第1 事案と手続の経過
1 3つの懲戒請求事由
本件は,兵庫県弁護士会の副会長経験者である弁護士が破産管財人として行った職務等について,私が懲戒請求者の代理人として懲戒請求をした事案である。
対象弁護士が副会長経験者であること自体は,懲戒事由の成否を左右する事情ではないため,本記事では個別の行為と議決書の理由付けに焦点を当てる。
兵庫県弁護士会懲戒委員会の議決書によれば,懲戒請求事由は次の3点であった。
① 会社破産事件の破産管財人として破産財団に属する不動産を任意売却した際,納付すべき消費税があったのに確定申告をしなかったとの主張
② 個人破産事件の破産管財人として,債権者から具体的な免責意見が提出されていたのに,理由を示さず「免責不許可事由はない」とする意見書を提出したとの主張
③ 破産管財人の任務終了後,懲戒請求者が破産者に対して提起した訴訟で破産者の訴訟代理人となったことが,管財職務の公正に対する信頼を損なうとの主張
これらは懲戒請求者側の主張であり,申告義務違反,調査義務違反又は情報の不当利用が認定されたという意味ではない。
兵庫県弁護士会は,平成31年3月28日,対象弁護士を懲戒しない旨を決定した。
2 日弁連への異議申出と棄却
懲戒請求者側は,兵庫県弁護士会の決定を不服として日弁連に異議を申し出た。
日弁連は,令和1年6月3日付け審査開始通知書により,日弁連懲戒委員会で審査を開始したことを通知した。
日弁連懲戒委員会は,令和1年9月9日,異議申出を棄却するのが相当であると議決した。
日弁連は,この議決に基づいて異議申出を棄却する決定をし,令和1年9月13日付け通知書及び議決書を送付した。
懲戒請求者は,日弁連の異議申出棄却決定について取消訴訟を提起することができない。
この点を含む手続全体は,弁護士会の懲戒手続で説明している。
第2 日弁連懲戒委員会の理由付け
1 議決書が示した理由
本件の日弁連懲戒委員会議決書は,懲戒請求の理由及び対象弁護士の答弁の要旨を兵庫県弁護士会懲戒委員会の議決書に委ねた上で,異議申出の理由を,原議決書の認定と判断が誤りであり,原決定に不服があるというものだと要約した。
その上で,結論の理由を次のように記載した。
当委員会が,異議申出人から当委員会に新たに提出された証拠も含め審査した結果,同議決書の認定と判断に誤りはなく,同弁護士会の決定は相当である。
議決書は,この判断を受けて,異議申出には理由がないため棄却相当とした。
しかし,異議申出で補充した個々の主張や新たな証拠をなぜ採用しなかったのかは,議決書からは分からなかった。
2 「議決」「決定」「裁決」の違い
旧記事では,本件の処理を「棄却裁決」と表現していたが,弁護士法上の用語に合わせて訂正する必要がある。
| 場面 | 判断する主体 | 弁護士法上の用語 | 本件との関係 |
|---|---|---|---|
| 原弁護士会での懲戒委員会の判断 | 弁護士会懲戒委員会 | 議決 | 懲戒しないことを相当とする議決 |
| 原弁護士会の最終判断 | 弁護士会 | 決定 | 対象弁護士を懲戒しない旨の決定 |
| 懲戒請求者の異議申出に対する委員会判断 | 日弁連懲戒委員会 | 議決 | 異議申出を棄却するのが相当との議決 |
| 懲戒請求者の異議申出に対する日弁連の最終判断 | 日弁連 | 決定 | 異議申出を棄却する決定 |
| 懲戒処分を受けた弁護士の審査請求 | 日弁連 | 裁決 | 本件には該当しない |
弁護士法64条の5第5項は,日弁連懲戒委員会が却下又は棄却相当の議決をしたとき,日弁連はその議決に基づいて却下又は棄却の決定をしなければならないと定める。
これに対し,懲戒処分を受けた弁護士による審査請求について用いられるのが「裁決」である。
第3 原議決書参照型の理由付けは他にも存在する
1 議決例集と裁判所HPで確認できる同型例
旧記事は,本件のような定型的な理由付けの棄却例が『弁護士懲戒事件議決例集』に見当たらない旨を記載していた。
しかし,この記載は訂正が必要である。
日本弁護士連合会懲戒委員会・綱紀委員会・綱紀審査会編『弁護士懲戒事件議決例集(第8集)』157頁~158頁及び294頁(PDFビューア178頁~179頁及び313頁)には,原弁護士会の議決書に記載された認定と判断に誤りがなく,原決定が相当であるとして異議申出を棄却相当とした例が掲載されている。
したがって,原議決書を参照して結論を示す理由付けは,本件だけに用いられたものではない。
最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決・平成17年(受)第2126号・民集61巻3号1102頁の判決書にも,事件の経過として,日弁連懲戒委員会が原弁護士会の綱紀委員会の認定・判断に誤りはなく決定は相当であるとして異議申出を棄却相当としたことが記載されている。
もっとも,同判決の判示事項は不当な懲戒請求が不法行為となる基準であり,この記載は原議決書参照型の理由付けが実在したことを示すにとどまる。
2 反対意見の記載がなくても全員一致とは限らない
本件議決書には,反対意見も採決の内訳も記載されていない。
旧記事は反対意見がないことから全員一致であったと推測していたが,議決書に反対意見が表示されていないことと,実際の採決が全員一致であったことは同じではない。
日本弁護士連合会調査室編『弁護士懲戒手続の研究と実務(第3版)』によれば,日弁連懲戒委員会の議事は出席委員の過半数で決し,可否同数のときは委員長が決する。
したがって,本件の公開資料から確認できるのは「反対意見の記載がない」という事実までであり,評決内訳は不明である。
3 日弁連会長との関係
日弁連懲戒委員会の議決は日弁連を拘束し,日弁連会長その他の役員が議決と異なる実体判断をすることはできない。
他方,日弁連は議決に基づいて決定をし,関係者に通知するため,「日弁連会長は手続に全く関与しない」と表現するのも正確ではない。
本件では,日弁連懲戒委員会が棄却相当と議決した以上,日弁連はその議決に基づいて棄却決定をすることになる。
この意味で,役員に独立した実体判断の裁量がないことと,組織上の決定・通知手続が存在することを区別する必要がある。
第4 3つの懲戒請求事由の現在の評価
1 破産管財人による不動産売却と消費税
国税庁「破産財団に属する課税資産の処分に係る納税義務者」によれば,破産財団に属する課税資産を破産管財人が譲渡した場合,納税義務者は破産法人であり,破産法人の基準期間における課税売上高によって納税義務を判定し,納税義務の履行手続を破産管財人が行う。
名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決・平成19年(行コ)第17号も,破産財団が破産法人と別の法的主体になるのではなく,納税義務を負う破産法人について,管理処分権を有する破産管財人が申告及び納付の手続を行うという構造を示している。
したがって,破産管財人が不動産を売却したという事実だけで,直ちに消費税の申告義務違反が成立するわけではない。
売却対象が課税資産に当たるか,破産法人が当該課税期間について免税事業者でないか,課税事業者選択の有無及び売買代金の内訳等を確認する必要がある。
本件の公開資料だけでは,これらの課税前提を一次資料によって確認できない。
そのため,本記事では,消費税法違反があったとは断定せず,申告義務があったのに申告しなかったという懲戒請求者側の主張として記載する。
2 破産管財人の免責に関する意見
破産法250条1項は,裁判所が破産管財人に対し,免責不許可事由の有無又は裁量免責が相当かを調査させ,書面で報告させることができると定める。
債権者が具体的な免責不許可事由と資料を提出した場合,管財人が重要な事実を調査せず,又は意図的に看過したのであれば,調査・報告の相当性が問題となり得る。
しかし,今回確認した法令及び専門書からは,管財人が債権者の主張一つ一つに意見書上で個別に応答しなければならないとの一般的義務までは確認できなかった。
したがって,意見書の結論が簡潔であることだけから,直ちに破産法違反又は品位を失うべき非行とはいえない。
本件を評価するには,管財人が実際に行った調査,裁判所への報告内容,債権者の提出資料並びに破産裁判所及び抗告審の判断を分けて検討する必要がある。
3 管財人の任務終了後に破産者の代理人となったこと
兵庫県弁護士会懲戒委員会は,対象弁護士が管財人の任務終了後に破産者の訴訟代理人となったことを「安易な受任」と評価しながら,受任動機に特段の悪意は認められないなどとして,品位を失うべき非行に当たるとまではいえないと判断した。
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」(第3版)』は,破産管財人等の官公署委嘱職務について,通常の依頼者と弁護士の利益相反規定をそのまま適用するのではなく,職務の公正の確保という観点から職務基本規程5条,6条又は81条の問題として検討する考え方を示している。
そのため,管財人の任務終了後に破産者の代理人となったという外形だけで,直ちに懲戒事由になるとはいえない。
管財業務中の不備を隠す目的,管財人でなければ知り得なかった秘密・情報の利用,後の受任を見越して管財職務をゆがめた事情等の具体的事実があれば,職務の公正に対する信頼又は品位を失うべき非行が問題となり得る。
本件の懲戒請求者側は,隠蔽目的又は情報利用の可能性を主張した。
しかし,公開された議決書の限りでは,これらを裏付ける具体的事実が認定されたとは確認できない。
第5 本件議決書に対する評価
1 法的に「理由がない」とはいえない
弁護士法67条の2は,懲戒委員会が議決をしたときは,速やかに理由を付した議決書を作成しなければならないと定める。
本件議決書は,兵庫県弁護士会懲戒委員会の議決書を参照し,新たに提出された証拠も含めて審査した結果,原議決書の認定と判断に誤りがなく,原決定が相当であるとした。
したがって,法的に「理由が全く記載されていない」と断定するのは適切ではない。
2 個別的な説明は乏しい
他方,本件の異議申出では,消費税の申告義務,免責意見の調査・報告及び管財人終了後の受任について,具体的な補充主張と資料を提出した。
それにもかかわらず,議決書は,どの主張又は証拠をどのように評価して原議決書の判断を維持したのかを示していない。
そのため,異議申出人の立場からは,棄却理由を個別具体的に理解するための説明が乏しかったという批判が残る。
これは「理由の不存在」という指摘ではなく,理由の個別性及び説明の十分性に対する評価である。
最高裁平成18年9月14日第一小法廷判決・平成15年(行ヒ)第68号・集民221号87頁は,懲戒事由該当性,懲戒の可否及び処分選択について弁護士会の合理的な裁量を認めている。
もっとも,同判決は懲戒処分を受けた弁護士が裁決の取消しを求めた事件であり,懲戒請求者の異議申出を棄却する議決書にどの程度詳細な理由を記載すべきかを直接判断したものではない。
第6 関連記事
① 日弁連懲戒委員会における審査――日弁連懲戒委員会の権限,調査及び議決を説明している。
② 弁護士会の懲戒手続――懲戒請求から綱紀委員会,懲戒委員会,異議申出までの流れを説明している。
③ 弁護士の懲戒処分と取消訴訟――取消訴訟を提起できる者と対象となる処分を説明している。
第7 出典
① e-Gov法令検索「弁護士法」64条の5第5項,67条の2
② e-Gov法令検索「破産法」250条1項
③ 国税庁「破産財団に属する課税資産の処分に係る納税義務者」
④ 最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決・平成17年(受)第2126号・民集61巻3号1102頁
⑤ 最高裁平成18年9月14日第一小法廷判決・平成15年(行ヒ)第68号・集民221号87頁
⑥ 名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決・平成19年(行コ)第17号
⑦ 日本弁護士連合会調査室編『弁護士懲戒手続の研究と実務(第3版)』日本弁護士連合会,平成23年,PDFビューア188頁~191頁・342頁~352頁
⑧ 日本弁護士連合会懲戒委員会・綱紀委員会・綱紀審査会編『弁護士懲戒事件議決例集(第8集)』日本弁護士連合会,平成19年,157頁~158頁・294頁(PDFビューア178頁~179頁・313頁)
⑨ 日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」(第3版)』日本弁護士連合会,平成29年,PDFビューア114頁~117頁・230頁~236頁
⑩ 横田寛著『新版 弁護士・事務職員のための破産管財の税務と手続』日本加除出版,平成29年,182頁~186頁・298頁~299頁