第1 敵国条項は日本だけを対象とした規定ではない
敵国条項の対象は日本だけではない。
国連憲章53条2項は,第二次世界大戦中に憲章のいずれかの署名国の敵国であった国という歴史的な関係を定義の基準とし,国名を列挙していない。
一方,日本政府の国会答弁には,日本,ドイツ,イタリア,ブルガリア,ハンガリー,ルーマニア及びフィンランドの7か国を,一般に旧敵国に当たると考えられる国として説明したものがある。
本記事は令和8年10月4日を調査基準日として,条文の定義,7か国という説明の出典及びドイツ外務省の資料を区別して説明する。
歴史的な対象国に当たるという説明と,現在も敵国条項を援用できるという判断は,同じではない。
第2 「敵国」の定義は国名の一覧ではない
1 53条2項の基準
国連法務局掲載の53条2項は,1項で用いる敵国という語を定義している。
基準は第二次世界大戦当時の関係であり,現在の外交関係,政治体制又は国際紛争での立場によって新たな敵国を指定する制度ではない。
また,署名国のすべてと交戦していたことを求める文言ではなく,いずれかの署名国との関係を用いている。
2 3条文の対象を一括して考えない
53条は地域的取極等による強制行動,77条は信託統治の対象となり得る地域,107条は第二次世界大戦の結果としての一定の行動を扱う。
したがって,ある国が歴史的な敵国の説明に含まれることだけで,3条文から同じ措置を取れるとはいえない。
各条の全文と条件については,敵国条項の条文・全文と意味で説明している。
第3 「7か国」という説明はどの資料にあるか
1 平成26年の政府参考人の答弁
平成26年3月28日の衆議院外務委員会会議録では,松本剛明議員の質問に対し,山田政府参考人が,憲章上,敵国の国名が特定されているわけではないと説明した。
その上で,一般には,第二次大戦当時に連合国と交戦状態にあった次の7か国が旧敵国に当たると考えられると答弁している。
次の表は,この答弁に挙げられた国を転記したものである。
| 区分 | 答弁に挙げられた国 |
|---|---|
| 日本 | 日本 |
| ドイツ | ドイツ |
| その他の5か国 | イタリア,ブルガリア,ハンガリー,ルーマニア,フィンランド |
この答弁は,7か国という説明に政府側の資料上の根拠があることを示す。
ただし,「一般には」「考えられております」という説明であり,国連が憲章本文に7か国の閉じた指定名簿を置いているという意味ではない。
2 令和6年の質問主意書と政府答弁の区別
令和6年6月18日の質問主意書にも7か国が挙げられているが,これは質問者の記載である。
対応する同月28日の政府答弁書は,平成7年及び平成17年の国連の文書を理由として,現在はいかなる国も旧敵国条項を援用する余地はないとの考えを述べている。
この答弁書を,質問主意書に書かれた国名一覧のすべてを個別に認定した資料として使うことは適切ではない。
第4 ドイツも対象国の説明に含まれるが,現在の扱いは別問題である
1 ドイツ外務省の説明
ドイツ外務省の『ABC der Vereinten Nationen』第10版(令和2年12月時点)77頁は,敵国条項の歴史的な説明で,特にドイツ,日本及びイタリアを挙げている。
同頁は,ドイツ連邦政府及び国際法の専門家の見解として,遅くとも両ドイツが国連に加盟した1973年に,敵国条項は意味を失ったと説明している。
ここでの日本語は,ドイツ語の説明の要旨である。
2 統一後の主権と憲章改正を分ける
同資料は,いわゆる2プラス4条約の発効により,統一ドイツについてもその説明が一層当てはまり,同条約がベルリン及びドイツに関する4戦勝国の権利と責任を終結させたと述べる。
他方,同じ頁は,平成17年の削除の意思表明について,なお憲章改正による法的な実施が必要であると説明している。
つまり,同資料は,ドイツについて条項が意味を失ったとの見解と,憲章の文言を正式に削除する手続を区別している。
この資料から「日本だけが現在も敵国で,ドイツは憲章本文から個別に削除された」と説明することはできない。
同資料の政府見解は令和2年時点の記載として示すべきであり,その後の個々の外交発言をすべて確認したものではない。
第5 対象国の説明から現在の攻撃許可は導けない
平成26年の国会答弁は,7か国の説明に続いて,現在はいかなる国も旧敵国条項を援用する余地はないとの日本政府の考えを述べている。
対象国を説明する答弁の前半だけを取り出し,後半の援用否定を落とすと,現在の適用に関する政府見解を逆に伝えることになる。
国名の説明,条文の残存,死文化の評価及び具体的な武力行使の適法性は,それぞれ区別して検討する必要がある。
総会決議及び令和8年の日中の公式見解については,国連憲章の敵国条項の死文化・未削除と日中の公式見解を参照されたい。
第6 出典・参考資料
①国連法務局「国連憲章」53条2項,77条及び107条(英語正文の掲載)。
②衆議院「第186回国会外務委員会第7号会議録」(平成26年3月28日)松本剛明議員と山田政府参考人の敵国条項に関する質疑,特に対象国の説明及び現在の援用を否定する答弁。
③衆議院掲載の質問第199号(令和6年6月18日)及び内閣の答弁第199号(同月28日)。
④ドイツ外務省『ABC der Vereinten Nationen』第10版(令和2年12月時点)「Feindstaatenklauseln」,資料上77頁・PDF79頁。