第1 環境問題では何を区別する必要があるか
1 汚染の測定,原因の特定,法的責任は別の問題
米軍基地周辺のPFASをめぐる問題では,周辺で物質が検出されたこと,基地が発生源であると評価できること,基地内の調査が許可されること,損害に対する法的責任が成立することを分けて考える必要がある。
周辺の測定結果だけで,個別施設の流出経路,使用履歴,原因又は責任まで自動的に確定するものではない。
他方,原因を調べるための基地内調査を求めることには,原因解明そのものとは別の手続上の問題がある。
この記事は,令和8年10月9日までに確認できた公表資料を基に,立入りの根拠,環境補足協定の内容及び沖縄県の申請状況を説明する。
健康影響の程度や個別の賠償責任を判定する記事ではない。
2 環境調査の3つの入口
| 場面 | 主な根拠 | 手続上の違い |
|---|---|---|
| 基地由来の汚染が疑われる段階 | 昭和48年の環境に関する合意 | 合理的理由に基づく調査要請と,必要に応じた立入り・試料採取 |
| 環境に影響する事故・漏出が発生した場合 | 環境補足協定4条(a)及び実施合意 | 通報を受けて行う現地調査や試料採取の申請 |
| 返還に関連する現地調査 | 環境補足協定4条(b)及び実施合意 | 返還日や運用への影響,返還後の利用計画等に応じた調整 |
これらは同じ立入り制度ではない。
根拠の違いを確認することで,「補足協定があるのに,なぜ原因調査のための申請が問題になるのか」を理解しやすい。
第2 昭和48年の合意による汚染調査
1 基地由来の汚染を信じる合理的理由
環境に関する昭和48年の合同委員会合意(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/kyoutei/pdfs/03_08.pdf)は,施設・区域からの水,油,化学物質等による汚染が地域住民の福祉に影響すると信じる合理的理由がある場合に,地方公共団体が防衛側の機関と協力して米軍現地司令官に調査を要請する枠組みを定める。
合意は,調査結果をできるだけ速やかに通知することや,日本政府側の調査方法・手続を合同委員会を通じて協議することも定めている。
2 合理的理由があることと立入許可は同じではない
調査上,現場の直接視察や試料採取が必要な場合には,現地司令官が立入りを許可できるとされる。
したがって,合理的理由を主張しただけで自治体が直ちに基地内に入れる制度と説明することはできない。
どの資料で合理的理由を示すか,どの場所で何を採取するか,方法と安全上の条件をどう調整するかが,申請の具体的な問題となる。
この合意に基づく原因調査の申請と,既に発生した事故・漏出に関する環境補足協定の手続は,区別しなければならない。
第3 環境補足協定で整備された制度
1 環境情報の共有と環境基準
環境補足協定(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000415174.pdf)は,平成27年9月28日に署名され,同日に発効した。
公の安全や保健に影響し得る事項を含む環境情報の共有などを通じて,日米の協力を進める枠組みである。
また,日本環境管理基準(JEGS)について,米国・日本の適用ある基準又は国際約束の基準のうち,一般に最も保護的なものを採用することなどを定めている。
基準の整備と,日本の自治体が基地に立ち入って調査する権限は,別に確認すべき問題である。
2 事故・漏出への立入り
協定4条(a)は,環境に影響を及ぼす事故が現に発生した場合の適切な立入手続を定める。
実施のための合同委員会合意(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000117341.pdf)では,漏出の通報を受けた日本政府や地方公共団体が,地方防衛局を通じて現地司令官に現地調査を申請する手続が示されている。
米側は,任務,部隊の防護,施設の運用等を考慮し,実行可能な限り速やかに回答する。
試料採取を希望する場合には,水・土壌・空気等の対象と採取場所などを具体的にする必要がある。
この手続は,日本側が独自の判断で全ての場所に無条件に立ち入れる仕組みではない。
3 返還予定施設への立入り
協定4条(b)と実施合意は,返還に関連した環境調査や文化財調査のための立入りも扱う。
原則として,合同委員会で返還日が決まっていること,運用に影響しないこと,返還後の土地利用計画を立てる目的であることなどの条件を確認する。
合意の「150作業日」は,原則として返還日前150作業日以内の立入時期に関する基準である。
申請後150日待てば必ず許可される期限という意味ではない。
実際の時期は調整され,日米双方が合意すれば,より早い段階の立入りも可能である。
第4 普天間飛行場の流出事故では立入りが実施された
令和2年4月10日のPFOS含有泡消火薬剤の流出事故について,外務省は,同月21日に日本政府,沖縄県及び宜野湾市の関係者が,環境補足協定4条に基づいて普天間飛行場に立ち入り,現地調査をしたと公表している。
これは,同月16日の立入りに続くものであった。
発表によれば,日米は基地外への流出経路で水を採取し,事故に関係する場所では日本側の立会いの下で米側が水の試料を採取して,現場で共有した。
この資料から,事故後の立入りと試料の共有が実施されたことは確認できる。
一方,この事例だけで,汚染源を疑う全ての調査申請が許可されると判断することはできない。
出典は,令和2年4月21日の外務省発表(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008419.html)である。
第5 沖縄県の立入申請と令和8年6月の再申請
1 令和7年12月に公表された米側回答
防衛省は,令和7年12月19日,昭和48年の合意に基づく沖縄県等の立入申請について,米側の回答を公表した。
対象は,嘉手納飛行場,普天間飛行場及びキャンプ・ハンセンに関する申請である。
公表された米側の見解には,適用される環境基準,採取資料による科学的説明,試料採取の場所・目的などに関する指摘がある。
これらは米側が示した申請に対する評価であり,基地が汚染源ではないと独立した調査で確定した事実として扱うことはできない。
出典は,防衛省の米側回答の公表(https://www.mod.go.jp/j/press/news/2025/12/19b.html)である。
2 再申請で県が示した見解
沖縄県は,令和8年6月12日に,嘉手納飛行場,普天間飛行場及びキャンプ・ハンセンへの立入りを,沖縄防衛局を通じて再申請したと公表した。
知事コメントでは,水質・地形・水文等の調査に基づく県の評価を示し,米側の不許可理由に対応して説明や計画を整理したとしている。
基地が発生源であるという記述は県の評価であり,この記事が科学的因果関係を独自に認定したものではない。
普天間飛行場の申請書は,昭和48年の合意を根拠とする水・土壌の調査計画を示している。
希望日程は申請上の計画であり,実際の許可日や実施日ではない。
出典は,同日の知事コメント(https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/431/260612_chijicomment.pdf)及び普天間飛行場への申請書・冒頭2頁(https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/431/260612_visitrequestformat_futenmaairstation1.pdf)である。
3 確認できることと,まだ確認できないこと
| 段階 | 確認した公表資料 | この記事での扱い |
|---|---|---|
| 過去の申請と米側回答 | 県の経緯説明及び令和7年12月の防衛省発表 | 申請と回答があった事実,双方の説明を区別する |
| 令和8年6月の再申請 | 知事コメント及び申請書 | 再申請した事実と,県が示した理由・計画を確認する |
| 再申請後の許可・調査実施 | この記事で確認した資料には,実施を確認できる記載がない | 再申請したことから許可・実施済みとは推定しない |
| 汚染源・法的責任 | 水質や調査計画に関する説明だけでは全要件が確定しない | 発生源,因果関係,損害及び責任根拠を別に検討する |
経緯と追加公表資料は,沖縄県の米軍基地への立入申請のページ(https://www.pref.okinawa.lg.jp/kurashikankyo/kankyo/1004418/1028431.html)で確認できる。
第6 立入りと損害賠償をつなぐときの注意点
環境調査の申請が認められたことから,損害賠償責任が直ちに成立するわけではない。
責任を検討する場合には,汚染の発生源と流出経路,行為の公務性,損害及び因果関係,請求先と適用される制度を確認する必要がある。
協定18条の公務中の損害についての制度と,個人・企業・米国等への民事請求は,請求先と要件が同じではない。
調査資料の保存,行政機関が公表した測定結果,事故の通報,申請・回答文書などを,作成主体と日付が分かる形で整理することが重要である。
制度の詳細は,第7の総合解説を参照されたい。
第7 関連記事
在日米軍基地の法的根拠,施設数,日米地位協定及び主要裁判例(AIリライト)(https://yamanaka-bengoshi.jp/2019/04/20/beigun-kichi/)
第8 出典
① 環境に関する昭和48年の合同委員会合意(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/kyoutei/pdfs/03_08.pdf)
② 環境補足協定(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000415174.pdf)
③ 実施のための合同委員会合意(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000117341.pdf)
④ 令和2年4月21日の外務省発表(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008419.html)
⑤ 防衛省の米側回答の公表(https://www.mod.go.jp/j/press/news/2025/12/19b.html)
⑥ 同日の知事コメント(https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/431/260612_chijicomment.pdf)
⑦ 普天間飛行場への申請書・冒頭2頁(https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/431/260612_visitrequestformat_futenmaairstation1.pdf)
⑧ 沖縄県の米軍基地への立入申請のページ(https://www.pref.okinawa.lg.jp/kurashikankyo/kankyo/1004418/1028431.html)