第1 所得税法64条2項の役割
個人が会社その他の主債務者の保証人となり、保証債務を履行するために土地・建物等を譲渡しても、資産の値上がり益には原則として譲渡所得課税が生じる。もっとも、保証人が履行によって取得する求償権を回収できなければ、譲渡代金を実質的に享受していない部分が生じる。
所得税法64条2項は、保証債務を履行するために資産を譲渡し、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使できないこととなった場合に、その行使不能額に対応する部分を譲渡所得等の計算上なかったものとみなす特例である。保証債務を負担したこと自体や、主債務者が経営不振であることだけで適用される制度ではない。
第2 適用要件を四段階に分ける
実務では、少なくとも次の四段階を分けて確認する。
①民法上の保証・連帯保証又は物上保証等、履行により主債務者に対する求償権が生じる関係があること
②棚卸資産等を除く資産を譲渡したこと
③その譲渡が保証債務を履行するためのものであること
④履行に伴う求償権の全部又は一部を行使できないこととなったこと
国税庁の確定申告案内は、主債務者が既に弁済不能の状態にあるときに保証したものでないこと、保証債務履行のために資産を売却したこと、肩代りした金額の全部又は一部を将来も回収できないことを確認事項として示している。ただし、個別事件では条文、通達、保証締結時の事情及び裁判例を併せて検討する必要がある。
第3 資産譲渡と保証債務履行のつながり
売却代金を保証債務の弁済に直接充てた場合は、資金の流れを説明しやすい。売買契約書、決済明細、預金通帳、送金記録、代位弁済証書及び債権者の受領書を時系列で対応させる。
他方、手持預金で保証債務を履行した後に資産を譲渡して預金を補充しただけでは、国税庁の質疑事例は、その資産譲渡を保証債務履行のための譲渡とは扱わない。借入金で履行し、その借入金を返済するために資産を譲渡した場合とは区別される。資産譲渡、つなぎ融資、保証履行及び借入金返済の時期と金額を一つの資金繰表にする必要がある。
譲渡代金の一部だけを保証債務履行に充てた場合も、直ちに資産譲渡全体が特例対象又は対象外になるとは限らない。どの代金がどの債務に充てられたかを区分し、後述の上限計算につなげる。
第4 求償権が行使不能か
求償権の行使不能は、主債務者が破産又は解散した場合だけに限られない。国税庁の通知は、債務超過が相当期間継続し、支払能力がなく、他の債権者との関係からみても求償権の回収見込みがない場合など、客観的な事実に基づいて判定する考え方を示している。法人が事業を継続し、再建計画の一環として代表者が求償権を放棄する場合にも適用余地がある。
単に請求しなかった、主債務者との関係を悪化させたくなかった、又は任意に債権放棄したというだけでは足りない。決算書、資金繰表、債権者一覧、担保状況、滞納税額、再生・私的整理の資料、取締役会議事録、他の債権者の回収状況及び将来収益の見通しを保存する。
第5 会社役員・代表者保証で争点になること
会社の取締役又は代表者が自社債務を保証した事案では、保証締結時に会社の弁済不能又は求償不能をどこまで予見していたかが争われることがある。保証人が通常期待する求償可能性を欠いたまま保証を引き受けたのであれば、本特例による救済を認めるべきでないという考え方がある。
他方、会社の資金繰りが厳しいことを役員が知っていたというだけで、直ちに将来の求償不能を予見していたとは限らない。借換えに伴う保証契約の更新、経営改善計画、融資継続の見込み、担保余力及び保証時点を具体的に確定する必要がある。さいたま地裁平成16年4月14日判決は、保証債務履行を余儀なくされ、主債務が期限到来又は履行遅滞となっていることを独立の要件として加える課税庁の主張を排斥したと紹介されている。
したがって、役員保証だから一律に適用される、又は一律に適用されないとはいえない。保証締結又は更新時、資産譲渡時、保証履行時及び求償不能判定時の四つの時点を分け、各時点の客観資料で説明する。
第6 所得がなかったものとされる金額
所得がなかったものとみなされる金額は、無制限ではない。国税庁の案内では、①求償権のうち行使不能となった金額、②その年分の総所得金額等の合計額、③対象資産の譲渡益の額のうち、最も低い金額を基礎に計算する。
複数資産を譲渡した場合、保証債務履行に充てた金額が譲渡代金の合計を下回る場合、長期・短期譲渡所得が混在する場合又は一部回収がある場合は、計算明細書に沿った配分が必要になる。所得がなかったものとされるのは、譲渡収入の全額ではなく、法定の上限内で求償不能額に対応する部分である。
第7 申告時に保存・提出する資料
国税庁の案内は、特例の適用を記載した確定申告書に、保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算明細書、保証債務の事実を示す書類及び求償権が行使不能であることを示す書類を添付するよう求めている。
実務上は、保証契約書、金銭消費貸借契約書、抵当権設定契約書、催告書、代位弁済証書、売買契約書、決済・送金資料、主債務者の財務資料、再建又は廃業の計画、求償権放棄書、債権者との合意及び税理士への説明資料を、一つの時系列に整理する。後から作成した説明書だけでなく、各時点で存在した資料を残すことが重要である。
第8 一次資料と確認範囲
本稿は、所得税法64条2項、所得税法施行令180条、所得税基本通達及び国税庁の通知・質疑事例並びに国税不服審判所の公表裁決を中心に作成した。裁判例については国税庁研究資料、国立国会図書館の書誌情報等でも確認したが、関連裁判例の網羅検索又は判例秘書による全文確認は行っていない。個別の申告では、申告年分の様式・法令・通達と事実関係を改めて確認する必要がある。