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平成15年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)

第1 この記事の対象と読み方

1 対象とした試験と資料

この記事は,平成15年度旧司法試験第二次試験論文式試験の憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法について,各2問,合計12問の問題文・出題趣旨・AI作成の模範答案・解説を掲載する。
法務省の論文式試験の試験問題及び出題趣旨の一覧で対象年度と資料を確認した。
旧司法試験の当該欄には採点実感の公表はなく,本記事も出題趣旨を採点実感や公式の模範解答として扱わない。

問題文は平成15年度の問題PDF,出題趣旨は問題と出題趣旨のPDFに基づく。
両PDFは各6頁で,憲法1頁・民法2頁・商法3頁・刑法4頁・民事訴訟法5頁・刑事訴訟法6頁である。
記事の科目順は憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法とし,見出しに表示する頁はPDFの実際の頁に合わせる。

前年の問題との比較には,平成14年度旧司法試験論文式試験の全12問と模範答案・解説を参照されたい。
各年度の答案では,それぞれの出題当時の法令・判例を前提に読む必要がある。

2 模範答案の前提と表記

模範答案は,平成15年度の出題当時の施行法令とそれまでの裁判例を前提として作成した答案を基礎とする。
公式の出題趣旨を踏まえて整えたものであり,法務省が作成又は採点した模範答案ではない。
出題趣旨に挙げられた論点への対応,事実の読み方,評価が分かれる点及び別の構成は,各問の解説で明示する。

問題文と出題趣旨は引用枠,模範答案は答案枠で表示する。
引用は原文の句読点・語句を確認し,紙面の折返しを文章のまとまりに合わせて整理した。
答案は数字・英字・括弧を全角とし,地の文の読点を「,」に統一した。

各問の「現行法とその後の裁判例」は,令和8年10月3日を基準に施行されている条文と,確認した後続裁判例を扱う。
出題後の判決・制度改正を当時答案の根拠へ入れず,過去の事件の事案と本問の相違を示す。
個々の結論に対して直接の先例が確認できない場合は,答案上の評価であることを区別する。

3 全12問の主な論点

科目・問題主な論点
憲法第1問法の下の平等,再婚禁止期間,公立女子高校
憲法第2問政党の内部自治,政党助成と党内民主主義
民法第1問動物占有者責任,第三者の加功,障害と減額
民法第2問数量指示売買,二重譲渡,借地権と混同
刑法第1問死亡誤信,因果関係の錯誤,後行為者と共犯
刑法第2問通称と実名,免許証加工,カード詐欺と現金窃盗
商法第1問多額の保証,利益相反,代表取締役兼任と競業
商法第2問名板貸,氏名の許諾,営業譲渡と商号続用
民事訴訟法第1問職権進行主義,申立て・異議・責問・意見聴取
民事訴訟法第2問反訴と別訴,引換給付,既判力と信義則
刑事訴訟法第1問継続監視と写真撮影,任意捜査の限界
刑事訴訟法第2問共同被告人の検面調書,質問機会,伝聞例外

第2 憲法

1 第1問

(1) 問題文(問題PDF1頁)

以下の場合に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

1 再婚を希望する女性が,民法の再婚禁止期間規定を理由として婚姻届の受理を拒否された場合

2 女性のみに入学を認める公立高等学校の受験を希望する者が,男性であることを理由として願書の受理を拒否された場合

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

本問は,憲法第14条第1項の「法の下の平等」に関する一般原則を踏まえて,性別に基づく異なる処遇の合憲性について,再婚禁止期間規定(民法第733条)と公立女子高等学校の事例をあげて論じさせる問題である。

(3) 模範答案

1 憲法14条1項は,法律の適用だけでなく内容についても,合理的理由のない別異取扱いを禁ずる。事実上の差異に応じた取扱いまで排斥しない。もっとも,性別は同項に明記され,個人の尊厳に関わる。性別による区別が直ちに違憲となるわけではないが,その目的が正当で,区別する手段が目的に実質的に結び付くかを,失われる利益の重さにも照らして検討すべきである。以下,婚姻を法律で禁じる場合と,公立学校の教育機会を配分する場合を分けて論ずる。

2 再婚を希望する女性の婚姻届は,当時の民法733条1項が女性だけに前婚解消等から六箇月間の再婚を禁じるため,受理されなかった。男性に同じ制約はない。婚姻する自由に関わる憲法24条1項の趣旨と,婚姻・家族に関する法律に個人の尊厳及び両性の本質的平等を求める同条2項も踏まえ,14条1項適合性を検討する。
規定の目的は,出生した子に対する前夫と後夫の嫡出推定の重複を防ぎ,父子関係を早期に安定させることにある。旧民法772条2項によれば,前婚解消後300日以内の出生子は前婚中の懐胎,後婚成立後200日を経た出生子は後婚中の懐胎と推定される。前婚解消後100日間の再婚を禁じれば,この二つの推定の重複は期間の計算上避けられる。懐胎・出産に伴うこの問題は女性について生じるから,100日間の区別には合理的根拠がある。旧733条2項が,前婚解消前から懐胎していた女性の出産後を例外とすることも,規制と父性推定との結び付きを示す。
これに対し,100日を超える禁止は,推定の重複を避けるという目的からは必要性を説明できない。早産・晩産によって実際の父が推定と異なり得ることや,前夫の子を懐胎したまま後婚に入ることによる紛争の懸念はある。しかし,出生日の変動は,追加して一律に婚姻を禁じる期間を六箇月とすべき理由にはならない。DNA鑑定も出生時に法律上の父を自動的に確定する制度ではないが,その限界から直ちに六箇月の禁止が必要になるわけでもない。当時既に平成8年の法制審議会要綱は100日への短縮を提案していた。改正提案だけで違憲性は証明されないものの,婚姻の自由への重大な負担に見合う追加期間の理由は示し難い。よって,少なくとも100日を超える部分は14条1項・24条2項に反すると解する。
最高裁平成7年12月5日判決は,父性推定の重複防止という趣旨に触れ,規定を改廃しない立法不作為の国家賠償法上の違法性を否定したにとどまる。六箇月全体の合憲性を正面から確定したものではない。設問には前婚解消から届出までの日数がないため,届出が100日以内なら不受理は許されるが,100日を超えていれば,その不受理は違憲な部分に依拠しており許されない。

3 公立女子高校が男子という理由だけで願書を受理しないことも,性別による別異取扱いである。憲法26条1項及び当時の教育基本法3条が定める教育の機会均等を踏まえ,14条1項上の合理性を問う。ただし,特定校への無条件の入学権はない。同法5条が男女共学を認めたことも,全ての学校の共学化を義務付けるものではない。
女子の教育機会の充実,地域に応じた学校配置,多様な教育方法の確保は,別学を設ける正当な目的となり得る。女子の進学機会が乏しい地域なら,実質的平等を図る意味もある。他方,校風や伝統だけで公立校から男子を排除することは正当化できない。異性との交際を避けて学業に専念させるという説明も,それだけでは男子全員を排除する必要性を示さない。また,男子が共学校や男子校へ進めるという事実は,問題文から当然には認定できない。
そこで,地域全体で男子にも比較可能な進学先があり,教育内容・水準を含め実質的に同等の機会が保障され,女子限定が具体的な教育目的に結び付くなら,不受理は合憲である。逆に,男子の進学機会を実質的に狭めるのに合理的理由がなければ違憲となる。設問の事実だけで結論を一方に確定することはできないが,女子校であることだけをもって直ちに違憲とはいえない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,平等原則の一般論と二つの性別区別への具体的な適用を求めている。
答案1が審査の出発点を示し,答案2は婚姻の制約,答案3は教育機会の配分を扱う。
性別が憲法14条1項に明記されていることを指摘するだけでなく,失われる利益と区別の目的・手段を事例ごとに検討する点が中心となる。

再婚禁止について,答案2は旧民法772条の300日と200日の推定期間から100日を導き,100日を超える禁止の合理性を否定する立場を採った。
これは出題当時の法令を材料にした答案の評価であり,後の平成27年大法廷判決を当時の判例として使ったものではない。
平成7年12月5日判決は,規定の趣旨に触れつつ立法不作為の国家賠償法上の違法性を否定した判決であり,6箇月の禁止全体の合憲性を正面から確定した判決と記すことは避ける。

答案の弱点は,100日以内の禁止をなお合理的とする根拠と,100日を超える部分への厳しい審査との接続を短い紙幅で説明している点にある。
全体の合理性を認める構成なら,父子関係を早期に安定させる必要と当時の制度事情を具体化し,なぜ6箇月まで必要なのかに答える必要がある。
逆に100日部分にも反対するなら,父性推定の重複を婚姻禁止以外の制度で解決できることを,当時の制度を前提に論証する。

女子高校について,答案3は旧教育基本法3条の機会均等と5条の男女共学を区別する。
共学を認める規定から直ちに別学禁止を導くことも,女子校の伝統だけで排除を正当化することもしていない。
男子の代替進学先や学校間の教育水準は与件にないため,条件を明示して結論を分けた点が答案の整理である。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法733条は削除され,再婚禁止期間は令和6年4月1日から廃止された。
現行772条は婚姻前に懐胎して婚姻成立後に生まれた子の推定を定め,懐胎から出生までに二つ以上の婚姻がある場合は出生の直近の婚姻の夫を父と推定する。
現在,同じ届出を再婚禁止期間だけを理由に拒否することはできない。
現行教育基本法4条は性別等による教育上の差別を禁止するが,個別の公立別学校の適法性は,なお教育機会と区別の合理性を具体的に検討する問題となる。

出題後の最高裁平成27年12月16日大法廷判決は,100日の禁止部分を合憲とし,100日を超える部分は平成20年当時に違憲となっていたと判断した。
同時に,立法不作為についての国家賠償請求は退けた。
違憲判断と国家賠償法上の違法性を区別し,その判決が平成15年当時の違憲時点まで確定したかのようには扱わない。

再婚禁止期間の改正経過と二つの最高裁判決については,再婚禁止期間の平成7年・平成27年最高裁判決と国家賠償で詳しく扱う。
現在の親子関係の制度と,当時答案に用いる制度を分けて読むための関連記事である。

2 第2問

(1) 問題文(問題PDF1頁)

政党が民主政治において重要な役割を果たしていることにかんがみ,政党助成金の交付を受けるためには「党首を党員の選挙によって選出しなければならない」との条件を法律で定めたと仮定する。この法律の合憲性について論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

憲法には政党に関する規定がないが,政党は政治のなかで重要な役割を果たしており,憲法学でも統治に関する重要な論点となっている。本問は,法律による政党規制,特に政党助成金交付の条件として党内民主主義を要求することの是非を問うものである。

(3) 模範答案

1 政党の憲法上の地位
憲法には政党についての明文規定がない。しかし,議会制民主主義は,国民の多様な政治意思を形成・集約し,国政に媒介する政党の存在を予定している。他方,政党は国家機関ではなく,共通の政治的信条を持つ者が任意に結成する政治結社である。憲法21条1項は,政党の結成・加入・脱退の自由とともに,その理念,組織及び運営方法を自ら定める自由を保障する。最高裁昭和63年12月20日判決も,政党が自主的に組織運営を行う自由を認めた。党首を誰がどの手続で選ぶかは,党員・議員団・指導部の関係を決める内部自治上の重要事項である。

2 本法による制約
本法は,党員の選挙によらない党首選出や,その政党の活動を直接禁止しない。また,憲法から助成金の無条件の受給権は導けない。しかし,助成を受けるには選出方法を変更しなければならず,変更を拒む政党は資金上の不利益を受ける。給付を介して憲法上の自由の行使に負担を課す以上,任意の受給条件という形式だけで審査を終えることはできない。ただし,不交付により政党活動が不可能になるとまで,問題文にない財政事情を補って断定してはならない。
当時の政党助成制度は,所属国会議員数と得票数という政治活動の外形的成果を交付額の基礎としていた。これに対し,本法は党首の選任過程そのものを指定する。政党の内部運営に及ぼす影響を踏まえ,目的の重要性,党員選挙という手段との結び付き,自治と政党間競争への負担,他の方法の有無を比較して判断すべきである。政治上の競争相手でもある国会多数派が,助成を通じて他党の組織を左右し得ることにも注意を要する。

3 目的と手段
国民の税金による助成を受ける政党に,党員の意思を組織運営に反映させ,幹部の専断を防ぎ,説明責任を負わせる目的は重要である。当時の政党助成法4条2項も,政党の組織・運営を民主的かつ公正にするよう求めていた。党員選挙は党首の選任に党員の意思を反映し得るから,この目的と無関係ではない。政党が私的結社であることだけを理由に,助成に伴うあらゆる規律を退けることもできない。
しかし,党内民主主義は党員選挙と同義ではない。党員が選んだ代議員による党大会での選任や,選出された機関の合議による選任も,責任の所在や党員による統制の仕組み次第で民主的たり得る。党員の範囲,議員団の役割,党首の権限も政党ごとに異なる。反対に,党員選挙という形式を備えるだけで,候補者間の公正な競争や少数意見の尊重が保証されるわけではない。したがって,民主的運営を求めることと,その方法を一つに限定することは区別しなければならない。
さらに,選挙を条件として運用すれば,国が党員資格や選挙手続の適否を調べ,内部運営に立ち入る可能性がある。党則や選出手続を明らかにさせた上で,党員意思を反映する方法を各党に選ばせるなら,自治への負担を抑えられる。会計・使途の公開は公金の適正使用を確保する手段だが,それだけで党内民主主義を確保するものではない。

4 結論
政党助成法4条1項は交付時の条件付加を禁じていたが,仮定された法律の合憲性は,既存の法律との関係だけでは決まらない。同条の政治活動の自由を尊重する趣旨と,同条2項の民主的運営の要請をともに踏まえる必要がある。また,憲法15条の公務員選定権は,政党の党首を党員選挙で選ぶ義務を直接定めるものではない。本法は,民主的運営を求める目的自体は正当であるが,党首選出の一方式を一律に要求し,従わない政党を助成から排除する。その負担は必要な範囲を超え,政党間の公正な競争にも影響し得るから,憲法21条1項に違反すると解する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,政党の憲法上の位置付けを踏まえ,法律による政党規制と,給付条件としての党内民主主義を論じるよう求めている。
答案1は政党の政治的役割と私的結社としての自治を両方示し,答案2で交付条件による間接的制約を捉え,答案3・4で目的と手段を検討する。

助成金に無条件の受給権がないことと,助成条件が憲法審査を免れることは別である。
答案2は,交付を辞退できるという形式だけでは内部自治への負担を処理できないとする一方,不交付なら活動不能になるとの事実までは補っていない。
資金上の影響,選任手続への介入,政党間競争に及ぼす効果を示すのが具体的な当てはめとなる。

答案3は,公金の適正使用・民主的運営という目的の重要性を認めた上で,党員による選挙を唯一の方式とすることを問題視する。
代議員による選任や合議体による選任を比較対象にし,説明・公開の制度と組織選択の余地を示した点は答案独自の比例衡量である。
会計公開だけで党内民主主義が実現すると扱わず,異なる目的の手段を区別している。

昭和63年12月20日判決は,政党による党員処分の司法審査を扱ったものであり,助成条件を直接判定した判決ではない。
答案が違憲とする結論にも,この判決だけから一義的な答えが出るわけではない。
合憲とする構成では,受給の任意性,公金による制度の性質及び党員意思を保障する必要性を示し,代替方式まで排除することが許される理由と審査・運用の限界を説明する必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行政党助成法4条1項は,政治活動の自由を尊重し,交付に条件を付し又は使途を制限してはならないと定める。
同条2項は組織・運営を民主的かつ公正にするよう求めるが,党首を党員の直接選挙で選ぶことを一律に義務付けてはいない。
設問の仮定された新法の合憲性と,現行法の内容は区別する。

出題後の最高裁令和7年10月20日決定は,法人である政党等が解散前にも破産手続開始の決定を受ける適格を有するとした。
政党助成法4条1項の目的を,交付に当たり政治活動の自由を阻害しないことと説明している。
ただし,破産適格を扱う決定であり,党首選任への条件付加を許した決定ではない。

この決定と政党交付金の関係は,法人である政党は解散前にも破産できるかを参照されたい。
政党の重要性と,一般の法秩序における私的法人としての取扱いを分ける参考となる。

第3 民法

1 第1問

(1) 問題文(問題PDF2頁)

酒屋を営むAは,飼育している大型犬の運動を店員Bに命じた。Bが運動のために犬を連れて路上を歩いていたところ,自転車で走行していたCが運転を誤って自転車を犬に追突させ,驚いた犬はBを振り切って暴走した。反対方向から歩いてきた右足に障害のあるDは,犬と接触しなかったものの,暴走する犬を避けようとして足の障害のために身体の安定を失って転倒し,重傷を負った。

DがA,B及びCに対して損害賠償を請求できるかについて,それぞれに対する請求の根拠と,A,B及びCの考えられる反論を挙げ,自己の見解を論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

動物占有者責任(民法第718条)の成立とその責任者である占有者の意義及び損害の発生に加功した者の責任の在り方を問うとともに,被害者にも損害の発生ないし拡大に係る要因がある場合における法的評価を問う問題である。複数の責任者が存在するときの責任関係を整理・分析し,事案を全体的に眺めて公平な結論を導く能力があるかをみた。

(3) 模範答案

1 Dの負傷と犬の暴走との関係
 Dは,Cの自転車が犬に追突し,犬がBを振り切って暴走したため,これを避けようとして転倒した。民法718条の「動物が他人に加えた損害」に,犬との接触は必要ない。最高裁昭和58年4月1日判決も,犬を避けて転倒した児童について,具体的事情の下で飼主の責任を認めている。大型犬が向かって来れば,歩行者が回避して転倒することは通常あり得る。Dの右足の障害は後述の損害額には関わり得るが,それだけで犬の暴走と負傷との因果関係は断たれない。

2 Cに対する請求
 Cは運転を誤って犬に追突した。前方を注視し,安全に進行すべき注意義務に違反したから,Dに対し709条の責任を負う。Cは,追突後の犬の行動やDの転倒までは予見できないと争うだろう。最高裁平成元年10月27日判決は,自転車が犬連れの歩行者の近くを接触せずに通過した事案で,特段の事情のない限り犬の不規則な反応を予見する義務を否定した。しかし,本件のCは犬そのものに追突している。犬が驚いて逃げ,付近の人が危険を避けることは予見できるから,追突とDの負傷には相当因果関係がある。

3 Aに対する請求
 Aは犬を飼育しており,運動をBに命じたからといって718条1項の占有者でなくなるわけではない。Dは同項により賠償を請求できる。Aは,第三者による突然の追突は防ぎようがなく,犬の管理にも相当の注意を尽くしたと主張し得る。注意の内容は犬の種類・性質と保管状況に即して判断する(最高裁昭和37年2月1日判決)。大型犬を公道で運動させる以上,Bに制御能力があったか,引き綱や運動方法は適切だったかが重要となる。また,代わりに保管する者がいてもAの責任は当然には消えず,その選任・監督について相当の注意を尽くしたかを問う(馬の運送と保管者の選任・監督につき最高裁昭和40年9月24日判決参照)。追突があったというだけではAの免責は認められない。本問の事実から相当の注意を尽くしたとの立証もできない以上,Aは責任を負う。A自身の指示に具体的な過失があれば,709条も請求の根拠となる。
 Bに後述の過失がある場合,Aの715条1項責任も問題となる。犬の運動は酒屋の営業と無関係だとの反論はあるが,同条の「事業」は営利営業に限られない。AがBに命じた作業の実態から事業執行性を判断し,同項ただし書の免責も718条とは別に検討する。

4 Bに対する請求
 Bが現実にAに代わって犬を保管する地位を得たなら,718条2項の責任を負い得る。他方,Aの指揮下で一時的に綱を持つ占有補助者にすぎなければ,同項の占有者に代わって動物を保管する者には当たらない。綱を持っていたという一事では決められず,任された管理の範囲を検討すべきである。
 また,Bが犬を制御できないと知りながら連れ出した,綱の保持を怠ったなどの具体的過失があれば,709条の責任を負う。しかし,適切に保持していた犬が予期し難い追突によって振り切られた可能性もある。振り切られた結果だけで過失は認定できず,与件のみからBの709条責任は確定しない。718条2項の保管者に当たる場合には,相当の注意による免責を別途判断する。

5 減額と責任者相互の関係
 暴走する大型犬を避けたことや右足に障害があること自体は,Dの過失ではない。回避方法が不合理だった事実もないから,722条2項の過失相殺はできない。疾患に関する先例を確認した最高裁平成8年10月29日判決によれば,既存の疾患が損害に寄与し,全額賠償が公平を失する場合には同項の類推適用があり得るが,疾患とはいえない身体的特徴は原則として減額理由にならない。障害の原因・程度や負傷への寄与が不明な本問では,障害を理由に直ちに減額できない。
 AとCの行為に客観的な関連共同性が認められれば,両者は719条1項により同じ負傷について共同不法行為責任を負う。Bにも責任が成立すれば同様に検討する。共同不法行為と評価できない場合も,各人は自己の行為と相当因果関係のある損害について責任を負い,Dが同一損害を重複して受領することはできない。したがって,DのA・Cに対する請求を認め,Bに対する請求は保管者性又は具体的過失の認定に委ねる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨の要素は,動物占有者責任の成立・占有者の意義,加功者の責任,被害者側の要因,複数責任者の関係である。
答案1・3・4が718条の因果関係と責任主体を,答案2がCの709条責任を,答案3後段が715条を,答案5が減額と共同不法行為を扱う。
各人の責任を先に確定し,最後に同一損害への責任関係を整理する構成である。

昭和58年4月1日判決は,小型犬が近付いたため自転車の操作を誤った7歳児の事例で,非接触でも飼主の718条責任を認めた。
平成元年10月27日判決は,雨中で犬2匹を連れた歩行者を自転車が非接触で追い抜いた事例であり,本問のように犬へ追突した事案ではない。
答案は,Cが現実に犬へ追突したことを予見可能性の差として使い,両判決を一般的な非接触事故の結論に拡張していない。

Bの保管者性と709条の過失は別の問題である。
昭和37年2月1日判決の操作・制御に不慣れな者が犬2頭を運動させた事情は,本問に当然にあるとはいえない。
昭和40年9月24日判決も馬の運送・保管者の選任監督を扱うため,Bが占有補助者か独立の保管者かを直接決める判決ではない。

答案の弱点は,Bについての確定的な結論を留保していることと,Aの免責を否定する論証が与件の不足に依存することである。
718条の免責事由についてAが相当の注意を立証する必要があることを明示し,Bの管理権限を事実からどこまで認定するかを説明すれば,留保の理由が明確になる。
Bを保管者と認める構成も可能だが,店員が綱を持つだけで718条2項に当たるとするのは避ける。

Dの障害を過失とみることと,既存の疾患による損害の寄与を考慮することも分ける。
平成8年10月29日判決は,疾患に当たらない身体的特徴の斟酌を原則として否定した事例である。
右足の障害の原因・程度が不明な本問で,自動的に一定割合を控除しないことが,出題趣旨の公平な全体分析に対応する。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法でも,718条の占有者・管理者の責任,709条の過失,715条の事業執行性,719条の共同不法行為及び722条2項の過失相殺を分けて判断する。
現在の718条2項の「占有者に代わって動物を管理する者」という表記は,当時の保管者の議論を読む際に条文の表記差にも注意するためのものであり,店員の責任が現在は当然に成立するとの意味ではない。

身体的特徴に関する平成8年判決は出題前の裁判例であり,現在法の説明にも引き続き参照できる。
出題後の最高裁平成26年3月24日判決は,使用者の安全配慮義務違反による精神疾患の事例で,労働者が疾患や通院を申告しなかったことを理由とする過失相殺を否定した。
犬の回避事故とは事案が異なり,既存の障害の寄与を判断した判例ではないが,疾患の存在と被害者の過失を同一視しない点で参考になる。

非接触事故の事案比較と証拠は,犬を避けて転倒した事故の損害賠償に整理している。
実務では,犬の管理範囲と転倒までの動きを確認する資料が,責任主体・因果関係の双方を左右する。

2 第2問

(1) 問題文(問題PDF2頁)

Aは,Bから登記簿上330平方メートルと記載されている本件土地を借り受け,本件土地上に自ら本件建物を建てて保存登記を行い,居住していた。Aは,本件建物を改築しようと考え,市の建築課と相談し,敷地面積が330平方メートルならば希望する建物が建築可能と言われたため,本件土地を売ってくれるようBに申し込み,Bは,これを承諾した。売買契約では,3.3平方メートル当たり25万円として代金額を2500万円と決め,Aは,代金全額を支払った。

以上の事案について,次の問いに答えよ(なお,各問いは,独立した問いである。)。

1 本件土地の売買契約締結直後に,本件土地建物を時価より1000万円高い価格で買い受けたいというCの申込みがあったため,Aは,Cとの間で本件土地建物の売買契約を締結した。しかし,専門業者の実測の結果,本件土地の面積が実際には297平方メートルであることが判明し,面積不足のためにCの希望していた大きさの建物への建て替えが不可能であることが分かり,AC間の売買契約は解除された。

Aは,Bに対してどのような請求ができるか。

2 数年後,Bは,Aへの移転登記が未了であることを奇貨として,本件土地をDに売却しようと,「Aはかつて賃借人だったが,賃料を支払わないため契約を解除した。」と虚偽の事実を告げた。Dは,事情を確かめにA方に出向いたが,全く話をしてもらえなかったため,Bの言い分が真実らしいと判断し,本件土地を買い受け,移転登記をした。

AD間の法律関係について論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

本問は,数量不足の担保責任と二重譲渡に関する問題である。小問1は,数量指示売買の定義と本件への当てはめ,契約解除の可否,代金減額請求による不当利得返還請求,責任の性質と損害賠償の範囲など,基礎的知識を事案に即して展開する能力を問う問題である。小問2は,背信的悪意者排除を含めて,対抗要件による問題処理の基本構造を正確に理解しているかをみた上で,所有権の取得を対抗できない賃借人を保護する必要性と方法を考えさせるものである。

(3) 模範答案

1 小問1――AのBに対する請求
(1)平成15年当時の民法565条による数量不足の担保責任を検討する。数量指示売買とは,売主が目的物の一定の数量を確保する趣旨で契約上これを表示し,その数量を基礎に代金を定めた売買をいう。単なる登記簿上の面積表示だけでは足りないが,本件では330㎡の土地につき3.3㎡当たり25万円と定め,代金を2500万円としている。Aは330㎡なら希望する建物を建てられると聞いて購入し,面積不足は購入後に判明した。したがって,Aは不足を知らない数量指示売買の買主として,同条の適用を受ける。
(2)実測面積は297㎡であり,指示面積より33㎡,すなわち1割不足する。Aは565条・563条1項により代金を250万円減額できる。全額支払済みであるから,減額後に法律上の原因を失う250万円につき,703条に基づく不当利得返還を請求できる。担保責任上の権利は,不足を知った時から1年以内に行使する必要がある(564条)。
(3)善意の買主は,残存部分だけなら買わなかったといえるとき,契約を解除できる(565条・563条2項)。Aが330㎡なら希望する建物を建てられると聞いて購入したことは,面積が契約目的に重要だった事情となる。しかし,問題文が297㎡では建て替えられないと明示するのは,Cの希望する大きさの建物についてである。A自身の改築が不可能とは書かれていない。また,Cの高値での購入申込みはBとの契約後である。Cとの売買が解除されたことだけで,Aも当初から297㎡なら買わなかったとは断定できない。Aの改築が297㎡では実現せず,残存部分のみなら購入しなかったと認められる場合に限り,Aは解除できる。その場合,土地の返還と引換えに,既払代金2500万円及びその受領時からの利息の返還を求め得る(545条1項・2項)。解除しない場合には,前記代金減額を請求する。
(4)Aはさらに,Cへの転売が実現すれば得られたという利益につき,565条・563条3項の損害賠償を主張し得る。数量不足の担保責任の性質には,等価関係を維持する法定責任とみて賠償を信頼利益に限る見解と,契約責任とみて履行利益も検討する見解がある。ただし,最高裁昭和57年1月21日判決は,面積表示が代金決定の基礎にとどまり,契約目的上特段の意味を持たない場合,表示どおりの面積があれば得られたはずの利益の賠償を否定している。本件で330㎡がAの改築目的に重要だったとしても,Cとの時価を1000万円上回る取引はBとの契約後に生じた。Bがその高値転売を契約上引き受けた事情はなく,土地建物全体の転売益を面積不足による損害と直ちに評価することもできない。したがって,与件から1000万円の賠償は認め難い。別途,数量不足による損害が立証されれば,その賠償請求は検討し得る。

2 小問2――AD間の法律関係
(1)各小問は独立する。Bは土地をAに売った後,Dにも売っており,ADは二重譲渡の関係にある。Aは所有権移転登記をしていないため,登記を備えたDに所有権取得を対抗できない(177条)。もっとも,背信的悪意者は同条の第三者に当たらない。DはBから虚偽の説明を受けたものの,A方へ確認に赴き,Aから話を聞けなかったためBの説明を信じた。DがAへの譲渡を知り,Aの権利を害する目的で取得した事情はないから,背信的悪意者とはいえない。AD間ではDの土地所有権が優先する。
(2)ただし,Aは従前Bから土地を借り,借地上に自己名義で保存登記した建物を所有していた。土地購入によって借地権はいったん混同により消滅するようにみえる。しかし,Aが移転登記をしない間にDが土地を取得・登記した場合,従前の賃借権はDとの関係では消滅しなかったものと扱う(賃借地の取得後の二重譲渡と混同につき最高裁昭和47年4月20日判決同旨)。そうしなければ,Aは土地を買ったために,購入前から有していた対抗力まで失うことになる。
(3)Aは借地上の自己名義の登記建物を有するから,借地借家法10条1項により借地権をDに対抗できる。Dは賃貸人の地位を承継し,Aに賃料を請求できる。他方,Dは土地所有権だけを根拠として,Aに建物収去・土地明渡しを求めることはできない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨の小問1の要素は,数量指示売買の定義と当てはめ,解除,減額による不当利得,責任の性質と賠償範囲である。
答案1の(1)~(4)がその順で対応する。
面積不足は33平方メートルで1割であるから,2500万円の1割に当たる250万円を減額対象とする計算であり,解除時の2500万円の返還とは区別される。

数量指示売買については,平成13年11月22日判決も,坪単価による交渉,公簿面積と実測面積が等しいという双方の認識等を踏まえた事例である。
契約書に公簿面積の表示があるだけで常に該当するとせず,数量確保の表示と代金決定との結び付きを示す。
昭和57年1月21日判決は,面積の表示が価格算定にとどまる場合の履行利益の賠償を否定するものであり,あらゆる数量不足で履行利益が排除されるという一般論にはしない。

答案は,Aの改築目的とCの建替え目的を区別し,Cとの解除だけでBとの解除を認めず,1000万円の高値転売益にも留保を付けた。
この慎重な当てはめには,与件だけではA自身の希望する改築が不可能と確定しないという理由がある。
他方,敷地面積が購入動機であったことからAの目的不達成を認める構成も考えられ,その場合には当初のAB間契約で数量が確保される趣旨を具体化する必要がある。

小問2では,答案2の(1)が177条と背信的悪意者,(2)が混同の相対的な処理,(3)が借地権の対抗力とDの賃貸人の地位を扱う。
Dの調査行為とBの虚偽説明を用い,Dを直ちに背信的悪意者としない。
昭和47年4月20日判決の賃借権の扱いに沿い,所有権の対抗で敗れたAが従来の借地権まで失う結果を避ける点が,出題趣旨の賃借人保護に対応する。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法は旧565条の数量不足の担保責任の体系を改め,562条が数量の契約不適合について追完,563条が代金減額を定める。
564条による415条の損害賠償と541条・542条の解除も検討するため,当時答案の善意買主・法定責任という議論をそのまま現在の要件にしない。
特定土地の面積不足を追完できない場合には,563条2項1号により催告なしの減額が問題となる。

現行566条の1年以内の通知は種類・品質の不適合を対象とし,数量不足をその対象に含めてはいない。
数量不足の権利行使期間は消滅時効等を別に検討する。
二重譲渡は177条,借地権の対抗は借地借家法10条を出発点とし,現行民法605条の2の賃貸人の地位の移転も確認する。

出題後の最高裁平成22年6月1日判決は,売買当時の取引観念によって土地の品質・性能についての契約内容を確定し,後に有害性が認識された物質が含まれることを旧570条の瑕疵とするかを判断した。
数量不足の事例でも現行562条の判断でもないが,後の知見をそのまま契約当時へ遡らせず,何が契約内容となったかを先に確定するという比較に意味がある。

旧法と現行法の請求の組み立ては,土地の実測面積が売買契約より不足したときの請求と証拠で扱う。
出題後の制度改正を確認する際にも,土地の数量が契約内容となったかという事実認定は引き続き必要となる。

第4 刑法

1 第1問

(1) 問題文(問題PDF4頁)

甲は,自宅で,知人Aと口論になり,激高してとっさに殺害することを決意し,部屋にあったクリスタルガラスの花瓶でAの後頭部を力任せに殴打した。Aは,頭蓋骨を骨折する重傷を負い,その場にこん倒した。甲は,ぐったりとして動かなくなったAの様子を見て,Aが死亡したものと考えた。その直後,友人乙が甲方を訪ねてきたので,甲は,事情を説明し,Aの死体を山中に埋めることに力を貸してもらいたいと頼み,乙もこれを承諾した。そこで,甲及び乙は,甲の自動車の後部座席にAを運び入れ,甲が運転し,乙がAの横に座り,山中に向かった。その途中,Aが一度身動きをしたことから,乙は,Aが生きていることに気付いたものの,日ごろからAを快く思っていなかったので,このまま生き埋めにして殺してやろうと考え,甲にはAが生きていることを伝えなかった。そして,山中で,甲及び乙は,一緒に穴を掘り,その中にAを投げ込み,土を掛けて埋めたため,Aは,窒息して死亡した。

甲及び乙の罪責を論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF4頁)

本問は,当初の殺害行為によっては相手方を死亡させるに至らなかったものの,死亡したものと誤信し,他の者と一緒に行ったその後の行為によって実際に殺害の結果が実現したという事例を素材として,因果関係の存否・錯誤等についての理解を問うとともに,その場合の殺人既遂の成否及び後の行為に殺意を持って関与した者の罪責並びに両者の共犯関係について,首尾一貫した論理的思考力を問うことを意図している。

(3) 模範答案

1 甲の殴打行為
甲はAを殺そうと決意し,硬いクリスタルガラス製の花瓶でAの後頭部を力任せに殴り,頭蓋骨骨折の重傷を負わせた。生命を奪う現実的危険のある行為であり,殺人の実行に着手している(刑法199条,203条)。もっとも,Aは殴打後も生存し,山中で埋められたことによる窒息で死亡した。甲の殺人既遂の成否には,殴打と死亡との因果関係及び死亡経過に関する錯誤の検討を要する。

2 甲の殴打と死亡との因果関係
殴打がなければAは昏倒せず,甲が死亡と誤信して埋めることもなかったから,条件関係はある。ただし,それだけで死亡結果を帰属させることはできない。殴打が生じさせた危険が,現実の死亡に実現したかを検討する。
頭部外傷そのものは死因ではない。甲の自宅での殴打と山中での埋却は別の行為であり,乙は途中でAの生存に気付き,甲に告げずに独自の殺意を生じている。これらは因果関係を否定する方向の事情である。他方,両行為を別個に評価することと,先行行為から死亡への因果関係を認めることとは両立し得る。
甲は自らAを動けない状態にし,その様子から死亡を誤信して乙に埋却を頼み,Aを運び,乙とともに穴へ入れて土を掛けた。殴打はAの抵抗を奪い,甲自身が生者を埋める経過を作った。乙の殺意は甲と共有されなかったものの,乙が甲の埋却とは無関係な方法でAを死亡させたわけではない。甲自身も窒息を生じさせた埋却を実行している。そこで,乙の介在によって因果関係は遮断されず,殴打に始まる甲の行為の危険が死亡に実現したと評価する。

3 甲の故意と罪責
甲は殴打時,Aが殴打によって死亡すると考え,現実には後の埋却によって死亡した。しかし,前記のとおり甲に帰属できる危険が同じAの死亡として実現した以上,因果経過の相違は殴打時の殺意を否定しない。埋却時に甲の殺意を擬制する必要はない。甲には殺人既遂罪が成立し,先行する殺人未遂罪や傷害罪を別に重ねない。
もっとも,乙の自律的な殺害意思と,殴打が窒息の危険を直接作っていない点を重視し,因果関係を否定する構成も可能である。その場合,殴打について甲は殺人未遂にとどまる。埋却については,Aの生存と埋却による死亡を予見でき,生死を確認して埋却を避けられたのに,それを怠ったかを別に判断する。認められれば過失致死罪(210条)が,注意義務違反が著しい場合には当時の211条1項後段の重過失致死罪が問題となる。死亡誤信という事実だけから重過失まで即断してはならない。殴打と埋却を別個に評価するなら,殺人未遂と過失致死は併合罪となる。

4 乙の罪責と共犯関係
乙は車中でAが動くのを見て生存を知り,当初の死体埋却の合意とは異なり,生き埋めにして殺そうと決めた。甲に生存を秘したまま,自ら穴を掘り,Aを投げ入れ,土を掛けて窒息死させた。乙には殺意,殺人の実行行為及び死亡との因果関係があり,殺人既遂罪が成立する。甲の作業を利用していても,乙自身が実行したことに変わりはない。
甲は乙の新たな殺意を知らず,埋却時にはAを死体と信じていた。他方,乙は先行する殴打に加わっていない。両者に殺人を共同遂行する意思の連絡はなく,殺人の共同正犯(60条)は成立しない。甲にも殺人既遂を認める前記の結論は,乙との共同正犯によるものではなく,甲自身への結果帰属による。

5 死体遺棄罪と結論
埋却時のAは生存しており,190条の「死体」ではない。甲の誤信によって同罪の客観的要件が満たされることはなく,同罪の未遂を処罰する規定もない。死亡後の別個の遺棄行為も示されていない。したがって,主位的には甲乙それぞれに殺人既遂罪が成立し,殺人の共同正犯及び死体遺棄罪は成立しない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,因果関係・錯誤,先行行為者の殺人既遂,後から殺意を持った者の責任及び共犯関係を,首尾一貫して説明するよう求める。
答案1~3は甲の先行殴打と死亡との関係,答案4は乙の独自の殺意と共同正犯の成否,答案5は死体遺棄罪を扱う。
死因が窒息であることを踏まえ,頭部骨折自体が致命傷であったと補っていない。

甲の殺人既遂を認めるのは,死亡誤信後の埋却を先行行為の危険が現実化した経過と評価する答案の整理である。
甲自身が搬送・埋却まで行い,乙の独自の殺意も甲が予定した埋却と別の方法を生んでいないことを根拠とする。
条件関係だけでは足りず,乙の自律的な殺意と,窒息という別の危険が介在した反対方向の事情にも答えている。

平成2年11月20日決定は,先行暴行で死因となる傷害が形成され,第三者の暴行が死期を早めた事案である。
本問は窒息が死因であるから,同決定と事案が同じとはいえない。
答案の因果関係肯定を同決定の結論から直接導くことはできず,甲の埋却への関与と先行殴打の連続性を自ら論証する必要がある。

因果関係を否定して甲に殺人未遂と埋却の過失致死を認める構成も,答案3で示した。
この場合には,生存確認の可能性と注意義務違反を別に検討し,死亡誤信だけで重過失を認定しない。
甲にも殺人既遂を認めつつ乙との共同正犯を否定する主位的構成は,両人それぞれの行為と故意に基づく責任を認めるものであり,共同正犯を認めた結果ではない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑法199条は,死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑を定める。
出題当時の有期懲役の下限と現在の下限・刑種を混同せず,答案では当時法による犯罪の成否を論じる。
故意,因果関係,共同正犯及び生存者を客体とする行為と死体遺棄罪の区別は,引き続き別々に判断する。

出題後の最高裁平成16年3月22日決定は,クロロホルムで失神させた後に車ごと海へ落とす事前の殺害計画があり,実際には失神行為で早く死亡していた事案である。
殺人の実行の着手と因果経過の相違を扱う点では参考になるが,本問はとっさの殴打後に死亡を誤信し,後から乙が関与した遅い結果発生の設例である。
同決定の一連の計画という事情を本問へ移して処理することはできない。

死因・生存時点・各人の認識の証拠は,死亡誤信後の搬送・埋却事件における刑事弁護を参照されたい。
試験の与件を前提とする構成と,実事件でその前提を立証する作業を分けている。

2 第2問

(1) 問題文(問題PDF4頁)

甲は,20年以上前から乙という名前で社会生活を営み,運転免許証も乙の名前で取得していた。ところが,甲は,乙名義で多重債務を負担し,乙名義ではもはや金融機関からの借入れが困難な状況に陥った。そこで,甲は,返済の意思も能力もないにもかかわらず,消費者金融X社から甲名義で借入れ名下に金員を得ようと企て,上記運転免許証の氏名欄に本名である「甲」と記載のある紙片をはり付けた上,X社の無人店舗に赴き,氏名欄に「甲」と記載し,住所欄には現住所を記載した借入申込書を作成した。次いで,甲は,この借入申込書と運転免許証とを自動契約受付機のイメージスキャナー(画像情報入力装置)で読み取らせた。X社の本社にいた係員Yは,ディスプレイ(画像出力装置)上でこれらの画像を確認し,貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを同受付機を通して発行した。甲は,直ちにこのカードを使って同店舗内の現金自動支払機から30万円を引き出した。

甲の罪責を論ぜよ(ただし,運転免許証を取得した点については除く。)。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF4頁)

本問は,長期間使用していた通称に代えて,実名を用いて借入申込書等を作成するなどした上,自動契約受付機を介して金員を借り入れたという事例を素材として,事例を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,文書偽造の罪における偽造の意義等の基本的要件に関する理解力並びに偽造文書行使罪,詐欺罪及び窃盗罪の各犯罪構成要件の整合的な理解力を問うものである。

(3) 模範答案

1 運転免許証の改ざん
⑴ 乙名義の運転免許証は,公安委員会が作成した印章のある公文書である。甲が氏名欄に「甲」と記載した紙片を貼った行為について,有印公文書偽造罪(刑法155条1項)と同変造罪(同条2項)の区別が問題となる。文書偽造罪は作成名義の真正に対する公共の信用を保護する。既存の文書の同一性を保ったまま変更するのが変造であり,重要部分を改めて別個の文書を作り出すのは偽造である。
⑵ 免許証を乙の名で取得した者も甲自身であり,免許を受けた身体上の人物は変わらない。しかし,公安委員会が「乙」名義で発給した免許証の氏名を「甲」に変えれば,同委員会が「甲」名義の免許証を発給したとの外観が生じる。氏名は本人確認文書の核心である。甲は,単に記載を訂正したのではなく,発給されたものとは別個の証明文書を権限なく作出したと評価できるから,偽造に当たる。
⑶ 紙片を貼っただけでは,原本を手に取れば工作が分かり,真正な免許証と誤認させる形式・外観を欠くとの疑問がある。もっとも,外観は予定された使用方法を踏まえて判断すべきである。甲はスキャナーで読み取らせ,離れた場所の係員に画面で見せるために工作した。平面的な画像では貼付の段差が判別しにくく,Yも甲名義の免許証として確認した。一般人が真正な公的証明と誤認し得る外観を備えると評価できる。甲には行使の目的もあるため,有印公文書偽造罪が成立する。

2 借入申込書の作成
甲は申込書に本名「甲」と現住所を記載した。私文書の偽造とは,作成者と文書の名義人との人格の同一性を偽ることである。甲には,乙名義の多重債務を隠し,信用のある申込者として扱われたい意図があった。しかし,申込書に表示された「甲」は実際の作成者自身であり,記載住所も真実である。長年「乙」の通称を使っていたことによって,本名で作成した文書が他人作成名義の文書になるわけではない。信用状態についてX社を誤信させることと,文書の作成名義を偽ることは区別される。したがって,私文書偽造罪及び同行使罪は成立しない。

3 偽造免許証の行使
偽造文書の行使とは,真正な文書と装って,相手がその内容を認識できる状態に置くことである。甲は偽造免許証を自動契約受付機に読み取らせ,本社のYに画像を閲覧させて本人確認に供した。原本をYに手渡さなくても,偽造公文書行使罪(158条1項)が成立する。画面表示自体を新たな公文書とみる必要はない。

4 カードの取得
甲は返済の意思も能力もないのに借入れを申し込み,乙名義で多重債務を負う自己の信用状態を隠して,偽造免許証を示した。これは与信判断に重要な事実についての欺罔である。Yは誤信し,貸出限度額30万円のキャッシングカードを交付した。同カードは限度額内で反復して借入れを可能にする,独立の財産的価値を持つ財物である。甲は欺罔によってYの交付行為を引き起こし,カードを取得したから,詐欺罪(246条1項)が成立する。この段階の詐取物は30万円の現金ではなく,カードである。

5 現金の引出し
甲はそのカードを用い,ATMから30万円を引き出した。Yによるカードの交付は,ATM内の現金を甲に渡す処分行為ではない。引出し時に応答したのは機械であって人ではなく,その時点で別の詐欺罪は成立しない。暗証番号を正しく入力しても,詐取したカードによる現金取得はX社の意思に反する。甲はX社管理の現金を自己の占有に移したから,窃盗罪(235条)が成立する。直前のカード詐欺に吸収されない。

6 罪数
有印公文書偽造,同行使,カード詐欺は順次手段・結果の関係にあり,牽連犯(54条1項後段)となる。これと現金窃盗は併合罪(45条前段)である。乙名義の免許証を取得した行為は,設問の指示に従い検討しない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨の基本要素は,通称と実名を含む事実の把握,文書偽造の意義,偽造文書行使・詐欺・窃盗の整合である。
答案1・2は,公安委員会の作成する免許証の名義と,甲本人が作成する借入申込書の名義を区別し,答案3~5は画像提示,人によるカード交付,機械からの現金取得を分ける。
機械の介在だけで詐欺罪を否定しないことが重要となる。

免許証の氏名を本名に替えても,発給権者がその名義の免許証を作成したという外観は無権限で作られる。
答案は氏名を証明文書の重要部分とし,別の文書を作出した偽造と評価する。
札幌高裁昭和34年8月18日判決は,写真貼替えにより別個の免許証を作出した事例であるため,氏名の紙片を貼る本問にそのまま同じ結論を命じる判決ではない。

答案の弱点は,紙片を貼っただけの外観が真正文書と誤認し得る程度に達するかを,スキャナーでの予定使用とYの確認から推認している点にある。
実際の画像の見え方は与件にないので,単にYが受け入れた結果だけで一般的な誤認可能性を確定しない。
氏名変更でも文書の同一性が保持されるとして変造とする構成や,工作が明白で偽造の外観に達しないとする構成では,本人確認文書の機能と表示態様を具体的に説明する必要がある。

平成14年2月8日決定は,他人に成り済まして得たカードの詐欺と,そのカードで自動入出機から現金を取得した窃盗を区別した。
本問の通称・実名の使分けはその事案と異なるが,人の処分行為がカードと現金のどこに向けられたかという区別は共通する。
答案4・5はこの法的区別に沿い,答案6で文書犯罪・詐欺の牽連関係と窃盗との併合関係を整理する。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑法は,令和8年5月21日施行の改正により,155条の公文書偽造等に電磁的記録文書等を含む規定を置き,158条にもそれらの行使を明記する。
紙の免許証を加工して画像で示す本問と,電子的な文書・記録そのものを作成・変更する現在の事例は,対象物と適用規定を先に確定する必要がある。
これらの出題後の規定を平成15年答案の根拠に加えない。

現在も,係員に重要な信用情報を偽ってカードを交付させる行為と,そのカードを用いて機械から現金を取得する行為を区別する。
本記事が参照する平成14年決定は出題前のものであり,現在の電子契約に関する事例へ用いる場合には,係員の処分行為,カード等の機能及び現金の管理関係が同じかを確認する。

本人確認資料と取引の段階別の整理は,加工した本人確認書類によるローンカード取得とATM引出しで扱う。
画像の提出・審査・現金取得の記録を分けることで,犯罪構成の争点が明確になる。

第5 商法

1 第1問

(1) 問題文(問題PDF3頁)

次の各事例において,商法上,A株式会社の取締役会の決議が必要か。ただし,A会社は,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律上の大会社又はみなし大会社ではないものとする。

1 A会社の代表取締役Bが,C株式会社の監査役を兼任する場合において,A会社が,C会社のD銀行に対する10億円の借入金債務について,D銀行との間で保証契約を締結するとき。

2 A会社の取締役EがF株式会社の発行済株式総数の70パーセントを保有している場合において,A会社が,F会社のG銀行に対する1000万円の借入金債務について,G銀行との間で保証契約を締結するとき。

3 ホテルを経営するA会社の取締役Hが,ホテルの経営と不動産事業とを行うI株式会社の代表取締役に就任して,その不動産事業部門の取引のみを担当する場合。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,株式会社の行う取引又は取締役の行為について,取締役会の決議を要求する商法規定の適用範囲に関する問題である。具体的には,事例として挙げられている取引・行為が,多額の借財その他の重要な業務執行(商法第260条第2項),取締役・会社間の利益相反取引(同法第265条)又は取締役の競業取引(同法第264条)に該当するか否かについて,各規定の趣旨,適用対象に関する判例・学説の状況を理解した上で,整合的に論述することが求められる。

(3) 模範答案

1 判断の枠組み
本問には,出題当時の商法を適用する。取締役会は業務執行を決定し,「多額ノ借財」その他の重要な業務執行を取締役に委ねられない(260条1項・2項)。会社と取締役の利益が相反する取引には取締役会の承認を要する(265条1項)。また,取締役が自己又は第三者のために会社の営業の部類に属する取引をするには,重要な事実を開示して承認を受けなければならない(264条1項)。各行為について,肩書だけでなく,会社の負担と利害衝突の実質を検討する。

2 事例1
A社によるC社債務の保証は,265条1項後段の間接的な利益相反取引に当たるか。同項は取締役以外の者との取引にも及ぶが,会社と取締役本人の利益が実質的に衝突することを要する。BはA社の代表取締役である一方,C社では監査役にすぎない。監査役はC社の業務を執行・代表せず,C社の借入れが当然にB個人の利益となるわけでもない。BがC社を実質的に支配するなどの事情もない。したがって,C社の債務をBの債務と同視できず,265条による承認は不要である。
しかし,保証によりA社は10億円の条件付き債務を負う。260条2項2号の「多額ノ借財」には,会社に多額の支払危険を負わせる重要な保証も含まれる。その多額性は,金額のほか,会社の資産・売上高,財務状況,保証履行の危険や従来の取扱い等を総合して判断する。A社が大会社又はみなし大会社でないというだけで結論は決まらないが,他社の10億円の債務を保証することは通常,会社経営に重大な影響を及ぼす。これを軽微とする事情が示されていない本問では,多額の借財に当たり,A社の取締役会決議を要する。

3 事例2
E自身はF社の借入債務を負っていない。そこで,F社債務の保証が,265条1項後段の「会社ト取締役トノ利益相反スル取引」に当たるかが問題となる。取締役以外の者の債務を保証する場合でも,取締役がその者を支配し,保証による利益が取締役に実質的に帰属する一方,会社が負担を負うならば,同項の規制が及ぶ。
EはF社の発行済株式の70%を保有し,同社に支配的な影響力を持つ。F社が保証によって資金を調達できれば,Eは保有株式の価値の維持等を通じて大きな利益を受け得る。他方,A社は保証債務を負う。F社とEは別人格であり,株式保有だけで常に利益相反となるわけではないが,本件では支配割合と利益・負担の帰属から,EとA社の利害が実質的に衝突する。よって,265条1項後段の承認決議を要し,Eは特別利害関係取締役として議決に参加できない(260条ノ2第2項)。1000万円が260条2項の「多額」に当たるかはA社の規模等が不明で確定できないが,この点は結論を左右しない。

4 事例3
Hについては264条1項の競業取引が問題となる。同条は,取締役が会社の営業上の情報や地位を利用して競争相手の利益を図る危険を,事前承認によって防ぐ趣旨である。A社とI社はいずれもホテルを経営し,その営業は競合する。他方,代表取締役への就任それ自体は「取引」ではない。Hが不動産部門だけを担当するなら,ホテル部門の取引には承認不要との見解も成り立つ。競合会社の設立準備を264条の取引としない裁判例も,この文言を重視する根拠となる。
しかし,本件のI社は既にホテルを営業している。代表取締役の代表権はI社の営業全体に及び,内部の部門分担は対外的な代表権を限定しない(261条3項・78条)。Hはホテル事業の経営判断にも取締役として関与し得る。したがって,不動産部門だけを担当するとの定めでは,HがI社のために競合するホテル取引を行う危険を排除できない。就任自体を直ちに違反行為とするのではなく,就任に伴い予定される競業取引の範囲と担当関係を開示し,その取引に先立ってA社取締役会の承認を得る必要がある。Hはその承認決議に参加できない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,重要な業務執行,利益相反及び競業という三つの規律について,趣旨・適用対象・判例学説を踏まえた整合的説明を求める。
答案1が全体の枠組みを示し,答案2では監査役兼任と10億円保証,答案3では70%株式保有と間接利益相反,答案4では競合会社の代表取締役就任を扱う。
保証金額が小さいことと,利益相反がないことを同じ問題にしない。

事例1では,BがC社の監査役であることだけではB個人とA社の利害衝突を認めず,A社の負担の重要性から決議を要求した。
10億円という絶対額だけでなく,会社の資産・売上高や保証の危険を考慮する。
ただし,本問には会社の具体的な財務状況がなく,答案の多額性の結論は通常の影響の大きさと,軽微とする事情がないことを踏まえた当てはめである。

事例2は,F社とEの法人格を無視するという意味ではなく,支配株式の価値とA社の保証負担に実質的な利害衝突を見いだす答案の整理である。
単なる少数株保有や取締役の兼任から直ちに同じ結論を導かない。
F社に対するEの支配と経済的利益を,Bの監査役という地位だけの事例と対比して説明する。

事例3について,代表取締役就任そのものを商法264条の取引とみない立場を出発点としている。
大阪地裁平成14年7月18日判決は,競合会社の設立・開業準備と個々の取引を分けた事例である。
本問ではI社は既にホテル事業を営んでいるため,答案は就任に伴い予定される競業取引の事前承認という構成を採った。

この答案の弱点は,代表権があることから,将来の競業取引の予定まで推認している点にある。
ホテル部門の取引を一切行わないと厳格に読むなら,不動産部門の取引と就任だけには競業承認が不要との別構成も成り立つ。
内部の担当分担が代表権を対外的に限定しないことは,それ自体で現実の競業取引を証明するものではなく,事前承認の範囲を明確にする必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行法では,会社法356条1項が競業・直接利益相反・間接利益相反を定め,取締役会設置会社では365条1項により承認機関が取締役会となる。
取締役会非設置会社では株主総会の承認となるので,旧商法の株式会社の機関構成をそのまま現在の全株式会社へ当てはめない。
重要な業務執行の委任禁止は362条4項,特別利害関係取締役の議決排除は369条2項を確認する。

現在の無承認競業による会社の損害については,423条1項の任務懈怠責任と,同条2項の利益額による損害額の推定を分ける。
出題後の大阪地裁令和5年4月17日判決は,外貨両替機の営業について在任中の取引が認められず,展示会での勧誘等についても競業避止義務違反等を否定した。
設立や勧誘があれば常に会社法の競業取引になるという意味ではない。
承認の要否,違反行為,損害,因果関係及び推定の前提を別々に検討する。

保証については,会社が別会社の債務を保証するときの取締役会決議と利益相反,兼任については,競合会社の代表取締役を兼ねる取締役の競業取引を参照されたい。
実際の保証条件と競合取引を調べるための資料をそれぞれ整理している。

2 第2問

(1) 問題文(問題PDF3頁)

甲山一郎は,有名なテレビタレントであるが,同人の高校時代からの友人であるAは,洋服店を開業することを計画し,その商号を「ブティック甲山一郎」としたいと考えた。そこで,Aは,甲山に電話で,「今度,洋服店を始めたいが,その際に君の名前を使ってよいか。」と尋ねたところ,甲山は,「自分の名前が広まるのは大歓迎であり,どんどん使ってほしい。」と答えた。Aは,「ブティック甲山一郎」の商号で洋服店を開業したものの,その後半年もしないうちに,持病が悪化したため,営業から引退することを考え,洋服店の営業を知人のBに譲渡することにした。Aから営業譲渡を受けたBは,「甲山一郎ブティック」の商号で洋服店を開業した。

1 Aの債権者であるCは,甲山又はBに対して弁済を請求することができるか。

2 Bの債権者であるDは,甲山に対して弁済を請求することができるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,商法総則に規定されている名板貸人の責任及び営業譲渡において営業譲渡人の商号を続用する営業譲受人の責任について,知識及び応用力を見る問題である。具体的には,問題に示された事例への当てはめを通じて,両責任制度の趣旨についての理解に基づき,名称使用の許諾,第三者の誤認,商号の続用等に関する判断を的確に論述することが求められる。

(3) 模範答案

1 判断の枠組み
甲山はA・Bの債務を契約上当然に負うわけではない。Cの甲山に対する請求は名板貸人の責任(当時の商法23条),CのBに対する請求は商号を続用する営業譲受人の責任(同法26条)による。Dの甲山に対する請求では,Aに与えた名称使用の許諾がBにも及ぶか,及ばない場合に23条を類推適用できるかを検討する。

2 Cの甲山に対する請求
商法23条は,自己の氏名等を使用して他人に営業させた者の帰責性を基礎に,その者を営業主と誤認して取引した相手方を保護する規定である。そこで,①甲山を営業主と見せる名称の使用,②甲山によるAへの使用許諾,③Cが甲山を営業主と誤認してAと取引したことを要する。誤認に重過失がある者まで保護する必要はない。
Aの商号「ブティック甲山一郎」は,甲山の氏名に「ブティック」を付けたものである。氏名がそのまま単独で用いられなくても,営業主について誤認を生じさせ得るから,①を満たし得る。甲山は,洋服店を始めるAから名前の使用を尋ねられ,「どんどん使ってほしい」と答えた。Aの営業における氏名使用を明示的に許諾したといえ,②も満たす。
もっとも,有名タレントの名を冠した店については,本人が経営するとの理解のほか,単なる宣伝・提携との理解もあり得る。商号と甲山の知名度だけからCの誤認を決めることはできない。Cが甲山を営業主と信じ,重過失なくAの洋服店と取引したなら,甲山はその取引によって生じた債務につきAと連帯して弁済する。Cが営業主はAだと知っていた場合や,営業取引によらないAの私的債権については請求できない。

3 CのBに対する請求
商法26条1項は,営業譲受人が譲渡人の商号を続用すると,営業の継続や債務の承継を示す外観が生じることを踏まえ,譲渡人の営業上の債権者を保護する。Aは洋服店の営業をBに譲渡した。Aの「ブティック甲山一郎」とBの「甲山一郎ブティック」は語順こそ異なるが,共に甲山一郎の名を用いる洋服店を表し,社会通念上,営業の同一性を示す。BはAの商号を実質的に続用したといえる。
したがって,Cの債権がAの洋服店の営業により生じたものであれば,CはBに弁済を請求できる。23条による甲山への請求とは異なり,CがBを旧営業の債務者と誤認したこと自体は要件ではない。ただし,Bが譲渡後遅滞なく債務を負わない旨を登記し,又はA・Bが共同してCにその旨を通知した場合には,26条2項により責任を免れる。設問にはその事情がなく,Aの私的債務でない限り,Bへの請求を認めるべきである。

4 Dの甲山に対する請求
Bも甲山の氏名を含む商号で洋服店を営む。しかし,甲山が電話で許諾した相手は,旧友で,自ら開業を計画していたAである。AからBへの営業譲渡によって,甲山の許諾まで当然にBへ移るものではない。「どんどん使ってほしい」という発言も,その会話だけではBへの許諾を示さない。よって,Bによる使用について23条を直接適用する根拠はない。
もっとも,直接の許諾がなくても,甲山がBの使用を知りながら積極的に外観の作出に関与するなど,許諾と同程度の帰責性があれば,23条の類推適用を検討し得る。その場合にも,Dが甲山を営業主と重過失なく誤認してBと取引したことが必要である。本問には,甲山が譲渡やBの使用を知った事実すら示されていない。Bの使用を「禁止しなかった」ことだけを帰責性とすることはできず,与えられた事実の下ではDは甲山に請求できない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,名板貸人の責任と商号続用譲受人の責任の趣旨を踏まえ,許諾,誤認,商号続用を判断するよう求める。
答案1でC・Dと各請求先を分け,答案2が甲山のAへの許諾,答案3がBの旧債務の責任,答案4がBの新債務について甲山が負うかを扱う。
同じ店舗名に見えても,債権の成立時期と責任の根拠は異なる。

甲山のAへの許諾は電話の会話から認められるが,Cが甲山を営業主と誤認した事実は明示されていない。
答案は有名タレントとの宣伝・提携にすぎないと理解する可能性も示し,Cの誤認と重過失の有無を条件とした。
氏名が商号の一部に含まれることと,実際に営業主について誤認したことを区別した点が重要である。

商号続用は語順の完全一致を要求するものではなく,営業の継続又は債務承継を示す外観を問題とする。
答案3は,語順だけが入れ替わった二つの商号を実質的に同じと評価し,Cの債権がAの営業上の債務であることと免責登記・通知を検討する。
名板貸責任の場合と異なり,Cの個別の誤認を商号続用責任の当然の要件にはしていない。

Dの請求では,Aへの許諾が営業譲渡とともにBへ自動的に移るとせず,Bへの許諾又は同程度の帰責性を改めて検討する。
平成7年11月30日判決は,スーパーがテナントの営業主体について誤認を招く外観を作った事例であり,有名人から友人への名義使用後の譲渡とは事情が異なる。
甲山がBの使用を知っていた事実すらない本問で,使用を禁止しなかったという消極的事情だけから責任を認めないのが答案の整理である。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行商法14条と会社法9条は「自己の商号」を他人に使用させた商人・会社の責任を定める。
旧商法23条が氏・氏名又は商号を対象としていたこととの文言の違いがあるため,非商人の有名人の個人名を貸した事例に現在の条文を当然に直接適用しない。
現行の商号続用責任は商法17条・会社法22条を確認する。

出題後の最高裁平成16年2月20日判決は,営業主体を表示するゴルフクラブ名を譲受人が続用した場合に,特段の事情がない限り旧商法26条1項を類推適用した。
商号そのものではない名称と,営業主体の表示機能との関係を考える参考となるが,甲山がBの新債務を負うかを判定したものではない。
名板貸人への請求と,営業譲受人への旧債務請求を分けて読む。

当初の許諾と事業譲渡後の責任は,個人名・屋号を貸した後の事業譲渡に整理している。
誰が誰に許し,どの時点でどの債務が生じたかを分けるための関連記事である。

第6 民事訴訟法

1 第1問

(1) 問題文(問題PDF5頁)

訴訟手続の進行に関する民事訴訟法の原則と当事者意思の反映について論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF5頁)

民事訴訟手続の進行につき,現行法は裁判所にその主導権を認める職権進行主義を採用しているとされているところ,その採用理由や訴訟指揮権等の具体的内容についての基礎的知識の有無を試すとともに,各種の申立権,責問権,当事者の意見聴取等,当事者の意思を反映させる仕組みの具体的内容及びその趣旨につき,職権進行主義との関係を踏まえた理解を問うものである。

(3) 模範答案

1 訴訟手続の進行に関する原則
(1) 民事訴訟法は,審理の進行・整理を裁判所の権限と責任に委ねる職権進行主義を採用する。当事者は利害が対立するため,手続の進行をその意思に委ねると,訴訟の遅延や手続上の不公平を招くおそれがある。そこで,中立的立場と専門的知識を有する裁判所に主導権を与え,適正かつ迅速な裁判を実現するのである。
これは,訴訟の開始・終了及び審判対象を当事者の意思に委ねる処分権主義や,判決の基礎となる訴訟資料の提出を当事者の責任とする弁論主義とは,規律する対象を異にし,これらと両立する。
(2) 職権進行主義は,裁判所・裁判長の訴訟指揮権等によって具体化される。すなわち,期日の指定・変更(93条),期間の伸縮(96条),職権送達(98条),弁論の制限・分離・併合(152条)及び再開(153条)等により,手続を進行・整理する。また,裁判長は口頭弁論を指揮し,発言を許可し,命令に従わない者の発言を禁止できる(148条)。
さらに,釈明権及び釈明処分(149条,151条)により訴訟関係を明瞭にし,準備書面等の提出期間を定め(162条),故意又は重大な過失により時機に後れて提出され,訴訟の完結を遅延させる攻撃防御方法を却下できる(157条1項)。ただし,釈明等は当事者の主張・立証を整理するものであり,職権進行主義を理由に弁論主義を排除することはできない。

2 当事者意思を反映させる必要性
裁判所の訴訟指揮も,不適切又は違法となる可能性がある。また,事件の内容や準備状況を把握する当事者の協力なしには,充実した審理を実現し難い。そこで,裁判所の主導権を維持しつつ,当事者に手続への関与と是正の機会を保障する必要がある。これは裁判を受ける権利の実効化に資するとともに,裁判所の進行判断に必要な情報を提供する。当事者にも信義に従った誠実な訴訟追行が求められる(2条)。

3 申立て及び異議による関与
(1) 当事者は,移送(17条),期日指定(93条1項),訴訟手続の受継(126条),時機に後れた攻撃防御方法の却下(157条)等を申し立て,裁判所の権限の発動を求めることができる。また,必要な発問を裁判長に求めることもできる(149条3項)。
これにより,裁判所が把握していない事情を示し,適切な進行を促すことができる。ただし,申立てがあることと,その内容に裁判所が拘束されることは別であり,裁判所は各制度の要件に従って判断する。
(2) 当事者は,裁判長の口頭弁論の指揮に関する命令や,裁判長・陪席裁判官の釈明の処置に異議を述べることができる。この場合,裁判所は決定で異議について裁判する(150条)。個々の裁判官の訴訟指揮を裁判所の判断に付し,その適正を確保するのである。
(3) さらに,訴訟手続に関する規定の違反に対し,当事者は責問権を行使して是正を求めることができる。ただし,違反を知り又は知ることができたのに遅滞なく異議を述べないときは,その権利を失う(90条本文)。当事者の手続保障と手続の安定・迅速性を調整するためである。放棄できない規定の違反については失権しない(同条ただし書)。

4 意見聴取による関与
裁判所は,事件を弁論準備手続又は書面による準備手続に付するとき,当事者の意見を聴かなければならない(168条,175条)。電話会議による弁論準備手続(170条3項)や,証人に先立って当事者本人を尋問する場合(207条2項ただし書)にも,意見聴取が要求される。
これは,当事者の準備状況や負担等を判断に反映し,不適切な手続選択を防ぐ趣旨である。ただし,意見聴取は同意の要求とは異なり,反対意見があるだけで当然に処分ができなくなるものではない。

5 当事者意思による訴訟指揮の制約
(1) 一定の処分には異議がないことが必要となる。呼出費用の未予納による訴えの却下には被告の異議がないことが必要であり(141条),証人尋問に代わる書面提出には当事者の異議がないことが必要となる(205条)。当事者の審判又は尋問を受ける利益を保護するため,裁判所の判断だけでは処分できないのである。
(2) また,19条1項の移送は,法定の例外や専属管轄による制限を除き,当事者の申立てと相手方の同意により義務付けられる。41条の要件を満たす同時審判の申出があれば,弁論及び裁判を分離できない。最初の期日の変更も,当事者の合意があれば許される(93条3項ただし書)。
このように,当事者意思の効力には段階がある。裁判所の責任による進行を原則としながら,当事者の関与・協力及び手続上の利益を保障することにより,適正かつ迅速な訴訟運営が確保される。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,職権進行主義の採用理由・訴訟指揮権等と,当事者の申立権・責問権・意見聴取等の具体的内容及び趣旨を求める。
答案1で原則と権限の例を,答案2で当事者関与の必要性を示し,答案3~5で当事者意思の効力を段階に分ける。
処分権主義・弁論主義との規律対象の違いも,裁判所の主導権の限界を示すために置いている。

申立てにより裁判所の判断を促すこと,裁判長の処置に異議を述べて裁判所の決定を求めること,規定違反について責問することは同じではない。
答案3は93条等の申立権,150条の異議,90条の失権を区別する。
申立てがあれば当然に希望どおりの処分がされるとせず,各制度の要件を示す点が採用理由との接続となる。

答案4は意見聴取と同意を区別し,答案5は異議のないことを要求する場合と,同意・合意・申出が処分を制約する場合を示す。
これにより,当事者意思を反映するという抽象的な説明にとどまらず,裁判所の主導権を保つ関与と,当事者の意思が拘束力を持つ関与を分けている。
各条文の具体例は,出題当時の条文の項・要件を前提とする。

答案の弱点は,多数の条文を短く列挙するため,個々の制度の例外まで展開しきれないことにある。
紙幅を調整するなら,期日指定,訴訟指揮への異議,責問権,準備手続の意見聴取,合意による制約という代表例を選び,それぞれがなぜ職権進行と両立するかを説明する。
事実資料を職権で自由に補充できるとの結論は,この原則からは導かれない。

(5) 現行法とその後の裁判例

平成15年法律108号で追加された専門委員・審理計画の制度は,出題時点では未施行であったため,当時答案の制度として列挙しない。
現在は147条の3が当事者双方との協議を踏まえた審理計画を定め,現行民訴法も90条,93条,149条,150条等により当事者の関与を定める。
通信による手続は改正を受けているため,現在の170条等の要件・手続方法を当時の電話会議の説明と区別する。
手続のデジタル化によって職権進行主義から当事者の手続保障が消えるわけではない。

出題後の最高裁令和7年7月10日判決は,合議体の裁判官の1名が交代したのに従前の口頭弁論の結果を陳述しないまま判決したことを,249条1項違反及び312条2項1号の事由とした。
裁判所が手続を進めた事実だけでは,判決の基礎となる弁論への関与の要件を満たさないことを示す事例である。
90条の失権の一般論と,放棄できない手続上の要件を区別して読む。

現在の異議・求釈明・責問の実務は,民事訴訟の進行に異議があるときで扱う。
何を求め,どの処置に異議を述べたかを期日の記録に残すことと,法定の是正手段の違いを整理している。

2 第2問

(1) 問題文(問題PDF5頁)

甲は,乙に対し,乙所有の絵画を代金額500万円で買い受けたとして,売買契約に基づき,その引渡しを求める訴えを提起した。

次の各場合について答えよ。

1 甲の乙に対する訴訟の係属中に,乙は,甲に対し,この絵画の売買代金額は1000万円であるとして,その支払を求める訴えを提起した。

(1)甲は,乙の訴えについて,反訴として提起できるのだから別訴は許されないと主張した。この主張は,正当か。

(2)裁判所は,この二つの訴訟を併合し,その審理の結果,この絵画の売買代金額は700万円であると認定した。裁判所は,甲の請求について「乙は甲に対し,700万円の支払を受けるのと引換えに,絵画を引き渡せ。」との判決をすることができるか。一方,乙の請求について「甲は乙に対し,絵画の引渡しを受けるのと引換えに,700万円を支払え。」との判決をすることができるか。

2 甲の乙に対する訴訟において,「乙は甲に対し,500万円の支払を受けるのと引換えに,絵画を引き渡せ。」との判決が確定した。その後,乙が,甲に対し,この絵画の売買代金額は1000万円であると主張して,その支払を求める訴えを提起することはできるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF5頁)

同時履行関係に立つ請求に関する手続上の諸問題についての問題である。1(1)では,反訴を提起しうる場合の別訴提起の可否を審理の重複の回避等の観点を踏まえて論ずべきである。(2)では,同時履行の抗弁の主張の要否を論じた上で,甲・乙の各請求についての一部認容判決の可否を処分権主義の観点を踏まえて論ずべきである。2では,引換給付判決に生ずる既判力の範囲及び紛争の蒸し返しの防止の可否について論ずべきである。

(3) 模範答案

1 設問1(1)について
(1) 乙の代金支払請求は,甲の絵画引渡請求と関連するため,反訴として提起できる(民事訴訟法146条1項)。しかし,反訴を提起できることから,直ちに別訴が禁止されるわけではない。
重複起訴を禁止する142条の趣旨は,被告の応訴の負担,重複審理による訴訟不経済及び矛盾する判決の発生を防止する点にある。その適用には,当事者及び審判対象の同一性が必要である。当事者の地位が逆転していても当事者の同一性は認められるが,同一の売買契約に基づく請求であることだけでは,審判対象の同一性は認められない。
(2) 本件では,甲の訴訟の訴訟物は絵画引渡請求権,乙の訴訟の訴訟物は代金支払請求権であり,両者は異なる。また,反訴の要件である請求の関連性は,審判対象の同一性を意味せず,146条は反訴による権利行使を義務付けてもいない。
確かに,別訴を認めると売買契約の内容等について重複審理が生じ得る。しかし,これは口頭弁論の併合(152条1項)等によって調整すべきであり,142条による別訴禁止を導く理由にはならない。したがって,甲の主張は正当ではない。

2 設問1(2)について
(1) 同時履行の抗弁権(民法533条)は,相手方が反対債務の履行を提供するまで自己の債務の履行を拒む権利である。したがって,引換給付判決をするには,当事者による抗弁権行使の意思の表明が必要であり,裁判所が職権で引換条件を付すことはできない。
もっとも,明示的に同時履行の抗弁を述べる必要まではなく,訴訟上の主張全体からその意思を認められれば足りる。本件では,双方が同一の売買契約に基づく相手方の給付を求めているため,相手方の給付を受けるまで自己の給付を拒む趣旨を含むかを検討すべきである。提訴だけから当然に抗弁の主張があるとはいえず,不明確なら釈明(149条1項)によって確認する。
(2) 双方の抗弁の主張が認められる場合,甲の請求について700万円との引換給付判決をすることは,処分権主義(246条)に反しないか。
246条は,判決を原告の求める範囲にとどめ,被告に対する不意打ちを防止する趣旨である。甲が求める給付は絵画の引渡しであり,代金500万円という主張は,通常,契約内容についての主張であって,引換条件の上限を限定する申立てではない。
無条件の引渡請求に対し700万円との引換えを命じることは,甲の請求を質的に一部認容するものである。甲は700万円を支払えば絵画の引渡しを実現でき,乙も1000万円の代金債権を主張しているから,不意打ちとはならない。したがって,この判決は許される。ただし,甲が700万円との引換えでは引渡しを求めない旨を明確にしている場合には,その意思に反する判決はできない。
(3) 乙の請求について,絵画の引渡しとの引換えに700万円の支払を命じることも許される。
1000万円の支払請求に対する700万円の認容は量的一部認容であり,絵画の引渡しを条件とすることは質的一部認容である。いずれも通常は乙の求める範囲内にあり,甲に不意打ちを与えるものでもない。したがって,乙の請求をこの限度で認容し,残額300万円の請求を棄却することができる。

3 設問2について
(1) 既判力は,原則として主文に包含される訴訟物についての判断に生じる(114条1項)。前訴の訴訟物は絵画引渡請求権であり,乙の代金支払請求権ではない。
引換条件である500万円の反対債務は主文に記載されているが,甲にその支払を命じるものではなく,絵画引渡しの強制執行を開始するための条件を示すものである(民事執行法31条1項)。したがって,代金債権の存否及び額には既判力が生じず,乙の後訴は既判力によって当然に遮断されるものではない。
(2) もっとも,既判力が及ばなくても,後訴が前訴の紛争を不当に蒸し返す場合には,信義則(2条)による制限が問題となる。
前訴で代金額が主要な争点となり,乙に十分な攻撃防御の機会が保障された上で500万円と判断されたなら,乙が改めて1000万円であったと主張することは,その判断を覆して甲を再び同じ争いに巻き込むものである。新たな主張を前訴で提出できなかった事情等がない限り,500万円を超える部分の請求は信義則上許されないと解すべきである。
ただし,甲が500万円と主張したことだけから,代金額が十分に争われたとは断定できない。前訴の審理経過を踏まえて判断する必要がある。また,前訴判決は乙に代金支払の債務名義を与えないため,乙が500万円について支払判決を求めることまで禁止されるものではない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨の小問1(1)は重複審理の回避と別訴,小問1(2)は同時履行の抗弁と処分権主義,小問2は既判力と蒸返し防止を問う。
答案1~3がそれぞれに対応する。
絵画引渡請求と代金支払請求が異なる訴訟物であることを先に示し,反訴可能性だけから別訴禁止を導かない。

同時履行の抗弁は,双方が提訴したというだけで当然に主張されたと扱わない。
答案2の(1)は,明示又は訴訟上の主張全体に表れた権利行使の意思を確認し,不明確なら釈明する。
抗弁を要することと,形式的な決まり文句まで要することの違いを示した点が,出題趣旨への応答となる。

甲の主張する代金500万円は,通常は請求原因の契約内容の主張であり,引換条件の上限を限定した申立てとは異なる。
答案2の(2)は,700万円との引換えを無条件引渡請求の質的一部認容とし,(3)は乙の1000万円請求に対する700万円の量的一部認容と引渡条件の質的一部認容を分ける。
請求の趣旨を明確に限定する意思が表れている場合まで,一律に同じ判決を許すとはしていない。
処分権主義が原告の意思に反する利益の付与を防ぐ点にも触れ,無条件給付請求に条件を付すことと,原告が明示的に拒んだ条件を付すことを区別する。

答案3は,主文に引換条件が記載されることと,反対債権が訴訟物として確定することを区別する。
最高裁昭和39年2月4日判決は,引換給付判決の反対債権について既判力が生じないとした。
民訴法114条2項の相殺についての特則を,同時履行の抗弁にそのまま適用しない。
前訴の主文が乙に代金回収の債務名義を与えないことも,乙の後訴を全面的に禁止しない理由となる。

答案の弱点は,信義則による超過部分の排除に必要な前訴の審理事情が与件だけでは明らかでないことである。
そこで,代金額が主要争点として十分に争われたか,新たな主張を提出できなかった事情があるかを条件とした。
既判力を拡張する構成と信義則による個別的制限を混在させず,500万円部分の給付請求と1000万円への増額主張を分けるのが答案の整理である。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民訴法142条・146条の関係,246条の判決事項及び114条の既判力の範囲についても,請求の関連性と訴訟物の同一性を分ける。
民事執行法31条1項の反対給付の履行又は提供の証明は,執行開始の条件であり,判決が甲に代金支払を命じたことにはならない。
現在の電子的な手続であっても,債務名義が誰のどの給付について存在するかの区別は必要となる。

出題後の最高裁平成18年4月14日判決は,反訴で請求した債権を本訴における相殺の自働債権とし,本訴で相殺の自働債権として既判力ある判断が示された部分を反訴請求から除く予備的反訴への変更を認めた。
同時履行の抗弁とは異なり相殺には114条2項があるため,本問へ結論を移すことはできないが,どの請求・抗弁が審理されるかを特定して重複を避ける構成の参考となる。

後訴を制限するかは,実際の前訴の争点・審理機会・判決と後訴請求との関係に即して検討する。
本問への信義則の適用は答案の評価であり,別の訴訟類型の裁判例を,同じ絵画売買・増額請求を判断した判決として紹介することは避ける。

判決と執行条件の区別は,引換給付判決で何が確定するかで詳しく説明する。
代金回収のための請求と,絵画引渡しの執行のための反対給付を分けるための関連記事である。

第7 刑事訴訟法

1 第1問

(1) 問題文(問題PDF6頁)

警察官は,集団による連続強盗事件の犯行グループの一員である疑いの濃厚な甲の容ぼうと,甲宅に常時出入りする者の容ぼうを写真撮影してこれを被害者等に示し,犯人の特定を行おうと考えた。そこで,警察官は,甲宅向かいのビルの一室を借り受け,望遠レンズを装着したカメラを設置するとともに,そこから甲宅出入口付近の監視を継続し,自宅から路上に出てきた甲の容ぼうを撮影した。また,甲宅から出てきて路上を歩行している乙の容ぼうも撮影した。

これらの写真撮影は適法か。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

警察官が,既に発生した集団による連続強盗事件の犯人特定のために,被疑者等の容貌を写真撮影したという捜査の適法性を問うことにより,強制処分法定主義の意義,強制捜査と任意捜査の区別,写真撮影の法的性質と適法性の判断基準などについて,基本的知識の有無と具体的事案に対する応用力を試すものである。

(3) 模範答案

1 写真撮影の法的性質
(1) 甲及び乙の撮影は,既に発生した連続強盗事件の犯人を特定するための捜査である。身体拘束中の被疑者の撮影に関する刑訴法218条2項は,本件には適用されない。そこで,197条1項本文による任意捜査として許されるか。
 同項ただし書の強制処分法定主義は,重大な権利侵害を伴う捜査について,その許否・要件を立法府の判断に委ね,捜査機関による権限濫用を防止する趣旨である。強制処分に当たれば,法律上の根拠を要し,令状主義の規律も問題となる。
(2) 強制処分は,有形力の行使を伴うものに限られない。科学技術を利用して,本人に気付かれず重要な権利・利益を侵害する捜査も可能だからである。したがって,相手方の明示又は黙示の意思に反し,重要な権利・利益を制約して捜査目的を実現する処分をいうと解する。
 写真撮影は,憲法13条により保障される,みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由を制約する。しかし,承諾がないことだけで,直ちに強制処分となるわけではなく,撮影場所,対象,方法及び侵害の程度を検討すべきである。
(3) 本件では,望遠カメラを設置して監視を継続しており,通常の目視よりも容ぼうを詳細に記録し,出入りの状況を把握できるため,プライバシーへの影響は軽視できない。
 もっとも,甲・乙はいずれも路上に出たところを撮影されている。撮影対象は公衆の目に触れる容ぼうであり,住居内部の私生活が撮影された事実はない。また,出入口付近の監視に伴う撮影であり,生活全般を追跡,記録するものとまでは認められない。したがって,本件各撮影は重要な権利・利益の制約を伴う強制処分には至らず,任意捜査に当たる。

2 任意捜査としての許容限度
(1) 任意捜査も無制約ではなく,197条1項本文の「必要」な範囲に限られる。特に,写真は容ぼうを固定し,保存,反復利用できるため,目視と同じには扱えない。
 京都府学連事件判決(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決)は,現に犯罪が行われ,又は行われた後間がないと認められ,証拠保全の必要性・緊急性があり,撮影方法も相当な場合には,同意及び令状のない撮影を許容する。
(2) もっとも,同判決は犯行時の証拠保全を扱ったものであり,現行犯的状況をあらゆる写真撮影の不可欠の要件としたものとは解されない。既発生事件の犯人特定にも撮影の必要があり,その適法性は,捜査の必要性と権利侵害の程度を比較して判断すべきである。
 したがって,犯罪の重大性,対象者と犯罪との具体的関連,撮影の目的,代替手段の有無,撮影機会,監視の範囲・継続,撮影場所・方法等を総合し,高度の必要性があり,相当な方法による場合に許されると解する。

3 甲の撮影
 集団による連続強盗は,生命,身体及び財産を脅かす重大犯罪であり,犯行グループの特定の必要性は高い。甲はその一員である疑いが濃厚であり,その容ぼうを被害者等に示すことは,甲が犯人かを確認するために有用である。単なる交友関係の探索とは異なり,具体的嫌疑に基づく犯人特定を目的としているから,撮影の高度の必要性が認められる。
 他方,望遠撮影と継続的監視は権利侵害を増大させる事情である。しかし,撮影は出入口付近から路上に出た甲の容ぼうに限られ,住居内部を撮影するものではない。撮影を告知して承諾を求めると捜査への警戒を招き得るし,密かな撮影には,周囲に甲への嫌疑を知らせず名誉への影響を抑える面もある。既存の写真等で足りる事情も示されていない。以上を衡量すると,方法も相当であり,甲の撮影は適法である。

4 乙の撮影
 集団犯罪である以上,甲以外の構成員を特定する必要もあり,甲の犯人性を確認するまで他の者を撮影できないとはいえない。しかし,甲の濃厚な嫌疑を,出入りした者一般に及ぼすことはできない。
 本件で乙について示されているのは,甲宅から路上に出たことだけである。警察が常時出入りする者の撮影を企図したことと,乙が実際にそのような者であることは別であり,乙と犯行グループとの具体的関連も示されていない。
 また,乙は独立の撮影対象であり,甲の撮影に際して除外できず写り込んだ第三者ではない。したがって,甲の撮影の必要性によって乙の撮影まで正当化することはできない。提示された事情の下では乙の撮影の高度の必要性は認められず,197条1項本文に反し違法である。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,強制処分法定主義,強制捜査と任意捜査の区別,写真撮影の性質と適法基準を,事案へ適用するよう求める。
答案1で法的性質を判断し,答案2で任意捜査の限界を示し,答案3・4で甲と乙を分ける。
身体拘束中の被疑者の撮影規定が本問の直接の根拠とならないことも,最初に確認する。

望遠カメラの設置と監視継続は,法益侵害の程度を増す事情である。
答案は路上の容ぼうに限ることを踏まえて任意捜査と評価するが,路上にいたという一事で結論を出していない。
住居内部の撮影や生活全般の追跡が与件にないことを示した点は,監視の全てを肯定する趣旨ではない。

昭和44年12月24日大法廷判決は,犯行時の証拠保全に必要な撮影と避けられない第三者の写込みを扱う。
答案2は,その場面の要件を全ての写真撮影の不可欠の要件とせず,既発生事件の犯人特定について必要性・相当性を論じる。
昭和51年3月16日決定の任意捜査に関する判断は有形力行使の事例であり,写真撮影の可否を直接決めたものではない。

甲は犯行グループの一員である疑いが濃厚であるのに対し,乙には甲宅を出たという事情しか明示されていない。
警察が常時出入りする者を撮影しようとしたという目的の記載は,乙が実際に常時出入りしたとの事実ではない。
乙を独立に撮影した行為を,甲の撮影に付随する避けられない写込みとも扱わず,答案は乙の撮影を違法とした。

答案の弱点は,監視期間や撮影機会の詳細がない中で,相当性と乙の必要性を評価していることである。
集団犯罪の構成員特定と継続監視から得られた具体的関連を重視して乙の撮影も適法とする構成なら,その関連をどの与件から認定するかを説明する必要がある。
嫌疑のない来訪者一般を撮影してよいという抽象的な結論では足りない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑訴法218条では,身体拘束中の被疑者の指紋等の採取・写真撮影を令状不要とする規定は4項に置かれている。
平成15年当時の2項という引用を,現在法の説明へ転用しない。
現在も本問の在宅者の路上撮影はこの拘束中の例外によって正当化されるものではなく,197条と憲法上の利益を検討する。

出題後の最高裁平成20年4月15日決定は,合理的な犯人嫌疑に基づき,防犯映像との同一性判断に必要な限度で公道上・パチンコ店内の容ぼう等を撮影した捜査を適法とした。
これは嫌疑,目的,撮影範囲・方法を結び付けた判断であり,公道なら常に撮影できるという判例ではない。
本問の乙の具体的な犯罪関連性が示されていないという点まで解決したものでもない。

場所・監視方法・第三者の撮影の違いは,捜査機関による写真・動画撮影はどこまで許されるかで整理している。
現在の機器を用いる事例では,画角,倍率,期間及び取得情報の範囲を確認して比較する。

2 第2問

(1) 問題文(問題PDF6頁)

被告人甲及び乙は,強盗罪の共同正犯として起訴され,併合して審理されている。甲は,捜査・公判を通じて否認しており,乙は,捜査段階で甲と共同して犯行に及んだことを自白し,その旨の検察官面前調書が作成されているが,冒頭手続において否認した。

この検察官面前調書は,どのような場合に甲に対する証拠とすることができるか。審理経過に言及しつつ論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

共同正犯として起訴された共同被告人の一方が捜査・公判を通じて犯行を否認し,他方が捜査段階では自白したものの公判段階で否認したという事例について,後者の検察官面前調書を前者に対する証拠とすることができる場合を審理経過に言及しつつ論じさせることにより,伝聞証拠禁止の原則,公判手続の進行過程に即した同調書取調べ請求の前提となる手続,刑訴法第321条第1項第2号の適用要件などについて,基本的知識の有無と具体的事案に対する応用力を試すものである。

(3) 模範答案

1 伝聞法則と適用条文
 本調書は,乙の供述内容が真実であることを通じて甲の共同犯行を立証するための,公判廷外の供述を録取した書面である。供述には知覚・記憶・叙述の各過程で誤りが混入する危険があるため,反対尋問等による吟味を経ない伝聞証拠は,原則として証拠能力を認められない(刑訴法320条1項)。もっとも,実体的真実の発見と被告人の防御権を調和させるため,法は一定の要件の下に伝聞例外を認めている。
 乙は共同被告人であるが,甲との関係では「被告人以外の者」に当たる。共同被告人間には責任転嫁などの利益相反もあり,乙自身への証拠能力を規律する322条1項を,そのまま甲に対して適用することはできない。本調書を甲に対する証拠とするには,原則として321条1項2号の要件を満たす必要がある。

2 同意による採用
 冒頭手続後,検察官が本調書の証拠調べを請求し(298条1項),検察官及び甲がこれを証拠とすることに同意し,裁判所が作成時の情況を考慮して相当と認めれば,326条1項によって採用できる。甲が犯行を否認していることは,当然に証拠への不同意を意味しない。また,乙の同意だけでは,甲に対する証拠能力は認められない。
 以下,甲が同意しない場合を検討する。この場合,本調書に乙の署名又は押印があることを確認し(321条1項柱書),録取された供述が任意にされたかをあらかじめ調査しなければならない(325条)。

3 併合審理を続ける場合
 乙が公判準備又は公判期日に,検察官に対する供述と相反し,又は実質的に異なる供述をし,公判供述より前の供述を信用すべき特別の情況がある場合,本調書を同号後段により採用できる。
 もっとも,冒頭手続で否認したというだけで直ちに採用すべきではない。冒頭手続は争点を明らかにする段階であり,甲側による供述の吟味も十分になされていないからである。そこで,証拠調べの段階で乙に被告人質問を行い,否認の対象,内容及び理由を明らかにするとともに,甲又はその弁護人にも,裁判長に告げて乙に供述を求める機会を十分保障すべきである(311条3項)。
 乙が共同犯行を否認すれば,本調書との相反性が認められる。また,乙が証拠調べの段階で改めて供述しなくても,冒頭の陳述が事実に関する否認を含み,その後も維持され,甲側に右の質問機会が十分与えられていれば,冒頭の否認を同号後段の公判供述と扱うことができる。最高裁昭和35年7月26日決定も,冒頭の否認の維持と質問機会がある事例につきこれを認めている。甲側が自ら質問しなかったことだけで採用が妨げられるものではない。ただし,乙には黙秘権があり(311条1項),回答を強制することはできない。
 一方,乙が後に否認を撤回して自白した場合には,冒頭の否認だけを固定して相反性を認定すべきではない。その後の供述と本調書を比較し,同じ内容なら同号後段による採用はできない。もっとも,自白の大綱が一致していても,本調書の方が犯行状況等について詳細で,内容に実質的な差がある場合には,「実質的に異なった供述」に当たり得る。単なる表現や分量の差では足りず,具体的な供述内容を比較して判断する。

4 相対的特信情況
 相反性又は実質的相違が認められても,それだけで本調書を採用することはできない。検察官面前の供述を公判供述より信用すべき特別の情況,すなわち相対的特信情況が必要である。
 取調べの状況,供述の経緯,公判で変更した理由,甲乙の関係,責任転嫁や迎合の可能性等を具体的に比較して判断する。例えば,甲との人間関係から乙が甲の面前では真実を述べにくく,そのため公判で否認したと認められる事情は,肯定方向に働く。他方,捜査段階で甲に責任を転嫁した疑いがあれば,慎重な検討を要する。
 検察官が録取したという形式や供述の詳細さだけで肯定することはできず,任意性が認められても当然に特信情況が認められるわけではない。本問では,これらの事情を審理して採否を決する必要がある。

5 弁論分離と供述不能
 裁判所は弁論を分離し(313条1項),甲の事件で乙を証人として尋問することもできる。乙の証言を得て甲側に反対尋問の機会を与え,証言が本調書と相反し,又は実質的に異なれば,相対的特信情況等を満たす限り同号後段により採用できる。
 ただし,乙には自己が有罪判決を受けるおそれのある事項について証言拒絶権がある(146条)。乙がこれを行使して供述できない場合は,同号前段の供述不能に当たり得る(証人の証言拒絶につき最高裁昭和27年4月9日大法廷判決同旨)。死亡や心身の故障等による供述不能の場合も同様である。前段では後段の相対的特信情況は要求されないが,署名又は押印,任意性等の確認は必要である。
 以上の各要件を満たし,適式の証拠調べを経た場合に,本調書を甲の犯罪事実を認定する証拠として使用できる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,伝聞原則,公判の進行に即した調書取調べの前提手続及び321条1項2号の要件を求める。
答案1は甲との関係で乙が被告人以外の者に当たること,答案2は同意と任意性,答案3・4は併合審理中の相反性・特信情況,答案5は分離後の証人尋問と供述不能を扱う。
乙自身への証拠能力と甲への証拠能力を混同しない。

甲の否認と調書への不同意は別であり,同意があれば326条の相当性等を検討する。
同意がない場合には,乙の署名又は押印と任意性を確認し,乙の公判供述を得る手続を進める。
冒頭手続で否認したという記載だけをもって,質問機会や相対的特信情況を省略しない。

昭和35年7月26日決定は,冒頭手続での否認が後の段階でも維持され,共同被告人らへの質問機会が保障された事情を検討した。
証拠調べ段階に新たな供述がない場合でも相反供述に当たり得るという判断であり,質問機会なしに冒頭否認だけで採用できるとの一般則ではない。
答案3はこの射程に沿い,否認の対象・内容・維持と甲側の機会を確認する。

相反性又は実質的相違と,検察官面前供述の相対的特信情況は別の要件である。
答案4は,責任転嫁,取調べ,変更の理由及び甲乙の関係を比較し,検察官が作成したという形式や詳しさだけでは足りないとする。
乙が後に自白へ転じた場合には最新の供述と比較し,単なる分量の差を実質的相違と決めない。

昭和27年4月9日大法廷判決は,証人の証言拒絶を321条1項2号前段の供述不能に含め得るとした事例である。
答案5は分離・証人尋問・証言拒絶の順に示している。
答案の弱点は,その拒絶が全ての重要事項に及ぶか,後の再尋問で解消できるかまで与件では確定できない点にあり,分離したという形式だけで前段の要件が満たされるわけではない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑訴法でも,321条1項2号の供述不能の場合と,相反又は実質的相違及び相対的特信情況を要する場合を分ける。
現在の321条1項1号は一定の映像・音声通信による尋問を裁判官の面前に含め,2号も検察官の面前についてその定義を引用する。
媒体や通信方法の変更と,供述不能・相反性・特信情況という実質的な要件は区別する。
証拠能力と,調書内容をどれだけ信用して甲の犯罪を認定できるかという証明力も別問題である。

出題後の広島高裁岡山支部平成27年3月18日判決は,証言拒絶だけでは供述不能に足りず,尋問方法・時期等に配慮して供述を得る手を尽くしたかを検討し,供述不能による調書採用を違法として破棄差戻しとした。
乙に対する質問・尋問の実施,拒絶した事項及び供述を得るための手続を記録し,前段又は後段のどちらの要件を主張するかを明確にする必要がある。
後の裁判例を,当時の答案で既に確立していた具体的判断として記さない。

共同被告人の手続は,共同被告人の検面調書をどう争うか,証言拒絶は,証人が証言を拒んだときの刑事弁護で詳しく扱う。
採用請求の時点で何を争い,どの機会を確保するかを整理した関連記事である。

第8 出典・参考資料

1 法令

① 日本国憲法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
14・21・24・26・13・35・37条)。
② 教育基本法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
4条。
出題当時の旧法3条・5条は文部科学省の改正前後比較資料も参照)。
③ 政党助成法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
3条・4条)。
④ 民法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
177・520・562~566・605条の2・709・715・718・719・722・733・772条等)。
⑤ 借地借家法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
10条)。
⑥ 刑法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
38・45・54・60・155・158・190・199・203・210・211・235・246条)。
⑦ 商法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
現行14・17条。
当時の会社関係規定等とは区別)。
⑧ 会社法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
9・22・356・362・365・369・423条)。
⑨ 民事訴訟法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
2・19・41・90・93・142・146・149・150・168・170・175・207・246・114条等)。
⑩ 民事執行法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
31条)。
⑪ 刑事訴訟法(e-Gov法令検索,令和8年10月3日の施行条文。
197・218・291・311・313・320・321・322・325・326条等)。

2 裁判例(裁判所ウェブサイト掲載)

⑫ 最高裁判所第三小法廷平成7年12月5日判決(平成4(オ)255,集民 第177号243頁)。
⑬ 最高裁判所大法廷平成27年12月16日判決(平成25(オ)1079,民集 第69巻8号2427頁)。
⑭ 最高裁判所第三小法廷昭和63年12月20日判決(昭和60(オ)4,集民 第155号405頁)。
⑮ 最高裁判所第一小法廷令和7年10月20日決定(令和6(許)17,民集 第79巻7号2765頁)。
⑯ 最高裁判所第二小法廷昭和58年4月1日判決(昭和57(オ)993,集民 第138号469頁)。
⑰ 最高裁判所第二小法廷平成元年10月27日判決(昭和62(オ)209,集民 第158号117頁)。
⑱ 最高裁判所第一小法廷昭和37年2月1日判決(昭和34(オ)1049,民集 第16巻2号143頁)。
⑲ 最高裁判所第二小法廷昭和40年9月24日判決(昭和39(オ)1336,民集 第19巻6号1668頁)。
⑳ 最高裁判所第三小法廷平成8年10月29日判決(平成5(オ)875,民集 第50巻9号2474頁)。
㉑ 最高裁判所第二小法廷平成26年3月24日判決(平成23(受)1259,集民 第246号89頁)。
㉒ 最高裁判所第一小法廷平成13年11月22日判決(平成12(受)372,集民 第203号743頁)。
㉓ 最高裁判所第一小法廷昭和57年1月21日判決(昭和54(オ)1244,民集 第36巻1号71頁)。
㉔ 最高裁判所第一小法廷昭和47年4月20日判決(昭和44(オ)211,集民 第105号585頁)。
㉕ 最高裁判所第三小法廷平成22年6月1日判決(平成21(受)17,民集 第64巻4号953頁)。
㉖ 最高裁判所第三小法廷平成2年11月20日決定(昭和63(あ)1124,刑集 第44巻8号837頁)。
㉗ 最高裁判所第一小法廷平成16年3月22日決定(平成15(あ)1625,刑集 第58巻3号187頁)。
㉘ 札幌高等裁判所 第三部昭和34年8月18日判決(昭和34(う)144)。
㉙ 最高裁判所第三小法廷平成14年2月8日決定(平成13(あ)1341,刑集 第56巻2号71頁)。
㉚ 大阪地方裁判所平成14年7月18日判決(平成13(ワ)6368)。
㉛ 大阪地方裁判所令和5年4月17日判決(令和3(ワ)11560)。
㉜ 最高裁判所第一小法廷平成7年11月30日判決(平成4(オ)1119,民集 第49巻9号2972頁)。
㉝ 最高裁判所第二小法廷平成16年2月20日判決(平成14(受)399,民集 第58巻2号367頁)。
㉞ 最高裁判所第一小法廷令和7年7月10日判決(令和7(行ツ)125)。
㉟ 最高裁判所第三小法廷昭和39年2月4日判決(昭和36(オ)1299,民集 第18巻2号233頁)。
㊱ 最高裁判所第二小法廷平成18年4月14日判決(平成16(受)519,民集 第60巻4号1497頁)。
㊲ 最高裁判所大法廷昭和44年12月24日判決(昭和40(あ)1187,刑集 第23巻12号1625頁)。
㊳ 最高裁判所第三小法廷昭和51年3月16日決定(昭和50(あ)146,刑集 第30巻2号187頁)。
㊴ 最高裁判所第二小法廷平成20年4月15日決定(平成19(あ)839,刑集 第62巻5号1398頁)。
㊵ 最高裁判所第三小法廷昭和35年7月26日決定(昭和31(あ)4561,刑集 第14巻10号1307頁)。
㊶ 最高裁判所大法廷昭和27年4月9日判決(昭和26(あ)2357,刑集 第6巻4号584頁)。
㊷ 広島高等裁判所 岡山支部平成27年3月18日判決(平成26(う)123)。

3 裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)

本記事で具体的な判示の根拠に用いた裁判例は,前項の個別ページと全文PDFで確認した。
未掲載の裁判例について未確認の書誌や結論を推測して掲げず,答案独自の当てはめと,直接の先例がある事項を区別した。

4 公文書

㊸ 法務省「論文式試験の試験問題及び出題趣旨」(平成15年の欄と旧司法試験の掲載資料を確認)。
㊹ 法務省「平成15年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題」(PDF1~6頁。
憲法1頁,民法2頁,商法3頁,刑法4頁,民事訴訟法5頁,刑事訴訟法6頁)。
㊺ 法務省「平成15年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題と出題趣旨」(PDF1~6頁。
科目と頁の対応は問題PDFと同じ)。
㊻ 法制審議会「民法の一部を改正する法律案要綱」(平成8年2月26日総会決定,第一の二(再婚禁止期間))。
㊼ 文部科学省「改正前後の教育基本法の比較」(旧3条・5条と現行4条の比較)。
㊽ 国会会議録・第94回国会衆議院法務委員会第6号(昭和56年4月21日,保証債務と多額の借財についての政府答弁)。
㊾ 衆議院・民事訴訟法(平成8年法律第109号)制定本文(当時の手続規定の参照)。
㊿ 衆議院・民事訴訟法等の一部を改正する法律(平成15年法律第108号)(平成15年7月16日公布。
未施行の制度を当時答案へ入れない)。