第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,破産して免責許可の決定を受けた債務者の不動産に,抵当権(根抵当権を含む。)の登記だけが残っている場合に,その抵当権が時効によって消滅するか,消滅するとしていつ消滅し,登記をどう抹消するかを扱う。
中心となるのは,最高裁判所第二小法廷平成30年2月23日判決である。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した同日時点の民法・破産法・不動産登記法と,平成29年法律第44号による改正前の民法で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判示事項・裁判要旨と全文を確認した。
消滅時効の全体像は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。
2 結論
①免責許可の決定の効力を受ける債権は,訴えをもって履行を請求し強制的に実現することができなくなるから,その消滅時効の進行を観念することができない(最高裁平成11年11月9日判決)。
②抵当権は,債務者及び抵当権設定者に対しては,被担保債権と同時でなければ時効によって消滅しない(民法396条)が,被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合には,同条は適用されない(最高裁平成30年2月23日判決)。
③その場合,抵当権自体が,債務者及び抵当権設定者に対する関係でも,改正前民法167条2項所定の20年の消滅時効にかかる(同判決)。
現行法では,民法166条2項が同じく20年と定めている。
④抵当権自体の時効期間を被担保債権の種類に応じて5年や10年とする考え方は,同判決で否定された。
⑤20年の時効が完成し,これを援用すれば,債務者は抵当権者に対して抵当権設定登記の抹消登記手続を請求することができ,抵当権者が応じなければ判決を得て単独で抹消登記を申請することになる(不動産登記法63条1項)。
⑥20年の起算点(「抵当権を行使することができる時」)は同判決も判示しておらず,免責を受けた直後に抵当権の時効消滅を理由として抹消を求めることはできない。
第2 前提となる条文
1 民法396条
民法396条は,「抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。」と定める。
この規定は平成29年法律第44号による改正の前後で同じ文言である。
通常は,債務者や抵当権設定者は,被担保債権の消滅時効を援用して抵当権を消滅させることになり,抵当権だけの時効消滅を主張することはできない。
2 抵当権自体の消滅時効
現行の民法166条2項は,「債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定める。
改正前の民法167条2項は,「債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。」と定めていた。
平成30年2月23日判決は,抵当権がこの「債権又は所有権以外の財産権」に当たるとした。
3 破産免責の効力
破産法253条1項本文は,「免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。」と定める。
他方で,抵当権は別除権として破産手続によらないで行使することができ(破産法65条1項),免責許可の決定は,破産者以外の者が破産債権者のために供した担保に影響を及ぼさない(破産法253条2項)。
そのため,免責後も抵当権の登記は残り,抵当権者が競売を申し立てない限り,登記が長期間放置されることがある。
第3 平成30年2月23日判決
1 事案
最高裁判所第二小法廷平成30年2月23日判決(平成29年(受)第468号,民集72巻1号1頁)の事案は,次のとおりである。
①債務者は,平成13年2月13日,自己の建物持分について,債務者を自身,根抵当権者を貸金業者とする極度額300万円の根抵当権を設定し,同日,根抵当権設定仮登記がされた。
②債務者は,同日に締結した金銭消費貸借取引契約に基づいて借入れと返済をしていたが,平成17年9月28日を最後に返済をしなくなった。
③債務者は,平成17年11月24日に破産手続開始の決定を受けると同時に破産手続廃止の決定を受け,これにより根抵当権の担保すべき元本が確定した。
④債務者は,平成18年1月26日に免責許可の決定を受け,同決定は同年2月24日に確定し,被担保債権は免責許可の決定の効力を受けるものとなった。
債務者は,被担保債権について消滅時効が完成し根抵当権は消滅したなどと主張して,仮登記の抹消登記手続を求めた。
2 原審の判断
原審(福岡高等裁判所平成28年11月30日判決)は,①被担保債権は免責許可の決定の効力を受ける債権であるから消滅時効の進行を観念することができず,②民法396条により抵当権は債務者及び抵当権設定者に対しては被担保債権と同時でなければ時効によって消滅しないとして,請求を棄却すべきものとした。
この考え方によれば,免責を受けた債務者の不動産の抵当権は,いつまでも時効で消滅しないことになる。
3 判旨
(1) 被担保債権の時効は進行しない
最高裁は,原審の①の判断は是認することができるとした。
免責許可の決定の効力を受ける債権は,債権者において訴えをもって履行を請求しその強制的実現を図ることができなくなり,もはや民法166条1項に定める「権利を行使することができる時」を起算点とする消滅時効の進行を観念することができないとし,これは抵当権の被担保債権である場合であっても異ならないとした。
その根拠として,最高裁判所第三小法廷平成11年11月9日判決(平成9年(オ)第426号,民集53巻8号1403頁)を引用している。
同判決は,免責決定の効力の及ぶ債務の保証人は,その債権についての消滅時効を援用することができないとしたものである。
(2) 民法396条は適用されない
他方で,最高裁は原審の②の判断は是認することができないとした。
民法396条は,その文理に照らすと,被担保債権が時効により消滅する余地があることを前提としているとした。
そう解さないと,いかに長期間権利が行使されない状態が継続しても消滅することのない抵当権が存在することとなるが,民法がそのような抵当権の存在を予定しているとは考え難いとした。
そして,抵当権は民法167条2項(改正前)の「債権又は所有権以外の財産権」に当たるとして,「抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合には,民法396条は適用されず,債務者及び抵当権設定者に対する関係においても,当該抵当権自体が,同法167条2項所定の20年の消滅時効にかかると解するのが相当である。」と判示した。
(3) 5年・10年説の否定と根抵当権
上告人(債務者)は,抵当権自体の消滅時効期間は被担保債権の種類に応じて5年(当時の商法522条)や10年(改正前民法167条1項)であると主張した。
最高裁は,そのように解することは被担保債権の消滅時効の進行を観念するに等しく,また法に規定のない消滅時効の制度を創設することになるとして,これを採用しなかった。
また,以上のことは,担保すべき元本が確定した根抵当権についても同様に当てはまるとした。
(4) 結論
最高裁は,原審の②の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるとしつつ,事案では根抵当権を行使することができる時から20年を経過していないことは明らかであるとして,請求を棄却した原審の判断を結論において是認した。
根抵当権の設定は平成13年2月であるから,判決時点(平成30年2月)では,どの時点から数えても20年が経過していなかったことになる。
4 補足意見
同判決には補足意見が付されている。
補足意見は,民法396条の趣旨を,債務者及び抵当権設定者が被担保債権について弁済をしないで抵当権の時効消滅を主張することは信義に反するため,これらの者については抵当権自体の時効消滅を認めないというものと解した。
その上で,被担保債権が免責許可の決定の効力を受けて訴えをもって強制的実現を図ることができなくなっている場合には,債務者及び抵当権設定者が弁済をせずに抵当権の時効消滅を主張しても信義に反するとはいえないから,同条の趣旨に照らしても適用はないとしている。
第4 実務上の問題
1 20年の起算点
平成30年判決は,抵当権自体の20年の消滅時効が「抵当権を行使することができる時」から進行することを前提としているが,具体的にいつがその時に当たるかは判示していない。
事案では,どの時点から数えても20年が経過していなかったため,判断する必要がなかったと考えられる。
被担保債権の弁済期(期限の利益の喪失時を含む。),根抵当権の元本確定時,免責許可の決定の確定時などが候補となり得るが,裁判所ウェブサイトで確認できた最高裁判例はなく,事案ごとに慎重な検討を要する。
いずれの時点をとっても,免責許可の決定の後も長期間は,抵当権が時効で消滅したことを前提にした処理はできないと考えられる。
2 改正前民法と現行民法
平成30年判決は改正前民法167条2項を適用したものであるが,現行の民法166条2項も「権利を行使することができる時から二十年間」としており,期間は同じ20年である。
したがって,施行日(令和2年4月1日)の前後いずれの規定によるとしても,抵当権自体の時効期間が20年である点は変わらない。
被担保債権の消滅時効期間に関する経過措置は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で扱う。
3 物上保証人・第三取得者の場合
平成30年判決の判旨は,「債務者及び抵当権設定者に対する関係においても」抵当権自体が20年の消滅時効にかかるとしており,債務者以外の抵当権設定者(物上保証人)についても,被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける限り同じ扱いになると読める。
免責許可の決定は物上保証人が供した担保に影響を及ぼさない(破産法253条2項)から,物上保証人の不動産の抵当権は,免責後もそのまま行使され得る。
平成11年11月9日判決の考え方からすると,物上保証人も,免責された被担保債権の消滅時効を援用して抵当権を消滅させることはできないと考えられる。
抵当不動産の第三取得者が被担保債権の消滅時効を援用できること(最高裁昭和48年12月14日判決)を含め,援用権者の範囲は,消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者で扱う。
4 免責を受けていない場合
債務者が免責を受けていない場合(破産手続を経ていない場合や免責不許可の場合)には,民法396条がそのまま適用される。
その場合,債務者や抵当権設定者は,抵当権自体の時効ではなく,被担保債権の消滅時効を援用して抵当権の消滅を主張することになる。
破産免責の許可・不許可の判断については,破産免責の許可・不許可の限界事例で扱っている。
第5 抵当権設定登記の抹消の方法
1 抵当権者の協力が得られる場合
権利に関する登記の申請は,法令に別段の定めがある場合を除き,登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない(不動産登記法60条)。
抵当権が時効で消滅した場合には,所有者(登記権利者)と抵当権者(登記義務者)が共同して抹消登記を申請するのが原則である。
まずは抵当権者に時効の援用を通知し,抹消登記への協力を求めることになる。
2 抵当権者が応じない場合
抵当権者が協力しない場合には,抵当権設定登記(仮登記を含む。)の抹消登記手続を求める訴えを提起し,これを命ずる確定判決を得れば,所有者が単独で抹消登記を申請することができる(不動産登記法63条1項)。
平成30年判決の事案も,根抵当権設定仮登記の抹消登記手続を求める訴訟であった。
訴訟では,免責許可の決定の確定,抵当権を行使することができる時から20年の経過及び時効の援用を主張立証することになる。
3 抵当権者の所在が分からない場合
抵当権者の所在が知れないため共同して抹消登記を申請することができないときは,登記権利者は,非訟事件手続法99条に規定する公示催告の申立てをすることができ(不動産登記法70条1項),除権決定があったときは単独で抹消登記を申請することができる(同条3項)。
同条4項後段は,抵当権者の所在が知れない場合において,被担保債権の弁済期から20年を経過し,かつ,その期間を経過した後に被担保債権,その利息及び債務不履行により生じた損害の全額に相当する金銭が供託されたときも,単独で抹消登記を申請することができると定める。
抵当権者が法人で,解散し清算人の所在が判明しない場合については,被担保債権の弁済期から30年を経過し,かつ,法人の解散の日から30年を経過したときに単独で抹消登記を申請することができる旨の規定がある(不動産登記法70条の2)。
これらの手続の要件は時効とは別に定められているから,利用できるかどうかは事案ごとに確かめる必要がある。
第6 関連記事
①消滅時効に関するメモ書き
②消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者
③消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表
④破産免責の許可・不許可の限界事例
⑤破産免責決定への即時抗告と免責後の請求異議―相手方の住所が分からない場合
第7 出典・参考資料
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)166条2項,396条(e-Gov法令検索・法令APIで令和8年9月19日時点の条文を確認)
②平成29年法律第44号による改正前の民法167条,396条(e-Gov法令APIで令和2年3月31日時点の条文を確認)
③破産法(平成16年法律第75号)65条,253条(e-Gov法令APIで確認)
④不動産登記法(平成16年法律第123号)60条,63条,70条,70条の2(e-Gov法令APIで確認)
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷平成30年2月23日判決(平成29年(受)第468号,民集72巻1号1頁)裁判所ウェブサイト
②最高裁判所第三小法廷平成11年11月9日判決(平成9年(オ)第426号,民集53巻8号1403頁)裁判所ウェブサイト
③最高裁判所第二小法廷昭和48年12月14日判決(昭和45年(オ)第719号,民集27巻11号1586頁)裁判所ウェブサイト