第1 結論
被疑者・被告人との意思疎通に困難がある場合,弁護人は,診断名の有無だけで対応を決めてはならない。
本人がどのような情報を,どの方法・速度・分量で理解できるか,自分の経験と意思をどのように表現できるか,誘導や迎合の影響を受けやすいかを個別に確認する必要がある。
重要なのは,①接見で意思疎通の方法を確認すること,②短く具体的に説明して本人の言葉で理解を確かめること,③取調べの録音・録画その他の配慮を具体的に申し入れること,④家族・支援者・福祉職から情報を得ること,⑤弁護人自身が観察した事実と本人の反応を記録することである。
聴覚・言語障害,日本語力,知的・発達・精神・高次脳機能・認知機能等の事情は,同じ診断名でも現れ方が異なる。本人を一つの属性で決め付けず,事件ごと,場面ごとに必要な手続上の配慮を組み立てる。
第2 診断名ではなく意思疎通の機能を確認すること
意思疎通の困難は,次の異なる問題に分けて確認する。
①聞こえ方,見え方,日本語その他の言語の理解
②抽象語,否定文,複数の条件を含む質問の理解
③時間・場所・人物・順序の把握
④出来事の記憶と,自分の言葉で説明する力
⑤質問者の表情・権威・反復質問への迎合性
⑥疲労,緊張,服薬,睡眠不足又は拘禁環境による変化
⑦選択肢の比較,結果の予測及び意思決定
⑧読み書き,図,写真,実物,手話,文字通訳等の有効性
質問に「はい」と答えられたことは,内容を理解したことの十分な証拠にならない。
相手を喜ばせるための同意,質問文のおうむ返し,分からないと言えない状態,又は結論だけを覚えた状態があり得るため,本人に自分の言葉で説明してもらう必要がある。
弁護人は診断を行う者ではない。もっとも,専門家の診断がまだなくても,理解や表現の困難が具体的に観察できる場合は,必要な配慮の申入れを先送りすべきではない。
第3 初回接見で確認する事項
初回接見では,事件の聴取に入る前に,次の事項を確認する。
①氏名,生年月日,現在地及び今日の日付をどの程度把握しているか
②眼鏡,補聴器,服薬その他の補助手段が使えるか
③日常の会話,読み書き及び金銭管理で支援を受けているか
④通院先,診断,手帳,福祉サービス及び支援機関
⑤家族,成年後見人,支援者又はケースワーカーへの連絡を希望するか
⑥得意な説明方法と,苦手な質問方法
⑦警察・検察の取調べで分からなかった言葉や困った場面
⑧供述調書を自分で読めたか,読み聞かせを理解できたか,訂正を求められたか
確認は試験のように行わない。本人が間違えたときに責めず,「説明の仕方を合わせるために確認している」と伝える。
同じ内容を言葉,図,時系列表又は選択肢を用いて説明し,どの方法なら理解しやすいかを観察する。
第4 説明と質問の具体的方法
説明は一度に一つの内容とし,短い文,具体的な言葉及び一定の順序を用いる。専門用語を使う場合は,日常語で言い換える。
例えば,「黙秘権があります」と伝えるだけでなく,「警察の質問に答えたくないときは,答えませんと言えます。答えなかったことだけで犯罪をしたことにはなりません」と分けて説明する。
その後,「警察から分からない質問をされたらどうしますか」と尋ね,本人の言葉で理解を確認する。
質問は,①一つの文に一つの事実,②二重否定を避ける,③「なぜ」を多用しない,④先に答えを含めない,⑤同じ質問の反復で答えを変えさせない,⑥分からない・覚えていないとの回答を許容する,という方法が基本となる。
図,写真,カレンダー,時計,地図及び時系列表は理解を助けることがあるが,資料自体が答えを誘導しないようにする。本人が示した指差しや身振りについては,弁護人の解釈と本人の確認を区別して記録する。
第5 取調べへの対応
逮捕又は勾留されている被疑者が精神に障害を有する場合,犯罪捜査規範182条の3第2項は,警察官に対し,必要に応じて取調べ等の録音・録画を実施するよう努めることを求めている。
警察庁の通達は,知的障害,発達障害,精神障害等を広く対象とし,言語による意思疎通に問題がある場合又は迎合性・被誘導性が高い場合には,可能な限り広く録音・録画を実施するよう求めている。専門家の判断を殊更待たず,一定程度その可能性が疑われる段階で対象としてよいともしている。
弁護人は,「障害があるので配慮されたい」という抽象的な申入れにとどめず,次のように具体化する。
①全取調べの録音・録画
②一問一答を短くし,複数の質問を重ねないこと
③抽象語・比喩・二重否定を避けること
④分からない・覚えていないとの回答を尊重すること
⑤反復質問により回答変更を促さないこと
⑥休憩の頻度,取調べ時間帯及び服薬時間への配慮
⑦供述調書の読み聞かせを区切り,本人の言葉で理解を確認すること
⑧必要に応じた通訳,支援者又は福祉専門職の関与
⑨各申入れへの回答を記録すること
録音・録画が行われても,質問方法が適切であったことまで当然に保証されるわけではない。接見で取調べの経過を確認し,質問と回答の具体例,休憩,調書訂正及び本人の疲労を記録する。
第6 公判・裁判所で求める配慮
刑事訴訟法175条は,国語に通じない者に陳述させる場合,通訳人による通訳を必要としている。176条は,耳の聞こえない者又は口のきけない者に陳述させる場合,通訳人に通訳させることができると定めている。
裁判所は,日本語が分からない被告人だけでなく,聴覚又は言語に障害のある人との通訳にも通訳人を用いると案内している。
障害者権利条約13条は,捜査段階を含む全ての法的手続で,手続上の配慮等により,障害者が効果的に参加できる機会を確保することを求めている。
具体的には,手話・文字通訳,補聴機器,資料の拡大,平易な説明,質問の区切り,休憩,期日時間の調整,支援者の同席,遮へい又は別室からの参加等について,必要性と方法を早期に裁判所へ申し出る。
配慮は本人の意見を確認して選び,弁護人の都合だけで決めない。
障害者差別解消法7条は行政機関等に,同法8条は事業者に合理的配慮の提供を義務付けている。私設の法律事務所は事業者として同法8条を検討する。
裁判所については,同法の趣旨と政府の基本方針を踏まえた裁判所独自の対応要領が設けられており,合理的配慮に関する相談窓口も案内されている。適用主体を混同せず,刑事訴訟法上の制度,裁判所の対応要領及び条約上の手続的配慮を併せて検討する必要がある。
第7 家族・支援者・福祉職との連携
家族・支援者・福祉職からは,日常の意思疎通方法,生活歴,通院・服薬,過去の支援計画,得意・不得意,危機時の反応及び利用可能な福祉サービスを確認できる。
もっとも,家族の説明が本人の意思と同じとは限らない。本人の同意,守秘義務,利益相反及び情報共有の範囲を確認する。
高齢又は障害により自立した生活が困難な被疑者・被告人については,地域生活定着支援センター,弁護士会,保護観察所,医療機関,自治体及び福祉事業者との連携を検討する。
更生支援計画は,単に寛大な処分を得るための書類ではなく,住居,医療,服薬,金銭管理,就労,対人関係及び再発防止を実行可能な形にする必要がある。
第8 接見記録と申入書の作り方
接見記録には,結論だけでなく,弁護人が観察した事実を残す。
①説明に用いた言葉・図・資料
②質問と本人の回答の要旨
③理解確認で本人が説明できた内容
④分からなかった語句と有効だった言い換え
⑤回答までの時間,反復,おうむ返し及び回答変更
⑥疲労,緊張,服薬及び休憩による変化
⑦本人が希望した配慮と,拒否した配慮
⑧取調べの日時,時間,質問方法及び調書訂正の状況
申入書は,観察事実,そこから生じる具体的な危険,求める措置,実施期間及び回答期限を分けて記載する。
例えば,「複数条件を含む質問では最後の語を反復して同意する傾向が接見で3回確認されたため,一問一事項とし,回答後に本人の言葉で確認し,全過程を録音・録画されたい」と記載する。
第9 避けるべき対応
①診断名だけで供述能力又は責任能力を決め付けること
②うなずき又は「はい」を理解の証拠と扱うこと
③家族・支援者の意向を本人の意思と同一視すること
④分からない本人に署名・指印の意味を十分説明しないこと
⑤弁護人が答えを教え,本人の記憶と混同させること
⑥配慮を求めるために必要以上の診療情報を共有すること
⑦本人に確認せず,障害や病歴を公判で明らかにすること
⑧刑事責任能力,訴訟能力,供述の信用性及び量刑事情を混同すること
第10 実務チェックリスト
□ 本人に適した意思疎通方法を確認したか。
□ 短く具体的に説明し,本人の言葉で理解を確認したか。
□ 診断名と実際の機能を区別したか。
□ 取調べの録音・録画と具体的な質問方法を申し入れたか。
□ 供述調書の作成・訂正経過を確認したか。
□ 通訳,補助機器,休憩,期日調整等を裁判所へ早期に申し出たか。
□ 本人の同意を得て家族・支援者・福祉職と連携したか。
□ 観察事実,推測及び専門家の意見を区別して記録したか。
□ 本人が希望しない情報共有を必要最小限に抑えたか。
□ 配慮を一度決めた後も,場面ごとに見直したか。
第11 出典・参考資料
①e-Gov法令検索「刑事訴訟法」37条の4及び175条~178条
②e-Gov法令検索「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」5条,7条及び8条
③外務省「障害者の権利に関する条約」13条
④警察庁「被疑者取調べの録音・録画制度等の運用について」(犯罪捜査規範182条の3第2項関係)
⑤裁判所「通訳人」
⑥裁判所「裁判所における障害者配慮」
⑦法務省・厚生労働省「保健医療・福祉サービスの利用に関する地方公共団体等との連携の強化」