第1 結論
交通事故後に関節の可動域が狭くなっていても,角度だけから後遺障害の原因を特定することはできない。
骨折変形や関節面の不整,関節包・瘢痕の拘縮,筋・腱の断裂又は癒着,靱帯損傷による不安定性,末梢神経損傷,疼痛や防御的な筋収縮など,異なる原因が似た測定結果を生じ得るからである。
可動域制限の後遺障害を検討するときは,①現行の方法による他動値・自動値及び健側値,②制限原因を示す診察・画像・電気生理所見,③事故直後から症状固定までの治療経過,④日常生活上の支障を相互に照合する必要がある。
単純X線に明らかな異常がない場合でも,腱,靱帯,関節唇,半月板又は神経の損傷が否定されたことにはならない。他方,MRI等に異常があっても,その所見が症状と無関係な既往変性である可能性は残る。
本記事は,可動域制限の原因ごとに,どの検査及び診療資料を確認するかを整理するものである。個別の検査は診断・治療上の必要性を医師が判断するものであり,後遺障害認定のためだけに一律に追加するものではない。
第2 最初に可動域の測定条件を確認する
1 他動値,自動値及び健側値を分ける
四肢関節の機能障害は,原則として他動運動による患側の可動域を健側と比較して評価する。もっとも,末梢神経損傷等によって自動運動が大きく制限される場合は,自動値と他動値の差自体が原因を考える手掛かりとなる。
他動値と自動値がともに同程度に制限される場合は,骨性制限,関節包拘縮,瘢痕・癒着又は強い疼痛等を検討する。他動値は保たれているのに自動値だけが低い場合は,筋・腱損傷,神経障害,筋力低下又は疼痛による運動抑制等を検討する。
ただし,この差だけで病名を決めることはできず,画像,筋力,知覚,反射及び治療経過との照合が必要である。
2 代償運動と測定肢位を確認する
肩関節では肩甲骨・体幹,股関節では骨盤・腰椎などの代償運動によって,実際の対象関節より大きな角度が記録されることがある。反対に,疼痛,恐怖又は防御的な筋収縮が強ければ,他動測定でも本来の可動域より小さくなることがある。
測定値を読むときは,測定日,左右,測定肢位,基本軸・移動軸,他動・自動の別,疼痛,代償運動,測定者及び角度計の使用を確認する。過去の測定値との差が大きいときは,改善・悪化だけでなく,測定条件の違いも検討する。
3 現行の測定法を用いる
日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会・日本足の外科学会が令和4年4月に改訂した「関節可動域表示ならびに測定法」が,現在の臨床上の基本資料である。
古い診断書又は医学書を参照するときは,当時の用語及び測定法と現行版を混同しない。特に足関節・足部の運動用語等には改訂がある。
第3 骨・関節面に原因がある場合
1 骨折変形,関節面不整及び骨性強直
関節内骨折の段差,骨折部の変形治癒,脱臼後の関節適合性不良,骨棘又は関節裂隙の狭小化は,機械的に可動域を制限し得る。関節を構成する骨同士が癒合した骨性強直では,可動域がほとんど又は全く失われることがある。
単純X線は,骨配列,関節面,骨癒合,骨棘,関節裂隙及び内固定材を確認する基本資料である。関節内の段差,骨片の回旋,複雑な骨形態又は潜在骨折の確認にはCTが有用となり得る。
2 異所性骨化
外傷,脱臼,手術又は神経損傷後に,本来は骨がない軟部組織内へ骨が形成され,可動域を機械的に妨げることがある。肘関節周囲では特に問題となり得る。
異所性骨化が疑われるときは,発症時期,腫脹・熱感,単純X線等の経時変化及び治療内容を確認する。形成過程にある異所性骨化では,強い他動運動を漫然と続けることが適切とは限らないため,主治医の指示とリハビリテーション記録を照合する必要がある。
第4 関節包・瘢痕・癒着に原因がある場合
1 拘縮は機能状態である
関節包,靱帯,筋,腱,皮膚その他の軟部組織が短縮・線維化し,関節運動が制限された状態を拘縮という。拘縮という機能状態が一つの画像検査だけで直接証明されるとは限らない。
しかし,拘縮の原因となった骨折,関節炎,手術,長期固定,瘢痕,腱・靱帯損傷又は異所性骨化は画像で確認できる場合がある。画像所見が乏しい場合でも,固定期間,関節肢位,可動域の推移,終末感,疼痛及びリハビリテーションへの反応が判断材料となる。
2 治療経過を時系列で確認する
拘縮を後遺障害として検討するときは,固定開始・解除日だけでなく,固定範囲,着脱の可否,荷重制限,許可された運動,実際の訓練内容及び中断理由を確認する。
同じ「4週間固定」でも,完全に関節を動かさなかった場合と,装具を外して許可範囲内の運動を行った場合では内容が異なる。
第5 筋・腱に原因がある場合
1 腱断裂と癒着
腱が断裂すれば,関節を他動的には動かせても,その腱が担う方向へ自力で十分に動かせないことがある。縫合術後又は外傷後の腱癒着では,腱の滑走が妨げられ,自動値が他動値より小さくなることがある。
超音波は,腱の連続性及び動きを診察時に観察できる一方,検者の技量及び観察条件の影響を受ける。MRIは腱,筋及び周囲軟部組織の形態を評価する資料となる。手術記録は,断裂部位,縫合方法,術中所見及び術後の運動制限を確認する重要資料である。
2 筋損傷,筋萎縮及びVolkmann拘縮
筋損傷,長期固定による廃用又は神経障害は,筋力低下と自動運動制限を生じ得る。前腕の区画内圧上昇等により筋・神経が虚血性に障害されたVolkmann拘縮では,筋の壊死・線維化と神経障害が重なり,手指及び手関節の機能障害を残すことがある。
筋力はMMT,握力,周径その他の資料で評価されるが,疼痛による抑制又は検者間差がある。筋力値だけで原因を決めず,知覚,反射,筋萎縮,電気生理所見及び経過を併せて読む必要がある。
第6 靱帯損傷と関節不安定性
靱帯損傷では,可動域が狭くなる場合だけでなく,異常に動く又は荷重時に関節が不安定になる場合がある。可動域制限と動揺関節は別の機能障害であるため,一方の角度だけで他方を評価しない。
診察では,損傷部位に応じた徒手検査,疼痛及び左右差を確認する。ストレスX線は一定の負荷下で関節の開大又は移動を確認し,動的超音波は運動又は負荷中の靱帯・腱等を観察できる。MRIは靱帯,関節唇,半月板その他の軟部組織を評価する資料となる。
ただし,検査結果は撮影肢位,荷重条件,疼痛・筋収縮及び受傷からの時期に左右される。陽性又は陰性という結論だけでなく,実施条件と原画像・報告書を確認する。
第7 末梢神経損傷に原因がある場合
末梢神経が損傷すると,支配筋の麻痺によって自動運動が制限され,感覚障害,筋萎縮又は腱反射の変化を伴うことがある。上腕骨骨折後の橈骨神経障害,肘周辺の尺骨神経障害その他,骨折・脱臼部位と神経の走行を対応させて検討する。
確認する資料は,筋力,知覚分布,腱反射,筋萎縮,Tinel徴候,神経伝導検査及び針筋電図等である。神経伝導検査及び筋電図は,損傷部位・程度及び再支配の評価に役立つ場合があるが,検査時期,皮膚温,検査筋及び波形・数値を含む原検査報告を確認する必要がある。
画像だけで神経障害の有無・程度を決めず,反対に自覚的なしびれだけで特定の神経損傷を断定しない。
第8 疼痛,筋収縮及びCRPS
疼痛又は関節を守ろうとする防御的な筋収縮によって,測定時の可動域が小さくなることがある。この場合も,痛みがあるから測定値を無視してよいわけではないが,固定的な器質的制限と同じものとして扱うこともできない。
複合性局所疼痛症候群(CRPS)が疑われる場合は,疼痛だけでなく,腫脹,皮膚温・色調,発汗,運動・萎縮性変化等の経時所見を確認する。診断名の記載だけでなく,どの所見がいつ確認されたかが重要である。
第9 関節ごとに見落としやすい原因
1 肩関節
肩関節では,肩甲骨・体幹の代償運動を除いて測定する。単純X線だけでは腱板断裂を評価できないことがあり,超音波又はMRIが用いられる。後方脱臼は正面像だけでは見逃されることがあるため,撮影方向及び必要に応じたCTを確認する。
2 肘関節
脱臼・骨折後の靱帯不安定性,異所性骨化,関節面不整及び尺骨神経等の障害を分けて確認する。異所性骨化が疑われる場合は,無理な他動運動を行ったかどうかではなく,主治医の運動許可と実際の訓練記録を確認する。
3 手関節
疼痛部位,腫脹,握力,可動域及び骨性指標を診察所見と対応させる。単純X線で明らかでない橈骨遠位端骨折又は舟状骨骨折,遠位橈尺関節及びTFCCの損傷等では,CT又はMRI等が検討される。
4 股関節
歩容,脚長差,骨盤・腰椎の代償及び疼痛部位を確認する。潜在骨折,大腿骨頭壊死又は関節唇損傷等は,単純X線だけでは十分に評価できない場合があり,CT又はMRIが用いられる。
5 膝関節
アライメント,関節水腫,屈曲・伸展制限及び靱帯不安定性を分けて確認する。半月板損傷ではロッキングを含む臨床所見とMRIを併せて評価し,前十字靱帯・後十字靱帯損傷では徒手検査,ストレス撮影等との整合を確認する。
6 足関節
慢性足関節不安定症,距骨骨軟骨損傷,腱損傷及び骨折後変形等を区別する。ストレスX線,超音波又はMRIのほか,腓骨筋力及びバランス機能も確認対象となる。
第10 後遺障害の立証資料を集める順序
1 事故直後から症状固定までを並べる
事故日,初診日,画像撮影日,手術日,固定開始・解除日,荷重・運動許可日,リハビリテーション開始日及び症状固定日を一つの時系列にする。
その上で,他動値・自動値,筋力,知覚,疼痛及び日常生活動作がどのように変化したかを並べる。
2 既存資料を先に確認する
追加検査を求める前に,診療録,画像・読影報告,手術記録,リハビリテーション実施記録,装具記録,検査結果票及び後遺障害診断書を確認する。すでに必要な所見が記録されている場合もあれば,撮影部位,左右又は測定条件が不足している場合もある。
3 原因仮説に対応する不足資料だけを補う
骨性制限が疑われるのに関節面を評価できる画像がない,腱断裂が疑われるのに超音波・MRI等がない,神経麻痺が争点なのに神経学的所見や電気生理検査がないなど,評価を変え得る不足を特定する。
検査の目的,身体的負担,費用及び治療上の必要性を主治医に確認し,資料を増やすこと自体を目的にしない。
第11 一つの所見だけからは結論を出せない
次の事情は重要であるが,単独では後遺障害の原因又は等級を決めない。
①単純X線に異常がないこと
②MRIに異常所見があること
③症状固定時に一度だけ可動域が悪かったこと
④他動値と自動値が異なること
⑤固定期間が長かったこと
⑥リハビリテーションを継続していること
⑦診断書に「拘縮」「神経障害」等の病名が記載されていること
これらを,事故態様,受傷直後の症状,診察所見,画像,治療反応及び経時測定と組み合わせて評価する必要がある。
第12 後遺障害等級及び症状固定との関係
可動域制限の原因が医学的に説明できても,直ちに特定の後遺障害等級が認定されるわけではない。対象関節,主要運動,参考運動,他動値・自動値,健側比較及び認定基準を別に確認する必要がある。
また,改善可能性が残っているかは,固定期間だけでなく,傷病の安定性,実施済み治療,治療反応及び残された標準的治療を基に判断する。可動域制限の原因の評価と,症状固定時期の評価を混同しないことが重要である。
第13 関連記事
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拘縮と可動域制限の違い――裁判例,行政通達及び医学の見地から(AI作成)では,拘縮,強直,疼痛及び筋収縮の違いを説明している。
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第14 出典・参考資料
1 行政・学会資料
①日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法」(令和4年4月改訂)
②厚生労働省「せき柱及びその他の体幹骨、上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」
③厚生労働省「療養費はいつまでもらえるのですか。」
2 文献
①『今日の整形外科治療指針 第7版』(医学書院,平成28年。平成30年第2刷)運動器のリハビリテーション,肩・肘・前腕・手関節,股・膝・足関節,末梢神経損傷及び障害診断書の各項。
②沖田実編『関節可動域制限 第2版―病態の理解と治療の考え方』(三輪書店,平成25年)第1章から第3章まで。