第1 別居3年という法律上の基準はない
1 生死不明の3年と別居期間は別である
相手方が離婚に応じない場合,「別居を3年続ければ裁判で離婚できる」と考えることがある。しかし,令和8年10月5日現在の民法770条に,別居3年を独立の離婚原因とする規定はない。同条1項3号の3年以上という期間は,配偶者の生死が明らかでない場合の要件である。所在や生存が分かっている配偶者との別居とは異なる。
別居を通じた婚姻破綻は,通常,同項4号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」の問題として検討する。期間だけでなく,同居していた期間,別居に至る経緯,別居後の生活・交流,修復の可能性などを具体的に見る必要がある。
2 裁量棄却と有責配偶者の問題を分ける
現行770条2項の裁量棄却は,同条1項1号から3号までの事由がある場合の規定である。4号の婚姻破綻については,重大な事由が認められるかという判断と,破綻について専ら又は主として責任を負う配偶者からの請求を信義則上認められるかという問題を区別する。
有責配偶者からの請求では,最高裁大法廷昭和62年9月2日判決の枠組みに従い,別居期間を双方の年齢・同居期間との対比で評価し,未成熟子の有無や,相手方を極めて苛酷な状態に置く等の特段の事情も検討する。同判決の結論は破棄差戻しである。有責性を争われている事件に,一般の別居事例の年数をそのまま当てはめることはできない。
詳しくは,有責配偶者からの離婚請求を参照されたい。
第2 同じ事件で第一審と控訴審の結論が分かれた例
1 別居3年5か月で請求を棄却した第一審
東京家庭裁判所立川支部平成27年1月20日判決(平成25年(家ホ)第235号)は,妻からの離婚請求を棄却した。判決が認定した別居期間は約3年5か月であり,それまでの同居期間は約10年であった。
第一審は,夫の修復希望,子と夫との良好な関係等を踏まえ,婚姻関係に回復可能性がないとまでは認めなかった。妻が主張した暴力等についても,その主張どおりの事実が認められた事案ではない。この判断を,「暴力があっても3年では離婚できない」という一般論へ広げることはできない。
2 別居4年10か月で離婚を認めた控訴審
同事件の控訴審である東京高等裁判所平成28年5月25日判決(平成27年(ネ)第1064号,判例タイムズ1432号97頁)は,離婚請求を棄却した部分を取り消し,離婚を認めた。
控訴審は,別居が約4年10か月に及んだこと,妻の強い離婚意思,夫に具体的な修復行動がないこと等を検討した。夫が婚姻継続を希望しながら,命じられた婚姻費用を十分に支払っていなかった点も,その希望を評価する事情となっている。
この比較からは,年月の経過に加えて,修復の言葉と実際の行動,生活費の負担等を証拠で示すことが重要といえる。「第一審で棄却されたから控訴しても同じ」「4年10か月に達すれば必ず認められる」という理解は,どちらも判決の検討内容に合わない。
第3 別居期間と一緒に確認する事情
1 住所の違いと共同生活の実態
別居の開始日は,住民票の異動日だけでなく,実際に共同生活を終えた経緯と資料で確認する。単身赴任,入院,介護等による一時的な住居の分離と,夫婦関係を解消するための別居は,住所が違うというだけでは同じ評価にならない。
家庭内別居を主張する場合も,寝室,食事,家事,家計,連絡及び子の世話の実態を説明する必要がある。途中で再同居した,旅行へ行った,家計を一部共同にしていた等の事情があれば,その目的と経過を併せて整理する。
2 修復希望と具体的な行動
婚姻の継続を希望する側は,いつ,どのような方法で話合いを提案し,関係悪化の原因を改善したのかを具体化する。離婚を求める側は,修復の提案があったか,応じなかった理由,話合いや調停を経ても関係が回復しなかった経過を説明する。
生活費については,合意・審判等で定められた額と,現実の支払日・支払額を区別する。支払が足りない場合には,収入減等の理由や,変更を求めた経過も確認する。婚姻費用の不足だけで直ちに婚姻破綻又は悪意の遺棄が成立するという一律の基準ではない。
DV,虐待,威圧又は保護命令等が関係する事件では,直接連絡や同居再開を安易に勧めるべきではない。連絡を避ける理由と安全確保の必要性を踏まえ,代理人や裁判所を通じて事実と意向を整理する。
3 子との関係と離婚後の生活
子の監護,親子交流,通学,健康及び生活費を確認する。子と片方の親が良好な関係を持つことと,夫婦関係が回復できることは,当然に同じ問題ではない。夫婦関係の評価と,子の生活をどう守るかをそれぞれ説明する。
別居後の住居,収入,療養,家計及び扶養の状況も整理する。有責配偶者からの請求では,離婚後の苛酷な状態を判断するため,経済的給付の内容と履行可能性が特に重要となる。
第4 相談・訴訟で準備する資料
1 出来事と裏付けを時系列にする
相談の準備として,次の項目を,日付,出来事,裏付け資料,相手方との認識の違いの順で並べると,争点を把握しやすい。
①婚姻,同居,別居及び再同居の開始日と経緯
②別居前後の家計,住居,家事及び連絡の実態
③話合い,調停,修復提案及びそれへの応答
④婚姻費用の取決め,請求,支払及び不足の理由
⑤子の監護,親子交流,進学及び健康の状況
⑥離婚後の住居,収入及び具体的な経済的給付案
通信記録は都合のよい一文だけを切り取らず,日時と前後の文脈が分かる形で保存する。送金記録は通帳等と照合する。資料は権限のある範囲で取得し,相手方のアカウントへの無断アクセスなどは避ける。
2 訴えを起こした時の資料を更新する
審理中にも,別居期間,支払状況,子の成長,健康や住居の事情は変化する。訴状提出時の資料を固定せず,口頭弁論終結までの変化を必要に応じて主張・立証する。控訴審に進んだ場合も,第一審で認定された事情と,その後の事情を分けて更新する。
判決紹介が「判決日までの別居期間」を数えている場合には,口頭弁論終結時までの期間と一致するとは限らない。丸められた年数だけから,何月何日に請求が認められるかという精密な境界を作るべきではない。訴訟の準備は,離婚訴訟の標準審理モデルでも扱っている。
第5 判決の集計を個別事件の勝訴率にしない
「別居期間と離婚判決」は,検索・選別した公刊判決を整理し,別居期間と結論の関係を紹介している。こうした整理は,検討すべき裁判例を探す手掛かりになる。
ただし,データベースへの収録,検索語,除外基準及び採用する審級によって集計の対象は変わる。控訴審の結論を採用した一覧からは,第一審の棄却が見えにくくなる場合もある。有責配偶者からの請求を除いた集計を,有責配偶者の事件へそのまま適用することもできない。
本記事は,紹介された全判決を再集計したものではなく,第2の第一審・控訴審及び昭和62年大法廷判決の掲載全文を確認して説明するものである。選別された一覧の認容割合を,個別事件の勝訴確率や,別居3年という法的要件として案内することはできない。
第6 令和8年改正と古い判決の読み方
令和8年4月1日施行の改正で,旧民法770条1項4号の強度の精神病という独立の離婚原因は削除され,旧5号の重大な事由が現4号となった。古い判決が5号と記載していても,現在の条文番号は4号である。
ただし,令和6年法律第33号附則5条は,施行日前に控訴審の口頭弁論が終結した事件,又は第一審判決に対して上告権を留保して控訴をしない旨の合意をした事件の離婚原因について,従前の例によるとする。訴えを起こした日が施行日前であるというだけで,旧法が適用されるとはいえない。古い判例を使うときは,当時の法令と現在の法令,経過措置及び今回の争点を分けて確認する。
第7 出典・関連記事
①民法770条・1条。令和8年10月5日現在の条文を確認。
②民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)の770条改正部分及び附則2条・5条。
③東京家庭裁判所立川支部平成27年1月20日判決・平成25年(家ホ)第235号。判例秘書L07060036の掲載全文を確認。
④東京高等裁判所平成28年5月25日判決・平成27年(ネ)第1064号・判例タイムズ1432号97頁。判例秘書L07120352の掲載全文を確認。
⑤最高裁大法廷昭和62年9月2日判決・昭和61年(オ)第260号・民集41巻6号1423頁。判例秘書L04210099の掲載全文を確認。
⑥離婚の手続と決めること,有責配偶者からの離婚請求,別居中の婚姻費用と住宅ローン。