第1 身上調査照会の概要
本記事は,令和8年9月6日現在の法令及び公表資料に基づき,検察庁が市区町村長に対して行う身上調査照会を説明するものである。
身上調査照会は,検察官又は検察事務官が,被疑者等の本籍,氏名,生年月日,住所及び家族関係等の身分関係を確認するため,市区町村長に書面で照会する手続である。
現行の犯歴事務規程(昭和59年4月26日法務省刑総訓第329号)は,令和7年5月29日法務省刑総訓第10号による改正後のものであり,同年6月1日から施行されている。
同規程14条は,検察官又は検察事務官が市区町村長に対して書面で身分関係を照会する場合,身上調査照会書(様式第41号)によるものとしている。
第2 身上調査照会の法的根拠
1 刑事訴訟法197条2項
刑事訴訟法197条2項は,捜査について,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができると定めている。
身上調査照会書の様式にも,同項に基づく照会であることが記載されている。
刑事訴訟法197条2項に基づく照会について,個人情報保護委員会のFAQは,照会先に回答すべき義務を課すものと解した上で,一般に回答すべきであるとしている。
また,警察庁の通達は,警察による同項の照会について,照会先は報告すべき義務を負うものと解されているが,その履行を強制する方法はないとしている。
2 個人情報保護法との関係
個人情報保護委員会のFAQは,警察や検察等の捜査機関による刑事訴訟法197条2項の照会に応じた個人情報の提供は,個人情報保護法27条1項1号の「法令に基づく場合」に当たり,本人の同意を必要としないと説明している。
このFAQは民間事業者による第三者提供を対象とするものであるが,行政機関等についても,個人情報保護法69条1項が法令に基づく場合を利用目的以外の提供の禁止から除いている。
刑事訴訟法197条2項が報告を求めることのできる事項は,捜査に必要な事項である。
警察による同項の照会について,警察庁は,必要性を十分に検討し,照会事項を必要最小限度にとどめるとともに,照会先が保有する事実の報告を求める範囲を超えて,新たな調査又は専門的判断を求めないよう通知している。
第3 身上調査照会と前科照会の違い
身上調査照会は市区町村長に身分関係を照会する手続であり,他の検察庁に前科の有無を照会する手続ではない。
現行の犯歴事務規程13条は,他の検察庁に前科の有無を照会し,前科調書を作成する「前科照会」を別に定めている。
| 手続 | 照会先 | 主な確認事項 | 犯歴事務規程 |
|---|---|---|---|
| 身上調査照会 | 市区町村長 | 本籍,氏名,生年月日,住所,家族関係等の身分関係 | 14条・様式第41号 |
| 前科照会 | 他の検察庁の犯歴担当事務官 | 特定の者が有罪の裁判を受け,これが確定した事実の有無 | 13条・様式第35号 |
前科照会及び前科調書については,「前科調書」の記事を参照されたい。
第4 『犯歴事務解説』五訂版が説明する取扱い
法務総合研究所『犯歴事務解説』五訂版は,平成30年3月5日に発行された資料であり,102頁~103頁に「第3 身上照会(規程第14条)」の説明がある。
以下は同書が説明する平成30年当時の取扱いであり,現在の個別的な運用又は書式の各欄がすべて同一であることまでを示すものではない。
1 照会書の作成
同書によれば,身上調査照会書には「戸籍筆頭者氏名」の文字が印刷されており,戸籍筆頭者が判明しているときは,その氏名を記載する必要がある。
市区町村が戸籍筆頭者の氏名によって戸籍簿を調査するためであり,照会庁の所在地及び郵便番号も記載するものとされている。
2 現本籍及び旧本籍の回答欄
回答書の本籍欄は,「現」と「旧」の二欄に分かれている。
同書は,転籍の事実が犯歴を保管する検察庁に把握されていない場合,新本籍地を管轄する検察庁への前科照会だけでは,転籍前の前科が回答されないおそれがあるため,旧本籍を確認できるようにしていると説明している。
旧本籍地を管轄する地方検察庁から前科がある旨の回答を得た場合には,同地方検察庁に対し,犯歴事務規程11条1項に基づく戸籍事項訂正の通報を行うものと説明されている。
現行の犯歴事務規程11条1項にも,犯歴票等に記載された戸籍事項に訂正すべき事項があると認められる場合の通報に関する規定がある。
3 回答欄の記載及び添付書類
同書は,市区町村の事務負担を軽減するため,「破産の有無」欄以外の記入に代えて,「戸籍簿及び住民登録の通知に基づく家族」欄に別紙のとおりである旨を記載し,認証文を省略した戸籍謄本及び戸籍の附票の写しを添付する取扱いを紹介している。
また,家族関係を照会する必要がない場合には,身上調査照会書の「家族」欄を削除した上で照会するものとしている。
前者は昭和44年5月20日刑事(総)第405号刑事局総務課長通達,後者は昭和49年5月1日刑総第265号刑事局総務課長通達に基づく取扱いとして同書に掲載されている。
本記事の調査では各通達の原本及び令和8年9月6日現在の有効性を確認できなかったため,これらは同書に記載された平成30年当時の取扱いとして紹介するものである。
第5 身上調査照会書及び回答書の書式
次の画像は,身上調査照会書及び回答書の参考画像である。
画像自体の作成時点及び出典は確認できなかったため,現行の書式見本であるとは扱わない。
現行の犯歴事務規程14条が様式第41号を指定していることのみ確認できる。


第6 身上調査照会書が現れた裁判例
1 最高裁昭和42年6月20日判決
最高裁昭和42年6月20日第三小法廷判決(昭和42年(さ)第4号)は,道路交通法違反事件について少年に略式命令をしたことが問題となった非常上告事件である。
判決は,身上調査照会書等によって被告人の生年月日を確認した経過に触れた上で,原略式命令を破棄し,公訴を棄却したものであり,身上調査照会自体の適法性又は一般的な照会範囲を判断したものではない。
2 死刑執行関係文書の情報公開事件
名古屋地裁令和6年4月18日判決(令和4年(行ウ)第121号)は,死刑執行関係文書の不開示をめぐる事件において,死刑執行上申書の添付文書に身上調査照会書が含まれる可能性に触れ,請求を棄却した。
名古屋高裁令和6年11月20日判決(令和6年(行コ)第46号)も控訴等を棄却したが,最高裁令和8年1月27日第三小法廷判決(令和7年(行ツ)第72号)は,文書の存否を答えるだけで不開示情報を開示することになるかについて審理が尽くされていないとして,原判決を破棄し,名古屋高裁に差し戻した。
最高裁令和8年1月27日判決は,身上調査照会の適法性又は対象文書の最終的な開示可否を判断したものではない。
令和8年9月6日現在,差戻審の判決は,確認した裁判所ウェブサイトの検索範囲では見つからなかった。
第7 関連記事
前科照会及び前科調書については,「前科調書」を参照されたい。
刑の消滅後の犯歴の取扱いについては,「前科抹消があった場合の取扱い(AIリライト)」及び「刑法34条の2に基づく刑の消滅」を参照されたい。
第8 出典・参考資料
1 法令及び訓令
①刑事訴訟法197条2項
②個人情報の保護に関する法律27条1項1号及び69条1項
③法務省「犯歴事務規程(昭和59年4月26日法務省刑総訓第329号)」,最終改正令和7年5月29日法務省刑総訓第10号
2 所管行政機関の解説及び運用資料
①個人情報保護委員会「刑事訴訟法第197条第2項に基づき,警察から顧客に関する情報について照会があった場合,顧客本人の同意を得ずに回答してもよいですか。」FAQ・Q7-17
②警察庁「適正な捜査関係事項照会の運用について(通達)」令和6年2月27日
3 文献
①法務総合研究所『犯歴事務解説』五訂版,平成30年,102頁~103頁
4 裁判例
①最高裁昭和42年6月20日第三小法廷判決,昭和42年(さ)第4号
②名古屋地裁令和6年4月18日判決,令和4年(行ウ)第121号
③名古屋高裁令和6年11月20日判決,令和6年(行コ)第46号
④最高裁令和8年1月27日第三小法廷判決,令和7年(行ツ)第72号