第1 制定当時の裁判所法における給費制
1 裁判所法67条の規定
司法修習生に対する給費制は,日本国憲法と同じ昭和22年5月3日に施行された裁判所法(昭和22年4月16日法律第59号)によって導入された。制定当時の同法第67条は,次のとおり定めていた。なお,第1項の「少くとも」は,現在の「少なくとも」ではなく,制定当時の原文どおりの表記である。
第67条(修習・試験)
① 司法修習生は、少くとも二年間修習をした後試験に合格したときは、司法修習生の修習を終える。
② 司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。
③ 第一項の修習及び試験に関する事項は、最高裁判所がこれを定める。
給費制の法的根拠は第2項であり,「国庫から一定額の給与を受ける」という一文だけが置かれた。給与の具体的な額を定める規定は裁判所法には置かれず,別の法律に委ねられた。この構造が,後に述べる暫定立法の長期化を生むことになる。
2 司法官試補から司法修習生への切替え
裁判所法の施行に伴い,戦前の司法官試補は司法修習生に切り替えられた。裁判所法施行令(昭和22年政令第24号)第18条は,次のとおり定めている。
第18条(司法官試補の地位)
1 裁判所法施行の際現に司法官試補たる者は、司法修習生を命ぜられたものとし、少くとも一年六箇月間修習をした後試験に合格したときは、同法第六十七条第一項の規定にかかわらず、司法修習生の修習を終えるものとする。
2 裁判所法施行前にした司法官試補の修習は、最高裁判所の定めるところによりこれを司法修習生の修習とみなす。
3 第一項の修習及び試験に関する事項は、最高裁判所がこれを定める。
この規定により,司法官試補は昭和22年5月3日に司法修習生となった。この時点で司法修習生の身分を得た者が,いわゆる高輪1期及び高輪2期である。戦前の司法官採用の仕組みについては,別稿の司法官採用に関する戦前の制度で整理している。
第2 裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律
1 制定と内容
給与の額を定めたのは,裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律(昭和22年4月17日法律第65号)である。同法は裁判所法施行の日から施行され,司法修習生の給与について次のとおり定めていた。
第8条
① 司法修習生の受ける給与の額は、当分の間、最高裁判所の定めるところによる。
② 前項の給与については、第五条及び第六条の規定を準用する。
③ 司法修習生には、第一項の給与の外、当分の間、一般の官吏の例による給与を支給することができる。
第9条
裁判官の報酬及び司法修習生の給与等に関する細則は、最高裁判所がこれを定める。
同法は,最高裁判所長官の報酬を内閣総理大臣の俸給と同額とし,最高裁判所判事の報酬を国務大臣の俸給と同額とするなど,裁判官の報酬についても暫定的な定めを置くものであり,司法修習生の給与額は第8条第1項によって最高裁判所の定めに委ねられた。同法の附則は3項から成り,第1項が「この法律は、裁判所法施行の日から、これを施行する。」,第3項が「この法律は、昭和二十三年一月一日から、その効力を失う。」と定めていた。すなわち,制定当初は昭和22年12月31日限りで効力を失う,8か月余りの時限立法として出発したものである。
2 失効日の2度の延長
もっとも,同法の失効日は,その後2度にわたって延長されている。昭和22年12月17日法律第198号は,同法を含む4法律の附則中の「昭和二十三年一月一日」を「昭和二十三年三月十五日」に改めた。さらに昭和23年2月28日法律第10号第1条は,同法及び検察官の俸給等の応急的措置に関する法律の附則中の「昭和二十三年三月十五日」を「昭和二十三年五月三日」に改めた。最終的な失効日は,日本国憲法施行から1年後の昭和23年5月3日となった。
3 昭和23年法律第75号による廃止と暫定措置の固定
裁判官の報酬等に関する法律(昭和23年7月1日法律第75号)は,公布の日から施行されたが,報酬その他の給与(旅費を除く。)の額に関する規定については,同法附則第12条ただし書により昭和23年1月1日に遡及して適用された。そして,同法附則第14条は,次のとおり定めた。
第14条
裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律(昭和二十二年法律第六十五号)は、これを廃止する。但し、司法修習生の受ける給与については、なお従前の例による。
裁判官の報酬については恒久法が整備された一方で,司法修習生の給与については「なお従前の例による」とされたため,額の決定を最高裁判所に委ねる暫定的な仕組みがそのまま維持されることになった。このただし書は,平成16年に給費制を廃止する裁判所法の一部を改正する法律(平成16年12月10日法律第163号)附則第3項によって削除されるまで,56年間にわたって存続した。
第3 給費制導入に関する国会答弁
1 木村篤太郎司法大臣の提案理由説明
木村篤太郎司法大臣は,第92回帝国議会貴族院本会議(昭和22年3月28日・第26号)において,検察庁法案ほか4件の提案理由を一括して説明し,その末尾で裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律案について次のとおり述べた。同案は,貴族院に送付される前日である昭和22年3月27日に衆議院で修正議決されている。
過日本院を通過致しました裁判所法案は、其の第五十一條に於きまして、裁判官の受ける報酬に付ては別に之を法律で定めることとし、又第六十七條第二項は司法修習生には國家から一定額の給與をすることと致して居りますので、此の規定に基きまして此の法案を提出した次第であります、國内の治安を確保し、國民の權義を保全する重大な使命を擔うて居りまする裁判官に對しまして、其の地位を保つに足るだけの報酬を支給しなければならぬと云ふことは、是は申す迄もないことであります、併しながら經濟状勢は尚不安定な状態にありまするし、又目下政府に於きましても、官吏全體の給與改善に付きまして鋭意研究中でありまするので、暫定的の措置と致しまして、最高裁判所長官の報酬の額は、内閣總理大臣の俸給の額と同額とし、最高裁判所判事の報酬は、國務大臣の俸給の額と同額とすると定めました外に、其の他の裁判官及び司法修習生の報酬又は給與に付きましては、それぞれ一定の枠を定めまして、其の枠の範圍内で最高裁判所が之を定めることと致したのであります、
この説明は,司法修習生への給与を「暫定的の措置」と位置付ける理由を,経済情勢の不安定と官吏全体の給与改善の検討中という当時の事情に求めている。給費制そのものの理念を述べたものではない点に注意を要する。
2 戦前の司法官試補に関する説明
給費制がなぜ採用されたのかについて,当時の立法資料は多くを語っていない。この点について,22期の山崎潮内閣官房内閣審議官は,貸与制を導入する裁判所法改正案を審議していた平成16年12月1日の参議院法務委員会において,次のとおり答弁している。
まず、戦前の制度でございますけれども、この制度については余り記録がはっきり残っていないので断言はできませんけれども、いろんな資料から分かる範囲でお答えを申し上げます。
まず、そのすべての司法官試補、これに給与が支給されていたのかどうかという点も、支給されていなかったというふうに発言されている方も、そういう方もいたという発言もございまして、ここも余り定かではございません。それからまた、支給されていた理由についてもなかなかこれはっきりしたものはございません。
ただ、その司法官試補は、官選弁護人、今の国選弁護人と同じでございますけれども、それとして刑事弁護を行うなど、現在の司法修習生とは権限がどうも異なっていたという点が一つございます。それから、当時は、裁判官やあるいは検察官、こういうふうになる者に対しては国から給与を支給するということは当然だと考えられていたと、そういうような発言をされている方もおられるわけでございまして、そういうことでこのような制度が設けられていたというふうに理解をしております。
戦前の分離修習の実態については,寺井一弘日本弁護士連合会事務総長が平成10年4月10日の衆議院法務委員会において参考人として次のとおり述べており,弁護士試補が無給であったことを明示している。昭和22年の統一修習制度の創設は,この違いを解消するものでもあった。
戦前の法曹養成制度は、判・検事と弁護士を分離して養成するいわゆる分離修習制度でした。判・検事は、試験合格後、司法官試補に任命され、裁判所、検事局において一年半以上修習をして二回試験に合格すれば判事または検事に任命されたのに対しまして、弁護士となる者は、一年半弁護士事務所で弁護士試補として修習することになっていましたが、これは無給であり、内容も司法官試補の修習のように計画性を持ったものではなかったので、両者の実質的な条件はかなり違っておりました。
3 給費制が採用された理由に関する説明
同じ答弁の後半では,戦後に理念が変わった点について次のとおり述べられている。
それから、戦後ですが、これが理念が変わったという点につきまして、これも国会の議事録、余りはっきり言っているものがないわけでございますけれども、基本的には、その給費制は法曹の職務の重要性にかんがみまして、司法修習生が生活の基盤を確保して修習に専念することができるようにして、その修習の実効性を確保するための一つの方策として採用されたというふうに理解をしております。
ただいま御指摘の、非常に公的な仕事をこれからやっていくじゃないかという点についてはそのとおりでございまして、したがいまして、国庫で修習を行うと、この理念は非常に大切であるということでずっとこれは守っていきたいということでございますし、今後もそういう点は続けていきたい。ただ、給与を支給するか貸与にするかというのはまた別の配慮で行っていくと、こういうことでございます。
さらに同日の委員会では,なぜ貸与ではなく給費としたのかを重ねて問われ,次のとおり述べられている。当時の司法試験合格者数を根拠として,法律家を国策として養成するという理解が示されている点で,制度の出発点を考えるうえで参考になる。
まず、戦前から戦後の初めのころ、法律家が非常に少なかったと思います、全国的にですね。やはり、国策として法律家を育てていくと、こういう政策があったんだろうと思います。当時は、司法試験の合格者、第一回目辺り二百数十人でございまして、しばらくは三百人台というような時代が続いたわけでございまして、そのぐらいの人数でやっぱり国策として法律家を育てるということに理解があったと、こういうことであるというふうに思っているわけでございます。
第4 昭和22年以降の裁判所法67条の改正経過
昭和22年に導入された給費制は,その後の裁判所法改正によって修習期間の短縮,給費制の廃止,貸与制の導入及び修習給付金の創設という経過をたどった。本記事では,67条及び関連条文の改正を次のとおり整理する。
| 改正法 | 公布日 | 施行日 | 主な内容 |
|---|---|---|---|
| 裁判所法 | 昭和22年4月16日法律第59号 | 昭和22年5月3日 | 67条1項「少くとも二年間」,同条2項「国庫から一定額の給与を受ける」 |
| 裁判所法の一部を改正する法律 | 平成10年5月6日法律第50号 | 平成11年4月1日 | 67条1項を「少なくとも一年六月間」に改め,同条2項にただし書を追加 |
| 司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律 | 平成14年12月6日法律第138号 | 平成18年4月1日(第3条) | 第3条により67条1項を「少なくとも一年間」に改正 |
| 裁判所法の一部を改正する法律 | 平成16年12月10日法律第163号 | 平成22年11月1日 | 67条2項を修習専念義務の規定に改め,67条の2(修習資金の貸与等)を新設 |
| 裁判所法の一部を改正する法律 | 平成22年12月3日法律第64号 | 公布の日 | 附則4項を改め,平成23年10月31日まで貸与制の適用を停止 |
| 裁判所法及び法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律の一部を改正する法律 | 平成24年8月3日法律第54号 | 公布の日等 | 67条の2第3項に経済的事情による返還猶予事由を追加 |
| 裁判所法の一部を改正する法律 | 平成29年4月26日法律第23号 | 平成29年11月1日 | 67条の2(修習給付金)を新設し,旧67条の2を67条の3(修習専念資金)とする |
第5 関連記事
給費制の廃止と修習給付金の創設までの経過は,次の各記事で扱っている。
- 司法修習生の給費制に関する,平成10年の裁判所法改正
- 司法修習生の給費制に関する,平成16年の裁判所法改正
- 給費制を廃止した平成16年の裁判所法改正の経緯(大分地方裁判所平成29年9月29日判決が認定した「平成16年改正に至るまでの経緯」を抜粋したもの)
- 司法修習生の給費制に関する,平成22年の裁判所法改正及びその後の予算措置
- 司法修習生の給費制と修習給付金制度との比較等
- 司法修習生の給費制,貸与制及び修習給付金
出典・参考資料
法令
- 裁判所法(昭和22年4月16日法律第59号)制定時原文 名古屋大学大学院法学研究科「法令データベース」 https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/322a0059
- 裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律(昭和22年4月17日法律第65号) 名古屋大学大学院法学研究科「法令データベース」 https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/322a0065
- 昭和22年12月17日法律第198号 名古屋大学大学院法学研究科「法令データベース」 https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/322a0198
- 昭和23年2月28日法律第10号 名古屋大学大学院法学研究科「法令データベース」 https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/323a0010
- 裁判官の報酬等に関する法律(昭和23年7月1日法律第75号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00219480701075.htm
- 裁判所法施行令(昭和22年政令第24号) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/322CO0000000024
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成10年5月6日法律第50号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/h142050.htm
- 司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律(平成14年12月6日法律第138号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/15520021206138.htm
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成16年12月10日法律第163号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/16120041210163.htm
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成22年12月3日法律第64号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/17620101203064.htm
- 裁判所法及び法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律の一部を改正する法律(平成24年8月3日法律第54号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/18020120803054.htm
- 裁判所法の一部を改正する法律(平成29年4月26日法律第23号) 衆議院「制定法律情報」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/19320170426023.htm
公文書・議事録
- 第92回帝国議会貴族院本会議第26号(昭和22年3月28日) 帝国議会会議録検索システム https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X02619470328
- 第142回国会衆議院法務委員会第9号(平成10年4月10日) 国会会議録検索システム https://kokkai.ndl.go.jp/txt/114205206X00919980410
- 第161回国会参議院法務委員会第11号(平成16年12月1日) 国会会議録検索システム https://kokkai.ndl.go.jp/txt/116115206X01120041201