第1 結論
可動域制限があるというだけでは,直ちに関節機能障害の後遺障害として認定されるわけではない。四肢関節では,原則として他動運動の角度が健側との比較基準に達していることに加え,事故による傷害からその制限が残ったこと,測定条件と経過が整合すること及び症状固定時に残存する障害として評価できることが必要になる。
認定されない理由は,大きく分けると,①角度が基準に届かない,②他動・自動,患側・健側,測定姿勢又は代償運動の記録が不十分である,③疼痛,筋収縮,拘縮又は強直のどれが制限を生じさせたか説明できない,④画像,手術記録又は治療経過が事故との因果関係を裏付けない,⑤改善可能性が残る,という五つである。
本記事は,四肢関節の可動域制限について「なぜ角度が悪いのに認定されないことがあるのか」を説明する。8級・10級・12級の数値基準は可動域制限の後遺障害等級で詳しく説明している。
第2 可動域制限が後遺障害として認定されない主な理由
1 角度が等級基準に届かない
四肢の主要な関節では,他動可動域を健側と比較し,おおむね2分の1以下であれば10級,4分の3以下であれば12級を検討する。8級は強直又はこれに近い状態などが対象となる。主要運動が基準を上回り,参考運動を考慮する範囲にも入らない場合,痛みや日常生活上の不便があっても,可動域制限による関節機能障害としての等級認定は困難になる。
ただし,肩関節や股関節のように複数の主要運動がある関節,参考運動を考慮できる関節及び健側にも障害がある事案では,単純に一つの角度だけを見て結論を出すことはできない。
2 測定条件又は記録が不十分である
後遺障害診断書に角度が書かれていても,他動値と自動値の区別,患側と健側,基本肢位,基本軸・移動軸,測定日又は測定者が不明であれば,数値の意味を確認できない。肩を上げる際に体幹を傾けるなどの代償運動が混じれば,対象関節そのものの可動域を正しく表さない。
症状固定時の一回だけ極端に悪い値が記載され,治療期間中の測定値と大きく異なる場合も,なぜ変化したのかを説明する必要がある。再測定で数値を訂正するときは,測定方法の誤り,記載ミス又は病態の変化のどれによる訂正かを医療記録と対応させることが重要である。
3 事故との因果関係を裏付ける原因資料が不足する
厚生労働省の関節可動域の測定要領は,関節機能障害が多様な原因で起こり得るため,原因を無視して機械的に角度を測定しても労働能力低下の判定資料にはならず,測定前に障害の原因を明らかにする必要があるとしている。
そこで,骨折・脱臼後の変形又は癒合状態,靱帯・腱の損傷,神経損傷,関節包その他の軟部組織の変化,手術内容,固定期間,疼痛及び筋緊張を確認する。画像で骨折や脱臼が見えないことだけで軟部組織由来の拘縮を否定することはできないが,画像に異常がないなら,診療録,手術記録,リハビリテーション記録及び経時的な測定値による説明が一層重要になる。
4 症状固定後も改善可能性が残る
ギプス固定等による廃用性の機能障害について,労災の認定基準は将来における障害の程度の軽減を考慮して等級を認定するとしている。また,内固定材が機能障害の原因である場合は,原則としてその除去を待って等級を認定する取扱いが示されている。
もっとも,固定期間だけから人の回復可能性を一律に決めることはできない。関節可動域制限の基礎研究には動物の関節を完全固定した実験が多く,その結果を人の症状固定時期や永久性へそのまま当てはめることはできないからである。骨癒合,治療内容,固定方法,年齢,併存症,リハビリテーションの経過及び主治医の見通しを個別に確認する必要がある。
固定期間,人の回復可能性及び症状固定時期の関係は,固定期間と可動域制限・症状固定―人の回復可能性は一律に決まらないで,人対象の臨床研究及び診療指針に基づいて説明している。
第3 痛み・筋収縮・拘縮・強直を分けて考える
1 可動域制限は病名ではなく測定結果である
可動域制限は,関節の動く範囲が狭いという観察結果であり,それ自体が原因を示す病名ではない。沖田実編『関節可動域制限 第2版』は,臨床上の可動域制限を,筋収縮に由来するものと,関節周囲軟部組織の器質的変化である拘縮に由来するものとに分けて考える。実際の症例では,両者が混在し得る。
疼痛があると,痛みを避ける防御的な筋収縮によって動きが止まることがある。他方,長期間の不動は皮膚,骨格筋,靱帯又は関節包等の組織変化を生じさせ,拘縮の原因となり得る。したがって,「痛くて動かない」と「組織の変化により動かない」は,同じ角度でも意味が異なる。
2 自動値と他動値が示すもの
自動運動は本人が筋力を使って動かすため,筋力低下,神経麻痺,疼痛,運動の協調性又は拮抗筋の緊張の影響を受ける。他動運動は検者が外力を加えるため,構造的な制限の評価に適するが,覚醒した人の筋収縮や防御反応の影響を完全に排除できるわけではない。
そのため,他動値が悪いことだけで器質的な拘縮が証明されるわけではない。反対に,他動値が比較的良好であれば,その測定時に大きな固定的な他動制限がなかったことを示す重要な資料となるが,自動運動の障害や別の時期の経過まで否定するものではない。
3 拘縮と強直の違い
拘縮は,一般に皮膚,骨格筋,腱,靱帯又は関節包など関節周囲軟部組織の器質的変化に由来する可動域制限をいう。強直は,関節構成体そのものの病変により関節運動が著しく制限された状態を指すことが多い。ただし,拘縮の定義は医学文献の間でも完全には統一されていないため,診療録に「拘縮」と書かれているだけで原因が確定したとはいえない。
詳しい病態,行政通達及び裁判例の整理は,拘縮による可動域制限で説明している。
第4 他動値が基準以下でも認定が決まらない理由
後遺障害等級の基準は角度で示されているが,角度は認定の入口であって結論のすべてではない。たとえば,疼痛又は緊張による一時的な防御反応,神経麻痺による自動運動の障害,測定姿勢の違い,代償運動又は健側自体の障害によって,同じ人でも数値が変わり得る。
他方で,単純X線,CT又はMRIに明確な異常が写らなくても,関節包等の軟部組織の変化や治療中の不動による拘縮が問題となる場合がある。したがって,画像の有無だけでも,角度だけでも決めず,原因を示す資料と測定経過を相互に照合する。
第5 認定資料を確認する順序
1 後遺障害診断書と原記録
最初に,対象関節,運動方向,他動値,自動値,患側値及び健側値がそろっているかを確認する。次に,診断書の数値を測定した日の診療録又はリハビリテーション記録を確認し,測定姿勢,疼痛,代償運動及び測定者を照合する。
後遺障害診断書の確認項目全体は,交通事故の後遺障害診断書で説明している。
2 画像・手術・リハビリテーション記録
画像は,骨折,脱臼,変形,関節面又は軟部組織の損傷を確認する。手術記録は,損傷部位,固定方法,関節への侵襲及び内固定材を確認する。リハビリテーション記録は,可動域の推移,痛み,筋力,固定期間,訓練内容及び治療反応を時系列で把握する資料となる。
3 事故後から症状固定までの時系列
可動域制限が事故後の早い時期から一貫して記録されているか,治療に伴って改善又は悪化したか,途中で測定法が変わっていないかを確認する。症状固定時だけに初めて悪い数値が現れた場合や,原因の説明が後から変更された場合は,その理由を診療記録に基づいて説明できるかが問題となる。
第6 再測定を検討するときの注意点
記載漏れ,左右の転記ミス,運動方向の誤り又は測定姿勢の不備が具体的に疑われる場合は,再測定を検討する余地がある。ただし,等級基準に合わせるために有利な数値を取り直すのではなく,最初の測定がなぜ不正確だったのか,症状固定後に病態が変化していないか及び再測定が同じ方法で行われたかを明確にする。
複数の測定値がある場合は,一番悪い数値だけを取り出さず,すべての測定日,医療機関,測定者,方法及び治療経過を並べて検討する。説明のない急な悪化は,かえって数値全体の信用性を低下させることがある。
第7 関節機能障害に該当しない場合の検討
主要運動及び参考運動が基準に届かない場合や,制限が主として疼痛に由来する場合でも,それだけで事故後の症状がすべて否定されるわけではない。局部の神経症状,神経麻痺,変形,醜状その他の後遺障害について,それぞれの認定要件を別に検討する。
また,自賠責の関節機能障害の等級に該当しなくても,具体的な職務上の支障,症状の継続性及び医学的裏付けに応じて,民事賠償上の労働能力喪失が問題となることがある。自賠責認定と裁判上の損害評価は,同じ角度だけで自動的に一致するものではない。
第8 関連記事
四肢関節の8級・10級・12級の数値,主要運動,参考運動及び健側比較は,可動域制限の後遺障害等級を参照されたい。拘縮の医学的定義,動物実験と臨床の区別,行政通達及び裁判例は,拘縮による可動域制限で詳しく説明している。
交通事故の後遺障害申請から賠償までの全体像は,交通事故の後遺障害の総合案内を参照されたい。
単純X線が正常でも,直ちに原因不明とはいえません。
腱・靱帯・関節唇・半月板又は末梢神経の損傷は,診察所見,MRI,超音波又は電気生理検査との照合が必要な場合があります。他方,MRIの異常所見だけで事故との因果関係が決まるわけでもありません。また,外傷後の異所性骨化が疑われる場合は,強い他動運動を漫然と続けるのではなく,主治医の運動許可と経時画像を確認します。
認定されない理由を検討する前提となる原因別資料は,可動域制限の原因と後遺障害―画像・筋力・神経所見から立証資料を選ぶ(AI作成)で説明しています。
出典・参考資料
①e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」別表第二。
②国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」。
③厚生労働省「障害等級認定基準について」(上肢,下肢及び関節可動域の測定要領)。
④日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会・日本足の外科学会「関節可動域表示ならびに測定法」(令和4年4月1日改訂)。
⑤沖田実編『関節可動域制限 第2版―病態の理解と治療の考え方』(三輪書店,2013年)第1章及び第3章。