第1 平成10年の裁判所法改正に至るまでの経緯
1 法曹養成制度等改革協議会の意見書
平成10年改正の出発点は,日本弁護士連合会の提唱によって設置された法曹養成制度等改革協議会が平成7年11月13日付で採択した意見書である。同協議会は法曹三者のほか,東京大学,中央大学,早稲田大学,京都大学,九州大学などの推薦による学者,日本学術会議,商工会議所,主婦連合会及び日本放送協会の推薦による学識経験者の五者で構成され,4年半にわたって審議を行った。同意見書の骨子は次の2点である。
① 司法の機能を充実し国民の法的ニーズに応えるため,中期的には年間1,500人程度を目標として合格者増を図り,かつ,修習期間を大幅に短縮することを骨子とする改革を行い,これに伴って,両訴を必須科目化し,口述試験の見直しを行うことを内容とする司法試験制度の改革を行うべきである(多数意見)。
② 今後,法曹三者は,司法試験制度及び法曹養成制度の抜本的改革を実現させるため,直ちに協議を行い,速やかに具体的な方策を採らなければならない。
寺井一弘日本弁護士連合会事務総長は,平成10年4月10日の衆議院法務委員会において参考人として意見を述べ,この意見書について「四年半の審議の結果採択された平成七年十一月十三日付の意見では,先生方御承知のとおり,多数意見は,法曹人口の大量増加と修習期間の大幅短縮というものを求めるものでございました。日弁連意見は少数意見となりましたが,この意見書は,法曹三者に意見書の趣旨を尊重して速やかに具体的方策をとることを求めるものでありました。」と述べている。日本弁護士連合会は平成7年11月2日の臨時総会で修習期間2年を維持する方針を決議していたが,平成9年10月15日の臨時総会で最低1年半とする決議を行っており,同事務総長は,その理由として同協議会の結論に加え,政府の規制緩和推進計画が平成9年3月28日に再改定されて平成9年度中に1,000人への増員について所要の措置を講ずるとされたことなどを挙げている。
2 法曹三者の合意
最高裁判所,法務省及び日弁連の法曹三者は,平成9年10月28日付けの「司法試験制度と法曹養成制度に関する合意」として,次の合意を成立させた。
① 司法試験合格者を,平成10年度は800人程度に,平成11年度から年間1,000人程度に増加する。
② 司法修習制度について,21世紀を担うにふさわしい法曹を養成するため,修習の内容及び方法について配慮と工夫を行うとの観点に立って,平成11年度に始まる司法修習から修習期間を1年6ヶ月とし,司法研修所における修習では,社会に存在する多様な法的ニーズについての基本的な情報を提供するとともに,法曹としての識見,法曹倫理等の習得を図り,また,実務修習では,社会の実相に触れさせる機会を付与する。
③ 司法試験制度について,平成12年度の第二次試験から,論文式試験の科目につき,憲法,民法,商法及び刑法の4科目に加え,民事訴訟法及び刑事訴訟法を必須科目とし,受験者の負担軽減の観点から,法律選択科目を廃止する。また,受験者の負担軽減等の観点から,口述試験の科目を,論文式試験の科目のうち商法を除く5科目とする。
④ 論文式試験における合格者の決定方法,司法試験合格者の年間1,500人程度への増加及び法曹資格取得後の研修の充実などについて,引き続き協議を行う。
この合意のうち,①の合格者数については,青山善充参考人が平成10年4月21日の参議院法務委員会において「このいわゆる三者合意の第一の内容は,現在毎年七百人程度である司法試験の合格者を平成十年度には八百人程度に,平成十一年度からは年間千人程度にまで増加させるというもので,これが三者合意の根幹であります。」と述べている。③については司法試験法の一部を改正する法律によって,②については本記事が扱う裁判所法の一部を改正する法律によって,それぞれ実現された。
3 修習期間をめぐる法曹三者の主張
修習期間を1年6月とする合意は,三者の主張の折衷として成立したものである。寺井一弘事務総長は前記の参考人意見において,「この三者協議会において,最高裁,法務省は当初修習期間一年を主張し,日弁連は現行の修習期間二年の維持を主張してまいりました。」と述べ,最高裁判所及び法務省が短縮を主張した理由として,1,000人の司法修習生についてマンツーマンの指導方式を維持するには指導者となるべき裁判官や検察官の人数が足りないこと,及び,資格取得後のオン・ザ・ジョブ・トレーニングの方が効果的であるという考え方があったことを挙げている。大森礼子委員も平成10年4月21日の参議院法務委員会において「この修習期間につきましては,最高裁の方は当初一年を主張し,それから弁護士会は二年,それから法務省が,間をとってというわけではないんでしょうが,一年六月なんですね。」と指摘している。
第2 平成10年の裁判所法改正の内容
1 改正された条文
裁判所法の一部を改正する法律(平成10年5月6日法律第50号)は,裁判所法67条について次の2点の改正を行った。
第六十七条第一項中「少くとも二年間」を「少なくとも一年六月間」に改め、同条第二項に次のただし書を加える。
ただし、修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間を超える部分については、この限りでない。
第1点は,修習期間を法律上「少くとも二年間」から「少なくとも一年六月間」に短縮したものである。第2点は,67条2項に上記のただし書を加え,二回試験の合格留保者に対する給与の支給を廃止したものである。同法の提案理由説明でも,「第一点は,現行法上少なくとも二年とされている司法修習生の修習期間を少なくとも一年六月としようとするものであります。第二点は,司法修習生が国庫から給与を受ける期間に関し,修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間を超える部分を除外しようとするものであります。」と,2点構成であることが明示されている(平成10年4月16日の参議院法務委員会)。
2 施行日と経過措置
同法の附則は,次のとおり定めている。
(施行期日)
1 この法律は、平成十一年四月一日から施行する。
(経過措置)
2 この法律の施行前に採用され、この法律の施行後も引き続き修習をする司法修習生の修習期間及び国庫から給与を受ける期間については、なお従前の例による。
附則2項により,平成11年4月1日より前に採用された司法修習生については修習期間及び給与を受ける期間の双方について従前の例によることとされたから,修習期間の1年6月への短縮及び合格留保者への給与の不支給が適用されるのは,第53期司法修習生以降である。
第3 給与が支給される根拠と67条2項の改正の趣旨
1 法務省の説明
この点に関する法務省の説明は次のとおりである(平成10年2月4日付の法務省文書参照)。
① 戦後の新憲法の下においては,法曹一体の要請から,法曹養成制度が統一され,裁判官,検察官又は弁護士のいずれを志望するによせ,司法修習生として少なくとも2年間同じ司法修習を経なければならないものとされた。これは,国が責務として,民主国家の実現のため,裁判官及び検察官の志望者だけでなく弁護士志望者に対しても,それらの職責の重要性に鑑み,司法修習生を,将来の日本の司法を支えるべき人材として養成すべきものであるとの考えにたつものであり,このような国の責務としての法曹養成の一環として,司法修習生に対しては,その修習期間中,給与が支給されることとなったものである(裁判所法67条2項)。
② ところで,現在,修習生に対する給与については,所定の2年間の修習期間のみならず,その修習期間経過後も,例えば,二回試験を受験したが合格留保となった者に対しては,追試により合格して修習を終了するまでの間,これが支給されている。
③ しかし,司法修習生に対する国庫からの給与の支給の根拠が上述したところにあり,国は,司法修習生において法曹として求められる水準に到達するのに必要な一定の修習内容・期間を定めて修習をさせ,国民の負託を受けて国として行うべき法曹養成の責務を果たしているものである以上,その一定の期間内において所定の課程を履践しながら,当然に到達すべき水準に達し得なかった者,すなわち自己の責任により合格留保となった者等に対して,その後においてもなお給与の支給を続けることは必ずしも国民の負託にこたえるものとはいえない。そこで,今回の改正により,上記①の司法修習生に対する給与支給についての考え方自体はこれを当然に維持しつつ,国が法曹養成におけるその責務を果たす限度において,すなわち,最高裁判所が修習のため通常必要な期間として定める期間内においてのみ給与の支給を行うこととするものである。なお,通常必要な期間とは,具体的には,司法修習のカリキュラム開始日から終了日までの期間をいう。
2 衆議院法務委員会における政府委員の答弁
22期の山崎潮法務大臣官房司法法制調査部長は,平成10年4月10日の衆議院法務委員会において,改正後の取扱いについて次のとおり答弁している。
まず結論から申し上げますと、現在、二回試験を受けまして、合格留保と言っておるわけでございますが、残念ながら受からなかった人でございますけれども、そのまま修習生の身分を継続いたしまして、追試の機会がございます。その追試の機会で合格すればそれで卒業するんですが、そのときまで給与の支給を受けております。
今回は、そういう関係からいきますと、通常二回試験を受けまして、新制度では一年六月、約一年六カ月になるわけでございます。もちろん、その期間については若干年によって出入りがございますので、最高裁判所の方で定めるわけでございますが、そこの期間を過ぎたら、今度は修習生の身分は残りますけれども給与は出ない、こういうふうに変わるわけでございます。
給与が支給される理由について問われた同部長は,続けて次のとおり答弁している。給与の支給根拠を法曹の公共性に求めたうえで,一定水準に達しなかった者への支給打切りを「自己責任」という言葉で説明した点は,6年後に導入される貸与制の発想との連続性を考えるうえで参考になる。
これを申し上げるにつきましては、そもそも司法修習生、給与が出ているわけです。どういう理由で出るのかということでございますけれども、やはり法曹というのは非常に公的な仕事でございますから、大事なものですから、給与を支給して修習に専念をさせるということになるのだろうと思うのです。
ただ、それは、通常ある一定水準、普通の人だったら一定水準に達するところ、そこまでは当然国庫として負担すべきでございますけれども、自己の責任で通常の水準に達しなかった、そういう者についてまで国庫で負担をするという思想というのは、やはり少し現代の世の中としてはそこまで面倒を見ることじゃない、自己責任の問題であろうということでございまして、不幸にしてそうなった方、やはり自己の責任で勉強していただいて卒業していただく、こういう思想でございます。
給与が支給されない期間も司法修習生の身分は残るため公務員としての兼職禁止が及ぶのではないかという質問に対しては,次のとおり答弁されている。
通常の場合、合格留保になりまして約三カ月ぐらいで追試がございます。大部分の者はそこで卒業しているわけでございます。そのわずか、通常でいけば三カ月ということでございます。若干の蓄えはございますでしょうし、あるいは知り合いから借りるなりして自己責任で努力をしていただきたい、そういうことでございます。それを酷と見るか、それは自分が努力しなかったのだからというふうに見るか、そこの見解の相違ではないかというふうに思っております。
第4 参議院法務委員会の附帯決議
平成10年4月23日の参議院法務委員会は,裁判所法の一部を改正する法律案及び司法試験法の一部を改正する法律案の両案を可決するとともに,自由民主党,民主党・新緑風会,公明,社会民主党・護憲連合,日本共産党,自由党,二院クラブ及び新社会党・平和連合の各派共同提案による次の附帯決議を付した。統一修習の維持を求める第3項は,6年後の給費制廃止の際に付された附帯決議にも引き継がれている。
裁判所法の一部を改正する法律案及び司法試験法の一部を改正する法律案に対する附帯決議
政府並びに最高裁判所は、社会の高度化、複雑多様化、国際化の進展に伴う多様な法的ニーズに的確に対応するため、次の諸点につき格別の配慮をすべきである。
一 適正な法曹人口の在り方について、長期的かつ総合的な検討を加えるとともに、いわゆる合格枠制の見直しを含む法曹の選抜及び養成について、広く国民各層の意見を踏まえ、法曹三者において合意を得るよう努めること。
二 司法試験の在り方については、大学における法学教育との関連性を重視し、大学関係者の意見を十分尊重すること。また、試験問題の公表を含む司法試験情報の開示について検討すること。
三 法曹養成における司法修習制度の在り方については、統一修習を維持しながら、法曹として要求される識見、倫理等に関する研修の充実を図ること。また、修習体制の一層の整備を行い、司法試験から廃止される法律選択科目の研修に配意すること。
四 法曹資格取得後の継続教育を充実強化するとともに、法曹三者による合同研修を行うことを検討し、また、将来の課題として、研修弁護士制度等について検討すること。
五 増加する国民の法的ニーズに迅速・的確に対応するため、裁判官及び検察官の必要な増員を図るとともに、法律扶助制度等の司法の制度的基盤の充実・強化に努めること。
第5 内閣法制局の法律案審議録(法務省開示分)
裁判所法の一部を改正する法律(平成10年5月6日法律第50号)に関する,内閣法制局の法律案審議録(法務省開示分)を別稿に掲載している。
第6 その後の改正
平成10年改正で法律上「少なくとも一年六月間」とされた修習期間は,その後さらに短縮された。司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律(平成14年12月6日法律第138号)第3条は,67条1項中の「一年六月間」を「一年間」に改めており,同条の施行日は同法附則第1条第2号により平成18年4月1日とされた。したがって,平成10年改正が定めた「1年6月」という法律上の修習期間は,平成18年3月31日までの姿である。
平成10年改正が加えた67条2項のただし書は,給費制を廃止する裁判所法の一部を改正する法律(平成16年12月10日法律第163号)によって,同項本文とともに削られた。もっとも,裁判所法の一部を改正する法律(平成22年12月3日法律第64号)による改正後の裁判所法附則4項は,給費制を1年間延長する読替えを行う際に,このただし書を含む文言をそのまま復活させている。
第7 関連記事その他
二回試験の不合格者の取扱いは,その後大きく変わっている。第28期から第52期までの二回試験では,不合格により罷免された司法修習生はいなかったのに対し,第69期以降の二回試験では,不合格発表の翌日にある最高裁判所裁判官会議の決議をもって,「令和○○年度(第○○期)司法修習生考試不合格者名簿」登載の者は全員,同日付で一律に罷免されるようになった(二回試験不合格時の一般的な取扱い参照)。
給費制の導入から修習給付金の創設までの経過は,次の各記事で扱っている。
- 昭和22年の司法修習生の給費制導入
- 司法修習生の給費制に関する,平成16年の裁判所法改正
- 給費制を廃止した平成16年の裁判所法改正の経緯
- 司法修習生の給費制に関する,平成22年の裁判所法改正及びその後の予算措置
- 司法修習生の給費制,貸与制及び修習給付金
出典・参考資料
法令
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成10年5月6日法律第50号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/h142050.htm
- 司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律(平成14年12月6日法律第138号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/15520021206138.htm
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成16年12月10日法律第163号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/16120041210163.htm
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成22年12月3日法律第64号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/17620101203064.htm
- 裁判所法(現行条文) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000059
議事録
- 第142回国会衆議院法務委員会第9号(平成10年4月10日) 国会会議録検索システム https://kokkai.ndl.go.jp/txt/114205206X00919980410
- 第142回国会参議院法務委員会第12号(平成10年4月16日) 国会会議録検索システム https://kokkai.ndl.go.jp/txt/114215206X01219980416
- 第142回国会参議院法務委員会第13号(平成10年4月21日) 国会会議録検索システム https://kokkai.ndl.go.jp/txt/114215206X01319980421
- 第142回国会参議院法務委員会第14号(平成10年4月23日) 国会会議録検索システム https://kokkai.ndl.go.jp/txt/114215206X01419980423