第1 この記事が扱う対象と時点
1 類似業種比準方式は廃止されるのか(結論)
令和8年9月19日現在,取引相場のない株式の評価に用いる類似業種比準方式の廃止は決定していない。
ただし,国税庁は,令和8年8月20日の第5回「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」で,会社の規模区分と,類似業種比準方式・純資産価額方式による評価体系を廃止し,残余利益方式(インカムアプローチ)へ評価方式を原則一本化するたたき台を示している。
このたたき台は,見直し内容のほか評価水準・税負担の在り方も含めて「最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」と自ら書いており,廃止の有無と時期は今後の税制改正の過程で決まる。
本記事は,令和8年9月19日現在で国税庁が公表している第1回から第6回までの会議資料,第1回から第5回までの議事要旨,日本商工会議所の委員提出意見書及び第5回会議の当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」のうち,類似業種比準方式の存廃に関係する部分を読んで整理するものである。
第6回会議(令和8年9月16日)の議事要旨は作成中であり,会議での発言は第5回議事要旨までしか確認できない。
生成AIを用いて公表資料を通読し,数値と発言を原資料の該当頁と照合した上で構成した。
会議全体の経過と論点の一覧は,取引相場のない株式の評価に関する有識者会議で整理している。
2 第4回から第6回までの経過
類似業種比準方式の扱いは,第4回と第5回の間で段階が変わっている。
第4回会議(令和8年7月3日)では,国税庁事務局が,報道で「類似業種比準方式は廃止する」と断定的に書かれていることを懸念した委員に対し,「類似業種比準方式を廃止するということを現時点で決定しているわけではない」と答えている(第4回議事要旨3頁)。
同じ回の終わりには,委員から有識者会議として合意や方向性が決まったわけではないという理解でよいかと問われた座長が,「現時点で評価方式を一本化するであるとか,類似業種方式を廃止するといった合意はない」とした上で,議論を進めるために事務局にたたき台を示してもらうという認識を述べている(同25頁)。
これを受けて第5回で示されたのが,国税庁事務局のたたき台である。
したがって,第5回以降の資料は「事務局の考え方」であって,有識者会議の合意でも,通達改正でもない。
経過をまとめると,次のとおりである。
| 時点 | 資料 | 類似業種比準方式についての記載 |
|---|---|---|
| 第4回(令和8年7月3日) | 第4回資料16頁 | 「今後の類似業種比準方式の在り方をどう考えるか」と委員に意見を求める |
| 第4回(同日) | 第4回議事要旨3頁・25頁 | 事務局は廃止を決定していないと説明し,座長は一本化・廃止の合意はないと確認 |
| 第5回(令和8年8月20日) | 第5回資料1頁 | 「類似業種比準方式を存置することは困難ではないか?」 |
| 第5回(同日) | 骨子1頁 | 「類似業種比準方式と純資産価額方式に基づく評価体系を廃止し,評価方式を原則一本化」 |
| 第6回(令和8年9月16日) | 第6回資料11頁 | 類似業種比準方式には理論的な根拠や実証的な裏付けがなく,他分野でも徐々に使われなくなってきたと整理 |
骨子1頁は,冒頭で「抜本的に評価体系の見直しを行うことが考えられる」とした上で,「その1」として「規模に応じた評価体系の廃止と評価方式の一本化」を掲げており,類似業種比準方式だけを単独で廃止するという書き方ではなく,規模区分と二つの方式を組み合わせた現行の体系全体を廃止するという書き方になっている。
第2 現行の類似業種比準方式の仕組み
1 類似業種比準方式の算式と比準要素
(1) 財産評価基本通達180の算式
財産評価基本通達180は,類似業種比準価額を,「類似業種の株価並びに1株当たりの配当金額、年利益金額及び純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)を基とし」て計算した金額と定めている。
算式は,A×{(Ⓑ/B+Ⓒ/C+Ⓓ/D)÷3}×0.7である。
Aは類似業種の株価,Ⓑ・Ⓒ・Ⓓは評価会社の1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額(帳簿価額によって計算した金額),B・C・Dは課税時期の属する年の類似業種の1株当たりの配当金額・年利益金額・純資産価額である。
Ⓑ・Ⓒ・Ⓓは,1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の金額として計算する(同項(1)の注)。
(2) 比準要素の計算期間
同通達183によれば,配当金額は直前期末以前2年間の平均であり,特別配当・記念配当等で将来毎期継続することが予想できない金額を除く。
利益金額は直前期末以前1年間の法人税の課税所得金額を基に計算し,「固定資産売却益、保険差益等の非経常的な利益の金額を除く」とされ,納税義務者の選択により直前期末以前2年間の平均によることもできる。
純資産価額は,直前期末の資本金等の額と利益積立金額に相当する金額の合計額による。
類似業種の株価Aは,課税時期の属する月以前3か月間の各月の株価のうち最も低いものとされ,選択により前年平均株価又は課税時期の属する月以前2年間の平均株価によることもできる(同通達182)。
2 しんしゃく割合と会社規模
算式末尾の「0.7」について,同通達180(2)は「中会社の株式を評価する場合には「0.6」、同項に定める小会社の株式を評価する場合には「0.5」とする」と定めている。
つまり,大会社は0.7,中会社は0.6,小会社は0.5であり,第1回資料1頁はこれを「評価の安全性のしんしゃく率」と呼んでいる。
会社規模との関係は,財産評価基本通達179が定める。
大会社は類似業種比準価額(納税義務者の選択により純資産価額),中会社は「類似業種比準価額×L+1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)×(1−L)」,小会社は純資産価額(選択によりLを0.50とした併用方式)である。
Lは,総資産価額及び従業員数又は取引金額に応じて0.90・0.75・0.60のいずれかとなる。
類似業種比準方式の廃止が決まれば,このL割合と規模区分も評価上の意味を失うことになるため,骨子が「規模に応じた評価体系の廃止」と一体で書いているのはこのためと考えられる。
評価明細書の各表に沿った現行の計算手順は,取引相場のない株式(出資)の評価明細書の書き方で扱い,株主区分を含む評価方式の全体像は,遺産相続における非上場株式の評価方法で扱っている。
第3 類似業種比準方式の見直しが俎上に載った理由
1 会計検査院の指摘と国税庁の再検証
契機は,会計検査院の令和5年度決算検査報告である。
令和2年分及び令和3年分の相続税・贈与税の申告から抽出した1,600件を検査した結果,類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の27.2%であり,純資産価額に対する申告評価額の中央値は大会社0.32倍,中会社0.50倍,小会社0.61倍であった(第1回資料4頁)。
国税庁が令和4年分及び令和5年分の申告で行った再検証でも,700社について類似業種比準価額の中央値9,705円は純資産価額の中央値37,166円の約26.1%であった(同資料6頁)。
類似業種比準方式の適用割合が高い大会社ほど評価額が相対的に低くなるという構造が,見直しの出発点である。
2 配当という比準要素の機能不全
国税庁は,かい離の原因の一つ目として,配当という比準要素の機能不全を挙げている。
再検証の対象700社のうち577社(82.4%)が評価直前の2事業年度において全く配当を支払っていなかった(第1回資料9頁)。
配当が0であれば,算式の分子はⒸ/CとⒹ/Dの二つだけを3で割ることになり,比準要素の係数は実質的に3分の2倍になる。
同資料は,利益と簿価純資産が類似業種平均と同じ会社でも,配当が0であれば評価額は類似業種平均株価の大会社0.47倍(2/3×0.7),中会社0.40倍(2/3×0.6),小会社0.33倍(2/3×0.5)にとどまると試算している。
無配の同族会社が多数を占める実態の下では,配当の要素が評価額を機械的に押し下げていることになる。
3 しんしゃく率の導入と比重の変更
原因の二つ目は,累次の通達改正の影響である。
国税庁は,令和5年分の申告の評価会社について比準要素の数値を固定したまま過去の通達の算式を当てはめ,類似業種比準価額が純資産価額の50%未満となる会社の割合を試算している。
その割合は,昭和39年の算式で49%,昭和47年改正後で72%,平成12年改正後で81%,平成20年改正後と平成29年改正後で82%であり,資料は「昭和47年及び平成12年改正により、かい離が拡大しており、しんしゃく率の導入(見直し)が影響していると思われる」としている(第1回資料9頁)。
同資料2頁の変遷表によれば,昭和47年改正で算式に0.7が乗じられ,平成12年改正で利益の比重を3倍とする算式(1:3:1)に改められた。
もっとも,国税庁事務局は第4回会議で,平成12年の1:3:1への改正は上場会社のデータで最も適正に株価が算定されると認められた比重によるものであり,平成29年に1:1:1へ戻した改正も同様の検証によるもので,「事業承継への配慮のために行ったものとは認識していない」と述べている(第4回議事要旨10頁)。
算式の変更は当時の検証を踏まえたものであっても,結果として純資産価額とのかい離が広がったという整理である。
第4 類似業種比準方式の廃止・格下げをめぐる賛否
1 廃止を支持する論拠
第2回会議で報告した弥永真生委員は,会社法の観点から,比準割合の算定方法やしんしゃく割合について理論的な根拠も実証的な裏付けもないこと,適切な比準対象の上場会社を見出すことが難しいこと,仮に上場会社では所有と経営が分離し,非上場会社では分離していないのであれば,上場会社の株価から非上場会社の株式の価値を推認することの合理性を説明できないことを挙げている(第2回資料〔弥永委員提出資料〕PDF16頁・28頁)。
第4回会議でも,類似業種比準方式の在り方について意見を求められた委員の多くが,客観的な裏付けが得られず手直しでは解決できない,上場企業のホールディングス化で適切な類似業種が見つけにくい,なぜ配当・利益・純資産の三つでなければならないのか理論的に支持できない等として,廃止すべきであるとの意見を述べている(第4回議事要旨18頁~19頁)。
国税庁事務局は,これに加えて予測可能性の問題を挙げる。
評価会社の業績や財務状況が一定でも,類似業種の上場企業の株価や財務状況という外生要因によって評価額が上がりも下がりもし,その方向も一様でないから,予測可能性や安定性に大きな問題があり,理論的・実証的裏付けがないことの証左であるという説明である(第4回議事要旨8頁)。
第5回会議でも事務局は,類似業種比準方式は評価対象法人の実績とは別に株価が上下するため「株式の評価方法の物差しとして問題である」と述べている(第5回議事要旨4頁)。
2 維持又は限定的な見直しを求める論拠
これに対し,日本商工会議所は,類似業種比準方式の利点は客観性・簡便性・統一性及び予見可能性にあり,将来収益や資本コストを用いる評価では前提条件の置き方で評価額が大きく変動すると反論してきた(第3回議事要旨4頁・7頁)。
第5回の委員提出意見書でも,類似業種比準方式や会社規模区分に改善すべき点があることは否定しないとしつつ,現行方式には「長年の運用を通じて納税者と実務家が評価結果を予測でき、争訟が相対的に少なく、徴税コストの上昇を抑止する機能がある」とし,問題となっている部分や租税回避行為への限定的な見直しを優先すべきであるとしている(第5回日本商工会議所意見書1頁)。
第5回会議では,現行方式の改正で対応できることを無視して「いきなり類似業種比準方式は廃止して残余利益方式を採用すべきという理論の飛躍は納得できない」という委員の意見も記録されている(第5回議事要旨10頁)。
第4回会議でも,理論的に正しいかどうかと現実に使えるかどうかは別問題で,予測可能性・簡便性・執行コストも加味すべきであるという意見が出ている(第4回議事要旨18頁)。
維持論と廃止論は,簡便性と予測可能性をどう評価するかという同じ軸の上で対立していると考えられる。
3 非経常的な損失の扱い
(1) 日本税理士会連合会の指摘と現行の定め
日本税理士会連合会は,第3回会議で,類似業種比準方式について,非経常的な利益は控除されるのに非経常的な損失は加算されないという制度の穴を指摘し,固定資産売却損や役員退職慰労金の意図的な計上によって利益要素を圧縮できる点の是正を求めている(第3回資料〔日本税理士会連合会説明資料〕,第3回議事要旨4頁)。
第4回資料11頁も,委員意見の整理として「非経常的な損失が加算されず、課税時期を考慮して恣意的な株価操作が可能である」と掲げている。
現行の定めを確認すると,前記のとおり財産評価基本通達183(2)は,利益金額を法人税の課税所得金額から「固定資産売却益、保険差益等の非経常的な利益の金額を除く」ものとしている。
国税庁の「取引相場のない株式(出資)の評価明細書の記載方法等」(令和8年4月1日以降用)9頁は,「非経常的な利益の金額は、非経常的な損失の金額を控除した金額(負数の場合は0)とします」と定めている。
したがって,非経常的な損失は,同じ期の非経常的な利益と相殺される範囲でだけ考慮され,利益を上回る部分は利益金額に加算されない。
課税所得金額は既に損失の分だけ小さくなっているから,非経常的な損失だけが生じた期には,その損失がそのまま比準要素Ⓒを押し下げることになる。
(2) 本記事の設例
経常的な所得が毎期1億円の会社が,ある期に非経常的な損失8,000万円を計上し,非経常的な利益が0であったとすると,課税所得金額は2,000万円となり,控除すべき非経常的な利益は0であるから,利益金額は2,000万円となる。
同じ期に非経常的な利益3,000万円もあった場合は,課税所得金額は5,000万円,控除すべき非経常的な利益は3,000万円から8,000万円を控除した負数であるから0となり,利益金額は5,000万円である。
いずれの場合も,経常的な収益力である1億円より低い利益金額で比準されることになる。
第5回会議では,航空機リースを用いたスキームの原因はこの扱いにあり,現行通達の改正でも防止できるとの意見が出されている(第5回議事要旨10頁)。
他方,第5回資料6頁は,利益等の恣意的な操作への対応として「評価は企業の正常利益により行い、非経常的な損益を除外して評価する」方向を示しており,この論点は「現行方式の手直しで足りるか」という対立にそのままつながっている。
国税庁が例示した評価額圧縮スキームの全体は,国税庁が例示した評価額圧縮スキーム8類型で扱う。
4 昭和58年度税制改正答申の読み方の対立
日本商工会議所の第5回意見書は,類似業種比準方式は,昭和58年度税制改正答申(昭和57年12月23日)において「中小企業の事業の円滑な承継の観点から収益性を評価上加味することとされた経緯があり、その配慮を欠いた見直しは看過し得ない」と述べている(第5回日本商工会議所意見書1頁)。
これに対し国税庁事務局は,日本商工会議所の意見書は同答申を「必ずしも正しく引用できていない」のではないかとし,答申は「中小企業経営者の相続税の実態等からみても過度の負担を求めているとは認められず、税制上特別の措置を講ずることは適当でない。」として円滑な事業承継の観点からの特別の措置を否定した上で,小規模な会社の株式にも収益性を評価上配慮する余地があるとして「現行の株式の評価体系の枠組みの中で収益性を加味することとするのが適当である。」としたものだと説明した(第5回議事要旨2頁~3頁)。
その結果,小会社に類似業種比準方式との併用方式(適用割合0.5)が導入されたのであり,収益性をより直接に反映する残余利益方式は答申の趣旨に反しないというのが事務局の立場である(同3頁)。
答申の該当部分は第4回資料29頁に抜粋されている。
なお,答申の原文は「相続税の課税の実態等」であり,事務局の引用及び同資料の抜粋では「課税の」が抜けているが,意味は変わらない。
同答申は,類似業種比準方式を事業承継への配慮として位置付けたものではなく,収益性を加味する手段として小会社に広げたものと読むのが文言に沿うと考えられる。
もっとも,平成2年6月22日の衆議院土地問題等に関する特別委員会で,国税庁が現行の評価方法は「取引相場のない株式の実態と中小企業の事業承継への配慮から採用されておる」と答弁していることも事実であり(第4回資料24頁),日本商工会議所はこの答弁を重く見ている(第4回議事要旨13頁)。
第5 会社法の価格決定で類似業種比準方式が使われない理由
1 京都地決昭和62年5月18日を最後に見当たらない
第4回資料16頁の検討事項③は,類似業種比準方式が「同じ企業価値評価を扱う会社法における訴訟やM&Aなどの実務でも用いられなくなってきたこと」を見直しの根拠に挙げている。
その裏付けとなったのが,第2回会議の弥永委員の資料であり,公刊物に掲載された裁判例では京都地方裁判所昭和62年5月18日決定(昭和60年(ヒ)第62号,金融・商事判例778号41頁,判例時報1247号130頁)を最後に類似業種比準方式によるものが見当たらないとされている(第2回資料〔弥永委員提出資料〕PDF14頁)。
同決定は,純資産価額方式・類似業種比準方式・収益還元方式・配当還元方式を2:1:1:1の割合で併用しており,類似業種比準方式は4方式の一つとして5分の1の比重で用いられたにとどまる。
本決定は裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で確認した。
2 会社法の価格決定で用いられる評価方法
弥永委員の資料は,札幌高等裁判所平成17年4月26日決定(平成16年(ラ)第88号,判例タイムズ1216号272頁)以降,DCF法による評価額又はそれを主な要素とする価格決定が多数を占め,純資産価額方式による評価額は下支えと位置付けられることが多く,配当還元法は近年では譲渡等承認請求の場合の売買価格決定に限られていることを示している(同資料PDF15頁)。
ただし,同決定の判示事項は配当方式・純資産方式・収益方式を25:25:50の割合で組み合わせる併用方式であり,決定文にDCF法という語は用いられていないから,DCF法採用の起点として引用する際には留保が必要である。
同決定も裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で確認した。
最高裁の判断も,収益還元法やDCF法を前提としている。
最高裁平成27年3月26日第一小法廷決定(平成26年(許)第39号,民集69巻2号365頁)は,会社法785条1項に基づく株式買取請求で裁判所が収益還元法を用いて買取価格を決定する場合に非流動性ディスカウントを行うことはできないとし,最高裁令和5年5月24日第三小法廷決定(令和4年(許)第8号,集民270号113頁)は,会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定で,DCF法によって算定された評価額から非流動性ディスカウントを行うことができる場合があるとした。
3 税務評価と私法上の価格の目的の違い
会社法の価格決定で類似業種比準方式が使われなくなった理由は,前記の弥永委員の指摘(理論的根拠・実証的裏付けの欠如,比準対象の選定の困難,上場会社の株価を支配株主の株式に当てはめる合理性の欠如)に尽きると考えられる。
会社法144条3項は,裁判所が売買価格を決定するには「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」と定めるだけであり,裁判所は個別の事案ごとに鑑定等を踏まえて評価方法を選ぶことができる。
これに対し,相続税法22条は,財産の価額を「当該財産の取得の時における時価」によるとするだけで,実際の評価は申告期限内に納税者自身が行うことを前提とした画一的な通達に委ねられている。
第4回会議でも,目的によって評価が異なるのは一般的な考え方であり,会社法の裁判例やM&Aの事例を相続・贈与の評価の参考とすることには違和感があるという委員の意見が出ている(第4回議事要旨12頁)。
会社法の価格決定で使われないことは廃止論の有力な材料であるが,それだけで税務評価から外すべきことになるわけではなく,代わりの方式が同程度の簡便性と予測可能性を備えるかが問われていると考えられる。
会社法の価格決定と相続税評価の違いの詳細は,会社法の株式価格決定と相続税評価の違いで扱う。
第6 株価上昇局面での再検証をめぐる対立
1 日本商工会議所の再調査要求
日本商工会議所は,第4回会議で,最近の株価上昇を踏まえて会計検査院の分析と同じ条件で改めて調査をすべきであり,会計検査院の報告は「あくまでコロナ禍の状況」で今の状況とは大幅に違ってきているのではないかと述べた(第4回議事要旨13頁)。
類似業種の株価Aが上がれば類似業種比準価額も上がり,純資産価額とのかい離は縮小しているはずだという主張である。
2 事務局の反論と数値
国税庁事務局は,類似業種比準価額が上がるかどうかは株価Aの上昇率だけでなく比準要素B・C・Dの変化にも左右され,近年はB・C・Dが株価を上回って上昇していると説明し,平成30年末を100とした令和7年末の数値を示した(第4回議事要旨8頁)。
| 指標 | 令和7年末(平成30年末=100) |
|---|---|
| 日経平均 | 251.5 |
| TOPIX終値 | 228.2 |
| 類似業種の株価(A) | 140.0 |
| 類似業種の配当(B) | 204.3 |
| 類似業種の利益(C) | 159.4 |
| 類似業種の純資産(D) | 156.7 |
事務局は,評価会社のⒷ・Ⓒ・Ⓓを平成30年と同額に固定して「その他の産業」で試算すると,類似業種比準価額は平成30年より1割から2割程度下落し,比較できる112業種では7割から8割の業種で評価額が減少したとしている(第4回議事要旨8頁~9頁)。
本記事の試算では,平成30年にⒷ/B・Ⓒ/C・Ⓓ/Dがいずれも1であった評価会社の数値を固定すると,令和7年末の比準割合は(1/2.043+1/1.594+1/1.567)÷3≒0.585となり,株価Aの1.4倍を乗じても約0.82倍,すなわち約18%の下落となる。
日経平均が2.5倍になっても,類似業種比準価額はむしろ下がり得るということであり,事務局はこれを予測可能性の問題として廃止論の根拠に位置付けている。
ただし,これは評価会社の業績を固定した計算であり,実際の評価会社の業績が伸びていれば結論は変わるから,事務局自身も非上場会社の評価額が上がっているように感じる背景には別の要素があり得るとしている(同8頁)。
第7 今後の見通しと実務上の注意
1 決定前のたたき台であること
第5回で示されたのは国税庁事務局のたたき台であり,骨子自身が評価水準・税負担を含めて最終的には税制改正プロセスで決定されると書いている。
事務局は,第5回資料に具体的な数値を示さなかった理由について,数値を示すとそれが決定事項であるかのような認識が広まることを危惧する意見を踏まえたと説明している(第5回議事要旨4頁)。
第6回資料は残余利益方式の算式と試算を示したが,しんしゃく率や還元率は次回以降の議論とされており,新方式の評価水準は定まっていない。
2 類似業種比準方式を前提とした計画の点検
現時点の相続税・贈与税の評価は,引き続き現行の財産評価基本通達により類似業種比準方式を用いて行われる。
他方で,大会社・中会社の株式を類似業種比準価額で評価した上で生前贈与や株式の移転を計画している場合は,新方式が導入されれば同じ会社の評価額が変わり得ることを前提に,実行時期と評価の前提を点検しておく必要がある。
また,前記第4の3の非経常的な損失の扱いのように,現行の算式の性質を利用して評価額を下げる行為は,現行通達の下でも財産評価基本通達6による評価の対象となり得るから,財産評価基本通達6項(総則6項)の適用の裁判例を踏まえて検討すべきである。
3 事業承継税制の期限
租税特別措置法70条の7の5第1項は,非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例の対象を「平成三十年一月一日から令和九年十二月三十一日までの間の最初のこの項の規定の適用に係る贈与」等と定めている。
国税庁は新しい評価方法の適用開始時期を公表していないが,特例措置の贈与の期限は条文上明らかであるから,現行の評価を前提に特例措置を使うかどうかの判断は,評価の見直しの行方と並行して進める必要がある。
特例措置の期限と特例承継計画の提出期限は,法人版事業承継税制の特例措置の期限で扱っている。
第8 関連記事
類似業種比準方式に代わる候補の算式は残余利益方式とは,見直し後の評価水準は非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるか,会社法の価格決定との関係は会社法の株式価格決定と相続税評価の違い,会議全体の経過は取引相場のない株式の評価に関する有識者会議で扱っている。
第9 出典
1 法令・通達
①相続税法(昭和25年法律第73号)22条(e-Gov法令検索)
②会社法(平成17年法律第86号)144条(e-Gov法令検索)
③租税特別措置法(昭和32年法律第26号)70条の7の5第1項(e-Gov法令検索)
④財産評価基本通達178・179(国税庁)
⑤財産評価基本通達180~183(国税庁)
⑥国税庁「取引相場のない株式(出資)の評価明細書の記載方法等」(令和8年4月1日以降用)9頁
2 有識者会議の資料
①国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」(審議会・研究会等)
②第1回資料(令和8年4月20日)1頁・2頁・4頁・6頁・9頁
③第2回資料(令和8年5月11日。弥永委員提出資料を含む)PDF14頁~16頁・28頁
④第3回資料(令和8年6月4日。日本税理士会連合会説明資料を含む)
⑤第3回議事要旨4頁・7頁
⑥第4回資料(令和8年7月3日)11頁・16頁・24頁・29頁
⑦第4回議事要旨3頁・8頁~10頁・12頁・13頁・18頁・19頁・25頁
⑧第5回資料(令和8年8月20日)1頁・6頁
⑨第5回当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」1頁
⑩第5回議事要旨2頁~4頁・10頁
⑪第5回日本商工会議所委員提出意見書1頁
⑫第6回資料(令和8年9月16日)11頁
3 裁判例
①最高裁判所第一小法廷平成27年3月26日決定(平成26年(許)第39号,民集69巻2号365頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷令和5年5月24日決定(令和4年(許)第8号,集民270号113頁,裁判所ウェブサイト)
③京都地方裁判所昭和62年5月18日決定(昭和60年(ヒ)第62号,金融・商事判例778号41頁,判例時報1247号130頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により確認)
④札幌高等裁判所平成17年4月26日決定(平成16年(ラ)第88号,判例タイムズ1216号272頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により確認)
4 その他の公的資料
①会計検査院「令和5年度決算検査報告」「相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価について」
②第118回国会衆議院土地問題等に関する特別委員会議録第7号(平成2年6月22日。国立国会図書館国会会議録検索システム)
③税制調査会「昭和58年度の税制改正に関する答申」(昭和57年12月23日。日本租税研究協会ウェブサイト掲載の画像PDF)