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遺産管理人とは――遺産分割調停・審判中の選任要件と権限(AIリライト)

第1 この記事でいう遺産管理人

1 家事事件手続法200条1項の財産の管理者

遺産分割の審判又は調停が係属している場合,家庭裁判所は,遺産の管理のため必要があるとき,申立て又は職権により,審判前の保全処分として財産の管理者を選任することができる(家事事件手続法105条1項及び200条1項)。本記事では,この財産の管理者を,実務上の呼称に従って「遺産管理人」という。

遺産管理人は,遺産分割事件の係属中に遺産を保存・管理し,後の遺産分割を実効的にするための暫定的な管理者である。相続人の有無が分からない場合に相続財産を清算する者でも,遺言を実現する遺言執行者でもない。

2 名称が似ている制度との違い

「遺産管理人」又は「相続財産管理人」という名称だけでは,根拠法と役割を特定できない。少なくとも,次の制度を区別する必要がある。

制度主な前提目的・管理対象裁判所
家事事件手続法200条1項の遺産管理人遺産分割の審判又は調停が係属している本案係属中の遺産の保存・管理遺産分割事件が係属する家庭裁判所
民法897条の2の相続財産管理人相続財産を保存する必要がある相続の段階を問わない一時的な保存相続開始地の家庭裁判所
民法952条の相続財産清算人相続人のあることが明らかでない相続財産法人の財産の清算相続開始地の家庭裁判所
民法25条の不在者財産管理人所在不明の者が財産管理人を置いていない不在者本人の財産の管理不在者の従来の住所地等の家庭裁判所

民法897条の2の相続財産管理人は,令和5年4月1日施行の改正により設けられた保存制度であり,遺産分割事件の係属を必要としない。大阪家庭裁判所の「相続財産管理人の選任」には,同条に基づく申立ての手引及び書式が掲載されている。各制度の全体的な比較は,相続財産清算人・相続財産管理人・不在者財産管理人の違いで説明している。

第2 遺産管理人の選任要件

1 遺産分割事件の係属と本案審判の蓋然性

第1の要件は,遺産分割の審判又は調停の申立てがあることである。協議中であるだけでは家事事件手続法200条1項の遺産管理人を選任できないため,必要であれば遺産分割事件と保全処分を同時に申し立てることになる。

第2の要件は,遺産分割の申立てを却下する審判がされない程度の蓋然性があることである。管理対象が遺産に含まれること,相続人及び遺産分割の当事者が適切であることなど,本案が遺産分割の審判へ進み得る基礎を示す必要がある。

2 財産管理の必要性

第3の要件は,「財産の管理のため必要があるとき」に当たることである。単に相続人間の関係が悪い,又は遺産分割に時間を要しているというだけでは足りず,現に管理する者がいないこと,又は現在の管理が不適切であることにより,遺産の維持・利用若しくは後の遺産分割に具体的な支障が生ずるおそれを示す必要がある。

申立人は,保全処分を求める事由を疎明しなければならない(家事事件手続法106条2項)。疎明とは,通常の証明より低い程度で足りるものの,抽象的な不安や相手方への不信だけでなく,管理上の危険を裏付ける資料を迅速に提出することを意味する。

3 選任の必要性を基礎付ける例

(1) 保存・管理が行われていない例

次の事情は,遺産管理人選任の必要性を基礎付ける典型例である。①共同相続人が遺産を管理できない場合,②現に管理する共同相続人が遺産を無断で費消・廃棄・損壊している場合,③遺産から生じる賃料等を取り立て,又は受領しない場合,④遺産である建物に必要な修繕をしない場合,⑤管理する共同相続人が他の共同相続人を排除した結果,管理が現に不適切となっている場合,⑥過去の無断費消から同様の行為が繰り返される具体的な危険を推認できる場合などである。

もっとも,他の相続人を管理に関与させないこと又は過去に無断費消があったことだけで,現在の保全の必要性が当然に認められるわけではない。対象財産の性質,危険が現実化する可能性,既存の管理方法,相続人間で代替策を採れるか,第三者管理による費用との均衡などが事案ごとに判断される。

(2) 中立的な管理が必要となる例

全国銀行協会金融法務研究会の公刊報告は,令和4年10月27日時点の大阪家庭裁判所の報告例として,①不動産売却代金を相続人以外の者に管理させる必要があった例,②固定資産税等の支払担当者を相続人間で決められなかった例,③各相続人が引き出した遺産預金を分散して管理し,中立的な預りを拒否したため第三者管理を必要とした例を紹介している。

この報告は,特定時点・特定庁の実務報告であり,現在の全国的な統計又は一律の運用を示すものではない。しかし,単なる対立ではなく,誰が何を管理し,どの支払又は保管ができず,遺産にどのような支障が生じているかを具体化すべきことを示している。

(3) 賃料の開示をめぐる紛争

遺産不動産を管理する相続人が,相続開始後の賃料収入に関する資料を他の相続人へ開示しないという事情だけでは,直ちに遺産管理人選任の必要性が認められるとは限らない。賃料を取り立てていない場合,賃料を費消して将来の回収が困難となる場合又は建物管理が放置されている場合とは区別しなければならない。

最高裁平成17年9月8日判決(平成16年(受)第1222号,民集59巻7号1931頁)は,相続開始から遺産分割までの共同相続不動産から生じる賃料債権を,各共同相続人が相続分に応じて確定的に取得し,後の遺産分割の影響を受けないと判示した。したがって,賃料の帰属・開示・精算をめぐる紛争と,遺産そのものの保存・管理の必要性とを分けて検討する必要がある。

第3 申立て,審理及び不服申立て

1 申立て又は職権による選任

家庭裁判所は,申立てにより又は職権で遺産管理人を選任できる。申立権者は遺産分割事件の申立人だけに限定されないと解されており,相手方からの申立ても可能であるが,本案の遺産分割事件が係属する裁判所に申し立てる必要がある。

申立書では,求める保全処分とその理由を明らかにする。対象となる遺産,現在の占有・管理状況,管理上の危険,必要な管理行為,中立的な管理者を置かなければ避けられない損害又は支障を,時系列に沿って示すことが重要である。

2 疎明資料

疎明資料としては,①遺産目録及び登記事項証明書,預貯金資料,賃貸借契約書等,②不動産の現況写真,修繕見積書及び管理会社の報告書,③賃料の入金・滞納状況,固定資産税その他の支払状況,④無断出金又は処分を示す取引履歴,⑤相続人間で管理方法を協議した経過及び合意できなかったことを示す資料などが考えられる。

必要なのは,相手方の人格を非難する資料ではなく,管理対象,危険の内容,時間的切迫性及び必要な管理行為を客観化する資料である。財産の一部だけに管理上の問題があるときは,対象と必要な職務を絞ることが,保全の必要性と相当性を説明しやすい。

3 担保,選任者及び即時抗告

家事事件手続法200条1項は,家庭裁判所が「担保を立てさせないで」遺産管理人を選任できると定めている。他方,同条4項が準用する民法29条1項により,家庭裁判所は,選任後に財産の管理及び返還について相当の担保を立てさせることができるため,「遺産管理人について担保が問題となることはない」とは断定できない。

通常は,相続人と利害関係のない第三者が選任されるが,誰を選任するかは家庭裁判所が事案に応じて判断する。候補者を挙げた場合でも,その者が選任されるとは限らない。

家事事件手続法110条1項1号及び2項によれば,家事事件手続法200条1項の遺産管理人を選任する審判にも,選任申立てを却下する審判にも,即時抗告をすることができない。選任の必要性と管理範囲は,第一審の家庭裁判所に提出する疎明資料の段階で十分に示す必要がある。

4 事件の関係人に対する管理上の指示

家庭裁判所は,遺産管理人を選任する代わりに,又は選任と併せて,事件の関係人に財産管理上の事項を指示できる(家事事件手続法200条1項)。公刊された実務報告は,管理方法への協力,財産の引渡し又は経過報告等を指示する場面があり得る一方,この指示は強制執行になじまず,勧告的な効力にとどまるとの理解を紹介している。

したがって,財産の処分を物理的・法的に止める必要がある場合又は強制的な引渡しを実現する必要がある場合には,同条2項の仮差押え・仮処分その他の保全処分を含め,目的に合う別の手続を検討しなければならない。

第4 遺産管理人の法的地位と権限

1 相続人の法定代理人

遺産管理人は,相続財産それ自体を権利主体とする代表者ではなく,共同相続人の法定代理人として遺産を管理すると解されている。遺産管理人が選任されても,共同相続人が財産の管理処分権を当然に失う旨の規定はないが,遺産管理人の管理行為と抵触する範囲では,共同相続人の権限が制約される。

この点は,相続人のあることが明らかでない場合に民法951条の相続財産法人を代表する相続財産清算人とは異なる。また,遺言執行者が就職した場合に相続人の処分権を制限する民法1013条とも構造が異なる。

2 保存行為,利用・改良行為及び権限外行為

家事事件手続法200条4項により,民法27条から29条までの規定が遺産管理人に準用される。遺産管理人は,民法103条の保存行為と,遺産の性質を変えない範囲の利用・改良行為をすることができる。

期限が到来した債務の弁済,必要な修繕,賃料の取立てなどは,事案により保存・管理行為となり得る。これに対し,不動産の売却・交換,担保権の設定,長期の賃貸借,請求の放棄・認諾,訴訟上の和解又は調停など,民法103条の範囲を超える行為には,民法28条による家庭裁判所の権限外行為許可が必要となる。

行為の名称だけで一律に決めるのではなく,遺産の現状を維持する行為か,財産の性質又は帰属へ重大な変更を加える行為かを判断する必要がある。権限の範囲に疑義があるときは,行為前に選任審判の内容を確認し,家庭裁判所の許可を求めるのが安全である。

3 訴訟行為

最高裁昭和47年7月6日判決(昭和46年(オ)第773号,民集26巻6号1133頁)は,旧家事審判規則106条1項により選任された管理人について,相続人の法定代理人として相続財産に関して提起された訴えに応訴することは保存行為であり,家庭裁判所の許可を要しないと判示した。旧制度下の判例であるが,家事事件手続法200条1項の遺産管理人の法的地位と訴訟上の権限を考える上でも重要である。

他方,遺産に属すべき財産の引渡請求を新たに提起する行為については,権限外行為許可の要否に見解の相違がある。訴えの取下げ,請求の放棄・認諾又は訴訟上の和解は遺産へ重大な影響を与えるため,通常は許可を要するものとして扱うべきである。

第5 財産目録,報告,報酬及び終了

1 財産目録と裁判所への報告

遺産管理人は,選任後,管理すべき遺産の目録を作成しなければならない(家事事件手続法200条4項及び民法27条1項)。家庭裁判所は,いつでも財産状況の報告及び管理の計算を命ずることができるため,遺産の入出金を固有財産と分別し,根拠資料とともに管理経過を記録する必要がある。

遺産管理人には,家事事件手続法125条6項により,受任者の注意義務,受取物の引渡し及び費用償還等に関する民法の規定が準用される。管理終了時の引継ぎを見据えて,財産,鍵,証書,契約書及び会計資料の所在を継続的に整理することが重要である。

2 費用と報酬

財産状況の報告及び管理の計算に要する費用は,遺産から支弁される。遺産管理人が管理のため必要な費用を支出した場合には,準用される民法650条により,必要費の償還等を求めることができる。

家庭裁判所は,民法29条2項により,遺産の中から遺産管理人に相当な報酬を与えることができる。費用又は報酬を誰が最終的に負担するか,管理可能な流動資産があるかという問題もあるため,選任の必要性だけでなく,管理を継続できる財産的基盤も確認すべきである。

3 改任,取消し及び財産の引渡し

家庭裁判所は,いつでも遺産管理人を改任できる(家事事件手続法200条4項及び125条1項)。遺産管理人の管理上の問題,相続人との利害関係の判明,職務遂行の困難その他の事情があれば,改任が検討される。

家事事件手続法200条1項は,保全処分の効力の終期を「遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまで」と定めている。また,保全の必要性が消滅するなど事情が変わったときは,同法112条により,申立て又は職権で保全処分を取り消すことができる。

調停成立,本案の取下げその他の理由で遺産分割事件が終わった場合を含め,遺産管理人が独自に職務終了を判断するのではなく,選任した家庭裁判所の指示及び取消しの有無を確認する必要がある。終了時には,共同相続人又は遺産分割により財産を取得した者へ管理財産を引き渡し,管理の計算を行う。

第6 申立てを検討する際の確認順序

1 管理上の問題と本案上の紛争を分けること

まず,問題が遺産の散逸,損壊,未修繕,賃料の未収又は支払不能という管理上の危険であるのか,遺産の範囲,過去の使途不明金,賃料の帰属又は特別受益等の本案上・民事上の紛争であるのかを分ける。後者の争いがあるだけでは,遺産管理人を置く必要性を当然には基礎付けない。

次に,現在の管理者との協議,管理方法の合意,対象財産だけの保全又は仮処分など,より限定的な手段で危険を回避できるかを確認する。遺産管理人を置く場合は,管理対象と職務を具体化し,管理費用を含めても第三者管理が必要であることを説明する。

2 根拠法を選び間違えないこと

遺産分割の審判又は調停が係属し,その事件中の暫定的管理が必要なら,家事事件手続法200条1項を検討する。遺産分割事件の係属前又は係属と無関係に相続財産の保存が必要なら民法897条の2,相続人のあることが明らかでなく清算が必要なら民法952条,所在不明の相続人を代理する者が必要なら民法25条以下を検討する。

制度の選択を誤ると,申立先,申立権者,管理対象,終期及び権限が目的と一致しない。名称ではなく,誰のどの財産について,何を防ぎ,誰にどの行為をさせる必要があるかから逆算すべきである。

第7 出典・参考資料

1 法令及び公的資料

家事事件手続法105条,106条,109条,110条,112条,125条及び200条(e-Gov法令検索)

民法25条,27条から29条まで,103条,897条の2及び952条(e-Gov法令検索)

大阪家庭裁判所「相続財産管理人の選任」(民法897条の2の手続案内及び現行書式)

全国銀行協会金融法務研究会『本人又は被相続人の財産を管理する者との金融取引に関する法的問題』第7章1頁~5頁

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷昭和47年7月6日判決(昭和46年(オ)第773号,民集26巻6号1133頁,裁判所ウェブサイト)

最高裁判所第一小法廷平成17年9月8日判決(平成16年(受)第1222号,民集59巻7号1931頁,裁判所ウェブサイト)

3 文献

片岡武・管野眞一編著『第3版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版,2017年)201頁~214頁

② 野々山哲郎ほか『Q&A 未分割遺産の管理・処分をめぐる実務』(新日本法規出版,2018年)91頁~93頁

③ 佐藤裕義編著『家事事件における保全処分の実務と書式』(新日本法規出版,2017年)111頁~114頁

④ 中込一洋『実務解説 改正物権法』(弘文堂,2022年)129頁~132頁

⑤ 梶村太市ほか編『家事事件手続Ⅰ』(最新裁判書式体系シリーズ3,青林書院,2024年)480頁~484頁