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交通事故でも健康保険は使える―第三者行為による傷病届と利用時の注意点(AIリライト)

交通事故によるけがでも,原則として健康保険,国民健康保険又は後期高齢者医療制度等の公的医療保険を利用できる。

ただし,労働者の業務上又は通勤途中の事故は労災保険の対象となり得るほか,公的医療保険を利用するときは加入先の保険者へ「第三者行為による傷病届」等を提出する必要がある。

本記事では,交通事故で健康保険を利用できる法的根拠,必要な手続,自由診療との違い,自賠責保険との関係及び示談前の注意点を説明する。

第1 交通事故で健康保険を利用できる範囲

1 交通事故でも原則として健康保険を利用できる

厚生労働省は,犯罪や自動車事故による傷病も一般の保険事故と同様に医療保険の給付対象になることを明示している。[通知1]

加害者が不明であること,加害者に支払能力がないこと,自賠責保険から速やかに支払われないこと又は自賠責保険の補償範囲を超えることは,医療保険の給付を拒む理由にならない。[通知1]

また,加害者が保険者に対して損害賠償責任を負う旨を記載した誓約書は,医療保険給付の条件ではないため,加害者の署名を得られなくても保険給付は行われる。[通知1]

この取扱いは,平成23年3月25日に閣議決定された第2次犯罪被害者等基本計画が,犯罪被害者による医療保険の円滑な利用を確保し,加害者の署名入り誓約書等がなくても保険給付が行われることの周知を求めたことを受け,同年8月9日の厚生労働省通知で改めて明確にされたものである。[公文書1][通知1]

もっとも,加害者の誓約書が不要であることと,被害者側の届出が不要であることは別問題である。

2 業務上又は通勤途中の事故では労災保険を確認する

労働者の業務上又は通勤途中の交通事故については,原則として健康保険ではなく労災保険の対象となる。[手続1]

事業主,会社役員,自営業者等は労災保険の対象関係が労働者と異なり,特別加入の有無等によっても結論が変わるため,業務中の事故であるというだけで健康保険を利用できないと即断してはならない。[手続4]

ただし,就業時間中又は通勤経路上で発生したというだけで必ず業務災害又は通勤災害になるわけではないため,事故状況を基に労働基準監督署等へ確認する必要がある。[文献3]

労災保険を利用する交通事故では,医療保険の「第三者行為による傷病届」とは別に,労働基準監督署へ「第三者行為災害届」等を提出する。[文献3]

労災保険が関係する場合の示談上の注意は,労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談で説明している。

第2 健康保険を利用するときの手続

1 医療機関で資格確認を受ける

医療機関の窓口で,交通事故について公的医療保険による診療を希望する旨を伝え,マイナ保険証又は資格確認書等により資格確認を受ける。[手続2]

従来の健康保険証の有効期限は令和7年12月1日で終了しているため,単に「保険証を提示する」とする説明は現在の制度に合わない。[手続2]

2 加入先の保険者へ速やかに連絡する

健康保険法施行規則65条は,第三者の行為によって療養の給付事由が生じたとき,被保険者が遅滞なく所定事項を記載した届書を保険者へ提出することを義務付けている。[法令2]

国民健康保険についても,国民健康保険法施行規則32条の6により,世帯主又は組合員が直ちに届け出なければならない。[法令4]

協会けんぽの場合,基本となる書類は,第三者行為による傷病届,事故発生状況報告書,同意書及び交通事故証明書であり,物件事故扱いのときは人身事故証明書入手不能理由書も必要となる。[手続1]

加入先が健康保険組合,国民健康保険又は後期高齢者医療制度等である場合には様式や添付書類が異なることがあるため,加入先の保険者へ確認すべきである。

届書を直ちにそろえられないときは,まず電話等で事故の発生を知らせ,書類を後日速やかに提出する取扱いが協会けんぽから案内されている。[手続1]

加害者の氏名又は住所が不明であっても,その旨を記載して届け出ることが法令上予定されている。[法令2][法令4]

3 加害者の誓約書を得られない場合

保険者所定の提出書類の中に加害者側が記載する念書等が含まれている場合でも,加害者の署名入り誓約書がないこと自体を理由に医療保険給付を拒むことはできない。[通知1]

加害者が署名を拒む場合,加害者が不明の場合又は連絡が取れない場合には,その事情を保険者へ説明し,被害者側で準備できる書類を先に提出すべきである。

第3 健康保険を利用する実務上の意味

1 治療費の拡大を抑えやすい

保険診療では診療報酬の1点単価が10円であるのに対し,交通事故を自由診療で扱う場合には医療機関がこれより高い単価を設定することがある。[文献1][文献2]

そのため,被害者の過失割合が大きい場合,加害者が任意保険に加入していない場合,加害者側保険会社が治療費の一括対応をしない場合又は一括対応を打ち切った後も医学的に必要な治療を続ける場合には,健康保険の利用を具体的に検討する意義が大きい。[文献1]

自賠責保険の傷害による損害の支払限度額は,被害者1人につき120万円であり,この中に治療関係費だけでなく,文書料,休業損害及び慰謝料等も含まれる。[自賠責1]

したがって,自由診療による高額な治療費が限度額を大きく消費する事案では,健康保険の利用により他の損害項目に充てられる余地を残せることがある。

傷害による損害の費目は,自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)にも掲載している。

ひき逃げ又は無保険事故では,健康保険の利用に加え,政府保障事業及び無保険車傷害特約の対象となるかも確認する必要がある。

2 窓口負担と高額療養費を確認する

健康保険を利用しても,被害者には年齢及び所得等に応じた一部負担金が生じる。

1か月の保険診療の自己負担額が所定の限度額を超える場合には,高額療養費の対象となり得るが,限度額は所得,年齢,診療月及び制度改正等により異なるため,加入先の保険者に確認すべきである。[手続3]

3 自賠責保険の被害者請求に必要な医療書類

国土交通省の現行案内は,傷害について自賠責保険の被害者請求をする場合,事故で治療を受けた全ての病院等の診断書及び診療報酬明細書を必須書類としている。[自賠責2]

健康保険診療を受けたというだけで,領収書及び診療明細書を提出すれば常に診療報酬明細書を省略できると一般化してはならない。

診療報酬明細書に保険者番号又は被保険者等記号・番号が記載されているときは,これらをマスキングして提出するよう国土交通省から案内されている。[自賠責2]

医療機関が自賠責保険所定様式の診断書又は診療報酬明細書を作成しない場合や原本提出が難しい場合には,自己判断で代替書類を提出するのではなく,請求先の損害保険会社又は共済組合に事前確認すべきである。[自賠責2]

第4 保険者の代位と示談上の注意

1 保険者は損害賠償請求権を代位取得する

健康保険法57条1項は,第三者行為による傷病について保険給付を行った保険者が,給付価額の限度で,被保険者等の第三者に対する損害賠償請求権を取得すると定めている。[法令1]

国民健康保険についても,国民健康保険法64条1項が同様の代位を定めている。[法令3]

被害者が負担した一部負担金まで保険者が取得するわけではなく,保険者が代位取得するのは法令上の給付価額の限度である。[法令1][法令3]

2 最高裁平成10年9月10日判決

最高裁判所第一小法廷平成10年9月10日判決(平成6年(オ)第651号求償金請求事件,集民189号819頁)は,国民健康保険の療養の給付より前に,被害者が自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払を受けた事案を扱った。[裁判例1]

同判決は,自賠責保険会社が示した損害の内訳にかかわらず,被害者の第三者に対する損害賠償請求権は支払額に応じて消滅し,国民健康保険の保険者は,療養の給付時に残存する額を限度として損害賠償請求権を代位取得すると判示した。[裁判例1]

3 示談をする前に保険者へ連絡する

被害者が加害者に対する損害賠償請求権を放棄し,又は治療費を含む示談金を受領すると,その後の保険給付又は保険者の求償に影響することがある。

協会けんぽも,加害者側と示談する前に報告すること,白紙委任状を渡さないこと及び金品を受領したときは報告することを案内している。[手続1]

したがって,健康保険を利用した交通事故について示談をする場合には,示談書へ署名する前に,加入先の保険者へ連絡すべきである。

第5 出典

1 法令・裁判例

[法令1] 健康保険法57条及び63条(e-Gov法令検索)

[法令2] 健康保険法施行規則65条(e-Gov法令検索)

[法令3] 国民健康保険法64条(e-Gov法令検索)

[法令4] 国民健康保険法施行規則32条の6(e-Gov法令検索)

[裁判例1] 最高裁判所第一小法廷平成10年9月10日判決・平成6年(オ)第651号求償金請求事件・集民189号819頁(裁判所ウェブサイト)

2 公文書・通知・ウェブ資料

[公文書1] 第2次犯罪被害者等基本計画(平成23年3月25日閣議決定)22頁(PDF7頁)

[通知1] 厚生労働省保険局保険課長・国民健康保険課長・高齢者医療課長「犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについて」(平成23年8月9日保保発0809第3号・保国発0809第2号・保高発0809第3号)

[手続1] 全国健康保険協会「第三者行為による傷病届」

[手続2] 厚生労働省「資格確認方法について」

[手続3] 全国健康保険協会「高額療養費」

[手続4] 厚生労働省「事業主や会社役員が業務中に傷病を負った場合,労災保険は適用されるのでしょうか。」

[自賠責1] 国土交通省「限度額と補償内容」

[自賠責2] 国土交通省「損害賠償を受けるときは?」

3 書籍

[文献1] 中込一洋『職業・年齢別ケースでわかる!交通事故事件 社会保険の実務』(学陽書房,2020年)79頁~80頁

[文献2] 江口保夫・江口美葆子・古笛恵子『交通事故における医療費・施術費問題〔第3版〕』(保険毎日新聞社,2019年)85頁~99頁

[文献3] 後藤宏・高橋健・松山純子『交通事故が労災だったときに知っておきたい保険の仕組みと対応』(日本法令,2020年)34頁~41頁,114頁~118頁

[文献4] 北河隆之『交通事故損害賠償法〔第3版〕』(弘文堂,2023年)159頁,304頁

[文献5] 小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』(日本評論社,2025年)316頁,573頁

[文献6] 羽成守監修『Q&Aハンドブック交通事故診療〔全訂新版〕』(創耕舎,2015年)89頁~96頁