第1 会社を代表する者の結論
本記事は,株式会社と現職又は退任した取締役との間の民事訴訟において,誰が会社を代表するかを扱う。登記事項証明書に監査役の氏名が記載されていても,当然に監査役が訴訟上の会社代表者になるわけではなく,会社法上の機関設計,定款による監査範囲及び会社法施行時の経過措置を順に確認する必要がある。
1 会社法上の監査役設置会社では監査役が代表する
会社法386条1項1号は,監査役設置会社が取締役に対して訴えを提起する場合と,取締役が監査役設置会社に対して訴えを提起する場合について,監査役が会社を代表すると定めている。同号の「取締役」には取締役であった者も含まれるため,退任後に提起された訴えにも適用される。
この場合の会社法386条は,同法349条4項,353条及び364条に優先する。したがって,代表取締役が会社を代表することはできず,株主総会又は取締役会が別の代表者を定めて監査役の代表権を排除することもできない。
2 会計限定監査役の会社では監査役が代表しない
非公開会社であり,監査役会設置会社又は会計監査人設置会社でない株式会社は,定款により監査役の監査範囲を会計に関するものへ限定できる(会社法389条1項)。この定款の定めがある会社には会社法381条から386条までが適用されないため,会計限定監査役は取締役との間の訴えで会社を代表しない(同条7項)。
会計限定監査役の会社では,株主総会が会社法353条により,取締役会設置会社の取締役会が同法364条により,当該訴えについて別の代表者を定めることができる。そのような選定がなければ,代表取締役その他同法349条4項に基づく者が会社を代表する。
第2 代表者を確定するための判定手順
1 会社法上の機関設計と登記上の表示を分ける
最初に,対象会社が監査役設置会社,監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社のいずれであるかを確認する。監査役設置会社には会社法386条,監査等委員会設置会社には同法399条の7,指名委員会等設置会社には同法408条がそれぞれ適用されるため,監査役設置会社用の判断を他の機関設計へ流用することはできない。
会社法2条9号が定義する「監査役設置会社」は,会計限定監査役だけを置く会社を除外している。他方,同法911条3項17号は,登記上の「監査役設置会社」に会計限定監査役を置く会社を含めている。したがって,履歴事項全部証明書に「監査役設置会社」と記載されていることや監査役の氏名が登記されていることだけでは,同法386条の適用を確定できない。
2 定款と登記の経過措置を確認する
平成26年法律第90号による会社法改正により,平成27年5月1日から,会計限定の定款の定めがある旨が登記事項になった。しかし,改正法施行時に既にその定めがあった株式会社は,施行後最初に監査役が就任又は退任するまで登記を要しないとされた(同改正法附則22条1項)。現在の履歴事項全部証明書に会計限定の記載がなくても,直ちに業務監査権限を有する監査役であるとは断定できない。
そのため,履歴事項全部証明書に加えて現行定款を確認し,必要に応じて平成27年5月1日以後の監査役の就退任履歴までたどる。定款そのものに会計限定の記載が見当たらない場合も,会社法施行時のみなし規定が作用していないかを次に確認する。
3 会社法施行時の旧小会社と特例有限会社を確認する
会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律53条は,平成18年5月1日の会社法施行時に旧商法特例法上の小会社であった旧株式会社について,会計限定の定款の定めがあるものとみなしている。最高裁平成24年3月6日判決は,施行時に全株式の譲渡制限があり,資本金が1億円以下であった会社について,最終貸借対照表の負債合計が200億円以上であった場合を除き,このみなし規定が適用されるとした。
同法24条は,監査役を置く旨の定款の定めがある特例有限会社についても,会計限定の定款の定めがあるものとみなしている。もっとも,会社法施行後に定款を変更して監査範囲を拡張した場合は結論が変わるため,会社の設立日又は商号だけで判断せず,定款変更の履歴を確認する必要がある。
第3 会社法386条の適用範囲
1 現職の取締役と退任取締役を含む
会社法386条1項1号は,取締役であった者を明文で含めている。旧商法下では,最高裁平成15年12月16日判決が退任取締役に対する在職中の責任追及訴訟について監査役と代表取締役の代表権が併存し得るとの解釈を示したが,現行会社法は退任取締役を明記しているため,この旧法上の結論をそのまま用いることはできない。
2 取締役としての責任追及訴訟に限定されない
会社法386条1項1号は,「会社と取締役との間の訴え」と定めており,同法423条1項の任務懈怠責任を追及する訴えに限定していない。取締役との個人的な売買,貸金又は知的財産権の移転をめぐる訴えであっても,相手方が現職又は退任取締役であれば原則として同号の対象になる。
もっとも,最高裁平成5年3月30日判決(平成元年(オ)第1006号,民集47巻4号3439頁)は,代表取締役が取締役と認めていない者が取締役の地位を主張して会社を訴えた事案について,旧監査特例法上の「取締役」には当たらないとした。現行法下でも,取締役であること自体を会社が否定し,その地位確認が請求されている事件では,登記上の肩書だけから機械的に代表者を決めず,請求内容と会社側の認否を確認する必要がある。
3 複数の監査役と代表権の範囲
監査役が複数いる場合,各監査役は独立して会社を代表でき,全員による共同代表を要しない。訴状には,実際に訴訟を担当する1人又は数人の監査役を会社代表者として表示すれば足りるが,社内では訴訟代理人との連絡担当者及び意思決定の手順を明確にしておく必要がある。
監査役の代表権は,会社法386条所定の訴えとこれに密接に関連する訴訟行為について認められるものであり,会社の業務全般を代表する権限ではない。同条2項は,取締役の責任を追及する株主代表訴訟の提訴請求を受ける場合,その訴訟告知を受ける場合及び和解に関する通知・催告を受ける場合等にも監査役が会社を代表すると定めている。
第4 最高裁平成24年3月6日判決
1 判決が示した判断
最高裁平成24年3月6日判決(平成22年(受)第1340号,判例時報2189号3頁~4頁)は,退任取締役と会社との間の訴えであっても,監査役が会計限定であれば会社法386条1項は適用されないとした。その上で,会社法施行時の旧小会社に関する整備法53条のみなしを検討し,みなしが適用される場合には,定款変更又は会社法353条・364条による別の代表者の選定がない限り,代表取締役が会社を代表すると判断した。
同判決は,会社に監査役が存在するという一事だけで代表者を決めることを否定したものである。施行時の負債額等を確認しないまま会社法386条を適用したことに加え,正式な補正を経ずに会社代表者を代表取締役から監査役へ変更して判決した訴訟手続にも違法があるとした。
2 差戻前後の知的財産高等裁判所判決
知的財産高等裁判所平成22年3月31日判決(平成21年(ネ)第10061号,原審・東京地方裁判所平成20年(ワ)第32587号)は,監査役が会社を代表すべきであるとして原判決を取り消し,事件を東京地方裁判所へ差し戻した。裁判長は中野哲弘裁判官である。
最高裁判決による差戻後の知的財産高等裁判所平成24年8月28日判決(平成24年(ネ)第10026号・第10057号)は,代表取締役以外の者を会社代表者とすべき事情はないとした上で,本案を判断した。裁判長は芝田俊文裁判官である。
3 最高裁判決の確認媒体
最高裁平成24年3月6日判決は,令和8年8月9日に裁判年月日及び事件番号を用いて裁判所ウェブサイトの裁判例検索を確認したが,個別の判決ページを確認できなかったため,本記事では「裁判所HP未掲載」と表示する。これは判決の不存在又は内容未確認を意味するものではなく,判例時報2189号3頁~4頁及びD1-Law.com判例体系により全文を確認している。
第5 代表者を誤った場合の訴訟法上の処理
1 補正命令と追認
民事訴訟法34条及び37条により,法人の代表権を欠くときは,裁判所は期間を定めて補正を命じなければならない。遅滞によって損害が生じるおそれがあるときは補正前の一時的な訴訟行為が認められ,適法な代表者が追認したときは,その訴訟行為は行為時に遡って効力を生じる。
代表者名の訂正だけで足りるとは限らず,それまでの訴訟行為を適法な代表者が追認したかを明確にする必要がある。訴訟代理人が既に選任されている場合も,正しい会社代表者から訴訟委任を受けているかを確認し,必要な委任状及び追認書面を提出することになる。
2 上告理由と再審事由
法定代理権,訴訟代理権又は訴訟行為に必要な授権を欠くことは,民事訴訟法312条2項4号の上告理由であり,確定後は同法338条1項3号の再審事由となり得る。もっとも,適法な追認がされた場合には同法312条2項4号の上告理由とはならないため,代表者の誤りを発見した段階で補正と追認の要否を整理する必要がある。
3 提出前に確認する資料
東京地方裁判所民事第8部の案内は,会社に関する訴訟では現在事項証明書ではなく履歴事項全部証明書が必要であり,登記だけで会計限定の有無を判別できない場合には定款写しも必要であるとしている。実務上は,①履歴事項全部証明書,②現行定款及び必要な旧定款,③平成18年5月1日時点の株式譲渡制限・資本金・負債額,④平成27年5月1日以後の監査役の就退任履歴,⑤株主総会又は取締役会による訴訟代表者選定の有無を確認する。
東京地方裁判所「監査役設置会社と(元)取締役との間の訴えにおける会社の代表者に関するフローチャート及び代表者確認の際の留意事項(令和6年7月17日改訂版)」は,この確認順序を図示している。旧版ではなく,令和6年改訂版を用いるべきである。
第6 監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社
監査等委員会設置会社では,原則として監査等委員会が選定する監査等委員が会社を代表し,その監査等委員が訴訟当事者である場合は取締役会が定める者が代表する(会社法399条の7第1項)。株主総会が当該訴えの代表者を定めた場合には,その者が代表する。
指名委員会等設置会社では,原則として監査委員会が選定する監査委員が会社を代表し,その監査委員が訴訟当事者である場合は取締役会が定める者が代表する(会社法408条1項)。これらの会社には監査役がいないため,会社法386条又は会計限定監査役の経過措置を当てはめてはならない。
第7 関連記事
会社法上の裁判例全般については会社法等に関する最高裁判例を参照されたい。また,最高裁平成24年3月6日判決が取り上げられた書記官資料については上告審から見た書記官事務の留意事項に掲載している。
第8 出典・参考資料
1 法令
①会社法(平成17年法律第86号)2条9号,349条4項,353条,364条,386条,389条,399条の7,408条及び911条3項17号並びに附則(平成26年法律第90号)22条(e-Gov法令検索)
②会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)24条及び53条(e-Gov法令検索)
③民事訴訟法(平成8年法律第109号)34条,37条,312条2項4号及び338条1項3号(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷平成24年3月6日判決(平成22年(受)第1340号,判例時報2189号3頁~4頁。裁判所HP未掲載。D1-Law.com判例体系により全文確認)
②知的財産高等裁判所平成22年3月31日判決(平成21年(ネ)第10061号,原審・東京地方裁判所平成20年(ワ)第32587号,裁判所ウェブサイト)
③知的財産高等裁判所平成24年8月28日判決(平成24年(ネ)第10026号・第10057号,最高裁判所平成22年(受)第1340号による差戻事件,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第三小法廷平成15年12月16日判決(平成14年(受)第546号・平成14年(オ)第545号,民集57巻11号2265頁,裁判所ウェブサイト。旧商法275条ノ4及び農業協同組合法への準用に関する判決)
⑤最高裁判所第三小法廷平成5年3月30日判決(平成元年(オ)第1006号,民集47巻4号3439頁,裁判所ウェブサイト)
3 裁判所資料
①東京地方裁判所民事第8部(商事部)「会社を代表する者」(裁判所ウェブサイト)
②東京地方裁判所「監査役設置会社と(元)取締役との間の訴えにおける会社の代表者に関するフローチャート及び代表者確認の際の留意事項(令和6年7月17日改訂版)」資料1頁~3頁(PDF1頁~3頁)
③最高裁判所事務総局民事局「上告審から見た書記官事務の留意事項(平成24年分)」11頁~12頁(上告審から見た書記官事務の留意事項に掲載)
4 文献
①西岡清一郎・大門匡編『商事関係訴訟 改訂版』(青林書院,平成25年)7頁~10頁
②森・濱田松本法律事務所編『企業訴訟実務問題シリーズ 会社法訴訟―株主代表訴訟・株式価格決定』(中央経済社,平成29年)16頁
③吉岡誠一『新・株式会社の登記実務―145問と書式解説―』(日本加除出版,平成30年)47頁~50頁
④龍田節・前田雅弘『会社法大要〔第3版〕』(有斐閣,令和4年)112頁
⑤森・濱田松本法律事務所編『新・会社法実務問題シリーズ6 監査役・監査委員会・監査等委員会』(中央経済社,平成28年)131頁~132頁・139頁