第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象と基準日
本記事は,昭和46年3月に最高裁判所が13期の宮本康昭熊本地家裁判事補を判事に任命されるべき者の名簿(以下「再任名簿」という。)に登載しなかった事件(宮本判事補再任拒否事件)について,経過と関係者の対応を整理する。
主な資料は,昭和46年から昭和48年までの国会会議録並びに日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の会長談話及び臨時総会決議である。
山本祐司『最高裁物語(下巻)』(講談社+α文庫,1997年)の記述は,頁を示し,「同書によれば」と帰属を明示して補う。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
最高裁判所は再任名簿に登載しなかった理由を公表しておらず,本記事も理由を推測しない。
2 結論
①下級裁判所の裁判官は,最高裁判所の指名した者の名簿によって内閣が任命し,任期は10年で,再任されることができる(憲法80条1項,裁判所法40条)。
②最高裁判所の裁判官会議は,任期満了を迎える13期の判事補のうち宮本康昭判事補を再任名簿に登載せず(日弁連の臨時総会決議の提案理由によれば昭和46年3月31日の裁判官会議),宮本判事補は同年4月13日限りで判事補の任期を終えた。
③最高裁判所は,登載しなかった理由を「人事の機密」であるとして国会でも本人にも明らかにせず,青年法律家協会(以下「青法協」という。)の会員であるという理由だけで除外したのではなく,全人格的な評価の結果であると説明した。
④最高裁判所事務総局は,国会で,再任請求権は存在せず,再任名簿に登載しなかったことは不利益処分に当たらないとの見解を示した。
⑤日弁連は,同年4月3日の会長談話で理由の公表を求め,同年5月8日の臨時総会決議で,この処分は思想・信条・団体加入を理由に再任を拒否したものと考えざるを得ないとして,直ちに再任するよう要望した。
⑥裁判官の間でも理由の明示等を求める要望書が相次ぎ,最高裁判所人事局長は,同年4月13日の時点で約140名から要望書等が届いていると答弁した。
⑦宮本判事補は,本務である熊本簡易裁判所判事の任期が残っていたため同職にとどまったが,昭和48年3月14日付で辞任を申し出た。
⑧現在の憲法80条1項及び裁判所法40条3項も任期を10年とし,平成15年からは下級裁判所裁判官指名諮問委員会が指名の適否を審議している。
第2 下級裁判所裁判官の任期と再任の仕組み
1 憲法と裁判所法の規定
憲法80条1項は,「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。」と定める。
裁判所法40条1項は,「高等裁判所長官、判事、判事補及び簡易裁判所判事は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。」と定める。
同条3項は,「第一項の裁判官は、その官に任命された日から十年を経過したときは、その任期を終えるものとし、再任されることができる。」と定める。
他方,裁判所法48条は,裁判官は,公の弾劾又は国民の審査に関する法律による場合等を除いては,「その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない。」と定める。
2 判事補から判事への「再任」
判事は,判事補,簡易裁判所判事,検察官,弁護士等の職に在った年数が通算して10年以上になる者の中から任命される(裁判所法42条1項)。
吉田豊最高裁判所事務総長は,昭和46年3月25日の参議院法務委員会で,13期の裁判官について,「判事補で十年を経過した人が今度判事に新任される場合でございます。それをいわゆる再任と申しておりますが、厳格にいいますと、いわゆる新任するか再任かの問題はあるだろうと存じます」と答弁した。
吉田事務総長は,同年5月21日の衆議院法務委員会でも,「判事補は十年たちますといわゆる判事に任命される資格を得るというだけでございまして、当然に任命されるわけではございません。」と答弁した。
3 判事補と簡易裁判所判事の兼務
矢口洪一最高裁判所人事局長は,昭和46年12月22日の衆議院法務委員会で,判事補は3年たつと簡易裁判所判事の資格ができるので兼務を付けるとした上で,「判事補の間は必ずと言っていいくらいに、ほとんど例外なく、判事補と簡易裁判所判事という二つの任命が行なわれるわけでございます。」と答弁した。
同じ答弁によれば,判事補の定員を空けて新任の判事補を採用するため,一部の判事補について簡易裁判所判事を本務とする事務的な操作が行われていた。
矢口人事局長は,同年4月13日の衆議院法務委員会で,簡易裁判所判事が本務で判事補が兼務である裁判官について判事補の任期が終了したときは,「本務としての簡易裁判所判事はその簡易裁判所判事に任用されましてから十年間は続くということに相なるわけでございます。」と答弁した。
宮本判事補について,矢口人事局長は,同じ委員会で,「宮本判事補の場合は、簡易裁判所判事が本務でございますが」と答弁している。
4 再任名簿の作成手続
矢口人事局長は,昭和46年3月3日の衆議院法務委員会で,本人の再任希望を聴取し,事務的な検討の結果を裁判官会議に上程した上で,裁判官会議で個々の裁判官について「あらゆる観点から再任にふさわしいかどうかということの御審議をいただき御決定をいただいて、名簿を確定するという段取りでございます。」と答弁した。
同じ委員会では,再任の場合は事務的な段階で再任候補者名簿の原案から落とすことはせず,「全部裁判官会議におかけいたしまして、十分慎重に御検討いただくというのがこれまでの慣例と存じております。」とも答弁した。
再任の基準について,矢口人事局長は,同じ委員会で,「再任の場合には再任される裁判官としてふさわしい方であるかどうかということが一般的な最終的な基準であると申し上げ得るのではないかと存ずるわけでございます。」と答弁した。
第3 再任名簿からの除外に至る経過
1 昭和46年3月の国会答弁
矢口人事局長は,昭和46年3月11日の参議院法務委員会で,同年に再任を迎える13期の裁判官は「総数七十名でございます。」と答弁した。
同年3月3日の衆議院法務委員会では,13期の再任希望者の中で青法協の会員であるといわれているのは8名であるが,正確な数は把握していないと答弁した。
吉田事務総長は,同年3月11日の参議院法務委員会で,「青法協会員であるという理由だけで再任の名簿から落とすようなことは、最高裁判所といたしましてはいたしておりません。」と答弁した。
2 最高裁判所の裁判官会議
吉田事務総長は,同年3月25日の参議院法務委員会で,13期の裁判官について「十七日から裁判官会議でそれぞれの個人について検討を加えられているわけでございまして、まだ結論は出ておりません。」と答弁した。
同書99頁によれば,この問題についての裁判官会議は3月17日に初めて招集され,24日及び31日と続いた。
日弁連の臨時総会決議の提案理由(議事録)は,最高裁判所が「さる3月31日の裁判官会議におきまして、宮本康昭裁判官を再任名簿から除外し」たと述べている。
同書99頁によれば,昭和46年3月に再任願を出した13期の裁判官は63人で,そのうち宮本を含めて青法協会員は6人いた。
同年4月13日の衆議院法務委員会でも,森山欽司委員が,再任希望者63名中1名が再任裁判官名簿から漏れているようであるとして質問している。
矢口人事局長は,同じ委員会で,13期の青法協会員について,「最終の段階において五名の会員の方がおられたわけでございますが、再任いたしました者は、その中で一名の方が依頼免を申し出られ、一名の方を名簿に登載いたしませんでしたので、結局三名の方を再任として採用したということに相なるわけでございます。」と答弁した。
このように,青法協会員の人数は,国会答弁(3月3日の8名,最終段階の5名)と同書(6人)とで一致しない。
3 任期の満了と正式の通知
矢口人事局長は,同年5月20日の参議院法務委員会で,「十四日付で一般的に同期の人たちが再任になりましたわけでありますが、宮本判事補は再任の名簿に載っておりませんでしたので、十三日限りで任期終了による退官ということになったわけでございます。」と答弁した。
同じ答弁で,矢口人事局長は,「四月十三日に到達いたします正式の書面でもって宮本判事補は適任ではないということで再任の名簿からはずされたものであるという趣旨の正式の通知を所長、長官にいたしております。」と述べた。
それ以前に新聞が不再任を報じていた時期の照会に対しては,最高裁判所は回答しなかったとも述べている。
同じ委員会で,矢口人事局長は,通知には判事として適任ではないという慎重な判断に基づいて名簿に載らなかったものであり,「ただ青法協会員というだけの理由で載せかなかったものではないということで通知を出しております。」と答弁した。
矢口人事局長は,同年5月21日の衆議院法務委員会で,今回の問題を外部に正式に説明できるようになったのは4月13日以降であり,それ以前は新聞で取りざたされても一言のコメントもできない状況にあったと答弁した。
同書103頁によれば,4月13日午前9時50分,最高裁判所人事局長から熊本地裁所長に電話で正式の通知があり,ほぼ同時刻に吉田事務総長の談話が発表された。
同書が引用する談話には,「適任でないとする理由は人事の機密に属することなので、本人の希望の有無にかかわらず公表することはできない。ただ青法協会員であるという理由だけで指名からはずされたのではない」との記載がある。
4 同じ時期の23期司法修習生の任官拒否と罷免
矢口人事局長は,同年4月13日の衆議院法務委員会で,23期の司法修習生について,裁判官の「希望者が六十二名ございまして、その中で七名を不採用にし」たと答弁した。
同年4月5日には,23期の司法修習生であった阪口徳雄が罷免された(罷免の日は同じ委員会での矢口人事局長の答弁による)。
日弁連の臨時総会決議の提案理由は,最高裁判所が同修習生の修習終了式における言動をとらえて即日罷免したと述べている。
任官拒否と罷免の経過は,司法修習生の「品位を辱める行状」による罷免事例と再採用―23期阪口徳雄修習生(昭和46年)から70期まで及びブルーパージとは―昭和44年からの青法協会員裁判官への脱会勧告・再任拒否と「司法の危機」の全体像で扱っている。
第4 最高裁判所の説明(国会答弁)
1 理由を明らかにしない理由
矢口人事局長は,昭和46年4月13日の衆議院法務委員会で,「再任を拒否いたしましたという理由につきましては、これは人事の機密に属することでございますので、一切お答えができかねる次第でございます。」と答弁した。
同じ委員会で,理由を明らかにした方が人事行政を円滑にするのではないかとの質問に対し,「制度というものは、一つ一つの場合に例外をつくっていくということはまた非常な弊害を伴うものでございますので」として,原則的な立場は堅持しなければならないと答弁した。
同年3月3日の衆議院法務委員会では,事前に,理由を「ある場合に申し上げ、ある場合に申し上げないということは、またそれなりに公平を欠きますので」と説明していた。
吉田事務総長は,同年5月21日の衆議院法務委員会で,「人事行政を円滑に運営する責任のある裁判所といたしましては、これを公にすることはどうしてもできないわけでございます。」と答弁した。
同じ委員会では,「宮本判事補に関する具体的ないわゆる再任拒否、これは法律的には再任拒否ではありませんけれども、いわゆる再任拒否の理由は申し上げられないわけでございます。」とも答弁した。
同年5月20日の参議院法務委員会では,宮本判事補が直接人事局長のところに来て理由を明らかにするよう求めたが説明しなかったのではないかとの質問に対し,矢口人事局長は「そのとおりでございます。」と答弁した。
続く質問で,人事局長の職責上言えないのではなく最高裁全体として言えないということかと問われたのに対しても,「そのとおりでございます。」と答弁した。
同書108頁によれば,宮本は4月14日に熊本から上京し,人事局長が応対したが,その返事は「人事の機密」という公式見解を一歩も出なかった。
2 再任名簿に登載しないことの法的性格
矢口人事局長は,同年4月13日の衆議院法務委員会で,「再任名簿の登載ということは自由裁量処分であろうと考えております。」と答弁した。
同じ答弁で,再任希望書は申請行為に当たらないので,「再任名簿に不登載となりましても、申請行為に対する拒否処分があったということになるものではないわけでございます。」とし,理由を述べる必要はないと述べた。
同年5月21日の衆議院法務委員会では,「再任請求権といったものは存在しない、したがって、再任のための名簿に登載しなかったことは不利益処分に当たらない、このように考えております。」と答弁した。
同じ委員会では,任期はほかの官の任期と同様に解すべきであり,再任することができるとの規定は「それは文字どおり再任し得る地位があるにすぎない、そういうふうに解釈すべきであるという考えを持ってきたものでございます。」と答弁した。
同じ答弁で,矢口人事局長は,憲法の英訳文が「プリビレッジ」の語を用い,裁判所法の英訳が「メイ・ビー・アポインテッド」と書いていることにも触れ,いずれも再任され得るということにすぎないと述べた。
同じ委員会で,再任については「新任の場合と全く同様に考えて処理すべきものであるというたてまえ」で運用してきたと答弁した。
3 任期制の趣旨
矢口人事局長は,同年4月13日の衆議院法務委員会で,裁判官は非常に強い身分保障を持つため,「やはり人事の停滞も生じましょうし、また裁判官の中に独善あるいは沈滞が生じてくるということは、これは人間としてあり得ることであるわけでございます。」と述べ,その反面のものとして任期制が採用されたと答弁した。
吉田事務総長は,同年5月21日の衆議院法務委員会で,強い身分保障の反面として生じる沈滞や人事の渋滞の弊害について,「それを打破するとともに不適任者を排除して、より適任者を得るという道を開くために、この任用制度ができておるわけでございます。」と答弁した。
4 青法協会員であることとの関係
矢口人事局長は,同年4月13日の衆議院法務委員会で,不採用又は再任名簿への不登載は,「いずれもそれが青法協会員であるということだけの理由によるものではないということは申し上げられるかと思います。」と答弁した。
同じ委員会では,再任の場合には「すでにどの方が青法協の会員であるかということが、青法協の発行しておられます機関誌等によりまして私どもにもわかっておりますので」と述べた上で,宮本判事補を名簿に載せなかった理由は人事の機密であるとした。
同年5月20日の参議院法務委員会では,「再任するかどうかということは、全人格的な評価でございまして、人格、識見、能力、経歴あらゆるものが要素になってくるわけでございます。」と答弁した。
同じ委員会では,「思想、信条による差別ということはいたさない。それは明白でございます。」と答弁した。
続けて,「政治的な団体に加入しておるということだけで名簿に登載しないことはしないということも申し上げているとおりでございます。」と答弁した。
同年5月21日の衆議院法務委員会でも,「採否の基準はあくまで全人格的な評価によるものである」と答弁している。
5 過去の不再任の例
矢口人事局長は,同年5月21日の衆議院法務委員会で,任期終了の際に不適任として再任名簿に載らなかった例は,昭和32年に5人,昭和33年に1人,昭和34年に1人,昭和43年に1人,昭和44年に2人であり,昭和45年はなく,昭和46年に1人であったと答弁した。
その上で,「何も今回初めてこのような措置がとられたというものではないわけでございます。」と述べた。
これらの例の理由については,同じ委員会で,人事の問題であるとして答弁しなかった。
同年5月20日の参議院法務委員会では,再任制度の運用が始まった昭和32年以来,「大体年に一件ぐらいの割合で再任しないという問題はこれまでもあったわけでございまして」と答弁した。
同じ答弁で,再任の基準を示すことについては,「そういつたものを一つの基準でつくっていくということは、実際問題としては不可能なことであるということでございます。」と述べた。
6 裁判官会議での検討
矢口人事局長は,同年4月13日の衆議院法務委員会で,「最高裁判所の裁判官会議におきましては慎重に検討を重ねられました結果、名簿に登載しないという御決定をいただいたものでございます。」と答弁した。
吉田事務総長は,同年5月21日の衆議院法務委員会で,「最高裁判所の裁判官会議におきましてあらゆる観点から慎重に慎重に検討されてきめておられますので、事実誤認というようなことはないと確認しております。」と答弁した。
同じ答弁で,吉田事務総長は,最高裁判所の判事の職務に関して国民が問題にすることがある場合には,「それはやはり国民審査で責任を問われることになるのではないかと思います。」と述べた。
第5 日弁連の対応
1 会長談話(昭和46年4月3日)
日弁連は,昭和46年4月3日,「13期裁判官の再任拒否問題に関する談話」を出した。
談話は,新聞の報道によるとして,宮本判事補と任官拒否された7名のうち6名は青法協の会員であり,1名は同会の同調者とのことであるから,「再任と任官の拒否は、青法協の会員であることが理由とされた疑いが強い。」とした。
その上で,談話は,「最高裁判所は、本人の希望に従がい、再任及び任官拒否の理由をすみやかに公表し、国民の疑惑にこたえるべきである。」と結んでいる。
談話によれば,日弁連は同年1月27日,思想・信条や団体加入によって差別することがないよう求める要望書を最高裁判所長官に提出していた。
2 最高裁判所事務総長の書面
吉田事務総長は,同年5月21日の衆議院法務委員会で,日弁連会長あての書面に,日弁連会長の談話は司法の独立を害するおそれがあるとの趣旨を記載して渡したことを認めた。
その理由について,吉田事務総長は,「公の機関である日弁連として、最高裁判所の権限に属します人事行政を含む司法行政についてかれこれ言うのは干渉である、これはひいては司法の独立を脅かすおそれがある、こういう趣旨を申したわけでございます。」と答弁した。
3 臨時総会決議(同年5月8日)
日弁連は,同年5月8日の臨時総会で,「裁判官の再任拒否に関する決議」をした。
決議は,「最高裁判所は、本年度の裁判官の再任にあたり、10年の任期を終えた13期裁判官の宮本康昭判事補を再任名簿から除外し、また23期司法修習生で裁判官を志望するもののうち7名の不採用を決めた。」と述べる。
決議は,最高裁判所が理由を明らかにしないことなどから,「この処分は裁判官の思想・信条・団体加入を理由に再任を拒否したものと考えざるを得ない。」とした。
そして,決議は,「このことは、裁判官の基本的人権をおかすばかりか、裁判官の身分保障ひいては司法権の独立をおびやかすことになるとともに、民主主義の基本にかかわる重大事である。」とした。
決議は,「よって最高裁判所に対し直ちに再任ならびに新任をするよう強く要望するものである。」と結んでいる。
同じ頁に掲載された提案理由(議事録)は,弁護士会の合同調査団の調査報告によれば,宮本裁判官は裁判官として人格,識見,能力等において問題がないばかりでなく,極めて優れた裁判官であるとされていると述べている。
提案理由は,合同調査団の結論として,宮本裁判官の再任拒否は「同氏が青年法律家協会の会員であるということを理由とするものであるという疑いが、極めて濃厚であるというふうにいわざるを得ない」と述べている。
提案理由は,再任の運用について,弾劾による罷免の事由がある場合や心身の故障等により職務の遂行が不可能又は著しく困難である場合以外には再任されなければならないことが原則であるとの立場をとっている。
第6 裁判官・学者の反応と国会審議
1 裁判官の要望書
矢口人事局長は,昭和46年4月13日の衆議院法務委員会で,「参っております要望書等は現在のところ約百四十名の方からのものが参っております。」と答弁した。
続けて,「その内容のほとんどは、もし宮本裁判官が再任されないというようなことであるならば、その理由を知らせてほしいというものでございます。」と説明した。
日弁連の臨時総会決議の提案理由(議事録)は,熊本県下の裁判官29名が最高裁判所に要望書を提出し,各地の裁判所からの要望は総数470名に達したといわれていると述べている。
同書108頁によれば,宮本の再任を求める裁判官の要望書に賛同した裁判官は,全国51地・家裁のうち29地・家裁の515人に及んだ。
同じ頁によれば,全国98大学と1研究所の法学専門の教授・助教授604人も法学者声明を出した。
2 衆議院法務委員会の参考人意見
衆議院法務委員会は,同年5月19日,大学教授4名を参考人として招いて意見を聴いた。
高柳信一東京大学社会科学研究所教授は,法曹一元を前提にしないところで10年任期制を憲法に適合するように運用するには自動承認しか考えられないとし,「実質的に自動的に近い運用をしなければおそらく違憲ということになってくると思われます。」と述べた。
これに対し,田上穣治明治学院大学法学部教授は,再任は裁判官でなくなった者を新しく任命することであるとし,「私は、一応法律的に割り切りますと、理由を示さなければならないとは思わない、また再任をしなければならないという制度ではない、かように考えております。」と述べた。
3 国会での質疑
同年4月13日の衆議院法務委員会では,委員が,再任名簿に登載しなかった理由を公表するかどうかをめぐって質疑した。
森山欽司委員は,「人事の秘密は最高裁判所は当然厳守さるべきであり、そういうことは、たとえ本人が希望しても公表できないのがあたりまえであります。」と述べた。
岡沢完治委員は,国民や下級裁判所の裁判官の信頼の観点から,「せめて宮本判事補本人にはその理由を明らかにされる」ことが必要ではないかと質問した。
これに対し,矢口人事局長は,「ただいまのところ、やはりそれについて理由を述べるということは考えておりませんので、御了承をいただきたいと思います。」と答弁した。
第7 簡易裁判所判事としての在職と辞任
1 簡易裁判所判事の任期が残ったこと
矢口人事局長は,昭和46年4月13日の衆議院法務委員会で,宮本判事補は判事の任用の名簿に載せられなかったが,「簡易裁判所判事としてのあとの任期が残ることになります。」と答弁した。
同じ答弁で,簡易裁判所判事の任期が残ることは,憲法に保障された裁判官の任期と対応する身分保障の結果であり,その期間は裁判官として仕事をしてもらうのは当然であると述べた。
同じ委員会での答弁によれば,当時の判事補の最高の報酬は「一号で十三万三千六百円」であり,判事の最低の報酬は「八号十五万八千円」であった。
宮本判事補については,「先ほど申し上げました十三万三千六百円というのを現在支給されておりますし、特段の措置のとられない限り、この報酬を受け続けるということになるわけでございます。」と答弁した。
同書132頁によれば,宮本は簡易裁判所判事(熊本簡裁)としての任期が3年残っており,その職にとどまって地裁判事への再任を要求し続けた。
2 本務の切替えをめぐる質疑
昭和46年12月22日の衆議院法務委員会で,青柳盛雄委員は,同年4月14日に14期の裁判官が簡裁判事兼判事補から判事補兼簡裁判事へと一斉に任命替えされたとする青法協の機関紙の記事を取り上げた。
矢口人事局長は,「十四期の方だけに限りますと、御指摘の日付で、二十八名の切りかえを行なっております。」と答弁した。
青柳委員は,任期満了の際に簡易裁判所判事の任期が残ることのないようにするための措置ではないかと質問した。
これに対し,矢口人事局長は,「今回の措置も、宮本裁判官の再任云々の問題が生じます前に、そういう手続を事務的には私どもとったわけでございまして」と述べ,宮本裁判官の件とは全然関係がないと答弁した。
3 簡易裁判所判事としての処遇
昭和48年3月27日の衆議院法務委員会で宮本裁判官の給与が据え置かれていたのではないかと質問されたのに対し,矢口人事局長は,「宮本裁判官は簡易裁判所判事ということで、御承知のように判事、判事補と別個の体系による給与を受けておられるわけでございます。簡易裁判所判事として一般の方と同様の取り扱いがなされたというだけのことでございます。」と答弁した。
4 辞任の申出(昭和48年3月14日)
矢口人事局長は,昭和48年3月27日の衆議院法務委員会で,「熊本簡易裁判所の宮本裁判官が三月十四日付をもちまして辞任を申し出られたわけでございます。」と答弁した。
同じ答弁で,辞任の申出は所属の簡易裁判所,地方裁判所及び高等裁判所を経由して最高裁判所に申達され,最高裁判所は裁判官会議にはかった上で内閣に送付することになると説明した。
同書132頁によれば,宮本は,2年目になって青法協会員8人を含む74人の判事補全員が再任を認められた環境の変化を挙げて「私の目的は一応達成できた」とし,3月14日に簡裁判事も辞める退官願を提出した。
同年4月3日の参議院法務委員会では,鈴木強委員が,宮本が記者に述べた辞任の理由として,「一昨年再任拒否されたときに簡裁判事としてとどまったのは、こんご再び再任拒否者が出ることを許さないための歯止になろうと考えたからだ。」との言葉を紹介している。
これに対し,矢口人事局長は,宮本裁判官の場合は,判事補の期間が終了して判事任命の資格を取得する段階で,「判事に任命すべき者とされる名簿に登載されなかったという不幸な事件であったわけでございます。」と答弁した。
第8 平成15年以降の指名手続
1 下級裁判所裁判官指名諮問委員会
裁判所ウェブサイトの下級裁判所裁判官指名諮問委員会の頁は,同委員会について,「下級裁判所裁判官指名諮問委員会規則(平成15年5月1日施行)により設置される委員会です。」と説明している。
同じ頁は,同委員会が「最高裁判所の諮問に応じ,下級裁判所の裁判官の指名の適否について審議し,その結果を答申します。」としている。
同じ頁によれば,最高裁判所は,司法制度改革審議会意見の趣旨を踏まえ,「指名過程の透明性を高め,国民の意見を反映させるため」に同委員会を設置した。
委員会は,裁判官,検察官,弁護士及び学識経験のある者の中から最高裁判所が任命する11人の委員で構成され,全国8か所の高等裁判所所在地ごとに地域委員会が置かれている。
2 昭和46年当時の手続との違い
昭和46年当時の国会答弁では,再任名簿は,事務総局が事務的に検討した結果を裁判官会議に上程し,裁判官会議が個々の裁判官について審議して確定するとされていた(第2の4)。
平成15年以降は,最高裁判所が指名の適否を同委員会に諮問し,同委員会が審議の結果に基づいて最高裁判所に意見を述べる手続が加わっている。
同委員会で再任が不適当とされた裁判官の数の推移や,再任の評価に用いられる情報の提供方法は,下級裁判所裁判官指名諮問委員会で再任不適当とされた裁判官の数の推移及び裁判官再任評価情報の提供方法及び指名諮問委員会の審議で扱っている。
第9 関連記事
平賀書簡事件とは―長沼ナイキ訴訟への札幌地裁所長の書簡,札幌地裁の厳重注意,最高裁の注意処分及び訴追委員会の判断
宮本康昭裁判官(13期)の経歴
矢口洪一裁判官(高輪1期)の経歴
ブルーパージとは―昭和44年からの青法協会員裁判官への脱会勧告・再任拒否と「司法の危機」の全体像
司法修習生の「品位を辱める行状」による罷免事例と再採用―23期阪口徳雄修習生(昭和46年)から70期まで
判事補任官拒否と最高裁判所の指名権に関する裁判例
下級裁判所裁判官指名諮問委員会で再任不適当とされた裁判官の数の推移
裁判官再任評価情報の提供方法及び指名諮問委員会の審議
平成20年度以降,任期終了により退官した裁判官の一覧
裁判官の再任の予定年月日,及び一斉採用年月日
下級裁判所裁判官の任期終了直前の依願退官・任期終了退官と退職手当支給率
簡易裁判所判事の採用選考―任命資格,筆記・口述試験,推薦外候補者及び再任
第10 出典・参考資料
1 法令
①日本国憲法(e-Gov法令検索)80条
②裁判所法(e-Gov法令検索)40条,42条,48条
2 国会会議録
①昭和46年3月3日の衆議院法務委員会(第65回国会第7号)
②昭和46年3月11日の参議院法務委員会(第65回国会第3号)
③昭和46年3月25日の参議院法務委員会(第65回国会第6号)
④昭和46年4月13日の衆議院法務委員会(第65回国会第16号)
⑤昭和46年5月19日の衆議院法務委員会(第65回国会第21号)
⑥昭和46年5月20日の参議院法務委員会(第65回国会第7号)
⑦昭和46年5月21日の衆議院法務委員会(第65回国会第22号)
⑧昭和46年12月22日の衆議院法務委員会(第67回国会第8号)
⑨昭和48年3月27日の衆議院法務委員会(第71回国会第11号)
⑩昭和48年4月3日の参議院法務委員会(第71回国会第5号)
3 公的資料
①日本弁護士連合会「13期裁判官の再任拒否問題に関する談話」(昭和46年4月3日)
②日本弁護士連合会「裁判官の再任拒否に関する決議」(昭和46年5月8日臨時総会)及び提案理由
③裁判所ウェブサイト「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」
4 文献
①山本祐司『最高裁物語(下巻)』(講談社+α文庫,1997年)99頁,103頁,108頁,132頁
5 調査範囲
国会会議録は,令和8年9月27日に国会会議録検索システムで,「宮本」及び「再任」(昭和46年3月から12月まで),「再任」(昭和46年3月から6月まで),「宮本」及び「簡易裁判所」並びに「宮本判事」(昭和46年6月から昭和48年12月まで)等の語で検索し,関係する委員会の会議録の全文を確認した。
『最高裁物語(下巻)』は,引用した頁を画像で確認した。
同書の記述のうち,他の資料で確かめられない最高裁判所裁判官ごとの発言や賛否は用いていない。
宮本判事補再任拒否事件を直接の対象とする裁判例は確認しておらず,裁判例は扱っていない。