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労災隠し

労災かくしとは,事業者が労働災害の発生を隠すため,故意に労働者死傷病報告を提出せず,又は虚偽の内容を記載した報告を提出することをいう。会社が労災を認めず,報告や事業主証明に協力しない場合でも,被災労働者が労災保険給付を請求できなくなるわけではない。この記事では,2026年9月23日現在の法令及び厚生労働省資料に基づき,罰則,メリット制,建設業での元請・下請,健康保険を使ってしまった場合及び労働者の対応を整理する。

第1 労災かくしとは

厚生労働省は,「労災かくし」を,労働災害の発生を隠すため,故意に労働者死傷病報告を提出しないこと,又は虚偽の内容を記載した報告を所轄労働基準監督署長へ提出することと説明している。

労働者死傷病報告は事業者が行う行政上の報告であり,被災労働者等が行う労災保険給付の請求とは別の手続である。会社が報告をしていなくても,労働者本人は労災保険給付を請求できる。提出義務者,死亡・休業日数別の期限及び2025年1月1日からの電子申請については,「労働者死傷病報告とは―提出義務者,期限,電子申請及び労災かくし(AI作成)」で詳しく説明している。

被災労働者に通常の不注意があっただけで,労災保険給付が当然に否定されるものではない。ただし,労働者が故意に負傷等を生じさせた場合は給付されず,故意の犯罪行為,重大な過失その他の法定事由がある場合には,政府が保険給付の全部又は一部を行わないことがある(労災保険法12条の2の2)。民事交通事故の過失割合とは区別して検討する必要がある。

第2 労災かくしの罰則

労働安全衛生法100条に基づく報告をせず,又は虚偽の報告をした者は,同法120条5号により50万円以下の罰金に処せられることがある。法人の代表者,代理人,使用人その他の従業者が法人又は事業主の業務に関して違反した場合は,行為者に加えて法人又は事業主にも罰金刑を科す両罰規定がある(同法122条)。

期限後の報告がすべて故意の労災かくしとなるわけではない。しかし,事故を把握した時期,報告が遅れた理由,社内での指示,報告書の記載内容及び訂正の経緯は確認され得る。厚生労働省及び各地方労働局は実際の送検事例を公表している。古い本省資料や特定地域の件数を,現在の全国件数として引用しないよう注意が必要である。

第3 労災保険料のメリット制と労災かくしの動機

継続事業のメリット制は,すべての労働者20人以上の事業に適用されるものではない。原則として労働者100人以上の事業のほか,20人以上100人未満で「労働者数×(業種別労災保険率-非業務災害率)」が0.4以上となる事業などが対象である。通常の増減幅は最大±40%であり,所定の安全衛生措置等を講じた一定の中小事業について最大±45%の特例がある。

通勤災害に要した保険給付は,個別事業の業務災害に関するメリット収支率に反映されない。通勤災害等に要する費用が,非業務災害率として全事業に共通して賦課される仕組みであるためである。

労災保険料への影響,取引先との関係,公共工事における評価等を懸念することが,労災かくしの動機として現れる事例はある。しかし,メリット制そのものが一般的に労災かくしを発生させると断定することはできない。労災かくしが発覚した場合には,労災保険給付を反映してメリット収支率が再計算されることもある。また,公共工事における指名停止は事故発生だけで一律・自動的に決まるものではなく,各発注機関の要領,安全管理措置の不適切性,事故の重大性及び刑事処分等によって判断される。

第4 会社が労災申請に協力しない場合

労災保険給付の請求者は被災労働者又は遺族であり,労災に当たるかどうかを判断するのは会社ではなく労働基準監督署長である。会社が請求書の事業主証明や押印を拒否した場合でも,その事情を付記し,所轄労働基準監督署に相談して請求できる。

事業主は,請求に必要な事項の証明を求められた場合には速やかに証明しなければならない。また,事故のため労働者本人が請求手続を行うことが困難な場合には,手続を助けなければならない(労災保険法施行規則23条)。他方,事業主は,業務災害又は通勤災害に該当するかどうかについて,労働基準監督署長に意見を申し出ることができる(同規則23条の2)。

第5 建設業における元請・下請

建設工事の労災保険関係では,原則として元請事業者が事業主とみなされ,下請労働者も元請の労災保険の対象になる。他方,労働者死傷病報告については,被災労働者を直接雇用する事業者が提出するのが基本である。下請労働者が被災した場合は下請事業者が提出し,報告欄には元方事業者の労働保険番号等も記載する。

したがって,「下請労働者が元請の労災保険の対象になること」と「元請が下請労働者の労働者死傷病報告を提出すること」は同じ問題ではない。元請が下請に不報告又は虚偽報告を指示し,これを了承した場合には,具体的な指示,認識及び関与の程度に応じて元請側の刑事責任も問題となり得る。

第6 健康保険を使ってしまった場合

業務災害又は通勤災害による傷病には,原則として健康保険を使用せず,労災保険の療養(補償)等給付を利用する。業務災害であることを知らず,又は会社から健康保険を使うよう言われて健康保険で受診した場合は,加入する医療保険者と労働基準監督署に連絡し,労災保険への切替手続を確認する。

被災労働者が健康保険を使用したことだけで,当然に労災かくしの共犯になるわけではない。事業者による虚偽報告に故意に加担した場合などは,具体的な行為,認識及び関与の内容に応じて刑事責任が問題となる。単なる制度の誤解又は誤使用と,故意ある虚偽報告への加担を区別しなければならない。

健康保険で支払われた医療費をいったん返還してから労災保険へ請求するのが基本であるが,返還が困難な場合には,返還前に労災保険へ請求できる取扱いもある。自己判断で放置せず,医療保険者と監督署の双方に相談することが重要である。

第7 労災保険で受けられる主な給付

療養(補償)等給付は,必要な診察,治療,入院,薬剤等を対象とする。休業(補償)等給付は,療養のため労働できず,賃金を受けていない日の第4日目から,給付基礎日額の60%が支給され,別に20%の休業特別支給金が支給される。業務災害の最初の3日間については,使用者の労働基準法上の休業補償が問題となる。

療養開始後1年6か月を経過しても治っておらず,傷病等級1級から3級に該当する場合は,傷病(補償)等年金の対象となる。傷病が治った後に障害が残った場合は,障害等級に応じて障害(補償)等年金又は一時金が支給される。同一の事由による労災保険年金と障害基礎年金・障害厚生年金の双方が対象になる場合は,単純に双方が満額加算されるのではなく,法定の併給調整が行われる。

労働者に通常の過失があっただけで給付が当然に否定されるものではないが,故意に負傷等を生じさせた場合には給付されず,故意の犯罪行為,重大な過失その他の法定事由がある場合には給付制限が問題となる。

各給付の要件,金額及び令和8年改正については,「労災保険の給付内容―給付の種類,金額及び令和8年改正(AI作成)」を参照されたい。

第8 業務中・通勤中の交通事故

業務中又は通勤中の交通事故では,労災保険給付と加害者側の損害賠償について二重填補を避ける調整が行われる。他方,休業特別支給金,障害特別支給金等は労災保険の本体給付とは法的性質が異なり,原則として加害者に対する損害賠償額から控除されない。

労災診療費は,健康保険の診療報酬点数表を原則として基礎にしつつ,労災独自の算定項目を含む。課税医療機関では原則1点12円,非課税医療機関では1点11.5円であるが,診療総額が健康保険診療の一律1.2倍になるとは限らない。

労災保険,自賠責保険及び任意保険のどれを先に利用するかは,治療費,休業損害,過失割合,後遺障害及び既払額を踏まえて判断する。具体的な調整については,「労災保険と自賠責保険に対する直接請求の競合」及び「労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談」を参照されたい。

第9 労災かくしが疑われる場合の対応

労災かくしが疑われる場合は,事故日時・場所・作業内容,目撃者,現場写真,防犯カメラ,救急搬送記録,診療録,勤怠記録,会社とのメールやチャット,健康保険を使用するよう指示された経緯等を保存する。報告義務違反の問題と,労働者本人の労災保険給付請求は別の手続として進めることができる。

相談先は,事故が発生した事業場を管轄する労働基準監督署が基本である。会社の本店所在地と作業現場が異なる場合や,建設工事に複数の事業者が関与する場合は,どの監督署が所轄となるかも含めて確認する。

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出典・参考資料