最高裁判所の情報公開答申で用いられる「不存在」は,申出対象の文書が一度も作成されなかったことだけを意味する表示ではない。
原答申を読むと,未作成・未取得,申出時の非保有,作成後の廃棄,一部の文書を特定した上での残部非保有という異なる経過が含まれている。
第1 この記事の対象と結論
1 対象と調査の基準日
本記事は,最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会が公表した,最高裁判所の司法行政文書の開示に関する答申の読み方を説明するものである。
原答申の代表例は平成27年度から平成30年度までの答申から選び,現行制度とリンク先は令和8年9月9日を基準に確認した。
2 最初に確認すべき結論
答申の件名に「不存在」又は「不存在等」とあっても,その表示だけから,対象情報が一度も文書化されなかったとは判断できない。
申出文書の定義,原判断の理由,探索の対象と方法,作成後の廃棄の有無,別の文書を特定又は開示しているかを原答申本文で確認する必要がある。
3 答申の制度上の位置付け
最高裁判所の司法行政文書開示手続は,行政機関情報公開法ではなく,最高裁判所の取扱要綱に基づく制度である。
開示申出を受けた裁判所は文書を探索し,全部開示,全部不開示又は一部不開示の判断を通知する。
最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会は,平成27年7月1日に設置された外部有識者3人による諮問機関である。
不開示等の判断に対する苦情が申し出られた場合,最高裁判所は同委員会に諮問し,答申を尊重して苦情申出への判断を行うため,答申は判決又は決定とは異なる。
第2 「不存在」に含まれる四つの経過
1 対象文書を作成又は取得していない場合
第1は,申出で特定された種類の文書を作成又は取得していないと説明された場合である。
平成27年度(最情)答申第7号は,視察基本日程案の作成に用いる事務処理要領等について,視察ごとに個別に検討しており,そのような文書を作成又は取得していないとした原判断を妥当とした。
2 探索しても申出時に保有していない場合
第2は,申出を受けて関係するファイルや部署を探索したものの,対象文書が見当たらず,申出時に保有していないと判断された場合である。
平成29年度(最情)答申第47号では,昭和46年4月の司法修習生罷免に係る裁判官会議議事録について,関係ファイルと部署の探索に加え,委員会も昭和44年から昭和48年までのファイルを見分したが,該当議事録は確認されなかった。
この類型で答申が直接示すのは,確認された探索の範囲で申出時の保有が認められないということである。
それだけで,過去の全時点における文書の不存在まで証明されたことにはならない。
3 作成後に廃棄され,申出時には保有していない場合
第3は,関係する文書が過去に作成されたことはうかがえるが,申出時までに廃棄されていた場合である。
平成30年度(最情)答申第40号は,記録謄写業務に公募制を採用した経緯が分かる文書について,平成22年より前の通達改正記録は廃棄され,保有する記録等を探索しても対象文書が見当たらなかったとの説明を踏まえた。
この場合の「不存在」は,当初から文書が作成されなかったことではなく,開示申出の時点で対象文書を保有していないことを示す。
作成の有無と現在の保有の有無は,時間軸を分けて読む必要がある。
4 一部の文書を特定し,残部だけ保有していない場合
第4は,申出に対応する文書の一部を特定又は開示し,それ以外の文書について非保有と判断された場合である。
平成29年度(最情)答申第50号では,弁護士任官希望者の面接選考に関する二つの文書を特定して一部を不開示とする一方,ほかに作成された配席図や時間割は廃棄済みであると確認された。
この答申の件名は「一部開示の判断に関する件(文書の特定)」であり,「不存在」という語を含まない。
したがって,「不存在」を含む件名だけを検索すると,文書特定と残部非保有が併存する答申を見落とすことがある。
第3 原答申を読む順序
1 申出文書の範囲を確定する
最初に,「第1 委員会の結論」又は「第2 事案の概要」で,開示申出文書がどのように定義されているかを確認する。
申出人が求めた情報のテーマと,開示手続で特定された文書の名称・期間・作成部署・除外条件は同じとは限らないためである。
平成28年度(最情)答申第4号の件名は「不存在等」であり,一つの申出文書は未作成・未取得,別の申出文書は開示手続の対象外とされた。
複数の申出文書を一括して,一つの理由による「不存在」と読んではならない例である。
2 原判断の説明と委員会の判断を分ける
次に,「最高裁判所事務総長の説明の要旨」と「委員会の判断の理由」を分けて読む。
前者は原判断をした側の説明であり,後者は委員会が探索方法,口頭説明,提出資料又は対象文書の見分を踏まえて原判断の妥当性を検討した部分である。
答申が「説明の内容が不合理とはいえない」と述べる場合と,委員会が対象文書又は関係ファイルを見分した場合とでは,確認の方法が異なる。
結論だけでなく,委員会が何を確認したかを読む必要がある。
3 探索の対象,方法及び時点を確認する
非保有の判断では,探索した部署,ファイル,年代,使用した検索方法及び廃棄記録の確認範囲が問題となる。
答申が確認した探索範囲を超えて,「最高裁判所のどこにも歴史上存在しなかった」と一般化することはできない。
また,答申の基準となるのは原則として開示申出に対する判断時の保有状況である。
答申日現在の事情,過去の作成状況及び現在の保有状況を混同しないことが必要である。
4 件名索引は入口として使う
年度別の答申索引は,答申番号,答申日及び件名から候補を探すには有用である。
もっとも,件名は答申の理由をすべて示すものではないため,最終的な分類はPDF本文の「委員会の結論」と「委員会の判断の理由」によるべきである。
第4 代表例の対照表
| 読み分け | 代表答申 | 原答申で確認できる経過 | 答申から直接いえる範囲 |
|---|---|---|---|
| 未作成・未取得 | 平成27年度(最情)答申第7号 | 事務処理要領等を作成又は取得していない | 特定された種類の文書を保有していない |
| 探索後の非保有 | 平成29年度(最情)答申第47号 | 関係ファイルと部署を探索し,委員会も年代を区切って見分した | 確認された探索の範囲で申出時の保有が認められない |
| 作成後の廃棄 | 平成30年度(最情)答申第40号 | 平成22年より前の改正記録は廃棄済みであった | 過去の作成可能性とは別に,申出時には保有していない |
| 一部開示と残部非保有 | 平成29年度(最情)答申第50号 | 二文書を特定して一部不開示とし,配席図等は廃棄済みであった | 申出対象の全部が不存在なのではなく,特定文書と残部を分ける |
第5 文書作成義務との関係
1 現行の管理通達
最高裁判所事務総長通達「司法行政文書の管理について」は,司法行政文書を,裁判所職員が職務上作成又は取得した司法行政事務に関する文書等で,組織的に用いるものとして裁判所が保有するものと定義する。
同通達は,裁判所の意思決定過程と事務の実績を合理的に跡付け,又は検証できるよう,処理する事案が軽微な場合を除き,職員は文書を作成しなければならないと定めている。
2 個別答申との対応
個別の「不存在」答申があることだけで,直ちに文書作成義務違反があったとはいえない。
申出で特定された文書と実際の業務を対応させ,その業務の意思決定過程又は実績を跡付けるためにどの文書が必要であったか,事案が軽微であったか,別の文書が作成されていたか,保存期間が満了したかを区別して検討する必要がある。
他方で,答申の「作成する必要がない」という説明と,現行管理通達の一般的な作成義務は,対象となる事務と文書の具体性を確認して読むべきである。
抽象的な情報が必要であることと,申出人が指定した名称・形式の文書を裁判所が保有していることは同じではない。
第6 関連する資料
最高裁判所が作成又は取得していないとされた司法行政文書は,平成27年度から平成31年度までの答申を一覧で確認するための記事である。
本記事は個々の答申を網羅的に再掲せず,件名と原答申の理由を読み分ける方法に役割を限定している。
司法行政文書の作成,保存期間,移管及び廃棄は,司法行政文書に関する文書管理で整理している。
開示手続と不開示情報の全体像は,裁判所の情報公開――通達・司法行政文書の開示手続と判決情報の公開を参照されたい。
作成された後に短期間で廃棄されたと説明された事例は,最高裁判所が作成したものの,すぐに廃棄したとされる司法行政文書にまとめている。
不開示判断の法的性質は,裁判所の不開示決定は取消訴訟の対象になるか-司法行政文書の開示と処分性で扱っている。
第7 出典・参考資料
1 現行制度・管理資料
①最高裁判所「司法行政文書開示手続」(令和8年9月9日確認)
②最高裁判所「情報公開・個人情報保護審査委員会」(令和8年9月9日確認)
③最高裁判所事務総長「司法行政文書の管理について」(平成24年12月6日付け最高裁秘書第003545号,令和8年3月4日付け最高裁秘書第648号による改正まで確認,PDF1頁及び7頁)
2 情報公開答申
①最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会・平成27年度(最情)答申第7号(平成28年2月23日答申,PDF1頁~3頁)
②同・平成28年度(最情)答申第4号(平成28年4月14日答申,PDF1頁~5頁)
③同・平成29年度(最情)答申第47号(平成29年12月1日答申,PDF1頁~3頁)
④同・平成29年度(最情)答申第50号(平成29年12月1日答申,PDF1頁~3頁)
⑤同・平成30年度(最情)答申第40号(平成30年10月19日答申,PDF1頁~2頁)