◯「日本の証券会社経由で米国株式を保有していた場合の相続手続(AI作成)」も参照されたい。
◯日本に居住する個人が,国内の証券会社の外国株式取引口座を通じて米国株式を保有したまま死亡した場合,日本の相続税だけでなく,米国連邦遺産税(federal estate tax)の適用が問題となる。
米国連邦遺産税は,米国の市民でも居住者でもない者(nonresident alien。以下「NRA」という。)については,米国に所在する財産に限って課される。
そこで,同じ「米国株式に関係する資産」であっても,個別株式,米国籍の上場投資信託(ETF),米国外を設立地とするファンド,米国債,現金のいずれであるかによって,課税範囲が分かれることになる。
本稿は,この課税範囲の判定,日米相続税条約による軽減の内容と限界,並びに配偶者が承継する場合及び生前における対応という,資産設計に関わる論点を扱う。
これに対し,相続人の確定,日本の相続税の納税義務者の判定と「住所」の認定,国外財産の評価と邦貨換算,証券会社における名義書換えの手続,及びIRS移転証明書(Transfer Certificate)制度の具体的な構造については,別稿「日本の証券会社経由で米国株式を保有していた場合の相続手続」で扱っており,本稿ではこれらの手続面には立ち入らない。
検討の対象は,被相続人及び相続人がいずれも日本に住所を有する日本人が,国内の証券会社を通じて米国法人が発行する株式等を保有していた場合とし,米国の証券会社に直接口座がある場合,米国不動産を保有する場合,及び米国の市民権又は居住歴を有する者に固有の論点は扱わない。
第1 米国連邦遺産税の課税範囲
1 課税の基本構造
米国連邦遺産税は,日本の相続税とは課税の単位が異なる。
日本の相続税が財産を取得した相続人を納税義務者とするのに対し,米国連邦遺産税は,被相続人の遺産(estate)そのものを課税の対象とし,遺産の管理人(executor)が申告・納付を行う。
そして,米国内国歳入法典(Internal Revenue Code。以下「IRC」という。)2101条(a)はNRAの課税遺産の移転に遺産税を課すと定め,同2103条は,課税の対象を死亡時に米国に所在する部分の遺産に限っている。
したがって,NRAの遺産については,「どの財産が米国に所在するか」という所在(situs)の判定が課税の有無を決める出発点となる。
以下では,米国株式に関係する主要な資産類型について,この所在の判定を整理する。日本の相続税における財産の所在(相続税法10条)とは判定の枠組みが別であり,同じ財産でも両国で扱いが一致するとは限らない点に留意を要する。
2 米国株式・ETF・投資信託の所在
(1) 個別株式の所在
個別の株式について,IRC2104条(a)は,NRAが保有する株式は,米国内国法人(domestic corporation)が発行したものである場合に限り,米国内の財産とみなすと定める(「shares of stock owned and held by a nonresident not a citizen of the United States shall be deemed property within the United States only if issued by a domestic corporation」)。
判定の基準は発行法人が米国法人であるか否かであり,株券の保管場所や名義がどこにあるかは関係しない。
この帰結は,日米相続税条約第3条(1)(d)が,株式を当該法人の設立準拠法の地に所在するとみなす旨を定めていることとも一致する。
したがって,米国の上場企業の個別株式は,国内の証券会社の外国株式取引口座を通じて保有していても,米国に所在する財産として米国連邦遺産税の課税範囲に含まれる。この株式が日本の相続税では国外財産として全世界課税の対象になることは,別稿で扱う。
(2) ETF・投資信託の所在——米国籍と外国籍の分岐
投資信託や上場投資信託(ETF)については,その持分の発行体がどこの国の法人であるかによって所在の判定が分かれる。
米国籍のETF・投資信託の多くは,IRCにいう規制投資会社(regulated investment company。以下「RIC」という。)に該当する。
IRC851条(a)はRICを「any domestic corporation(米国内国法人)」と定義しており,その持分は,前記(1)の株式の所在に関する規律により,米国に所在する財産となる。ファンドが内部で外国株式を保有していても,遺産税の所在判定は発行体を基準とするため,その内部資産までさかのぼって判定することはない。
これに対し,米国外を設立地とするファンド(例えばアイルランドを設立地とする上場投資信託)の持分は,IRC2104条(a)の「内国法人が発行した場合に限り」という要件を満たさないため,米国に所在する財産に当たらない。
被相続人が保有するのは外国法人が発行するファンドの持分であって,ファンドが内部に保有する米国株式そのものではないからである。
このため,同じ米国株式に投資する商品であっても,米国籍のETFを保有するか,米国外を設立地とするファンドを保有するかによって,米国連邦遺産税の課税範囲に含まれるか否かが分かれることになる。もっとも,配当に対する源泉徴収の水準,運用コスト等,遺産税以外の要素との総合的な比較を要するため,遺産税の所在判定のみで保有形態を決めることは相当でないと考えられる。
3 米国所在とされない財産
株式とは対照的に,一定の財産は米国に所在しないものとして扱われ,NRAの遺産税の課税範囲から外れる。
IRC2105条は,NRAの生命に対する保険金((a)),並びに一定の銀行預金及びポートフォリオ利子の非課税対象となる債務((b))を,米国に所在する財産としない旨を定める。
その結果,米国の国債や現金性資産は,米国株式と異なり米国連邦遺産税の対象とならない場合が多く,米国株式との間に非対称が生じる。
もっとも,個々の債券や預金がこの除外規定に該当するかは商品ごとに確認を要し,「米国の債券であれば課税されない」と一律に整理することはできない。米国所在財産の合計額を見積もる際には,株式と債券・現金とを区別して把握する必要がある。
第2 基礎控除・税率と日米相続税条約による軽減
1 条約を用いない場合の控除と税率
条約を援用しない場合,NRAに認められる控除は極めて小さい。
IRC2102条(b)(1)は「A credit of $13,000 shall be allowed(1万3000ドルの税額控除を認める)」と定めるにとどまり,これは税率表の上で課税価格6万ドル相当の遺産を非課税とするにすぎない。
米国の市民及び居住者に認められる基礎控除(2025年の法改正後のIRC2010条(c)により,2026年は1500万ドル)とは全く別の制度である。
税率は,IRC2101条(b)により市民・居住者と同じIRC2001条(c)の税率表を用いて計算され,課税遺産が100万ドルを超える部分について最高税率40パーセントが適用される(100万ドル超は34万5800ドルに超過額の40パーセントを加算する)。
このため,条約を用いない限り,多額の米国株式を保有していた個人の遺産には,相当額の米国連邦遺産税が生じ得ることになる。
2 条約による統一控除の按分と計算例
この負担を大きく左右するのが,昭和29年(1954年)に署名され昭和30年(1955年)に発効した日米相続税条約であり,これは相続税・贈与税について日本が締結した唯一の租税条約である。
同条約第4条は,一方の国が財産の所在のみを理由に課税する場合,被相続人等がその国の国民又は居住者であったならば適用されたであろう特別控除を,当該国に所在する財産の価額が全世界の財産の価額に占める割合に応じて按分して認めると定める。
これを米国国内法で実装するのがIRC2102条(b)(3)(A)であり,同条項は,条約上の義務がある限度で,控除額を,IRC2010条(c)の基礎控除に対応する税額控除額に,米国所在財産が全世界の総遺産に占める割合(「the value of the part of the decedent’s gross estate which at the time of his death is situated in the United States bears to the value of his entire gross estate wherever situated」)を乗じた額とする旨を定める。
2026年の数値で確認する。
IRC2010条(c)の基礎控除に対応する税額控除額は,前記のIRC2001条(c)の税率表により,本記事の計算では34万5800ドルに(1500万ドル−100万ドル)の40パーセントを加えた594万5800ドルとなる。
日本に居住する個人の遺産は,前記の1万3000ドルではなく,この額を「米国所在財産÷全世界財産」で按分した額を控除として用いることができる。
この仕組みを算式で整理すると,米国連邦遺産税額は,米国所在遺産に対する税額から,「上記の税額控除額×(米国所在財産÷全世界財産)」を差し引いた額となる。
全世界財産が基礎控除額(1500万ドル)以下にとどまる場合,按分後の控除額は米国所在遺産に対する税額を上回るため,条約適用後の米国連邦遺産税は生じないこととなる。この帰結は,米国株式の保有額の多寡そのものではなく,全世界財産の規模によって決まる点に特徴がある。
| 前提 | 条約を用いない場合 | 条約を用いる場合 |
|---|---|---|
| 全世界財産200万ドル/うち米国所在財産50万ドル | 米国所在遺産50万ドルへの税額から1万3000ドルを控除し,相当額の税額が生じる | 按分控除=594万5800ドル×(50万÷200万)=148万6450ドルとなり,米国所在遺産への税額を上回るため,税額は生じない |
| 全世界財産3000万ドル/うち米国所在財産1000万ドル | 同じ考え方により多額の税額が生じる | 按分控除=594万5800ドル×(1000万÷3000万)=約198万1933ドルにとどまり,米国所在遺産への税額(394万5800ドル)との差額の納税が生じる |
上記の計算例は,遺産の管理人が条約の適用を選択し,後記3のとおり全世界財産を開示することを前提とする。
全世界財産が基礎控除額を超える規模の事案では,条約を用いても米国連邦遺産税が生じ得るため,条約の適用によって税額が必ずゼロになると整理することはできない。
3 軽減を受ける前提としての全世界財産の開示
条約により税額が生じない場合であっても,申告義務が当然に消滅するわけではない。
米国内国歳入庁(IRS)が公表するForm706-NAの記入手引によれば,米国に所在する財産等の価額が6万ドルを超える場合にForm706-NAの提出義務が生じ,提出期限は死亡日から9か月以内(Form4768により6か月の自動延長が可能)である。
そして,IRC2102条(b)(3)及びForm706-NAの様式は,条約による按分控除を受ける前提として,全世界の総遺産の価額を申告書に記載して開示することを求めている。
すなわち,条約による軽減は,日本国内にある財産を含む遺産全体の内容を米国の税務当局に開示することを代償とする。
この開示に応じるかどうかは依頼者の判断に関わり,開示をしなければ按分控除を受けられず,1万3000ドルの控除にとどまって課税される可能性がある。軽減の適用には全世界財産の開示が条件となることを,あらかじめ依頼者に説明しておく必要がある。
第3 配偶者が承継する場合
1 米国市民でない配偶者への婚姻控除の制限
米国連邦遺産税では,配偶者が承継する財産について無制限の配偶者控除(marital deduction)が認められるのが原則であるが,配偶者が米国市民でない場合には,この原則が制限される。
IRC2056条(d)(1)は,生存配偶者が米国市民でないときは,原則として配偶者控除を認めないと定める(「if the surviving spouse of the decedent is not a citizen of the United States … no deduction shall be allowed」)。
日本に居住する個人の相続では,配偶者が米国市民でないことが通常であるから,この制限が問題となり得る。
NRAの遺産については,IRC2106条(a)(3)により,米国に所在する財産についてのみ,IRC2056条の原則に従って配偶者控除が計算される。
したがって,米国市民でない配偶者が米国所在の財産を承継する場面では,後記2の適格国内信託を用いない限り,配偶者控除による繰延べを受けられないことになる。
2 適格国内信託と条約上の特則の不存在
前記の制限の下で繰延べを受けるための手段が,適格国内信託(qualified domestic trust。IRC2056A条)である。
これは,米国市民である個人又は米国内国法人を受託者に含め,元本の分配に際して遺産税を源泉的に留保できる仕組みを備える等の要件を満たす信託であり,これを用いることで配偶者控除に相当する繰延べが可能となる。
日米相続税条約には,配偶者控除を拡張する特別の規定は置かれていない。
そのため,条約を根拠として米国市民でない配偶者の配偶者控除を拡張することはできず,適格国内信託によることが実務上の繰延べ手段となる。
もっとも,前記第2のとおり全世界財産が基礎控除額以下であればそもそも米国連邦遺産税が生じないため,この論点が実益を持つのは,全世界財産が基礎控除額を超える規模の事案に限られると考えられる。
第4 生前における対応
1 米国株式の生前贈与と米国の贈与税
生前の対応として,米国株式の贈与が検討されることがある。
IRC2501条(a)(2)は,NRAによる無形資産の移転には贈与税を課さないと定める(「paragraph (1) shall not apply to the transfer of intangible property by a nonresident not a citizen of the United States」。ただし一定の国籍離脱者を除く。)。
株式は無形資産に当たるため,NRAによる米国株式の生前贈与には,米国の贈与税は課されないことになる。この点は,死亡時の保有について米国連邦遺産税が及び得ることと対照的である。
2 日本側の課税を含めた総合的な検討
もっとも,このことをもって生前贈与が有利であると即断することはできない。
贈与については,贈与者・受贈者の住所により日本の贈与税が課され得るほか,日本の所得税法60条により,贈与を受けた資産の取得費及び取得時期は受贈者に引き継がれるため,将来の譲渡益課税の負担が受贈者に移転する。
生前贈与は,米国連邦遺産税の負担が現実に見込まれる規模の事案において,日本側の課税を含めた総合的な検討の一要素として位置づけるのが相当であると考えられる。
資産の保有形態の選択も,同様に設計の一要素となる。
前記第1の2(2)のとおり,米国株式へのエクスポージャーを米国籍のETFで取るか米国外を設立地とするファンドで取るかによって米国連邦遺産税の課税範囲が分かれ得るが,これも配当課税や運用コストを含めて総合的に判断すべき事項であり,遺産税の一点のみで決めることはできない。
第5 受任時に確認すべき事項
本稿が扱う課税範囲・条約・配偶者・生前対応の観点からは,受任に当たり次の事項を確認する必要がある。
- 米国に所在する財産の種類と時価(個別の米国株式,米国籍のETF・投資信託,米国外を設立地とするファンド,米国債,現金性資産の区別)。米国所在財産の合計額が6万ドルを超えるかどうかが,米国への申告義務の判断の起点となる。
- 全世界の遺産の規模。条約による按分控除の効き方は全世界財産の規模に左右されるため,基礎控除額(2026年で1500万ドル)との関係を確認する。
- 配偶者の国籍。米国市民でない配偶者が米国所在財産を承継する場合の配偶者控除の可否に関わる。
- 生前贈与の予定又は実績の有無。
- 被相続人及び相続人の住所(日本の相続税の納税義務の区分に関わり,詳細は別稿で扱う)。
これらのうち,米国所在財産の合計額の見込みと全世界財産の規模の把握が,米国連邦遺産税の申告義務の要否及び条約による軽減の効き方を見極める中心となる。
なお,日本の相続税の納税義務者の判定,国外財産の評価と邦貨換算,証券会社における名義書換えの手続及びTransfer Certificate制度については別稿で扱っており,本稿の検討と併せて確認することが必要である。
申告義務が生ずる可能性がある場合には,日米両国の税務を扱う専門家との連携を検討し,適用時点の法令及び様式に基づいて確認することが相当であると考えられる。
出典
1 法令(米国内国歳入法典。英文条文は米国の公的資料に基づく)
- IRC 2101条(a)(b)(NRAに対する遺産税の賦課と税率表の準用)
- IRC 2103条(NRAの課税対象は米国所在財産に限る)
- IRC 2104条(a)(株式の所在。米国内国法人発行の株式を米国所在とする)
- IRC 2105条(米国に所在しない財産。生命保険金・一定の預金等)
- IRC 851条(a)(規制投資会社=米国内国法人)
- IRC 2102条(b)(1)(1万3000ドルの税額控除),同(b)(3)(A)(条約に基づく統一税額控除の按分)
- IRC 2001条(c)(税率表。最高税率40パーセント),2010条(c)(基礎控除。2026年は1500万ドル)
- IRC 2056条(d)・2056A条(米国市民でない配偶者への配偶者控除の制限と適格国内信託),2106条(a)(3)(NRAの課税遺産と配偶者控除)
- IRC 2501条(a)(2)(NRAによる無形資産の贈与に対する贈与税の不適用)
- Cornell Law School Legal Information Institute(上記各条の英文条文) https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2101 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2103 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2104 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2105 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/851 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2102 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2001 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2010 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2056 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2056A / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2106 / https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/2501
2 法令(日本。e-Gov法令検索の現行条文による)
- 相続税法1条の3第1項1号(居住無制限納税義務者の全世界課税),10条1項8号(株式の所在=発行法人の本店所在地),20条の2(在外財産に対する相続税額の控除) https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073
- 所得税法60条(贈与等により取得した資産の取得費及び取得時期の引継ぎ) https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
3 条約・行政資料
- 遺産,相続及び贈与に対する租税に関する二重課税の回避等のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約(昭和29年署名・昭和30年発効。第3条(1)(d)=株式の所在,第4条=特別控除の按分)。条約の枠組みは下記の税務大学校研究資料と整合することを確認した。
- IRS「Instructions for Form 706-NA」(提出の閾値=米国所在財産6万ドル超,条約に基づく按分控除,全世界財産の記載,提出期限=死亡から9か月,条約締結国としての日本の掲記) https://www.irs.gov/instructions/i706na
- IRS「IRS releases tax inflation adjustments for tax year 2026」(2026年の基礎控除=1500万ドル) https://www.irs.gov/newsroom/irs-releases-tax-inflation-adjustments-for-tax-year-2026-including-amendments-from-the-one-big-beautiful-bill
4 研究資料・参考
- 小林尚志「相続・贈与に係る国際的二重課税——外国税額控除の在り方を中心として」税務大学校論叢59号(日米相続税条約の枠組み及び外国税額控除の解説) https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/59/07/pdf/ronsou.pdf
- 米国籍ETFと米国外を設立地とするファンドの遺産税上の所在の相違に関する国際的な解説(前記IRC851条(a)・2104条(a)の条文論理により裏づけられる範囲で参照した)