象を絞れず,事実確認ができない場合もある。
この問題は,匿名性を解除するか否かの二者択一では解決しない。
窓口は,通報者を直接特定する情報と,調査に必要な通報内容を分離し,どの情報を誰に伝えればどの程度特定の危険が高まるかを通報者に説明した上で,調査範囲を段階的に決める。
第3 公益通報者保護法が求める窓口の体制
1 従事者指定と通報者特定情報の秘密保持
常時使用する労働者の数が300人を超える事業者には,内部公益通報対応体制の整備と公益通報対応業務従事者の指定が義務付けられている。
300人以下の事業者については努力義務である。
社外窓口弁護士が通報者を特定させる事項を取り扱う場合,その弁護士も公益通報対応業務従事者として指定しなければならない。
従事者が正当な理由なく通報者を特定させる事項を漏らした場合,公益通報者保護法12条及び21条により,30万円以下の罰金の対象となる。
弁護士職務基本規程23条の秘密保持義務は,原則として「依頼者について職務上知り得た秘密」を対象とするのに対し,公益通報者保護法12条は通報者を特定させる事項を対象とする。
依頼者が会社である社外窓口では,両者の根拠と保護対象を分けた設計が求められる。
2 経営幹部からの独立性と事案関係者の排除
消費者庁の指針は,組織の長その他幹部から独立した通報経路の確保と,事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置を求めている。
外部に弁護士窓口を置いたという形式だけで,この独立性が当然に確保されるわけではない。
顧問弁護士が経営幹部に日常的に助言している場合や,通報対象となった取引・労務対応に助言していた場合は,その弁護士自身が事案関係者になり得る。
この場合の報告先を同じ経営幹部に限定せず,監査役,監査委員会又は独立社外取締役への直接経路を規程に置いておく。
3 令和8年12月1日施行の指針が利益相反対応を明確にする
公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)は,令和8年12月1日に施行される。
同日施行の指針とその解説は,事案関係者を対応業務から外すこと,後から関係性が判明した場合にも担当を交代させることを明確にしている。
新指針解説は,顧問弁護士窓口が通報を躊躇させ,法令違反の早期発見を妨げる可能性を指摘している。
その上で,顧問弁護士であることを利用対象者に明らかにし,中立性・公正性に疑義がある法律事務所又は利益相反が生じる者への委託を避けるべきであるとしている。
第4 顧問弁護士を利用する利点と構造的な弱点
1 会社事情への理解,初動及び費用面の利点
顧問弁護士は,会社の組織,契約,社内規程及び意思決定経路を既に理解していることが多く,通報を受けた後の初動が速い。
法令違反の評価,証拠保全,調査計画及び取締役会への報告を,通常の顧問業務と接続しやすいという利点もある。
既存の顧問契約を利用できれば,窓口を別に委託する場合より連絡及び費用の負担を抑えられることがある。
もっとも,これらは会社側の効率に関する利点であり,通報者から見た信頼性又は独立性を当然に示すものではない。
2 通報の萎縮と外観上の中立性
消費者庁は,顧問弁護士を外部窓口とすることが通報を躊躇させ,法令違反の早期発見を妨げるおそれを指摘している。
通報者が実際の委託契約又は情報遮断措置を知らなければ,「顧問弁護士には会社の情報が筒抜けになる」と考えることもあり得る。
顧問弁護士と同じ法律事務所の別の弁護士を受付担当にしても,通報者からは同じ事務所と認識される。
事務所内の情報遮断が弁護士倫理上有効かという問題と,通報者が窓口を信頼して利用するかという問題は,別々に評価しなければならない。
3 経営陣案件と自己検証の問題
顧問弁護士が助言した取引,懲戒処分,ハラスメント対応又は社内調査について通報がされた場合,窓口担当者が自らの過去の助言を検証する構造となる。
経営幹部又は法務責任者との関係が深い場合も,通報内容をその人物へ報告するだけでは制度が機能しない。
利益相反が確定してから対応を考えるのでは遅い。
窓口規程では,経営陣,法務・人事部門,顧問弁護士及び同じ法律事務所が関係する案件を,顧問関係のない別の法律事務所又は監査機関へ自動的に移す条件をあらかじめ定めておく。
第5 外部窓口弁護士に関する懲戒事例
1 通報者の実名を会社へ伝えた平成21年の戒告
第二東京弁護士会は,会社の外部通報窓口を担当した弁護士について,平成21年3月4日,戒告処分をした。
当該制度では会社への通知を匿名で行うこととされていたが,弁護士は通報者に実名開示を促し,同意を得て会社へ氏名を伝えた。
懲戒理由では,実名開示が例外であること及び生じ得る不利益を十分に説明せず,通報者の自発的で確定的な同意を,書面又は録音で確認しなかったことが問題とされた。
日本弁護士連合会は平成21年10月27日に審査請求を棄却し,同年11月2日に処分が確定した。
この事例からは,通報者が口頭で「実名を出してよい」と述べたという形式だけでは足りないことが分かる。
開示の必要性,開示先,開示範囲,予想される不利益及び匿名のまま進める代替策を説明し,自由で明確な同意を記録に残すことが求められる。
2 令和4年の戒告は令和7年に取り消された
第二東京弁護士会は,同じ法律事務所の弁護士が法人のハラスメント相談担当として申出人と面談した後,その内容と重なる事実を基礎とする労働訴訟で法人側を代理したことなどについて,関係弁護士二名を戒告とした。
日本弁護士連合会は令和5年10月30日,両名の審査請求を棄却した。
その後,東京高等裁判所は令和7年2月13日,日本弁護士連合会の各裁決を取り消し,同判決は同月28日に確定した。
日本弁護士連合会は令和7年8月19日,各戒告処分を取り消して「懲戒しない」と決定し,同月25日に効力が生じた。
この最終経過は,『自由と正義』令和7年10月号65頁~68頁の懲戒処分取消公告で確認できる。
東京高裁判決は裁判所HP未掲載であり,判決全文と事件番号は確認できていない。
3 取消事例は会社代理との兼任を一般的に認めたものではない
懲戒処分取消公告によれば,東京高裁は,面談担当弁護士が中立公正な立場から事実調査又は法的評価を行ったとは認めにくく,申出人もそのような役割を担うと認識していたとは認められないと判断した。
日本弁護士連合会の再審査でも,面談は申出内容を客観的に整理して法人へ伝える程度であり,後の訴訟との重要な関連性を認める根拠がないとされた。
したがって,この事例は,外部窓口弁護士が常に会社側の代理人になれるとしたものではない。
受付担当者が実際に行った作業,調査・法的評価の有無,通報者への説明及び通報者の合理的な認識によって結論が変わり得るため,役割と面談の経過を記録しておくことが実務上の防御となる。
第6 通報制度の運用から生じる会社の責任
1 制度の内容によって信義則上の義務が生じる
最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決・平成28年(受)第2076号は,グループ会社の相談窓口制度について,制度の具体的内容,申出の内容等によっては,申出人に対する信義則上の義務を負う場合があるとした。
ただし,同事件では,本人が申出をしたものではないことや,制度の対象外となる事情があったことなどから,会社の責任を否定している。
窓口を設置した会社が,通報者の期待どおりの認定又は処分を必ず実現する義務を負うわけではない。
一方で,規程や案内で秘密保持,調査又は結果通知を約束すれば,その表示と具体的状況に応じて私法上の義務が生じ得る。
2 通報者特定情報の共有は報復リスクに直結する
東京高裁平成23年8月31日判決・平成22年(ネ)第794号は,企業のコンプライアンスヘルプラインに関する通報後の配転等を扱ったオリンパス事件である。
同判決は顧問弁護士窓口の適否を直接判断したものではないが,通報者の氏名等が上司へ伝えられた経過と,その後の人事上の取扱いが争われた。
窓口担当者は,会社に通報内容を伝える必要がある場合でも,通報者の氏名,所属,アクセス履歴その他の特定情報まで共有する必要があるかを分けて検討すべきである。
通報後の配転,評価,契約終了その他の措置についても,通常の人事判断であることを示せる記録を残し,報復又は不利益取扱いに当たらないかを別系統で監視する。
第7 顧問弁護士窓口の利用状況
1 令和5年度調査では顧問弁護士本人が44.0%を占めた
消費者庁の令和5年度実態調査では,1万社を抽出し,3407社から有効回答を得た。
内部通報制度を導入している2448社のうち,社外窓口を設けている企業の委託先は,顧問弁護士本人44.0%(856社),顧問弁護士と同じ事務所の別弁護士8.0%(155社),顧問事務所に所属しない弁護士23.2%(452社),専門機関22.3%(434社)等であった。
窓口の構成は,社内と社外の両方が73.4%,社外のみが6.0%,社内のみが20.5%であった。
顧問弁護士窓口は珍しい制度ではないが,多くの企業が社内窓口と社外窓口を併置している。
2 普及率は制度の適切さを証明しない
平成28年度調査では,顧問法律事務所を窓口とする529社のうち,利益相反等への対策を講じているとの回答は19.1%,講じていないとの回答は76.2%であった。
令和5年度調査とは調査設計が異なるため,二つの調査結果を単純に時系列比較することはできない。
利用企業が多いことは,費用,既存関係又は導入の容易さを反映している可能性がある。
普及率だけから,中立性,通報件数,是正率又は通報者の信頼が確保されていると判断することはできない。
第8 採用すべき具体的な制度設計
1 複数窓口と顧問関係の明示
会社は,社内窓口と社外窓口を選択できるようにし,経営幹部が関係する通報については監査役等へ直接届く経路を設けるべきである。
顧問弁護士を社外窓口とする場合,その事実を通報前の案内画面,社内規程及び研修資料に明示する。
窓口案内には,①受付可能な事項,②匿名通報の可否,③担当者の役割,④会社への伝達範囲,⑤通報者特定情報の取扱い,⑥利益相反時の代替窓口を記載する。
「弁護士が対応するので秘密は守られる」という説明だけでは,依頼者と守秘義務の対象を誤解させる。
2 利益相反チェックと独立窓口への自動迂回
通報を受けた時点で,窓口弁護士は,通報対象者,対象取引,過去の助言,同じ法律事務所の受任案件及び通報者との既存関係を確認する。
関係性が判明した場合に,会社の判断を待たず,あらかじめ指定された独立窓口へ受付記録を移す手順を定めるべきである。
同じ法律事務所内で担当を分ける場合は,弁護士職務基本規程上の受任制限だけでなく,アクセス権,記録保管,事務職員の関与及び通報者への説明を検証する。
経営陣,法務・人事部門,顧問弁護士又は同じ事務所が関係する案件では,別事務所への迂回を原則とする方が制度への信頼を確保しやすい。
3 通報者特定情報を分離して管理する
通報者の氏名・連絡先と,会社へ伝える通報内容は,保存場所とアクセス権を分けるべきである。
会社への初回通知は匿名化した要旨を原則とし,調査上必要となった段階で,追加情報の共有範囲を通報者と確認する。
実名開示を求める場合は,必要性,開示先,開示範囲,予想される不利益及び匿名のまま行える調査を説明する。
同意は自発的,具体的かつ明確であることを確認し,書面又は録音によって残す。
4 取締役会又は監査機関が運用を監督する
窓口を外部委託しても,会社の体制整備義務と運用責任はなくならない。
取締役会又は監査機関は,窓口別の通報件数,匿名率,受付から通知までの期間,利益相反による迂回件数,是正措置及び通報後の人事措置を定期的に確認すべきである。
通報件数が少ないことだけを,法令違反がないことの指標としてはならない。
窓口の認知度,利用者の信頼,匿名の双方向連絡が可能か及び通報後に不利益取扱いが生じていないかも併せて評価する。
第9 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「公益通報者保護法」(平成16年法律第122号)2条,3条,11条,12条及び21条
② e-Gov法令検索「公益通報者保護法」(令和8年12月1日施行時点)
2 裁判例及び弁護士懲戒
① 最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決(平成28年(受)第2076号,民集72巻1号51頁,裁判所ウェブサイト)
② 東京高裁平成23年8月31日判決(平成22年(ネ)第794号,判例時報2127号124頁,労働判例1035号42頁,裁判所ウェブサイト)
③ 第二東京弁護士会懲戒処分の公告(平成21年3月4日効力発生),『自由と正義』平成21年6月号209頁,及び日本弁護士連合会審査請求棄却公告,同誌平成22年1月号183頁
④ 第二東京弁護士会懲戒処分の公告(令和4年9月6日効力発生),『自由と正義』令和5年1月号95頁,及び日本弁護士連合会審査請求棄却公告,同誌令和5年12月号64頁~65頁
⑤ 東京高裁令和7年2月13日判決に基づく日本弁護士連合会懲戒処分取消公告,『自由と正義』令和7年10月号65頁~68頁(東京高裁判決は裁判所HP未掲載,判決全文及び事件番号未確認)
3 消費者庁その他の公的資料
① 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針」及び「公益通報者保護法に基づく指針の解説」
② 消費者庁「公益通報者保護制度に関するQ&A」(令和8年5月29日版)31頁~32頁・47頁
③ 消費者庁「令和8年12月1日施行の公益通報者保護法に基づく指針」及び「同指針の解説」13頁~14頁
④ 消費者庁「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書」29頁~32頁
⑤ 消費者庁「平成28年度 民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」
4 文献
① 日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第3版』(日本弁護士連合会,平成29年)9頁・54頁・76頁~93頁・162頁~163頁
② 東京弁護士会「外部窓口担当弁護士のガイドライン」LIBRA平成28年11月号14頁~16頁
③ 東京弁護士会公益通報者保護特別委員会「通報窓口の利用者に知っておいていただきたいこと―社外窓口担当者の視点から―」(令和7年12月号)
5 関連記事
① 公益通報者保護法と公益通報制度―通報先・証拠保全・令和7年改正
② 令和8年12月1日施行の改正公益通報者保護法に基づき,民間企業で対応が必要な事項