第1 この記事の対象と結論
平成29年司法試験論文式試験の刑事系科目第1問(刑法)を対象に,公式の出題の趣旨と採点実感から独自に抽出した評価項目40個と,5000字以内の模範解答を示します。
建造物侵入罪・証拠隠滅罪・特別法違反は設問により対象外です。
本問は,カード取引における相手方ごとの財産侵害,共同防衛行為の評価と各人の認識差,死亡誤信の下での財物取得を接続する問題です。
本稿の答案は,カード利用について加盟店詐欺・文書偽造行使・背任を認め,共同防衛について全体を客観評価した上で甲の錯誤を別に扱い,財布取得について甲の窃盗と乙の損壊を行為共同説から説明します。
これらだけが公式に指定された結論という意味ではありません。
| 場面 | 答案の採用構成 | 読む際の要点 |
|---|---|---|
| 時計購入 | Cへの1項詐欺,売上票の偽造・行使,Aへの背任 | 名義人の承諾・加盟店の処分・カードの資格を分ける。 |
| 共同防衛 | 乙は傷害・過剰防衛,甲は錯誤と過失の検討を経て不処罰 | 客観的な共同結果と個人責任を分ける。 |
| 財布取得 | 甲は窃盗,乙は器物損壊の各共同正犯 | 占有の現実・認識,領得目的,異罪共同正犯を順に検討する。 |
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
評価項目と重みは,法務省の公式採点基準・配点の公表ではなく,本稿による整理です。
重み5は設問の判断を大きく分ける核心,4は結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ,3は通常押さえる法的処理・事情の評価,2は補強説明・個別事情・誤りの注意,1は補充的記述や記載範囲の確認を意味します。
重み4であるために両公式資料へ登場することは要求しません。
「注意」は誤りの回避を示す種別であり,一律の重みや別建ての減点を意味しません。
同じ不足を通常項目と注意項目で二重評価しません。
「許容分岐」は採用構成などの適用条件を示し,不採用の構成まで累積して答案へ要求しません。
重み5は,番号2の承諾と財産処分の重要性,14の共同暴行の帰属,17の相当性の評価対象,21の甲の錯誤,27の死亡誤信の主観配置,28の自己の先行行為利用と前段との整合,34の異罪共同正犯です。
それぞれ後続の成立罪を変えるため5とし,個々の要件や事実評価を支える4と区別しました。
件数や割合を先に決めたものではありません。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
甲は,Aから10万円の腕時計Xを買うためだけにA名義のクレジットカードを借りました。
時計店に戻って50万円の腕時計Yも欲しくなり,条件違反と合計60万円を確実に返せる見込みがないことを知りつつ,A本人と装い売上票にA名を署名して両時計を取得しました。
Yは交際相手に贈りました。
Aは事後に支払を待ち,口座引落し後に甲から全額の弁済を受けました。
後日,Aは甲を追って殴りかかりました。
甲乙は共同して体当たりし,上下半身を押さえました。
Aはなお抵抗し甲を殴ると叫びました。
乙は800グラムの石でAの顔面を一度強打しましたが,甲は石の取得・使用を全く知りませんでした。
乙に殺意はありません。
甲乙は失神したAを死亡したと思い,強盗被害に見せ掛けるため財布を捨てることを合意しました。
甲だけは中の現金を返済に使うつもりでした。
甲は4万円入りの財布をAのポケットから自分の上着へ移し,甲宅へ運びました。
乙の帰宅後,甲は現金を取り財布を押入れに隠しました。
実際のAは生存し,鼻骨骨折の傷害を負っています。
2 設問が求めること
設問は,具体的事実を摘示して甲乙の罪責を論じることを求めます。
特定の学説や結論の指定はなく,採用した構成から要件・当てはめ・効果を一貫させる必要があります。
上記三つの行為群を時系列で扱い,成立罪と罪数まで閉じるのが答案の到達点です。
建造物侵入罪・証拠隠滅罪・特別法違反を論じず,Aの死亡を事実として置き換えません。
相当性の判断主体,甲の認識の法的効果,占有侵害認識の肯否などに別構成を採る場合は,後段の帰属・成立罪もその前提に合わせます。
第4 評価項目と重み
1 カードによる時計購入とAとの関係
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 取得対象が時計という財物であることから,2項と区別して1項詐欺を検討する。 | 3 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理3頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 2 | AのX購入承諾とY購入による承諾逸脱を区別し,本人限定取引での欺罔を財産処分の重要性と結び付ける。 | 5 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理3頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 3 | Cの錯誤・時計引渡し・甲の取得と各因果関係及び故意を具体的事実で示す。 | 4 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理3頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 4 | 詐欺・有印私文書偽造・同行使に共通するAの関与につき正犯性を検討し,甲とAの共同正犯の成否を簡潔に判断する。 | 3 | 趣旨・物理14頁。3罪についてAとの共同正犯を簡潔に検討する。 | 採点実感・物理3頁。Aの関与・利益等から正犯性を否定する。 |
| 5 | 売上票の作成名義人・現実作成者・権利義務文書性・署名使用及び行使目的を特定する。 | 3 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理3頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 6 | 署名承諾を含むX購入の授権と60万円の売上票との関係を示し,名義人の承諾下でも偽造となる理由を述べる。 | 4 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理3頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 7 | 売上票をCに示して内容を認識できる状態に置いたことを,偽造文書の行使に当てはめる。 | 3 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理1頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 8 | 背任構成では,Aの決済負担を左右する限定的な信用利用を任されたことから他人事務性を説明する。[許容分岐:背任構成を採る場合] | 4 | 趣旨・物理14頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理4頁。条件付きの検討。 |
| 9 | 背任構成では,Y贈与による第三者図利目的と,X限定の委託に反する利用を具体的に認定する。[許容分岐:背任構成を採る場合] | 4 | 趣旨・物理14頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理4頁。条件付きの検討。 |
| 10 | 採用した財産犯について,負担発生・回収見込み・事後の受忍や弁済を分け,損害と既遂時期を説明する。 | 4 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 11 | 横領構成では,誰に対するどのカードの占有・委託に基づく横領かを示し,資格の化体物としての領得を論じる。[許容分岐:横領構成を採る場合] | 4 | 趣旨・物理14頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理4頁。条件付きの検討。 |
| 12 | カード自体の横領と資格濫用の背任との関係を示し,独立成立・競合の処理を説明する。 | 3 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 13 | 規約違反を含む委託でも財産保護に値するかを理由付きで検討する。 | 3 | 趣旨・物理14頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
2 共同暴行と防衛
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 14 | 体当たりから押圧・殴打までの現場共謀の成立・継続と終了事情の有無を具体的に判断する。 | 5 | 趣旨・物理15頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 15 | 共同暴行の危険と傷害結果の因果関係を示し,結果的加重犯としての傷害の共同正犯を説明する。[許容分岐:殴打を共同暴行の範囲内とする場合] | 4 | 趣旨・物理15頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理4頁。条件付きの検討。 |
| 16 | 殴打時にも続くAの攻撃意思・抵抗と,甲乙の防衛意思を簡潔に示す。 | 3 | 趣旨・物理15頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 17 | 相当性を全員の行為で判断するか個人別に判断するかを,理由を付して選択する。 | 5 | 趣旨・物理15頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理5頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 18 | 侵害と防衛意思の継続から一連の行為を評価し,侵害終了後の量的過剰にすり替えない。 | 4 | 趣旨・物理16頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理5頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 19 | 人数・拘束状態・攻撃の弱まり・石の重量と顔面強打の危険を総合し,相当性を具体的に判断する。 | 4 | 趣旨・物理16頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理5頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 20 | 乙の認識・防衛意思を踏まえ,過剰防衛による任意的減免の効果を明示する。 | 3 | 趣旨・物理16頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理2頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 21 | 全体評価で客観的過剰とする場合,甲の過剰事実の不知を違法性阻却事由の錯誤として扱い,採用説から責任の結論を導く。[許容分岐:全体評価で客観的過剰を認める場合] | 5 | 趣旨・物理16頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理5頁。条件付きの検討。 |
| 22 | 甲の故意責任を否定する場合,石の過剰行為を認識しなかったことについて過失傷害の成否を具体的に検討する。[許容分岐:甲の故意責任を否定する場合] | 4 | 趣旨・物理16頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理5頁。条件付きの検討。 |
| 23 | 甲に過失傷害を認める場合,過剰防衛の任意的減免を準用するかを理由とともに検討する。[許容分岐:甲の過失傷害を肯定する場合] | 2 | 趣旨・物理16頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理5頁。条件付きの検討。 |
| 24 | 個人別に相当性を判断する構成では,その根拠と各人の行為に即した正当防衛・過剰防衛の結論を示す。[許容分岐:個人別に相当性を判断する場合] | 4 | 趣旨・物理16頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理5頁。条件付きの検討。 |
| 25 | 石による殴打を共謀外とする場合,その理由と共同暴行部分・乙の傷害部分の各防衛評価を示す。[許容分岐:石の殴打を共謀外とする場合] | 4 | 趣旨・物理15頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理4頁。条件付きの検討。 |
3 財布取得
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 26 | 生存して失神中のAの着衣内財物について,客観的な占有と甲による占有移転を示す。 | 3 | 趣旨・物理16頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理5頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 27 | 死亡誤信を現実の死亡に置換せず,占有侵害の認識という主観面の問題として死者の占有を論じる。 | 5 | 趣旨・物理16頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理5頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 28 | 占有侵害の認識を肯定する場合,自己の先行行為を直後に利用する認識を示し,前段の共犯・防衛の結論と整合させる。[許容分岐:占有侵害の認識を肯定する場合] | 5 | 趣旨・物理16頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理6頁。条件付きの検討。 |
| 29 | 占有侵害の認識を否定する場合,窃盗と占有離脱物横領の抽象的事実の錯誤と構成要件の重なりを処理する。[許容分岐:占有侵害の認識を否定する場合] | 4 | 趣旨・物理17頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理6頁。条件付きの検討。 |
| 30 | 不法領得の意思の要否・内容を理由とともに示し,故意と別の主観的要素として扱う。 | 4 | 趣旨・物理17頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理6頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 31 | 甲の返済目的と取得前の意思形成から,財布・現金の取得時点に不法領得の意思があることを認定する。 | 3 | 趣旨・物理17頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理6頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 32 | 乙の廃棄・犯跡隠滅目的について利用処分意思の有無を理由付きで判断する。 | 4 | 趣旨・物理17頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理6頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 33 | 乙の不法領得意思を否定する場合,持去り・搬出・隠匿による効用喪失を損壊に当てはめる。[許容分岐:乙の不法領得意思を否定する場合] | 4 | 趣旨・物理17頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理2頁。条件付きの検討。 |
| 34 | 甲と乙の成立候補罪が異なる場合,行為共同説・犯罪共同説の対立を示し,採用説から共同実行の範囲と各人の罪を導く。[許容分岐:甲が窃盗又は占有離脱物横領,乙が器物損壊の構成の場合] | 5 | 趣旨・物理17頁。条件付きの検討。 | 採点実感・物理6頁。条件付きの検討。 |
4 罪数
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 35 | 各成立罪の犯罪単位と独立成立を確認し,同一行為・手段結果・併合の理由から罪数を示す。 | 3 | 趣旨・物理17頁。本項の法的処理を対象とする。 | 採点実感・物理6頁。本項の法的処理を対象とする。 |
5 関連場面の注意項目
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 36 | 注意:カード所持だけで引落口座の預金を占有すると扱わない。 | 2 | 同旨の注意事項の明示はない。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 37 | 注意:当初のカード借用時に詐欺が成立しないことの長い論述へ分量を費やさない。 | 1 | 同旨の注意事項の明示はない。 | 採点実感・物理4頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 38 | 注意:素手対石という武器の相違だけから相当性を機械的に否定しない。 | 2 | 同旨の注意の明示はない。相当性の総合判断は趣旨・物理16頁にある(間接)。 | 採点実感・物理5頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 39 | 注意:乙の不法領得意思の欠如を,それだけで抽象的事実の錯誤の問題と扱わない。 | 4 | 同旨の注意事項の明示はない。 | 採点実感・物理6頁。本項の法的処理を対象とする。 |
| 40 | 注意:牽連犯という科刑関係を,独立の犯罪成立を否定する吸収と混同しない。 | 2 | 同旨の注意事項の明示はない。 | 採点実感・物理6頁。本項の法的処理を対象とする。 |
6 重みの分布
| 重み | 項目数 |
|---|---|
| 1 | 1 |
| 2 | 4 |
| 3 | 11 |
| 4 | 17 |
| 5 | 7 |
| 合計 | 40 |
N=1+4+11+17+7=40,W=1+2×4+3×11+4×17+5×7=145です。
許容分岐を含む評価表全体の集計であり,一つの答案へ40項目全てを累積要求する数値ではありません。
重み合計は公式得点でも合格可能性でもありません。
全設問一般の文章作法・事実誤認への指摘は,重みを持つ別の「答案全体」項目として追加していません。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
以下は試験当時の刑法の規定を用いる答案例です。
共同暴行を肯定して防衛行為全体を評価し,甲の錯誤と過失を別に処理する構成,及び異なる罪でも共同実行を認める行為共同説を採ります。
カードの横領構成,相当性の個人別評価,占有侵害認識を否定する構成などを,一つの答案の追加要件として混在させていません。
本文の甲・乙・A・B・C及びX・Yは問題文の表記に対応します。
2 答案
第1 カードを用いた時計購入等についての甲の罪責
1 Cに対する詐欺罪(刑法246条1項)
(1)甲がA本人と装い,A名義のカードと署名した売上票をCに示した行為は,交付判断の基礎となる重要事項を偽る欺罔か。
カード取引では,名義人本人による利用と確認を通じて決済の安全が確保される。
したがって,名義人の承諾や決済の見込みがあっても,本人限定の取引で他人を本人と偽ることは欺罔となる。
本件規約は本人利用に限り貸与を禁じ,加盟店に本人確認義務を課す。
甲はA本人である旨を振る舞いと署名で示し,Cは甲がA本人で正当な利用権限を持つと誤信してX・Yを引き渡し,甲が取得した。
本人限定の確認は名義冒用等に伴う決済上の危険を排除するためであり,AのXへの承諾だけでCに対する本人性の偽りが重要でなくなるわけではない。
Yは承諾範囲さえ超え,甲は返済の確実な見込みもなく,この危険を更に高めた。
本人性に係る錯誤と処分の因果関係があり,甲もこれを認識していた。
AがXの購入を認めていてもCの処分への同意とは異なる。
甲には両時計を自己・交際相手の物とする意思があり,取得対象は利益にとどまらず時計という財物そのものであるから,X・Y合計60万円について一個の1項詐欺罪が成立する。
名義人による決済の期待があっても,この欺罔による財物交付を正当化しない。
2 売上票の偽造・行使
(1)私文書偽造は作成者と作成名義人の人格的同一性を偽ることをいう。
本人の承諾は作成権限を基礎付け得るが,その範囲外の文書には及ばない。
売上票はBの規約に従い代金を支払う旨を記した権利義務に関する文書であり,A名の自署はA自身を作成名義人と示す。
作成者とは文書に表示された意思・観念の主体であり,署名の物理的記入者と常に同じではない。本件では授権外の60万円の支払意思を表示した主体は甲である。
仮にAのX購入承諾がそのための署名権限を含むとしても,Yの50万円までAに負担させる一通60万円の売上票は授権外である。
甲はこれをCに真正なものとして示す目的でAの署名を使用して作成したから,有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。
Cに手渡して内容を認識できる状態に置き,同行使罪(161条1項)も成立する。
詐欺・有印私文書偽造・同行使の3罪に共通して,Aは甲の頼みでXのためにカードを貸したにすぎず,自ら利益を得ず,犯行を自己のものとして行う正犯性を認められない。
文書名義人の共犯可能性の問題とは区別し,Aの具体的関与と正犯性から,3罪について甲とAとの共同正犯を認めない。
3 Aに対する背任罪(247条)等
(1)「他人のためにその事務を処理する者」とは,信任関係に基づき他人の財産の保全等を任された者をいう。
甲は単に自分の物を買うだけでなく,Aに決済負担を生じさせるカードをX購入に限って適切に利用する事務を任されたから,これに当たる。
本人利用規約への違反があっても,甲A間の財産保護の委託まで消滅しない。
甲は条件違反を知りつつ交際相手への贈与のためYを買い,第三者の利益を図って任務に背いた。
甲は今後60万円を支払える確実な見込みがなく,Aは約束外の50万円の支払負担を負った。
甲への求償が可能でも実際の回収が確実でなく,全体として経済的損害がある。
甲はその事情を認識しており,背任罪が成立する。
(2)Aが18時に事後的に受忍し,後に猶予や弁済があっても,購入による負担発生時に成立した犯罪を遡って消滅させない。
カードを利用資格の化体物と捉え,逸脱利用を横領とする構成も考えられる。
しかし,本件ではカード自体の利用価値を権利者から奪う領得より,Aの決済負担を生じさせる資格の濫用に財産侵害の中心があるため,背任として捉える。
同一の委託財産侵害を捉える場合,横領を特別的な侵害類型として背任との独立成立を調整すべきであり,両罪を当然に累積させるものではない。
第2 Aへの有形力行使についての甲乙の罪責
1 共同実行と傷害結果
甲乙はAを止めることを合意して二度体当たりし,続いて上半身・下半身を分担して力を込めて押さえた。
乙の石による打撃時も甲は足首を押さえており,Aはなお甲を殴る旨叫んで抵抗していた。
侵害終了後の新たな独立した攻撃ではなく,同じ防衛目的でAの抵抗を抑える共同暴行が継続している。
甲は石を知らないものの,具体的な手段の相違のみで,継続する共同暴行の客観的帰属が直ちに消えるものではない。
傷害罪は暴行の結果的加重犯としても成立し,共同した暴行の危険が傷害として実現した場合には,傷害の故意を共同することまでは要しない。
石の打撃が鼻骨骨折を直接生じさせ,共同暴行の危険が実現したから,傷害罪(204条)の共同正犯(60条)の客観面を満たす。
両者の主観的責任は別に検討する。
2 正当防衛・過剰防衛
(1)Aは顔面を殴ろうとし,倒されても立ち上がって攻撃を繰り返し,押さえられた後も殴ると叫び抵抗した。
甲の身体に対する急迫不正の侵害は継続していた。
甲の以前の約束違反は既に弁済され,時間を隔てた現在の攻撃に対して甲は店を出て回避しているから,防衛権を失わせる自招侵害とはいえない。
甲乙はそれぞれ自己又は他人である甲を守ろうとしており,防衛意思がある。
(2)「やむを得ずにした行為」(36条1項)というには,侵害排除に必要で,その手段・態様が相当であることを要する。
拳による攻撃に体当たりして倒し,興奮が静まるまで足首・上腕を押さえる行為は,侵害を止めるのに必要相当である。
しかし,成人二人が一人を仰向けに押さえ,乙も両腕を拘束できているのに,直径10センチメートル・重さ800グラムの石で顔面を力一杯殴ることは,身体への危険が大きく,制止に必要な程度を超える。
共同実行が生む身体侵害の危険は一体として客観的に評価すべきであり,個々の行為者の認識差は責任段階で扱う。
したがって,全員の一連の行為を対象に相当性を判断する。
侵害終了後の量的過剰ではないが,継続する侵害に対する手段が質的に過剰であり,共同防衛行為全体として相当性を欠くため,正当防衛による客観的違法性阻却は認められない。
乙は上記事情を認識しながら防衛のために殴っているから傷害罪の責任を負う。
ただし防衛の程度を超えた行為として,情状により刑を減軽又は免除できる(36条2項)。
殺意は明示的に否定されているから殺人未遂罪は成立せず,死亡結果もないから傷害致死罪でもない。
3 甲の錯誤と過失
甲は足先の方を向き,乙の石の取得・打撃を全く認識していない。
甲の認識した事実は,二人でAを押さえて落ち着かせるというものであり,それが真実なら前記のとおり必要相当な防衛となる。
共同行為の客観的な過剰を基礎付ける事実について錯誤がある。
違法性を基礎付ける事実を知らない者には故意責任を問えないと解するから,甲には故意の傷害罪は成立しない。
過剰な行為を認識しながら適法と誤信した法律の錯誤とは異なる。
過失傷害罪(209条)も,突然の石による強打を予見すべき具体的事情が必要である。
甲は乙と制止を合意して足首を押さえており,石の使用を予測させる事前の言動はない。
向きからも目に入らず,その予見可能性を認める事情がないため過失は認められない。
したがって甲は本件身体侵害について処罰されない。
第3 財布・現金の取得等についての甲乙の罪責
1 甲の窃盗罪(235条)
(1)Aは実際には生存し,失神していても着衣のポケット内の財布・現金に対する事実的支配は社会通念上継続する。
他人の占有する財物に当たる。
甲はAの意思に反してこれを取り出し自己の上着に入れ,支配を移した。
甲はAが死亡したと思っていたが,この誤信により窃盗の故意が否定されるか。
自ら被害者を殺害した者が,領得意思を生じてその直後に財物を奪った場合には,生前の占有を保護し窃盗とする。死亡直後一般の占有を認めるものではない。本件でも自己の先行行為の直後利用という点に着目する。
甲は共同暴行でAが動かなくなったこと,その直後にAの着衣内財物を取得することを認識している。
前記の故意責任の否定は,甲が状態発生に客観的に関与したことを消すものではない。
死亡との誤信があっても,自己らの行為の直後に保護される支配を侵す意味の認識はあり,窃盗の故意を否定しない。
(2)不法領得の意思には,権利者を排除して他人の物を自己の所有物のように経済的用法に従って利用・処分する意思を要する。
一時使用や単なる毀棄を窃盗から区別するため,この故意とは別の主観的要素が必要である。
甲は取得前から現金を返済に使うつもりで,4万円を確認して財布ごと自己のポケットに入れた。
現金の不法領得意思は明らかであり,財布も現金を運搬・確保する手段として利用している。
後に財布を捨てるつもりでも,現金入り財布を一体として領得する意思は否定されず,一個の窃盗罪が成立する。
21時5分の現金の抜取りを待たずに既遂である。
2 乙の器物損壊罪(261条)と共同正犯
乙は現金入りのまま財布を捨てるつもりで,経済的用法に従う利用・処分意思がなく,不法領得意思を欠くから窃盗罪は成立しない。
しかし「損壊」は物理的破壊に限らず効用を失わせる行為を含む。
甲は現金入りの財布を甲宅へ運び,現金を抜き取った後,財布を押入れに隠した。この一連の行為は財布自体についてAの発見・回収を妨げ,利用を不能にする損壊に当たる。現金は甲が領得しており,乙の損壊の客体は財布に限って検討する。
死亡と誤信しても他人所有の財物である認識はある。
甲と乙の成立罪が異なるため共同正犯を認められるか。
構成要件を同じくする犯罪の共同を必要とする説によれば困難である。
しかし,共同正犯の処罰根拠は,共同意思の下で互いの行為を利用し自己の行為として法益侵害を実現する点にある。
故意等の個人的要件を各自に要求する限り,構成要件的評価が異なっても共同の行為について各自の罪の共同正犯を認めてよい。
乙は計画を提案し甲と財布を探し,甲から発見・金額を聞いて,共同計画の実行として甲による持去りを利用している。
甲も乙と財物を持ち去ってAの利用を排除する点では意思を通じ,その共同作用を利用して現金を取得した。
廃棄に代えて財布を隠したことも,その効用を失わせる共同計画の実現の範囲内であり,乙が帰宅しただけで直ちに従前の共同作用が消えるものではない。
単なる同席や一方的幇助でなく共同実行であり,甲に窃盗罪,乙に器物損壊罪の各共同正犯が成立する。
甲の秘密の領得目的を乙へ帰属させるものではない。
3 その他
暴行時には財物取得目的はなく,失神後に初めて取得を企て,その際新たな暴行等はないから,強盗罪・昏酔強盗罪等は成立しない。
甲が後に4万円を取り出し財布を押入れに隠した行為は,既遂の窃盗後の同じ財物の処分であり,別に横領・損壊罪を加えない。
第4 罪数
甲の有印私文書偽造・同行使・Cへの詐欺は当該文書を用いて時計を取得する手段結果の関係にあり牽連犯(54条1項後段),Cへの詐欺とAへの背任は同一購入行為による観念的競合(同項前段)となり,これらは科刑上一罪となる。
この一罪と後日の窃盗罪は併合罪(45条前段)である。
乙の傷害罪と器物損壊罪は別個の防衛行為と財物取得行為によるから併合罪となる。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案第1は番号1〜13,第2は14〜25,第3は26〜34,第4は35に対応します。
通常の処理として番号1・3〜5・7・12・13・16・20・26・31・35を確認し,注意事項36〜40は当該場面で誤りや分量過剰を避けるために用います。
以下の表は,重み5・4と許容分岐の全項目を,第4と同じ文で掲げます。
適用しない分岐は不採用と示し,書いたことにはしません。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 2 | 5 | AのX購入承諾とY購入による承諾逸脱を区別し,本人限定取引での欺罔を財産処分の重要性と結び付ける。 | 第1の1。本人限定・X承諾とY逸脱及び決済上の危険を区別。 |
| 3 | 4 | Cの錯誤・時計引渡し・甲の取得と各因果関係及び故意を具体的事実で示す。 | 第1の1。錯誤から財物取得までを指摘。 |
| 6 | 4 | 署名承諾を含むX購入の授権と60万円の売上票との関係を示し,名義人の承諾下でも偽造となる理由を述べる。 | 第1の2。一通60万円票の授権外作成。 |
| 8 | 4 | 背任構成では,Aの決済負担を左右する限定的な信用利用を任されたことから他人事務性を説明する。[許容分岐:背任構成を採る場合] | 第1の3。Aの負担を左右する受託事務。 |
| 9 | 4 | 背任構成では,Y贈与による第三者図利目的と,X限定の委託に反する利用を具体的に認定する。[許容分岐:背任構成を採る場合] | 第1の3。Y贈与の第三者図利と任務違背。 |
| 10 | 4 | 採用した財産犯について,負担発生・回収見込み・事後の受忍や弁済を分け,損害と既遂時期を説明する。 | 第1の3。負担発生と事後弁済を区別。 |
| 11 | 4 | 横領構成では,誰に対するどのカードの占有・委託に基づく横領かを示し,資格の化体物としての領得を論じる。[許容分岐:横領構成を採る場合] | 不採用。第1の3と本解説(2)で別構成として留保。 |
| 14 | 5 | 体当たりから押圧・殴打までの現場共謀の成立・継続と終了事情の有無を具体的に判断する。 | 第2の1。共謀継続と終了事情の不存在。 |
| 15 | 4 | 共同暴行の危険と傷害結果の因果関係を示し,結果的加重犯としての傷害の共同正犯を説明する。[許容分岐:殴打を共同暴行の範囲内とする場合] | 第2の1。暴行の危険が傷害に実現。 |
| 17 | 5 | 相当性を全員の行為で判断するか個人別に判断するかを,理由を付して選択する。 | 第2の2。共同実行の危険の客観的一体評価。 |
| 18 | 4 | 侵害と防衛意思の継続から一連の行為を評価し,侵害終了後の量的過剰にすり替えない。 | 第2の1・2。侵害継続中の一連行為。 |
| 19 | 4 | 人数・拘束状態・攻撃の弱まり・石の重量と顔面強打の危険を総合し,相当性を具体的に判断する。 | 第2の2。人数・拘束と石の危険を総合。 |
| 21 | 5 | 全体評価で客観的過剰とする場合,甲の過剰事実の不知を違法性阻却事由の錯誤として扱い,採用説から責任の結論を導く。[許容分岐:全体評価で客観的過剰を認める場合] | 第2の3。認識事実なら相当な防衛との再評価。 |
| 22 | 4 | 甲の故意責任を否定する場合,石の過剰行為を認識しなかったことについて過失傷害の成否を具体的に検討する。[許容分岐:甲の故意責任を否定する場合] | 第2の3。具体的予見事情の不存在。 |
| 23 | 2 | 甲に過失傷害を認める場合,過剰防衛の任意的減免を準用するかを理由とともに検討する。[許容分岐:甲の過失傷害を肯定する場合] | 不採用。甲に過失傷害を認めないため起動しない。 |
| 24 | 4 | 個人別に相当性を判断する構成では,その根拠と各人の行為に即した正当防衛・過剰防衛の結論を示す。[許容分岐:個人別に相当性を判断する場合] | 不採用。相当性は全員の共同実行を対象に判断。 |
| 25 | 4 | 石による殴打を共謀外とする場合,その理由と共同暴行部分・乙の傷害部分の各防衛評価を示す。[許容分岐:石の殴打を共謀外とする場合] | 不採用。石の殴打も共同暴行の範囲内と判断。 |
| 27 | 5 | 死亡誤信を現実の死亡に置換せず,占有侵害の認識という主観面の問題として死者の占有を論じる。 | 第3の1。生存の現実と死亡誤信の主観を区別。 |
| 28 | 5 | 占有侵害の認識を肯定する場合,自己の先行行為を直後に利用する認識を示し,前段の共犯・防衛の結論と整合させる。[許容分岐:占有侵害の認識を肯定する場合] | 第3の1。前段の共同帰属と自己行為利用を接続。 |
| 29 | 4 | 占有侵害の認識を否定する場合,窃盗と占有離脱物横領の抽象的事実の錯誤と構成要件の重なりを処理する。[許容分岐:占有侵害の認識を否定する場合] | 不採用。占有侵害の認識を肯定するため起動しない。 |
| 30 | 4 | 不法領得の意思の要否・内容を理由とともに示し,故意と別の主観的要素として扱う。 | 第3の1。故意と別の領得意思の必要性・内容。 |
| 32 | 4 | 乙の廃棄・犯跡隠滅目的について利用処分意思の有無を理由付きで判断する。 | 第3の2。廃棄目的と経済的用法の利用を区別。 |
| 33 | 4 | 乙の不法領得意思を否定する場合,持去り・搬出・隠匿による効用喪失を損壊に当てはめる。[許容分岐:乙の不法領得意思を否定する場合] | 第3の2。搬出・隠匿と共同計画の射程。 |
| 34 | 5 | 甲と乙の成立候補罪が異なる場合,行為共同説・犯罪共同説の対立を示し,採用説から共同実行の範囲と各人の罪を導く。[許容分岐:甲が窃盗又は占有離脱物横領,乙が器物損壊の構成の場合] | 第3の2。行為共同説の根拠と両者への適用。 |
| 39 | 4 | 注意:乙の不法領得意思の欠如を,それだけで抽象的事実の錯誤の問題と扱わない。 | 第3の1・2。故意と別の主観要素として処理。 |
(2) 時計購入で相手方と授権を分ける
出題の趣旨の物理14頁と採点実感の物理3〜4頁は,名義人の承諾がある場合だけでなく,その承諾を超えた利用を財産面と結び付ける検討を求めています。
答案第1の1は,番号1〜3に対応し,財物である時計を取得した1項詐欺とし,Xへの承諾がCの本人限定取引の処分意思を代替しないことと,Yの無承諾利用・返済不確実を示しました。
名義人による決済の期待だけで欺罔による交付の問題が消えるとは扱いません。
番号5〜7では,名義人と作成者を特定し,署名授権の範囲と一通の売上票の内容を対応させます。
名義人承諾が一般に無意味なのではなく,承諾の範囲を超えた文書を作ったという構成です。
番号4では,詐欺・有印私文書偽造・同行使の3罪に共通するAとの共同正犯を検討し,頼まれて貸した関与・利益の不在からAの正犯性を否定しました。
Aが文書名義人であることから偽造の共犯を一律に否定するかという問題とは区別しています。
これは甲の犯罪の形態を判断する限りの検討であり,設問外のAの罪責全体へ広げません。
番号8〜13について,公式は背任構成とカード自体の横領構成を挙げています。
答案はAに決済負担を生じさせる受託資格の濫用を背任として捉え,任務・目的・損害・既遂を具体化しました。
横領構成なら,B所有のカードについてAから委ねられた占有と,資格が化体された物の領得という説明を要し,カード所持から引落口座の預金占有へ飛躍してはなりません(番号11・36)。
同一の委託財産侵害を捉える場合の横領の特別性を踏まえ,背任を当然に加算しない整理は,本稿が採用する競合上の説明です。
公式がこの説明文自体や特定の損害額の定式を指定したものではありません。
X購入の約束で借りた時点の甲に詐欺が成立しないことは,採点実感の物理4頁が明白で論述不要としています(番号37)。
その監査を答案外に置き,主要な授権・財産侵害へ分量を回すことができます。
(3) 共同防衛の評価対象と個人の認識を分ける
出題の趣旨の物理15〜16頁と採点実感の物理4〜5頁は,共謀の終了事情を含む共同正犯の検討,防衛行為の相当性を誰の行為で判断するかの理由付け,甲の認識差の処理を求めています。
答案第2の1は,甲が押圧を続けていたことと,Aの抵抗・反撃意思が続いていたことから,石の具体的使用の不知だけで共同暴行の範囲外としませんでした(番号14・15)。
傷害を暴行の結果的加重犯として扱い,共同暴行の危険の実現を示しています。
一連の行為を時間的に評価することと,甲乙のいずれの行為を相当性の評価対象にするかは別の軸です。
侵害と防衛意思が継続する以上,侵害終了後の量的過剰ではありません(番号16・18)。
答案は,共同実行の危険が一体となって生じる点から全員の行為を客観評価し,個人の認識差を責任段階へ分けました(番号17)。
相当性は武器の有無だけでなく,二人による拘束でAの攻撃が弱まっていること,石の重量,顔面強打の危険を総合しています(番号19・38)。
乙について過剰防衛の任意的減免を示した上,甲が認識した事実なら必要相当な制止であると再評価し,過剰性を基礎付ける事実の錯誤を扱います(番号20・21)。
故意責任を否定した後も,予見可能性から過失傷害を検討します(番号22)。
過失傷害を肯定する構成なら任意的減免の準用まで検討が必要ですが,本答案は過失を否定するため番号23は適用外です。
個人別に相当性を判断するなら,その理由を共同正犯の違法性との関係で説明し,甲の正当防衛と乙の過剰防衛を分ける構成が考えられます(番号24)。
石の殴打を共謀外とするなら,甲が石を知らなかったことだけで終えず,共謀の内容・射程から理由を示し,共同暴行部分と乙の傷害部分の防衛をそれぞれ処理します(番号25)。
本答案の全体評価による錯誤処理とこれらの構成を混在させていません。
(4) 生存占有・死亡誤信・領得目的の順に検討する
出題の趣旨の物理16〜17頁と採点実感の物理5〜6頁では,現実のAは生存していることを前提に,死亡と思っていた甲乙の占有侵害認識を主観面で検討するよう求めています。
答案第3の1は,着衣内の財布・現金の客観的占有を先に認定し,死亡誤信だけから現実の占有を消しません(番号26・27)。
最高裁昭和41年4月8日判決の事案は,現実に被害者を殺害した者が直後に財物を奪ったものです。
本件のAは生存しており,先例をそのまま同一事案として当てはめるのではありません。
答案は,甲も共同暴行に客観的に関与して状態を生じさせ,その直後に財物を奪うと認識した点を示し,前段で故意責任を否定したことと客観的関与を分けて接続します(番号28)。
この前後の接続は本稿の採用構成による説明です。
占有侵害の認識を否定する構成なら,主観上は占有離脱物横領の認識にとどまることから,抽象的事実の錯誤と両罪の構成要件の重なりを論じ,成立罪を示す必要があります(番号29)。
その別ルートを採らない本答案へ,その結論を追加するものではありません。
不法領得意思は故意と別の主観的要素です。
甲の返済目的と乙の廃棄目的は異なり,乙の利用処分意思を否定すること自体は抽象的事実の錯誤の処理ではありません(番号30〜32・39)。
犯跡隠滅目的にも利用処分意思を認める別の立場なら,単に目的があるからではなく経済的用法による処分と捉える理由を示さなければなりません。
乙について窃盗を否定しても,持去り・搬出・隠匿がAの利用可能性を失わせる損壊かを残して検討します。
答案は甲の押入れへの隠匿までを効用喪失とし,その共同計画上の射程も説明しました(番号33)。
甲の領得目的を乙へ転写するのではなく,犯罪共同説との対立を示して行為共同説を採り,各自の主観要件に対応する罪の共同正犯を認めています(番号34)。
これは故意の符合だけを論じる場面ではありません。
(5) 罪数と論述の配分
出題の趣旨の物理17頁と採点実感の物理6頁は,罪数を理由付きで示すことを求めています(番号35・40)。
答案は,一通の文書の偽造・行使と時計取得の手段結果関係,同一購入によるCへの詐欺とAへの背任を区別しました。
その後,後日の窃盗や乙の身体侵害と財物侵害を併合罪として扱っています。
公式が具体的な罪数結論の全てを指定したと表示せず,本稿の成立罪と行為評価に応じた整理としています。
採点実感は,全論点へ同じ分量を使わず,重要な法解釈・事実認定を厚くし,明白な事項は簡潔に述べて最後まで書くことを求めています。
答案は行為群ごとに整理し,甲乙別に全体を二度繰り返さない構成にしました。
一般的な読みやすさや用語・人物の取り違え防止は重要ですが,独立の公式配点として数値化していません。
(6) 答案の弱点と扱わなかった事項
本答案は採用構成を通すため,背任以外の資格化体物としての横領,相当性の個人別評価,占有侵害認識を否定する抽象的事実の錯誤を答案内で全面展開していません。
異なる罪の共同正犯も行為共同説を採用しており,犯罪共同説から別の結論を導く答案を排除しません。
Aの決済負担と経済的損害の認定,資格の化体物としてカードを扱う余地,甲の先行関与と占有侵害認識の接続は,結論だけでなく理由を読んで評価すべき箇所です。
乙が帰宅した後の隠匿についても,単なる同席から責任を認めるのではなく,従前の共同計画の実現範囲を説明しています。
暴行後の強盗偽装という発言だけから強盗罪を認めず,財物取得意思の形成時点を区別しました。
この整理は本稿による補足であり,公式資料が独立に強盗排除の評価項目を掲げたという意味ではありません。
試験後の法改正・判例を本件の成立罪や答案要求を変える根拠にはしていません。
第6 関連記事
1 同年度の問題との比較
平成29年司法試験論文式試験の主要7科目の模範解答と評価項目では,同年度の主要7科目を一覧・比較している。
同年度の問題を比較するときも,問いの指定・除外と,主体ごとの法的地位を先に固定すると,本問で用いた事実評価の手順を比較できます。
本稿は刑法第1問を対象とし,他科目の答案や評価をまとめて扱うものではありません。
2 他年度の刑法との比較
他年度の刑法問題では,共同正犯の射程,正当防衛の判断単位,財産犯における占有と主観的要件が,どの事実で切り替わるかを比較すると有用です。
結論だけを本問から移すのではなく,行為の継続・認識・目的の違いを確認します。
– 平成30年司法試験刑事系第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した35項目と5段階の重み付け(AI作成)
– 令和4年司法試験刑事系科目第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した48項目と5段階の重み付け(AI作成)
3 関連論点
本問の関連論点は,カード利用の承諾と加盟店詐欺,名義人承諾下の私文書偽造,共同防衛と違法性阻却事由の錯誤,死者の占有,及び異なる構成要件間の共同正犯です。
裁判例と公式資料へのリンクは次の出典欄にまとめています。
– 自ら招いた反撃と正当防衛―先行暴行と反撃の程度を確認する実務の手順(AI作成)
– 共同正犯・幇助犯と正当防衛―急迫性・防衛意思を関与者ごとに判断する方法
– 家族や交際相手のクレジットカードを使うと犯罪になるか―名義人の承諾と詐欺罪,承諾の範囲を超えた利用及び名義人の支払責任(AI作成)
第7 出典及び確認状態
問題文は,法務省の刑事系問題PDFの物理2〜4頁(刑事系第1問)を対象とし,抽出本文を原画像と照合して確認しました。
問題の正本の掲載先は法務省・刑事系問題PDFです。
平成29年司法試験論文式試験問題の出題趣旨は物理13頁の刑事系第1問開始から17頁の同問末尾まで,平成29年司法試験の採点実感・刑事系第1問は物理1〜7頁の対象科目総論・本問記載・教育への要望までを実読しました。
同じPDFの他科目・第2問本文は本稿の根拠に使っていません。
刑法の公式法令本文については,e-Gov法令APIによって2016年6月23日施行版を取得し,参照条文を確認しました。
試験後の現行条文へ読み替えず,時点版の第36条,第38条,第60条,第159条,第161条,第204条,第209条,第235条,第246条,第247条,第252条,第254条,第261条及び罪数規定などを用いています。
裁判所原本では,カード名義人の承諾と加盟店詐欺の判断の全2頁,最高裁昭和41年4月8日判決の全2頁,共同防衛後の共謀の射程に関する最高裁平成6年12月6日判決の全7頁を実読しました。
最後の裁判例は侵害終了後の暴行を扱うため,本件へ同じ結論を移すのではなく,侵害継続・共謀の射程を分けるために参照しています。
採点実感が紹介する東京地裁平成14年11月21日判決本文は未取得であり,その原文を独立に確認した扱いにはしていません。
公式資料に記載された答案要求と,法令・判決本文から独立に確認した事項,本稿が採用する学説上の説明・重み付けは区別しています。