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民間救急車(患者等搬送事業)の法務——許可・認定の二重構造と搬送をめぐる責任(AI作成)

◯本記事は,緊急性のない患者等の搬送を担う「民間救急車」(患者等搬送事業)について,事業を規律する法令及び行政上の基準,搬送中に行い得る行為の限界,並びに搬送に関する事故が生じた場合の責任と主張立証を,弁護士が実務で検討する順序に沿って整理するものである。個別の事案に対する法的助言ではなく,一般的な情報提供を目的とする。

第1 民間救急車の位置づけ——「救急業務」との区別と二重の規制構造

「民間救急」又は「民間救急車」は,法令上の用語ではない。
一般に,寝たきりの高齢者,身体障害者,傷病者等を対象として,医療機関への入退院,通院及び転院並びに社会福祉施設への送迎に際し,ベッド等を備えた専用車を用いて搬送を行う事業(患者等搬送事業)を営む者のうち,消防機関の認定を受けたものが用いる車両を指す通称として使われている。

この呼称は,消防機関が担う救急車と外形が似ているため誤解を招きやすい。
実務では,まず「民間救急車」が制度上どの枠組みに属するのかを正確に把握し,依頼者及び相手方の主張がその枠組みと整合しているかを検討する必要がある。

1 「救急業務」は消防機関の役務であること

消防法2条9項は,救急業務を,事故等による傷病者のうち緊急に搬送する必要があるものを「救急隊によつて,医療機関(厚生労働省令で定める医療機関をいう。)その他の場所に搬送すること」と定義している。
すなわち,法令上の「救急業務」は救急隊による搬送を要素とするものであり,民間の事業者は「救急隊」ではない。

したがって,民間の事業者が営むのは,法令上は「救急業務」ではなく「患者等搬送事業」である。
後述の消防機関による認定基準も,患者等搬送事業者は「緊急性のない者を搬送対象とすること」を基本原則とし,搬送の要請時又は搬送の途上で緊急に医療機関へ搬送する必要が生じた場合には,119番等により消防機関に通報して救急自動車を要請することを求めている。
この建て付けは,民間救急が緊急対応そのものを担う制度ではないことを前提としている。

2 有償搬送を適法化する許可と品質を担保する認定の二重構造

民間救急車の運行は,性質の異なる2つの規律の上に成り立っている。
第1に,有償で人を運送すること自体を適法とするのは,国土交通大臣(地方運輸局)による道路運送法上の運送事業の許可である。
第2に,その事業者の搬送の質を担保するのが,各消防本部による患者等搬送事業者の認定である。

両者は根拠法も所管も異なる。
有償搬送の適法性は道路運送法上の許可によって基礎づけられ,消防機関の認定は,消防庁が示す指導基準を参考に各消防本部が定める任意の認証にとどまる。
本記事では,この関係を,運送事業の許可が事業の本体であり,消防の認定がその上に乗る品質認証であると整理する。
実際,後述のとおり,消防の認定基準は認定の対象を道路運送法上の許可等を受けた者に限っており,認定の失効事由にも道路運送法上の許可の取消し又は失効が挙げられている。

3 民間救急車は緊急自動車になれないこと

道路交通法39条1項は,緊急自動車を「消防用自動車,救急用自動車その他の政令で定める自動車」と定め,その具体的な範囲を政令に委ねている。
これを受けた道路交通法施行令13条1項1号の2は,救急用自動車として指定し得る使用主体を,国,都道府県,市町村,成田国際空港株式会社,新関西国際空港株式会社又は医療機関に限定している。
民間の患者等搬送事業者は,この列挙に含まれていない。

したがって,民間救急車は緊急自動車に該当し得ず,道路交通法施行令14条が緊急自動車に求めるサイレン及び赤色の警光灯による走行を行うことはできない。
本記事では,この帰結として,民間救急車は一般の車両として信号その他の交通規制に完全に服し,交差点等における他の車両の避譲を受ける立場にもないと整理する。
後述の消防機関の認定基準が,患者等搬送用自動車について「サイレン又は赤色警告灯を装備するなど,救急自動車と紛らわしい外観を呈していないこと」を求めているのも,この区別を担保する趣旨と理解できる。

第2 適用される法令と事業開始の要件

1 道路運送法上の許可——一般乗用旅客自動車運送事業と福祉輸送事業限定

道路運送法3条1号ハは,旅客自動車運送事業の一類型として,一個の契約により所定の乗車定員未満の自動車を貸し切って旅客を運送する「一般乗用旅客自動車運送事業」を定めている。
同号ロの乗車定員は道路運送法施行規則3条の2により11人とされているから,一般乗用旅客自動車運送事業は,乗車定員10人以下の自動車を1個の契約で貸し切って運送するもの,すなわちタクシーの類型を指す。
道路運送法4条1項は,一般旅客自動車運送事業を経営しようとする者は国土交通大臣の許可を受けなければならないと定めており,民間救急車による有償搬送は,通常この許可を前提とする。

実務では,この一般乗用旅客自動車運送事業の許可のうち,対象とする旅客を要介護者や障害者等に限定した「福祉輸送事業限定」の許可運用が用いられることが多い。
これは,国土交通省自動車交通局長の通達(国自旅第169号・平成18年9月25日)による取扱いであって,法令上の用語ではない。
本記事では,この取扱いにより最低車両数等の要件が緩和され,車両1両からの参入が可能となる点が,個人開業を含む多様な事業者の存在を支えていると整理する。
もっとも,対象旅客を要介護者・障害者等に限定しない一般傷病者の搬送をどの許可形態で行うべきかについては,通達の文言のみからは一義的に定まらない面があり,個別の営業区域を管轄する運輸局への確認を要する。

2 自家用有償旅客運送(福祉有償運送)との区別

民間救急としての営利の運送と混同されやすいものに,自家用有償旅客運送(福祉有償運送)がある。
道路運送法78条は,自家用自動車を有償運送の用に供することを原則として禁止しつつ,市町村,特定非営利活動法人その他国土交通省令で定める者が同法79条の登録を受けて行う自家用有償旅客運送を例外として認めている。

両者は主体・手続・対価の点で異なる。
営利の民間救急は,事業用自動車としての登録を前提とする道路運送法4条の許可に基づくのに対し,福祉有償運送は,市町村やNPO法人等の非営利の主体が同法79条の登録に基づいて行うものであって,営利の事業者はこれを行うことができない。
本記事では,相談を受けた事業者がいずれの枠組みで運行しているのかによって,適用される規律も,後述の運送人としての責任の当てはめも異なり得ると整理する。

3 消防機関による患者等搬送事業者認定の基準

患者等搬送事業者の認定は,消防庁が示す患者等搬送事業指導基準及び認定基準を参考に,各消防本部が要綱等を定めて運用している。
指導基準等の系譜は,制定に係る「患者等搬送事業指導基準等の作成について」(平成元年10月4日消防救第116号・消防庁救急救助課長通知)を出発点とし,その後の一部改正を経て,現行の内容は「患者等搬送事業指導基準等の一部改正について」(平成29年12月22日消防救第216号・消防庁救急企画室長通知)の別添として示されている。

現行の指導基準・認定基準から確認できる主な内容は,次のとおりである。
認定の対象は,道路運送法上の一般乗用旅客自動車運送事業,一般貸切旅客自動車運送事業若しくは特定旅客自動車運送事業の許可を受けた者又は自家用有償旅客運送の登録を受けた者とされている。
乗務員は満18歳以上であって消防機関の行う講習を修了した者等とされ,ストレッチャー等を固定できる自動車の乗務員の講習は合計24時間(車椅子のみを固定できる自動車の乗務員は合計16時間),資格を証する「患者等搬送乗務員適任証」の有効期間は2年間で,定期講習の受講により更新される。
運行体制は,患者等搬送用自動車1台につき乗務員2名以上を原則とし,退院等を目的とした運行をする場合又は医師若しくは看護師等が同乗する場合は1名とすることができるとされている。
認定の有効期間は5年間である。

これらの基準は,各消防本部の要綱によって細部が異なり得る。
本記事では,指導基準・認定基準が消防庁の通知として示された技術的助言であって法令ではなく,認定自体も法律上の許可ではないため,認定の有無・内容は消防本部ごとに差があり得ると整理する。
したがって,特定の事業者や車両が満たすべき基準を検討する際には,当該事業所を管轄する消防本部の要綱を直接確認する必要がある。

4 運賃及び料金の規制

一般乗用旅客自動車運送事業の運賃は,届出ではなく認可の対象である。
道路運送法9条の3第1項は,一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者は運賃等を定めて国土交通大臣の認可を受けなければならないと定め,同条2項は,能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないこと等を認可の基準としている。
旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定める料金については,同条5項により届出で足りるが,運賃の本体は認可事項である。

福祉輸送に係る運賃の設定については,国土交通省自動車交通局長の通達(国自旅第170号・平成18年9月25日)が,時間制運賃を基本とすること等の取扱いを示している。
本記事では,料金をめぐる紛争を検討する際には,当該事業者が受けている運賃認可の内容を前提とすべきであり,事業者の公表する料金表のみを根拠に相当性を論じることは避けるべきであると整理する。

第3 搬送中に実施し得る行為の範囲

搬送中の容態変化に対して何をなし得るかは,同乗者の資格に応じて異なる。
本記事では,これを,無資格の乗務員のみの場合,救急救命士が同乗する場合,及び医師又は看護師が同乗する場合の三つの層に分けて整理する。

この区分は,医学的な知見とも整合する。
院間搬送に関する研究には,搬送に伴う有害事象が必ずしもまれではないことや,不安定な重症患者の搬送には搬送医学の訓練を受けた者の付添いが望ましいことを指摘するものがあり,緊急性のない者を搬送対象とし,緊急の事案は消防機関へ引き継ぐという民間救急の建て付けの背景を理解する手がかりとなる。

1 無資格の乗務員による行為と医師法17条

医師法17条は「医師でなければ,医業をなしてはならない」と定めている。
医業とは医行為を業として行うことをいい,医行為の意義については,厚生労働省医政局長通知(医政発第0726005号・平成17年7月26日「医師法第17条,歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」)が,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は及ぼすおそれのある行為をいうと整理している。
同通知は,自動血圧計による血圧測定,入院を要しない者への電子体温計等による体温測定,軽微な傷の処置等を,原則として医行為でないものとして挙げている。

これを前提とすると,患者等搬送乗務員適任証を有する乗務員が搬送中に行う体位管理や,上記通知が医行為でないとする範囲の測定・応急の手当ては,一般に医師法17条に抵触しないと考えられる。
他方,酸素投与や喀痰の吸引等は,それ自体が医行為に該当し得る行為であり,乗務員が独自の判断で行えば医師法17条に抵触するおそれがある。
指導基準が緊急時に自ら処置を行うのではなく消防機関へ引き継ぐことを求めているのも,この限界を踏まえたものと理解できる。
本記事では,個別の行為が医行為に当たるか否かは,行為の態様と患者の状態に即して判断すべきであり,一律に線引きすることはできないと整理する。

2 救急救命士が同乗する場合

救急救命士法44条2項は,救急救命士は,救急用自動車その他の重度傷病者を搬送するためのものであって厚生労働省令で定めるもの(救急用自動車等)以外の場所においてその業務を行ってはならないと定めている。
この「救急用自動車等」の内容を定める救急救命士法施行規則22条は,重度傷病者の搬送のために使用する救急用自動車等であって,医師の指示を受けるために必要な通信設備その他の救急救命処置を適正に行うために必要な構造設備を有するものと規定している。

この省令は,車両の所有主体を消防機関に限定しておらず,機能面の要件によって「救急用自動車等」を画している。
本記事では,この規定の文言に照らせば,民間の患者等搬送用自動車であっても,医師の指示を受けるための通信設備等の要件を満たす限りにおいて,救急救命士が当該車内で救急救命処置を業として行う余地があり,反対に当該要件を欠く車内での実施は同項本文に抵触し得ると整理する。
もっとも,個々の車両が要件を満たすかは事実認定の問題であり,また救急救命士法44条1項の特定の救急救命処置については,医師の具体的な指示が必要である。
なお,令和3年の救急救命士法改正は,救急救命処置を行い得る場面を医療機関に到着した後の一定の局面にまで拡大したものであって,民間救急車内での業務の可否に関する上記の構造を変更するものではない。

3 医師又は看護師が同乗する場合

医師が同乗して自ら処置を行う場合には,医師法17条の問題は生じない。
看護師が同乗する場合については,保健師助産師看護師法37条が,主治の医師の指示があった場合を除くほか,診療機械の使用,医薬品の授与等の衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならないとしつつ,臨時応急の手当てをすることは妨げないと定めている。
したがって,看護師が診療の補助として医療行為を行うには主治の医師の指示を要し,指示がない場合でも臨時応急の手当ての範囲では対応し得る。

もっとも,医師又は看護師が同乗する形態は,医療機関が主体となって行う搬送(いわゆる病院救急車による転院搬送)と実質的に重なる場面が多い。
本記事では,同乗者の資格のみならず,搬送の主体が運送事業者か医療機関かによって,責任の構造や適用される規律が異なり得るため,相談時にはこの点を切り分けて把握すべきであると整理する。

4 感染症の患者の移送

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律21条は,都道府県知事は,同法19条又は20条の規定により入院する患者を,当該入院に係る病院又は診療所に移送しなければならないと定めている。
すなわち,入院の勧告又は措置に係る患者の移送は,都道府県知事(保健所)の責務として法定された行政上の移送であり,民間の患者等搬送事業者が法律上の移送主体となるものではない。

実務上は,自治体がこの移送を民間の事業者に委託する例もあるが,これは委託関係にとどまる。
本記事では,感染症の患者の搬送をめぐる相談では,まず当該搬送が行政上の移送の委託によるものか,利用者との私的な運送契約によるものかを区別し,前者については委託の範囲及び費用負担の定めを確認すべきであると整理する。
なお,消防機関の指導基準は,車両及び資器材の定期消毒及び使用後消毒並びに感染防止に関する講習を求めており,感染対策の水準を検討する際の一応の基準となる。

第4 搬送をめぐる事故と主張立証

1 旅客運送契約に基づく責任と立証責任の転換

搬送中の転倒,固定の不備,容態変化への対応の遅れ等によって利用者に損害が生じた場合,まず旅客運送契約に基づく責任を検討することになる。
商法589条は,旅客運送契約を,運送人が旅客を運送することを約し,相手方がその結果に対して運送賃を支払うことを約することによって効力を生ずる契約と定めている。

営利の運送事業者による搬送については,商法590条が適用される。
同条は「運送人は,旅客が運送のために受けた損害を賠償する責任を負う。ただし,運送人が運送に関し注意を怠らなかつたことを証明したときは,この限りでない」と定めており,運送人の側で無過失の立証責任を負う構造をとっている。
本記事では,この規定により,利用者側は運送のために損害を受けた事実を主張立証すれば足り,注意を怠らなかったことの立証責任は事業者側に転換されると整理する。
債務不履行の一般規定である民法415条1項も,債務者の責めに帰することができない事由による不履行であることをただし書で免責事由と位置づけており,帰責事由に関する立証の負担は債務者側にある。

もっとも,非営利の主体による自家用有償旅客運送(福祉有償運送)については,商法の運送営業に関する規定が当然に適用されるかに議論の余地があり得る。
本記事では,相談を受けた搬送が営利の運送事業によるものか否かを確認した上で,適用条文を選択すべきであると整理する。

2 不法行為責任及び使用者責任との関係

契約責任と並んで,民法709条に基づく不法行為責任も検討の対象となる。
乗務員個人の過失による加害については同条が,事業者の責任については民法715条1項の使用者責任が問題となる。
同項は,ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとしつつ,選任及び監督について相当の注意をしたとき等を免責事由とするただし書を置いている。

本記事では,契約責任と不法行為責任は要件・立証責任・消滅時効等が異なるため,いずれの構成によるか,又は併存的に主張するかを事案に応じて選択すべきであると整理する。
特に,商法590条による立証責任の転換が働く契約責任と,原則として被害者側が故意過失を主張立証する不法行為責任とでは,立証上の負担配分が異なる点に留意を要する。

3 免責特約の制限

事業者が利用契約や約款において責任を免除し又は軽減する条項を置いている場合がある。
商法591条1項は,旅客の生命又は身体の侵害による運送人の損害賠償の責任(運送の遅延を主たる原因とするものを除く。)を免除し,又は軽減する特約は無効とすると定めている。
同条2項は,大規模な災害が発生し又は発生するおそれがある場合の運送や,運送に伴い通常生ずる振動その他の事情により生命又は身体に重大な危険が及ぶおそれがある者の運送について,例外を定めている。

本記事では,事業者側の約款に免責条項がある場合であっても,生命・身体の侵害に係る部分については商法591条1項による無効の可能性を検討すべきであり,同条2項の例外に当たる事情の有無を併せて確認すべきであると整理する。

4 有用な証拠とその収集方法

搬送をめぐる事故では,搬送の過程と事業者の体制の双方に関する客観的資料が重要となる。
収集を検討すべき資料は,次のとおり整理できる。

  • ① 利用契約書,予約時の記録,料金表及び約款(契約内容と免責条項の有無の確認)
  • ② 搬送記録,運行日報,配車記録及び乗務員の作成した記録(搬送の経過と対応内容の確認)
  • ③ 当該車両の構造・設備及び積載資器材に関する資料(ストレッチャー等の固定装置,通信設備の有無の確認)
  • ④ 乗務員の患者等搬送乗務員適任証その他の資格を示す資料(乗務体制の適否の確認)
  • ⑤ 当該事業者の道路運送法上の許可及び消防機関の認定に関する資料(事業の枠組みの特定)
  • ⑥ 診療記録,看護記録及び診断書(受傷の有無・程度と搬送との関連の確認)
  • ⑦ ドライブレコーダー等の映像・音声記録(搬送中の状況の確認)

本記事では,これらのうち事業者側が保有する資料については,訴訟前の証拠保全や訴訟提起後の文書提出命令の申立ての要否を早期に検討すべきであると整理する。
特に搬送記録や運行日報は,事業者の側に偏在し,時間の経過により散逸しやすいため,受任後速やかに保全の手段を検討することが望ましい。

5 相手方から想定される主張及び反論

事業者側からは,商法590条ただし書に沿って,運送に関し注意を怠らなかったことの主張立証がされることが想定される。
具体的には,車両の構造・設備が基準に適合していたこと,乗務員が所定の資格を有し所定の体制で乗務していたこと,容態変化に際して指導基準に従い消防機関へ引き継いだこと等が主張され得る。

また,損害と搬送との因果関係を争い,受傷が搬送以前の疾病や既往に由来する旨の主張がされることも考えられる。
本記事では,利用者側としては,医療記録等により受傷の機序と時期を特定し,搬送の態様との関連を具体的に主張立証する必要があると整理する。
反対に事業者側としては,指導基準・認定基準への適合を裏づける記録を整えておくことが,注意を怠らなかったことの立証にとって有用であると考えられる。

第5 手続選択・依頼者からの聴取と確認の手順

1 相談類型ごとの手続選択

民間救急をめぐる相談は,大きく,利用者側からの搬送事故・料金に関する相談と,事業者側からの許認可・責任に関する相談に分かれる。
利用者側の損害賠償請求では,前記のとおり契約責任と不法行為責任のいずれによるか,証拠の偏在に対応した証拠保全等の手段をとるかを検討する。
料金をめぐる相談では,事業者が受けている運賃認可の内容と実際の請求との整合を確認することが出発点となる。

事業者側の相談では,道路運送法上の許可の種別と消防機関の認定の有無・内容を確認し,行おうとする搬送がその枠組みに収まるかを検討する。
本記事では,いずれの類型でも,まず当該事業者・車両がどの許可・認定に基づくのかという枠組みの特定が,その後の手続選択の前提になると整理する。

2 依頼者から聴取すべき事項

初回の聴取では,次の事項を確認しておくことが有用である。

  • ① 搬送の目的(転院,入退院,通院,施設送迎等)と緊急性の有無
  • ② 搬送を手配した主体(患者本人,家族,医療機関,施設,自治体等)と契約の相手方
  • ③ 利用した事業者の名称,道路運送法上の許可の種別及び消防機関の認定の有無
  • ④ 同乗した乗務員の人数・資格,並びに医師又は看護師の同乗の有無
  • ⑤ 使用された車両の種別(ストレッチャー固定車,車椅子固定車等)と固定・通信設備の状況
  • ⑥ 搬送中に生じた事象の具体的経過(時刻,場所,容態変化,対応内容)
  • ⑦ 受傷・損害の内容と,これに関する診療記録・診断書の有無
  • ⑧ 提示された料金の内訳と,契約書・約款・料金表の交付の有無

3 結論を左右し得る不確実な要素と追加確認事項

民間救急をめぐる事案には,一般化になじまない不確実な要素が残る。
第1に,対象旅客を要介護者・障害者等に限定しない一般傷病者の搬送を,福祉輸送事業限定の許可で行い得るか,限定のない一般乗用旅客自動車運送事業の許可を要するかは,通達の文言のみからは一義的でなく,管轄運輸局への確認を要する。
第2に,個々の車両が救急救命士法施行規則22条にいう通信設備・構造設備の要件を満たすか否かは,車両ごとの事実認定の問題である。
第3に,消防機関の認定基準は各消防本部の要綱によって細部が異なり得るため,特定の事業者に適用される基準は,当該消防本部の要綱を直接確認する必要がある。

また,民間の患者等搬送事業者自体の搬送に関する責任を正面から扱った裁判例は,裁判所ウェブサイトの裁判例検索及び一般に参照し得る資料の範囲では容易に見当たらなかった。
本記事では,したがって,責任の帰趨は,前記の運送人の責任及び使用者責任等の一般的な枠組みに,個別事案の具体的事実を当てはめて判断するほかなく,個別事案の結論は,収集し得た証拠と認定される事実によって左右されると整理する。
実務においては,本記事で挙げた法令及び行政上の基準を,事案の具体的事実に即して当該条文・当該要綱の原典に立ち返って確認することが,検討の出発点となる。

第6 出典

1 法令(条文はe-Gov法令検索により確認した。)

2 行政上の基準・通知

  • 総務省消防庁「患者等搬送事業」(制度の概要) https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate013.html
  • 「患者等搬送事業指導基準等の一部改正について」(平成29年12月22日消防救第216号・消防庁救急企画室長通知。現行の指導基準・認定基準の別添を含む) https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/assets/291222_kyu216.pdf
  • 「医師法第17条,歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」(平成17年7月26日医政発第0726005号・厚生労働省医政局長通知。医行為の解釈)
  • 「一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定)の許可等の取扱いについて」(平成18年9月25日国自旅第169号・国土交通省自動車交通局長通達) https://www.mlit.go.jp/common/000111478.pdf
  • 「福祉サービスを行う一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金について」(平成18年9月25日国自旅第170号・国土交通省自動車交通局長通達。福祉輸送の運賃)

3 参考とした医学文献(院間搬送の安全に関する知見)

  • 院間搬送では,搬送に伴う有害事象が必ずしもまれではなく,院内の報告制度への報告が著しく少ないことを指摘する前向き研究がある。Eiding H, Røise O, Kongsgaard UE. Potentially Severe Incidents During Interhospital Transport of Critically Ill Patients, Frequently Occurring But Rarely Reported: A Prospective Study. Journal of Patient Safety. 2022;18(1):e315-e319.(https://doi.org/10.1097/PTS.0000000000000769
  • 重症患者の院間搬送に関するシステマティックレビューは,搬送中の死亡はまれとしつつ,エビデンスの限界を指摘し,不安定な重症患者の搬送には搬送医学の訓練を受けた者の付添いが望ましいとする。Fan E, MacDonald RD, Adhikari NKJ, et al. Outcomes of interfacility critical care adult patient transport: a systematic review. Critical Care. 2005;10(1):R6.(https://doi.org/10.1186/cc3924

補足

本記事で言及した法令の条文は,いずれもe-Gov法令検索により現行条文を確認した。
民間の患者等搬送事業者の搬送に関する責任を正面から扱った裁判例は,裁判所ウェブサイトの裁判例検索及び一般に参照し得る資料の範囲では確認できなかったため,本記事では特定の裁判例を掲げていない。
消防機関の認定基準は各消防本部の要綱により細部が異なり得るため,個別の事案では当該消防本部の要綱を確認する必要がある。