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死刑確定者及び無期刑受刑者に対する恩赦による減刑―戦後の実例と政府答弁(AIリライト)

第1 この記事が扱う対象と政府資料上の件数

1 「死刑確定者」と「無期刑」の意味

本記事は,死刑の言渡しが確定した者に対する恩赦による減刑と,無期刑の言渡しが確定した者に対する恩赦による有期刑への減刑を扱う。法令及び政府資料に合わせ,前者を「死刑確定者」と表記する。

令和7年6月1日から拘禁刑が施行されたため,現在の刑種には無期拘禁刑がある。他方,同日前にした行為に対する無期懲役又は無期禁錮と,既に確定したこれらの刑も残るため,本記事では無期拘禁刑,無期懲役及び無期禁錮を文脈上「無期刑」と総称する(法務省「拘禁刑下の矯正処遇等について」参照)。

2 政府資料で確認できる主要件数

政府答弁及び国会会議録から確認できる主要件数は,次のとおりである。個別恩赦を受けた者の氏名は一律に公表されていないため,集計値と,国会会議録で実名が明らかになった事例とを区別する必要がある。

減刑の内容種類確認できる人数実施時期又は最終時期
死刑から無期刑政令恩赦14人昭和22年から昭和27年まで
死刑から無期刑個別恩赦11人公刊政府資料上,昭和50年が最後
無期刑から有期刑個別恩赦86人昭和22年から昭和34年まで
無期刑から有期刑政令恩赦総数不明昭和27年4月が最後

死刑から無期刑への減刑は合計25人である。令和7年版犯罪白書によれば,令和6年中の常時恩赦は刑の執行の免除1人及び復権10人であり,減刑は記録されていない。

第2 恩赦法上の減刑

1 内閣の決定と天皇の認証

日本国憲法73条7号は,一般に恩赦を決定することを内閣の事務とし,同法7条6号は,一般に恩赦を認証することを天皇の国事行為としている。したがって,個々の刑事裁判を変更する司法手続ではなく,憲法及び恩赦法に基づく行政上の制度である。

2 政令恩赦と個別恩赦

恩赦法1条が定める恩赦の種類は,大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復権である。同法6条は,政令で罪若しくは刑の種類を定めて行う減刑と,特定の者について行う減刑とを区別している。

政令による減刑は刑を減軽するものである。これに対し,特定の者に対する減刑は,刑そのものを減軽する方法のほか,刑の執行を減軽する方法によることもできる(同法7条)。

個別恩赦による特赦,減刑,刑の執行の免除又は復権は,中央更生保護審査会が申出をした者について行われる(同法12条)。恩赦法施行規則は,刑事施設の長等による上申と,本人から願い出があった場合の意見付送付等の手続を定めている。

3 減刑,刑の執行の免除及び仮釈放の違い

死刑を無期刑へ,又は無期刑を有期刑へ変更する減刑は,刑そのものを軽くする処分である。刑の執行の免除は言い渡された刑を変更せず,将来の執行を免除する処分である。

仮釈放は,刑の種類を変更する恩赦ではない。刑法28条は,無期刑について10年を経過した後に仮釈放を許すことができると定めるが,これは資格要件であって,10年での釈放を保障する規定ではない。また,仮釈放後も無期刑そのものは存続する。

第3 死刑から無期刑への減刑

1 政令恩赦14人と個別恩赦11人

平成10年1月13日付政府答弁書は,恩赦法施行後,政令による減刑を含め,死刑を減刑された者は25人であるとする。平成20年5月23日の衆議院法務委員会における法務省答弁は,内訳を昭和22年から昭和27年までの政令恩赦14人と,個別恩赦11人と説明している。

2 個別恩赦を受けた者の氏名が一律に公表されない理由

平成10年8月21日付政府答弁書は,死刑から減刑された個別恩赦11人について,氏名及び罪名等の公表を差し控えた。同答弁書は,公表が本人の改善更生に悪影響を及ぼすおそれ,その時点の死刑確定者及びその家族に与える影響その他の事情を理由としている。

したがって,政府の集計値から個々の氏名を逆算することはできない。本記事では,個別事件については国会会議録に実名と処分経過が現れる範囲に限って記載する。

3 公刊政府資料上の最後は昭和50年

前記の平成20年法務省答弁によれば,死刑から無期刑への個別恩赦による減刑が最後に行われたのは昭和50年である。もっとも,政府は個人情報を一律には公表していないため,「公刊された政府資料上の最後」と表現するのが正確である。

第4 再審特例法案と7人の死刑確定者

1 昭和44年7月8日の法務大臣答弁

昭和44年7月8日の衆議院法務委員会において,西郷吉之助法務大臣は,死刑確定者に再審理由の特例を設ける法案が提案されたことを契機として,その対象となるような者について十分に検討し,恩赦の積極的運用に努力する旨を答弁した。同日の政府委員答弁では,対象者は全国で7人と説明された。

2 法案の取下げと恩赦審査との関係

昭和45年4月15日の衆議院法務委員会では,法務大臣答弁を受けて法案を取り下げ,恩赦という別の方法を選んだという政治的経緯が議員から説明された。同日の法務省保護局長答弁によれば,7人のうち1人は昭和44年秋に恩赦を受け,残る6人はなお審理中であった。

これらの会議録は,法案の取下げと積極的な恩赦審査とが国会審議上関連付けられていたことを示す。ただし,7人全員を減刑する法的な交換条件又は確約が成立したことまで示すものではない。

3 会議録で確認できる対象者の範囲

昭和44年9月9日の衆議院法務委員会では,山本宏子が既に恩赦を受けた者として実名で言及されたが,処分日は示されていない。また,昭和48年6月7日の参議院法務委員会では,帝銀事件,福岡事件及び免田事件が7人をめぐる審議の中で言及された。

他方,公刊された政府資料は6事件7人の氏名及び処分日を一覧として示していない。そのため,一覧の全部を公的資料で確認済みの事実として扱うことはできない。

第5 昭和50年の石井健治郎と西武雄

1 同一事件の2人に対する審査

昭和50年3月27日の参議院法務委員会では,福岡事件について死刑が確定した石井健治郎及び西武雄に関する恩赦の審査経過が実名で取り上げられた。同年11月20日の同委員会では,中央更生保護審査会が石井について減刑を相当とし,西について不相当と判断したことが説明された。

2 同じ日に分かれた処分

石井については,中央更生保護審査会の申出後,閣議決定及び天皇の認証を経て,死刑から無期刑へ減刑された。これに対し,西に対する死刑は昭和50年6月17日に執行された。

同一事件で死刑が確定した2人について,1人は減刑され,もう1人は同じ日に死刑を執行されたという経過は国会会議録で確認できる。この事例が,前記の政府集計における昭和50年の最後の個別減刑に当たる。

第6 無期刑から有期刑への減刑

1 個別恩赦86人と昭和34年という最終時期

平成12年10月3日付政府答弁書によれば,昭和20年から平成11年までに無期懲役が確定した者は3371人であり,このうち仮釈放中の者を除き,個別恩赦によって有期刑へ減刑された者は86人である。前記の平成20年法務省答弁は,これらの減刑が昭和22年から昭和34年までに行われたと説明している。

昭和35年以降,無期刑から有期刑への個別恩赦による減刑は行われていない。死刑からの個別減刑が昭和50年まで行われたこととは,時期が異なる。

2 昭和27年の政令恩赦

平成12年政府答弁書によれば,無期刑から有期刑への政令恩赦による減刑の総数は,十分な資料がないため不明である。最後に政令による減刑が行われたのは,昭和27年4月の日本国との平和条約発効時であった。

当時の減刑令は,基準日前に刑に処せられた者,対象となる罪,除外犯罪及び併合罪等について条件を置いていた。昭和59年の参議院政府答弁書は,同令にいう「基準日前に刑に処せられた者」を,基準日前に有罪判決を受けた者と解している。

3 昭和天皇大喪の礼に際する特別基準

昭和天皇大喪の礼に際して行われた特別基準恩赦では,基準日現在70歳以上で,無期刑の言渡しを受け,10年以上その執行を受けた者が減刑審査の候補とされた。もっとも,要件に該当すれば当然に減刑される制度ではなく,犯罪の情状,性格及び行状,犯罪後の状況,社会感情等を総合し,特に相当と認められる場合に限る個別審査であった(昭和天皇の崩御に際会して行う特別恩赦基準参照)。

減刑を相当とされた場合,無期懲役又は無期禁錮は15年の有期刑とする基準であったが,死刑を対象とする減刑基準は置かれていなかった。また,政府集計では昭和35年以降に無期刑から有期刑への個別減刑はないため,この特別基準による無期刑から有期刑への実施例もなかったと推認される。ただし,最後の点は特別基準と政府の年代別集計を組み合わせた推論であり,個別処分記録が直接示すものではない。

第7 尊属殺重罰規定違憲判決後の個別恩赦

1 最高裁大法廷昭和48年4月4日判決

最高裁大法廷昭和48年4月4日判決(昭和45年(あ)第1310号,刑集27巻3号265頁)は,刑法旧200条が尊属殺人の法定刑を死刑又は無期懲役に限り,普通殺人より著しく重くしていたことを憲法14条1項に違反するとした。

2 法務省の通達と審査状況

判決後の昭和48年4月18日,法務省刑事局長及び保護局長は,旧200条により刑が確定した者のうち,減刑事由がありながら法定刑の制約により過重な刑となった者について,個別恩赦による救済を検討する取扱いを示した。昭和48年5月8日の参議院法務委員会では,対象状況として服役中の無期刑42人,有期刑108人,無期刑で仮釈放中の者33人等が説明された。

昭和50年3月27日の参議院法務委員会では,昭和49年末までの上申が98件であり,審査結果として相当41件,不相当56件と説明された。ただし,相当とされた41件のすべてが無期刑から有期刑への減刑であったわけではない。政府の年代別集計によれば,無期刑から有期刑への個別減刑は昭和34年が最後である。

第8 再審請求・恩赦出願と死刑執行

1 日本政府の立場

平成19年6月15日付政府答弁書は,再審請求又は恩赦出願を死刑執行の一律の停止事由とすることに否定的な立場を示した。その理由として,請求又は出願が繰り返される限り執行できなくなることを挙げる一方,個別の執行判断に際しては,申立ての内容,過去の申立状況その他の事情を慎重に検討するとしている。

2 自由権規約6条4項

自由権規約6条4項は,死刑を言い渡されたすべての者が特赦又は減刑を求める権利を有することと,死刑に対する大赦,特赦又は減刑をすべての場合に与えることができることを定めている。これは,恩赦が必ず認められる権利を定めたものではなく,求める機会と処分可能性を保障する規定である。

3 自由権規約委員会の解釈及び対日勧告

自由権規約委員会一般的意見36号は,死刑確定者に恩赦又は減刑を求める実効的な機会を保障し,申立てが実質的に検討され最終判断される前に刑を執行しないこと,特定の犯罪類型をあらかじめ恩赦の対象外にしないことなどを求めている。

同委員会の令和4年対日総括所見は,再審請求及び恩赦出願に死刑執行の停止効を持たせるよう日本に勧告した。これに対し,日本政府は,再審請求又は恩赦出願の係属それ自体は法定の執行停止事由ではないという立場を維持しており,国内制度の説明と国際機関の勧告とを区別して理解する必要がある。

第9 関連記事

1 恩赦及び仮釈放

恩赦の制度全体及び過去の政令恩赦については,恩赦に関する記事の一覧及び戦後の政令恩赦及び特別基準恩赦を参照されたい。

無期刑受刑者の仮釈放は減刑とは別の制度である。仮釈放の制度及び実情については,仮釈放及びマル特無期事件―最高検通達,仮釈放及び最新統計(AIリライト)を参照されたい。

2 死刑制度に関する資料

死刑執行と弁護士会の意見については,死刑執行に反対する日弁連の会長声明等を参照されたい。

第10 出典・参考資料

1 法令・条約

① e-Gov法令検索「日本国憲法」7条6号及び73条7号。

② e-Gov法令検索「恩赦法」1条,6条,7条及び12条。

③ e-Gov法令検索「恩赦法施行規則」1条,1条の2及び6条。

④ e-Gov法令検索「刑法」28条。

⑤ 外務省「市民的及び政治的権利に関する国際規約」6条4項。

2 裁判例

① 最高裁大法廷昭和48年4月4日判決(昭和45年(あ)第1310号,刑集27巻3号265頁)。

3 政府答弁書・国会会議録

① 平成10年1月13日付「衆議院議員保坂展人君提出死刑の執行などに関する質問に対する答弁書」

② 平成10年8月21日付「衆議院議員保坂展人君提出死刑制度などに関する質問に対する答弁書」

③ 平成12年10月3日付「衆議院議員保坂展人君提出死刑と無期懲役の格差に関する質問に対する答弁書」

④ 平成19年6月15日付「衆議院議員保坂展人君提出拷問等禁止委員会最終見解のうち,刑事司法・刑事拘禁と入管手続などに関する質問に対する答弁書」

⑤ 衆議院法務委員会昭和44年7月8日会議録

⑥ 衆議院法務委員会昭和45年4月15日会議録

⑦ 参議院法務委員会昭和48年5月8日会議録

⑧ 参議院法務委員会昭和50年3月27日会議録

⑨ 参議院法務委員会昭和50年11月20日会議録

⑩ 衆議院法務委員会平成20年5月23日会議録

4 公的資料・国際機関資料

① 法務省「恩赦」

② 令和7年版犯罪白書「恩赦」

③ 衆議院憲法調査会事務局,「恩赦制度」,平成15年。

④ 国立国会図書館調査及び立法考査局,「恩赦制度の概要」,『調査と情報―ISSUE BRIEF―』第1027号,平成30年。

⑤ 自由権規約委員会一般的意見36号,平成30年,47項。

⑥ 自由権規約委員会第7回日本政府報告審査総括所見,令和4年。

⑦ 日本政府第7回政府報告に関する事前質問への回答,令和2年。

5 書籍

① 太田達也『刑の一部執行猶予【改訂増補版】』慶應義塾大学出版会,平成30年,254頁~255頁。

② 武内謙治・本庄武『刑事政策学』日本評論社,令和元年,87頁,91頁,147頁。

③ 太田達也『仮釈放の理論―矯正・保護の連携と再犯防止』慶應義塾大学出版会,平成29年,80頁~83頁,132頁~133頁,196頁,314頁,320頁。

④ 葛野尋之『弁護人の援助を受ける権利の現代的展開』日本評論社,令和7年,356頁。