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租税条約を適用する前に確かめる5つのこと―署名と発効,適用開始日,BEPS防止措置実施条約,終了通告及び届出書(AI作成)

第1 この記事の対象と結論

1 対象と基準日

本記事は,非居住者・外国法人への支払や,外国から日本へ来た人の給与等について,租税条約による軽減・免除を検討する税理士・弁護士の実務を念頭に,条約の条文の中身に入る前に確かめておくべき事項を整理するものである。

基準日は令和8年(2026年)10月10日である。
各国との租税条約の署名日・発効日は財務省「我が国の租税条約等の一覧」(2026年6月26日現在)により,BEPS防止措置実施条約の締約国等は財務省「BEPS防止措置実施条約に関する資料」(2026年5月6日現在の記載)による。
最新の状況は,案件ごとに財務省のページで確かめる必要がある。

2 結論

租税条約を使う前に,少なくとも次の5点を確かめる。

①その条約が署名されただけでなく,発効しているか
②発効していても,問題の所得・課税期間に適用が始まっているか(発効日と適用開始日は違う)
③BEPS防止措置実施条約によって条文が修正されていないか(修正は,両方の国が選んだ場合に限られる)
④終了の通告がされていないか(終了の効果が生じる日も条約で決まる)
⑤源泉徴収の軽減・免除を受けるための届出書を,期限までに出しているか(出していなければ還付請求で取り戻す)

これらは,条約の適用関係を条約の条文と国際法の一般的な規則(条約法に関するウィーン条約)に沿って確かめる作業であり,条約上の軽減税率や免税要件の検討より先に行う。

第2 署名だけでは条約を適用できない

1 署名・批准・発効の関係

条約に拘束されることについての国の同意は,国の代表者が批准を条件として署名した場合には,批准により表明される(条約法に関するウィーン条約14条1項(c))。
租税条約も,多くは批准(又は国会の承認と外交上の公文の交換)を経て発効する。
例えば,日米租税条約(2003年11月6日署名)30条1は,「この条約は,批准されなければならない」とし,批准書の交換の日に効力を生ずると定めている。

署名から発効までの間,署名した国は,当事国とならない意図を明らかにする時まで,条約の趣旨及び目的を失わせることとなるような行為を行わない義務を負う(条約法に関するウィーン条約18条(a))。
もっとも,これは国と国との間の義務であり,署名されたことによって,その条約が定める軽減税率や免税の規定が納税者に適用されるようになるわけではない(本記事の理解である。)。

2 署名済み・未発効の条約の例

財務省「我が国の租税条約等の一覧」(2026年6月26日現在)には,署名日だけが記載され,発効日が「未発効」とされている条約がある。

①アルゼンチンとの原条約は,2019年6月27日に署名されたが,発効日は「未発効」とされている。
②フィリピンとの新条約は,2026年5月28日に署名されたが,発効日は「未発効」とされ,1980年に発効した原条約と2008年に発効した改正議定書が併せて掲載されている。

報道や財務省の署名のお知らせで新条約を知っても,発効するまでは,その新しい規定を前提に源泉徴収を軽減したり申告したりすることはできない。
フィリピンのように旧条約がある国では,新条約の発効までは旧条約(改正議定書による改正後のもの)で確かめることになる。

第3 発効日と適用開始日を分ける

条約が発効しても,その日から全ての所得に適用されるとは限らない。
多くの租税条約は,適用の開始を,税目や源泉徴収の有無ごとに別に定めている。

日米租税条約30条2は,日本国については,次のように定めている。

①源泉徴収される租税は,条約がある年の3月31日以前に効力を生ずる場合はその年の7月1日以後に課される額,4月1日以後に効力を生ずる場合はその翌年の1月1日以後に課される額について適用する。
②源泉徴収されない所得に対する租税及び事業税は,条約が効力を生ずる年の翌年の1月1日以後に開始する各課税年度の所得について適用する。

したがって,「発効日」だけを見て,その日以後の支払や事業年度に新しい条約を当てはめると誤る。
支払日(源泉徴収税)と課税年度の開始日(申告税)を,条約の適用開始の規定と一つずつ照合する必要がある。
改正議定書がある場合も同じで,日米租税条約の改正議定書(2013年1月24日署名,2019年8月30日発効)のように,署名から発効まで年数を要した例もある。

第4 BEPS防止措置実施条約による修正を確かめる

1 両方の国が選んだ条約・規定だけが修正される

税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(BEPS防止措置実施条約)は,既存の租税条約に,条約の濫用防止等の規定を一括して導入するための条約である。
日本については,2018年9月26日に受諾書を寄託し,2019年1月1日に発効した。

この条約が修正するのは,「対象租税協定」,すなわち各締約国が,この条約の対象とすることを希望する協定として寄託者に通告した協定に限られる(同条約2条1(a))。
財務省の説明によれば,ある租税条約について,いずれかの締約国がこの条約の締約国でない場合や,その租税条約を対象として選択していない場合には,この条約はその租税条約に適用されない。
また,この条約の各規定も,原則として,その租税条約の全ての締約国が適用を選んだ場合にだけ適用される。

日本が対象として選択している租税条約の相手国・地域は43あり,日本は,取引の主たる目的に基づく条約の特典の否認に関する規定(同条約7条)等を適用することを選択している。
これに対し,米国は,財務省の掲載する同条約の署名国(2026年5月6日現在で105か国・地域)に含まれていないから,日米租税条約はこの条約による修正を受けていない。

2 適用開始の時期

この条約は,各国が批准書等を寄託した日に始まる3か月の期間が満了する日の属する月の翌月の初日に,その国について効力を生ずる(同条約34条2)。
そして,対象租税協定への適用は,源泉徴収される租税については,この条約がその協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日以後に開始する年の初日以後に生ずる課税事象から,その他の租税については,最も遅い日から6か月の期間が満了した時以後に開始する課税期間から始まる(同条約35条1)。
相手国の側で効力を生じた日によって,同じ条約の修正が始まる時期が変わるのである。

3 統合条文と留保・通告の一覧の使い方

財務省は,租税条約の規定と,その条約に適用されるBEPS防止措置実施条約の規定とを統合した「統合条文」を公表しているが,適用関係の把握を容易にするための便宜的な文書であり,法的効力を有しない。
実際の適用に当たっては,原条約・改正議定書の条文と,BEPS防止措置実施条約の条文及び両国の留保・通告を併せて確かめる。

この条約には,条約が明示的に認める場合を除き,留保を付することができない(同条約28条1)。
日本の留保及び通告の一覧(2023年6月20日現在)は財務省が,各国の一覧はOECDが公表している。
相手国がある規定を留保しているか,同じ規定について両国の通告が一致しているかで,修正の有無が決まる。

第5 終了通告と脱退を確かめる

1 租税条約の終了

多くの租税条約は,終了の手続と効果を自ら定めている。
日米租税条約31条は,いずれの締約国も,効力発生の日から5年の期間が満了した後に,6か月前に書面による終了の通告を行うことで条約を終了させることができるとし,日本国においては,源泉徴収される租税は当該6か月の期間が満了した年の翌年の1月1日以後に課される額について,その他の租税は同日以後に開始する各課税年度の所得について,効力を失うと定めている。

終了の通告があっても,通告の日に直ちに条約が使えなくなるわけではなく,条約が定める日から効力を失う。
反対に,効力を失う日以後の支払や課税年度には,通告前の取扱いを続けることはできない。

2 BEPS防止措置実施条約からの脱退

BEPS防止措置実施条約は,いずれの締約国も,寄託者に宛てた通告によって,いつでも脱退することができると定める(同条約37条1)。
脱退は寄託者が通告を受領した日に効力を生ずるが,その日より前に対象租税協定の全ての当事国についてこの条約が効力を生じていた場合には,その協定は引き続きこの条約によって修正される(同条2)。

3 終了・脱退の規定がない条約との違い

これに対し,終了に関する規定を含まず,廃棄又は脱退について規定していない条約は,当事国が廃棄又は脱退の可能性を許容する意図を有していたと認められる場合か,条約の性質上廃棄又は脱退の権利があると考えられる場合を除き,廃棄・脱退することができない(条約法に関するウィーン条約56条1)。
租税条約やBEPS防止措置実施条約のように終了・脱退の規定を置く条約では,その規定の要件と効力発生の時期を確かめれば足りる。
脱退規定のない条約の例として,市民的及び政治的権利に関する国際規約からの脱退の可否は,令和7年度司法試験国際関係法(公法系)第1問の模範解答で扱っている。

第6 届出書の提出時期と還付請求

租税条約に基づく源泉徴収の軽減・免除の届出書は,所得の種類ごとに,租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令(以下「実特省令」という。)の別々の条が定めている。
配当・利子・使用料等(相手国居住者等配当等)は実特省令2条1項,自由職業者・芸能人・短期滞在者等の対価・報酬は4条1項,留学生・事業修習者等が受ける国外からの給付等は8条1項である。
2条1項の届出書は,源泉徴収義務者ごとに,その租税条約の効力発生の日以後最初にその支払を受ける日の前日までに,源泉徴収義務者を経由してその納税地の所轄税務署長に提出する。
4条1項・8条1項の届出書は,入国の日(それが租税条約の効力発生の日前であるときは効力発生の日)等以後最初にその支払を受ける日の前日までに提出する。
配当又は利子について免除を受ける場合には,相手国の権限ある当局が発行する,その者が免除の規定の適用を受けることができる居住者であることを証明する書類を添付しなければならない(実特省令2条5項)。

相手国居住者等配当等について,租税条約の規定の適用を受けなかったために源泉徴収された所得税については,軽減額又は免除額の還付を請求することができる(実特省令2条8項)。
条約が発効していない間に源泉徴収されたものは,そもそも軽減の対象にならないので,還付請求の前提として,第2・第3で確かめた適用開始日以後の支払であるかを先に確かめる。

第7 実務の確認表

確認事項確かめる資料見落としたときの影響
発効しているか財務省「我が国の租税条約等の一覧」の発効日(「未発効」の表示)未発効の新条約の軽減税率で源泉徴収してしまう
適用開始日条約の効力発生・適用開始の条文(日米租税条約30条2等)発効日より前に始まった課税年度や支払に新条約を当てはめてしまう
BEPS防止措置実施条約による修正財務省の適用関係の表・統合条文,両国の留保及び通告の一覧,同条約2条・35条主たる目的テスト等の修正を見落とし,特典が否認される
終了通告条約の終了条項(日米租税条約31条等)と財務省の公表効力を失った後の支払に旧条約を当てはめてしまう
届出書・居住者証明書実特省令2条1項・5項,4条1項,8条1項,国税庁の様式軽減を受けられず,還付請求(配当等は実特省令2条8項)が必要になる

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第9 出典

1 財務省

①財務省「我が国の租税条約等の一覧」(2026年6月26日現在)
②財務省「BEPS防止措置実施条約に関する資料」
③税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(和文)
④日本国の留保及び通告の一覧(仮訳,2023年6月20日現在)
⑤所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約(和文)

2 法令・条約

①租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令(e-Gov法令検索)
②条約法に関するウィーン条約(外務省)

3 確認状態

署名日・発効日,BEPS防止措置実施条約の締約国・日本の選択,統合条文の性質は,財務省の各ページ(令和8年10月10日に取得)で確認した。
日米租税条約30条・31条,BEPS防止措置実施条約2条・28条・34条・35条・37条は,財務省が掲載する和文で条文を確認した。
実特省令2条・4条・8条は,e-Gov法令検索で令和8年10月10日現在の条文を確認した。
条約法に関するウィーン条約14条・18条・56条は,外務省の掲載する条文で確認した。