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社員が私用LINE・私物USB・個人メールで会社の情報を扱ったとき―シャドーITと営業秘密,個人情報保護法,懲戒及び退職時の対応(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 対象と基準日

本記事は,従業員が会社の承認を得ないまま,私用のLINE等のメッセージアプリ,私物のUSBメモリやハードディスク,個人のメールアドレスへの転送,私用のクラウドストレージ等で業務上の情報を扱う場面について,会社側の法的な問題と対応を整理する。
生成AIを使う場面(いわゆるシャドーAI)はシャドーAIの問題点で扱っているので,本記事では生成AI以外の道具を対象にする。
法令は令和8年9月28日現在の条文をe-Gov法令検索で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索又は判例データベース(判例秘書)で判決・決定の本文を確認したものに限って紹介する。

「シャドーIT」は法令上の用語ではなく,本記事で確認した公的資料にも定義は見当たらなかった。
本記事では,会社の承認を得ずに業務に用いられる私物の機器や個人のサービスを指す言葉として用いる。

2 結論

①私物の機器への持出しが常態化し,持出しの禁止や許可に関する明確なルールもなかった事案では,営業秘密の秘密管理性が否定されている(大阪地方裁判所令和6年7月30日判決)。
他方,私用のクラウドアカウントへの接続を技術的に遮断していなかった事案でも,体制面で相応の秘密管理措置が採られていたとして秘密管理性を肯定した裁判例がある(東京地方裁判所令和4年12月9日判決・令和3年特(わ)第129号)。
会社で顧客カルテの画像を私用スマートフォンのLINEで共有する取扱いが日常的に行われていた事案では,その取扱いが,顧客カルテが秘密として管理されていなかったことを示すとされた(知的財産高等裁判所令和元年8月7日判決)。

②退職して同業他社へ転職する直前に営業秘密を私物のハードディスクに複製した従業員について,最高裁判所は,業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的もうかがわれないことなどから,刑事罰の要件である「不正の利益を得る目的」を認めた(最高裁判所平成30年12月3日決定)。
退職日の前日と当日に営業秘密を私用のGoogleドライブにアップロードし,自分のメールアドレス宛てに転送した従業員も,営業秘密の領得で有罪とされている(東京地方裁判所令和4年12月9日判決)。

③民事でも,最終出社日の直前に社内サーバーから会社の情報を取得した元本部長について,使用・開示の差止め,電子データ等の廃棄及び損害賠償が認められている(東京地方裁判所令和6年4月25日判決)。

④個人データについては,内部規程に違反して外部記録媒体が繰り返し持ち出されていたのを放置した結果漏えいした場合が,個人情報保護委員会のガイドラインで,従業者の監督を怠った例として挙げられている。

⑤就業規則に違反する持出しであっても,違法行為を捜査機関に告発する目的で行われた場合は,違法性が阻却されるとした裁判例がある(東京地方裁判所令和7年12月19日判決)。
懲戒処分や損害賠償請求の前に,持出しの目的を確かめる必要がある。

⑥在宅勤務中に私用の携帯電話やLINEで業務上の連絡をとり,私用パソコンで業務の調べものをしていたことを,秘密情報を漏えいさせる危険を生じさせるものとして懲戒事由に当たるとし,他のルール違反等と併せて降格処分を有効とした裁判例がある(東京地方裁判所令和5年4月26日判決)。
個人のメールアドレスへの転送については,「情報漏洩の原因又は情報漏洩そのもの」と述べた裁判例がある(東京地方裁判所平成30年2月2日判決)。
他方,私物のUSBメモリの使用や情報の持出しを禁止するルールが周知されていなかった事案では,退職前の大量の持出しについても不法行為が否定され,退職金の支払が命じられている(大阪地方裁判所令和8年4月27日判決)。
私用LINEの利用や個人のメールアドレスへの転送だけを理由とする懲戒処分の有効性を正面から判断した裁判例は,確認した範囲では見当たらなかった。

⑦会社の対応としては,「秘密を守る」という規定だけでなく持出禁止や返還・消去まで定めること,私物の機器の業務利用を認めるなら範囲と遵守事項を定めて承諾を得ること,個人のメールアドレスへの転送設定がないかを確認すること等を組み合わせる。

第2 典型的な場面と問題になる法律関係

1 典型的な場面

①私用のLINE等で,顧客の氏名や写真,案件の資料をやり取りする。
②業務データを私物のUSBメモリやハードディスクにコピーし,自宅で作業する。
③業務用のメールを個人のメールアドレスへ自動転送する。
④会社が契約していないクラウドストレージに資料をアップロードする。
⑤私物のスマートフォンで書類や画面を撮影する。

いずれも,本人は仕事を進めるためにしていることが多い。
しかし,会社から見ると,どの情報がどこにあるかを把握できず,退職や紛失のときに回収も確認もできない状態になる。
情報処理推進機構の「情報セキュリティ10大脅威 2026」(組織編)では,「内部不正による情報漏えい等」が7位に挙げられている。

2 問題になる法律関係

営業秘密としての保護(不正競争防止法),個人データの安全管理と漏えい等の報告(個人情報保護法),就業規則による禁止と懲戒処分(労働契約法・労働基準法),会社の損害の回復(民法)の4つに分けて考えると整理しやすい。
以下,順に述べる。

第3 営業秘密としての保護

1 秘密管理性

不正競争防止法2条6項は,営業秘密を,「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義している。
私物の機器や個人のサービスへの持出しが放置されていると,この「秘密として管理されている」(秘密管理性)が争われる。

大阪地方裁判所令和6年7月30日判決(令和2年(ワ)第1539号)は,従業員が私有のノートパソコンにソースコードをコピーして社外に持ち出すことがあった事案で,「上記ソースコードの社外持ち出しの禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置についても、原告として特段の管理を行っていなかった。」と認定し,秘密管理性を否定した。

知的財産高等裁判所令和元年8月7日判決(平成31年(ネ)第10016号)は,まつげエクステンションサロンの顧客カルテについて,店舗間で情報を共有するため,顧客カルテを撮影し,その画像を「私用のスマートフォンのLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いが日常的に行われていた」と認定した。
その上で,「LINEアプリにより画像を共有すれば,サーバーに画像が保存されるほか,私用スマートフォンの端末にも画像が保存されるものであり,顧客カルテについての上記取扱いは,顧客カルテが秘密として管理されていなかったことを示すものといえる。」として,秘密管理性を否定した。
会社自身が私用のLINEを業務の手順に組み込んでいると,従業員が情報を持ち出したときに,その情報が営業秘密として保護されないことがある。

もっとも,秘密管理性は,私物の機器を技術的に遮断しているかどうかだけで決まるわけではない。
経済産業省の「営業秘密管理指針」(令和7年3月31日改訂)は,私用メールへの転送制限や,物理的にUSBメモリやスマートフォンを接続できないようにすることは,不正利用・不正取得のリスクが顕在化している場合の追加的な措置であり,通常の状況では秘密管理性を充足するために必須のものではないとしている。
私用のクラウドアカウントへの接続を技術的に遮断していなくても秘密管理性を肯定した裁判例と,一般的な就業規則の規定だけで私物の端末から自由に閲覧できた事案で否定した裁判例は,シャドーAIの問題点で紹介している。

2 私物の媒体への複製と刑事罰

不正競争防止法21条2項1号は,営業秘密を営業秘密保有者から示された者が,不正の利益を得る目的又は営業秘密保有者に損害を加える目的で,営業秘密の管理に係る任務に背き,「営業秘密記録媒体等」を横領し,又はその記載若しくは記録について「その複製を作成すること」等の方法で営業秘密を領得したときは,「十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金」に処し,又はこれを併科すると定めている。
この規定は,令和5年法律第51号による改正(令和6年4月1日施行)の前は21条1項3号に置かれており,以下の刑事裁判例は同号を適用したものである。
目的,任務違背及び領得の方法の要件は改正の前後で同じであるが,罰金の上限は,平成27年法律第54号による改正で1000万円から2000万円に引き上げられた。

最高裁判所平成30年12月3日決定(平成30年(あ)第582号,刑集72巻6号569頁)の裁判要旨は,「勤務先会社のサーバーコンピュータに保存された営業秘密であるデータファイルへのアクセス権限を付与されていた従業員が,同社を退職して同業他社へ転職する直前に,同データファイルを私物のハードディスクに複製したこと,当該複製は勤務先会社の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的をうかがわせる事情もないこと等の本件事実関係(判文参照)の下では,同従業員には,不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)21条1項3号にいう『不正の利益を得る目的』があったといえる。」というものである。
この事案の勤務先では,「会社の情報を私物のパーソナルコンピュータや外部記録媒体に保存することは禁止されていた。」と認定されている。

名古屋地方裁判所豊橋支部平成30年5月11日判決(平成29年(わ)第289号)は,図面等のデータを「情を知らない同僚のパソコンを操作するなどして私物のハードディスクに複製し,領得したもの」について,当時の21条1項3号ロを適用して,被告人を懲役2年(執行猶予4年)及び罰金50万円に処し,ハードディスクを没収した。

名古屋高等裁判所令和3年4月13日判決(令和2年(う)第162号)は,塗料メーカーの子会社の部長が,退職を決意した後に,塗料の配合情報を私物のUSBメモリに保存した事案で,懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円とした第一審判決に対する控訴を棄却した。
同判決が要約する第一審判決の判断は,子会社で「個人所有のUSBの使用が明示的に禁止されておらず,情報の社外持出しの管理に不十分な部分があったとしても本件情報の秘密管理性が失われるものではない。」というものである。

個人のメールアドレスへの転送や私用のクラウドへのアップロードも,複製の作成に当たり得る。
東京地方裁判所令和4年12月9日判決(令和3年特(わ)第129号)は,電気通信事業者の従業員が,退職日の前日と当日に,自宅でパソコンを操作して会社のクラウドサーバにアクセスし,営業秘密であるファイルを「自己が管理するアカウント名のGoogleドライブにアップロード」し,別のファイルが添付された電子メールを「自己の管理するメールアドレス宛てに転送」して,それぞれ複製を作成した事案である。
同判決は,営業秘密の領得を認め,被告人を懲役2年(執行猶予4年)及び罰金100万円に処した。

3 民事の差止めと損害賠償

東京地方裁判所令和6年4月25日判決(令和5年(ワ)第70462号)は,事業開発本部長等であった被告が最終出社日の直前に社内サーバーから情報を取得した事案で,「本件取得行為は、原告における業務遂行の目的により行われたものではなく、原告退職後の利用を目的として行われたものとみられる。」と認定した。
その上で,営業秘密の使用・開示の差止め,電子データ及びその複製物の廃棄並びに300万円の損害賠償を命じた。
同判決は,原告の規程で本件情報を私的に複製することが禁止されており,被告もこれを認識していたことも認定している。

第4 個人データの漏えいと従業者の監督

1 安全管理措置と従業者の監督

個人情報保護法23条は,個人データの漏えい等の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを求めている。
同法24条は,「個人情報取扱事業者は、その従業者に個人データを取り扱わせるに当たっては、当該個人データの安全管理が図られるよう、当該従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。」と定めている。

個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドライン(通則編)3-4-3は,従業者に対して必要かつ適切な監督を行っていない事例として,「内部規程等に違反して個人データが入ったノート型パソコン又は外部記録媒体が繰り返し持ち出されていたにもかかわらず、その行為を放置した結果、当該パソコン又は当該記録媒体が紛失し、個人データが漏えいした場合」を挙げている。
同ガイドラインの別添(講ずべき安全管理措置の内容)は,物理的安全管理措置として,「個人データが記録された電子媒体又は書類等を持ち運ぶ場合、容易に個人データが判明しないよう、安全な方策を講じなければならない。」としている。
規程で禁止しただけで放置している状態は,監督の問題になり得る。

2 紛失・持出しと漏えい等の報告

個人情報保護委員会のQ&A(令和7年7月1日更新)Q6-3は,個人データが記録されたUSBメモリを紛失し,紛失場所が社内か社外か特定できない場合について,漏えい(又は漏えいのおそれ)に該当すると考えられるとしている。
A6-24は,報告の期限の起算点となる「知った」時点について,「従業者等の不正な持ち出しの事案においては、不正な持ち出しを行った従業者等を除いた上で判断することとなります。」としている。
私物の媒体や個人のサービスに業務データがある場合は,紛失や退職の際にその所在を確認できないこと自体が,報告の要否の判断を難しくする。
漏えい等の報告の流れは,法律事務所のサイバー事故初動チェックリストでも整理している。

第5 懲戒処分と損害賠償

1 懲戒の根拠と相当性

労働基準法89条9号は,常時10人以上の労働者を使用する使用者が制裁の定めをする場合には,「その種類及び程度に関する事項」を就業規則に記載しなければならないとしている。
労働契約法15条は,懲戒が,労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効とすると定めている。
私物の機器や個人のサービスの利用を懲戒処分の対象にするには,禁止が就業規則等のどこに定められ,懲戒規定とどう結び付いているか,周知の方法,注意や警告の履歴,他の従業員との均衡を確認する必要がある。
これらの確認事項と,パソコンの私的利用を理由とする減給処分を無効とした札幌地方裁判所平成17年5月26日判決は,シャドーAIの問題点で紹介している。

2 私用の携帯電話・LINE・パソコンの業務利用

東京地方裁判所令和5年4月26日判決(令和4年(ワ)第6196号)の事案の会社では,「在宅勤務であるか否かにかかわらず、私用携帯電話で客と連絡をするなど業務をすることは禁止されていた。また、業務用携帯電話にLINEのアプリをインストールすることは禁止されていた。」と認定されている。
管理職であった原告は,在宅勤務中に,支給された業務用の携帯電話ではなく私用携帯電話で架電したり,LINEで業務上の連絡をとったりし,私用パソコンで業務に関連する調べものをしていた。
同判決は,これらの事実は「被告の秘密情報を漏洩させる危険を生じさせるものであるから、」就業規則の懲戒事由に当たるとした。
私用パソコンにはセキュリティ対策が取られていたという原告の主張については,「在宅勤務に際し、私用パソコンや私用携帯電話に新たなセキュリティ対策を追加でとったわけではなく、情報漏洩の危険性を否定できないので採用することができない。」とした。
その上で,勤務開始・終了の連絡や打刻のルール違反,調査への非協力的な態度等も併せて考慮し,降格処分を有効とした。
同じルールに違反していた別の部長が処分されていなかった点についても,その部長は私用携帯電話を業務に使っておらず,原告の方が違反の程度が大きいとして,平等原則違反の主張を退けている。

3 個人のメールアドレスへの転送

東京地方裁判所平成30年2月2日判決(平成28年(ワ)第40261号)は,保険代理店の営業部長が,業務用のメールアドレスで受信したメールを会社の承諾なく私用メールに転送してスマートフォンで確認できるようにしており,その中に学生の個人情報を含む顧客情報が含まれていた事案である。
同判決は,この転送を解雇後に判明した事実として認定した上で,「とりわけ,私用メールアドレスへのメールの転送は,情報漏洩の原因又は情報漏洩そのものといえ,個人情報を取り扱う事業者の従業員においては,厳に慎むべきことである。」と述べ,能力不足や勤務態度不良と併せて,解雇を有効とした。

東京地方裁判所平成24年7月10日判決(平成22年(ワ)第37293号)は,約2年の間に給与明細や社内メールのデータを私用のメールアドレスに転送していた事案で,「それが規程第17条第1項に違反していることは別論,2年あまりの間に45回にわたって転送した事実のみでは,職務専念義務違反と評価することには無理がある」とした(解雇自体は,パソコンのセキュリティソフトを無断で無効にした行為等を理由に有効とされた。)。
転送を問題にするときは,職務専念義務違反としてではなく,情報管理の規程違反として構成することが必要になると考えられる。

4 持出しの目的による違い

東京地方裁判所令和7年12月19日判決(令和6年(ワ)第18712号)は,経理課長であった被告が,医師への支払記録等の社内資料を私物のUSBメモリにコピーして持ち出し,弁護士に依頼して捜査機関に告発や情報提供をした事案である。
同判決は,「被告はこれらの社内資料を持ち出す権限を与えられておらず、被告の上記行為は、前記前提事実⑶認定の原告の就業規則の各条項に違反するものであった。」と認定しながら,持ち出した行為については「違法性が阻却され不法行為又は雇用契約上の債務不履行には当たらないというのが相当である(公益通報者保護法7条参照)。」として,会社の損害賠償請求を棄却した。
持出しが就業規則に違反していても,目的が公益通報に当たる場合は,法的責任を問えないことがある。

ただし,同判決は,同じ被告が提起した地位確認訴訟について,東京地方裁判所が令和6年12月24日に,「被告が原告の社内資料を私物USBに保存して社外に持ち出したことなどが就業規則違反に当たるとして、普通解雇は有効であると判断した。」と認定している。
同じ持出しについて,損害賠償請求では違法性が阻却され,解雇は有効とされたことになる(この令和6年12月24日の判決自体は,裁判所ウェブサイト及び判例秘書では確認できなかった。)。

東京地方裁判所平成28年5月13日判決(平成26年(ワ)第24422号)は,会社との紛争について弁護士に相談していた従業員が,業務用メールアドレスから個人のメールアドレスにメール148件を転送し,業務のメール等894件を印刷した事案である。
同判決は,法的紛争の解決のための証拠収集の目的による持出しには,諸事情を考慮して「社会通念上相当なものとして違法性を阻却する正当な理由が認められる余地もある」とし,本件の転送行為については「懲戒事由と認めることには慎重な検討を要する」とした。
他方で,このような転送や印刷は,「正当な理由がない限りは,重大な企業秩序違反として,厳しい懲戒処分を受けて当然のもの」とも述べている(転送等を理由とする戒告処分については,その有効性の判断に立ち入らずに,損害賠償請求を棄却した。)。

5 私物のUSBメモリへの持出しと懲戒解雇・退職金

東京地方裁判所令和5年5月24日判決(令和3年(ワ)第5200号)は,経理部長代理が,退職の意思表示をした日に,社内サーバの経理財務フォルダ内の約8000件のファイルを私物のUSBメモリに複製して持ち帰った事案である。
同判決は,これらのファイルは秘密管理性を満たさず営業秘密には当たらないとしながら,就業規則上の「重大な機密」には当たるとし,「従業員が就業規則により又は雇用契約上の付随義務として負っている秘密保持義務の対象となる秘密に関しては、そこまで限定的に解する必要はない。」とした。
その上で,転職先で利用する目的があったと認め,他の懲戒事由と併せて懲戒解雇を有効とし,退職金の請求も認めなかった。

これに対し,大阪地方裁判所令和8年4月27日判決(令和6年(ワ)第5307号等)は,営業担当者が退職日までの約1か月の間に,約1万4000個のファイルを共有サーバーから私物のUSBメモリに複製して持ち出した事案である。
同判決は,私物のUSBの接続や秘密情報の持出しを禁止する就業規則が周知されていたとは認められないとし,「私物USBの私用禁止、情報の持ち出し禁止といったルールが周知されていなかったことが認められる」ことも併せ考えると,「情報を持ち出したこと自体が被告に対する不法行為を構成するということはできない。」とした。
その結果,会社の損害賠償請求を棄却し,退職金の支払を命じた。
持出しの量が多くても,禁止のルールが周知されていなければ,責任を問えないことがある。

6 軽微な持出しと解雇

東京地方裁判所平成19年3月9日判決(平成18年(ワ)第650号)は,営業日誌の写しを自宅に持ち帰ったこと等を理由とする懲戒解雇について,自宅で訪問計画を立てるという目的に正当性が認められること,当時は営業日誌に関する社内の規定がなかったこと等を考慮し,「漏えい行為の態様としてはごく軽微なものであるから」解雇事由に当たらないか,当たるとしても解雇権の濫用として無効であると判断した。
業務のために自宅へ持ち帰った事案と,退職直前に私物の媒体へ複製した事案とでは,評価が大きく異なる。

7 裁判例の調査範囲

令和8年9月28日,裁判所ウェブサイトの裁判例検索(全文検索)と判例秘書で,私物のUSBメモリ,私用・個人のメールアドレスと転送,LINE等の語と,懲戒又は解雇の語を組み合わせて検索した。
判例秘書では,個人・私用のメールアドレス,転送及び懲戒又は解雇の組合せで20件,LINE,懲戒又は解雇,顧客情報等及び私用のスマートフォン等の組合せで4件,私物のUSBと懲戒又は解雇の組合せで19件が該当した。
このうち私物のUSBの組合せの9件は開いて確認しておらず,本記事では,開いたもののうち論点に直接関係するものを紹介した。
東京地方裁判所平成30年2月2日判決,同平成28年5月13日判決,同平成24年7月10日判決,同令和5年4月26日判決,同令和5年5月24日判決,大阪地方裁判所令和8年4月27日判決及び名古屋高等裁判所令和3年4月13日判決は,裁判所ウェブサイトでは見当たらず,判例秘書で本文を確認した。

第6 会社が整えておくこと

1 規程と誓約書

経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」(令和6年2月改訂)は,契約等に「秘密を守る」という内容のみを規定した場合,「退職時に社内資料を自宅に持ち帰ったまま返還しない、個人メールアドレスにメールを送信する等の行為は該当しないといった言い逃れを許すおそれがあります」とし,「持出禁止(持出が認められる場合はその条件)」,「返還、廃棄・消去(必要があればその確認)」といった取扱いの内容も定めることを挙げている。

2 私物の機器と個人のサービス

同ハンドブックは,私物のUSBメモリ等の持込みや業務での利用がないかを確認することが重要であるとし,「私物の記録媒体等の業務利用を認める場合には、利用できる業務範囲や利用に当たって遵守すべき事項等のルールを定めることが重要です」としている。
また,企業が許可した以外のオンラインストレージ等の利用を禁止することも挙げている。

情報処理推進機構の「組織における内部不正防止ガイドライン」(第5版)は,「個人のノートPCやスマートデバイス等のモバイル機器及び携帯可能なUSBメモリ等の外部記録媒体の業務利用及び持込を適切に制限しなければならない。」とし,私物の端末の業務利用(BYOD)については,「BYODは可能ならば使用せず、会社支給PCとすることが望ましい」としている。
同ガイドラインは,電子メールについて,「業務のメールを個人のメールアドレスに転送する設定になっていないかを確認することが望まれます。」としている。

総務省の「テレワークセキュリティガイドライン」(第5版)は,個人所有端末を使用する場合は,端末にデータを保存できることやマルウェア対策ソフト等のインストールを強制できないことなどから,「十分なセキュリティ統制が取れません」としている。

LINE等のメッセージアプリを名指しした記載は,本記事で確認した公的資料には見当たらなかった。
もっとも,国家サイバー統括室が公開している「インターネットの安全・安心ハンドブック」(令和7年3月11日版)は,シャドーITについて,「例えば、業務連絡にSNS などを使用していたら、従業員の転職後、図らずとも自社の秘密情報が他社に知られてしまった、といったリスクもあり得ます。」としている。
情報処理推進機構の「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」(第4.0版)の付録5「情報セキュリティ関連規程(サンプル)」は,テレワーク端末で個人的にクラウドサービスやSNSを利用する場合の遵守事項として「業務関連データの送受信、保存、共有に利用しない。」,「社内、取引先との連絡に利用しない。」を挙げ,電子メールの禁止事項として「私用メールアドレスへの転送。」を挙げている。
本記事では,業務連絡に使うアプリとアカウントを会社として指定し,それ以外のアプリで顧客情報や案件の資料を扱わないことを,私物の機器やクラウドと同じ規程の中で定めておくことを勧める。

3 実態の把握とモニタリング

禁止を定めても,実際に何が使われているかを把握しなければ監督にならない。
一方で,利用を申告した従業員を処分すると,利用は隠される。
既に使われていた私物の機器や個人のサービスを申告してもらうときは,申告した過去の利用は処分しないことを先に決めておくと,実態を把握しやすくなると考えられる。

モニタリングを行う場合について,個人情報保護委員会のQ&A(Q5-7)は,その目的をあらかじめ特定した上で,社内規程等に定め,従業者に明示することを留意点として挙げている。
モニタリングツールを使う場合の注意点は,USB型フォレンジックツールを労務管理で利用する場合の法的注意点で整理している。

4 退職時の返却と確認

「秘密情報の保護ハンドブック」は,中途退職者については,「退職の申出を受けてから速やかに会社貸与の記録媒体や情報機器を返却させます。」としている。
私物の機器や個人のサービスに業務データが残っていないかは,退職時の誓約書で確認し,必要があれば削除したことの確認を求める。
退職後の競業避止や資料の持出しと退職金の扱いは,退職後の競業避止義務と退職金の減額・不支給で扱っている。

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第8 出典

1 公的資料

①個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(令和8年6月一部改正版)3-4-3・別添
②個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」(令和7年7月1日更新)Q5-7・Q6-3・A6-24
③経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」(令和6年2月改訂)
④経済産業省「営業秘密管理指針」(令和7年3月31日改訂)
⑤情報処理推進機構「組織における内部不正防止ガイドライン」(第5版)
⑥情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威 2026」
⑦総務省「テレワークセキュリティガイドライン」(第5版)
⑧国家サイバー統括室「インターネットの安全・安心ハンドブック」(令和7年3月11日版)第6章
⑨情報処理推進機構「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」(第4.0版)付録5

2 裁判例

①最高裁判所平成30年12月3日決定(平成30年(あ)第582号,不正競争防止法違反被告事件,刑集72巻6号569頁,判例タイムズ1458号105頁,判例時報2407号106頁)
②大阪地方裁判所令和6年7月30日判決(令和2年(ワ)第1539号,不正競争防止法違反行為差止等請求事件)
③東京地方裁判所令和6年4月25日判決(令和5年(ワ)第70462号,不正競争行為差止等請求事件)
④名古屋地方裁判所豊橋支部平成30年5月11日判決(平成29年(わ)第289号,不正競争防止法違反被告事件)
⑤東京地方裁判所令和7年12月19日判決(令和6年(ワ)第18712号,損害賠償請求事件)
⑥東京地方裁判所平成19年3月9日判決(平成18年(ワ)第650号,地位確認等請求事件,労働判例938号14頁)
⑦東京地方裁判所令和4年12月9日判決(令和3年特(わ)第129号,不正競争防止法違反被告事件)
⑧知的財産高等裁判所令和元年8月7日判決(平成31年(ネ)第10016号,競業差止請求控訴事件,金融・商事判例1579号40頁)
⑨名古屋高等裁判所令和3年4月13日判決(令和2年(う)第162号,不正競争防止法違反被告事件,判例秘書L07620246)
⑩東京地方裁判所令和5年4月26日判決(令和4年(ワ)第6196号,懲戒処分無効確認等請求事件,判例秘書L07831220)
⑪東京地方裁判所平成30年2月2日判決(平成28年(ワ)第40261号,地位確認等請求事件,判例秘書L07330749)
⑫東京地方裁判所平成24年7月10日判決(平成22年(ワ)第37293号,地位確認等請求事件,判例秘書L06731066)
⑬東京地方裁判所平成28年5月13日判決(平成26年(ワ)第24422号,地位確認等請求事件,判例秘書L07131337)
⑭東京地方裁判所令和5年5月24日判決(令和3年(ワ)第5200号,未払賃金等請求事件,判例秘書L07831088)
⑮大阪地方裁判所令和8年4月27日判決(令和6年(ワ)第5307号・第8392号,退職金請求事件・損害賠償等請求事件,判例秘書L08150306)

3 法令

①不正競争防止法2条6項・21条2項1号(令和5年法律第51号による改正前は21条1項3号)(e-Gov法令検索)
②個人情報の保護に関する法律23条・24条(e-Gov法令検索)
③労働契約法15条(e-Gov法令検索)
④労働基準法89条9号(e-Gov法令検索)