第1 生成AIを使っても司法書士の確認対象は変わらない
生成AIは,登記申請書,登記原因証明情報,議事録又は裁判所提出書類の草案を作り,長い資料から候補事項を抽出する補助として利用できる。しかし,文章が整っていることは,本人がその手続を望んでいること,登記原因となる事実又は法律行為が存在すること,必要な決議がされたこと,業務が司法書士の権限の範囲内であることを証明しない。
司法書士法は,司法書士の使命,職責及び業務の範囲を定め,同法24条は業務上取り扱った事件について知り得た秘密を保持する義務を定める。司法書士行為規範も,依頼者の意思の尊重,秘密保持,記録の保管,補助者の指導監督及び正確な法的判断を求めている。AIを使う場合も,これらの義務の主体は司法書士である。
最低限の原則は,①AIに渡す前に資料・目的・業務範囲を確認する,②AIが抽出又は生成した事項を原資料へ戻って照合する,③本人確認,意思確認及び法律判断をAI出力へ置き換えない,④採用・修正・不採用の理由を人が説明できるようにする,⑤外部提出又は電子署名の前に司法書士が最終版を確認する,の五つである。
第2 利用前に資料・目的・業務範囲を分ける
1 資料と処理先を確認する
最初に,戸籍,住民票,印鑑証明書,登記事項証明書,契約書,議事録,依頼者の説明,裁判記録その他の資料を区分し,どの作業のために,どのAIサービスのどの機能へ入力するかを決める。サービス名だけでなく,契約プラン,学習利用,保存,人的アクセス,再委託,国外処理,削除,コネクタ及び共有設定を確認する。
本人確認資料,個人番号,口座情報,健康情報,家族関係又は紛争の内容など,目的に不要な情報を入力しない。氏名を仮名へ置き換えても,他の情報との組合せで本人を識別できることがあるため,「氏名を消したから匿名である」と扱わない。
2 AIを見る前の短いメモを残す
AIへ相談する前に,①依頼者が求める結果,②確認済みの事実,③未確認の事実,④候補となる手続,⑤適用時点,⑥業務範囲に疑義がある事項,⑦本人又は他の専門職へ確認する条件を短く残す。先に暫定判断を記録しておけば,AIのもっともらしい文章に引きずられた部分と,新しい資料によって正当に判断を変えた部分を区別しやすい。
3 AI出力を三つに分ける
AI出力は,そのまま採用せず,①原資料から直接確認できる事項,②法令・先例・公的資料の候補,③推論又は文章案に分ける。①は資料の頁・欄・日付へ戻り,②は現行の原典を開き,③は前提と結論のつながりを司法書士が検討する。
AIが示した法令名,通達名,先例番号又は裁判例が実在することだけでは足りない。適用時点,引用箇所,対象手続及び例外まで確認し,候補資料が実際に結論を支えるかを確かめる。
第3 不動産登記で確認すること
1 本人,意思,目的及び登記原因
司法書士行為規範43条は,登記等の原因となる事実又は法律行為について調査・確認し,登記の真正を確保するよう努めることを定める。同規範44条は,依頼者等の本人,意思及び依頼の目的を確認し,実体上の権利関係を把握するとともに,確認に関する記録を作成・保存することを求める。
したがって,売買,贈与,抵当権設定又は抹消などの文案をAIに作らせても,契約当事者,対象不動産,原因日付,代金又は債務,権利移転の条件,解除・取消しその他の事情を面談,原契約,決済資料及び関係者への確認によって確定する必要がある。AIが作った説明を依頼者へ読み上げて肯定を得るだけでは,依頼者自身の意思を確認したことにはならない。
2 OCR・抽出結果を原資料へ戻す
OCR又は生成AIに登記事項証明書,固定資産評価証明書,契約書等を読ませる場合は,地番と住居表示,家屋番号,持分,日付,氏名の異体字,住所の沿革,受付年月日・番号及び担保権の内容を項目ごとに原資料へ戻って照合する。画像の欠落,別紙の読み落とし,旧字体の誤認識又は頁の対応違いを,文章の自然さから見逃してはならない。
抽出結果から申請書又は添付情報へ転記した後も,転記先の完成版を読み戻す。原資料の照合,草案の確認及び電子申請直前の確認は,対象となる版を固定して行う。
3 特別委任方式では確認事実と確認方法を記録する
法務局が令和8年3月1日から開始した登記原因証明情報の特別委任方式では,対象となる共同申請の権利に関する登記について,所定の条件を満たす司法書士が,登記義務者の電子署名を付さない電子的な登記原因証明情報を作成できる。
その条件には,特別の委任を受けること,司法書士が自ら確認した登記原因となる事実又は法律行為と確認方法を記録すること,司法書士が電子署名をすること,同じ司法書士が申請を行うことなどが含まれる。確認方法として,契約又は決済への立会い,当事者への面談その他の合理的な方法が示されている。
この方式でAIに登記原因証明情報の文案を作らせる場合,AIは,司法書士が「自ら確認した」事実,法律行為又は確認方法を代わりに作ることができない。面談記録,契約書,決済資料その他の確認資料を基礎として司法書士が記録内容を確定し,電子署名の対象となる最終版を自ら確認する必要がある。
第4 商業・法人登記で確認すること
司法書士行為規範49条は,登記等の原因となる事実又は法律行為,添付書面等を調査・確認し,登記の真正を確保するよう努めることを定める。同規範50条は,会社・法人の代表者等の本人,意思及び依頼目的を確認し,議事録等の作成経緯,内容及び当該法人の意思を確認することを求める。
AIに議事録又は申請書を起案させる場合は,株主総会又は取締役会が実際に開催されたか,招集・決議の要件を満たしたか,出席者・議決権・決議内容・就任承諾・任期・効力発生日が資料と一致するかを確認する。AIは,定款,株主名簿,役員の任期,過去の登記及び実際の決議を知らないまま,形式の整った議事録を作ることができるためである。
既存の議事録を要約又は整形させる場合も,記載の不足をAIが推測で補っていないかを確かめる。存在しない会議,発言,承諾又は決議を文面へ加えることは,単なる表現の改善ではない。
第5 裁判書類作成及び簡裁訴訟代理等で確認すること
1 本人訴訟支援と最終的な実質判断
日本司法書士会連合会は,令和8年8月3日の会長談話において,ヒューマン・イン・ザ・ループを形骸化させず,法律実務家自身がAIを活用する範囲・条件について最終的な実質判断を行うことが重要であるとした。本人訴訟支援では,当事者が語る生の社会的事実を丁寧に聴き,AI出力を批判的に検証し,本人の主体的な意思決定を支えることを司法書士の役割として挙げている。
これは司法書士法の条文又は裁判所の判断ではなく,司法書士会の公式な職能上の見解である。もっとも,司法書士行為規範54条から57条が求める公正・適正な手続,依頼者への正確な情報提供,裁判書類作成関係業務による支援及び簡裁訴訟代理等関係業務の遂行を,AI利用場面で具体化する資料として参照できる。
2 一次資料と事件記録で検証する
裁判書類では,AIが示す事実を依頼者の説明・書証・記録へ戻し,条文,裁判例又は文献は原典へ戻って確認する。事件番号,裁判年月日及び結論が実在しても,判示の対象となった事実関係又は法的論点が異なれば,予定する主張の根拠にはならない。
本人の主張とAIが整理した文章が異なる場合は,文章の方へ本人を合わせず,違いの原因を確認する。不利な事実,反対証拠,期限,管轄,請求の特定及び立証の不足を明示し,どの案を採るかは本人への説明と司法書士の法的判断を経て決める。
3 AIは業務範囲を広げない
司法書士法3条が定める業務の範囲は,AIを利用したことによって拡張されない。裁判書類作成関係業務,簡裁訴訟代理等関係業務,登記業務その他の業務を区別し,受任,表示,説明,交渉及び外部提出の各段階で権限の根拠を確認する。
AIサービスが依頼者へ直接回答し,司法書士が名目的に承認する形にしても,業務範囲,受任関係及び責任の所在に関する問題は消えない。司法書士が内容を理解しないまま出力へ署名又は承認を付ける運用を避ける。
第6 秘密情報,個人データ及び補助者を管理する
司法書士法24条及び司法書士行為規範11条の秘密保持は,AI事業者への送信を当然に許す規定ではない。入力目的,必要性,契約及び設定を確認し,依頼者への説明又は同意が必要となる場面を検討する。個人情報保護委員会の注意喚起が示す個人情報保護法上の確認と,司法書士法上の秘密保持を分けて検討する。
司法書士行為規範18条は事件記録の作成・保管と安全管理を求め,同規範19条は補助者等の指導監督,事件の包括的処理の禁止及び秘密保持を定める。補助者が個人アカウント又は無許可のAIへ資料を入力しないよう,使用できるサービス,資料,作業,確認者及び事故報告を具体化する。
誤入力が生じた場合は,追加送信又は自動処理を止め,送信先,入力内容,時刻,設定,ログ及び出力を保全する。削除操作ができても,バックアップ,再委託先,安全監視ログ又は学習利用への影響が解消されたかは別に確認し,依頼者・関係者への連絡及び法令・契約上の報告の要否を判断する。
第7 完成前の確認項目
登記申請又は裁判書類を完成させる前に,少なくとも次の事項を確認する。
- 依頼者,関係当事者及び代表者の本人・権限・意思を確認したか。
- 対象不動産,会社・法人,権利,請求及び事件を一意に特定したか。
- 登記原因,決議,契約,支払その他の事実又は法律行為を原資料で確認したか。
- 適用時点の法令,先例,公的資料及び裁判例の原典を確認したか。
- AIが原資料にない事実,発言,決議又は引用を補っていないか。
- 司法書士法上の業務範囲と予定する対外行為が一致しているか。
- 秘密情報及び個人データの入力先,保存,共有及び削除の条件を確認したか。
- AI出力の採用,修正又は不採用の理由を担当司法書士が説明できるか。
- 電子署名又は提出の対象となる最終版を開き直し,原資料と照合したか。
- 確認した資料,方法,担当者,日時及び対象版を事件記録へ残したか。
第8 資料の位置付けと本記事の限界
司法書士法は法令,法務局の特別委任方式に関する案内は登記実務を所管する行政機関の公表資料,司法書士行為規範及び日本司法書士会連合会会長談話は職能団体の公式資料である。会長談話は重要な実務資料であるが,法令又は裁判例と同じ拘束力を持つものではない。
本記事の検証手順は,これらの資料から導いた運用提案であり,法定の様式又は個別事件の適法性を一律に保証するものではない。AIサービスの仕様,登記実務の取扱い及び法令は変更され得るため,利用時点の原資料と実際の設定を確認する。本記事では特定のAIサービスの安全性を評価せず,判例秘書を含む判例データベースの網羅検索を根拠とする裁判例命題も提示していない。
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出典・参考資料
①司法書士法(1条から3条まで,24条及び25条)
②日本司法書士会連合会「司法書士行為規範」(5条,10条,11条,18条から20条まで,43条,44条,49条,50条及び54条から57条まで)
③日本司法書士会連合会「『AI時代における民事司法を考える研究会』取りまとめの公表に当たって(会長談話)」(令和8年8月3日)
④法務局「令和8年3月1日から,登記原因証明情報の特別委任方式が開始します」(令和8年2月4日掲載)
⑤個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)