第1 最高裁判所調査官とは
1 法的根拠と役割
裁判所法57条1項は,最高裁判所,各高等裁判所及び各地方裁判所に裁判所調査官を置くと定めている。
同条2項によれば,裁判所調査官は裁判官の命を受け,事件の審理及び裁判に関して必要な調査その他の法律で定める事務を担当する。
ただし,地方裁判所の裁判所調査官が同項に基づいて調査する事件は,知的財産又は租税に関する事件に限られる。
最高裁判所調査官は,上告事件その他の最高裁判所の事件について,記録,先例,学説等を調査し,裁判官の審理及び判断を補助する裁判所調査官である。
最高裁判所調査官は裁判体の構成員ではなく,判決又は決定をする権限は最高裁判所の裁判官にある。
2 裁判官とは別の官職であること
裁判所法上,裁判所調査官と裁判官は別の官職である。
他方,裁判所法附則は,最高裁判所が当分の間,特に必要があるときは,裁判官を裁判所調査官に充てることができると定めている。
したがって,「裁判所調査官は法律上当然に裁判官である」という説明は正確ではない。
実務上は裁判官を最高裁判所調査官に充てる運用が行われてきたが,これは附則に基づく運用であり,裁判所調査官という官職自体が裁判官であることを意味しない。
3 家庭裁判所調査官との違い
最高裁判所調査官と家庭裁判所調査官は,名称に「調査官」を含むものの,法的根拠と専門領域が異なる。
裁判所法61条の2に基づく家庭裁判所調査官は,家事事件及び少年事件等において,人間関係諸科学の知識及び技法を用いて調査や働き掛けを行う。
これに対し,最高裁判所調査官の中心的な役割は,最高裁判所の事件について法律上の問題を調査し,裁判官の判断を補助することにある。
家庭裁判所調査官の職務は,裁判所HPの「家庭裁判所調査官」で確認できる。
第2 裁判官を最高裁判所調査官に充てる仕組み
1 昭和24年の法改正
昭和22年に制定された裁判所法は裁判所調査官の官職を設けたが,裁判官を裁判所調査官に充てる現在の法的仕組みは,昭和24年法律第177号による附則改正で設けられた。
第5回国会参議院司法委員会第10号の議事録では,政府委員が,裁判官の身分及び待遇を維持したまま,裁判所調査官等の職務に従事させる必要がある旨を説明している。
同議事録では,「充てる」とは,裁判官又は検察官の官職を保ったまま特定の職務に従事させる趣旨であり,二つの官職を兼ねることとは異なるとの説明もされている。
2 任用基準と発令実例を区別する必要性
歴代の発令では,東京高等裁判所又は東京地方裁判所の裁判官を最高裁判所調査官に充てた例が多数みられる。
もっとも,裁判所法は,これら二つの裁判所の裁判官から選ばなければならないとは定めていない。
個々の配置を確認するときは,最高裁判所各調査官室の裁判所調査官の配置や裁判所時報等の発令資料に基づき,基準日を明示する必要がある。
第3 調査官室の組織と事件の配てん
1 調査官室の構成
令和7年4月1日現在の公表資料では,首席調査官のほか,民事第一調査官室,民事第二調査官室,民事第三調査官室,行政調査官室,刑事第一調査官室及び刑事第二調査官室が置かれている。
民事,行政及び刑事という担当分野並びに各室の数は時期によって変わり得るため,過去の書籍に記載された室数や人員数を現在の事実として用いることはできない。
2 首席調査官,上席調査官及び一般の調査官
首席調査官は,各調査官室の事務を統括し,事件の配てん,調査事務の調整その他の全体的な運営を担う。
上席調査官は,担当分野において他の調査官への助言,相談,事務の整理及び連絡調整を主に行う。
情報公開・個人情報保護審査委員会の令和7年度(最情)答申第6号によれば,上席調査官にも事件が配てんされることがある。
ただし,上席調査官への配てんは一般の調査官に対する配てんと異なり,機械的に行われるものではない。
過去の経験談にみられる「民事上席調査官や行政上席調査官には事件が配てんされない」との説明を,現在の一律の運用として記載することはできない。
3 事件の配てんと共同担当
担当事件は調査官室の分野,事件の性質,関連事件の有無その他の事情を踏まえて配てんされる。
必要がある事件では,共同調査官を指定して複数の調査官が調査を担当することもある。
したがって,担当調査官一人が最高裁判所裁判官一人の専属補佐官となる制度ではない。
第4 事件の調査,調査報告書及び審議
1 調査から判断までの流れ
公刊された最高裁判所経験者の説明を総合すると,一般的な流れは次のように整理できる。
- ① 事件の配てん
- ② 事件記録,先例,学説その他の資料の調査
- ③ 必要に応じた調査報告書の作成
- ④ 裁判官による事件記録及び調査結果の検討
- ⑤ 必要に応じた担当調査官の審議への立会い及び説明
- ⑥ 裁判体による判断
もっとも,事件の内容及び処理方針によって調査の範囲や報告方法は異なり,全ての事件で同一の手順又は同一の書式が用いられるとまではいえない。
2 調査報告書の内容
調査報告書には,事案,原審の判断,上告理由又は申立理由,先例及び学説の調査,論点の検討並びに処理に関する意見等が記載されることがある。
ただし,調査報告書の統一された様式及び記載順序が法令で定められているわけではない。
書籍や経験談に示された報告書の構成は,当該執筆者が経験した時期及び事件に関する説明として読む必要がある。
3 調査報告書は公開されるか
情報公開・個人情報保護審査委員会の令和6年度(最情)答申第6号は,調査官報告書又はその原案が存在する場合,これらは個別裁判事件における裁判官の判断過程を構成する文書であると説明している。
同答申によれば,これらの文書は司法行政文書の開示手続の対象ではなく,訴訟当事者が共通して利用する事件記録にも当たらない。
したがって,当事者が通常の事件記録の閲覧手続によって調査報告書を確認できるとはいえない。
4 審議への「陪席」ではなく立会いであること
担当調査官は,必要に応じて担当事件の審議に立ち会い,裁判官から求められた事項を説明することがある。
しかし,調査官は裁判体の構成員ではないため,この関与を裁判官と同じ意味での「陪席」と表現するのは適切でない。
審議への立会い及び説明は,事件の調査及び報告に付随する実務上の関与として理解すべきである。
第5 最高裁判所判例解説
1 判例解説の執筆は公務ではない
最高裁判所判例解説は,最高裁判例の事案,争点,先例,学説及び判決の射程を調べる上で重要な資料である。
もっとも,情報公開・個人情報保護審査委員会の令和元年度(最情)答申第36号に記載された最高裁判所事務総長の説明によれば,各最高裁判所調査官は個人として判例解説を執筆し,投稿している。
判例解説の執筆は最高裁判所調査官の公務ではなく,判例解説に示された法的評価は執筆者個人の見解である。
したがって,判例解説を調査官室又は判決をした裁判体の公式見解として引用することはできない。
2 調査報告書と判例解説の違い
| 項目 | 調査報告書 | 最高裁判所判例解説 |
|---|---|---|
| 作成時期 | 裁判前の調査過程 | 判決又は決定の後 |
| 位置付け | 裁判官の判断を補助する内部資料 | 担当調査官による個人の執筆物 |
| 公開 | 通常は公開されない | 刊行物等で公表される |
| 読み方 | 当事者が内容を確認できる資料ではない | 有力な解説であるが裁判体の公式見解ではない |
調査報告書と判例解説は,作成者が同じ担当調査官である場合があっても,作成時期,目的及び公的な位置付けが異なる。
最高裁判所判例解説の調べ方及び掲載媒体については,最高裁判所判例解説を参照されたい。
第6 東京高等裁判所の裁判官会議との関係
1 公表されている取扱い
裁判所法20条2項は,高等裁判所の裁判官会議はその高等裁判所の全員の裁判官で組織すると定めている。
他方,情報公開・個人情報保護審査委員会の令和3年度(情)答申第8号によれば,最高裁判所調査官に充てられた東京高等裁判所判事は,東京高等裁判所の裁判官会議の構成員として取り扱われていない。
同答申は,この取扱いの理由又は経緯を記載した文書を作成又は取得していないとしている。
また,最高裁判所調査官に充てられた裁判官は東京高等裁判所で裁判事務を担当することが予定されていないため,このような取扱いが可能であると考えられる旨を説明している。
2 取扱いの事実と法的評価
前記答申から直接確認できるのは,裁判官会議の構成員として取り扱っていないという事実及び最高裁判所が示した説明である。
理由を記載した文書が存在しない以上,この答申だけから,取扱いが裁判所法20条2項との関係で適法又は違法であると断定することはできない。
この論点とは関係のない医療又は会社法の裁判例を類推の材料として用いるよりも,公表された取扱いの事実とその法的評価を分けて検討する方が正確である。
第7 「調査官裁判」という批判と制度上の責任
1 「調査官裁判」は法令上の用語ではない
最高裁判所が多数の事件を処理する際に調査官の調査及び報告が重要な役割を果たすことから,調査官の影響力を問題視して「調査官裁判」と呼ぶ批判がある。
この呼称は制度の法的な名称ではなく,最高裁判所の審理構造に対する評価を含む表現である。
調査官による情報の選択,論点の設定及び調査報告が審議の出発点となり得る以上,その影響を検討する意義はある。
他方,制度上,事件を審理して判決又は決定をする責任は最高裁判所の裁判官にあり,調査官報告書それ自体が裁判となるわけではない。
調査官の実務上の影響力に関する評価と,裁判官が判断権限及び責任を負うという制度上の整理は区別する必要がある。
2 人事評価と経歴上の位置付け
裁判官の人事評価制度に関する最高裁判所の資料によれば,最高裁判所調査官の評価権者は最高裁判所首席調査官である。
最高裁判所調査官を経験した裁判官が後に裁判所の要職に就く例はあるが,特定の役職への昇進が法令又は公表された任用基準によって保障されているわけではない。
経歴上の傾向を論じるときは,対象期間,母集団及び集計方法を示し,個別の発令記録に基づいて検証する必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令,国会会議録及び裁判所資料
- ① e-Gov法令検索「裁判所法」
- ② 昭和24年法律第177号
- ③ 第5回国会参議院司法委員会第10号,昭和24年5月9日
- ④ 情報公開・個人情報保護審査委員会令和元年度(最情)答申第36号
- ⑤ 情報公開・個人情報保護審査委員会令和3年度(情)答申第8号
- ⑥ 情報公開・個人情報保護審査委員会令和6年度(最情)答申第6号
- ⑦ 情報公開・個人情報保護審査委員会令和7年度(最情)答申第6号
- ⑧ 令和7年4月1日現在の最高裁判所各調査官室の裁判所調査官の配置
- ⑨ 裁判官の新しい人事評価制度の概要について
- ⑩ 裁判所HP「家庭裁判所調査官」
2 書籍及び論文
- ① 最高裁判所事務総局編『裁判所百年史』大蔵省印刷局,平成2年,209頁~210頁
- ② 山田隆司「最高裁判所調査官制度の内容―オーラル・ヒストリーを手がかりに」法学セミナー748号,日本評論社,平成29年,53頁~64頁
- ③ 立命館大学図書館「最高裁判所判例解説」,令和8年3月