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東弁リブラ2026年7・8月号掲載の竹内浩史 元裁判官寄稿の「プロ野球界を救った東京高裁決定」を踏まえた東京高裁平成16年9月8日決定の論評(AI作成)

第1 本記事の対象と射程

本記事は,東弁リブラ2026年7・8月号掲載の寄稿「プロ野球界を救った東京高裁決定」(寄稿者は39期の竹内浩史 元裁判官。以下「本寄稿」という。)を踏まえ,そこで取り上げられた東京高裁平成16年9月8日決定(平成16年(ラ)第1479号)[裁1]を,決定文に即して検討し,あわせて本寄稿の叙述を論評するものである。本決定は,団体交渉を求め得る地位を仮に定めることを求めた仮処分の抗告審であり,集団的労働法(団体交渉・不当労働行為)と民事保全とが交錯する。

本記事は,決定文,法令および掲載資料で確認できた範囲に限って記述し,確認できる判示・事実と,評価・分析とを区別する。本寄稿は本決定を「大きな効果を発揮した」と評価し,判断に至る経緯や意図にも触れているが,本記事は,決定が実際に判断した事項を基準として,本寄稿の叙述を労働法・民事保全・スポーツ法・裁判の独立と法曹倫理の各観点から検討する。本記事は一般的な情報提供を目的とし,特定の事案に対する法的助言ではない。

第2 本決定の概要と事案

1 事案と手続の経緯

2004年,株式会社大阪バファローズがオリックス野球クラブ株式会社にその営業を譲渡し(本件営業譲渡),これに伴って日本プロフェッショナル野球組織(以下「相手方」という。)への参加資格を統合すること(本件統合)の承認を求める申請がされた[裁1]。これに対し,日本プロ野球選手会(以下「抗告人」という。)は,相手方に対し,(1)本件営業譲渡および参加資格の統合に関する件(選手の解雇・転籍を不可避的に伴う統合を回避すること等を含む。以下「交渉事項(1)」という。),(2)これに伴う抗告人組合員の労働条件に関する件(以下「交渉事項(2)」という。)について,団体交渉を求め得る地位にあることを仮に定める仮処分を申し立てた[裁1]

原決定である東京地方裁判所平成16年9月3日決定[裁2]は申立てを却下し,抗告人が即時抗告した。本決定に現れた経過によれば,本件申請は,日本プロフェッショナル野球協約(以下「野球協約」という。)33条により実行委員会およびオーナー会議の承認を要するものであり,9月6日の実行委員会で承認され,9月8日のオーナー会議で承認の可否等が審議議決されることとされていた[裁1]

2 決定の結論・合議体・掲載

本決定は,抗告を棄却した[裁1]。判示事項は,抗告人が相手方に対し労働組合法7条2号の団体交渉権を有することの疎明は十分であり,組合員の労働条件に関する件は義務的団体交渉事項に該当するが,相手方は抗告人との団体交渉に応じており,保全の必要性(民事保全法23条2項)の疎明が不十分であるから,原決定は結論において相当である,というものである[裁1]。本決定は東京高等裁判所第23民事部(裁判長裁判官原田和徳,裁判官北澤章功,裁判官竹内浩史)による[裁1]。本寄稿は,この合議体を構成した裁判官の一人が本決定を回顧するものである。

本決定は,労働判例879号90頁に掲載されるほか,判例データベースにも登載されている[文2]。他方,裁判所ウェブサイトの裁判例検索には掲載されていない(裁判所ウェブサイト未掲載)ため,引用の際は掲載誌により特定する。本決定の評釈として,法律時報77巻11号94頁がある[文3]

第3 本決定の判断構造

1 被保全権利——団体交渉権と義務的団交事項

労働組合法7条2号は,使用者が「雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を不当労働行為として禁止している[法1]。本決定は,団体交渉権について原決定の判断を引用し,抗告人が相手方に対し同号の団体交渉をする権利を有することの疎明は十分であるとした[裁1]

義務的団交事項については,本決定は,交渉事項(2)(組合員の労働条件に関する件)を義務的団体交渉事項に該当するとし(原決定引用),さらに,原決定が義務的団交事項に当たらないとしていた交渉事項(1)についても,そのうち組合員の労働条件に係る部分は義務的団体交渉事項に該当すると判断した[裁1]。その根拠として本決定は,野球協約33条後段が合併される球団の選手について57条・57条の2の準用を定め,57条の2が救済の議決による支配下選手数の80名以内への拡大を定めるところ,本件ではこの議決がされておらず,各球団の支配下選手が79条により原則70名までに制限されているため,議決がされない限り一球団分の選手が必然的に選手契約を解除されることになる,という協約の具体的な仕組みを挙げている[裁1]

2 保全の必要性——「団交に応じていた」ことと将来の見通し

仮の地位を定める仮処分命令は,争いがある権利関係について債権者に生ずる「著しい損害又は急迫の危険」を避けるためこれを必要とするときに発することができ(民事保全法23条2項)[法2],保全すべき権利および保全の必要性はいずれも疎明を要する(同法13条)[法3]。本決定は,被保全権利を上記の限度で認めながら,保全の必要性の疎明が不十分であるとして抗告を棄却した[裁1]

本決定が必要性を否定した理由は,相手方が抗告人との団体交渉に既に応じていたこと,および今後の交渉が期待されることに求められている[裁1]。本決定は,相手方が当審においても団体交渉権を争う主張を続けているため,相手方がこれまで応じてきた交渉等が誠実さを欠いていたことは否定することができず,9月9日から予定される交渉の法的性格にも疑問の余地があると述べつつ,相手方の代表者でもあるコミッショナーに著名な法律家が就任しており,裁判所が団体交渉権について判断を示せば相手方がこれを尊重して実質的な団体交渉が行われることが期待される,としている[裁1]。あわせて,相手方が誠実交渉義務を尽くさなければ労働組合法7条2号の不当労働行為の責任を問われる可能性があること[法1],野球協約3条(1)が掲げる野球の権威等に対する国民の信頼を失いかねないこと等を挙げている[裁1]

第4 寄稿の叙述に対する論評

1 労働法の観点——義務的団交事項の説明と使用者性

本寄稿は,義務的団交事項該当性の理由を,2球団の合併により1球団分の選手が解雇されるからである,と要約している。この要約は結論として誤りではないが,本決定の実際の理由づけは,野球協約33条後段・57条の2の救済議決が未了であり,79条の支配下選手数の制限(原則70名)ゆえに議決がない限り一球団分の選手が必然的に契約解除されるという,協約の具体的条項に即したものであった[裁1]。また本決定は,交渉事項(1)そのものではなく,そのうち「労働条件に係る部分」を切り出して義務的団交事項とした[裁1]。経営に関する事項であっても組合員の労働条件に関係する限度で義務的団交事項となり得るという理解[文1]に照らすと,本寄稿の「合併=義務的団交事項」という圧縮した表現は,交渉の対象範囲を実際より広く理解させるおそれがあり,決定が採った限定(労働条件に係る部分への切り分け)を捨象している。

より本質的なのは,団体交渉の相手方が誰であるかという問題を,本寄稿がほとんど扱っていない点である。選手を直接雇用しているのは各球団であり,相手方は選手との間に雇用契約を有しない。にもかかわらず相手方が労働組合法上の交渉義務を負うかは,本件の核心的な論点である。労働組合法7条の「使用者」は一般に労働契約上の雇用主を指すが,最高裁平成7年2月28日第三小法廷判決(朝日放送事件,民集49巻2号559頁)[裁3]は,雇用主以外の事業主でも,労働者の基本的な労働条件等について雇用主と部分的にせよ同視できる程度に「現実的かつ具体的に支配,決定することができる地位」にある場合は,その限りで使用者に当たるとした。本決定は,この相手方適格の点についての具体的な論拠を原決定の引用に委ねており,抗告審の決定文には展開されていない[裁1][裁2]。本寄稿も,この最も難しい論点に触れていない。読み物としての性格を考慮しても,労働法的な説明としては要点を欠くと評価される。

2 民事保全の観点——理由中で権利を認めつつ棄却する手法

本寄稿は,主文で棄却しながら理由中で団体交渉権を認めるという手法を,相手方の上訴を避けるための工夫であったと説明している。決定の構造としては,被保全権利を認めつつ保全の必要性を欠くとして棄却したものであり[裁1],これは,仮の地位を定める仮処分において被保全権利と保全の必要性がいずれも独立の要件であること(民事保全法13条・23条2項)[法3][法2]の帰結として説明できる。抗告が棄却された結果,相手方は結論において不服がない立場となる。一般に,全部勝訴した当事者は上訴の利益を欠くと解されており,理由中の判断が相手方に不利であっても,上訴による是正が働きにくい。

もっとも,本記事は,本寄稿が述べる意図と,決定文に現れた理由とを区別して扱う必要があると考える。決定文が保全の必要性を否定する理由として掲げているのは,相手方が既に団体交渉に応じていたこと,および今後の実質的交渉が期待されること等であって[裁1],決定の主観的な意図を決定文から確定することはできない。そのうえで,決定の理由づけ自体には検討の余地がある。本決定は,相手方が団体交渉権を争い続け,従前の交渉に誠実さを欠く面があったことを認定しながら,裁判所が団体交渉権を示せば相手方が尊重するであろうという将来の見通しを,必要性を否定する主たる根拠に据えている[裁1]。過去の不誠実を認めることと,将来の誠実な履行を期待することとは本来緊張関係に立つ評価であり,将来の履行への期待を保全の必要性の判断に大きく織り込むことの当否には,議論の余地がある。また,理由中で相手方に不利な判断を示しながら,その是正の機会が制度上働きにくい構造は,手続保障の観点からの検討にも値する。

3 スポーツ法の観点——当事者適格と「救った」という評価

プロ野球の統括団体である相手方が団体交渉の相手方たり得るかは,一般の企業とは異なる組織形態を前提とする問題である。選手の雇用主は各球団であり,相手方はその統括団体であるから,相手方の団体交渉上の地位は,労働組合法上の使用者性・使用者側団体としての位置づけの問題に帰着する。本寄稿は,コミッショナーに著名な法律家が就任していることには触れるが,この当事者適格の理論的な難しさには踏み込んでいない[裁1]

また,本寄稿は,その表題で本決定を「プロ野球界を救った」ものと位置づけ,大きな効果を発揮したと評価する。本文では自らの判断を「名裁き(自称)」と留保的に述べており,その限度で自己評価であることに自覚的とも読める。もっとも,決定文から確認できるのは,主文が抗告の棄却であり,理由中で団体交渉権および義務的団交事項について判断が示された点である[裁1]。本決定は,団体交渉の実施も地位の保全も命じていない。本件営業譲渡および統合そのものは実現しており,その後の労使関係の展開には本決定のほかにも多数の要因が関与している。したがって,本決定を「救った」ものと評価することは,決定の内容(棄却)と事後の社会的評価とを結び付けるものであり,客観的な評価との間には幅がある。単一の仮処分決定から,団体交渉に関する裁判所の一般的傾向を導くこともできない。

4 裁判の独立と法曹倫理の観点

本寄稿は,判断のきっかけを,日頃視聴していたテレビ報道番組の解説者の発言に求める叙述をしており,その記憶自体を「朧げ」なものと述べている。裁判官は,その良心に従い独立して職権を行い,憲法および法律にのみ拘束される(憲法76条3項)[法5]。世論や報道を判断の一つの契機とすること自体が直ちに独立性を損なうとはいえないが,社会の耳目を集める事件において,報道での指摘が結論の方向づけに影響したという叙述は,法と証拠に基づく判断という原則との関係で慎重な読み方を要する。きっかけの内容が記憶に依拠した「朧げ」なものであることも,回顧としての限界を示している。

次に,合議体でする裁判の評議の経過ならびに各裁判官の意見およびその多少の数については,秘密を守らなければならない(裁判所法75条2項)[法6]。決定書に現れた理由を解説すること自体は妨げられないが,表向きの理由の背後にある評議の意図(相手方の上訴を避けるための工夫等)にわたる叙述は,評議の秘密に触れるおそれがある。本決定は合議体によるものであり[裁1],叙述は自己の意見にとどまらず他の裁判官の関与にも関わり得る。他方,本件が20年以上前の仮処分であること,高い公的関心を集めた事件であること,制度の意義を伝えるという公益的な目的があること,既に公表され議論の対象となっていること等は,公表の相当性を一定程度支える事情である。以上を総合すると,違法または懲戒に相当するとまで断ずることは困難であるが,評議の秘密および司法に対する信頼という観点から,慎重な検討を要する叙述であると考えられる。

第5 実務への示唆

本決定は,団体交渉への応諾を相手方に求める仮処分を検討する場面で,実務上の着眼点を提供する。

第1に,被保全権利の疎明に成功しても,保全の必要性が独立の関門となる点である。本決定は,相手方が形式的にでも団体交渉に応じている場合には,過去の対応に誠実性の問題があっても必要性の疎明が容易でないことを示している[裁1]。申立てを行う側は,団体交渉の拒否・不誠実の継続によって具体的にどのような著しい損害または急迫の危険が生ずるのかを,期限や既成事実化の進行に即して疎明する必要がある(民事保全法23条2項)[法2]

第2に,救済の経路の選択である。団体交渉の拒否に対しては,裁判所の仮処分のほか,労働委員会に対する不当労働行為の救済命令申立てがある。労働委員会は,使用者が労働組合法7条に違反した旨の申立てを受けたときは調査等を行うが,行為の日(継続する行為にあってはその終了した日)から1年を経過した事件は受けることができない(同法27条)[法4]。迅速性,得られる救済の内容,時的制約が異なるため,事案の緊急性に応じて選択・併用を検討することになる。

第3に,交渉事項が経営に関する事項であっても,本決定のように関係規程の具体的条項を手がかりに組合員の労働条件を左右する部分を特定できるかが,義務的団交事項該当性の主張の成否を分ける。

本記事の検討は決定文および掲載資料で確認できた範囲に限られ,個別事案の判断には原典の確認と個別の当てはめを要する。

出典

1 法令

  • [法1]労働組合法7条2号(e-Gov法令検索)——団体交渉の正当な理由のない拒否を不当労働行為とする規定。第3の1,第3の2,第4の1で使用。↑本文へ
  • [法2]民事保全法23条2項(e-Gov法令検索)——仮の地位を定める仮処分命令の必要性(著しい損害・急迫の危険)。第3の2,第4の2,第5で使用。↑本文へ
  • [法3]民事保全法13条(e-Gov法令検索)——保全すべき権利・権利関係および保全の必要性の主張と疎明。第3の2,第4の2で使用。↑本文へ
  • [法4]労働組合法27条(e-Gov法令検索)——労働委員会による不当労働行為事件の審査開始(1項)および行為の日から1年の除斥期間(2項)。第5で使用。↑本文へ
  • [法5]日本国憲法76条3項(e-Gov法令検索)——裁判官は良心に従い独立して職権を行い,憲法および法律にのみ拘束される。第4の4で使用。↑本文へ
  • [法6]裁判所法75条2項(e-Gov法令検索)——評議の経過ならびに各裁判官の意見およびその多少の数についての守秘。第4の4で使用。↑本文へ

2 裁判例

  • [裁1]東京高等裁判所平成16年9月8日決定,平成16年(ラ)第1479号,労働判例879号90頁(判例データベース登載,裁判所ウェブサイト未掲載)——団体交渉権の疎明を十分とし,交渉事項(1)のうち労働条件に係る部分および交渉事項(2)を義務的団交事項と認めつつ,相手方が団体交渉に応じており保全の必要性の疎明が不十分であるとして抗告を棄却。第1から第5まで全体で使用。↑本文へ
  • [裁2]東京地方裁判所平成16年9月3日決定(裁判所ウェブサイト未掲載)——上記事件の原決定。申立てを却下。抗告審は団体交渉権および交渉事項(2)の判断について同決定を引用する。第2の1,第3,第4の1で使用。↑本文へ
  • [裁3]最高裁判所平成7年2月28日第三小法廷判決(朝日放送事件),最高裁判所民事判例集49巻2号559頁——労働組合法7条の「使用者」につき,雇用主以外の事業主でも労働条件等を現実的・具体的に支配,決定し得る地位にある場合はその限りで使用者に当たるとした。第4の1で使用。(本記事作成時,裁判所ウェブサイト裁判例検索の動作上,個別ページのURLを確定できなかったため,公式判例集である民集により特定した。)↑本文へ

3 文献

  • [文1]大内伸哉『経営者のための労働組合法教室〔第2版〕』(経団連出版,2020年)59頁——経営に関する事項であっても組合員の労働条件に関係する限度で義務的団交事項となり得る旨の説明。第4の1で使用。↑本文へ
  • [文2]産労総合研究所編『2005年版 重要労働判例総覧』(経営書院,2005年)——本件決定を労働判例879号90頁として収録・整理。第2の2で使用。↑本文へ
  • [文3]本件決定の評釈として,法律時報77巻11号94頁がある(判例データベースの評釈情報により書誌を確認)。第2の2で使用。↑本文へ