第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,成年後見人等が,成年被後見人等(以下「本人」という。)の財産から,本人以外の親族のための支出や,本人の生活の質を高めるための支出をすることができるかについて,民法の枠組み,大阪家庭裁判所後見センター(以下「後見センター」という。)の考え方及び定期報告での記載の仕方を整理するものである。
基準日は令和8年9月19日であり,法令は同日時点の現行条文をe-Gov法令検索で確認した。
令和8年法律第45号(民法等の一部を改正する法律)による改正後の条文は,法務省が公表した法律案本文と新旧対照条文で確認した。
素材として,大阪家庭裁判所後見センター編『大阪家庭裁判所後見センターだより』(大阪弁護士協同組合,2025年。以下「本書」という。)を用いた。
本書は,月刊大阪弁護士会の連載(平成29年5月号~)を再編したものであり,原則として各回の初出当時の運用を記載し,書籍化の際に一部だけを令和6年6月時点に修正したものである(本書1頁)。
支出の考え方を正面から扱うのは連載第1回(平成29年5月号初出。本書71頁~76頁)であり,本書71頁の冒頭には,同回が主に後見等監督の基本的理念を説明した内容である旨の注記がある。
そのため,本記事では,本書の記述がいつの時点のものかを示し,現在の大阪家裁の運用は,同庁の成年後見のページと「成年後見人・保佐人・補助人ハンドブック(Q&A付き)」(令和8年2月1日版。以下「大阪家裁ハンドブック」という。)で確認できた範囲で書く。
2 結論
①成年後見人は本人の財産を包括的に管理し,財産に関する法律行為について本人を代表する(民法859条1項)。何に支出してよいかを個別に列挙した条文はなく,支出の当否は,本人の意思の尊重・身上配慮(民法858条)と善管注意義務(民法869条,644条)の枠内での後見人の裁量の問題となる。
②後見センターは,連載第1回(平成29年5月号初出)で,後見等監督の対象は解任事由の存否であり,就職の初めに提出された収支予定(民法861条1項)の範囲内の支出の当否まで積極的に調査する必要はないとの考え方を示した(本書73頁)。
③同回は,専門職後見人等について,個室入院,介護用品,親族の見舞いの旅費や外出同行の交通費・食事代,財産に余裕がある場合の孫等への祝い金・お年玉は,連絡票による事前の相談なしに後見人の判断で支出してよいとし,毎年の生前贈与,本人を契約者とする保険契約及び親族の扶養は事前の相談も考えられるとした(本書74頁~76頁)。
④他方,現在の大阪家裁ハンドブックは,主に親族後見人を念頭に,本人の生活費・扶養義務を負う配偶者や未成年の子の生活費・債務の返済・後見事務費を支出できるものとして挙げ,常識的な範囲の香典や祝儀は支出してよい場合が多いとしつつ,50万円以上の支出は事前に連絡票で連絡し,配偶者や子,孫などへの贈与・貸付けは原則として認められないとしている(大阪家裁ハンドブック16頁~17頁,41頁)。専門職に限って事前相談を不要とする取扱いは,現在の公表資料では確認できなかった。
⑤事前相談が不要な支出でも,事後の報告は必要である。令和7年4月からの全国統一書式の定期報告書は,本人以外の人(親族や後見人等を含む)のために支出したものの有無を問い,いつ,誰のために,いくらを,どのような目的で,どのような理由で相当と判断して支出したかを支出ごとに記載させる。
⑥令和8年改正後は法定後見が補助に一元化され,補助の節には現行民法861条1項(支出金額の予定)に相当する規定は置かれていない。他方,補助人には意向の把握・尊重義務(改正後の民法876条の11)と毎年の報告義務(同法876条の21)が課される。
第2 支出の法的な枠組み
1 包括的な財産管理権と代理権
民法859条1項は,「後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。」と定める。
本人の財産から誰かに金銭を支払うこと,本人の名で贈与をすること,本人を契約者として保険契約を結ぶことは,いずれもこの包括的な権限の範囲内の行為である。
民法には,後見人が本人の財産から何に支出してよいかを列挙した規定はない。
居住用不動産の処分(民法859条の3)のように家庭裁判所の許可を要する行為や,利益相反行為(民法860条,826条)のように特別代理人等を要する行為を除けば,支出するかどうかは後見人が判断することになる。
2 意思の尊重,身上配慮及び善管注意義務
民法858条は,「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」と定める。
また,民法869条は644条を後見について準用しており,後見人は善良な管理者の注意をもって後見の事務を処理する義務を負う。
支出の当否は,本人の意思(推定的意思を含む。)と本人の生活の質,本人の財産の今後の見通しとを比べて判断することになる。
大阪家裁ハンドブック16頁(Q10)も,生活費の支出について,支出の必要性,本人の財産の総額,今後の収入の見込み,金額等から見た相当性を中長期的な展望に立って検討するよう求める一方で,これは現在ある財産をなるべく減らさないことだけを考えれば足りるという意味ではなく,本人の意向を踏まえ,本人がよりよい生活を送るためにはどうすればよいかという意識をもって判断するよう求めている。
3 支出金額の予定と後見事務の費用
民法861条1項は,「後見人は、その就職の初めにおいて、被後見人の生活、教育又は療養看護及び財産の管理のために毎年支出すべき金額を予定しなければならない。」と定め,同条2項は,「後見人が後見の事務を行うために必要な費用は、被後見人の財産の中から支弁する。」と定める。
大阪家裁で就任時に提出する収支予定表は,この1項の予定を具体化したものである(初回報告の期限と作り方は,成年後見人等が就任したら最初にすること――大阪家裁への初回報告(財産目録・収支予定表)の期限と作り方で扱う)。
2項の後見事務費と,家庭裁判所が審判で定める報酬(民法862条)とは別のものであり,その区別は成年後見人等の報酬額の目安で扱っている。
大阪家裁ハンドブック17頁は,後見事務費の例として,後見人が本人との面会や金融機関に行くための交通費,収支を記録するための文房具・コピー代を挙げる一方,交通費は原則として公共交通機関の料金に限られ,高額なタクシー代等は特別の事情がない限り認められないとしている。
後見人自身の交通費は後見事務費の問題であり,後記第5の1で扱う親族の見舞いの交通費とは性質が異なる。
4 家庭裁判所の監督と解任
民法863条1項は,後見監督人又は家庭裁判所は「いつでも、後見人に対し後見の事務の報告若しくは財産の目録の提出を求め、又は後見の事務若しくは被後見人の財産の状況を調査することができる。」と定め,同条2項は家庭裁判所が後見の事務について必要な処分を命ずることができるとする。
支出が裁量の範囲を逸脱すれば,民法846条の「不正な行為、著しい不行跡その他後見の任務に適しない事由」として解任の対象となり得るし,損害賠償責任(大阪家裁ハンドブック8頁(Q4))や業務上横領罪の問題にもなり得る。
解任事由の全体は成年後見人の解任理由,横領の責任は成年後見人による横領で扱っている。
5 保佐人・補助人の場合
保佐人・補助人は,代理権を付与する旨の審判(民法876条の4,876条の9)を受けた範囲でしか本人の財産から支出する権限を持たない。
また,民法876条の5第2項及び876条の10第1項は,644条,861条2項,862条及び863条を準用する一方,861条1項(支出金額の予定)を準用していない。
大阪家裁ハンドブック17頁は,Q10の記載は財産管理や支出に関する代理権を付与された保佐人・補助人にも同様に当てはまるとしている。
本書183頁の脚注8も,保佐・補助の類型では,まず保佐人や補助人に代理権があるか否かを検討する必要があると指摘している(連載第27回・令和3年10月号初出)。
代理権の範囲については,保佐人・補助人の権限と実務で扱っている。
第3 後見センターの監督の考え方の転換
1 平成27年頃までの運用
本書72頁~73頁(連載第1回・平成29年5月号初出)によれば,横領事案は平成23年頃から件数・被害額の増大が顕著となり,平成24年には家事審判官の後見等監督の違法を理由とする国家賠償請求を認容した裁判例も出た。
本書73頁の脚注5が挙げるのは広島高裁平成24年2月20日判決(平成22年(ネ)第450号)であり,裁判所HPの判示事項の要旨は,成年後見人らによる横領を認識した家事審判官が更なる横領を防止する適切な監督処分をしなかったことが,権限を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合に当たるとされた事例であるとしている。
このような状況を受けて,大阪家裁では平成27年頃まで,専門職後見人等であっても50万円以上の出金をする際には必ず事前に連絡票と裏付資料の提出を求めて支出内容を精査し,本人以外が利用する費目があれば計画変更や本人財産への返還を求めるなど,本人の財産をいかに減らさないかに力点を置いていた(本書73頁)。
2 現在の考え方
本書73頁は,後見人の包括的な財産管理権・代理権(民法859条)と身上配慮義務(民法858条)の趣旨からすれば,後見人の広範な裁量は本人の自己決定権の尊重の実現を目的とするものであり,家庭裁判所が事務内容を事細かに調査することは,後見人や本人の生活に過度に介入し,制度の利用をためらわせる結果となりかねなかったと振り返る。
その上で,後見センターは,「後見等監督の対象はあくまで解任事由の存否であり、後見人等が就職の初めに提出した収支予定(民法861条1項)の範囲内で行われた支出の当否まで積極的に調査する必要はない」と考えているとする(本書73頁)。
不正行為の防止は,報告遅滞,不自然な報告内容,親族等からの情報提供等の解任事由を疑わせる問題が確認された時点で,銀行への出金停止の協力依頼や専門職後見人の追加選任・権限分掌等の被害拡大防止措置を迅速に取ることで図るとされている(本書73頁脚注6・7)。
本書72頁は,この考え方は後見センターの現在の考え方を基本とするものであって,家庭裁判所の統一的見解として示すものではないと断っている。
また,本書76頁は,現在の方針は成年後見制度の趣旨や基本計画の方向性とも合致しており今後大きく変動することはないと考えているとするが,これは平成29年5月号初出の記述である。
後見センターの監督の枠組みが現在も同じかどうかを直接述べた公表資料は確認できなかった。
もっとも,大阪家裁ハンドブック24頁(Q17)は,本人の利益のためにどのようなことをすべきかは基本的に後見人の責任において自ら判断することであり,裁判所は,後見人がしようとしていることが裁量の範囲外にあると判断した場合には指示をすることがあるが,それ以外の場合に相談に応じたり具体的な指示をしたりすることはないとしており,後見人の裁量を尊重する方向は一致している。
3 弁護士が選任される場面と裁量
本書74頁は,後見センターが弁護士を後見人等に選任するのは,①財産の管理が複雑困難で不正を未然に防止する必要がある場合,②背後に親族間紛争があり,公平で法的知識のある第三者に財産管理を委ねる必要がある場合,③問題のある後見人等から財産管理権を剥奪し,専門職に与えて被害拡大を防止する場合に大別されるとする。
そして,このような選任事由を踏まえると,弁護士後見人等については,高度の専門性を有し本人の状況を直接把握している後見人等に支出の適否の判断を委ねるべきであるとしつつ,特に本人保護の要請が高い事項については事前の相談を求めたい場合もあるとして,以下の類型を解説している(本書74頁)。
第4 本人の生活の質を高める支出
1 原則として制約しない
本書74頁(連載第1回・平成29年5月号初出)は,本人の利益や生活の質の向上のために本人の財産を積極的に利用することは制約しておらず,専門職後見人の場合,これらの費用は連絡票による事前の相談は必要なく,購入等により本人の生活が脅かされない限り,まず後見人の裁量で支出した後に報告すれば足りるとする。
ただし,生活の質の向上といえるか判断が微妙な場合や,支出が高額にわたる場合など,親族との関係から事前に裁判所の意見を求めておきたい場合には,後見人としての意見と背景事情を示して連絡票で相談するよう求めている(本書74頁)。
2 具体例
(1) 個室入院,介護用品,健康補助食品
本書74頁~75頁は,「本人が入院したが個室に入りたい」,「介護用品(介護用ベッド,義肢,補聴器)や健康補助食品を購入したい」といった相談について,いずれも本人の生活の質の向上を図るための支出であるから,原則として制約することはないとする。
(2) 送迎・ドライブのための介護用品
本書75頁によれば,介護用品の購入について,以前は本人の利用頻度や用途を詳細に確認し,親族の利用頻度と比べて本人の利用が少ない場合には相当でないと回答したり,親族に費用の負担を求めたりしていた。
しかし,週1回程度の利用でも,施設や病院への送迎や気晴らしのドライブ等は本人の生活の質の向上に資するから,現在は,将来の療養費用に不安がなければ専門職後見人等の判断に委ねているとされる。
例えば,本人の送迎に使う福祉車両の購入が問題となる場合,親族も使うことがあるという理由だけで一律に否定されるわけではない。
もっとも,大阪家裁ハンドブック17頁は,本人の送迎のために自動車を購入したいといった多額(50万円以上)の支出が見込まれる場合は必ず事前に裁判所に連絡するよう求めているから,現在の大阪家裁の案内に従えば,金額によっては事前の連絡票が必要になる。
第5 親族のための支出
1 見舞いの旅費,外出同行の交通費・食事代
(1) 以前の回答
本書75頁(連載第1回・平成29年5月号初出)によれば,遠方から本人を見舞いに来る親族の旅費や,本人の外出に同行する親族の交通費・食事代を本人の財産から支出してよいかという相談に対し,以前は,見舞いや外出時の同行は親族としての情愛に基づいて行うべき行動であり,親族に係る費用まで本人の財産から支出するべきではないと回答していた。
(2) 現在の考え方
本書75頁は,親族との交流によって本人の精神状態が安定するならば,それも生活の質の向上と捉えられるとし,本人の外出への同行を口実に高額な支出をするのが常態となっている場合のように本人以外の利得を図る目的が疑われる場合でなければ,支出を制限することはないとする。
例えば,本人が楽しみにしている月1回程度の外出に同行する親族の交通費や食事代は,これに当たり得る。
逆に,外出のたびに同行者の高額な飲食代や宿泊費まで本人の財産で賄うことが続けば,本人以外の利得を図る目的が疑われる方向に傾く。
2 孫・甥・姪への祝い金やお年玉
本書75頁は,当時圧倒的に多い相談は,本人の財産から孫や甥・姪等への祝い金やお年玉を出したいというものであったとする。
これは本人の生活の質の向上に資するとは言い難い支出であるが,本人の財産に余裕があり,本人が過去に子や孫に高額の祝い金やお年玉を出していた場合には,今回も同じような行動をとることが本人の推定的意思と解されるので一概に否定せず,事前の相談なく専門職後見人等の判断で支出して構わないとされている(本書75頁)。
判断の軸は,本人の生活の質ではなく本人の推定的意思であり,推定の根拠は本人の過去の行動と財産の余裕である。
大阪家裁ハンドブック17頁(Q10)も,身内や親しい友人の慶弔の際に常識的な金額の範囲内で支払う香典や祝儀等は,本人の意向も踏まえた上で本人の財産から支出してよいと判断される場合が多いとする。
ただし,これらの支出の必要性・相当性については,本人の生活費や必要経費よりもいっそう慎重な判断が必要であるとしている。
3 生前贈与と保険契約
本書75頁~76頁は,「贈与税が掛からない範囲で毎年子や孫に生前贈与をしたい」,「本人を契約者・子を被保険者とする保険契約を締結したい」といった相談について,本人の推定的意思が微妙である場合や本人の財産に多大な影響を与える場合には,事前の相談も考えられるとしている。
これに対し,大阪家裁ハンドブック17頁(Q10)は,本人の財産を配偶者や子,孫などに贈与したり貸し付けたりすることは原則として認められず,相続税対策を目的とする贈与等も同様であるとし,その理由として,本人の財産を減らすことになり,他の親族との間で無用の紛争が発生するおそれがあることを挙げる。
また,大阪家裁ハンドブック52頁は,特定の親族に対する贈与や経済的援助等の本人にとって重大な影響を与える行為について,後見人等が本人の意思を確認することなく自分の価値観に基づいて権限を行使するようなことはあってはならないとしている。
したがって,生前贈与は,後見人が単独で判断してよい支出ではなく,少なくとも本人の意思の確認(又は推定の根拠)を整えた上で事前に連絡票で相談すべき類型と考えられる。
なお,後見人自身が贈与を受ける場合は,後見人と本人との利益が相反する行為(民法860条,826条1項)に当たり得る。
4 親族の扶養
本書76頁は,本人にはある程度の財産があるが,老親や同居の成年子・義父母・兄弟姉妹等が経済的に困窮しているので本人に扶養を求めたいという相談が増えているとする。
そして,本人が親族に対して扶養義務(民法877条1項,2項)を負う場合には,それまでの関係から親族を助けたいという本人の意思が推定できる場合もあり,実際に親族の生活費を扶養料相当額の範囲で本人の財産から支出することを認めた例もあるとし,専門職後見人等として判断に迷う場合は事前に連絡票で相談するよう求めている(本書76頁)。
民法877条1項は「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」と定め,同条2項は,家庭裁判所は特別の事情があるときは三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができるとする。
したがって,義父母のように直系血族でも兄弟姉妹でもない親族については,家庭裁判所の審判がない限り,本人が当然に扶養義務を負うわけではない。
扶養の程度・方法は,協議が調わなければ扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して家庭裁判所が定める(民法879条)。
大阪家裁ハンドブック16頁(Q10)は,本人に一定の収入や資産があり,配偶者や未成年の子がいて収入がない場合には,本人はこれらの者を扶養すべき義務を負っているから,その生活費も本人の財産から支出できるとしつつ,本人の収入・資産等に照らして相当と認められる範囲でという制約があるとしている。
同ハンドブックが明示するのは配偶者と未成年の子であり,成年の子や兄弟姉妹の生活費の援助は,本書のいう事前相談の対象として慎重に扱うのが相当である。
5 贈与・祝儀を中止し又は減額できる場合
本書183頁(連載第27回・令和3年10月号初出。後見監督人の事務を扱う回)は,本人の意思は後見事務の指針の一つであり,本人の利益を保護するために本人の意思に沿わない行為をすることが相当な場合もあるとする。
例えば,本人が従前から相続税対策のために定期的に贈与をしていた場合や,繰り返し儀礼的な祝儀・進物等をしていた場合に,本人の推定的意思が認められるときであっても,本人の利益保護の観点から中止・減額することは可能であり,後見人が漫然と従前どおり贈与等を続けている場合には,後見監督人は再考を促すべきかどうか検討する必要があるとされる(本書183頁)。
他方,本人の年齢,健康状態及び財産状況等から今後の生活に支障が生じるおそれがうかがわれないのに,単に贈与は本人の財産を減少させるという理由で中止を促すことも適切ではないとされている(本書183頁)。
第5の2の祝い金と同じく,推定的意思は支出を正当化する根拠になり得る一方,本人の利益保護との均衡を欠けば中止・減額の理由にもなるということである。
後見監督人の職務全般は後見監督人とはで扱っている。
第6 本書と大阪家裁ハンドブックの違いをどう読むか
1 対象者の違い
本書74頁~76頁の緩和は,専門職後見人等を対象として述べたものである。
これに対し,大阪家裁ハンドブックは後見人等全般に向けた案内であり,多額(50万円以上)の支出,債務の返済,遺産分割・相続放棄,大きな財産の処分は事前に連絡票で連絡するものとしている(大阪家裁ハンドブック17頁,24頁~25頁,41頁)。
平成27年頃まで専門職後見人等にも求めていた50万円以上の出金の事前連絡(本書73頁)は,現在の大阪家裁ハンドブックでは高額商品(1件50万円以上の商品やサービス)の購入の事前連絡という形で残っている(大阪家裁ハンドブック41頁)。
専門職後見人等に限って事前相談を不要とする取扱いを定めた公表資料は,基準日時点で確認できなかった。
2 実務上の目安
以上を踏まえると,次のように考えるのが穏当である。
①本人の生活の質を高める支出や,見舞い・外出同行の親族の交通費のように本人の生活に結び付く支出は,後見人の判断で支出し,事後に理由とともに報告する。
②祝い金・お年玉・香典は,本人の過去の行動と財産の余裕から推定的意思を説明できる範囲で支出し,その根拠を記録しておく。
③生前贈与,本人を契約者とする保険契約,扶養義務のない親族への援助及び50万円以上の支出は,事前に連絡票で相談する。
④遺産分割・相続放棄,居住用不動産の処分,後見人自身との取引は,それぞれ連絡票,許可申立て又は特別代理人の手続を要する(第7参照)。
3 連絡票の書き方
大阪家裁ハンドブック40頁は,疑問点を連絡票に記載する場合は,疑問点のみならず,後見人等がどのようなことをしようとしているのか(方針や後見人の考え)を必ず記載するよう求めており,窓口や電話では回答せず,連絡票を受け取ってから2週間を目途に電話で連絡するとしている。
急ぐ事情があるときは連絡票上部の「要急」にチェックを入れる(大阪家裁ハンドブック40頁)。
本書69頁(連載第1回・平成29年5月号及び連載第15回・令和元年10月号初出)は提出から回答まで1週間程度を見込んでほしいとしていたが,現在の大阪家裁ハンドブックは上記のとおり2週間を目途としている(Q17では通常1~2週間以内)。
本書74頁も,連絡票で相談するときは,後見人としての意見と背景事情を示すよう求めている。
第7 事前の手続が必要な場面
1 遺産分割と相続放棄
本書76頁(連載第1回・平成29年5月号初出)は,遺産分割協議や相続放棄の申述については必ず事前の相談を求めている。
後見人は身上配慮義務(民法858条)に基づき本人の老後の生活や療養看護のために財産を確保することが要請されており,本人の法定相続分を大きく下回る内容の遺産分割に合意することは善管注意義務(民法869条,644条)違反となり得るが,他の相続人の被相続人に対する貢献,本人の意見,事業用財産承継の必要性等の「特別な事情」があれば,やむを得ないと判断されることもあるとされる(本書76頁)。
大阪家裁ハンドブック20頁(Q13)も,原則として法定相続分を確保するよう求めつつ,諸事情を考慮して法定相続分を確保しない判断も後見人の裁量の範囲内といえる場合があるとし,あらかじめ連絡票で連絡するよう求めている。
遺産分割の手続は,相続人に認知症・精神障害等で判断能力を欠く人がいる場合の遺産分割で扱っている。
2 居住用不動産の処分と利益相反
本人の自宅の売却・賃貸・賃貸借の解除等には家庭裁判所の許可が必要であり(民法859条の3),居住用不動産処分許可で扱っている。
親族のために本人の自宅を無償で使わせる(使用貸借)ことも,同許可が問題となる処分に含まれる(大阪家裁ハンドブック19頁)。
また,後見人と本人との利益が相反する行為については,後見監督人がいない限り特別代理人の選任を請求しなければならない(民法860条,826条)。
3 債務の返済と消滅時効
大阪家裁ハンドブックは,本人の債務の返済を本人の財産から支出できるものに挙げる一方,貸主が金融機関以外で正式な契約書等が残っていない場合には本人が本当に債務を負っているかを十分確認するよう求め,返済するときは事前に連絡票で連絡するよう求めている(大阪家裁ハンドブック16頁~17頁,41頁)。
親族から受け取った金銭は,貸付けではなく援助(贈与)であったこともあるので,返還の約束があったかを確かめる必要がある。
古い借金であれば,消滅時効が完成していることもある。
時効完成後に後見人が本人の代理人として返済し,又は支払の猶予を求めるなどして債務を承認すると,本人は時効完成を知らなかったとしてもその時効を援用できなくなると考えられる(最高裁昭和41年4月20日大法廷判決・民集20巻4号702頁参照)。
時効が完成した債務をあえて返済することは,本人以外の人のための支出に近い性格を持つから,第5で述べた親族のための支出と同じく,本人の意思と財産状況に照らして相当であることの説明が必要になる。
債務の存否の確認,時効の検討及び連絡票の書き方は,成年後見人は本人の古い借金を返してよいか――債務の存否の確認,消滅時効の援用及び家庭裁判所への連絡票で扱っている。
第8 定期報告での記載
1 自主報告方式と報告遅滞
本書92頁(連載第13回・令和元年6月号初出)によれば,後見センターは毎年1回,後見等事務報告書,財産目録,預貯金通帳の写し等の自主的な提出を求める「自主報告方式」で監督しており,専門職後見人等は1年ごとの報酬付与申立てを通じて報告することが多い。
報告期限は本人の誕生月の末日であり(本書92頁),大阪家裁の成年後見のページも,本人の誕生日の属する月に毎年提出するよう案内している。
本書92頁~93頁は,期限までに提出されず督促期間内にも提出がないもの(報告遅滞型)を特に注意を要する類型とし,過去の不正事案で報告の遅滞が発覚の端緒となったものが多いこと,監督権限の行使として求めた事務報告を怠ること自体が解任事由(民法846条)に当たり得ることを指摘し,報告を遅滞する弁護士後見人等が少なくないとまで述べている(本書100頁の小窓・連載第12回・平成31年4月号初出も同旨)。
2 想定上の現預貯金額との乖離
本書93頁(連載第13回)は,後見センターが,前回報告時の現預貯金額に,年間の収支予定(就職の初めに出した収支予定にその後の定期収支の変動を加えたもの)とその期間の臨時収支を考慮して算出した想定上の現預貯金額と,今回報告された現預貯金額とを比較し,大きな乖離がある場合(報告内容問題型)を特に注意を要する類型としていると説明する。
本書103頁(連載第14回・令和元年8月号初出)は,報告額が想定額を上回る場合も,収入の把握漏れや施設費等の未払いを疑う端緒になるとする。
もっとも,実際に詳細な審査をすると,定期収支の変動や臨時収支の報告が不正確だっただけで,不適切な財産管理はなかったという事例が多いとされる(本書93頁~94頁)。
正確な報告は,不正の疑いを避けるためだけでなく,報酬付与審判を迅速に得るためにも必要である。
親族のための支出との関係でいえば,事前相談が不要とされる支出であっても,報告書に記載されていなければ,想定額との乖離の原因として説明を求められることになる。
第3の2の考え方は,収支予定の範囲内の支出の当否を積極的に調査しないというものであって,報告しなくてよいという意味ではない。
3 本人以外の人のための支出の欄
令和7年4月から,後見等事務報告書は全国統一書式となった。
大阪家裁ハンドブックの書式集No.4-1(後見等事務報告書(成年後見人・保佐人・補助人用 定期報告))の「第4 本人の財産状況について」4項は,今回の報告対象期間内に,本人の財産から,本人以外の人(本人の配偶者等の親族や後見人等を含む)のために支出されたものがあるか(本人が利用する福祉サービスに伴って支出した費用を除く)を問う。
「ある」の場合は,いつ,誰のために,いくらを,どのような目的で,どのような理由で相当と判断し,支出したかを支出ごとに整理して記載し,これらが確認できる資料を提出する(既に提出済みの資料は提出日を記載すれば重ねて提出する必要はない)。
また,就任時の収支予定表(書式集No.3-1)にも,本人以外の第三者のための支出を予定している場合は理由等を記載するよう求める注記がある。
例えば,孫へのお年玉を毎年出す予定であれば,就任時から収支予定表にその旨と理由を書いておき,定期報告では第4の4項に実際の支出と相当と判断した理由(本人の過去の行動,財産の状況,本人の意向の確認結果等)を記載することになる。
統一書式全体の書き方は,令和7年4月全国統一書式による後見等事務報告書・報酬付与申立事情説明書の書き方で扱っている。
4 臨時支出と後見人等の報酬
統一書式の第4の1項は,定期収入・定期支出の変化と,1回につき10万円以上の臨時収入・臨時支出の有無を問い,「ある」とした事項は別紙収支補足説明書に記載させる。
臨時支出欄には「臨時支出には、後見人等や監督人の報酬が含まれます」との注記がある。
本書97頁脚注6及び108頁(連載第4回・平成29年12月号初出の小窓)は,後見人等の報酬は家庭裁判所が額を定めるものであるから収支予定表の定期支出に計上せず,報酬付与審判を受けて本人の財産から受領した時点の臨時支出として報告するよう求めており,現在の書式の注記と一致する。
報酬の記載漏れが多いとも指摘されている(本書97頁)。
本書76頁は,連絡票でいったん報告済みの支出や収入も,次回の報告の際に後見等事務報告書の収支変動欄又は10万円以上の臨時支出・臨時収入の欄に再度記載するよう求めている。
事前相談をした親族のための支出も,定期報告で改めて記載する必要がある。
5 定期収支の変動と二重計上
本書94頁~97頁(連載第13回)は,定期収支の変動の報告について,①変わった時期,②費目,③理由,④変更前の月額,⑤変更後の月額,⑥裏付資料を示すよう求め,費目名は提出済みの収支予定表と同じ名称を用いること,施設入所に伴う家賃・生活費の消滅のような連鎖的な変動を漏らさないこと,年金を保険料・税の天引き後の額で計上しながら天引きされた保険料等を支出にも計上する二重計上をしないこと,固定資産税を1年分一括で支払った場合に定期支出と臨時支出の二重計上をしないことを挙げている。
現在の収支予定表の年金欄には「天引き後」のチェック欄があり,統一書式の別紙収支補足説明書で変動の内容を記載する構造になっている。
例えば,親族への定額の援助を毎月続けることにした場合は,定期支出の変動として費目・時期・理由・月額を報告し,第4の4項にもその支出と相当と判断した理由を記載することになる。
本書109頁(連載第17回・令和2年2月号初出の小窓)は,新しい収支予定表を毎回提出する必要はなく,変動は報告書の変動報告欄に記載するよう求め,新しい収支予定表を添付したために変動報告欄が「変化ありません」となっている例が散見されると指摘している。
第9 本書の記述のうち現在変わった点
| 項目 | 本書の記述(初出時点) | 現在 |
|---|---|---|
| 報告書の書式 | 大阪家裁の最新書式を利用(本書94頁,令和元年6月号) | 令和7年4月から全国統一書式(後見ポータルサイト) |
| 本人以外のための支出 | 事前相談の要否を中心に説明(本書74頁~76頁,平成29年5月号) | 統一書式第4の4項で支出ごとに理由を記載 |
| 臨時収支の基準 | 10万円を超えるもの(本書93頁脚注5) | 1回につき10万円以上(統一書式。本書103頁脚注4も「以上」) |
| 連絡票の回答時期 | 1週間程度(本書69頁,令和元年10月号) | 2週間を目途(大阪家裁ハンドブック40頁) |
| 事前連絡の金額基準 | 平成27年頃まで専門職にも50万円以上の出金の事前連絡(本書73頁) | 大阪家裁ハンドブックは1件50万円以上の商品・サービスの購入を事前連絡事項とする |
第10 令和8年改正後の扱い
1 補助への一元化と支出金額の予定
令和8年法律第45号により,法定後見は補助に一元化され,後見と保佐は廃止される。
施行日は公布(令和8年6月24日)から2年6月を超えない範囲内で政令で定める日であり(同法附則1条),基準日時点では施行されておらず,施行日を定める政令も公布されていない。
改正後の民法第4編第6章第3節(補助の事務)は,補助の事務の費用(876条の18),補助人の報酬(876条の19),補助の事務の監督(876条の20),家庭裁判所への毎年の報告(876条の21)及び委任の規定の準用(876条の22)を置くが,現行民法861条1項(毎年支出すべき金額の予定)に相当する規定は置いていない(法律案本文及び新旧対照条文で確認)。
改正後の民法861条は未成年後見人についての規定となる。
改正後に家庭裁判所が補助人に収支予定の提出を求めるかどうかは,改正後の民法876条の20第1項(補助の事務の報告・財産の目録の提出の請求)等に基づく運用の問題となり,基準日時点で大阪家裁の方針は公表されていない。
2 意向の把握と尊重
改正後の民法876条の11第1項は,補助人は補助の事務を行うに当たって,本人の心身の状態に応じて,その事務に関する情報の提供をして陳述を聴取することその他の適切な方法により,その事務に関する意向を把握するようにしなければならないと定め,同条2項は,把握した意向を尊重し,心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならないと定める。
推定的意思を根拠に祝い金等を支出する現在の考え方は,改正後は,まず本人の意向を把握する手順を尽くしたかという形で問われることになると考えられる。
3 報告,解任及び金銭の消費
改正後の民法876条の21第1項は,補助人は家庭裁判所の定めるところにより毎年1回一定の時期に本人の状況その他家庭裁判所の命ずる事項を報告しなければならないと定め,同条2項は,報告を受けた家庭裁判所が,改正後の民法12条1項から5項までに規定するときに当たる場合には,職権で補助開始の審判や同意権・代理権を付与する審判等の取消しをすることができるとする。
解任事由は,改正後の民法876条の5で,①補助人が不正な行為をしたとき,②補助人がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき,③本人の利益のため特に必要があるときに整理される。
補助人が自己のために本人の金銭を消費したときに消費の時から利息を付し,なお損害があれば賠償する責任(現行民法873条2項)は,改正後の民法876条の25第2項に置かれる。
4 経過措置
施行日前に後見開始の審判を受けた本人とその成年後見人については,原則として従前の例による(同法附則2条1項)。
ただし,その成年後見人の解任には改正後の民法876条の5が,意向の尊重等には改正後の民法876条の11が適用される(同条2項,3項)。
保佐も同様であり(同法附則3条),既存の補助は改正後の補助とみなされる(同法附則4条)。
したがって,既存の成年後見人は,施行後も民法861条1項の収支予定を前提とした報告を続ける一方,支出の判断に当たっては改正後の意向把握の手順を意識する必要がある。
改正の全体像は,令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備で扱っている。
第11 出典・参考資料
1 法令
民法(644条,826条,846条,858条,859条,859条の3,860条,861条,862条,863条,869条,873条,876条の4,876条の5,876条の9,876条の10,877条,879条) e-Gov法令検索
民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)による改正後の民法(12条,861条,876条の5,876条の11,876条の18~876条の22,876条の25),同法附則1条~4条 法務省(法律案本文)
法務省「民法等の一部を改正する法律 新旧対照条文」 法務省
2 裁判例
広島高裁平成24年2月20日判決(平成22年(ネ)第450号) 裁判所HP
最高裁昭和41年4月20日大法廷判決(昭和37年(オ)第1316号,民集20巻4号702頁) 裁判所HP
3 公的資料
大阪家庭裁判所「成年後見制度(後見・保佐・補助)」(令和8年9月19日閲覧) 裁判所
大阪家庭裁判所「成年後見人・保佐人・補助人ハンドブック(Q&A付き)」(令和8年2月1日版)8頁,16頁~17頁,19頁~20頁,24頁~25頁,40頁~41頁,52頁,書式集No.3-1・No.4-1 裁判所
裁判所「後見ポータルサイト」 裁判所
4 文献
大阪家庭裁判所後見センター編『大阪家庭裁判所後見センターだより』(大阪弁護士協同組合,2025年)1頁,69頁,71頁~76頁,92頁~109頁,183頁~184頁
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