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外国人が交通事故の当事者になったときの損害賠償-在留資格別の休業損害・逸失利益・慰謝料,準拠法及び自賠責(AI作成)

第1 本記事の対象と結論の要約

1 対象とする場面

本記事は,交通事故の当事者の一方又は双方が外国人である事故と,日本人が外国で交通事故に遭った事故(いわゆる渉外交通事件)を対象とする。
日本で起きた事故については,どの国の裁判所で訴えることができるか,どの国の法律が適用されるか,被害者が外国人であることで損害額の算定がどう変わるかが問題になる。
外国で起きた事故については,日本の裁判所に訴えることができるか,事故地の法律が適用されるか,外国判決を日本で執行できるかが問題になる。

本記事は,令和8年9月19日現在の法令,裁判所ウェブサイト掲載の最高裁判決,自賠責保険の支払基準の告示及び日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』上巻(基準編)2026年版(以下「赤い本」という)の「第12 渉外交通事件」(429頁~452頁)に基づき,AIを用いて整理したものである。
赤い本の同章が紹介する下級審裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトには掲載されていない。
そのため,本記事で紹介する下級審裁判例は,判例秘書で判決本文を確認したものに限っている。

2 結論の要約

①日本国内で起きた交通事故の損害賠償請求は,当事者が外国人同士であっても,日本の裁判所に訴えることができる(民事訴訟法3条の3第8号)。
②準拠法は原則として事故地の法である(法の適用に関する通則法17条)が,当事者が同じ国に常居所を有していた場合等には,より密接な関係がある地の法による(同法20条)。
③被害者が外国人であることで大きく変わるのは,休業損害・逸失利益の基礎収入と,慰謝料の額である。治療費等の実費は日本人と同様に考えられる。
④「永住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「定住者」及び特別永住者は,日本人と同じに算定するというのが赤い本の基準である。
⑤一時的に日本に滞在する外国人の逸失利益は,日本での就労可能期間は日本での収入等を,その後は出国先での収入等を基礎とするのが最高裁判例の枠組みである(最高裁判所第三小法廷平成9年1月28日判決)。
⑥自賠責保険の支払基準には国籍や在留資格で区別する規定がなく,被害者の過失が大きい事案では,自賠責保険からの支払が訴訟で認められる額を上回ることがある。

第2 日本で起きた事故の裁判管轄と準拠法

1 日本の裁判所に訴えることができるか

民事訴訟法3条の3第8号は,不法行為に関する訴えについて,「不法行為があった地が日本国内にあるとき」は日本の裁判所に訴えを提起することができると定める。
したがって,日本国内で起きた交通事故であれば,被害者又は加害者が外国人であっても,また双方が外国人であっても,日本の裁判所に損害賠償請求の訴えを起こすことができる(赤い本429頁)。

もっとも,日本の裁判所に管轄権があることは,外国人の本国の裁判所に管轄権がないことを意味しない。
赤い本429頁は,本国の裁判所にも訴えが提起され,どちらの国の裁判所が優先的に裁判権を行使するかが争いになる余地もあるとしている。

2 どの国の法律が適用されるか

法の適用に関する通則法(以下「通則法」という)17条本文は,不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,「加害行為の結果が発生した地の法による」と定める。
赤い本429頁は,交通事故の場合の結果発生地は事故発生地と同じ意味であり,事故後に治療費や休業損害が生じた地ではないとしている。
そのため,日本国内の事故には,原則として日本法が適用される。

ただし,通則法20条は,不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと,当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして,明らかにより密接な関係がある他の地があるときは,その地の法によると定める。
赤い本429頁は,例として,同じ外国に常居所を有する外国人同士が日本で同乗中に事故を起こした場合や,加害者と被害者の間に運送契約等の契約関係がある場合を挙げ,その外国の法が準拠法になることもあり得るとしている。
また,通則法21条は,不法行為の当事者が,不法行為の後に,適用すべき法を変更することができると定めている。
ただし,第三者の権利を害することとなるときは,その変更を第三者に対抗することができない(同条ただし書)。

3 外国法が適用される場合の制限

外国法が準拠法となる場合でも,通則法22条1項は,その外国法を適用すべき事実が日本法によれば不法とならないときは,外国法に基づく損害賠償その他の処分の請求はできないと定める。
同条2項は,外国法と日本法のいずれによっても不法となるときであっても,被害者は,日本法により認められる損害賠償その他の処分でなければ請求できないと定める。
赤い本430頁は,その結果,被害者の本国法が懲罰的賠償を認めていても,日本では懲罰的賠償の部分は否定されるとしている。

さらに,通則法42条は,外国法によるべき場合でも,その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは,これを適用しないと定めている。

4 被害者が死亡した場合の相続

外国人の被害者が日本で死亡した場合,損害賠償請求権を誰がどの割合で相続するかは,通則法36条により,被害者の本国法による。
ただし,通則法41条(反致)により,被害者の本国法に従えば日本法によるべきときは,日本の民法による。
赤い本429頁~430頁は,これらの規定により本国の相続法を適用した例と,本国の国際私法を経由して日本の民法を適用した例を紹介している。

例えば,横浜地方裁判所平成20年1月24日判決は,交差点で右折貨物車と衝突して死亡した二輪車の運転者について,相続の準拠法をイラン民法とし,子,実母及び妻の相続分を同法に従って定めた。
同判決は,一夫多妻制を認める条項があるとしても,通則法42条は外国法を適用した結果が日本の公序良俗に反する事態を招くおそれが大きいときに限ってその適用を排除する趣旨であるとして,イラン民法の適用を排除すべきとの主張を採用しなかった。
京都地方裁判所平成31年3月22日判決は,交差点で衝突した車両が横転して歩行中の11歳の女児が死亡した事故について,通則法36条,中国の渉外民事関係法律適用法31条及び通則法41条により,父母が各2分の1の割合で損害賠償請求権を相続したことを前提に判断している。

遺族が本国にいる事案では,相続人の範囲と相続分を確定するために,本国の身分関係書類とその翻訳を早い段階で集める必要がある。

第3 外国人被害者の損害額の考え方

1 実費の損害は日本人と同様に考える

赤い本430頁は,主として実費の賠償を求める積極損害は日本人の場合と同様に考えられるので,渡航費や遺体搬送費,将来の費用等を除き,問題となるところはほとんどないとしている。
他方,被害者の所得を基礎とする休業損害・逸失利益と,被害者の本国の生活水準等が考慮される慰謝料については,所得水準や生活水準によって損害額に大きな開きが出るため,算定方法が大きな問題になるとしている(同頁)。

外国人被害者に特徴的な積極損害として,赤い本432頁~434頁は,帰国後に本国で受けた治療の費用,治療のための帰国と再来日の渡航費,看護のために来日した家族の渡航費,遺体の搬送費・梱包費,本国で行った葬儀の費用,遺族との交渉の通訳費用,戸籍等の翻訳費用を認めた裁判例を紹介している。
いずれも必要性と相当性が個別に判断されるので,領収書だけでなく,その支出が必要になった理由を示す資料(医師の意見,家族の所在,本国の制度等)をそろえておくことが考えられる。

2 在留資格による区分

赤い本は,休業損害(434頁~435頁),後遺障害による逸失利益(435頁~439頁),死亡による逸失利益(439頁~443頁)及び慰謝料(443頁~446頁)について,在留資格等によって次のように区分している。

区分休業損害・逸失利益の基礎収入慰謝料
永住者,日本人の配偶者等,永住者の配偶者等,定住者,特別永住者日本人と全く同じに算定する日本人と全く同じに扱う
就労できる在留資格がある者日本での収入を基礎とする。在留期間を超える期間は,更新の可能性の立証を条件に含める日本人の基準を基本に,将来の在留期間や本国の物価・所得水準等を考慮する
留学生等休業損害は,資格外活動の制限を超えて働いていた場合でも事故前の実収入を基礎とした例がある。逸失利益は,日本の賃金,本国の賃金又はその組合せが事案ごとに使い分けられている赤い本は留学生を独立の区分としておらず,長期の滞在の見込みの有無によって上下の行のいずれかの考え方になると考えられる
就労できる在留資格がなく日本で働いていなかった者(短期滞在等)本国の収入を基礎とする。日本で就労する可能性が考慮されることもある生活水準の低い国の者については低めに算定する裁判例が多い
不法就労者・密入国者休業損害は日本での現実の収入を基礎とする。逸失利益は事故後3年程度は日本の収入,その後は本国の収入とする裁判例が少なくない同上

表は赤い本の上記各頁の記載を要約したものである。
傷害慰謝料(入通院慰謝料)については,赤い本445頁は,すべての場合について日本人と同額とするとしている。

区分の出発点となるのは,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という)の在留資格である。
入管法別表第二は,「永住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「定住者」の4つを,本邦において有する身分又は地位に基づく在留資格として定めている。
同法19条1項は,別表第一の在留資格をもって在留する者について,許可を受けずに行ってはならない活動を定めており,別表第二の在留資格にはこの制限がない。
赤い本が別表第二の在留資格を持つ者を「日本での在留活動に制限がない在留資格」がある者として日本人と同じに扱うのは,この違いによるものと考えられる(同書434頁)。
「永住者」と「定住者」の違いは,「永住者」と「定住者」の在留資格――許可要件,在留期間の更新及び相互の関係で,在留資格の全体像は,在留資格の種類・手続・審査基準――入国・在留審査要領と関連記事一覧で整理している。

3 一時的に滞在する外国人の逸失利益(最高裁平成9年判決)

最高裁判所第三小法廷平成9年1月28日判決(平成5年(オ)第2132号)は,短期滞在の在留資格で入国し,在留期間の経過後も不法に残留して製本会社で働いていたパキスタン国籍の者が,労働災害で後遺障害を負った事案である。
交通事故の事案ではないが,外国人の逸失利益の算定方法について一般的な判断を示しており,赤い本439頁も交通事故の算定に当たってこの判決を引用している。

同判決は,逸失利益の算定方法については被害者が日本人であると否とによって異なるべき理由はないとした上で,一時的に日本に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益は,予測される日本での就労可能期間ないし滞在可能期間内は日本での収入等を基礎とし,その後は想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎として算定するのが合理的であるとした。
日本での就労可能期間は,来日目的,事故の時点における本人の意思,在留資格の有無,在留資格の内容,在留期間,在留期間更新の実績及び蓋然性,就労資格の有無,就労の態様等の事実的及び規範的な諸要素を考慮して認定するのが相当であるとしている。

不法残留外国人については,退去強制の対象となり日本での滞在及び就労は不安定なものといわざるを得ないとして,在留特別許可等によりその滞在及び就労が合法的なものとなる具体的蓋然性が認められる場合はともかく,日本での就労可能期間を長期にわたるものと認めることはできないとした。
その上で,事故後に勤めた別の製本会社を退社した日の翌日から3年間は日本での実収入と同額を,その後は来日前に母国で得ていた収入程度を基礎とした原審の判断を,不合理ということはできないとした。

同判決は,慰謝料についても,日本人以上の慰謝料額を認めなければならない事情があるということはできないとしている。
また,労災保険の特別支給金は損害額から控除できないとして,控除した原判決を変更した。

4 基礎収入をめぐる実務上の争点

最高裁平成9年判決の枠組みの下では,日本での就労可能期間をどう認定するかが結論を大きく左右する。
赤い本435頁~443頁が紹介する裁判例の傾向を見ると,次のような事情が,日本での長期の就労を認める方向に働いている。
①日本人との婚姻や,在留資格の「日本人の配偶者等」への変更。
②在留期間の更新を重ねてきた実績。
③日本の大学を卒業して日本の企業に就職していること,帰化申請中であること等,日本で働き続ける意思と見込みを示す事情。
④家族が日本で生活していること。
なお,③の帰化の申請は,申請しただけで許可が確定するものではない。
法務省が参議院に提供した資料によれば,許可に問題のない事案でも申請から8か月ないし10か月程度を要するとされ,令和8年4月からは原則として10年以上の在留が求められている(帰化事件処理要領(令和8年7月17日付け法務省民事局長通達)の新旧対照)。

反対に,本国で開業する資金を貯めるための来日である等,帰国の予定が具体的な場合には,一定期間の後は本国の収入を基礎とする方向に働く(赤い本436頁~437頁)。

不法就労者については,事故後又は症状固定後の一定期間は日本での実収入を,その後は本国の収入を基礎とする例が多い。
①大阪地方裁判所平成5年7月6日判決は,短期滞在の在留資格で入国し日雇い労務で月35万円程度を得ていた韓国人の死亡事故について,密入国のような強度の違法性はないとして逸失利益を否定せず,事故日から3年間は日本での収入,その後67歳までは国際労働機関(ILO)の統計による韓国の男子建設労働者の平均賃金を基礎とし,生活費控除率を50%とした。
②東京高等裁判所平成9年6月10日判決は,不法残留中の中国人の後遺障害による逸失利益について,症状固定後2年間は日本での実収入,その後はその3分の1を基礎とした。
③交通事故ではないが,東京地方裁判所平成5年8月31日判決は,短期在留資格で入国し在留期間の経過後も就労していたガーナ国籍の者が工場の機械で負傷した労働災害について,症状固定から3年間は日本での実収入,その後はガーナの製造業の平均賃金を基礎とした。
本国の収入を基礎とする場合,本国の賃金水準を示す資料として,赤い本430頁~431頁は,総務省統計局編「世界の統計」やILOの統計サイト(ILOSTAT)の労働費用の統計を挙げている。

死亡による逸失利益でも同じ区分が用いられる。
前記の京都地方裁判所平成31年3月22日判決は,死亡した11歳の女児が「永住者」の在留資格を有し,日本での在留活動に制限がないから,日本人の女児と同じように算定するのが相当であるとして,全労働者の全年齢平均賃金を基礎収入とし,生活費控除率を45%とした。
日本人と同じ算定方法そのものは,交通死亡事故の損害額交通事故の後遺障害逸失利益-減収のない会社員・家事従事者・自営業者の立証と計算で扱っている。

5 慰謝料

赤い本443頁~446頁によれば,死亡慰謝料と後遺障害慰謝料は,別表第二の在留資格を持つ者であれば日本人と全く同じに扱われる。
ある程度長期の滞在が見込まれる者は,日本人の基準を基本に,将来の在留期間,日本や本国での就労の可能性,本国の物価水準・所得水準等を考慮して決めるのが原則とされ,死亡慰謝料については日本人と外国人で差を設けるべきでないという意見もあるとされている(同書443頁)。
長期の滞在が見込まれない者については,被害者が生活水準の低い国の者である場合,日本人の基準より低めに算定する裁判例が多いとされている(同書444頁)。
もっとも,大阪地方裁判所平成17年11月30日判決は,不法就労中に事故に遭い,極めて重篤な意識障害を伴う1級相当の後遺障害を負った韓国人男性について,不法就労外国人であり年収水準からすれば日本の4割程度とすべきであるとの加害者側の主張を採用せず,後遺障害慰謝料を2700万円とした。
同判決は,被害者が事故後に介護のため在留特別許可を得たことも考慮し,将来の介護費についても日本の近親者介護の基準額によって算定している。

これに対し,入通院の期間に応じた傷害慰謝料は,すべての場合について日本人と同額とするのが赤い本の基準である(同書445頁)。
同頁が紹介する裁判例は,治療期間が日本在留中であったことを理由としている。
日本人の場合の慰謝料の基準は,交通事故の慰謝料の種類と三つの算定基準――入通院・後遺障害・死亡の早見表,示談金との違い及び計算例で整理している。

6 短期滞在の被害者が日本で治療を続ける場合

赤い本435頁は,短期滞在の外国人が日本で事故に遭い,治療のために日本での滞在が長くなった場合には,本国の収入を基礎とする休業損害だけでは日本での生活を維持できないことがあるとしている。
その場合は,日本滞在中の家賃や食費等の生活費を積極損害として賠償するか,そのような出費を慰謝料の斟酌事由として考慮し,日本で治療を受ける機会を確保できるようにすることが望まれるとしている(同頁)。
治療中に在留期間が満了しないよう,在留期間の更新や在留資格の変更の手続も並行して確認する必要がある。

第4 訴訟と示談で気を付けること

1 立証と手続の負担

赤い本430頁~431頁は,外国人が被害者である事件の訴訟上の特殊性として,次の点を挙げている。
①本国の賃金水準や生活水準の資料は,国によって入手が難しいことがある。
②外国語で書かれた書証には翻訳の添付が必要となる。
③証人尋問には通訳が必要となることがあり,尋問時間は通常の2倍かかる。
④短期滞在の在留資格の場合等は,本人が日本にいる間に,証拠保全の手続等でその証言を確保しておく必要がある場合がある。
⑤本人が帰国した後は,手紙やメールによる意思疎通が必要となり,示談交渉でも負担が増える。

受任の段階で,本人の帰国予定と連絡手段を確認し,委任状や陳述書等,本人の署名が必要な書類を日本にいる間に作成しておくことが考えられる。

2 自賠責保険の支払基準は国籍で区別していない

自賠責保険の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)には,被害者の国籍や在留資格によって支払額を区別する規定はない。
後遺障害による逸失利益は,有職者について事故前1年間の収入額と年齢別平均給与額のいずれか高い額を収入額とする等,告示に定める方法で算定される。
赤い本431頁も,支払基準は外国人を特に適用除外していないので,日本での就業形態や長期在留の蓋然性等によって基礎収入額や労働能力喪失期間が日本人と異なることはあるものの,基本的には日本人と同様に扱われているとしている。

さらに,自賠責保険では,訴訟における過失相殺とは異なり,被害者に重大な過失がある場合にだけ減額する取扱いがされており,被害者の過失割合が7割未満であれば減額はない(支払基準第6)。
赤い本431頁は,その結果,本国の所得水準が低い外国人が被害者で,被害者にも過失がある事案では,自賠責保険からの支払だけで損害の全額が回復されることもあり得るとしている。
実際に,次のように,訴訟で過失相殺をした後の損害額が既に受け取った自賠責保険からの支払額を下回るとして,請求が棄却された裁判例がある。
①名古屋地方裁判所平成9年4月23日判決は,2年間の雇用契約で来日していた米国人が,夜間,赤信号で横断歩道を自転車で進行して制限速度を大幅に超えた乗用車と衝突して死亡した事故について,過失割合を被害者55%とし,損害合計6359万円余を過失相殺した2861万円余は,自賠責保険から受領した3000万円余で填補済みであるとした。
②前記の大阪地方裁判所平成17年11月30日判決は,夜間無灯火で赤信号の交差点を自転車で横断した被害者の過失を80%とし,損害総額1億2215万円余を過失相殺した2443万円余は,自賠責保険から受領した3220万円で填補済みであるとした。
過失割合が大きく争われる事件では,訴訟の前に自賠法16条の被害者請求で自賠責保険からの支払を確保し,訴訟を起こすかどうかはその後に検討する順序が考えられる。
この順序と計算例は,被害者の過失が大きい交通事故の請求順序-自賠責の重大な過失による減額,被害者請求及び訴訟の比較と計算例で詳しく扱っている。
支払基準の内容は,自賠責保険の支払基準――令和2年4月1日以降の交通事故に適用される告示の全文,別表及び改正経緯で扱っている。

3 社会保障制度との関係

外国人の被害者が健康保険,国民年金・厚生年金,労災保険等の給付を受けている場合には,日本人の場合と同じく,損益相殺や保険者の代位が問題になる。
在日外国人に社会保障法令がどのように適用されるかは,在日外国人への社会保障法令の適用-年金・健康保険・生活保護の現在と沿革で,給付の控除の順序は,損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序で整理している。

第5 日本人が外国で交通事故に遭った場合

1 日本人同士の事故

外国に滞在中の日本人同士の事故は,事故地が外国であるため渉外事件となり,赤い本447頁は,日本人同士の同乗事故で運転者が加害者,同乗者が被害者となる類型が多いとしている。
この場合も準拠法は原則として事故地の法(通則法17条)であるが,当事者が日本に常居所を有していた等の事情があれば,通則法20条によって日本法が適用される場合が多いであろうとされている(赤い本448頁)。
死亡事故の相続は,通則法36条により,被相続人の本国法である日本の相続法による。

日本人同士でなくても,日本の会社に雇用され日本に常居所を有する外国人社員が,外国出張中に事故に遭った場合には,通則法20条により日本法が準拠法となることがある。
東京高等裁判所令和5年1月25日判決は,日本の会社に雇用され別の日本の会社に出向していた中国籍の社員が,マレーシアへの出張中,出向先の孫会社の従業員が運転する車に同乗して重傷を負った事故について,使用者責任等の準拠法は通則法17条によれば原則としてマレーシア法となるが,社員と会社の常居所地・本店所在地,通常の労務提供地及び雇用契約の準拠法がいずれも日本であり,短期間の出張中にたまたま外国で事故が起きたにすぎないことから,通則法20条により日本法が準拠法になるとした。
同判決は,準拠法をマレーシア法として請求を棄却した第一審判決を変更し,出向先の会社の使用者責任(民法715条1項)を認めたが,自賠法3条の運行供用者責任は適用要件を満たさないとして否定している。
同判決に対する上告は棄却され,上告受理申立ても不受理とされた(最高裁判所第三小法廷令和5年7月19日決定)。

日本の裁判所に訴えることができる場合としては,次のようなものがある(赤い本447頁)。
①加害者が帰国して日本に住所がある場合(民事訴訟法3条の2第1項)。
②加害者を雇用する日本企業を被告とする場合(同条3項)。
③加害者の差し押さえることができる財産が日本にある場合(同法3条の3第3号)。
④日本の裁判所に訴えを提起できるとする書面による合意がある場合(同法3条の7)や,被告が管轄違いを主張せずに本案について弁論をした場合(同法3条の8)。

もっとも,事故地が外国で,被告がその外国に住み,証拠や証人もその外国にある等の事情があれば,特別の事情があるとして訴えが却下されることもあり得る(民事訴訟法3条の9)。
また,国内の土地管轄と異なり,国際裁判管轄では,不法行為に基づく損害賠償債務の義務履行地が日本にあることを理由とする管轄は認められていない(同法3条の3第1号は契約上の債務に関する訴えに限っている。赤い本447頁)。

2 事故地の法律が適用される場合

事故地の外国法が準拠法となると,その国の生活水準や所得水準が低い場合や,損害賠償の範囲が狭い場合には,賠償額が日本で起きた事故に比べて極めて低額になることがある(赤い本449頁)。
赤い本は,事故地法による算定に甘んじるほかないのが現状としつつ,算定額が極端に低い場合や不法行為法の根幹に関わる場合には,通則法42条の公序によって事故地法を排除し日本法を適用する余地があるとしている(同頁)。

通則法の施行前の事故についての裁判例であるが,公序によって事故地法の適用を排除した例として次のものがある。
①福岡高等裁判所平成21年2月10日判決は,アルゼンチンで日本人が運転する車に同乗していた日本人が死亡した事故について,不法行為地法であるアルゼンチン法が準拠法となるのが原則であるとしつつ,同国の民法による賠償額が日本の基準に照らし著しく低額であること,加害者,被害者及び相続人がいずれも日本国籍で日本に常居所を有すること,加害者は日本で保険に加入することも可能であったこと等から,損害賠償の範囲について同国法を適用することは公序に反するとして,その適用を排除し日本法によった。
②岡山地方裁判所平成12年1月25日判決は,米国サウスダコタ州で日本人留学生が同乗中に重い後遺障害を負った事故について,同州法を準拠法としつつ,同州法が認めない両親固有の慰謝料と,同州法上明らかでない弁護士費用及び遅延損害金について,損害賠償の請求主体や対象範囲は不法行為制度の根幹に関わり我が国の公序に属するとして,損害と認めた。
同判決は,米国に住む被告らが日本の裁判所の管轄を争わずに本案の答弁をしたことから,日本の裁判所の管轄を認めている。

外国法の内容の調査は,文献や判例の調査に加え,その国の法律事務所に意見書を依頼することもあり,特に後遺障害の程度の評価や損害額の計算方法の調査は極めて困難なのが実情とされている(赤い本449頁~450頁)。

3 日本人が外国で加害者になった場合と外国判決の執行

外国で日本人が加害者として訴えられた場合,保険に加入していれば,保険会社が示談を代行したり,現地の弁護士を付けたりすることがある(赤い本450頁~451頁)。
米国等の弁護士事務所から訴状や呼出状が直接送付されてきた場合,赤い本451頁は,条約で認められた送達方法ではないとして,日本語の訳文を添付した上で裁判所を通じた送達をやり直すよう求めることが考えられるとしている。
その場合でも,答弁書の提出期限に関わるので,早めに弁護士に相談し,現地の保険会社や法律事務所と連絡をとることが必要である。

外国の裁判所の判決を日本で強制執行するには,日本の裁判所で執行判決を得る必要がある(民事執行法24条)。
外国判決が日本で効力を有するには,判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと等の要件を満たす必要がある(民事訴訟法118条)。
最高裁判所第二小法廷平成9年7月11日判決(平成5年(オ)第1762号)は,米国カリフォルニア州の裁判所の判決のうち,見せしめと制裁のために懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は,日本の公の秩序に反するから効力を有しないとして,その部分の執行判決の請求を棄却すべきものとした原審の判断を是認した(当時の民事訴訟法200条3号の判断であり,現行の118条3号に当たる)。
交通事故の事案ではないが,外国で懲罰的賠償を命じられた場合に日本の財産が執行されるかを考える際の前提になる。

第6 相談を受けたときの確認事項

外国人が当事者となる交通事故の相談では,次の事項を早い段階で確認することが考えられる。
①在留カード又は特別永住者証明書により,在留資格,在留期間及び就労制限の有無を確認する。
②在留期間の更新の実績と,今後の更新・在留資格変更の見込みを確認する。
③雇用契約書,給与明細,源泉徴収票,課税証明書等,日本での収入を示す資料を集める。
④来日の目的,本国の家族,帰国の予定を聴き取り,本国での収入を基礎とする可能性があるかを見極める。
⑤本国での収入や賃金水準を示す資料と,その翻訳の手配を検討する。
⑥相手方が外国人であれば,日本に住所や財産があるか,自賠責保険・任意保険に加入しているかを確認する。
⑦被害者が亡くなった場合は,本国法による相続人の範囲と相続分,本国の身分関係書類を確認する。
⑧通訳の要否と,本人が帰国した後の連絡方法を決めておく。
⑨被害者の過失が大きい事案では,自賠責保険の被害者請求を先に行うかを検討する。

第7 出典

1 法令・告示

①e-Gov法令検索「民事訴訟法」3条の2,3条の3,3条の7~3条の9,118条。
②e-Gov法令検索「法の適用に関する通則法」17条,20条~22条,36条,41条,42条。
③e-Gov法令検索「出入国管理及び難民認定法」2条の2,19条,別表第一,別表第二。
④e-Gov法令検索「民事執行法」24条。
⑤e-Gov法令検索「民法」722条。
⑥e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」16条。
⑦国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)第3・第6。

2 裁判例

最高裁判所第三小法廷平成9年1月28日判決(平成5年(オ)第2132号,民集51巻1号78頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第二小法廷平成9年7月11日判決(平成5年(オ)第1762号,民集51巻6号2573頁,裁判所ウェブサイト)。
③最高裁判所第三小法廷令和5年7月19日決定(令和5年(オ)第753号,令和5年(受)第939号,裁判所HP未掲載。判例秘書で決定本文を確認)。
④東京高等裁判所令和5年1月25日判決(令和2年(ネ)第1420号,判例タイムズ1507号74頁,労働判例1300号29頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑤東京地方裁判所令和2年2月25日判決(平成30年(ワ)第18314号,労働判例1242号91頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑥京都地方裁判所平成31年3月22日判決(平成29年(ワ)第2851号・第3288号,交通事故民事裁判例集52巻2号347頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑦福岡高等裁判所平成21年2月10日判決(平成20年(ネ)第380号,判例タイムズ1299号238頁,判例時報2043号89頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑧横浜地方裁判所平成20年1月24日判決(平成18年(ワ)第4713号ほか,自保ジャーナル1744号9頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑨大阪地方裁判所平成17年11月30日判決(平成16年(ワ)第4618号,交通事故民事裁判例集38巻6号1623頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑩岡山地方裁判所平成12年1月25日判決(平成7年(ワ)第1120号,交通事故民事裁判例集33巻1号157頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑪東京高等裁判所平成9年6月10日判決(平成8年(ネ)第5739号,判例タイムズ962号213頁,交通事故民事裁判例集30巻3号663頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑫名古屋地方裁判所平成9年4月23日判決(平成8年(ワ)第2197号,交通事故民事裁判例集30巻2号571頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑬東京地方裁判所平成5年8月31日判決(平成2年(ワ)第4522号,判例時報1479号149頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑭大阪地方裁判所平成5年7月6日判決(平成4年(ワ)第2857号,交通事故民事裁判例集26巻4号882頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。

3 統計資料

①総務省統計局「世界の統計」。

4 文献

①日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』上巻(基準編)2026年版,429頁~452頁。
同書は損害算定の実務解説書であり,法令ではない。
同書が紹介する下級審裁判例は裁判所ウェブサイトに掲載されていないため,本記事では判例秘書で判決本文を確認したものだけを紹介した。