第1 本記事が扱う通達と記事の射程
1 通達の書誌
本記事が対象とするのは,令和6年3月26日付け警察庁丙刑企発第39号,丙生企発第141号,丙交企発第35号,丙備企発第45号,丙サ企発第24号「告訴・告発への適切な対応及び指導・管理の徹底について(通達)」である。警察庁の刑事局長,生活安全局長,交通局長,警備局長及びサイバー警察局長の5局長連名で,各都道府県警察の長宛てに発出され,庁内関係各局部課長,各附属機関の長及び各地方機関の長に参考送付されている。原議保存期間は5年(令和11年3月31日まで),有効期間は一種(令和11年3月31日まで)である。本文の全文は警察庁ウェブサイトの刑事局関係の通達一覧に掲載されており,通達本文のPDFを直接閲覧できる。本文は2頁と短く,「第1 告訴等への適切な対応」「第2 告訴・告発センター」「第3 警察本部事件主管課の事務」の3部で構成されている。本記事は,この通達の内容と沿革,根拠となる刑事訴訟法及び犯罪捜査規範の規定,並びに公表されている都道府県警察の例規を,一次資料に当たって整理するものであり,個別の事件処理の手引ではない。AIで作成した本記事は,令和8年7月末時点で公表されている資料に基づく。
この通達は,従前の「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化について」(平成31年3月27日付け警察庁丙刑企発第41号ほか)及び「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化に係る具体的留意事項について」(平成31年3月27日付け警察庁丁刑企発第44号ほか)を廃止する旨を本文末尾に明記している。5局長の連名という形式は,告訴・告発が刑事部門だけでなく生活安全部門,交通部門,警備部門及びサイバー部門の所管事件についても生じることに対応したものであり,通達の冒頭で「告訴・告発(以下「告訴等」という。)」と定義したうえで,全部門に共通の対応を求める体裁を採っている。
2 同時期に発出された被害の届出に関する通達
告訴・告発とは別に,被害の届出(被害届)については,令和6年3月22日付け警察庁丙刑企発第35号「迅速・確実な被害の届出の受理等について(通達)」が,告訴の通達の4日前に発出されている。同通達は,犯罪捜査規範61条が管轄区域の事件であるかどうかを問わず被害の届出を受理しなければならないと定めていることを前提に,「即時受理の原則」として,「その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き,即時受理すること」を求め,かつ「明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合」とは「届出人から聴取した届出内容から容易に判断し得るもの」をいい「改めて捜査又は調査を行い検討することを意味するものではない」と限定している。受理しなかった場合は適宜の様式により届出の内容,状況等を記録化して所属長に報告すること,管轄区域外の被害の届出も即時受理すること,届出人に連絡先等を記載した書面を交付できることを説明することなども定められている。被害届は犯人の処罰を求める意思表示を要素としない点で告訴・告発と異なり,適用される通達も別であるから,警察に相談する際にはどちらの手続を求めているのかを区別しておく必要がある。
第2 通達の内容
1 告訴等への適切な対応(通達第1)
通達第1は,「告訴等をする者があった場合は,直ちにその内容を聴取し,告訴権の有無,告訴期間,犯罪構成要件の充足の有無,処罰意思等の要件を確認するなどした上,可能な限り迅速に受理・不受理の判断を行い,要件の整っている告訴等は速やかに受理すること」と定め,続けて「告訴等を受理したときは,速やかに捜査を行うよう努めること」と定める。ここで確認すべき要件として掲げられているのは,①告訴権の有無,②告訴期間,③犯罪構成要件の充足の有無,④処罰意思の4つであり,これらは後記第5で述べる刑事訴訟法及び犯罪捜査規範の規定に対応する。判断の期限については「可能な限り迅速に」とするにとどまり,日数による目安は置かれていない。この点は,後記第4の知能犯罪に関する通達及び後記第6の都道府県警察の例規と対照的である。
2 告訴・告発センターの設置と体制(通達第2の1・2)
通達第2の1は,警視庁及び道府県警察本部(通達では「警察本部」という。)並びに警察署において,それぞれ告訴等の相談・申出について一括して対応する専門の窓口である「告訴・告発センター」を設置し,告訴等の相談・申出の聴取,受理・不受理の判断及び担当所属の決定が迅速・的確になされる体制を構築することを求めている。窓口を一括化する趣旨は,どの部門が扱うべきか初期段階では明確でない事案について,相談者が部門間を回されることを避ける点にあり,この趣旨は後記第3で述べる沿革から確認できる。
通達第2の2は,センターに置く者の階級を次のとおり定める。対応責任者は,掲げられた階級にある者の中から告訴等に係る専門的知識を有する一の警察官を指定し,センターに関する事務を統括させるものとされ,対応担当者は,掲げられた階級にある者の中から指定してセンターに関する事務を行わせるものとされている。
| 区分 | 警察本部 | 警察署 |
|---|---|---|
| 対応責任者 | 警視の階級にある者 | 警視又は警部の階級にある者 |
| 対応担当者 | 警部の階級にある者 | 警部又は警部補の階級にある者 |
3 告訴・告発センターの事務(通達第2の3)
通達第2の3(1)は,センターが告訴等の相談・申出を受けた場合には,必要に応じて関係する事件主管課とともに対応した上,告訴等の受理について判断するものとしている。もっとも,同項にはただし書があり,「当該告訴等を処理すべき事件主管課が明確であるなど,受理について事件主管課が判断すべき合理的な理由があるとき」は,当該事件主管課に受理・不受理の判断を引き継ぐものとされている。したがって,通達の建付けの上でも,受理・不受理の判断が常にセンターで完結するわけではなく,事件主管課に移った後にその判断が行われる場合がある。
この引継ぎがされた場合について,通達第2の3(3)イは,センターは「当該事件主管課における対応状況を適宜把握した上で,迅速に受理・不受理の判断を行うよう管理・指導するものとする」と定めている。すなわち,判断そのものが事件主管課に移った後も,センターには管理・指導の役割が残る。また,通達第2の3(2)は,センターが告訴等を受理した場合には処理を担当する所属を決定して当該所属の事件主管課に引き継ぐものとし,なお書きで「引継先の決定については,必要に応じて警察本部事件主管課が調整するものとする」と定めており,引継先が決まらない場合の調整主体を警察本部事件主管課に置いている。同(3)アは,センターにおける対応状況等を適宜把握・管理することを定める。
4 警察本部事件主管課の事務(通達第3)
通達第3の1は,警察本部事件主管課がセンターと緊密に連携し,センターが行う受理・不受理の判断が的確に行われるようにするものとしている。同2は,警察署事件主管課において告訴等が適切に処理されているかなど,対応の初期段階からその内容を適宜把握・管理するとともに,受理・不受理の判断,処理の方針,事件捜査等についてきめ細かに指導するものとし,自所属において処理すべき告訴等がある場合はその処理の状況を適切に管理するものとしている。通達は,センターによる窓口の一括化(第2)と,警察本部事件主管課による上位ラインからの管理・指導(第3)という二つの経路を併置する構造を採っており,警察署限りで処理が滞ることを想定した仕組みになっている。
第3 告訴・告発センター体制の沿革
1 平成24年12月6日通達による創設
告訴・告発センターの体制は,令和6年通達で新設されたものではない。廃止された平成31年3月27日付けの2通達は,いずれも末尾の【継続措置状況】欄に「初回発出日:平成24年12月6日」と記載しており,これらが平成24年12月6日付け警察庁丙刑企発第103号ほか「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化について」を継続したものであることが分かる。廃止された通達のうち局長通達の本文は,「告訴・告発の相談をしても,疎明資料が十分にそろっていない,他の警察署が主となって捜査した方が効率的であるなどの理由により,受理を保留したり,他所属を紹介して受理を拒む例があるなどの苦情が依然として寄せられている」と述べ,これを踏まえて「「「警察改革の精神」の徹底のために実現すべき施策」に基づく各施策の着実な実施について」(平成24年8月9日付け警察庁甲官発第222号ほか)が,告訴・告発について一括した専務部門の窓口で迅速に受理し本部事件担当課が個別の案件ごとに指導・管理を徹底することとした旨を記している。センター体制は,受理の保留と他所属への回付という具体的な苦情を出発点として作られたものである。
2 平成31年3月27日の2通達
廃止された2通達は,局長通達である「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化について」(丙刑企発第41号ほか)と,課長通達である「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化に係る具体的留意事項について」(丁刑企発第44号ほか)の二層構造を採っていた。局長通達は受理体制の整備と本部事件担当課による指導・管理の徹底という骨格を示し,課長通達が「本部告訴・告発センター」「告訴・告発対応室」等及び「警察署告訴・告発センター」等の設置,構成員の階級,事務の分担,報告経路を具体的に定めていた。課長通達によれば,警察署の対応責任者は警視又は警部,対応担当者は警部又は警部補,警察本部の責任者は警視,対応担当者は警部とされており,階級の定め自体は令和6年通達とほぼ同じである。これらの通達は,令和6年通達によって廃止された後も,本記事の確認時点では警察庁ウェブサイトに引き続き掲載されており,新旧を対照することができる。
3 令和6年通達による変更点
新旧の本文を対照すると,次の点が変わっている。第1に,旧通達が「本部告訴・告発センター」「告訴・告発対応室」等と複数の呼称を許容していたのに対し,新通達は「告訴・告発センター」の語に統一している。第2に,旧通達の局長通達は,対象となる告訴・告発について「既に,被害の届出が受理されるなど捜査中の事件に係る告訴・告発は除く」という除外を置いていたが,新通達の本文にはこの除外がなく,「告訴等をする者があった場合は」と定めるにとどまる。第3に,旧通達は本部と警察署の間の報告・引継ぎを「本部事件担当課を経由して」と細かく規定していたのに対し,新通達はこれを簡素化し,センターの管理・指導義務(第2の3(3))と警察本部事件主管課の管理・指導義務(第3の2)に整理している。第4に,用語が「事件担当課」から「事件主管課」に改められている。第5に,発番と連名者が変わり,旧通達では組織犯罪対策部門(丙組企発)及び外事部門(丙外事発)にも発番がされていたのに対し,新通達では丙サ企発(サイバー警察局)が加わり,連名者にサイバー警察局長が入っている。なお,宛先についても,旧通達及び前記の被害の届出に関する通達が皇宮警察本部長を宛先に含めているのに対し,令和6年の告訴・告発の通達の宛先は各都道府県警察の長である。
第4 知能犯罪に関する令和6年1月5日通達
詐欺,横領,背任等の知能犯罪に関する告訴・告発については,前記の通達とは別に,令和6年1月5日付け警察庁丁捜二発第2号「知能犯罪に関する告訴・告発の適正かつ合理的な取扱いの推進について(通達)」がある。警察庁刑事局捜査第二課長から警視庁刑事部長及び各道府県警察本部長に宛てた課長通達であり,警察庁ウェブサイトに掲載されているのは全文ではなく概要である。
概要に掲げられた指示事項のうち,実務上意味が大きいのは,告訴・告発の要件検討に際して「特別な事情がある場合を除き,最初の相談日から3か月以内に受理又は不受理の判断を行うよう努めること」とされている点である。令和6年3月26日通達の「可能な限り迅速に」という定め方と異なり,日数による目安が示されている。このほか,本部捜査第二課が警察署の取り扱う告訴・告発について相談の有無,受理・不受理の別,捜査の進捗状況等の把握・管理に努めること,告訴専門官を中心とした専門指導体制の充実・強化を図り本部告訴・告発センター等と緊密に連携して警察署における相談段階から内容を把握し不適切な対応がなされていないか確認すること,警察署における告訴・告発相談には刑事課の係長以上の者が対応し,刑事課長が要件充足性を適正に見極め,警察署長指揮の下で受理又は不受理の判断をすることが掲げられている。
もっとも,この通達を援用する際には三つの限定を落とすべきではない。第1に,これは課長通達(丁)であって局長通達(丙)ではない。第2に,対象は捜査第二課が所管する知能犯罪に限られ,暴行・傷害等の粗暴犯や交通事件には及ばない。第3に,警察庁ウェブサイトで公表されているのは概要であり,本文の全文は公表されていないから,概要に掲げられていない部分の内容を前提とすることはできない。
第5 告訴・告発の取扱いに関する法令上の根拠
1 告訴権者,告発及び告訴期間
告訴をすることができるのは,まず犯罪により害を被った者である(刑事訴訟法230条)。被害者の法定代理人は独立して告訴をすることができ,被害者が死亡したときはその配偶者,直系の親族又は兄弟姉妹が告訴をすることができるが,被害者の明示した意思に反することはできない(同法231条)。親告罪について告訴をすることができる者がない場合には,検察官が利害関係人の申立てにより告訴をすることができる者を指定することができる(同法234条)。告発については,何人でも犯罪があると思料するときはこれをすることができ,官吏又は公吏はその職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告発をしなければならない(同法239条)。官吏又は公吏の告発義務は,公益通報者保護法に基づく通報とは別個の制度であり,両者の要件も効果も異なる(公益通報制度については公益通報者保護法と公益通報制度―通報先・証拠保全・令和7年改正を参照されたい)。
親告罪の告訴は,犯人を知った日から6箇月を経過したときはすることができない(刑事訴訟法235条本文)。同条ただし書は,刑法232条2項の規定により外国の代表者が行う告訴及び日本国に派遣された外国の使節に対する刑法230条又は231条の罪につきその使節が行う告訴を除外している。通達第1が確認すべき要件として掲げる「告訴期間」は,主としてこの6箇月の期間を指す。
2 受理義務と管轄
犯罪捜査規範63条1項は,「司法警察員たる警察官は,告訴,告発または自首をする者があつたときは,管轄区域内の事件であるかどうかを問わず,この節に定めるところにより,これを受理しなければならない。」と定める。管轄区域外であることは,受理を拒む理由にならない。同条2項は,司法巡査たる警察官が告訴等をする者があったときは直ちにこれを司法警察員たる警察官に移さなければならないとする。被害の届出についても,同規範61条1項が同様に管轄区域を問わない受理義務を定めている。受理した後に管轄の問題が生じた場合の処理は移送であり,同規範69条1項は,管轄区域外の犯罪であるためその警察において処理することができないとき又は処理することが適当でないと認められるときは関係警察に対して速やかに移送の手続をとらなければならないとし,同条2項は,移送をしたときは速やかに告訴人又は告発人にその移送先を通知しなければならないとする。被害者に関する犯罪捜査規範の条文は被害者に関する犯罪捜査規範の条文にまとめている。
3 口頭による告訴と書面の補充
告訴又は告発は,書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならず,検察官又は司法警察員は口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない(刑事訴訟法241条)。犯罪捜査規範64条1項も,口頭による告訴もしくは告発を受けたときは告訴調書もしくは告発調書を作成しなければならないとする。したがって,告訴状という書面がなければ告訴ができないわけではない。もっとも,口頭による告訴の場合であっても,犯罪事実の特定と処罰意思の確認は必要であるから,事実関係を整理した資料を用意することが実際上は有用である。
書面による告訴又は告発を受けた場合においても,その趣旨が不明であるとき又は本人の意思に適合しないと認められるときは,本人から補充の書面を差し出させ,又はその供述を求めて参考人供述調書(補充調書)を作成しなければならない(犯罪捜査規範65条)。趣旨が不明であることは,補充を求める理由にはなっても,書面を返すことの根拠にはならない建付けである。被害者以外の者から告訴を受ける場合の書面については同規範66条が定めており,被害者の委任による代理人からの告訴では委任状を,被害者以外の告訴権者からの告訴ではその資格を証する書面を,被害者以外の告訴権者の委任による代理人からの告訴では両者を差し出させなければならず,これらは告訴の取消しを受ける場合に準用される。
4 受理後の処理と告訴人への通知
司法警察員は,告訴又は告発を受けたときは,速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない(刑事訴訟法242条)。犯罪捜査規範67条は,告訴又は告発があった事件については特にすみやかに捜査を行うように努めるとともに,ぶ告,中傷を目的とする虚偽又は著しい誇張によるものでないかどうか,当該事件の犯罪事実以外の犯罪がないかどうかに注意しなければならないとする。親告罪については,直ちに捜査を行わなければ証拠の収集その他事後における捜査が著しく困難となるおそれがあると認めるときは,未だ告訴がない場合においても捜査しなければならない(同規範70条前段)。
検察官は,告訴,告発又は請求のあった事件について公訴を提起し,又はこれを提起しない処分をしたときは,速やかにその旨を告訴人,告発人又は請求人に通知しなければならず,公訴を取り消し,又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも同様である(刑事訴訟法260条)。公訴を提起しない処分をした場合において告訴人らの請求があるときは,速やかにその理由を告げなければならない(同法261条)。これらの通知及び告知は,告訴をしたことによって初めて請求できるものであり,被害届の提出にとどまる場合との違いが生じる場面である。
第6 都道府県警察の例規に見る運用
1 公表されている例規
警察庁の通達は都道府県警察に対する指示であり,各都道府県警察は,これを受けて自らの例規(訓令・要綱・要領等)で具体的な取扱いを定めている。例規の公表状況は都道府県によって異なるが,本記事の確認時点で次のものはウェブサイト上で本文又は概要を閲覧することができた。
| 都道府県警察等 | 例規等の名称 | 制定・改正等 | 原典 |
|---|---|---|---|
| 愛知県警察 | 告訴・告発取扱要綱の制定 | 令和7年3月19日刑総発甲第32号制定(令和8年3月27日務警発甲第79号改正) | 愛知県警察例規 |
| 京都府警察 | 告訴,告発事件の取扱要領について(例規) | 昭和50年1月1日実施(令和6年3月8日例規務第3号最終改正) | 京都府警察 |
| 千葉県警察 | 告訴・告発事件取扱規程の運用について | 平成27年1月15日例規(刑)第1号 | 千葉県警察 |
| 富山県警察 | 告訴・告発取扱要綱の制定について(例規通達) | 平成25年5月1日施行 | 富山県警察 |
| 山口県警察 | 告訴・告発事件取扱要領 | 平成25年3月18日山口刑企第144号ほか | 山口県 |
| 岩手県警察 | 告訴・告発事件取扱要領の制定について(概要) | 平成25年6月6日岩刑事第42号ほか | 岩手県警察 |
| 警視庁 | 告訴及び告発の取扱いについて | 平成15年4月1日通達甲(副監.刑.2.資)第15号 | 警視庁 |
これらのうち,令和6年3月26日通達の後に制定されたのは愛知県警察の要綱だけである。同要綱第3は「告訴等をする者……があったときは,管轄区域を問わず,直ちにその内容を聴取し,告訴権又は告発権の有無,告訴期間,犯罪構成要件の充足の有無,処罰意思等の要件を確認する等した上で,可能な限り迅速に受理又は不受理の判断を行い,要件を満たす告訴等は速やかに受理するものとする。」と定めており,通達第1をほぼそのまま受けた文言になっている。京都府警察の例規は令和6年3月8日が最終改正で通達より前であり,その余は平成期の制定であるから,現在の運用が例規の文言どおりであるとは限らない。公表されていない都道府県については,各都道府県の情報公開条例に基づく開示請求により例規を入手することが考えられる。
2 例規に共通して現れる規律
第1に,仮受理や告訴状の預かりを禁ずる規律が複数の例規に置かれている。京都府警察の例規第4の3は「告訴,告発の受理又は不受理の手続きを明確にし,告訴,告発の仮受理,告訴状,告発状の預り保管等は,行わないものとする。」と定める。山口県警察の要領17条1項は,持参された書面による相談・申出のうち受理ができないと判断したもの又は受理の可否の判断が困難なものについては「その書面を預かってはならない」とし,ただし書で受理の可否を判断するために写しを預かる場合を例外としたうえ,同条2項で事後の誤解や紛議を防止するために必要な措置を講じなければならないとする。警視庁の通達第3の4は,相談に際して提出資料を預かる場合には告訴等の受理ではない旨を明確に説明して了解を得るとともに「告訴状等の原本は預からないこと」とし,富山県警察の要綱第4の4(6)も,受理判断に所要の捜査が必要なときは所定の様式により告訴状等の写しの提出を受けることとし,正式受理ではないことを十分説明するよう求めている。
第2に,受理の可否を判断するまでの期間の目安が,警察庁の通達本文にはないにもかかわらず,例規のレベルでは数値化されている例が複数ある。千葉県警察の運用要領第7の3は,直ちに受理又は不受理の判断をすることができない場合であっても警察相談として受理したうえ,「原則として,告訴・告発申出等を行った日から3月以内に受理又は不受理の判断をすること」とし,同第7の6は捜査について「原則として,事件受理日から6月以内に捜査を終結して送致(付)すること」,同第7の7は受理後2年を経過した事件及び公訴時効完成日以前1年となった事件について地方検察庁と処理方法を協議することを定める。富山県警察の要綱第4の4(2)は「原則として最初の相談日から3か月以内に受理の可否を判断すること」とし,山口県警察の要領23条1項は受理した事件を原則として受理日から3月以内に検察官に送付するものとする。愛知県警察の要綱第9の3(4)アは,本部主管課の指導担当者が「初回の対応から2か月を経過しても受理又は不受理の判断がされていないもの」を,その都度,総括責任者に報告すべきものとしている。
第3に,不受理とした場合の記録化と教示に関する規律がある。京都府警察の例規第7は備付簿冊として「告訴,告発措置簿」(別記様式第4号)を置き,告訴,告発を受理しなかったときに,受理しなかった理由,教示した内容等措置の概要を記録するものとし,保存年限を5年としている。愛知県警察の要綱第7の4(1)は,不受理としたとき又は受理若しくは不受理の判断を保留したときは速やかに相談システムに登録して届出の内容及び対応の経過を明らかにし,「特に告訴等を不受理としたときは,その理由を確実に記載すること」とし,同第9の3(3)は,警察署担当課が不受理としたときに本部主管課の指導担当者がその判断が適切か否かを確認して必要な指導を行うものとしている。同要綱第7の2は,受理又は不受理の判断をしたときは速やかに告訴等をする者に対して受理又は不受理を告知することを定める。
第4に,受理を回避してはならない場面を明示する規律がある。警視庁の通達第3の2(2)は,要件の確認について定めたうえで「要件の整った告訴等について,民事事件絡みであることを理由に,受理を回避しないこと」と明記している。京都府警察の例規第4の10は,犯罪が成立しないことが明白で不受理が相当と認められる事案でも,告訴人等の納得が得られず将来紛議が予想される場合等は「受理の上,書類等を送付して処理を明確にすることも考慮するものとする」としており,不受理相当という判断と実際の取扱いとが必ずしも一致しないことを前提とした定めになっている。
第7 通達の限界と,受理されない場合に制度上とり得る対応
1 通達等は受理を求める権利を与えるものではないこと
これまで見てきた通達及び例規は,いずれも警察組織の内部規範であり,これに違反する取扱いがされたからといって,直ちに私人の側に受理を求める請求権が生ずるものではない。この点に関し,最高裁判所第三小法廷平成2年2月20日判決(平成1(オ)825・損害賠償・集民159号161頁)は,犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく,告訴は捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え検察官の職権発動を促すものにすぎないから,被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず法律上保護された利益ではないとして,被害者ないし告訴人は捜査機関による捜査が適正を欠くこと又は検察官の不起訴処分の違法を理由として国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできないと判示した。同判決が引用する最高裁判所大法廷昭和27年12月24日判決(昭和25(オ)131・民集6巻11号1214頁)も,検察官のした不起訴処分に対する民事訴訟ないし行政訴訟の提起は我が国の法制上許されないとしていた。したがって,不受理や不起訴そのものを訴訟で争うことは,これらの判例の枠組みの下では想定されていない。通達及び例規の意義は,警察官が内部規範に従って行動すること,及び上位のライン(警察本部事件主管課,公安委員会)が通達上の管理・指導の役割を負っていることに求められる。被害者側から見た刑事手続上の権利の全体像は刑事手続及び少年審判における被害者の権利を参照されたい。
2 検察官に対する告訴
告訴又は告発は,「書面又は口頭で検察官又は司法警察員に」することができる(刑事訴訟法241条1項)。条文上,警察に対する告訴と検察官に対する告訴は選択的であり,警察において受理されない場合に検察官に告訴をすることは制度上当然に許される。検察官は,いかなる犯罪についても捜査をすることができるから(検察庁法6条1項。検察権の意義及び内容を参照されたい),警察を経由しない告訴が受理されれば,そのまま検察庁において処理されることになる。もっとも,検察官においても要件の審査は行われるから,警察で確認を求められた事項が検察庁では問題にならないというわけではない。犯罪事実の特定と処罰意思の明示という基本的な要件は,いずれに対する告訴でも同じである。
3 都道府県公安委員会に対する苦情の申出
告訴等に関する警察職員の職務執行そのものに不満がある場合には,都道府県公安委員会に対する苦情の申出という経路がある。警察法79条1項は,都道府県警察の職員の職務執行について苦情がある者は,都道府県公安委員会に対し,国家公安委員会規則で定める手続に従い,文書により苦情の申出をすることができるとする。同条3項は,申出があったときは法令又は条例の規定に基づきこれを誠実に処理し,処理の結果を文書により申出者に通知しなければならないと定め,同項各号で,申出が警察の事務の適正な遂行を妨げる目的で行われたと認められるとき,申出者の所在が不明であるとき,共同申出において他の者に処理の結果を通知したときを例外としている。手続の細目は苦情の申出の手続に関する規則が定めており,同規則2条1項は,苦情申出書に,申出者の氏名,住所及び電話番号,住所以外の連絡先への通知を求める場合の当該連絡先,苦情申出の原因たる職務執行の日時及び場所並びに事案の概要,並びに受けた具体的な不利益の内容又は執務の態様に対する不満の内容を記載すべきものとする。同規則3条1項は,申出者が苦情申出書を作成することが困難であると認める場合には,警察職員が口頭による陳述を聴取して苦情申出書を代書するものとしている。この制度の運用状況については都道府県公安委員会に対する苦情申出制度に警察庁作成の資料へのリンクをまとめている。
4 不起訴処分後の手続
告訴が受理され,事件が検察官に送付された後に不起訴処分がされた場合には,別の経路がある。まず,前記のとおり,告訴人は処分の通知を受け(刑事訴訟法260条),請求により不起訴の理由の告知を受けることができる(同法261条)。次に,告訴若しくは告発をした者等は,検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは,その検察官の属する検察庁の所在地を管轄する検察審査会に,その処分の当否の審査の申立てをすることができる(検察審査会法30条本文,2条2項)。ただし,同法30条ただし書は,裁判所法16条4号に規定する事件(刑法77条から79条までの内乱に関する罪に係る訴訟の第一審)並びに私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の規定に違反する罪に係る事件を除外している。
これに対し,付審判請求(準起訴手続)の対象は限定されている。刑事訴訟法262条1項は,刑法193条から196条まで(公務員職権濫用,特別公務員職権濫用,特別公務員暴行陵虐及び特別公務員職権濫用等致死傷)又は破壊活動防止法45条若しくは無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律42条若しくは43条の罪について告訴又は告発をした者に限って,検察官の不起訴処分に不服があるときに事件を裁判所の審判に付することを請求することができるとしており,一般の財産犯や身体犯についてこの手続を用いることはできない。請求は,同法260条の通知を受けた日から7日以内に,請求書を公訴を提起しない処分をした検察官に差し出してしなければならない(同法262条2項)。この期間は短く,通知の受領時点から起算されるから,あらかじめ対象犯罪に当たるかどうかを確認しておく必要がある。
出典・参考資料
法令
- 刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)230条,231条,234条,235条,239条,241条,242条,260条,261条,262条
- 検察審査会法(昭和23年法律第147号)2条,30条
- 検察庁法(昭和22年法律第61号)6条
- 警察法(昭和29年法律第162号)79条
- 犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)61条,63条から67条まで,69条,70条
- 苦情の申出の手続に関する規則(平成13年国家公安委員会規則第11号)1条から3条まで
- 刑法(明治40年法律第45号)193条から196条まで,裁判所法(昭和22年法律第59号)16条
- 破壊活動防止法(昭和27年法律第240号)45条,無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(平成11年法律第147号)42条・43条
裁判例
- 最高裁判所第三小法廷平成2年2月20日判決(平成1(オ)825・損害賠償・集民159号161頁)
- 最高裁判所大法廷昭和27年12月24日判決(昭和25(オ)131・不当処分取消並びに憲法擁護尊重義務履行等請求・民集6巻11号1214頁)
公文書(警察庁通達)
- 警察庁「告訴・告発への適切な対応及び指導・管理の徹底について(通達)」(令和6年3月26日付け警察庁丙刑企発第39号,丙生企発第141号,丙交企発第35号,丙備企発第45号,丙サ企発第24号)
- 警察庁「迅速・確実な被害の届出の受理等について(通達)」(令和6年3月22日付け警察庁丙刑企発第35号)
- 警察庁「知能犯罪に関する告訴・告発の適正かつ合理的な取扱いの推進について(通達)」(令和6年1月5日付け警察庁丁捜二発第2号。ウェブサイト掲載分は概要)
- 警察庁「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化について」(平成31年3月27日付け警察庁丙刑企発第41号ほか。令和6年通達により廃止)
- 警察庁「告訴・告発の受理体制及び指導・管理の強化に係る具体的留意事項について」(平成31年3月27日付け警察庁丁刑企発第44号ほか。令和6年通達により廃止)
- 警察庁「刑事局関係の通達一覧」
公文書(都道府県警察の例規)
- 愛知県警察「告訴・告発取扱要綱の制定」(令和7年3月19日刑総発甲第32号。令和8年3月27日務警発甲第79号改正)
- 京都府警察「告訴,告発事件の取扱要領について(例規)」(令和6年3月8日例規務第3号最終改正)
- 千葉県警察「告訴・告発事件取扱規程の運用について」(平成27年1月15日例規(刑)第1号)
- 富山県警察「告訴・告発取扱要綱の制定について(例規通達)」(平成25年5月1日施行)
- 山口県警察「告訴・告発事件取扱要領」(平成25年3月18日山口刑企第144号ほか)
- 岩手県警察「告訴・告発事件取扱要領の制定について」(平成25年6月6日岩刑事第42号ほか。ウェブサイト掲載分は概要)
- 警視庁「告訴及び告発の取扱いについて」(平成15年4月1日通達甲(副監.刑.2.資)第15号)