第1 マル特無期事件の意味と通達の現状
1 最高検マル特無期通達の内容
最高検察庁は,平成10年6月18日,「特に犯情悪質等の無期懲役刑確定者に対する刑の執行指揮及びそれらの者の仮出獄に対する検察官の意見をより適正にする方策について」と題する次長検事依命通達を発出した。
この通達は,同じ無期懲役刑の判決を受けた者でも犯情には大きな差があるとの認識に立ち,特に犯情等が悪質な者について,相当長期間にわたり服役させることに意を用いた権限行使を求めるものである。
通達は,無期懲役刑確定者の中に「終身又はそれに近い期間」の服役が相当と認められる者もいるとの考え方を示している。
もっとも,この文言だけから,指定された受刑者が必ず終身収容となるとか,仮釈放が法律上禁止されると理解することはできない。
通達で用いられている「仮出獄」は,現在の「仮釈放」に当たる旧用語である。
また,令和7年6月1日に懲役及び禁錮が拘禁刑に一本化されたため,現行刑法は「無期拘禁刑」と定めているが,平成10年の通達名,過去の判決及び統計の名称では「無期懲役」という表記が残る。
本ブログには,次の関係文書を掲載している。
① 平成10年6月18日付け最高検検第887号次長検事依命通達
② 平成10年9月4日付け最高検検第1328号次長検事依命通達
③ 平成10年9月16日付けマル特無期事件関係事務の処理について
④ 平成18年5月24日付け最高検マル特無期通達の一部改正について
2 主要な考え方は現在も維持されていること
政府参考人は,令和7年5月16日の衆議院法務委員会で,平成10年の通達は平成18年5月24日に一部改正されたが,「終身又はそれに近い期間」という記載は現在も変更されていないと答弁した。
政府は,通達の法的な位置付けについて,刑事訴訟法472条及び検察庁法4条により裁判の執行を指揮監督する検察官の権限行使に係る運用方針であると説明している。
具体的には,特に犯情が悪質な無期懲役事件について,矯正施設の長に対し,将来の仮釈放申出の審査で検察官の意見を求めるよう依頼し,矯正施設の長又は地方更生保護委員会から意見を求められた場合に適切な意見を述べることを定めたものとされる。
なお,法務大臣は同日の答弁で,仮釈放のない終身刑を新設するには法改正が必要である一方,マル特無期通達は法律で定められた仮釈放制度の運用の範囲内にあるとの政府見解を示し,廃止を検討する状況にはないと述べた。
3 通達と仮釈放のない終身刑は同一ではないこと
マル特無期通達は,長期服役を志向し,仮釈放の審理に提出される検察官意見に影響する点で,受刑者に重大な意味を持つ。
他方,通達は新しい刑罰を定めた法律ではなく,仮釈放を一律に禁止するものでもない。
仮釈放の許否は,検察官ではなく,地方更生保護委員会の3人の委員で構成される合議体が個別に判断する。
したがって,「マル特無期事件に指定されれば当然に仮釈放のない終身刑になる」と断定するのは正確でない。
第2 指定対象及び指定数が公表されていないこと
1 非公表部分と政府の説明
政府は,マル特無期通達の対象者に関する部分を公表していない。
令和7年5月16日の衆議院法務委員会では,対象者関係部分を明らかにすると,無期刑受刑者が自分の該当性を考え,その改善更生の意欲や処遇の在り方に影響し,刑の執行に支障を及ぼすおそれがあると説明した。
このため,公開資料から確実に確認できるのは,特に犯情が悪質な無期懲役事件を対象とするという大枠までである。
具体的な選定基準,現在の指定数,指定率及び個々の受刑者の指定の有無は確認できない。
2 死刑求刑事件と指定対象の関係
死刑が求刑されたものの無期懲役が確定した事件が指定対象になる場合があるとの報道及び論考は存在する。
しかし,対象者関係部分が非公表である以上,これを現在の公表済み選定基準として一般化することはできない。
3 累積指定数から指定率を算出できないこと
平成22年12月17日付け日弁連意見書は,新聞報道に基づき,平成10年から平成20年までの約10年間にマル特無期事件として指定された者が約380人であったと紹介している。
これは一定期間の累積指定数に関する歴史的情報であり,現在の指定数ではない。
また,この約380人という累積値を,平成20年末など特定時点の無期刑受刑者数で割っても,指定率は算出できない。
分子が期間中の累積数であるのに対し,分母は一時点の在所者数であり,対象となる集団と時点が一致しないからである。
第3 無期刑の仮釈放とマル特指定
1 10年経過後の仮釈放可能性
現行刑法28条は,無期拘禁刑について,10年を経過した後,改悛の状があるときは,行政官庁の処分によって仮釈放することができると定める。
仮釈放を許す行政官庁は地方更生保護委員会であり,その決定によって仮釈放が行われる(更生保護法16条1号及び39条1項)。
10年は仮釈放を請求すれば許される期間ではなく,仮釈放が法律上可能になる最短期間である。
実際の審理では,悔悟の情及び改善更生の意欲,再犯のおそれ,保護観察の相当性並びに社会の感情などが個別に検討される。
2 30年経過後の職権審理
平成21年3月6日付け法務省保護局長通達により,無期刑受刑者については,刑の執行開始から30年が経過したとき,地方更生保護委員会が原則として1年以内に職権で仮釈放審理を開始する運用が採られている。
その審理では,原則として複数の委員が受刑者と面接し,検察官の意見を求め,被害者等の調査を行う。
もっとも,30年は仮釈放が可能になる法定期間ではない。
刑法上は10年経過後に仮釈放の可能性があり,30年経過後の職権審理は,それ以前の刑事施設の長による申出又は審理を禁止する制度ではない。
3 「最低50年」とする根拠はないこと
公開されている通達,法令及び統計には,マル特無期事件について50年を最低服役期間とする定めはない。
有期拘禁刑を加重した場合の上限が30年であること,法務省の統計表に「50年以上」という階級があること及び受刑者の年齢を組み合わせても,予定服役期間が50年であるとの結論は導けない。
令和6年末には在所50年以上の無期刑受刑者が12人いた。
他方,平成27年から令和6年までに仮釈放を許す判断がされた79件のうち,在所30年以上35年未満は52件,在所60年以上も3件あった。
この実績は,無期刑の収容が非常に長期化し得ることを示すが,50年という一律の最低期間があることを示すものではない。
4 70歳以上と刑の執行停止
刑事訴訟法482条2号は,年齢70歳以上であることを拘禁刑の執行停止事由の一つとしている。
ただし,同条は執行を停止することが「できる」と定める任意的な制度であり,70歳に達すれば当然に釈放されるものではない。
また,刑の執行停止は,刑の執行を一時的に止める制度であり,地方更生保護委員会が判断する仮釈放とは別の制度である。
第4 無期刑受刑者の最新統計
1 受刑者数,仮釈放者数及び死亡者数
法務省が令和8年1月に公表した資料によれば,令和6年末の無期刑受刑者は1,650人である。
平成27年から令和6年までの10年間では,新たに無期刑により収容された者が170人,仮釈放された者が延べ96人,刑事施設内で死亡した者が285人であった。
| 期間 | 新受刑者 | 仮釈放者 | うち新仮釈放者 | 死亡者 | 新仮釈放者の平均在所期間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 平成27年~令和6年 | 170人 | 96人 | 72人 | 285人 | ― |
| 令和6年 | 11人 | 1人 | 1人 | 32人 | 38年1月 |
「仮釈放者」は,取消し後に再度仮釈放された者を含む延べ人数であり,「新仮釈放者」はそのような再度の仮釈放を除く。
また,令和6年の平均38年1月は新仮釈放者が1人であった年の数値であり,無期刑受刑者全体の平均服役期間ではない。
2 令和6年末の在所期間
| 在所期間 | 人数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 10年未満 | 180人 | 10.9% |
| 10年以上20年未満 | 614人 | 37.2% |
| 20年以上30年未満 | 535人 | 32.4% |
| 30年以上40年未満 | 224人 | 13.6% |
| 40年以上50年未満 | 85人 | 5.2% |
| 50年以上 | 12人 | 0.7% |
| 合計 | 1,650人 | 100.0% |
この表は令和6年末に収容中であった無期刑受刑者の分布であり,マル特無期事件だけを集計したものではない。
3 仮釈放審理412件の結果
平成27年1月から令和6年12月までに地方更生保護委員会の仮釈放審理が終結した412件では,許可79件(19.2%),不許可332件(80.6%),審理中の死亡などによるその他1件(0.2%)であった。
検察官意見別の結果は次のとおりである。
| 検察官意見 | 全件数 | 許可 | 許可率 |
|---|---|---|---|
| 反対ではない | 59件 | 36件 | 61.0% |
| 反対 | 277件 | 37件 | 13.4% |
| 聴取なし | 76件 | 6件 | 7.9% |
| 合計 | 412件 | 79件 | 19.2% |
検察官が反対した事案の許可率は低い。
しかし,反対意見がある場合にも37件で仮釈放が許されているため,検察官の意見が仮釈放を法的に禁止するものではない。
なお,これら412件は無期刑受刑者一般の審理結果であり,マル特無期事件だけの許可率を示すものではない。
また,「聴取なし」には,刑事施設の長が仮釈放申出を審査する際に検察官の意見が既に明らかにされていた場合があるため,単純に「検察官が関与しなかった」とは評価できない。
4 懲罰件数と審理結果
同じ412件について,懲罰なしの57件では24件(42.1%)が許可され,懲罰1回~5回の210件では45件(21.4%)が許可された。
懲罰21回以上の32件では許可例がなかった。
この統計から,施設内規律の遵守状況が審理結果と関連することは読み取れる。
もっとも,仮釈放は複数の事情を総合して判断されるため,懲罰件数だけで許否が決まるとはいえない。
第5 死刑及び無期懲役の確定人員
e-Statの令和6年検察統計表63によれば,令和2年から令和6年までの死刑及び無期懲役の確定人員は次のとおりである。
表の刑名は,各年の統計表に合わせて「無期懲役」とした。
| 年 | 死刑 | 無期懲役 |
|---|---|---|
| 令和2年 | 2人 | 19人 |
| 令和3年 | 4人 | 18人 |
| 令和4年 | 0人 | 10人 |
| 令和5年 | 3人 | 17人 |
| 令和6年 | 2人 | 10人 |
| 合計 | 11人 | 74人 |
この確定人員からマル特無期事件の指定数又は指定率を推計することはできない。
指定対象及び指定数が公表されておらず,死刑求刑事件の全てが指定されると確認できる資料もないからである。
第6 制度をめぐる議論と長期収容の課題
1 日弁連の意見
日弁連は,平成20年11月18日付け意見書で,死刑を存置したまま仮釈放のない終身刑を創設することに反対し,無期刑の事実上の終身刑化及びマル特無期通達を批判した。
平成22年12月17日付け意見書では,無期刑受刑者の仮釈放制度について,法定期間経過後の審理機会の確保,審理手続の透明化及び検察官意見の取扱いなどの改善を求めた。
また,平成28年10月7日の人権擁護大会宣言では,死刑に代わる最高刑を検討する場合にも,受刑者の変化及び更生を審査し,将来の減刑又は社会復帰の可能性を制度的に残すべきであるとの立場を示した。
これらは日弁連の政策的意見である。
現行法の内容,個々の受刑者の指定の有無又は将来の仮釈放結果を示す事実資料とは区別して読む必要がある。
2 無期刑受刑者の高齢化
令和6年末の無期刑受刑者1,650人のうち,70歳代は379人,80歳代以上は152人であり,両者で531人,全体の32.2%を占める。
長期収容に伴い,刑事施設における慢性疾患,多疾患併存,移動能力,認知機能及び社会的ケアへの対応は重要になる。
海外の系統的レビューでも,高齢受刑者には慢性疾患,多疾患併存,精神保健上の問題及び移動上の困難がみられ,慢性疾患の発見,継続的な管理及び社会的ケアの整備が課題になると報告されている。
もっとも,研究の多くは外国の刑務所を対象としており,日本の刑事施設へ数値をそのまま当てはめることはできない。
また,長期服役だけを理由として特定の精神疾患又は人格変化が生じると断定することもできない。
3 刑事施設における医療の原則
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条は,刑事施設において,社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らして適切な措置を講ずるものと定める。
同法62条1項は,被収容者が負傷し,疾病にかかり,又はその疑いがある場合などに,速やかに医師等による診療を行い,その他必要な医療上の措置を執るものと定める。
高齢化は,仮釈放の許否とは別に,収容を継続する間の医療及び処遇の質を確保する必要性を高める事情である。
第7 関連記事
① 仮釈放
② 仮釈放に関する公式の許可基準
③ 恩赦の件数及び無期刑受刑者の仮釈放
④ 死刑囚及び無期刑の受刑者に対する恩赦による減刑
第8 出典・参考資料
1 法令及び政府資料
① e-Gov法令検索「刑法」(14条及び28条)
② e-Gov法令検索「刑事訴訟法」(472条及び482条)
③ e-Gov法令検索「検察庁法」(4条)
④ e-Gov法令検索「更生保護法」(16条,33条,34条及び39条)
⑤ e-Gov法令検索「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(56条及び62条)
⑥ 第217回国会衆議院法務委員会第15号会議録(令和7年5月16日)
⑦ 衆議院議員藤原規眞君提出無期懲役受刑者の仮釈放に関する質問に対する答弁書(令和7年3月7日)
⑧ 参議院議員糸数慶子君提出無期懲役に関する質問に対する答弁書(平成30年7月27日)
⑨ 法務省「拘禁刑下の矯正処遇等について」
2 統計
① 法務省「無期刑の執行状況及び無期刑受刑者に係る仮釈放の運用状況について」(令和8年1月,1頁~3頁,18頁~26頁)
② e-Stat「検察統計調査 検察統計 年次 2024年」表番号24-00-63
3 書籍
① 城祐一郎『捜査・公判のための実務用語・略語・隠語辞典』立花書房,平成23年,18頁
② 伊丹俊彦・合田悦三編集代表『逐条実務刑事訴訟法』立花書房,平成30年,1264頁~1268頁
③ 太田達也『仮釈放の理論―矯正・保護の連携と再犯防止』慶應義塾大学出版会,平成29年,80頁~83頁,132頁~133頁,314頁及び320頁
④ 武内謙治・本庄武『刑事政策学』日本評論社,令和元年,104頁
⑤ 日本弁護士連合会『日弁連七十年』,平成31年,116頁~117頁及び182頁
4 意見書及び医学文献
① 日本弁護士連合会「『量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終身刑導入関係)』に対する意見書」(平成20年11月18日)
② 日本弁護士連合会「無期刑受刑者に対する仮釈放制度の改善を求める意見書」(平成22年12月17日)
③ 日本弁護士連合会「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」(平成28年10月7日)
④ The Health of America’s Aging Prison Population(系統的レビュー)
⑤ Interventions for the detection, monitoring, and management of chronic non-communicable diseases in the prison population(系統的レビュー)
⑥ A systematic integrative review of programmes addressing the social care needs of older prisoners(統合的レビュー)