第1 会社法の株式価格決定と相続税評価の違い――この記事の対象と時点
同じ非上場株式であっても,相続税評価と会社法上の価格決定とでは,評価の目的,方法及びディスカウントの扱いが異なる。
相続税評価は,大量の申告を法定の期限内に処理するため,財産評価基本通達の定める方式で画一的に評価するものであり,国税庁自身が「一定の割り切った評価」と位置付けている(第6回資料11頁)。
これに対し会社法上の価格決定は,譲渡制限株式の売買価格や反対株主の買取価格について,裁判所が制度の趣旨に従い個別の事情を考慮して定めるものであり,DCF法等の評価手法の選択も,非流動性ディスカウントの可否も,手続の種類と算定過程に応じて判断される。
この記事は,令和8年9月19日現在で公表されている資料に基づき,会社法上の株式価格決定と相続税評価の違いを,条文,最高裁決定及び下級審の決定例に即して整理するものである。
素材は,国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第1回から第6回までの会議資料,第5回までの議事要旨及び第5回当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」であり,第6回会議の議事要旨はこの記事の作成時点で公表されていない。
有識者会議で示されている見直し案は国税庁事務局のたたき台であり,決定したものではない。
骨子自身も,評価水準・税負担の在り方等を含め「最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」としている(骨子1頁)。
有識者会議の経緯と論点の全体は,親記事である取引相場のない株式の評価に関する有識者会議にまとめており,この記事はその第8「会社法における株式価格の決定との距離」を独立させて掘り下げたものである。
第2 場面ごとに異なる非上場株式の「時価」
1 条文上の文言の違い
相続税法22条は,「相続,遺贈又は贈与により取得した財産の価額は,当該財産の取得の時における時価により」と定めるだけで,評価の方法は財産評価基本通達に委ねられている。
これに対し会社法は,場面ごとに裁判所が価格を決定する手続を置いている。
譲渡制限株式の譲渡を会社が承認しなかった場合の買取りについて,会社法144条2項は株式会社又は譲渡等承認請求者が通知の日から20日以内に「裁判所に対し,売買価格の決定の申立てをすることができる」とし,同条3項は,裁判所は「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」と定める。
吸収合併等に反対する株主は,会社法785条1項により「自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができ」,協議が調わないときは同法786条2項により裁判所に価格の決定の申立てをすることができる。
全部取得条項付種類株式の取得については,会社法172条1項が,反対株主等は裁判所に対し「取得の価格の決定の申立てをすることができる」と定めている。
2 場面ごとの比較
非上場株式の価額が問題となる主な場面を整理すると,次のとおりである。
| 場面 | 根拠 | 評価の目的・方法 |
|---|---|---|
| 相続税・贈与税 | 相続税法22条,財産評価基本通達 | 大量の申告を期限内に処理するための画一的評価。類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式等の通達の方式による |
| 所得税・法人税 | 所得税基本通達・法人税基本通達 | 第4回資料8頁によれば,課税上弊害がない限り評価通達に準じて評価する |
| 譲渡制限株式の売買価格 | 会社法144条2項・3項 | 譲渡を希望する株主の投下資本回収の保障。裁判所が資産状態その他一切の事情を考慮して定める |
| 組織再編の反対株主の買取請求 | 会社法785条1項・786条2項 | 退出を選択した株主への企業価値の適切な分配。「公正な価格」 |
| 全部取得条項付種類株式の取得価格 | 会社法172条1項 | 一般に公正と認められる手続による公開買付けの後に同額で取得した場合は,特段の事情がない限り公開買付価格と同額 |
| M&A(相対取引) | 当事者間の合意 | 交渉で決まる価格であり,交換価値を反映しているとは限らない |
| 遺産分割・遺留分・財産分与 | 民法等 | 当事者間の公平。相続税評価額は当然には基準とならない(第6参照) |
所得税・法人税の行は,第4回資料8頁が「相続税法,所得税法,法人税法のいずれにおいても『時価』は『客観的交換価値』と解されており,時価の概念という点においては共通するものの,課税の目的に応じ,所得税基本通達及び法人税基本通達において,課税上弊害がない限り,評価通達に準じて評価する旨定められている」と記載していることによる。
M&Aの行は,東京高等裁判所令和6年8月28日判決(令和6年(行コ)第36号。裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。)が,M&Aが行われる場合には高度な経営判断や双方の交渉の結果等により売買代金が決定されるのであって,売買代金が交換価値を反映しているとは限らないと述べていることによる。
3 評価の目的が違えば数値も違う
評価の目的が違えば評価額が違うことは,有識者会議でも前提とされている。
第4回会議では,委員から「目的によって評価が異なるのは一般的な考え方であり,会社法の裁判例や,M&Aの事例を,相続や贈与の時の評価の参考とするような,目的が違うものを並べて参考とすることには違和感がある」との意見が出ている(第4回議事要旨12頁)。
第4回資料8頁も,委員の意見の整理として「会社法やM&A価格との乖離を根拠に通達の見直しを論ずることには慎重であるべき」との意見を掲げている。
他方,事務局は,昭和30年代に作られた考え方が評価理論の進歩や社会経済情勢の変化の中で置き去りにされ,評価額圧縮スキームを跋扈させる温床となった側面があるとし,「進歩を遂げた会社法やM&Aの考え方を参考にしながら見直していくことが必要」と説明している(第4回議事要旨6頁)。
会社法の価格決定実務は,相続税評価の「正解」ではなく,見直しの方向を考える際の参照点という位置付けである。
第3 会社法の価格決定で使われる評価方法
1 DCF法・収益還元法・純資産法・配当還元法
会社法上の価格決定で用いられる評価手法は,大きく分けて,将来の収益やキャッシュ・フローから価値を求める手法,会社の純資産から価値を求める手法及び配当から価値を求める手法である。
最高裁令和5年5月24日第三小法廷決定は,DCF法を「将来期待されるフリー・キャッシュ・フローを一定の割引率で割り引くことにより株式の現在の価値を算定する方法」と説明し,最高裁平成27年3月26日第一小法廷決定は,収益還元法を「将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定する方法」と説明している。
平成27年決定は,非上場会社の株式の価格の算定には様々な評価手法が存在し,どのような場合にどの評価手法を用いるかは裁判所の合理的な裁量に委ねられているとした上で,一定の評価手法を合理的であるとして算定を行う場合に,その評価手法の内容,性格等からして考慮することが相当でない要素を考慮して価格を決定することは許されないとしている。
会社法には「一つの正しい算式」が置かれているわけではなく,手法の選択と併用は事案ごとに判断される。
2 DCF法が主流となった経過
第2回会議で弥永委員が提出した資料は,1984年以降の公刊物掲載裁判例を一覧化し,札幌高等裁判所平成17年4月26日決定を皮切りにDCF法による評価額又はそれを主な要素とする価格決定が多数を占めるに至っていること,純資産価額方式による評価額は下支えと位置付けられることが多いこと,配当還元法による評価は近年では譲渡等承認請求の場合の売買価格決定に限られていることを示している。
ただし,同決定(平成16年(ラ)第88号,判例タイムズ1216号272頁)の判示事項は「配当方式:純資産方式:収益方式を25:25:50の割合で組み合わせる併用方式」と表現しており,決定文にDCF法という語は用いられていないから,この裁判例をDCF法採用の起点として引用する際には留保が必要である。
同決定は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で確認した。
国税庁も,類似業種比準方式について,第4回資料16頁で「同じ企業価値評価を扱う会社法における訴訟やM&Aなどの実務でも用いられなくなってきたことも踏まえ」て在り方を問い,第6回資料11頁では「類似業種比準方式には,理論的な根拠や実証的な裏付けがなく,他分野でも徐々に使われなくなってきた」としている。
類似業種比準方式の扱いについては,類似業種比準方式は廃止されるのかで詳しく扱う。
3 複数の手法を併用した決定例
(1) 京都地方裁判所昭和62年5月18日決定
京都地方裁判所昭和62年5月18日決定(昭和60年(ヒ)第62号,金融・商事判例778号41頁,判例時報1247号130頁)は,純資産方式,類似業種比準方式,収益還元方式及び配当還元方式を,2:1:1:1の割合で併用している。
同決定は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で確認した。
(2) 東京地方裁判所平成26年9月26日決定
東京地方裁判所平成26年9月26日決定(平成24年(ヒ)第63号・第68号,金融・商事判例1463号44頁)は,議決権比率24.4%の株式について,DCF法による評価額(非流動性ディスカウント30%を適用した後で1株845円),純資産法による評価額(1株997円)及び配当還元法による評価額を加重平均し,1株693円と定めた。
同決定は,純資産法として再調達時価純資産法を採用した上で,役員退職慰労引当金については退職金規程がなく支払実績も明らかでないことを理由に,資産除去債務については再調達時価純資産法が廃業ないし清算を想定するものではないことを理由に,いずれも計上を否定している。
有識者会議において日本商工会議所及び日本税理士会連合会が求めている確実な退職給付債務や資産除去債務の控除は,会社法の価格決定実務では当然には認められていないことになる。
同決定は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。
4 プロラタ価値を明示した横浜地裁の決定
最近の下級審の例として,横浜地方裁判所令和7年6月19日決定(令和5年(ヒ)第59号,ジュリスト1614号2頁)がある。
同決定は,会社法144条2項の売買価格決定の手続について,株主全体に帰属する企業価値に持株割合を乗じて算定される価値(プロラタ価値)を基準とする考え方を明示的に採用した。
同決定はDCF法により1株38,463円と定め,割引率の算定においてサイズリスクプレミアムを考慮することについては我が国ではその存在が実証されていないとして排斥し,マイノリティ・ディスカウントも排斥した。
同社の株式には1株13,500円で譲渡された実績があったが,同決定はこの取引実績も売買価格の基準として採用しなかった。
本記事の計算では,決定された価格は取引実績の約2.85倍である。
同決定は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。
第4 非流動性ディスカウントをめぐる最高裁の二つの決定
1 最高裁平成27年3月26日決定――組織再編の買取請求では不可
最高裁平成27年3月26日第一小法廷決定(平成26年(許)第39号,民集69巻2号365頁)は,非上場会社を消滅会社とする吸収合併に反対した株主が,会社法785条1項に基づき株式買取請求をした事案である。
鑑定人は,収益還元法により将来期待される純利益の現在価値の合計を約3億6158万円と算定した上,非流動性ディスカウントとして25%の減価を行い,1株80円とする意見を述べ,原審もこれに従った。
最高裁は,非流動性ディスカウントは非上場会社の株式に市場性がなく流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ,収益還元法には,類似会社比準法等とは異なり,市場における取引価格との比較という要素は含まれていないと指摘した。
その上で,株式買取請求権が付与された趣旨が,吸収合併等に反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には企業価値を適切に分配するものであることをも念頭に置くと,収益還元法によって算定された価格について,市場における取引価格との比較により更に減価を行うことは相当でないとした。
結論として,裁判所が収益還元法を用いて買取価格を決定する場合に非流動性ディスカウントを行うことはできないとし,原決定を破棄して買取価格を1株106円と定めた。
2 最高裁令和5年5月24日決定――譲渡制限株式の売買価格では可
最高裁令和5年5月24日第三小法廷決定(令和4年(許)第8号,集民270号113頁)は,会社が株主からの譲渡承認請求を承認せず,会社法144条2項に基づき売買価格の決定を申し立てた事案である。
鑑定人は,DCF法による1株当たりの評価額を2社についてそれぞれ7,524円及び6,448円と算定した上,非流動性ディスカウントとして30%の減価を行い,5,266円及び4,514円とする意見を述べ,原審もこれに従った。
最高裁は,会社法144条2項の売買価格決定の手続は,会社が譲渡を承認しない場合に,譲渡を希望する株主に当該譲渡に代わる投下資本の回収の手段を保障するために設けられたものであるから,市場性がないことを理由に減価を行うことが相当と認められるときは,任意に譲渡される場合と同様に非流動性ディスカウントを行うことができ,このことはDCF法が用いられたとしても変わらないとした。
もっとも,評価額の算定過程で市場性がないことが既に十分に考慮されている場合には,更に非流動性ディスカウントを行うことは二重の減価となるから相当ではないとも述べている。
本件では,割引の際に類似する上場会社の株式に係る数値が用いられる一方で,市場性がないことが考慮されていることはうかがわれないとして,非流動性ディスカウントを認めた原審の判断を是認した。
同決定は,平成27年決定について「事案を異にし,本件に適切でない」としている。
3 二つの決定の違い――「非上場株式は常に30%減」とはいえない
二つの決定を並べると,次のとおりである。
| 項目 | 平成27年決定 | 令和5年決定 |
|---|---|---|
| 手続 | 吸収合併の反対株主の買取請求(会社法785条1項) | 譲渡制限株式の売買価格決定(会社法144条2項) |
| 制度の趣旨 | 退出を選択した株主への企業価値の適切な分配 | 譲渡に代わる投下資本回収の手段の保障 |
| 評価手法 | 収益還元法 | DCF法(類似上場会社の数値を使用) |
| 鑑定の減価率 | 25% | 30% |
| 結論 | 非流動性ディスカウント不可(1株106円) | 非流動性ディスカウント可(原審の価格を是認) |
二つの決定から読み取れるのは,非流動性ディスカウントの可否が,①手続の制度趣旨と,②採用した評価手法の算定過程で市場性が既に考慮されているかどうかによって決まるということである。
令和5年決定の30%は,その事案の鑑定人が用いた減価率を原審が採用し,最高裁がこれを是認したものであって,減価率の一般的な基準を示したものではない。
したがって,「非上場株式であれば常に30%の非流動性ディスカウントが認められる」と一般化することはできないと考えられる。
前記第3の4の横浜地裁の決定がマイノリティ・ディスカウントを排斥していることからも分かるとおり,支配権の有無を理由とする減価も,別の論点として個別に判断される。
税務の側でも,ディスカウントは当然には認められていない。
東京高等裁判所令和7年6月19日判決(令和7年(行コ)第51号,訟務月報72巻2号79頁)は,評価通達6項が適用された事案で,課税庁の評価が非流動性ディスカウント及びマイノリティ・ディスカウントを行っていない点について,株主が相続の前後を通じて相続人ら及びその親族であって換金が可能であること,主要資産が流動性の高い金融資産であることを理由に非流動性ディスカウントを否定し,一族が支配権を有していたことを理由にマイノリティ・ディスカウントも否定している。
同判決は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。
4 公開買付け後のキャッシュアウトと評価通達6項
非流動性ディスカウントの問題ではないが,会社法上の価格決定のもう一つの基準として,最高裁平成28年7月1日第一小法廷決定(平成28年(許)第4号,民集70巻6号1445頁)がある。
同決定は,株式の相当数を保有する株主が公開買付けを行い,その後に全部取得条項付種類株式を用いて残りの株式を取得する取引において,独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ,一般に公正と認められる手続により公開買付けが行われ,その後に会社が公開買付けの価格と同額で株式を取得した場合には,取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り,会社法172条1項(平成26年法律第90号による改正前のもの)の取得価格を公開買付けの価格と同額とするのが相当であるとした。
会社法の価格決定は,常に評価手法の数値計算で決まるのではなく,手続の公正さによって取引価格が尊重される場面もある。
なお,相続税の側で通達評価額を上回る価額による課税が平等原則に違反しない場合を示したのが最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(令和2年(行ヒ)第283号,民集76巻4号411頁)であり,その枠組みと株式の事例は財産評価基本通達6項(総則6項)の適用で扱っている。
第5 相続税評価と会社法の価格決定の距離
1 通達評価は「一定の割り切った評価」
国税庁は,非上場株式の税務上の評価について,公認会計士等による企業価値評価のように厳密な方法を求めることはできず「一定の割り切った評価となる」とし,現行の評価方法についても同様であるとしている(第6回資料11頁)。
その根拠として挙げられているのが,大阪高等裁判所令和元年10月10日判決(平成31年(行コ)第25号,判例タイムズ1473号18頁)である。
同判決は,改正前の財産評価基本通達に従って取引相場のない株式を純資産価額方式により評価して相続税を申告納付した相続人らが,改正後の通達によって算出した税額との差額について国に不当利得の返還又は損害賠償を求めた事案で,取引相場のない株式について公認会計士等による評価を義務付けることとすれば法定の期限内に納税申告をさせ税額を確定すべき要請に副わない事態が生じ得るから,課税庁としては専門家の意見を得ることなしに評価額を確定するという「割り切った運用を容認せざるを得ない」とし,控訴を棄却した。
同判決は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。
会社法の価格決定のように鑑定人の意見を得て個別に評価することは,相続税の申告では前提とされていないことになる。
2 国税庁案が会社法の考え方に近づく面
第5回会議の骨子は,「株式の評価は企業価値総額を前提」とし,「経営事情の異なる上場会社との比較から1株当たりの価格を算定するのではなく,評価会社全体の価値から株式の評価をするべき」としている(骨子1頁)。
その上で,原則的評価方式として規模によらず評価会社全体の価値を算定するインカムアプローチを導入し,そのうち残余利益モデルを採用するとしている(骨子1頁・3頁)。
従業員持株会の株式を固定価格で評価する場合には,他の株式の価格が「プロラタにより上昇すること」を踏まえ,株価総額(企業価値の総額)から持株会株式買取総額を控除した残額を基礎として評価する案が示され(骨子7頁),配当還元方式の判定についても「インカムアプローチに基づく企業価値の総額に基づくプロラタ価値で評価することを原則とする体系へ移行する」ことが理由として挙げられている(骨子10頁)。
企業価値の総額を算定してこれを持株割合で按分するという考え方は,前記第3の4の横浜地裁の決定が売買価格の基礎としたプロラタ価値の考え方と共通しており,類似業種比準方式という上場会社比準の方式を離れて会社自身の収益力から評価する点でも,DCF法を中心とする会社法の価格決定実務に近づく面があると考えられる。
残余利益方式の算式と考え方は,残余利益方式とはで詳しく扱う。
3 なお異なる面
他方,国税庁案は,会社法の価格決定と同じ評価をしようとするものではない。
資料から読み取れる違いは,次のとおりである。
(1) 還元率を当局が一律に定める
会社法の価格決定では,鑑定人が個別の事案ごとに割引率等を算定する(令和5年決定の事案では,類似する上場会社の株式に係る数値が用いられた)。
これに対し国税庁案では,還元率は「年分通達で定める」とされ(骨子11頁),事務局は,中小企業の株主資本コストを個別に計算することや業種別に選択することは難しく,当局が定期的に金融市場から一定の株主資本コストを測定した上で公表し,それを用いてもらうことが適当ではないかとしている(第5回議事要旨4頁)。
(2) ターミナルバリューを加算しない
第6回資料7頁は,理論モデルを踏まえれば予測期間を5年とした場合には6年目以降の残余利益の割引現在価値の総和(ターミナルバリュー)を加算する必要があるとしつつ,その算定が困難であり残余利益は年数とともに逓減すると考えられることから,「過小評価の可能性があるものの安全性を考慮し加算しないこととしてはどうか」としている。
第5回会議では,委員から,超過利益を5年で切ってターミナルバリューも加えないことで「本来の理論的な企業価値よりもさらに割安になる可能性もある」との指摘があった(第5回議事要旨7頁)。
(3) しんしゃく率を乗じる
国税庁案の算式は,簿価純資産と残余利益の現在価値の合計にしんしゃく率を乗じるものであり,しんしゃく率は還元率の考え方と併せて次回以降の会議で議論するとされている(第6回資料7頁)。
会社法上の非流動性ディスカウントが手続の趣旨と算定過程に応じて個別に判断されるのに対し,しんしゃく率は評価の安全性の観点から画一的に適用されることが想定されており,両者は性格を異にすると考えられる。
しんしゃく率の水準による評価額の変化は,非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるかで扱う。
(4) 純資産の位置付け
国税庁案の残余利益方式は,時価ではなく簿価純資産を出発点とし,時価への洗替えを不要とする(骨子3頁)。
前記第3の3(2)の東京地裁の決定が再調達時価純資産法を用いたのとは発想が異なる。
また,第4回会議では,委員から,会社法の世界で純資産価額が下限というのは理解できるが,税務上はこれまで純資産が上限であったから,一本化された後の評価額が純資産価額を上回るようになるのはいかがなものかとの意見が出ている(第4回議事要旨17頁)。
純資産価額を下限とみるか上限とみるかという点でも,会社法の価格決定と相続税評価は出発点が異なる。
これらの違いは,申告による大量処理,評価の安全性及び予測可能性という税務上の要請から生じるものであり,見直しが実現しても,相続税評価額と会社法上の価格が一致するようになるわけではないと考えられる。
第6 実務上の使い分け――相続税評価額をそのまま使えない場面
1 遺産分割と代償金
遺産分割や遺留分の算定で非上場株式の価額が問題となるときに,相続税申告で用いた評価額を当然に基準とすることはできない。
相続税評価は前記第5の1のとおり課税の必要から割り切った評価であり,相続人間の公平を目的とするものではないからである。
当事者が合意すれば申告上の評価額を用いることはあり得るが,争いになれば,会社法の価格決定と同様に評価の目的と手法が問題となると考えられる。
非上場株式を取得する相続人が代償金を支払う場面については遺産分割における代償分割,現行の相続税評価の方式の全体は遺産相続における非上場株式の評価方法で扱っている。
2 財産分与
経営者の離婚に伴う財産分与で自社株式の価額が問題となる場合も,同じことがいえる。
自社株式の対象性,評価及び分与方法は経営者の離婚と自社株式の財産分与で扱っている。
3 譲渡制限株式の売買価格決定と株式買取請求
株主が譲渡制限株式の譲渡承認を請求し,会社が承認しない場合には,会社法144条の売買価格決定に進むことがある。
同条5項は,20日以内に売買価格の決定の申立てがないとき(協議が調った場合を除く。)は,「一株当たり純資産額に第百四十条第一項第二号の対象株式の数を乗じて得た額」を売買価格とすると定めているから,期間の管理自体が価格に影響する。
申立てがされれば,前記第4のとおり,評価手法の選択とディスカウントの可否が個別に争われ,相続税評価額とは大きく異なる価格となり得る。
離婚の局面で会社法144条の売買価格決定が問題となる例は,経営者の離婚をめぐる四つの局面で扱っている。
同族会社の株式を相続・贈与で移転する計画を立てる際にも,税務上の評価額と,将来の買取請求や売買価格決定で認められ得る価格とが別物であることを前提に,株主構成と資本政策を検討する必要がある。
見直し案が実現した場合でも,前記第5の3のとおり両者の違いは残ると考えられる。
第7 関連記事
有識者会議の全体像は親記事の取引相場のない株式の評価に関する有識者会議に,国税庁案の算式は残余利益方式とはに,評価水準の試算は非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるかに,類似業種比準方式の扱いは類似業種比準方式は廃止されるのかにまとめている。
この記事で取り上げた平成27年決定,平成28年決定及び令和5年決定を含む会社法分野の最高裁判例は,会社法等に関する最高裁判例で論点別に整理している。
第8 出典
1 法令
①相続税法(昭和25年法律第73号)22条(e-Gov法令検索)
②会社法(平成17年法律第86号)144条・172条・785条・786条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所第一小法廷平成27年3月26日決定(平成26年(許)第39号,民集69巻2号365頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷令和5年5月24日決定(令和4年(許)第8号,集民270号113頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第一小法廷平成28年7月1日決定(平成28年(許)第4号,民集70巻6号1445頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第三小法廷令和4年4月19日判決(令和2年(行ヒ)第283号,民集76巻4号411頁,裁判所ウェブサイト)
⑤札幌高等裁判所平成17年4月26日決定(平成16年(ラ)第88号,判例タイムズ1216号272頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により確認)
⑥京都地方裁判所昭和62年5月18日決定(昭和60年(ヒ)第62号,金融・商事判例778号41頁,判例時報1247号130頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により確認)
⑦東京地方裁判所平成26年9月26日決定(平成24年(ヒ)第63号・第68号,金融・商事判例1463号44頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑧横浜地方裁判所令和7年6月19日決定(令和5年(ヒ)第59号,ジュリスト1614号2頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑨東京高等裁判所令和7年6月19日判決(令和7年(行コ)第51号,訟務月報72巻2号79頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑩東京高等裁判所令和6年8月28日判決(令和6年(行コ)第36号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑪大阪高等裁判所令和元年10月10日判決(平成31年(行コ)第25号,判例タイムズ1473号18頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
3 有識者会議の資料
①国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)資料」令和8年7月3日(国税庁)
②国税庁「第4回 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 議事要旨」(国税庁)
③国税庁「第5回 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 議事要旨」(国税庁)
④国税庁「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」第5回当日机上配付資料(国税庁)
⑤国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第6回)資料」令和8年9月16日(国税庁)