第1 結論と対象範囲
四肢の関節に可動域制限が残った場合,後遺障害等級は,原則として他動運動による可動域を健側と比較し,8級の「関節の用を廃したもの」,10級の「関節の機能に著しい障害を残すもの」又は12級の「関節の機能に障害を残すもの」に該当するかを判定する。
目安は,8級では強直又はこれに近い状態,10級では主要運動の可動域が健側の2分の1以下,12級では4分の3以下であるが,人工関節の有無,原因となる器質的・機能的障害,主要運動と参考運動の関係も確認対象となる。
本記事は,肩・肘・手・股・膝・足の各関節に共通する等級認定の枠組みを,令和8年9月13日現在の法令及び公表資料に基づいて説明するものである。
個々の関節の測定方向及び認定例は,後記の関連記事で補足する。
第2 対象となる関節と等級
1 上肢の3大関節
上肢の3大関節は,肩関節,肘関節及び手関節である。
自動車損害賠償保障法施行令別表第二では,上肢の1関節について,用を廃したものが8級6号,機能に著しい障害を残すものが10級10号,機能に障害を残すものが12級6号とされている。
2 下肢の3大関節
下肢の3大関節は,股関節,膝関節及び足関節である。
同別表では,下肢の1関節について,用を廃したものが8級7号,機能に著しい障害を残すものが10級11号,機能に障害を残すものが12級7号とされている。
3 自賠責で用いられる認定基準
自賠責保険・共済の支払基準は,後遺障害の等級認定について,原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて行うとしている。
そのため,等級表の文言だけでなく,厚生労働省が公表する関節機能障害の認定及び測定の取扱いを併せて確認することになる。
第3 8級の「関節の用を廃したもの」
1 強直又はこれに近い状態
関節が強直したものは,「関節の用を廃したもの」に含まれる。
強直には,関節が完全に動かない場合のほか,健側の可動域の約10%以下に制限された状態が含まれ,可動域が10度以下であるときは一律にこれに近い状態として取り扱われる。
2 弛緩性麻痺による運動障害
関節の完全弛緩性麻痺又はこれに近い状態も,「関節の用を廃したもの」に含まれる。
この場合は他動値だけでは麻痺による使用不能を表せないため,自動運動の可動域も判断資料となる。
3 人工関節又は人工骨頭
人工関節又は人工骨頭を挿入置換した関節について,その可動域が健側の2分の1以下に制限されている場合も,「関節の用を廃したもの」に含まれる。
人工関節を挿入した事実だけで8級になるわけではなく,可動域制限の程度を併せて確認する必要がある。
第4 10級及び12級の可動域基準
1 2分の1以下と4分の3以下
関節の主要運動の可動域が健側の可動域の2分の1以下に制限されているものは,原則として10級の「著しい障害」に当たる。
主要運動の可動域が健側の4分の3以下に制限されているものは,原則として12級の「障害」に当たる。
2 複数の主要運動がある関節
肩関節及び股関節には複数の主要運動があるため,各主要運動について基準を確認する。
10級又は12級は,いずれか一つの主要運動が2分の1以下又は4分の3以下であれば対象となり得るのに対し,8級の強直又はこれに近い状態は,すべての主要運動が動かないか,これに近い状態であることを要する。
3 人工関節の10級
人工関節又は人工骨頭を挿入置換した関節で,8級の可動域要件に当たらないものは,10級の「関節の機能に著しい障害を残すもの」として取り扱われる。
したがって,人工関節の事案では,挿入置換の事実とともに,健側との可動域比較によって8級又は10級の分岐を確認する。
第5 他動値,自動値及び健側比較
1 他動運動による測定が原則であること
関節可動域は,測定者が外力を加えて動かす他動運動による測定値で判定するのが原則である。
自分で動かす自動運動の値だけを基準にすると,筋力,痛みへの反応又は測定時の努力などの影響を受け得るためである。
2 自動値を参照する例外
神経麻痺により他動では動くが自動では動かせない場合や,医学的にみて痛みのため他動運動による測定が適切でない場合は,自動運動の可動域を参考にする。
診断書及び検査記録には,他動値と自動値の区別,測定姿勢並びに測定時の痛みを明記することが測定結果の理解に役立つ。
3 健側にも障害がある場合
原則は患側と健側の可動域比較であるが,健側にも先天的又は後天的な障害があって比較に適さない場合は,日本整形外科学会及び日本リハビリテーション医学会が定める参考可動域を基準にする。
参考可動域は平均値を示す「正常値」ではなく,関節可動域を判断する際の参考値として位置付けられている。
第6 主要運動と参考運動
1 主要運動による判定
等級判定は,各関節について定められた主要運動を中心に行う。
同じ平面上にある屈曲と伸展などは,原則として合計した可動域で比較するが,肩関節の屈曲と伸展は,それぞれ主要運動と参考運動であるため合計しない。
2 四肢6関節の測定方向
主要運動と参考運動は,①肩関節では主要運動が屈曲並びに外転・内転,参考運動が伸展並びに外旋・内旋,②肘関節では主要運動が屈曲・伸展,③手関節では主要運動が屈曲・伸展,参考運動が橈屈・尺屈,④股関節では主要運動が屈曲・伸展並びに外転・内転,参考運動が外旋・内旋,⑤膝関節では主要運動が屈曲・伸展,⑥足関節では主要運動が屈曲・伸展である。
肘関節,膝関節及び足関節には,この認定基準上の参考運動は定められていない。
3 参考運動を考慮する範囲
主要運動の可動域が基準をわずかに上回る場合には,参考運動が2分の1以下又は4分の3以下であるかを考慮する。
「わずかに」は原則として5度であるが,10級の判定における肩関節の屈曲・外転,手関節の屈曲・伸展及び股関節の屈曲・伸展では10度として取り扱われる。
第7 測定値と原因資料の確認
1 測定方法と代償運動
関節可動域は原則として5度刻みで測定し,定められた基本肢位,軸心,基本軸及び移動軸に従って記録する。
体幹を傾けるなどの代償運動が混じると対象関節の角度を正確に示さないため,固定する部位と測定姿勢も確認対象となる。
2 可動域制限の原因
測定値が基準以下であっても,事故による傷害と可動域制限との関係が自動的に認められるわけではない。
関節面の損傷,癒合状態,関節外の軟部組織,神経麻痺,疼痛又は緊張など,制限の原因を診断書,画像及び診療記録から確認することになる。
3 画像所見と角度測定の役割
X線,CT又はMRIは,可動域制限の原因となる骨折,変形又は軟部組織損傷を確認する資料となるが,画像だけで可動域の割合を示すものではない。
反対に,角度測定だけでは事故との因果関係を十分に説明できないことがあるため,測定値と原因資料を対応させる必要がある。
4 抜釘予定と廃用性の制限
内固定材が可動域を制限しており,抜釘による改善が見込まれる場合は,原則として抜釘後に等級を評価する取扱いが示されている。
長期間動かさなかったことによる廃用性の可動域制限についても,将来の改善可能性を考慮して判定される。
第8 認定資料を確認する順序
1 低負担で確認できる資料
最初に,後遺障害診断書の関節名,他動値,自動値及び健側値がそろっているかを確認し,次に,画像所見,手術記録,リハビリテーション記録及び診療録が制限の原因をどのように記載しているかを確認する。
数値の誤記又は測定方向の不足が疑われる場合は,測定時の原記録と診断書の対応を確認するのが先である。
2 測定値が一致しない場合
医療機関,時期又は測定者によって角度が異なる場合は,直ちに有利な数値だけを採用するのではなく,測定姿勢,測定方法,疼痛,代償運動及び治療経過を時系列で対照する。
その対照によっても事故後の症状固定時の可動域を特定できず,等級の境界を左右する場合に,追加測定又は医師の説明を検討することになる。
3 数値が基準を超える場合
主要運動も参考運動も基準を超え,測定方法又は記載の誤りを示す資料がない場合は,可動域制限による関節機能障害としての等級認定は困難である。
疼痛,神経症状又は醜状など別の障害が残る場合は,それぞれの認定要件を別に検討する。
第9 可動域制限を検討した裁判例
1 神戸地方裁判所尼崎支部平成14年1月30日判決
神戸地方裁判所尼崎支部平成14年1月30日判決・平成12年(ワ)第630号は,下肢関節の機能障害について,10級11号に相当する著しい機能障害は認めず,12級7号に相当する機能障害を認めた。
判決は,X線所見,複数回の可動域測定,医師の意見及び疼痛の状況を検討しており,単一の角度だけで判断したものではない。
2 判決の射程
この判決は平成14年の損害賠償事件であり,現在の自賠責等級認定のすべてを拘束する判断ではない。
その意義は,測定値に争いがある事案では,画像,測定経過,医学的説明及び症状を相互に検討する必要があることを示す一例である点にある。
第10 関節別の記事と診断書の確認
1 肩・肘・手関節
上肢については,肩関節の可動域制限と12級6号,肘関節の可動域制限と12級6号及び手関節の可動域制限と12級6号で,関節別の測定と認定の留意点を説明している。
本記事の共通基準と併せて,対象関節の主要運動及び参考運動を確認できる。
2 股・膝・足関節
下肢については,股関節の可動域制限と12級7号,膝関節の可動域制限と12級7号及び足関節の可動域制限と12級7号で,関節別の測定と認定の留意点を説明している。
複数の関節に制限がある場合も,まず各関節について測定方向と原因資料を整理する。
3 拘縮と後遺障害診断書
拘縮による可動域制限では,関節が動きにくくなる原因と評価上の留意点を説明している。
交通事故の後遺障害診断書では,症状固定後の診断書に記載される検査結果及び資料の確認方法を説明している。
頚椎の可動域制限は,四肢関節の健側比較とは異なり,参考可動域角度と器質的原因等を確認する。
頚椎固有の計算と8級2号の要件は,頚椎(頸椎)の可動域制限と後遺障害8級2号で説明している。
第11 出典・参考資料
1 法令・告示
①e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」別表第二,令和8年9月13日閲覧。
②国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」,平成13年金融庁・国土交通省告示第1号,第3,令和8年9月13日閲覧。
2 所管行政機関の運用資料
①厚生労働省「障害等級認定基準について」別添・障害等級認定基準,上肢54頁~57頁,下肢78頁~81頁,関節可動域の測定要領96頁~102頁,令和8年9月13日閲覧。
3 医学関係学会の測定資料
①日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法改訂について」,日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法」前文2頁~3頁,令和4年4月改訂,令和8年9月13日閲覧。
4 裁判例
①神戸地方裁判所尼崎支部平成14年1月30日判決・平成12年(ワ)第630号,裁判所ウェブサイト掲載判決全文1頁~5頁。