第1 本記事の対象と比較の方法
1 比較した2つの版
(1) 書誌と刊行時期
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」』は,弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号)の逐条解説書であり,日本弁護士連合会が発行している。
第3版は2017年(平成29年)12月に発行され,本文は225頁である。
第4版は2026年(令和8年)9月に発行され,本文は255頁である。
日弁連の書籍案内によれば,第4版はB5判300頁で,巻末に掲載し又は本文中に引用している会規・通知等は2026年(令和8年)3月1日時点のものである。
(2) 本書の位置付け
両版のはしがきは,いずれも,本書で述べられている見解は日弁連の公式見解ではないとしている。
弁護士職務基本規程そのものは日弁連の会規であるが,本書はその解説書であり,会規と同じ効力を持つものではない。
もっとも,本書は日弁連の弁護士倫理委員会が編著したものであり,第3版のはしがきも,本書が実務に携わる弁護士や法科大学院の法曹倫理の授業で参照されていることに触れている。
そのため,版が変わって記述が変わった箇所を確かめておく意味は小さくない。
2 比較の方法と基準日
本記事は,2026年(令和8年)9月26日を基準日として,両版の前文から附則まで及び付録・索引の全頁を,生成AIを用いて条・節ごとに突き合わせ,主要な差異について両版の原文を確認して作成したものである。
ある記述が「新設」又は「削除」されたと書く場合は,他方の版の全文を検索して,別の箇所に移っただけではないことを確かめている。
頁は,いずれも本の印字頁で示す。
規律が「厳しくなった」「緩められた」という整理は,両版の記述を比べた本記事の評価であり,本書自身がそのように説明しているわけではない。
第2 改訂の外形
1 改訂の経緯と第4版が掲げる重点
第4版のはしがきによれば,日弁連弁護士倫理委員会は,2023年(令和5年)2月に改訂チームを設置し,各弁護士会・関連委員会への意見照会を2回行った上で原稿を完成させた。
改訂の基本方針は,新しい裁判例・懲戒議決例を取り入れること及び意見照会によって改訂の必要な部分を抽出することであった。
はしがきは,改訂の重点として,企業・自治体の第三者委員会や調査委員会,公益通報窓口にかかわる懲戒事例を扱う項目を新たに設けたことを挙げている(本記事の第6の1)。
2 構成と分量の変化
(1) 新しく置かれた節
第4版は,第1章に「5条,6条その他品位に関する諸問題」の節を新設し(第4版20頁~27頁),相手方への交渉態様,プライバシー,裁判所に提出する書面の表現,裁判手続以外での表現,戸籍謄本等の取得,自力救済,会社関係の7類型に分けて懲戒事例を整理した。
「利益相反に関する諸問題」では,27条の解説にあった調整型の職務を独立の項目へ移し(第4版112頁~113頁),第三者委員会・内部調査委員会及び地方公共団体の調査委員会の項目を新設した(第4版120頁~122頁)。
目次も,第3版では条の単位までであったのに対し,第4版では各条の見出し項目まで頁付きで載せる形になった。
(2) 分量
本文は225頁から255頁になった。
本記事で両版の本文の文字数を数えたところ(OCRテキストの空白を除いた概数),約23.8万字から約27.6万字へ,約16%増えていた。
増え方が大きいのは前文から第2章(19条)までで,約28%増である。
他方,刑事弁護から事件の相手方との関係まで(46条~54条)は,書き加えた分と削った分がほぼ同じで,分量はほとんど変わっていない。
3 裁判例・懲戒議決例の入れ替わり
(1) 裁判例
巻末の判例索引に載る裁判例は,第3版の67件から第4版の77件になった。
第4版で新たに索引に載った裁判例は17件であり,そのうち令和の裁判例7件は,訴訟行為の排除(57条の解説)と第三者委員会・調査委員会(利益相反に関する諸問題)の2か所に集中している。
第3版の索引にあって第4版の索引と本文の両方から消えた裁判例は4件である。
(2) 懲戒議決例
第4版には懲戒議決例索引がないため,本記事では,両版の本文から「議決例集◯集◯頁」の形の引用を抽出して照合した。
第3版は94件,第4版は145件であり,第4版で新たに引用された議決例は53件,第4版で見当たらなくなった議決例は2件であった。
新たに引用された53件のうち40件は,第3版の刊行後に出た議決例集19集~27集に登載されたものである。
第4版の凡例は,議決例集25集~27集に登載された事案の議決日の記載を省略したとしており,これらは集と頁で原典に当たることになる。
4 付録と索引の変化
第3版の付録にあった外国法事務弁護士職務基本規程(会規第100号)と巻末の懲戒議決例索引は,第4版には収録されていない。
他方,第4版の付録には,弁護士法第9章(72条~74条)が加わった。
依頼者の本人特定事項等の確認及び記録保存等に関する規程,弁護士等の業務広告に関する規程及び債務整理事件処理の規律を定める規程は,第4版の付録で最近の改正後の内容に改められている。
5 解釈が変わった主な箇所の一覧
| 条・項目 | 第3版 | 第4版 | 本記事 |
|---|---|---|---|
| 23条(照会等への対応) | 自己防衛に準じて処理(63頁) | 原則として守秘義務が優先(80頁) | 第4の1 |
| 18条(記録の保管) | キャビネット保管で一般的に十分(39頁) | 来訪者の目に触れない配慮(49頁) | 第4の3 |
| 遺言執行者 | 執行終了前は代理人を差し控える(99頁) | 前後を問わず兼併を原則として差し控える(115頁~116頁) | 第4の5 |
| 34条(諾否の通知) | 真摯か否かを問わず通知(115頁) | 通常は通知(135頁) | 第5の1 |
| 51条(組織内弁護士) | 阻止すべき法的義務(152頁) | 阻止に努める法的義務(172頁) | 第5の2 |
| 調整型の職務 | 満たすべき基準(81頁~83頁) | 考慮すべき要素(112頁~113頁) | 第5の3 |
| 57条(移籍した弁護士) | 適用否定説を暫定的に採用(167頁) | 適用否定説が妥当(190頁) | 第6の3 |
| 75条(偽証の基準) | 主観的真実(209頁) | 客観的真実を基本とする(234頁) | 第6の4 |
| 45条(相殺) | やむを得ない最終的手段(131頁) | 契約の明確性を重視(153頁) | 第6の5 |
第3 職務基本規程そのものの改正
1 第3版の刊行後の改正は令和3年会規第116号だけである
日弁連が公表している弁護士職務基本規程の現行本文は,改正日として平成26年12月5日と令和3年6月11日の2つを掲げている。
このうち平成26年改正は第3版の時点で既に反映されていたから,第3版の刊行後の改正は,令和3年6月11日の改正(会規第116号)だけである。
第4版の附則の解説(252頁~255頁)によれば,この改正は,令和2年の外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法の改正によって弁護士・外国法事務弁護士共同法人(以下「共同法人」という。)の制度が設けられたことに対応するもので,2022年(令和4年)11月1日から施行されている。
改正の対象は,12条,40条,41条,50条,55条,60条~64条,68条の2の表,70条及び78条の13項目である。
本記事で両版の付録の規程本文を条ごとに照合したところ,文言が変わっていたのはこの13項目だけであった。
2 実体的に新しい規律は78条だけである
13項目の多くは,12条の報酬分配の相手方や55条の共同事務所の範囲などに共同法人を加え,共同法人を弁護士法人と同じように扱うための技術的な改正である。
これに対し,78条は,遵守すべき法令に「外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律(昭和六十一年法律第六十六号)」を加えており,弁護士に新しい遵守の対象を定めた点で実体的な改正である。
したがって,第3版から第4版への変化は,規程の文言の変化ではなく,ほぼすべて解説の記述の変化である。
第4 解釈が厳しくなった主な箇所
1 守秘義務(23条)
(1) 弁護士会照会等を受けたときの扱い
第3版は,弁護士会照会,文書提出命令,捜査関係事項照会,捜査官による事情聴取及び税務調査の各場面について,自己防衛のための秘密開示に「準じて処理」するとしていた(第3版63頁)。
第4版は,同じ場面について,依頼者が承諾しているか自己防衛の必要がある場合でなければ,「原則として守秘義務が優先」すると考えるべきであるとした(第4版80頁)。
照会に応じて依頼者の秘密を開示してよい方向の記述から,開示しないことを原則とする記述へ,結論が逆になった箇所である。
実務上は,照会等に回答する前に依頼者の承諾を得る手順を置くことが考えられる。
(2) 依頼者から聞いた第三者の情報
依頼者から開示された第三者の情報について,第3版は依頼者の秘密に「あたることがある」としていた(第3版60頁)。
第4版は,依頼者の秘密に「あたると解すべき」であるとした(第4版71頁)。
依頼者の承諾なく第三者の情報を開示すれば23条の問題になり得る範囲が,第4版では広く捉えられている。
(3) 新たに加わった記述
第4版は,共同事務所・弁護士法人でのコンフリクト・チェックや,移籍・事務所統合の際のコンフリクト・チェックに必要な最小限の情報の開示を,正当な理由がある場合として挙げる(第4版80頁)。
また,2020年(令和2年)の公益通報者保護法改正により公益通報対応業務従事者に守秘義務が課されたこと(第4版74頁)や,弁護士情報セキュリティ規程(第4版76頁)にも触れている。
2 依頼者への説明と報告(22条・29条・36条)
(1) 重要事項の説明と情報提供(22条)
第4版は,依頼者の意思を確かめられない等の特別な事情があるときを除き,弁護士が依頼者に説明と情報提供を行って判断を依頼者に委ねることが「求められる」とする(第4版64頁)。
説明を欠いた場合の扱いについても,依頼者の推定的承諾が認められるかどうかという観点から整理している。
(2) 債務整理事件での直接面談(29条)
第4版は,債務整理事件処理の規律を定める規程が求める直接面談について,オンライン面談はこれに当たらないことを明記した(第4版127頁)。
その根拠として,第4版は,日弁連事務総長の2023年(令和5年)3月14日付けの文書を挙げている(第4版67頁)。
(3) 職務上請求で取得した書類の扱い(36条)
第4版は,依頼者への説明に当たっても第三者のプライバシー等の権利や利益に注意する必要があるとする(第4版140頁)。
その例として,第4版は,弁護士が職務上請求で取得した住民票や戸籍謄本を依頼者にそのまま渡すことは,第三者のプライバシー情報を必要以上に提供するものとして懲戒の対象になり得るとしている。
3 記録と情報の管理(18条)
第3版は,事件記録をキャビネットに入れて保管すれば一般的には十分であるという趣旨の記述をしていた(第3版39頁)。
第4版は,事件記録が来訪者の目に触れないよう配慮すべきであるとし,保管の水準を具体的に引き上げた(第4版49頁)。
第4版は,あわせて,弁護士情報セキュリティ規程,個人情報保護法の漏えい等の報告及びクラウドでの保管にも言及している(第4版47頁~49頁)。
同規程の内容は,弁護士情報セキュリティ規程の解説記事で整理している。
4 利益相反における事件の同一性(27条・28条)
第4版は,27条の解説で,懲戒の実務では事件の同一性が「広く解される傾向」にあり,関連性のない別事件と扱ってよいかは慎重に考えるべきであるとする(第4版97頁)。
28条の解説でも,主債務者・連帯保証人に対する請求事件と求償事件を同一の事件とみるかについて,第3版が「具体的事案に即して」判断すべきであるとしていた結び(第3版92頁)を改め,同一性を広く解する傾向に留意すべきであるとした(第4版108頁~109頁)。
27条1号に当たる同一事件は依頼者の同意があっても受任できないから,別事件と判断して受任する場面での注意を強める方向の変化である。
5 遺言執行者
(1) 5条・6条の問題とする見解への整理
遺言執行者であった弁護士が一部の相続人の代理人となる問題について,第3版は,5条・6条で規律する考え方と,利益相反の規定で規律する考え方とを並べて検討していた(第3版96頁~99頁)。
第4版は,平成30年の民法改正で1015条が改められ,遺言執行者が相続人の代理人ではないことが明確になったことなどを挙げ,現在は5条・6条の問題とする見解に「ほぼ収れん」したとする(第4版115頁)。
(2) 兼任の順序を問わない結論
第3版は,遺言の執行が終わる前は一部の相続人の代理人となることを差し控えるべきであるとし,執行が終わった後は深刻な争いがあるかどうかで分けていた(第3版99頁)。
第4版は,同時の兼任だけでなく,代理人を辞任した後に遺言執行者に就任することや,遺言執行が終わった後に代理人になることも,特段の事情のない限り差し控えるべきであるとした(第4版115頁~116頁)。
懲戒例の具体的な内容は,遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する懲戒例で整理している。
(3) 相続人を遺言執行者とする方式
第4版は,相続人の1人が遺言執行者となり,弁護士は必要な個別事案についてその遺言執行者の代理人となる方式について,弁護士が自ら遺言執行者に就く規律をすり抜けるものとみられる場合等を除き,許されると解すべきであるとする(第4版116頁)。
もっとも,第4版自身が,この点を判断した裁判例や懲戒議決例はないとしており,確立した取扱いとまではいえない。
第5 規律を緩め,又は表現を和らげた箇所
1 受任の諾否の通知(34条)
面識のない者から依頼を受けた場合について,第3版は,真摯な依頼とそうでない依頼を見分けることは困難であるとして,「真摯であると否とを問わず」諾否を通知すべきであるとしていた(第3版115頁)。
第4版は,依頼が真摯でないとうかがわせる客観的な事情がなければ通知すべきであるとする見解を一般的な理解として示した上で,「通常は」諾否の通知をすべきであろうとした(第4版135頁)。
例外のない通知から原則としての通知へ,表現が和らげられている。
この条の解説は,弁護士が事件の依頼を断るときの通知義務で扱っている。
2 組織内弁護士と法令違反への対応(51条)
受任した事件で組織の法令違反を知った場合について,第3版は,これを「阻止すべき法的義務」があるとしていた(第3版152頁)。
第4版は,これを「阻止に努める法的義務」に改めた(第4版172頁)。
また,第4版は,組織内弁護士が採るべき措置の内容は,法令違反行為の違法性の程度,結果の重大性等によって異なるとする(第4版171頁・173頁)。
3 調整型の職務
複数の当事者の間に立って調整役を引き受ける場合について,第3版は,適正と評価されるための「基準」として7項目を挙げ,全当事者の立会いの上で協議を行うことを原則としていた(第3版81頁~83頁)。
第4版は,これを利益相反に関する諸問題の独立の項目へ移した上で,6項目の「要素を考慮すべき」ものに改め,立会いの原則を削除した(第4版112頁~113頁)。
他方で,第4版は,調整が失敗した場合のリスクが大きいことを指摘し,失敗したときは弁護士がどの当事者の代理人にも就かないこと等を受任時に十分に説明しておくべきであるとする(第4版112頁~113頁)。
また,調整役として遺産分割協議書を作成した弁護士が後に一部の相続人の代理人として遺産分割調停を申し立てた事案について,27条1号違反と考える余地もあるとの評価を加えている(第4版113頁)。
登記申請や公正証書作成など双方のための手続全般については,弁護士が当事者双方のために手続をしてよいかを扱った記事で整理している。
4 28条1号に当たらない特別な関係者
第3版は,28条1号の親族等に当たらないが弁護士と特別な関係にある者について,他の事情と相まって品位を失うべき非行と評価されることもあるとしていた(第3版89頁)。
第4版は,婚約者,内縁関係や同性パートナーシップ関係にある者等を例に挙げた上で,事情を依頼者に告げて同意を得ておくことが望ましいとする書き方に改めた(第4版105頁)。
第6 新設又は組み直された主な論点
1 第三者委員会・内部調査委員会・地方公共団体の調査委員会
(1) 新設された項目の枠組み
第3版の本文を全文検索しても,「第三者委員会」という語は見当たらない。
第4版は,利益相反に関する諸問題の中に,第三者委員会・内部調査委員会の項目と地方公共団体の調査委員会の項目を新設した(第4版120頁~122頁)。
第4版は,企業等のために調査する内部調査委員会と,独立した委員だけで調査する第三者委員会とを区別し,内部調査委員会や内部通報窓口に関与した弁護士が後に同じ事案で組織の代理人となるかどうかは,委員会の目的・態様,弁護士の立場,活動内容,当事者への説明等を考慮して慎重に判断すべきであるとする。
あわせて,28条2号の「継続的な法律事務の提供を約している者」の例として第3版が挙げていた企業不祥事の調査委員会の委員(第3版90頁)は,第4版では例示から外れている。
公益通報窓口を顧問弁護士が担当する場合の問題は,公益通報の外部窓口を顧問弁護士が担当する場合の問題点で扱っている。
(2) 取締役責任調査委員会の委員と後続訴訟
第4版は,取締役責任調査委員会の委員であった弁護士らが会社の訴訟代理人として取締役に損害賠償を求めた事案を紹介している(第4版121頁)。
最高裁令和4年6月27日決定(令和4年(許)第3号,集民268号323頁)は,委員会が取締役の責任の有無等を調査・検討するために設置されたものであるなど判示の事実関係の下では,弁護士法25条2号及び4号の類推適用によって訴訟行為を排除することはできないとした。
これは事例判断であり,調査委員会の委員であった弁護士が常に組織の代理人となれることまでを示したものではない。
この決定については,取締役責任調査委員会の委員弁護士は後続訴訟を代理できるかを扱った記事で詳しく扱っている。
(3) 地方公共団体の調査委員会
第4版は,市の顧問弁護士として市から自死事案への対応について相談を受けていた弁護士が,市の調査委員会の委員に就任した事案を紹介する(日弁連綱紀委員会平成29年11月15日議決,議決例集20集98頁。第4版122頁)。
第4版は,この事案は81条を根拠として検討すべきであったとしている。
また,第4版は,27条4号の「公務員」には,地方公共団体の附属機関として事実関係を調査する委員も含まれるとする(第4版101頁)。
地方公共団体の調査委員会の制度面は,地方公共団体の第三者調査委員会の記事で整理している。
2 訴訟行為の排除をめぐる裁判例
(1) 共同事務所の規律(57条)違反を理由とする排除
第4版は,57条の解説に,最高裁令和3年4月14日決定(令和2年(許)第37号,民集75巻4号1001頁)を加えた(第4版194頁~199頁)。
同決定は,職務基本規程57条に違反する訴訟行為について,相手方である当事者は,同条違反を理由として,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることはできないとした。
この決定により,57条違反を理由として相手方が訴訟行為の排除を求めることはできないことが明らかになった。
(2) 職務代行者を務めた弁護士の訴訟行為の排除
第4版は,第三者的職務の総論に,福岡地裁令和5年8月30日決定(判例時報2584号107頁,裁判所HP未掲載)を加えた(第4版119頁)。
マンション管理組合法人の理事の職務代行者に選任された弁護士が,法人の訴えを取り下げた後,同じ内容の再訴で被告側の代理人となった事案で,弁護士法25条1号又はその類推適用によって訴訟行為が排除されたものである。
この決定の内容は,職務代行者・管理人等を務めた弁護士が後にその紛争の代理人になれるかを扱った記事で扱っている。
3 共同事務所を移籍した弁護士(57条)
(1) 移籍後の適用
同じ事務所の他の弁護士との関係で57条により職務を行い得なかった弁護士が,その事務所を離れた後も57条の制約を受けるかについて,第3版は,十分な検討・議論がされた論点とはいえないとしながら,適用否定説を「妥当としておきたい」としていた(第3版167頁)。
第4版は,適用否定説が「妥当であろう」とし,結論を明確にした(第4版190頁)。
他方,第4版は,職務を行い得ない弁護士が退所した後に入所した弁護士にも57条が及ぶことを明記している(第4版188頁)。
(2) 職務の公正を保ち得る事由
57条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」について,第4版は,その存在を基礎付ける事情と妨げる事情とを総合して判断する形に整理し,情報遮断措置がないことだけで直ちに否定されるわけではないとする(第4版192頁~194頁)。
事務所の退所や分裂の場面での確認事項は,法律事務所の退所・分裂のチェックリストで整理している。
4 真実義務と偽証のそそのかし(5条・75条)
(1) 刑事弁護と真実義務(5条)
第3版は,刑事弁護人の真実義務を積極的真実義務と消極的真実義務に分けて説明し,身代わり犯人の事例では被告人の自己決定に従う見解が「比較的有力」としていた(第3版10頁~16頁)。
第4版は,この区別による説明を改め,弁護人が虚偽であると確定的に認識している場合に5条違反の問題が生じるという基準を示した(第4版13頁)。
(2) 偽証の基準と陳述書(75条)
第3版は,75条の「偽証」及び「虚偽の陳述」を,主観的真実に反する事実を述べることとしていた(第3版209頁)。
第4版は,偽証か虚偽かの判断について,「客観的真実を基本としつつ」も,弁護士の認識は主観的真実にとどまらざるを得ないという趣旨の書き方に改めた(第4版234頁)。
第4版は,陳述書の作成を本条が問題となる場面として新たに取り上げている(第4版234頁~235頁)。
第3版が証人等への金銭の提供について示していた「実費を基本」とする目安(第3版208頁)は,第4版では削除されている。
5 預り金と報酬の相殺(45条)
第3版は,預り金と報酬の相殺を「やむを得ない最終的手段」とし,報酬額の立証責任が弁護士にあることも述べていた(第3版131頁)。
第4版は,これらの記述を削り,報酬額や預り金の趣旨を契約で明確にしていたかどうかを中心に据える形に改めた(第4版153頁)。
預り金からの控除をめぐる懲戒例は,弁護士報酬の請求と懲戒を扱った記事で整理している。
6 品位に関する諸問題
新設された「5条,6条その他品位に関する諸問題」は,第3版の6条の解説にあった懲戒事例を移した上で,裁判例・議決例を大幅に加えたものである(第4版20頁~27頁)。
弁護士の表現行為について,第4版は,不法行為法上違法とまでは評価できなくても,それだけで品位を失うべき非行に当たらないとはいえないとした日弁連懲戒委員会の議決(平成21年10月26日,議決例集12集106頁)を紹介している(第4版24頁)。
議決例集の原本によれば,この議決は,弁護士が日弁連の委員会のメーリングリストに投稿した記載が問題とされた事案についてのものである。
第7 削除された記述と第4版が扱っていない事項
1 削除された主な記述
(1) 国選弁護に関する弁護士会の定め(49条)
第3版は,49条の解説で,第二東京弁護士会の会則と,大阪弁護士会の「国費による弁護に関する規則」の定めを紹介し,その解釈を論じていた(第3版146頁)。
第4版には,これらの紹介と解釈論がない。
国選弁護人が同じ事件で私選弁護人となる場合の弁護士会の定めは,各弁護士会の現行の会則・規則で確認することが考えられる。
(2) 刑事事件の受任義務(46条)
第3版の46条の解説にあった「刑事事件の受任義務」の項(第3版135頁)は,第4版では削除された。
第4版は,代わりに,証拠の隠滅や偽証のそそのかしは許されないこと,被害者の明確な意向に反して示談に応じるよう繰り返し連絡した場合は懲戒処分の対象となることもあることなど,弁護活動の限界を述べる段落を加えている(第4版157頁)。
2 第4版が扱っていない事項
第4版の本文を全文検索したところ,生成AIや人工知能に言及した箇所は見当たらなかった。
第4版は,第3版になかったクラウドでの記録の保管に18条の解説で触れているが(第4版48頁~49頁),生成AIの利用と守秘義務・情報管理の関係は,18条・19条・23条の一般論と弁護士情報セキュリティ規程から検討することが考えられる。
第8 第3版の記述を引用するときの注意
1 版と頁を明示する
本記事の第4から第6までで見たとおり,23条の照会等への対応,34条,45条,51条,57条,75条,遺言執行者及び調整型の職務については,第3版と第4版とで結論又は書き方が異なる。
書面や記事で本書を引用するときは,版と頁を明示し,第3版の記述を引いている箇所は第4版の対応頁に当たって確認することが考えられる。
2 第4版の印字の誤り
第4版は,43条の解説と判例索引で,東京地裁立川支部平成23年4月25日判決(平成22年(ワ)第1812号)の掲載頁を「判タ1357号1479頁」と印字している(第4版150頁)。
判例秘書で確認したところ,この判決の掲載は判例タイムズ1357号147頁及び判例時報2117号28頁であり,第4版の「1479頁」は誤植とみられる。
この判決の内容は,弁護士が受任事件を途中で辞任するときのルールを扱った記事で紹介している。
第9 関連記事
① 弁護士職務基本規程-現行条文,82条及び判例上の位置付け(AIリライト)
② 弁護士職務基本規程82条の行動指針・努力目標-対象条文と懲戒判断(AIリライト)
③ 弁護士情報セキュリティ規程とは―全7条の内容,基本的な取扱方法及び漏えい等事故の対応(AI作成)
④ 遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する,弁護士会の懲戒例(AIリライト)
⑤ 成年後見人・後見監督人だった弁護士は被後見人の相続で一部の相続人の代理人になれるか――日弁連の議決例と遺言執行者との違い(AI作成)
⑥ 弁護士が当事者双方のために手続をしてよいか―登記申請・公正証書・即決和解と弁護士法25条1号(AI作成)
⑦ 取締役責任調査委員会の委員弁護士は後続訴訟を代理できるか-最高裁令和4年6月27日決定と弁護士法25条(AI作成)
⑧ 職務代行者・管理人等を務めた弁護士は後にその紛争の代理人になれるか――福岡地裁令和5年8月30日決定と職務基本規程27条・81条(AI作成)
⑨ 法律事務所の退所・分裂-事件,職員,利益相反,預り金及び清算のチェックリスト(AI作成)
⑩ 弁護士が事件の依頼を断るときの通知義務―弁護士法29条・職務基本規程34条とAIによる問い合わせの一次判定(AI作成)
⑪ 弁護士報酬の請求と懲戒――時間制報酬・過大請求・預り金からの控除をめぐる懲戒例と日弁連の取消裁決(AI作成)
⑫ 弁護士が受任事件を途中で辞任するときのルール――民法651条,職務基本規程41条~45条及び国選弁護人の辞任(AI作成)
⑬ 公益通報の外部窓口を顧問弁護士が担当する場合の問題点と制度設計(AI作成)
⑭ 地方公共団体の第三者調査委員会-附属機関条例主義、匿名性、記録管理及び報告書の効力(AI作成)
第10 出典
1 書籍
① 日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第3版』(日本弁護士連合会,2017年(平成29年)12月)
② 日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,2026年(令和8年)9月)
③ 日本弁護士連合会「解説『弁護士職務基本規程』第4版」(書籍案内)
2 会規及び法令
① 弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号,改正平成26年12月5日・令和3年6月11日)(日本弁護士連合会)
② 外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律(昭和61年法律第66号)(e-Gov法令検索)
3 裁判例
① 最高裁令和3年4月14日決定(令和2年(許)第37号,民集75巻4号1001頁)
② 最高裁令和4年6月27日決定(令和4年(許)第3号,集民268号323頁)
③ 福岡地裁令和5年8月30日決定(基本事件は令和5年(ワ)第1689号,判例時報2584号107頁),裁判所HP未掲載,判例秘書で確認
④ 東京地裁立川支部平成23年4月25日判決(平成22年(ワ)第1812号,判例タイムズ1357号147頁,判例時報2117号28頁),裁判所HP未掲載,判例秘書で確認
4 懲戒議決例
① 日弁連綱紀委員会平成29年11月15日議決(平成28年綱第892号,議決例集20集98頁)
② 日弁連懲戒委員会平成21年10月26日議決(平成20年懲(審)第19号,議決例集12集106頁)