第1 本記事の対象と結論の要旨
1 対象とする場面
(1) 本記事で扱う支払
本記事は,親族や知人,取引先などに土地や建物を使わせ,借主から固定資産税相当額や相場より安い地代・家賃を受け取っている場合に,その関係が使用貸借と賃貸借のどちらに当たるかを,令和8年9月12日時点の法令,裁判例,裁決及び実務書に基づいて整理するものである。
支払の名目は,地代,家賃,使用料,謝礼,冥加金など様々であるが,本記事では,その金額の水準が区別にどう影響するかを中心に扱う。
(2) 関連記事で扱う問題
使用貸借の土地が売却された場合の買主との関係や土地の評価額は使用貸借の土地を借主の同意なく売却したときの評価額-買主への対抗,権利濫用及び使用借権の減価割合で,親族間で土地を使わせる場合の課税は親族間で土地を使わせる場合の課税-使用貸借と相当の地代で扱っている。
2 結論の要旨
結論は次のとおりである。
①使用貸借か賃貸借かは,借主の支払が物の使用及び収益の対価,すなわち賃料といえるかで決まり,支払の名目よりも金額の実質が重視される。
②借主が固定資産税などの公租公課を負担しているだけでは,それが対価の意味を持つ特段の事情がない限り使用貸借とされ,この点は建物についても土地についても最高裁判所の判断がある。
③公租公課を超える支払でも,近隣の相場と比べてごく一部にとどまる場合は謝礼や負担にすぎないとされることがあり,固定資産税等の約2倍の地代を払っていた土地を使用貸借とした裁判例もある。
④反対に,相場より安くても対価とみられないほど低廉とはいえない場合や,公租公課と従前の賃料を上回る場合は,賃貸借と認められている。
⑤「固定資産税の何倍を超えれば賃貸借」という基準は判例になく,公租公課倍率は地代の目安にとどまるから,最終的には相場との比較と,当事者の関係,経緯,契約書の文言などを総合して判断される。
⑥どちらに当たるかで,借主の死亡による終了,借地借家法の適用,第三者への対抗,建物買取請求,地代等の増額請求などの扱いが大きく変わる。
第2 条文上の区別と対価の判断
1 無償か賃料か
使用貸借は,当事者の一方がある物を引き渡すことを約し,相手方がその受け取った物について「無償で」使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって,その効力を生ずる(民法593条)。
賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方が「これに対してその賃料を支払うこと」及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって,その効力を生ずる(民法601条)。
したがって,借主から貸主に何らかの金銭が渡されていても,それが使用及び収益の対価,すなわち賃料でなければ,契約は使用貸借である。
2 名目より実質が問われる
(1) 労務や建物の提供も対価かどうかが問われる
最高裁判所昭和26年3月29日判決(昭和24年(オ)第63号,民集5巻5号177頁)は,家屋使用の対価としてその家屋の留守管理をする旨の契約は,賃貸借契約とはいえないとした。
最高裁判所昭和35年2月12日判決(昭和31年(オ)第1022号,集民39号415頁)は,土地の使用の許諾を得る条件として建物を土地所有者に譲渡した事案で,その建物は土地の使用許可を得る代償として贈与されたもので,土地使用の対価や権利金の支払に代わるものではないとして,貸借を使用貸借と認めた原判決を是認した。
同判決は,契約書の条項だけでなく,契約の成立に至る経緯を詳しく認定した原審の判断を是認しており,金銭以外の給付であっても,それが何のために渡されたのかが問われることを示している。
(2) 金額という実質が重視される
実務書も,借主の金銭支払が使用収益の対価と評価されれば賃貸借,評価されなければ使用貸借と認定されることになり,判例は支払の名目よりも金額という実質を重視する傾向にあるとしている(埼玉弁護士会編『使用貸借の法律と実務』(ぎょうせい,2021年)35頁)。
(以下,同書を「埼玉弁護士会編」という。)
3 公租公課の負担は使用貸借と両立する
(1) 公租公課は通常の必要費とされる
使用貸借の借主は,借用物の通常の必要費を負担する(民法595条1項)。
最高裁判所昭和36年1月27日判決(昭和33年(オ)第310号,集民48号179頁)は,建物の占有者が支払った敷地の地代及び建物の固定資産税について,建物の維持保存のために当然に支出されるべき費用ではあるが,民法595条1項の「通常の必要費」に属するから,その償還を請求することはできないとした。
これに対し,賃貸借では,賃借人が賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,直ちにその償還を請求することができる(民法608条1項)。
このように,借主が固定資産税を払っていることは,それだけでは,使用貸借の借主が本来負担する費用を負担しているにすぎないと評価される余地がある。
(2) 異なる見解
なお,固定資産税は固定資産の所有者に課されるものであり,当然に使用貸借の借主の負担となるものではないとする見解もあることが紹介されている(埼玉弁護士会編185頁)。
第3 公租公課程度の支払についての最高裁判所の判断
1 建物の固定資産税等を負担していた事案
最高裁判所昭和41年10月27日判決(昭和41年(オ)第527号,民集20巻8号1649頁)は,「建物の借主がその建物等につき賦課される公租公課を負担しても、それが使用収益に対する対価の意味をもつものと認めるに足りる特別の事情のないかぎり、この負担は借主の貸主に対する関係を使用貸借と認める妨げとなるものではない。」と判示した。
その上で,建物の借主が建物を含む各不動産の固定資産税等を支払ったことが,建物の使用収益に対する対価の意味を持つと認めるに足りる特別の事情はうかがわれないとして,使用貸借とした原審の判断を是認した。
2 土地の公租公課相当額と麦を渡していた事案
(1) 公租公課相当額の授受は賃料の支払ではない
最高裁判所昭和44年9月30日判決(昭和40年(オ)第666号,集民96号657頁)は,土地所有者の先代と,その者から土地の使用収益を許された者の先代との間で行われてきた麦や公租公課相当額の金員の授受について,土地の使用収益に対する対価すなわち賃料の支払としてされたものではなく,土地の使用契約は使用貸借であるとした原審の認定判断を是認した。
前記の最高裁判所昭和41年10月27日判決は建物の事案であるが,土地についても,公租公課相当額の授受だけでは賃料の支払とはみられないという判断が最高裁判所で是認されていることになる。
(2) 長く使っても賃借権の時効取得は認められにくい
同判決は,使用貸借に基づいて占有を始めた者は,賃借権を行使する意思をもってする占有に変わった後に取得時効に必要な期間が経過したことを主張立証しない限り,賃借権の時効取得を主張できないとも述べている。
長年にわたって公租公課相当額を払い続けてきたというだけでは,使用貸借が賃貸借に変わるわけではないことになる。
3 相場の一部にとどまる金額は謝礼とされた事案
(1) 相場の1割に満たない室代
最高裁判所昭和35年4月12日判決(昭和33年(オ)第485号,民集14巻5号817頁)の事案では,建物の所有者が,妻の伯父に二階の七畳と六畳の2室(七畳は所有者も使用)を貸し,伯父は毎月1000円を支払っていた。
原判決は,普通にこれらの部屋を他人に貸せば1畳当たり月1000円くらいが相当であったが,親戚の間柄であるため,室代ではないが室代ということにして月1000円を支払うことにしたと認定した。
最高裁判所は,この1000円は室使用の対価というよりは貸借当事者間の特殊な関係に基づく謝礼の意味のもので,賃料ではなく,契約は使用貸借であるとした原判決の判断を是認した。
本記事の計算では,原判決が認定した相場によれば2室の室代は月1万円を超える水準であり,実際の支払はその1割にも満たない。
(2) 建物の買主は使用貸借を承継しない
同判決は,その後に建物の所有権を取得した者は使用貸借関係を承継しないとした判断も是認しており,使用貸借か賃貸借かの区別が,建物が売られたときに住み続けられるかどうかに直結することを示している。
4 世間並みの家賃なら賃貸借とされた事案
(1) 世間並みの家賃を払う寮の使用関係
最高裁判所昭和31年11月16日判決(昭和30年(オ)第137号,民集10巻11号1453頁)は,従業員専用の寮の使用関係について,世間並みの家賃相当額を使用料として支払っているなどの原審認定の事実があるときは,その使用関係を賃貸借と判断して妨げないとした。
同判決は,社宅や寮の使用関係は態様がいろいろであって一律に法律上の性質を論ずることはできないとしており,金額が世間並みであることが賃貸借と判断する重要な事情になったと考えられる。
(2) コンメンタールの整理
コンメンタールも,判例は,建物使用の際に役務の提供,謝礼の域を出ない過少な金員の支払及び公租公課の負担が約束された場合における建物賃貸借の存在を否定しているとまとめている(田山輝明・澤野順彦・野澤正充編『新基本法コンメンタール 借地借家法』(日本評論社,2014年)190頁〔一木孝之〕)。
第4 相場より安い支払についての下級審裁判例
1 使用貸借とされた例
(1) 固定資産税相当額として定めた月500円
神戸地方裁判所伊丹支部昭和43年12月26日判決(昭和41年(ワ)第31号,判タ230号279頁)は,家屋の借主が,家屋と敷地の固定資産税相当額として定めた月500円を約15年にわたって支払っていた事案である。
支払額は,当初は固定資産税額を若干上回っていたが,その後は税額よりかなり不足していた。
同判決は,支払額は一般社会の家賃相当額と比べて著しく低廉で,家屋の維持費の一部程度にしか当たらず,家屋使用の対価としての賃料の支払とみることは「甚だ困難」であるとし,貸借の経緯にも照らして,負担付の使用貸借関係にすぎないとして明渡請求を認めた。
(2) 本来の地積で計算すると半分に満たない地代
東京地方裁判所平成28年12月6日判決(平成26年(ワ)第32742号・平成27年(ワ)第20128号,判例秘書登載)は,親族間の無償使用に始まった土地の貸借で,1万5200円の地代が授受されていた事案である。
その地代は,約41.1坪の土地を半分以下の19坪として坪800円を乗じたもので,本来の地積で計算すると2倍を超える3万2880円になるものであった。
同判決は,親族間では固定資産税等に相当する程度の軽微な負担で使用貸借が行われることもままあることなども総合して,その地代が土地全体の使用収益に見合った相当地代として授受されていたかについては合理的な疑いを差し挟まざるを得ないとし,賃借権の主張を退けた。
同判決は,建物所有者が自身の死亡時に土地を更地にして返還する旨の誓約書を差し入れていたことなども踏まえ,建物のための土地の使用権原は建物所有者の死亡時に消滅したとして,建物収去土地明渡しと,1か月当たり1万5200円の割合による金員の支払を命じた。
(3) 調停後に支払われた冥加金
大阪高等裁判所平成4年11月10日判決(平成元年(ネ)第2605号,判タ812号217頁)は,寺院の建物を茶所として使っていた者について,明治以来の貸借は冥加金名目の賃料を払う賃貸借であったが,昭和27年の調停で,使用目的を定めた使用貸借に変わったと認定した事案である。
その後,借主は冥加金として年120円や年5万円を支払い,貸主の経理担当者もこれを受領していたが,同判決は,冥加金という名目や支払時期の貨幣価値などを総合して,これによって使用貸借が再び賃貸借に変わったとはいえないとした。
同判決は,奉仕活動や寄付金集めといった労務の提供も建物使用の対価とはいえないとし,調停から33年が経過し建物が老朽化していることなどから,使用貸借の目的を達するのに必要な期間を経過したとして,明渡請求を認めた。
2 賃貸借とされた例
(1) 隣接地の賃料の約8割に当たる地代
東京地方裁判所平成28年1月22日判決(平成25年(ワ)第34456号,判例秘書登載)は,土地の一部を建物の敷地として使う者が,月1万1550円を土地所有者に支払っていた事案である。
土地所有者は,この金額は土地使用の対価というには低廉にすぎ,固定資産税等を分担してもらうためのものであったなどと主張した。
同判決は,坪単価に直すと550円前後であり,土地所有者自身が隣接地を第三者に坪単価700円で賃貸していたことから,土地使用の対価とみることができないほど低廉とはいえないとした。
また,領収証や値上げを求める書面で「賃料」「賃借料」の語が使われていたこと,金額が固定資産税の額を基準に定められたとの土地所有者の供述は信用できないことなども挙げ,契約書や権利金がなくても賃貸借契約が成立しているとして,明渡請求を棄却した。
本記事の計算では,坪550円は坪700円の約8割に当たる。
(2) 固定資産税と前の契約の賃料を上回る使用料
広島高等裁判所平成16年3月30日判決(平成14年(ネ)第408号,裁判所HP)は,土地建物の使用料として月10万6000円を支払う契約について,貸主側が賃料の低廉を理由に使用貸借であると主張した事案である。
同判決は,その契約が賃貸借であった前の契約を事実上引き継ぐ趣旨で締結されたこと,使用料が当時の固定資産税を上回り,前の契約の2倍以上の額であったことなどから,賃貸借契約であることは明らかであるとした。
(3) 固定資産税の半額程度でも賃貸借とされた貸付料
東京地方裁判所平成25年2月26日判決(平成24年(行ウ)第223号等,裁判所HP)は,市が所有する建物をと畜場として事業者に貸していた事案で,貸付料は土地の固定資産税及び都市計画税の額の半額程度にとどまっていた。
同判決は,貸主である市はそもそも固定資産税等を支払う必要がないこと,貸付料は年約240万円から約320万円で無償と同視できる金額とはいい難いこと,公共的な性格を考慮して低額に定められたこと,建物の維持等の経費は借主の負担とされていたことなどから,賃貸借契約に当たるとした。
公租公課を下回る支払であっても,それだけで使用貸借になるわけではないことを示す例である。
3 裁判例から読み取れる判断の枠組み
(1) 支払額の水準ごとの整理
以上の裁判例と後記第5の1の裁判例及び裁決から,本記事では,支払額の水準と区別の関係を次のように整理する。
①公租公課(固定資産税・都市計画税)の負担又はその相当額の支払にとどまる場合は,使用貸借とされることが多い(最高裁判所昭和41年10月27日判決,最高裁判所昭和44年9月30日判決,神戸地方裁判所伊丹支部昭和43年12月26日判決)。
②公租公課を超えていても,近隣の相場のごく一部や半分に満たない水準であれば,親族関係などの事情と相まって,謝礼や負担にすぎないとされることがある(最高裁判所昭和35年4月12日判決,東京地方裁判所平成28年12月6日判決,仙台地方裁判所平成17年3月24日判決)。
③相場と比べて対価とみられないほど低廉とはいえない水準であれば,賃貸借とされる(最高裁判所昭和31年11月16日判決,東京地方裁判所平成28年1月22日判決)。
④公租公課との比較は決め手ではなく,貸主が非課税である場合や,支払額そのものが大きい場合には,公租公課を下回っても賃貸借とされることがある(東京地方裁判所平成25年2月26日判決)。
(2) 主張立証の方向
埼玉弁護士会編も,適正賃料と実際に支払われている金額との比較で大幅な差異がなければ使用収益の対価と評価する傾向にあるとした上で,不動産の事件では,借主側は同規模の物件の適正賃料を主張立証して支払額が近いことを示し,貸主側は適正賃料と支払額の差の大きさを主張立証することになるとしている(同書35頁~36頁)。
第5 「固定資産税の何倍なら賃貸借か」という問い
1 固定資産税を上回っても賃貸借とは限らない
(1) 倍率の基準は判例にない
「固定資産税の2倍」「3倍」を超えれば賃貸借になるといった基準は,本記事で確認した法令,裁判例及び裁決にはない。
裁判例が比べているのは,主として近隣の賃料相場(適正賃料)と実際の支払額であり,公租公課は,それを下回る支払が対価といいにくいことを示す目安として働いているにすぎないと考えられる。
(2) 地代が固定資産税等の約1.5倍だった裁決
国税不服審判所平成13年9月27日裁決(裁決事例集No.62 366頁)は,母親の土地に子が家を建て,借地契約書を作成して月5000円(その後7000円,8000円)の地代を払い,母親もその地代を不動産所得として確定申告していた事案で,相続税の申告でその土地を底地として評価できるかが争われたものである。
同裁決は,母子の関係にあること,権利金の授受の慣行がある地域なのに権利金が支払われていないこと,地代が固定資産税等の1.5倍程度で近隣の地代の相場の約39%の水準にすぎないこと,母親が地代を相当に上回る生活費等を子の家族に支払っていたことなどを総合し,地代は土地使用の対価とは認め難く,親子という特殊関係に基づく使用貸借であるとした。
同裁決は,所得税の確定申告をしていたことは底地とする理由にならないとした上,公租公課相当額以下の授受を使用貸借とする国税庁の通達について,「公租公課を上回る金額の授受があれば、直ちにその土地の貸借関係が賃貸借となると定めたものとは認められない」としている。
これは相続税の審査請求に対する行政上の判断であり,裁判所の判断ではないが,公租公課を上回るかどうかだけで区別できないことを明らかにしている。
(3) 地代が固定資産税等の約2倍だった裁判例
仙台地方裁判所平成17年3月24日判決(平成15年(行ウ)第17号,判例秘書登載)は,相続税の土地評価で借地権相当額を控除できるかが争われた事案で,被相続人が弟の家族に貸していた土地の地代年30万円(毎月2万5000円)について判断した。
その土地の固定資産税及び都市計画税の合計額は年14万円余りであり,本記事の計算では,地代はその約2倍に当たる。
同判決は,地代が積算法等で算出した地代の1割ないし3割程度にすぎず,貸主の実質的な賃料収入は固定資産税等を差し引くと年15万円ほどしかなかったこと,低い地代で使用できたのは兄と弟の家族という親族関係にあったからであること,同じ契約書で貸していた隣の駐車場部分は使用貸借と認められることなどを総合して,地代は土地の使用収益の対価とは認められず,負担付使用貸借であるとした。
2 公租公課倍率は地代の目安にとどまる
(1) 公租公課倍率法と東京23区の調査
地代の水準については,固定資産税・都市計画税に一定の倍率を掛けて適正な地代とみる公租公課倍率法という考え方が従来から用いられてきた。
不動産鑑定士の黒沢泰氏は,この方法は不動産鑑定評価基準に定められた賃料評価の手法ではないが,一般人にも分かりやすく,地価や公租公課が安定していた時期には,例えば公租公課の3倍といった水準が地代改定の拠り所として幅広く活用されてきたと説明している(黒沢泰『実務につながる地代・家賃の判断と評価』(清文社,2018年)200頁)。
同書は,日税不動産鑑定士会の調査として,平成27年1月1日現在の東京都23区における継続地代(支払いベース)の公租公課に対する倍率が,商業地で4.05倍,住宅地で4.35倍であったと紹介している(同書202頁)。
(2) 住宅用地の課税標準の特例による限界
もっとも,同書は,住宅用地の減額特例や負担調整措置の影響があるため,どの場合にも画一的な倍率を掛ければよいわけではなく,都市計画税が課されない地域では地代の水準が低く出るとも指摘している(同書200頁~202頁)。
実際,住宅用地の固定資産税の課税標準は価格の3分の1,200平方メートル以下の小規模住宅用地では価格の6分の1とされている(地方税法349条の3の2第1項・第2項)。
そのため,住宅の敷地では,固定資産税額を物差しにすると,土地の価値に比べて小さな金額が基準になってしまう。
(3) 公租公課の2倍という水準の位置付け
これらを踏まえると,東京23区の住宅地で公租公課の2倍程度の地代は,上記の調査の平均的な倍率のおおむね半分にとどまる計算になる。
前記の仙台地方裁判所平成17年3月24日判決の事案でも,固定資産税等の約2倍の地代は,算出された地代の1割ないし3割程度にとどまっていた。
もっとも,地域や土地の用途による差が大きく,倍率だけで使用貸借か賃貸借かが決まるわけではないと考えられる。
3 金額以外に考慮される事情
(1) 裁判例が考慮した事情
裁判例は,金額のほか,次のような事情も考慮している。
①支払の名目(「賃料」「地代」の語が使われているか,冥加金や謝礼の名目か)
②当事者の人的な関係(親族,恩義のある相手,従業員など)
③貸借に至る経緯(無償の使用から始まったか,賃貸借を引き継いだか,調停の内容)
④契約書や誓約書の条項(無償か,期間や目的,公租公課の負担,返還の約束)
⑤税務申告の扱い(地代として申告していたか)
⑥貸主の対応(値上げを求めていたか,受領の経緯)
(2) 税務申告の扱い
埼玉弁護士会編は,税務申告や相続税申告で地代として扱われていれば賃貸借を認める方向で評価され得る一方,そうでない場合は使用貸借に傾くと思われるが,税務申告に実態がそのまま反映されるとは限らないから決定的な要素にはなり得ないとしている(同書45頁)。
前記の国税不服審判所平成13年9月27日裁決も,貸主が地代を不動産所得として申告していた事案で使用貸借としている。
第6 使用貸借か賃貸借かで何が変わるか
1 終了と借主の死亡
使用貸借は,期間を定めたときはその満了によって,期間を定めずに使用及び収益の目的を定めたときは借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了し,借主の死亡によっても終了する(民法597条)。
目的を定めた場合でも,その目的に従い使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは貸主は契約を解除でき,期間も目的も定めなかったときは貸主はいつでも解除できる(民法598条1項・2項)。
これに対し,賃貸借の借主の地位は相続の対象となり(民法896条),借主の死亡によって当然に終了することはない。
2 借地借家法の適用と第三者への対抗
(1) 賃貸借なら借地借家法の保護を受ける
建物の所有を目的とする土地の賃借権は借地権として借地借家法の適用を受け(同法2条1号),期間が満了しても,借地権設定者が更新を拒むには正当の事由が必要となる(同法6条)。
建物の賃貸借でも,賃貸人による更新拒絶の通知や解約の申入れには正当の事由が必要である(同法28条)。
借地権は土地の上に登記された建物を所有すれば第三者に対抗でき(同法10条1項),建物の賃貸借は建物の引渡しがあれば,その後に建物について物権を取得した者に対して効力を生ずる(同法31条)。
(2) 使用貸借には対抗力がない
使用貸借にはこれらの規定の適用がなく,前記の最高裁判所昭和35年4月12日判決のとおり,建物の所有権を取得した者は使用貸借関係を承継しない。
使用貸借の土地が売却された場合の買主との関係は,使用貸借の土地を借主の同意なく売却したときの評価額-買主への対抗,権利濫用及び使用借権の減価割合で詳しく扱っている。
3 終了時の建物と費用の扱い
(1) 建物買取請求権と収去義務
借地権の存続期間が満了し契約の更新がないときは,借地権者は,借地権設定者に対し,建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる(借地借家法13条1項)。
これに対し,使用貸借の借主は,借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合,使用貸借が終了したときはその附属させた物を収去する義務を負う(民法599条1項本文)。
土地の上に借主の建物がある場合,どちらに当たるかによって,終了時に建物を時価で買い取らせることができるのか,自分の費用で取り壊して返すのかが分かれることになる。
(2) 費用の償還は返還から1年以内に請求する
借主が支出した費用の償還は,貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならない(民法600条1項)。
この規定は賃貸借にも準用されている(民法622条)。
したがって,土地や建物に費用をかけてきた借主は,使用貸借か賃貸借かの争いと並行して,返還後の請求期間にも注意する必要がある。
4 安すぎる賃料は増額請求の対象になる
賃貸借と認められた場合でも,地代等が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる(借地借家法11条1項)。
建物の借賃についても同様の規定がある(同法32条1項)。
したがって,低額の支払を受けてきた貸主としては,その関係を使用貸借と主張するか,賃貸借であることを前提に地代等の増額を求めるかを,証拠の状況に応じて検討することになる。
地代の決め方については,借地権の地代・権利金・評価方法―相場,税務及び借地非訟も参照されたい。
5 税務上の取扱いは別の基準による
(1) 相続税・贈与税の使用貸借通達
国税庁の「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」は,使用貸借の意味について,「土地の借受者と所有者との間に当該借受けに係る土地の公租公課に相当する金額以下の金額の授受があるにすぎないものはこれに該当し、当該土地の借受けについて地代の授受がないものであっても権利金その他地代に代わるべき経済的利益の授受のあるものはこれに該当しない。」としている(同通達1)。
これは相続税・贈与税の取扱いであって民法上の区別を直接定めるものではないが,公租公課相当額以下の授受を使用貸借とする点で,前記の最高裁判所の判断と同じ方向にある。
公租公課を上回る場合に直ちに賃貸借となるわけではないことは,前記第5の1の裁決と裁判例のとおりである。
親族間で土地を使わせる場合の贈与税,相当の地代及び相続時の土地評価は,親族間で土地を使わせる場合の課税-使用貸借と相当の地代で説明している。
(2) 地方税法の「有料」は別の概念である
固定資産税を課することができない固定資産であっても,これを有料で借り受けた者がその用途に使用する場合には所有者に課税できるとする地方税法348条2項ただし書について,東京地方裁判所平成3年10月16日判決(平成2年(行ウ)第72号,裁判所HP)は,取引上の対価に至らない金額でも社会通念上無視し得る程度に少額である場合を除き「有料」に当たるとし,固定資産税等の26.52%~35.25%に相当する金員の支払で「有料」に当たると判断した。
同じ支払でも,どの法律のどの要件の問題かによって評価が変わり得ることに注意が必要である。
(3) 所得税では賃料が誰の所得かが別に問題になる
大阪地方裁判所令和3年4月22日判決(平成31年(行ウ)第51号)は,子が固定資産税等の相当額を親に支払う約定のある土地の貸借について,前記の最高裁判所昭和41年10月27日判決を参照して使用貸借と認めた。
同じ事案の控訴審である大阪高等裁判所令和4年7月20日判決(令和3年(行コ)第64号)も使用貸借の成立は認めたが,子がその土地を第三者に駐車場として貸して得た賃料は,所得税法12条により親の所得であるとした。
民法上は使用貸借であっても,借主が第三者から受け取る賃料が所得税の上で借主の所得と認められるとは限らないことになる。
両判決の詳細は,親の土地を子に使用貸借して賃料を子の所得にできるかで説明している。
第7 当事者が備えておくこと
1 無償で使わせる場合
土地や建物を無償で使わせるつもりであれば,書面で無償であることを明記し,借主が固定資産税等を負担する場合も,それが使用の対価ではなく借主の負担する通常の必要費(民法595条1項)であることを記載しておくことが考えられる。
期間や使用の目的を定めておけば,終了の時期をめぐる争い(民法597条・598条)を減らすことができる。
支払額を「地代」「賃料」と呼んだり,公租公課を大きく超える定額を毎月受け取ったりすると,賃貸借と認定される方向に働く事情となり得る。
2 有償にする場合
賃貸借とするのであれば,近隣の相場を踏まえた金額を定め,借地借家法の適用があることを前提に,期間,更新,建物の用途などを設計することになる。
一定の時期に返還を受けることを契約上はっきりさせたい場合には,定期借地権などの制度を検討する必要があり,既存の借地契約を定期借地に切り替える場合の注意点は貸主から定期借地契約への切替えを求められた借地人の注意事項で扱っている。
3 争いになった場合に集める資料
使用貸借か賃貸借かが争われた場合には,次の資料が重要になると考えられる。
①支払額の推移と,その金額を決めた経緯が分かる資料(領収証,通帳の記録,当時のメモ)
②対象不動産の固定資産税・都市計画税の課税明細
③近隣の地代・家賃の相場を示す資料(同じ所有者が第三者に貸している例,不動産業者の資料,鑑定)
④契約書,覚書,誓約書,調停調書などの合意内容
⑤双方の税務申告の扱い
地代・家賃の相場の調べ方は,家賃相場・土地価格相場等の調べ方で説明している。
第8 出典
1 法令
①民法(e-Gov法令検索,令和8年9月12日確認)593条,595条1項,597条,598条1項・2項,599条1項,600条1項,601条,608条1項,622条,896条 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
②借地借家法(同)2条1号,6条,10条1項,11条1項,13条1項,28条,31条,32条1項 https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
③地方税法(同)348条2項,349条の3の2第1項・第2項 https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000226
2 国税庁の通達
国税庁「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(昭和48年11月1日直資2-189ほか,最終改正令和8年8月31日課資2-14)1 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/sozoku/731101/01.htm
3 裁判例
①最高裁判所昭和26年3月29日判決(昭和24年(オ)第63号,民集5巻5号177頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/55988/detail2/index.html
②最高裁判所昭和31年11月16日判決(昭和30年(オ)第137号,民集10巻11号1453頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/57561/detail2/index.html
③最高裁判所昭和35年2月12日判決(昭和31年(オ)第1022号,集民39号415頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/65353/detail2/index.html
④最高裁判所昭和35年4月12日判決(昭和33年(オ)第485号,民集14巻5号817頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/53638/detail2/index.html
⑤最高裁判所昭和36年1月27日判決(昭和33年(オ)第310号,集民48号179頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/69910/detail2/index.html
⑥最高裁判所昭和41年10月27日判決(昭和41年(オ)第527号,民集20巻8号1649頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/54029/detail2/index.html
⑦神戸地方裁判所伊丹支部昭和43年12月26日判決(昭和41年(ワ)第31号,判タ230号279頁,判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載)
⑧最高裁判所昭和44年9月30日判決(昭和40年(オ)第666号,集民96号657頁) https://www.courts.go.jp/hanrei/66465/detail2/index.html
⑨東京地方裁判所平成3年10月16日判決(平成2年(行ウ)第72号) https://www.courts.go.jp/hanrei/16586/detail5/index.html
⑩大阪高等裁判所平成4年11月10日判決(平成元年(ネ)第2605号,判タ812号217頁,判例秘書で全文確認,裁判所HP未掲載)
⑪広島高等裁判所平成16年3月30日判決(平成14年(ネ)第408号) https://www.courts.go.jp/hanrei/3765/detail4/index.html
⑫仙台地方裁判所平成17年3月24日判決(平成15年(行ウ)第17号,判例秘書で確認,裁判所HP未掲載)
⑬東京地方裁判所平成25年2月26日判決(平成24年(行ウ)第223号等) https://www.courts.go.jp/hanrei/83631/detail5/index.html
⑭東京地方裁判所平成28年1月22日判決(平成25年(ワ)第34456号,判例秘書で確認,裁判所HP未掲載)
⑮東京地方裁判所平成28年12月6日判決(平成26年(ワ)第32742号・平成27年(ワ)第20128号,判例秘書で確認,裁判所HP未掲載)
⑯大阪地方裁判所令和3年4月22日判決(平成31年(行ウ)第51号) https://www.courts.go.jp/hanrei/90762/detail5/index.html
⑰大阪高等裁判所令和4年7月20日判決(令和3年(行コ)第64号) https://www.courts.go.jp/hanrei/92239/detail5/index.html
4 裁決
国税不服審判所平成13年9月27日裁決(裁決事例集No.62 366頁) https://www.kfs.go.jp/service/JP/62/28/index.html
5 文献
①埼玉弁護士会編『使用貸借の法律と実務』(ぎょうせい,2021年)35頁~36頁,45頁,185頁
②黒沢泰『実務につながる地代・家賃の判断と評価』(清文社,2018年)200頁~202頁
③田山輝明・澤野順彦・野澤正充編『新基本法コンメンタール 借地借家法』(日本評論社,2014年)190頁〔一木孝之〕