第1 本記事の対象と結論
1 一つの「医療資源配分」ではない
限られた医療資源をどのように配分するかという問題には,①国家が公的医療保険の給付範囲と価格を決める局面,②地域に病床・設備・人員を配置する局面,③個別の医療機関が受入れと転送を決める局面,④医師が治療の適応と方法を判断する局面,⑤災害や感染爆発時に緊急度と救命可能性に応じて優先順位を付ける局面,⑥人生の最終段階で本人の意思を基本に方針を決める局面がある。
これらは,決定者,法的根拠,判断資料,時間的な切迫性及び不服申立ての方法が異なる。「限られた医療資源」という一つの理由で,すべてを同じように説明することはできない。
2 結論
法の下の平等は,人の属性や区分を考慮することをすべて禁止するものではない。他方,限られた資源を理由にすればどのような区別も許されるわけでもない。①誰が決定するか,②どの法令・契約・専門的規範に基づくか,③目的は正当か,④基準は目的と合理的に関連するか,⑤不必要に不利益を広げていないか,⑥個別事情を考慮したか,⑦基準と理由を説明したか,⑧検証と見直しが可能かを分けて確認する必要がある。
第2 憲法14条と医療の平等
1 法の下の平等の基本
憲法14条1項は,すべて国民が法の下に平等であり,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により差別されないことを定める。判例は,事実関係の差異に応じた合理的な区別のすべてを禁止するのではなく,合理的な根拠のない差別的取扱いを禁止するという考え方をとっている。
ただし,この一般論だけで個別の医療行為の適法性は決まらない。区別の対象,影響する権利・利益,決定者の裁量,実証的根拠,代替手段及び緊急性に応じて審査の密度が問題となる。
2 国・自治体と民間医療機関の区別
憲法は基本的に国家権力を拘束する。国又は自治体が保険給付,公的病床,補助又は公立病院の基準を定める場合,憲法14条の審査が直接に問題となり得る。
民間医療機関と患者の関係では,憲法14条が個々の診療契約にそのまま直接適用されるとは限らない。診療契約,民法上の信義則・不法行為,医師法,医療法,障害者差別解消法,個人情報保護法及び専門的な診療ガイドライン等を通じて,平等・公正の要請が具体化される。
第3 公的医療保険と費用対効果評価
1 保険給付の価格調整と個別患者の不提供は同じではない
日本の費用対効果評価制度は,中央社会保険医療協議会の議論を通じ,主として価格調整に用いられる制度である。価格調整の制度と,目の前の患者に特定の治療を行わない個別判断は,決定者も法的根拠も異なる。「費用対効果」という言葉が共通することから,両者を直接結び付けないことが重要である。
2 制度設計で確認する要素
公的保険の給付範囲や価格調整では,有効性,安全性,代替治療,対象患者,財政影響,費用対効果,イノベーションの評価及び患者のアクセス等が関係する。評価方法の公開,利害関係者の意見,不確実性の取扱い,異質性の分析及び制度の見直しは,平等と手続の公正を確保するために重要である。
第4 個別の診療で行う医学的判断
1 医療水準と個別患者への適応
医師は,病状,検査結果,治療の利益と危険,代替手段,緊急性,患者の意向等を踏まえて治療方針を判断する。年齢,障害,介護度又は認知症という一つの属性だけを代理指標として,医学的な適応や本人の意向を検討せずに治療対象から除外することは,合理性を説明しにくい。
他方,年齢は予後,合併症,治療の耐容性又は薬剤投与量に関連することがある。その場合にも,年齢がそれ自体で決定したのか,年齢と関連する具体的な医学的事実が決定したのかを分けて記録する必要がある。
2 病床・機器・人員の制約
治療自体に医学的な適応があっても,専門医,手術室,ICU病床,医療機器,薬剤,血液又は転送手段が不足することがある。このときは,単に「できない」と説明するのではなく,不足している資源,予想される待機,他院への転送可能性,待機中の代替治療,緊急時の方針及び再評価の時点を具体化する。
第5 年齢基準を使うときの注意
1 年齢の使い方を特定する
年齢は,疾患のリスク,治療効果,有害事象,薬物代謝,余命,小児・成人用機器の適合性又は臨床試験の対象と関連する場合がある。その関連と必要性を示せるなら,年齢を考慮することは直ちに不合理とはいえない。
しかし,「何歳以上は一律に対象外」という基準は,個人差を考慮せず,より直接的な医学指標を使わず,重大な不利益を与えるのであれば,その目的,科学的根拠,代替手段及び例外手続の説明が特に重要となる。
2 年齢と「社会的価値」を分ける
「若いから生命の価値が高い」「高齢だから社会的役割が小さい」という価値判断は,医学的な予後判断とは別である。家族負担,職業,所得,地位,国籍,障害等を通じて人の生命に優先順位を付けることは,診療上の利益・危険の判断よりも慎重な法的・倫理的検討を要する。
第6 緊急時・災害時の優先順位
1 平時の診療とトリアージの区別
トリアージは,患者が同時に多数発生し,直ちにすべての患者に同じ医療を提供できない場面で,緊急度及び救命可能性等に応じて治療の優先順位を判定するための実務である。平時の慢性期治療,健診,予防接種又は保険給付の設計に,災害トリアージの論理をそのまま移すことはできない。
2 事前の基準と事後の検証
緊急時には判断時間が限られるからこそ,平時に優先順位の基準,判定者,再評価の間隔,上位者への相談,記録,患者・家族への説明及び事後の検証方法を準備する必要がある。資源の状況が変われば,一度の判定を固定せず再評価する。
第7 人生の最終段階の医療・ケア
1 本人の意思決定と資源配分を混同しない
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は,適切な情報提供と説明に基づき,本人の意思決定を基本とし,多専門職種の医療・ケアチームで方針を決めるとしている。本人が十分な説明を受けて延命治療の不開始・中止を希望することと,資源を節約するために他者が治療を提供しないことは,法的・倫理的な根拠が異なる。
2 意思を確認できない場合
本人の意思を確認できない場合,家族等が本人の意思を推定できるときはその推定意思を尊重し,推定できないときは本人にとっての最善を医療・ケアチームで慎重に判断する。話合いの内容をその都度文書にまとめ,心身の状態や意思の変化に応じて繰り返し見直す。
第8 公正な判断手続のチェックリスト
1 基準を作る側
①配分する資源と実際の制約を特定する。
②判断の目的と法的根拠を明示する。
③年齢等の属性を使う理由と実証的根拠を示す。
④より直接的な医学指標又は不利益の小さい代替手段を検討する。
⑤個別事情,例外,再評価及び上位者への相談手続を定める。
⑥判断と理由を記録し,集計し,偏りを定期的に検証する。
2 個別の患者に対応する側
①診断,予後,治療の利益・危険及び代替案を区分して説明する。
②医学的な不適応と資源の不足を区別する。
③本人の意向,意思能力,推定意思及び家族等の役割を整理する。
④待機,転送,代替治療,セカンドオピニオン及び再評価の可能性を検討する。
⑤説明の内容,質問,回答,同意・拒否及び方針変更の理由を記録する。
第9 事実,評価,推論及び未確認を分ける
1 事実と専門的評価
待機患者数,空床,当直人数,機器の稼働状況,検査値,治療開始時刻等は観察・記録できる事実である。予後,治療の適応,緊急度,救命可能性及び代替治療の妥当性は,専門的な評価である。両者を分けて記録することにより,後の検証が可能になる。
2 推論と未確認
「高齢だから回復しない」「障害があるから治療後の利益が小さい」「家族の支援がないから退院できない」という考えは,個別の根拠を欠く推論である可能性がある。判断時点で分からない事項は未確認と明示し,確認の方法と期限を定める。
第10 関連記事
①医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効は,個別の診療における医療水準,説明義務,因果関係及び証拠収集を扱う。
第11 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索・日本国憲法(14条,25条)
②e-Gov法令検索・医療法
③e-Gov法令検索・医師法
④e-Gov法令検索・健康保険法
⑤e-Gov法令検索・障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律
2 所管行政機関の資料
①厚生労働省「医薬品,医療機器及び再生医療等製品の費用対効果評価に関する取扱いについて」(令和8年2月13日)
②厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
③厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドラインに基づく事例集」
3 判例の確認範囲
本記事は制度と判断枠組みの整理を目的とし,特定の医療資源配分訴訟の判例網羅を行ったものではない。公的保険の給付制限,公立病院の受入れ,民間病院の診療及び災害時トリアージでは適用法と裁判所の審査枠組みが異なるため,具体的な紛争では論点ごとの判例調査が必要である。