第1 略式命令の請求から発令まで
1 略式命令の請求まで
①略式命令の請求は,簡易裁判所に対し,公訴の提起と同時に,書面でしなければならない(刑訴法462条1項)。実務上は,起訴状の冒頭に「下記被告事件につき公訴を提起し,略式命令を請求する。」と記載され(事件事務規程67条1項),この起訴状が「略式命令請求書」と呼ばれている。
②略式手続によることについて異議がないことを被疑者が書面で明らかにしない限り,略式手続とはならない(刑訴法461条の2第2項,462条2項,刑訴規則288条)。そのため,略式手続で処理されることに不服がある被疑者は,通常の刑事裁判を受けることができる。
③略式手続によることについて異議がない旨を被疑者が明らかにした書面は,実務上「略式請書」(略請)と呼ばれる。略式請書は,略式手続について説明・告知をし,異議の有無を確認した旨の検察官作成に係る告知手続書と,略式手続によることに異議がない旨の被疑者作成に係る申述書によって構成されている。
④略式命令の請求をする場合,実務上,検察官は科刑意見(没収その他付随処分を含む。)を裁判所に申し出ることになっており,略式命令請求書とは別個に科刑意見書を作成して提出している(事件事務規程67条3項)。検察官の科刑意見どおりに略式命令が発付された場合であっても,その後累犯前科を含む多数の同種前科の存在が判明するに至ったなどの事情の下では,検察官がした正式裁判の請求は適法であるとされている(最高裁平成16年2月16日決定・刑集58巻2号124頁)。
⑤逮捕中又は勾留中に略式手続がとられる場合を,それぞれ「逮捕中在庁略式」又は「勾留中在庁略式」という。
⑥略式命令の請求と同時に,略式命令をするために必要があると検察官が思料する書類及び証拠物が裁判所に差し出される(刑訴規則289条1項)。これは,いわゆる起訴状一本主義の例外であり,裁判所は,検察官の提出した資料だけを調査して略式命令を発令する。
2 略式命令の請求後の取扱い
①略式命令請求書において,起訴検察官の所属庁の記載並びに検察官の署名(記名)及び押印がいずれも欠けている場合,公訴提起の手続がその規定に違反したため無効となり,刑訴法463条1項・338条4号により,公訴棄却の判決が下される(最高裁平成19年7月5日判決・最高裁判所裁判集刑事292号47頁)。同判決は,検察官の署名(記名)及び押印を欠く起訴状に基づいて発せられた略式命令に対する非常上告事件であり,参照法条として刑訴法338条4号,458条1号,463条1項及び刑訴規則58条1項,60条の2第2項を掲げている。
②略式命令の請求を受けた裁判所は,その事件が略式命令をすることができないものであり,又はこれをすることが相当でないものと思料するとき,及び略式命令手続がその規定に違反するときは,通常の規定に従って審判をしなければならない(刑訴法463条。実務上「略式不相当」と呼ばれる。)。
③略式命令は,遅くともその請求のあった日から14日以内に発しなければならないとされているが(刑訴規則290条1項),この14日の定めは訓示規定にすぎず,これを徒過しても略式命令の効力に影響しない(最高裁昭和39年6月26日決定・刑集18巻5号230頁)。もっとも,この訓示規定と併せて刑訴法463条の2にも留意する必要がある。同条1項は,略式命令の請求があった日から4箇月以内に略式命令が被告人に告知されないときは,公訴の提起がさかのぼってその効力を失う旨を定めており,同条2項により,この場合,裁判所は決定で公訴を棄却しなければならない。すなわち,14日という期間そのものは訓示規定にとどまるが,4箇月という上限を超えた遅延には,公訴提起自体を失効させるという実体的な歯止めが別途用意されている。
④略式命令の告知は,裁判書の謄本の送達によってする(刑訴規則34条本文)。
⑤略式命令の送達は,被告人に異議がないときに限り,その者が雇用,委任その他法律上の行為に基づき就業する他人の住居又は事務所において行うことができる(刑訴規則63条の2)。
⑥略式命令は,正式裁判の請求期間の経過(14日間の経過)又はその請求の取下げにより,確定判決と同一の効力を生ずる(刑訴法470条)。なお,略式命令は刑訴法上「命令」に位置付けられるものであるが,決定又は命令はいずれも口頭弁論に基づかずにすることができるとされており(刑訴法43条2項),略式手続が公判を開かずに罰金・科料を科すことができるのは,この性質による。
第2 正式裁判の請求
①いったん略式命令を受けたとしても,その告知を受けた日から14日以内であれば,略式命令を発した簡易裁判所に対し,書面により正式裁判の請求をすることができる(刑訴法465条)。そして,簡易裁判所が下した正式裁判の判決に不服がある場合,高等裁判所に対して控訴の申立てをすることができる(裁判所法16条1号,刑訴法372条以下)。
②正式裁判の請求があったときは,裁判所は速やかにその旨を検察官又は被告人に通知し(刑訴法465条2項後段),書類及び証拠物を検察官に還付する(刑訴規則293条)。これは,起訴状一本主義(刑訴法256条6項)に戻るためである。
③略式命令をした裁判官は,正式裁判に関与することができない(刑訴法20条7号)。
④正式裁判の請求を適法とするときは,裁判所は通常の規定に従って審判をしなければならない(刑訴法468条2項)。この場合,裁判所は略式命令に拘束されないから(刑訴法468条3項),事実認定,法令の適用及び刑の量定のすべてにわたって自由に判断することができ,被告人だけが正式裁判を請求したときでも,不利益変更禁止の原則(刑訴法402条)は適用されない(最高裁昭和31年7月5日決定・刑集10巻7号1020頁)。
⑤正式裁判の請求は,被告人の明示した意思に反しない限り,弁護人もすることができる(刑訴法467条・355条及び356条)。
⑥略式命令で仮納付を命じられた罰金,科料又は追徴に係る裁判について正式裁判の請求があったときは,納付されていない仮納付金については執行しない(徴収事務規程49条)。
⑦正式裁判の請求は,第一審の判決があるまで取り下げることができる(刑訴法466条)。そのため,刑事記録を閲覧・謄写した上で,略式命令の根拠となった一件記録を確認してから,正式裁判の請求を取り下げることもできる。
⑧弁護士を弁護人に依頼した場合,その弁護士の差支え日時を踏まえて,第一回公判期日の指定について裁判所と交渉することが可能である。
第3 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式)
1 総論
三者即日処理方式における「三者」とは,警察,検察及び裁判所をいう。交通切符の略式手続(三者即日処理方式。在宅在庁略式の方式)とは,非反則行為に関する道路交通法違反,又は自動車の保管場所の確保等に関する法律違反(以下「交通違反」という。)により,警察官から交通切符(赤色切符)の交付を受けて出頭日時・場所を告知された者について,次の手続を1日で行う処理方式であり,違反者が出頭するのは一回だけで済む。①警察の取調べ,②検察庁の取調べ,③検察庁から簡易裁判所への略式命令請求(刑訴法462条。この時点で「被疑者」から「被告人」に変わる。),④簡易裁判所の裁判所書記官からの略式命令謄本の交付(刑訴法463条の2参照。在宅事件の被告人が裁判所の庁舎で略式命令謄本の交付を受けることから「在宅在庁」と呼ばれる。なお,在宅事件の対義語は身柄事件,すなわち逮捕又は勾留されている事件である。),⑤仮納付の裁判(刑訴法348条)の執行としての,検察庁での罰金の仮納付(刑訴法490条1項前段,494条1項参照)である。
大阪府の場合,大阪メトロ御堂筋線・JR新大阪駅の近くにある大阪簡易裁判所交通分室(大阪市淀川区三国本町)で三者即日処理方式が行われている。通常の裁判手続によると,まず警察での取調べ,次に検察庁での取調べ,更に裁判所での裁判,最後に検察庁への罰金納付という手続が採られ,手続が終了するまでに警察署・検察庁・裁判所への数回の出頭を余儀なくされる。そこで,交通違反をした者の便を考慮し,警察・検察庁の担当者がいわゆる交通裁判所に集まることで,2時間程度ですべての手続を終えるようにしている。
青色切符を交付されたにもかかわらず交通反則金を納付しなかった場合,刑事訴訟手続又は少年審判手続で処理されることとなるが,通常は,交通切符の略式手続に基づいて罰金刑が科される。反則行為(道路交通法125条1項)に当たるかどうかの判断を誤り,本来は反則行為として交通反則通告制度の手続を経るべき事案について,これを経由せずに略式命令を請求してしまうと,発付された略式命令が違法として取り消されることになる。実際に,反則行為に当たる速度違反を非反則行為と誤認してなされた略式命令について,非常上告により原略式命令が破棄され公訴が棄却された事例(最高裁第一小法廷平成13年12月13日判決・最高裁判所裁判集刑事280号1043頁,判例秘書登載番号L05610110)や,自動車専用道路における最高速度違反につき,反則行為に関する処理手続を経由しない公訴提起を受けて発付された略式命令が破棄され,公訴が棄却された事例(最高裁第二小法廷平成22年3月29日判決・最高裁判所裁判集刑事300号163頁,判例秘書登載番号L06510046)がある。いずれも,速度超過の程度が反則行為の範囲内(交通反則通告制度の対象)であったにもかかわらず,非反則行為として通常の刑事手続に乗せてしまった点に誤りがあった事案であり,反則行為と非反則行為の区別を誤ると略式命令自体が違法になり得ることを示している。
三者即日処理方式のような在庁略式の手続では,出頭した者が別人の氏名を冒用する事態も生じ得る。実務上,他人の氏名を冒用して略式命令の交付を受けた場合,その略式命令は氏名を冒用した者に対しては効力を生じないと解されている(三好一幸『略式手続の理論と実務〔第二版〕』(司法協会,2017年)44頁)。
2 交通事件即決裁判
交通事件即決裁判手続法(昭和29年5月18日法律第113号)に基づく交通事件即決裁判は,昭和54年以降,実施されていない。略式手続との最大の相違点は,交通事件即決裁判の場合,即決裁判期日を法廷で実施する必要があった点である。
交通事件即決裁判手続は,平成16年法律第62号による改正後の刑訴法に基づき,平成18年10月2日に導入された即決裁判手続(刑訴法350条の2ないし350条の14)とは異なる制度である。この即決裁判手続に関しては,最高裁判所が,即決裁判手続の上訴制限を定めた刑訴法403条の2第1項が憲法32条に違反しないこと,及び即決裁判手続の制度自体が虚偽の自白を誘発するとはいえないことを判示している(最高裁平成21年7月14日判決・刑集63巻6号623頁)。
第4 略式手続の沿革
法務省の平成元年版犯罪白書「第3章 犯罪者の処遇」には,次の記載がある。
略式手続は,大正2年4月公布(同年6月1日施行)の刑事略式手続法によって初めて認められ,区裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する刑事事件につき,被告人に異議のない場合に,公判前に略式命令で罰金又は科料を科することができるようになった(略式命令に対して7日以内に正式裁判の申し立てをすることができた。)。
その後,大正11年5月に公布(13年1月1日施行)された旧刑事訴訟法も,これとほぼ同じ内容の規定が設けられ,略式命令で罰金又は科料を科することができた。昭和18年10月公布の戦時刑事特別法の一部改正(同年11月15日施行)により,略式命令で,1年以下の懲役(窃盗罪等については3年以下の懲役)若しくは禁錮又は拘留をも科することができるようになったが,21年1月に同法が廃止され,略式命令で懲役若しくは禁錮又は拘留を科することはできなくなった。23年7月公布(24年1月1日施行)の現行刑事訴訟法では,簡易裁判所は略式命令で5,000円以下の罰金又は科料を科することができると定められ,その後,略式命令で科することのできる罰金の最高額は,23年12月公布(24年2月1日施行)の罰金等臨時措置法により5万円となり,さらに,47年6月公布の同法の一部改正(同年7月1日施行)により20万円となった。
制度の起点である刑事略式手続法は,大正2年4月9日法律第20号であり,大正11年5月5日法律第75号(旧刑事訴訟法)の施行に伴って,その内容が旧刑事訴訟法に引き継がれて廃止された(国立国会図書館「日本法令索引」)。
略式手続で科することのできる罰金の最高額は現在,100万円である(刑事訴訟法461条前段)。法務省の令和7年版犯罪白書によれば,令和6年に検察庁で終局処理された78万2,735人のうち,公判請求は8万287人,略式命令請求は15万8,783人であり,起訴された者(公判請求と略式命令請求の合計23万9,070人)の中で略式命令請求が占める割合は,現在も高い水準にある。
第5 関連記事その他
審級制度については,憲法81条に規定するところを除いては,憲法はこれを法律の定めるところにゆだねており,事件の類型によって一般の事件と異なる上訴制限を定めても,それが合理的な理由に基づくものであれば憲法32条に違反するものではない(最高裁大法廷昭和23年3月10日判決・刑集2巻3号175頁,最高裁大法廷昭和29年10月13日判決・民集8巻10号1846頁。なお,最高裁昭和59年2月24日判決・刑集38巻4号1287頁,最高裁平成2年10月17日決定・刑集44巻7号543頁参照)。
以下の記事も参照されたい。
出典
一 法令
- 刑事訴訟法(e-Gov法令検索)
- 刑事訴訟規則(裁判所ウェブサイト掲載)
- 裁判所法(e-Gov法令検索)
- 事件事務規程(法務省刑総訓令)
- 徴収事務規程(法務省刑総訓令)
- 道路交通法(e-Gov法令検索)
- 交通事件即決裁判手続法(e-Gov法令検索)
- 刑事略式手続法〔大正2年法律第20号・廃止〕(国立国会図書館「日本法令索引」)
二 裁判例
- 最高裁平成16年2月16日決定(刑集58巻2号124頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁平成19年7月5日判決(最高裁判所裁判集刑事292号47頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁昭和39年6月26日決定(刑集18巻5号230頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁昭和31年7月5日決定(刑集10巻7号1020頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁平成21年7月14日判決(刑集63巻6号623頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁大法廷昭和23年3月10日判決(刑集2巻3号175頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁大法廷昭和29年10月13日判決(民集8巻10号1846頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁昭和59年2月24日判決(刑集38巻4号1287頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁平成2年10月17日決定(刑集44巻7号543頁)〔裁判所ウェブサイト〕
- 最高裁第一小法廷平成13年12月13日判決(最高裁判所裁判集刑事280号1043頁)〔裁判所ウェブサイト未掲載・判例秘書登載番号L05610110で確認〕
- 最高裁第二小法廷平成22年3月29日判決(最高裁判所裁判集刑事300号163頁)〔裁判所ウェブサイト未掲載・判例秘書登載番号L06510046で確認〕
三 文献
- 三好一幸『略式手続の理論と実務〔第二版〕』(司法協会,2017年)44頁
- 法務省「平成元年版犯罪白書」第3章
- 法務省「令和7年版犯罪白書」第2編第2章第4節