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妻が払った夫名義の住宅ローンは取り戻せるか―同居中・別居後・離婚後の3段階と財産分与・立替金の請求(AI作成)

第1 この記事が扱う場面と結論

1 想定する場面

本記事は,夫の単独名義の自宅に妻と子が住み,その住宅ローンを妻が払ってきた(又は払っている)場合に,払った分を夫との間でどう精算するかを扱う。
妻が自分の給与から払う場合のほか,夫から受け取った婚姻費用や養育費をローンの返済に回している場合も含む。
夫婦の役割が逆の場合(妻名義の住宅のローンを夫が払う場合)も,考え方は同じである。

別居中の婚姻費用の計算で住宅ローンをどう扱うかは,別記事「別居中の婚姻費用と住宅ローン-誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法」で扱っている。
本記事は,その先の問題,すなわち「払った分は最終的に誰のものになり,どの手続で取り戻すか」を扱う。
夫婦がペアローンや連帯債務でローンを組んでいる場合は,別記事「ペアローンを組んだ夫婦の離婚と財産分与――評価,連帯保証・求償の帰趨及び課税」を参照されたい。

2 結論の要約

払った時期によって,問題になる手続と考え方が次のとおり分かれる。
①同居中に払った分は,夫婦の協力による財産形成として,財産分与の中で2分の1ずつ清算されるのが原則である。
②別居後,離婚前に払った分は,財産分与の計算では住宅ローンが別居時の残高で評価されるため,そのままでは反映されない。財産分与の「一切の事情」として主張するか,夫に対する立替金等の請求として別に請求するかを検討する。
③離婚後に払った分は,元夫の債務を代わりに払ったものであり,財産分与とは別の民事上の請求(事務管理,不当利得等)の問題になる。
④調停や和解で離婚するときは,払った分と今後払う分の扱いを条項に書いておかないと,清算条項によって後から請求できなくなるおそれがある。

3 基準日と資料の性質

本記事は,令和8年9月20日時点の民法の条文(e-Gov法令検索で確認した令和8年6月24日施行版)に基づく。
財産分与の実務の説明は,東京家庭裁判所家事第6部「東京家裁人訴部における離婚訴訟の審理モデル」について(令和6年4月26日。以下「審理モデル」という。)に基づく。
本記事で紹介する下級審の裁判例は,いずれも裁判所HPの裁判例検索には掲載されておらず(裁判所HP未掲載),判例秘書(LLI/DB)で本文を確認したものである(令和8年9月20日確認)。
夫の単独名義の住宅のローンを妻が払った分の精算を正面から判断した裁判例は,判例秘書でも見当たらなかったため,本記事には,共有名義の事案の裁判例や,条文と審理モデルからの整理を含む。
整理の部分は,「本記事では~と整理する」等の表現で区別している。

第2 払った時期を3つに分ける

調停や交渉で話がかみ合わなくなる原因の多くは,時期の違う支払を一まとめにして議論することにある。
まず,通帳や償還予定表を見ながら,払った時期を次の3つに分けて一覧表にする。

払った時期問題になる手続基本的な考え方
同居中財産分与夫婦の協力による財産形成として清算される
別居後・離婚前婚姻費用,財産分与,立替金等の請求婚姻費用は増えないのが原則である。財産分与ではローンを別居時の残高で評価するため,別途の主張が要る
離婚後財産分与とは別の民事上の請求元夫の債務を代わりに払ったものとして,事務管理,不当利得等で請求する

財産分与では,対象となる財産を確定する基準時は原則として別居時,その財産を評価する基準時は原則として口頭弁論終結時とされている(審理モデル9頁の脚注12)。
この「別居時」という区切りが,上の表の1行目と2行目を分ける理由である。

第3 同居中に払った分

1 夫婦の協力による財産形成として清算される

民法768条3項は,家庭裁判所が財産分与を定めるに当たり,「当事者双方がその婚姻中に取得し,又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度」その他一切の事情を考慮すると定めている。
同項は,続けて「婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは,相等しいものとする」と定めている。
これは令和6年の民法改正(令和8年4月1日施行)後の文言であり,改正前の同項は「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」と定めていた。
同居中のローン返済は,どちらの給与から払ったかにかかわらず,夫婦の協力による財産形成として扱われるのが原則である。
住宅が夫名義でも,住宅の価値から別居時のローン残高を差し引いた額は分与の対象となり,2分の1ずつに分けられる。

夫が婚姻前に買った住宅でも,同じである。
東京高裁平成29年7月20日決定(平成29年(ラ)第1077号。判例秘書L07220642)は,夫が婚姻前に購入した自宅建物について,同居期間中の住宅ローンの返済分に相当する部分は夫婦の実質的共有財産に当たり,夫の特有財産に相当する部分についても同居期間中の返済がその維持に寄与しているとした原審判を相当とした。
同決定は,住宅の「維持」には,住宅ローンの返済によって名義人が担保権の負担のない所有権を取得するのに寄与したことも含まれるとし,不動産の価値の下落が返済額を上回ったとしても,そのことだけで返済が維持に寄与しなかったことにはならないとしている。

2 妻の特有財産から払った分は別に考慮される

妻が,婚姻前の預金や親から相続した金銭(特有財産)を使ってローンを繰上げ返済した場合は,話が違う。
審理モデルは,同居期間中に特有財産を原資として住宅ローンを繰上げ返済したケースについて,その返済分を「残ローンの元金減少額を限度として考慮するのが相当」としている(審理モデル16頁)。
特有財産から払ったことは,それを主張する側が立証する必要がある(民法762条2項は,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産を共有と推定している)。
相続や婚姻前の預金を原資にした場合は,入金から返済までの通帳の流れを残しておくことが重要である。

第4 別居後,離婚前に払った分

1 婚姻費用は増えないのが原則である

妻が自分の住む夫名義の住宅のローンを払っていても,それを理由に婚姻費用が増額されることは,原則としてない。
住宅ローンの返済のうち標準的な住居費を超える部分は資産形成であり,その清算は財産分与の場面で行うべきとされているためである。
裁判例と,誰が住み誰が返済するかによる9つの型は,別記事「別居中の婚姻費用と住宅ローン-誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法」の第5・第8にまとめている。

2 財産分与では,別居時の残高で計算される

審理モデルは,住宅ローンについては「対象財産確定基準時(別居時)の債務残高で評価し」,不動産の価格から控除するとしている(審理モデル17頁~18頁)。
その理由として,別居時までの返済は夫婦の経済的協力による貢献と評価できるが,その後の返済については「夫婦の協力による貢献があるとは考え難いからである」と説明している(審理モデル18頁の脚注19)。
審理モデルは,同じ脚注で,夫婦の一方が自分名義の住宅のローンを別居後も払い続けても,「それは同人が自己の資産を形成しているにすぎない」とする。
東京家裁令和4年7月7日判決(令和元年(家ホ)第777号。判例秘書L07760009)も,別居以降も住宅ローンを払い続けていたことを財産分与で考慮すべきだとする夫の主張に対し,妻が別居以降その自宅に住んでいないことに照らして,考慮するのは相当でないとした。

これを,名義人でない妻が別居後に払った場合に当てはめると,次のようになる。
財産分与の計算では,ローンは別居時の残高で差し引かれるので,別居後に妻が払って残高が減った分は,分与額に反映されない。
一方で,現実には夫の債務が減り,住宅の価値のうち夫の手元に残る部分が増えている。
本記事では,この差額が,別居後の妻の支払について別途の主張を要する理由であると整理する。

3 財産分与の中で主張する方法

(1) 「一切の事情」として主張する

民法768条3項は,考慮する事情として「婚姻中の生活水準,婚姻中の協力及び扶助の状況」や「その他一切の事情」を挙げている。
別居後に妻が夫名義のローンを払ったことは,この「一切の事情」として,分与額を妻に有利に修正する事情に当たると主張することが考えられる。

実際に,別居後に名義人でない側が払ったローンを財産分与で考慮した裁判例がある。
東京地裁令和4年5月18日判決(令和2年(ワ)第19685号。判例秘書L07731649)が前提事実として認定したところによれば,東京高裁平成22年9月29日判決(平成22年(ネ)第3364号。最高裁平成23年4月22日の上告棄却・上告不受理決定により確定)は,夫婦の一方Aが10分の4,他方Cが10分の6の持分で共有する自宅について,財産分与としてCの持分をAに分与した(判決文からは,AとCのどちらが夫か妻かは明示されていない)。
その理由は,別居後にAがその自宅に住み,Cが住宅ローンの返済をやめた後もAがその大半を負担してきたこと,Aが完済まで返済を続ける蓋然性が高いこと,Aの返済額がCの持分の価格を超え,Cに返済額相当の住宅ローン債務を免れる利益を与えていること等であったとされている。
東京高裁平成22年9月29日判決そのものは,判例秘書・裁判所HPのいずれにも見当たらなかったため,本記事では上記の東京地裁判決の認定によって紹介している。

(2) 婚姻費用の過当な負担の清算として主張する

最高裁昭和53年11月14日判決(昭和53年(オ)第706号,民集32巻8号1529頁)は,離婚訴訟において裁判所が財産分与の額と方法を定めるについては,当事者の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額と方法を定めることができるとした(裁判所HP)。
別居中に夫が本来の婚姻費用を十分に払わず,妻がローンの返済まで負担していた場合には,この判例を根拠に,妻が過当に負担した分の清算を財産分与に含めるよう求めることが考えられる。

4 夫に対する立替金として別に請求する方法

別居中であっても,妻が夫の債務を自分のお金で代わりに払った場合は,夫に対する立替金として民事訴訟で請求できる場合がある。
東京地裁平成14年7月19日判決(平成9年(ワ)第21675号ほか,裁判所HP)は,夫が不貞相手と出国して収入が途絶えた後,別居中の妻が姉と兄からの借入れと自分の運用資金で,夫の銀行等からの借入れの残り合計2808万2888円を弁済した事案である。
同判決は,妻は夫の債務を夫のために自己の出捐した金銭で代位弁済したものであるとして,事務管理に基づいて立替払いした額を請求できるとし,夫の相殺の主張も退けた。
ただし,この借入れは判決上,自宅の住宅ローンとはされていない。
住宅ローンに当てはめるときは,類似の場面の例として引くにとどめるべきである。

立替金等の請求は財産分与とは別の請求であり,地方裁判所又は簡易裁判所の管轄となる。
審理モデルは,不当利得返還請求等を人事訴訟の関連請求として訴状に挙げると移送の問題が生じ,期日の指定が遅れると指摘している(審理モデル3頁)。
同じ支払を財産分与でも立替金でも二重に回収することはできないので,どちらで主張するかは,手続の見通しを踏まえて早めに決める必要がある。
前記3(1)の東京高裁平成22年9月29日判決の事案では,その後,AがCに対し,同じ住宅の住宅ローンの立替金742万円余りの支払を求める訴訟を起こしたが,第一審(東京地裁平成27年3月13日判決・平成25年(ワ)第14558号)で請求が棄却され,控訴審(東京高裁平成27年(ネ)第2254号)でも控訴が棄却されて確定したとされている(前記東京地裁令和4年5月18日判決の認定による)。
棄却の理由は,この認定からは分からない(両判決とも,判例秘書・裁判所HPのいずれにも見当たらなかった)。

反対に,財産分与で主張すべきことを別の民事訴訟で主張しても通らない。
東京地裁令和6年3月26日判決(令和3年(ワ)第31672号ほか。判例秘書L07930857)は,元夫婦の間の共有物分割訴訟で,相手方が返済した住宅ローンに夫婦共有財産が使われたから共有持分権の判断で考慮すべきだとする主張について,実質的に財産分与の請求に係る主張であり,財産分与の請求手続で考慮されるべきものであるから,その訴訟で主張するのは失当であるとした。
本記事では,同居中・別居後の返済に夫婦の財産が使われたという主張は,財産分与の請求期間(第6の3)内に財産分与の手続で出しておくべきであると整理する。

5 「養育費(婚姻費用)から払った」ことの意味

夫から受け取った婚姻費用や養育費をローンの返済に回していた場合,夫から「生活費として渡したお金でローンを払ったのだから,妻の負担ではない」と反論されることがある。
しかし,受け取った婚姻費用や養育費は,受け取った時点で妻(子)の生活費として妻の側に帰属している。
本記事では,これをローン返済に回したことは,妻側の生活費を削って夫の資産を増やしたことを意味し,精算を求める理由を弱めるものではないと整理する。
他方で,妻が夫名義の住宅に家賃を払わずに住んでいたことは,夫から「住居費を負担せずに済んだ」との反論の材料になる。
支払額のうち家賃相当額を超える部分がどれだけかという形で整理しておくと,話がかみ合いやすい。

第5 離婚後に払った分

1 元夫の債務を代わりに払ったことになる

離婚後,元妻が元夫名義の住宅に住み続け,そのローンを払っている場合,法的には元夫の債務を代わりに払っていることになる。
民法474条1項は,「債務の弁済は,第三者もすることができる」と定めている。
ただし,同条2項は,「弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は,債務者の意思に反して弁済をすることができない」としている(債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときを除く)。
住み続けている元妻がこの「正当な利益を有する者」に当たるかは争いになり得るので,元夫の同意を書面で得ておくのが安全である。

もっとも,実際には,ローンは元夫名義の口座から引き落とされ,元妻はその口座へ入金している形が多い。
この場合は,銀行への弁済というより,元妻から元夫への金銭の交付であり,何のための入金かについての合意(立替えか,貸付けか,家賃か)の内容が決め手になる。
本記事では,入金の目的を合意書に残しておくことが,後の請求の成否を左右すると整理する。

2 元夫に請求する根拠

元夫に払った分を請求する根拠は,元夫との間の取決めの有無によって次のように分かれる。
①元夫から頼まれて払っている場合は,委任の費用償還請求である。民法650条1項は,受任者が「委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは,委任者に対し,その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる」と定めている。
②頼まれていないが元夫のために払っている場合は,事務管理の費用償還請求である。民法702条1項は,管理者は「本人のために有益な費用を支出したときは,本人に対し,その償還を請求することができる」と定めている。ただし,同条3項により,元夫の意思に反して払った場合は,元夫が「現に利益を受けている限度」に限られる。
③法律上の原因なく元夫が利益を受けている場合は,不当利得の返還請求である(民法703条)。
④このほか,債務者のために弁済をした者は債権者に代位する(民法499条)。ただし,正当な利益を有しない者が代位する場合は,債権譲渡の対抗要件の規定が準用される(民法500条)。

東京地裁平成14年7月19日判決(前記第4の4)は,別居中の事案ではあるが,②の事務管理による立替金の請求を認めた例である。

3 共有名義・連帯保証の場合の裁判例

住宅が夫婦の共有名義であったり,妻がローンの連帯保証人になっていたりする場合は,共有者の負担や保証人の求償の規定が使える。
民法253条1項は,「各共有者は,その持分に応じ,管理の費用を支払い,その他共有物に関する負担を負う」と定めている。
民法459条1項は,主たる債務者の委託を受けた保証人が主たる債務者に代わって弁済をしたときは,主たる債務者に対し,支出した財産の額の求償権を有すると定めている。

(1) 財産分与の後に払った分を不当利得として認めた例

東京地裁令和6年6月19日判決(令和5年(ワ)第10404号ほか。判例秘書L07931399)は,元夫婦が各2分の1の持分で共有する建物について,建物を出た元夫婦の一方(原告)が離婚後も住宅ローン(月額5万3195円)を払い続け,建物に住み続けた他方(被告)とその持分の一部の贈与を受けた被告の父が負担をしていなかった事案である(判決文からは,原告と被告のどちらが夫か妻かは分からない)。
同判決は,被告らは原告のローンの支払によって利益を得ているとして,持分に応じた割合の金額を被告らの不当利得と認めた。
被告らは「財産分与事件で清算が終わっている」と主張したが,同判決は,財産分与事件で清算の対象となったのは抗告審の審理終結日までの住宅ローンであり,請求されているのはその後の期間の分であるとして,この主張を退けた。
なお,同判決は,建物に住み続けていた被告に対し,原告の持分に応じた賃料相当額の不当利得の返還も命じている。

(2) 連帯保証人として払った分の求償を認めた例

東京地裁令和6年9月18日判決(令和3年(ワ)第32680号ほか。判例時報2635号57頁,判例秘書L07932111)は,夫を主たる債務者,妻を連帯保証人とする,夫婦共有の賃貸マンションのローンを,別居後に妻が連帯保証債務の履行として単独で払い続けた事案である。
同判決は,妻は夫に対し,払った額4801万1420円の2分の1を下らない求償債権を有するとし,夫が賃料を妻が単独で受け取ったことを理由に請求した不当利得返還請求権との相殺を認めた。
同判決は,財産分与の調停が係属しているのに,夫が別の2戸のマンションについて共有物分割を求めたことを権利の濫用に当たるともしている。
住宅ではなく賃貸マンションの事案であり,賃料の帰属と一体で判断されている点に注意を要する。

(3) 債務者自身の返済は,住んでいる相手方の利得にならない

逆の立場の裁判例として,東京地裁平成29年4月11日判決(平成27年(ワ)第23317号。判例秘書L07232393)は,元夫婦の共有不動産について,自らは住まずに自分が債務者である住宅ローンを払ってきた元夫が,その支払も元妻の不当利得に加算すべきだと主張したのに対し,自身の債務の弁済等が当然に元妻の利得となるものでないとした。
本記事では,ローンを払った側が請求できるのは,他人の債務を払った場合(第三者弁済,保証人の求償)か,共有物の負担を持分を超えて負担した場合であって,自分の債務を自分で払っただけでは請求の根拠にならないと整理する。

4 時効に注意する

立替金等の請求権は,権利を行使できることを知った時から5年,権利を行使できる時から10年で時効によって消滅する(民法166条1項)。
婚姻中に生じた権利については,民法159条が「夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については,婚姻の解消の時から六箇月を経過するまでの間は,時効は,完成しない」と定めている。
離婚後に払った分は毎回の支払ごとに請求権が生じるので,古い支払から順に時効が進む点に注意を要する。

第6 調停・和解で決めておくこと

1 住宅をどちらが取得するか

既払分の問題は,住宅をどちらが取得するかを先に決めると小さくなることが多い。
①妻が住宅を取得する場合は,妻がそれまでに払った分は代償金の額で調整するのが簡明である。ただし,ローンの債務者を妻に替えるには,債権者である銀行の承諾が要る。民法472条3項は,免責的債務引受は債務者と引受人となる者が契約をし,債権者が引受人となる者に対して承諾をすることによってもすることができると定めている。
②夫が住宅を取得する場合は,別居後に妻が払った分を分与額に上乗せするか,立替金として別に払うかを決める。
③子の進学等のため一定期間だけ妻が住み続ける場合は,その間の支払の性質(家賃相当額か,立替えか,将来の代償金への充当か)を条項に書く。審理モデルも,子が幼少又は受験期にあるため夫婦の一方が相手方名義の住宅ローン付不動産に一定期間居住することを希望する事案を,和解でなければ解決できない例として挙げている(審理モデル24頁~25頁)。

2 清算条項の範囲を確かめる

調停や和解では,最後に,当事者間には条項に定めたもののほかに債権債務がないことを確認する旨の清算条項を入れることが多い。
既払分の立替金や,離婚後も続く支払の扱いを条項に書かずに清算条項を入れると,後から請求できなくなるおそれがある。
請求する分は金額と支払方法を条項に書き,将来の支払を続ける場合は清算の対象から除く旨を明記しておく。
前記第5の3(1)の東京地裁令和6年6月19日判決が示すとおり,財産分与で清算されるのは,その手続で審理の対象とされた時点までの支払である。
審判や判決で財産分与を決めた場合も,どの時点までの返済を清算の対象としたかを確認し,その後の支払をどう扱うかを決めておく。

3 財産分与の請求期間

財産分与について協議が調わないときは家庭裁判所に処分を請求できるが,民法768条2項ただし書により,離婚の時から5年を経過したときは請求できない。
この期間は令和6年の民法改正によるもので,改正前は2年であった。
離婚後にローンを払い続けている間に財産分与の請求期間が過ぎないよう,離婚の日から期限を逆算しておく。

第7 手元に集める資料

精算を求めるときは,次の資料をそろえる。
①不動産の登記事項証明書(名義と共有持分の確認)
②住宅ローンの金銭消費貸借契約書と償還予定表
③婚姻時,別居時及び離婚時のローン残高が分かる資料(残高証明書)
④返済に使った口座の通帳(誰の口座から引き落とされ,誰が入金したか)
⑤特有財産から払った場合は,その原資(婚姻前の預金,相続)の流れが分かる資料
⑥婚姻費用・養育費の合意書,調停調書又は審判書
⑦離婚後の支払について元夫と交わした書面やメッセージ

第8 出典

1 法令

民法(明治29年法律第89号)159条,166条,253条,459条,472条,474条,499条,500条,650条,702条,703条,762条,768条(e-Gov法令検索。令和8年6月24日施行版を確認)

2 裁判例

最高裁昭和53年11月14日判決(昭和53年(オ)第706号,民集32巻8号1529頁)
東京地裁平成14年7月19日判決(平成9年(ワ)第21675号ほか)
東京高裁平成29年7月20日決定(平成29年(ラ)第1077号。判例秘書L07220642。裁判所HP未掲載)
東京地裁平成29年4月11日判決(平成27年(ワ)第23317号。判例秘書L07232393。裁判所HP未掲載)
東京地裁令和4年5月18日判決(令和2年(ワ)第19685号。判例秘書L07731649。裁判所HP未掲載)
東京家裁令和4年7月7日判決(令和元年(家ホ)第777号。判例秘書L07760009。裁判所HP未掲載)
東京地裁令和6年3月26日判決(令和3年(ワ)第31672号ほか。判例秘書L07930857。裁判所HP未掲載)
東京地裁令和6年6月19日判決(令和5年(ワ)第10404号ほか。判例秘書L07931399。裁判所HP未掲載)
東京地裁令和6年9月18日判決(令和3年(ワ)第32680号ほか。判例時報2635号57頁。判例秘書L07932111。裁判所HP未掲載)
東京高裁平成22年9月29日判決(平成22年(ネ)第3364号),東京地裁平成27年3月13日判決(平成25年(ワ)第14558号)及び東京高裁平成27年(ネ)第2254号事件の判決は,判例秘書・裁判所HPのいずれにも見当たらず,東京地裁令和4年5月18日判決の認定によった。

3 裁判所の資料

東京家庭裁判所家事第6部「「東京家裁人訴部における離婚訴訟の審理モデル」について」(令和6年4月26日)3頁,9頁,16頁~18頁,24頁~25頁(PDF

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