第1 事業譲渡の社内手続は四つに分けて確認する
事業譲渡では,契約書に代表者が署名する前後に,会社内部の意思決定と株主保護の手続を確認する必要がある。
売手と買手では株主総会承認の対象と省略の条件が異なるため,両社を別々に判定することが出発点となる。
確認するのは,①取締役会又は取締役による業務執行の決定,②株主総会による事業譲渡等の契約の承認,③株主への通知と株式買取請求への対応,④定款・社内規程・投資契約等に基づく同意である。
一つの承認を得たことを,他の手続まで終わった根拠にしない。
本記事は,令和8年10月20日時点で確認した会社法等に基づき,通常の株式会社による通常の事業売買を対象としている。
合同会社,特例有限会社,監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社における業務執行決定の特則,倒産手続上の許可・代替許可,業法上の認可及び税務手続の詳細は扱わない。
第2 重要な財産の売却と事業譲渡を区別する
会社法467条の承認を検討するときは,まず,取引が同条の事業譲渡等に当たるかを確認する。
重要な工場や不動産を売るという事情だけで,直ちに事業の全部又は重要な一部の譲渡になるわけではない。
最高裁大法廷昭和40年9月22日判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1600頁)は,旧商法上の営業譲渡について,有機的一体として機能する財産の移転と営業活動の承継等を伴うものと,単なる重要な営業用財産の売買とを区別した。
これは旧商法の解釈を示した判決であり,現行会社法の5分の1基準を判示したものではない。
判決本文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-53752.pdf
譲渡対象の資産だけでなく,契約,従業員,顧客との関係及び譲渡後に誰がどの事業活動を続けるのかを整理することが実務上の検討材料となる。
会社法467条の承認対象に当たらなくても,重要な財産の処分として取締役会決議が必要になる場合はある。
第3 売手・買手それぞれの株主総会承認
1 承認対象は売手と買手で異なる
会社法467条1項1号~3号の基本的な対象は,次のとおりである。
同条の対象に当たるかを判定した上で,第4で述べる除外・省略の条件を確認する。
| 当事者 | 株主総会承認を検討する取引 | 注意点 |
|---|---|---|
| 売手 | 事業の全部の譲渡 | 重要な一部の譲渡に関する5分の1以下の除外を流用しない。 |
| 売手 | 事業の重要な一部の譲渡 | 譲渡資産の帳簿価額が法定の総資産額の5分の1以下の場合等は,2号の対象から除かれる。 |
| 買手 | 他の会社の事業の全部の譲受け | 一部の事業の譲受けを,金額が大きいという理由だけで3号の対象にしない。 |
買手が一部の事業を取得する場合にも,取締役会等による業務執行の決定や,定款・契約上の承認は別に確認する。
売手に株主総会承認が必要だから買手にも同じ承認が必要である,とは限らない。
2 特別決議と承認の期限
会社法467条1項の承認は,原則として同法309条2項11号の特別決議による。
基本となる要件は,議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主の出席と,出席株主の議決権の3分の2以上の賛成である。
定款により定足数を3分の1以上の割合に変更したり,賛成割合を加重したりすることができ,株主の人数に関する要件等が加わる場合もあるため,定款を確認する。
会社法467条1項が求める承認期限は,事業譲渡等の効力発生日の前日までである。
必ず契約締結前に承認しなければならないと一律に決め付けず,契約締結と承認,効力発生の順序を設計し,必要な承認の取得を実行条件等に反映する。
取締役会等による契約締結の決定や,利益相反取引の承認の時期は,これとは別に確認する。
第4 株主総会承認を省略できるか
1 売手の重要な一部の譲渡と5分の1基準
事業の重要な一部の譲渡でも,譲渡資産の帳簿価額が会社法施行規則134条により算定される総資産額の5分の1以下であれば,会社法467条1項2号の対象から除かれる。
定款でこれより低い割合を定めた場合は,その割合を使う。
売却代金や時価を,条文が求める帳簿価額に置き換えない。
5分の1を超えるという金額条件だけから,事業の重要な一部の譲渡であることが確定するわけではない。
取引の実質と事業の重要性の検討が残る。
事業全部の譲渡には,この2号の金額による除外をそのまま適用しない。
2 買手の簡易手続では純資産額を使う
他の会社の事業全部を譲り受ける買手は,交付する財産の帳簿価額の合計額が,買手の法定の純資産額の5分の1以下である場合,会社法468条2項による株主総会承認の省略を検討できる。
定款により割合が引き下げられている場合は,その割合による。
売手の重要な一部の譲渡で使う総資産額と,買手の簡易手続で使う純資産額は異なる。
純資産額は会社法施行規則137条の算式で確認し,同条の500万円の下限も含めて計算する。
最新の貸借対照表の一項目や,売手の計算結果をそのまま流用しない。
3 略式手続は特別支配会社の方向を確認する
会社法468条1項は,事業譲渡等の相手方が,承認を省略しようとする会社の特別支配会社である場合の例外を定めている。
基本となるのは総株主の議決権の90%以上という関係であるが,定款による割合の加重や,法定の完全子法人による保有の算入等も確認する。
例えば,B社がA社の総株主の議決権の90%以上を有し,A社がB社へ事業を譲渡する場合,定款の加重等を確認した上で,A社側の承認省略を検討できる。
この関係だけから,B社側の株主総会承認も省略できると結論付けない。
同じ企業グループに属するという説明だけでは,略式手続の要件を満たしたことにならない。
4 承認省略と全手続の省略は異なる
株主総会承認を省略できても,必要な取締役会決議,株主通知,株式買取請求への対応,契約上の事前同意まで当然に不要になるわけではない。
簡易手続については,第7の反対通知により株主総会承認が必要になる場合もある。
第5 取締役会等の決定と利益相反
1 業務執行の決定と代表権
通常の取締役会設置会社では,重要な財産の処分及び譲受け等の決定は,会社法362条4項により取締役へ委任できない。
事業譲渡契約を締結する権限について,法令,定款,取締役会規則,職務権限規程等を確認する。
同項の重要性の判断に,会社法467条の5分の1基準をそのまま固定基準として持ち込まない。
取締役会を置かない会社では,定款に別段の定めがある場合を除き,取締役が業務を執行し,取締役が複数であれば過半数で決定する(会社法348条1項・2項)。
これに株主総会の法定・定款上の権限を重ね,会社を代表する者は同法349条により別に確認する。
2 利益相反の承認と議決への参加
役員個人が相手方となる場合や,役員が第三者のために関与する場合等は,会社法356条1項2号・3号等への該当性を検討する。
取締役会非設置会社では株主総会,取締役会設置会社では同法365条1項による取締役会で,重要な事実を開示して承認を得る。
役員の兼任等の事情だけから,すべてを一律に同じ利益相反取引と断定しない。
特別の利害関係がある取締役は,その取締役会の議決に加わることができない(会社法369条2項)。
議決に参加できる取締役と決議要件を議案ごとに確認し,取締役会設置会社における該当取引後の重要事実の報告も,同法365条2項により遅滞なく行う。
第6 会議を開かずに決議する場合
1 株主総会の決議省略
会社法319条1項は,取締役又は株主の提案について,その事項に議決権を行使できる株主全員が書面又は電磁的記録で同意した場合に,株主総会決議があったものとみなす。
支配株主だけの同意や口頭の了解を集めたことを,全株主の同意に置き換えない。
同意対象の契約の版,同意者,同意が成立した日,議事録等を確認して記録する。
この決議省略を使えるかと,会社法469条の株主通知等を省略できるかは別に点検する。
2 取締役会の決議省略
会社法370条の決議省略には,定款の定めと,議案について議決に加われる取締役全員の書面又は電磁的記録による同意が必要である。
監査役設置会社で監査役が異議を述べたときは除かれる。
株主総会の決議省略と,定款や同意の主体に関する条件を混同しない。
実際に会議を開催した場合の議事録と,決議を省略した場合の議事録を区別する。
省略した場合も,みなし決議の内容・日等の所定の事項を議事録に記載し,同意の記録を残す(会社法施行規則101条4項1号)。
第7 株主通知と株式買取請求を日程へ入れる
1 効力発生日の20日前までの通知
会社法469条3項は,原則として,効力発生日の20日前までに,株主へ事業譲渡等をする旨を通知することを求める。
略式手続の場合の特別支配会社は,通知先から除かれる。
公開会社又は会社法467条1項の承認を得た会社は,同法469条4項により公告に代えることができるが,すべての会社で公告に代えられると一律に扱わない。
株主総会承認を必要としない場合であっても,そのことだけで通知を省略しない。
総会の招集通知と,この事業譲渡等に関する株主通知は,それぞれの根拠と記載内容を確認する。
2 簡易手続に対する2週間以内の反対通知
会社法468条3項は,簡易手続の対象となる事業全部の譲受けについて,所定数の株式(当該株主総会で議決権を行使できるものに限る。)を有する株主が,通知又は公告の日から2週間以内に反対の通知をした場合,株主総会承認を必要とする。
所定数は会社法施行規則138条と定款の条件により確認し,常に6分の1超であると固定しない。
20日前までの通知,通知・公告から2週間以内の反対通知,効力発生日の前日までの承認は,起点と目的が異なる。
反対通知により承認が必要になった場合に対応できるよう,実行日と契約上の条件を調整する。
3 反対株主の株式買取請求
会社法469条1項・2項の要件を満たす反対株主は,公正な価格による株式の買取りを請求できる。
株主総会の決議を要する場合,総会で議決権を行使できる株主については,原則として事前の反対通知と総会での反対が必要であり,議決権を行使できない株主等の扱いも区別する。
買取請求の期間は,効力発生日の20日前の日から前日までである(会社法469条5項)。
事業全部の譲渡と同時に解散を決議する場合や,簡易手続の場合には,同条1項の除外も確認する。
ただし,会社法468条3項により株主総会承認を要する場合は,簡易手続についての買取請求の除外から外れる。
略式手続であることだけを理由に,少数株主の買取請求まで当然に消えると扱わない。
買取請求後は,会社法470条の価格協議と支払の日程を管理する。
価格の協議が調えば効力発生日から60日以内の支払が必要であり,同日から30日以内に協議が調わなければ,その後30日以内の裁判所への価格決定申立ての期間が問題となる。
取引の実行日だけで案件管理を終えない。
第8 実行前にそろえる資料と確認の順序
1 会社ごとに承認判定表を作る
まず,定款,機関設計,株主名簿,議決権数,親子会社関係,対象事業と譲渡資産,金額計算の基礎資料,事業譲渡契約案をそろえる。
売手と買手ごとに,必要な決定,省略を使う根拠,通知先,担当者及び期限を記録する。
次に,取締役会等による決定,利益相反の承認,株主総会の契約承認,株主通知,反対通知への対応を,効力発生日から逆算して配置する。
株主総会を開く場合の招集手続は,定款と会社の属性に応じて別途確認し,株主通知の20日だけで全体の日程が足りると考えない。
株主総会の一般的な招集・決議・議事録については,株主総会とは―開催時期,出席できる人,決議事項,普通決議・特別決議及び手続(AI作成)も参照されたい。
2 契約上の同意と対外関係を別に扱う
投資契約,株主間契約,融資契約等に事前同意条項があるときは,法定の株主総会承認とは別の条件として確認する。
柴田堅太郎『中小企業買収の法務―事業承継型M&A・ベンチャー企業M&A』(中央経済社,2018年)173頁~175頁には,事業譲渡等を投資家の事前承認事項に含める規定例があるが,契約例をすべての会社に共通する法定義務として扱わない。
社内承認を得ても,債権者への責任,雇用・契約の承継,金融機関との保証解除の調整まで完了するわけではない。
社内決定の記録と,相手方・第三者との同意や通知の記録を分け,実行条件の充足を確認する。
3 過去の日付の議事録だけを作らない
実際には開いていない会議について,過去に承認があったことにする議事録を作成しても,必要な決定が行われたことにはならない。
前掲書97頁~99頁の設例18も,過去の実体のない決議や追認の限界を検討している。
不足が見つかった場合は,欠けている決定の種類,時期,主体及び対外的効力への影響を個別に調べる。
現在の会議や全員同意を行ったことだけから,過去のすべての瑕疵が遡って解消したと扱わない。
第9 関連する実務上の論点
①債務不承継条項,商号続用の免責登記・通知については,事業譲渡の債務不承継条項と対外責任―商号続用の免責登記・通知と承継表示の確認(AI作成)を参照されたい。
②残存債権者からの請求については,事業譲渡で残存債権者は譲受会社に請求できるか―会社法22条・23条・23条の2とブランド続用(AI作成)で整理している。
③倒産手続における雇用・事業譲渡は,倒産実務と労働法の交錯―雇用・労働債権・労働組合・事業譲渡の実務(AI作成)を参照されたい。
④金融機関との経営者保証の調整については,中小M&Aで経営者保証を残さないために―銀行との事前相談,クロージング条件,解除・買戻し(AI作成)を参照されたい。
第10 出典
①会社法(平成17年法律第86号)309条,319条,348条,349条,356条,362条,365条,369条,370条,467条~470条。
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
②会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)101条4項1号,134条~138条。
https://laws.e-gov.go.jp/law/418M60000010012
③最高裁大法廷昭和40年9月22日判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1600頁)。
https://www.courts.go.jp/hanrei/53752/detail2/index.html
④柴田堅太郎『中小企業買収の法務―事業承継型M&A・ベンチャー企業M&A』(中央経済社,2018年)97頁~99頁,173頁~175頁。
同書の設例・規定例は補助資料として参照し,現在の法定手続は上記法令で確認した。