第1 最初の24時間で行うこと
地下水又は土壌の汚染が判明したときは,法的責任の議論より先に,拡散防止,人の健康への影響の確認及び証拠保全を同時に進める必要がある。
漏えい源の停止,排水・浸透経路の遮断,立入範囲の制限,飲用井戸その他の利用状況の確認並びに行政窓口への連絡担当者を決める。
最初の採水・採土は,後の原因分析と責任分担を左右する。採取地点,深度,日時,天候,採取者,容器,保存温度,運搬,分析機関,分析方法及び試料の残量を記録する。
汚染物質によって適切な容器と保存方法が異なるため,弁護士だけで採取方法を決めず,指定調査機関又は分析機関と協議する。
第2 水質汚濁防止法上の対応
水質汚濁防止法は,公共用水域への排出と地下への浸透を分けて規制する。有害物質使用特定施設から地下に浸透する水については,法12条の3が,有害物質を含む特定地下浸透水を環境省令の要件に適合しない状態で浸透させることを禁止する。
法12条の4の構造・設備・使用方法に関する基準は,有害物質使用特定施設の設置者のうち,当該特定事業場から特定地下浸透水を浸透させる者を除いた者と,有害物質貯蔵指定施設の設置者に適用される。
法14条5項の定期点検,結果の記録及び保存も,この除外を踏まえて対象者を確認する。
特定地下浸透水を浸透させる場合には,法12条の3の浸透禁止と法14条1項の測定・記録・保存を別に検討する。
床面,配管,排水溝,地下貯槽,受皿,目視可能性,漏えい検知及び点検頻度を,施設区分と経過措置に照らして確認する。
法14条の2は,施設の破損その他の事故により,有害物質を含む水等が公共用水域へ排出され,又は地下へ浸透し,人の健康又は生活環境に係る被害を生ずるおそれがあるときに,直ちに応急措置を講じ,速やかに事故状況と措置概要を都道府県知事へ届け出ることを定める。構造基準・点検義務を平時の未然防止,事故時措置を発生後の拡散防止として区別する。
さらに法14条の3は,特定事業場から有害物質を含む水が地下へ浸透したことにより,現に人の健康に係る被害が生じ,又は生ずるおそれがあると認められる場合に,環境省令の要件の下で,特定施設の設置者等に地下水浄化その他必要な措置を命ずる制度を置く。施設を廃止した後又は承継があった場合も名宛人を条文に沿って確認する。
法的効果も同じではない。12条の3の浸透禁止違反には改善命令を待たない罰則が置かれ,改善命令・地下水浄化措置命令への違反及び点検記録の未作成・虚偽記録・不保存にも別の罰則が置かれている。届出の要否だけでなく,禁止規定,施設基準,点検記録,事故時措置及び浄化命令を個別に点検する。
法定届出に該当するか未確定でも,拡散防止を遅らせてよいわけではない。行政への第一報では,確定事実,推定,未確認事項及び次回報告予定を区別し,後から数値又は範囲が変わった理由を追跡できるようにする。
第3 土壌汚染対策法上の調査・区域指定・措置
土壌汚染対策法は,特定有害物質による土壌汚染の状況把握と,人の健康被害の防止措置を目的とする。
有害物質使用特定施設の廃止,3,000平方メートル以上の土地の形質変更等,人の健康被害のおそれがある土地についての命令その他の契機ごとに,調査義務の要件が異なる。
3,000平方メートル以上(現に有害物質使用特定施設が設置されている工場・事業場の敷地等では900平方メートル以上)の土地の形質の変更をしようとする者は,着手の30日前までに都道府県知事に届け出なければならない(法4条1項,同法施行規則22条)。
知事は,その土地が汚染されているおそれがある基準(同規則26条)に該当すると認めるときは,土地所有者等に対し,指定調査機関による土壌汚染状況調査とその結果の報告を命ずることができる。届出の際に,土地所有者等の全員の同意を得て,自ら調査させた結果を併せて提出することもできる(法4条2項・3項)。
環境省の施行通知は,土地の形質の変更が汚染土壌の飛散,帯水層への接触による地下水汚染及び掘削土の運搬等による汚染の拡散のリスクを伴うことから,一定規模以上の形質の変更を調査の機会としているとする。建設工事の工程には,届出と調査の期間を組み込む必要がある。
指定調査機関による土壌汚染状況調査の結果,基準不適合であり,かつ健康被害が生ずるおそれがある区域は要措置区域となり得る。
基準不適合であっても健康被害のおそれがない区域は,形質変更時要届出区域として管理されることがある。したがって,「基準超過」と「直ちに掘削除去が必要」は同義ではない。
健康被害が生ずるおそれの有無は,地下水を経由する摂取については周辺に飲用井戸等の取水口があるか(同法施行令5条1号イ,同法施行規則30条),土壌の直接摂取については土壌含有量基準に適合せず人が立ち入ることができる土地か(同令5条1号ロ)で判断される。
区域の指定は台帳に記載され,閲覧に供される(法15条)。
区域指定,汚染除去等計画,土地の形質変更及び汚染土壌の搬出・処理は別の手続である。
事業継続,建築計画,売却時期及び周辺住民への影響を踏まえ,封じ込め,地下水管理,掘削除去その他の措置から,法令上必要で実行可能な方法を選ぶ。
要措置区域内では,汚染除去等計画に基づく実施措置等を除き,土地の形質の変更が禁止される(法9条)。
形質変更時要届出区域では形質の変更は禁止されないが,着手の14日前までの届出が必要であり(法12条1項),施行方法が基準(同法施行規則53条)に適合しないときは,届出から14日以内に計画の変更を命じられることがある(法12条5項)。
どちらの区域でも,掘削した土壌を区域外へ搬出するときは,搬出の14日前までの届出(法16条1項),運搬基準の遵守(法17条),汚染土壌処理業者への処理の委託(法18条1項)及び管理票の交付(法20条1項)が必要となる。
汚染が専ら自然に由来し一定の要件を満たす区域の土壌を,同様の区域内の形質の変更に使うために搬出する場合は,処理の委託を要しない(法18条1項2号)。
要措置区域で知事が示す措置(指示措置)は土地の区分ごとに定められており,例えば,土壌溶出量基準に適合せず地下水汚染が生じていない土地では地下水の水質の測定である(同法施行規則36条1項・別表第六)。
掘削除去を含む土壌汚染の除去は,指示措置と同等以上の効果を有する措置の一つとして選ぶことができるにとどまり,環境省の施行通知(平成31年3月1日環水大土発第1903015号)も,掘削除去は汚染の拡散のリスクを防止する観点からできる限り抑制的に取り扱うこととしている。
第4 行政法上の責任者と最終的な費用負担は同じとは限らない
土壌汚染対策法上の調査又は措置は,まず現在の土地所有者等に求められる場面がある。
要措置区域に指定されると,都道府県知事は,土地所有者等に対し,汚染除去等計画を作成して提出すべきことを指示する(法7条1項本文)。
他方,汚染原因者が明らかであり,その者に措置を講じさせることが相当で,土地所有者等に異議がない場合は,汚染原因者に対して同じ指示がされる(同項ただし書)。
指示を受けた者が計画を提出しないとき,又は計画に従って実施措置を講じないときに,はじめて提出の命令又は実施措置の命令がされる(同条2項・8項)。
法7条1項本文の指示を受けた土地所有者等が実施措置を講じた場合において,汚染が土地所有者等以外の者の行為によるものであるときは,法8条1項により,その行為をした者(汚染原因者)に対し,指示措置に係る汚染除去等計画の作成・変更及び指示措置に要する費用の額を限度として,実施措置等に要した費用を請求できる。
この請求権は,実施措置を講じ,かつ,汚染原因者を知った時から3年間行使しないとき,又は実施措置を講じた時から20年を経過したときは,時効によって消滅する(同条2項)。
指示を受けずに自主的に行った調査・浄化の費用は同条の対象ではないため,契約,不法行為その他の民事上の根拠を別に検討する。
また,汚染原因者が既に指示措置等の費用を負担し,又は負担したものとみなされるときは同条の請求はできず(同条1項ただし書),売買価格で調整済みの場合,民事請求により填補済みの場合又は所有者負担の明示的合意がある場合等も,重ねて請求できないことがある。行政上の名宛人だけを見て最終負担者を決めてはならない。
指示をしようとする場合に,過失がなくて指示を受けるべき者を確知することができず,かつ,汚染を放置することが著しく公益に反すると認められるときは,都道府県知事は,あらかじめ公告した上で,「その者の負担において」自ら汚染の除去等の措置を講ずることができる(法7条10項)。
所有権の帰属が争われている土地等では,知事によるこの措置と,その後の費用負担・求償の関係も確認する。
第5 売買・賃貸借・不法行為の検討
土地売買では,土壌・地下水の状態が契約で予定された品質に適合するかを確認する。
契約不適合であれば,民法562条以下の追完,代金減額,損害賠償又は解除が問題となるが,用途,開示資料,調査条項,表明保証,免責,価格調整及び買主の認識を契約ごとに検討する。
賃貸借では,貸主・借主の使用態様,修繕義務,原状回復,操業停止損害及び第三者への対応を分ける。
汚染原因者に故意又は過失があり,他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した場合は,民法709条の不法行為責任も問題となる。
民事請求では,法令基準を超えたという事実だけで,過失,因果関係及び損害額が当然に立証されるわけではない。
汚染の発生時期,原因施設,移流経路,背景濃度,過去の土地利用,他の汚染源,必要措置及び合理的費用を個別に立証する。
所有者が自主的に行った掘削除去の費用を汚染原因者に損害として請求する場合でも,その全額が当然に相当因果関係のある損害と認められるとは限らない。
土壌汚染対策法は健康被害の防止に必要な限度で措置を求め,法8条1項の請求も指示措置に要する費用の額を限度としているから,区域の種類,地下水の利用状況及び土地の用途から見た健康被害のおそれの程度や,他の対策方法の費用と比べたかどうかが争点になり得る。
土地の価格の低下は,対策費用とは別の損害として主張できるかを検討する。
この点は,令和7年度司法試験環境法第1問の小問⑸でも問われた。
他方,排水基準が設定されていないこと又は基準内であることだけで,民法709条上の注意義務が当然に否定されるわけでもない。
事故当時の知見,物質の性質,周辺の飲用・取水利用,合理的な調査で把握できた危険及び実行可能だった流出防止策を確認する。
別の物質との反応を介して被害が生じた場合も,反応条件,因果経過及び予見の可能性を具体的に説明する。
請求者自身が支出した合理的に必要な応急対応費用は,因果関係と金額を資料に対応させて検討する。
河川への流出と断水の対応は,未規制の排水物質による断水事故を参照されたい。
第6 水質汚濁防止法19条以下の無過失損害賠償責任
水質汚濁防止法19条は,工場又は事業場における事業活動に伴う有害物質の汚水・廃液の排出又は地下浸透により,人の生命又は身体を害したとき,事業者に損害賠償責任を負わせ,故意又は過失がなかったことだけでは免責しない。民法709条とは別に,対象物質,排出・地下浸透,生命・身体損害及び因果関係を検討する。
対象は「人の生命又は身体」を害した損害であり,土地価値の低下,浄化費用,営業損失又は漁業損害が当然に19条の対象となるわけではない。これらは契約,不法行為,物権的請求,土壌汚染対策法8条その他の根拠を別途検討する。
損害が二以上の事業者の有害物質を含む汚水又は廃液の排出又は地下浸透により生じ,民法719条1項(共同不法行為)が適用される場合でも,損害の発生の原因となった程度が著しく小さいと認められる事業者については,裁判所は,同法20条によりその者の賠償額を定めるについてその事情をしんしゃくすることができる。複数汚染源が疑われる事案では,各施設,操業期間,物質,濃度,地下水流向及び寄与割合を調査し,「原因者が複数だから責任なし」と短絡しない。
天災その他の不可抗力が競合したときは,同法20条の2により,裁判所は損害賠償の責任及び額を定めるに当たりその事情をしんしゃくすることができる。免責が当然に成立する規定ではない。消滅時効は,同法20条の3が,損害及び賠償義務者を知った時から5年,損害発生時から20年と定める。人の健康に係る継続的・潜伏的損害では,損害発生時・認識時を医学資料と時系列で確認する。
同法20条の5により,従業員が業務上被った損害には19条から20条の4までが適用されない。労災保険,安全配慮義務,不法行為その他の根拠を検討する。また,19条以下は損害賠償の特則であって,汚染行為の差止め又は除去を直接命ずる規定ではないため,差止め・仮処分・行政措置の根拠を分ける。
第7 証拠保全と原因分析
原因分析では,平面方向だけでなく,深度,地層,地下水流向,降雨,揚水及び施設配置を時系列で重ねる。
敷地境界の一地点で高濃度が出たことだけから,その土地の事業者が原因者であると即断してはならない。
保存すべき資料は,①施設図・配管図,②有害物質の購入・使用・廃棄記録,③設備点検・漏えい記録,④操業変更,⑤過去の航空写真・地図,⑥土地売買・賃貸借契約,⑦従前所有者・占有者,⑧行政届出,⑨採取記録・試験成績書,⑩分析生データ,⑪写真・動画,⑫見積書及び⑬周辺井戸の利用状況である。
試料の一部は,再分析又は相手方との共同鑑定に備えて保存する。
ただし,揮発性有機化合物その他の対象物質では保存可能期間や条件に限界があるため,環境省ガイドラインと分析機関の品質管理手順に従う。
第8 対応記録の作り方
対応記録は,「日時」「確認者」「事実」「根拠資料」「法的評価」「未確認事項」「次の措置」「期限」「対外説明」を分ける。
行政,住民,取引先,保険会社及び訴訟の各場面で説明が食い違わないよう,測定値の単位,定量下限,基準名及び採取地点を統一する。
対外公表では,健康影響又は原因を確定していない段階で断定しない一方,法定届出や緊急の安全情報を遅らせない。
技術担当者,経営者,広報担当者及び弁護士の役割を決め,行政への提出物と社内の法的検討メモを混同しないことが重要である。
第9 一次資料と確認状況
本稿は,水質汚濁防止法,土壌汚染対策法及び民法の現行条文並びに環境省の土壌汚染対策法ガイドライン等を一次資料として作成した。
個別事件の責任判断に用いる裁判例本文は今回確認しておらず,判例秘書も利用していない。そのため,判例法理を一般化せず,法令と行政資料で確認できる範囲を記載した。
第4の土壌汚染対策法7条・8条及び第6の水質汚濁防止法20条・20条の2の記載は,令和8年9月25日に現行条文で確認して改めた。
第3・第5の土壌汚染対策法の記載は,令和8年10月10日に現行条文(令和8年7月1日施行版)と環境省の施行通知で確認して加えた。
令和8年10月14日の補充では,水質汚濁防止法12条の4・14条1項及び5項と民法709条の現行本文を確認した。
未規制物質の注意義務と応急対応費用についての確認手順は,条文と令和4年司法試験環境法第2問の公式資料をもとにした実務上の提案であり,個別事故の判決を引用したものではない。
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