第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,交通事故その他の不法行為に基づく損害賠償請求について,遅延損害金がいつから発生するか(遅滞の時期・起算日)を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索の現行条文,裁判例は裁判所HPの裁判例検索で確認したものを使う。
遅延損害金の利率(年3%か年5%か),自賠責保険の被害者請求,既払金の充当,遺族補償年金との調整,人身傷害保険,離婚慰謝料,重利及び課税は,それぞれ別の記事で扱う。
本記事では,これらの論点について起算日に関係する範囲で要点だけを示し,詳細は各記事へのリンクに委ねる。
全体の見取り図は,ハブ記事である遅延損害金に関するメモ書きにある。
2 結論
結論は,次の①~⑥のとおりである。
① 不法行為に基づく損害賠償債務は,催告を要することなく,損害の発生と同時に遅滞に陥る(最高裁昭和37年9月4日判決)。
② したがって,交通事故の損害賠償では,事故日から遅延損害金が発生するのが原則であり,請求の趣旨も「事故日から支払済みまで」と書く。
③ 弁護士費用の賠償債務も,不法行為の時に発生し,かつ,遅滞に陥る(最高裁昭和58年9月6日判決)。
④ 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害の賠償請求権は一個である(最高裁昭和48年4月5日判決)ので,治療費,休業損害,後遺障害逸失利益,慰謝料等の費目ごとに起算日を分けないのが実務の原則である。
⑤ これに対し,債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり,履行の請求を受けた時に遅滞に陥る(民法412条3項,最高裁昭和55年12月18日判決)。
⑥ 離婚慰謝料(離婚成立時),自賠責保険の被害者請求(請求後の「必要な期間」経過時),政府保障事業のてん補金(平成22年4月1日以後の事故は請求後の「必要な期間」経過時)等は,原則と異なる時点から遅滞となるので,第5の一覧表で確認する。
第2 不法行為は催告不要で損害発生と同時に遅滞となる
1 最高裁昭和37年9月4日判決
最高裁判所第三小法廷昭和37年9月4日判決(昭和34年(オ)第117号,民集16巻9号1834頁)は,国道上に置かれた枕木に原動機付自転車が激突して通行人が死亡した事故について,道路管理者の賠償責任が問われた事案である。
同判決は,損害賠償債務の履行遅滞による損害金の起算点について,「右賠償債務は、損害の発生と同時に、なんらの催告を要することなく、遅滞に陥るものと解するのが相当である。」と判示した。
裁判所HPの判示事項も「不法行為に基づく損害賠償債務の遅滞の時期」とされており,この判決が不法行為の遅滞時期に関する基本的な先例である。
2 民法412条3項との関係
民法412条は,債務の履行期と履行遅滞について,確定期限・不確定期限・期限の定めのない債務の3つに分けて定めている。
同条3項は,「債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。」と定める。
不法行為に基づく損害賠償債務には期限の定めがないから,同項をそのまま当てはめれば,被害者が請求した時から遅滞となりそうである。
しかし,最高裁昭和37年9月4日判決は,催告を要せず損害の発生と同時に遅滞に陥るとしており,不法行為については同項の原則によらない扱いが確立している。
3 遅滞の時期は利率の決め手にもなる
金銭債務の遅延損害金の利率について,民法419条1項本文は,「債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。」と定める。
不法行為では遅滞の時点が不法行為(損害発生)の時であるから,交通事故の遅延損害金の利率は,原則として事故日の法定利率で決まる。
事故日が令和2年3月31日以前であれば年5%,同年4月1日以後であれば年3%であり,令和8年4月1日から令和11年3月31日までに発生した事故も年3%である。
経過措置(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条3項)や法務省の法定利率一覧等の詳細は,遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直しで扱う。
第3 弁護士費用も不法行為の時から遅延損害金が発生する
1 最高裁昭和58年9月6日判決の判示
最高裁判所第三小法廷昭和58年9月6日判決(昭和55年(オ)第1113号,民集37巻7号901頁)は,交通事故の被害者が加害者側に請求した弁護士費用について,遅延損害金の起算点が争われた事案である。
同判決は,弁護士費用は被害者が弁護士に訴訟追行を委任し勝訴した場合に限って損害と認められる性質のものであるとしつつ,その余の費目の損害と同一の不法行為による身体傷害など同一利益の侵害に基づいて生じたものである場合には一個の損害賠償債務の一部を構成するとした。
その上で,「右弁護士費用につき不法行為の加害者が負担すべき損害賠償債務も、当該不法行為の時に発生し、かつ、遅滞に陥るものと解するのが相当である。」と判示した。
(1) 弁護士費用を実際に支払った日からではない
弁護士費用は,事故の後,被害者が弁護士に委任し,着手金や報酬金を支払って初めて現実の出費となる。
それでも,最高裁昭和58年9月6日判決によれば,弁護士費用の賠償債務は委任の日や支払の日からではなく,不法行為の時から遅滞に陥る。
交通事故の訴状では,弁護士費用相当額を他の損害と合算した上で,その全額に対して事故日からの遅延損害金を請求するのが通常の書き方である。
(2) 中間利息を不当に利得しないように算定する
同判決は,続けて,弁護士費用の額については,被害者が不法行為時からその支払時までの間に生ずることのありうべき中間利息を不当に利得することのないように算定すべきであると述べている。
つまり,起算日を不法行為時とする代わりに,損害として認める弁護士費用の額の側で調整するという考え方である。
同判決の事案では,原審が弁護士費用に係る損害を8万円と認め,事故後の日から完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を認めた判断が是認された。
2 弁護士費用特約で支払われた場合
弁護士費用特約により保険会社が弁護士費用を支払った場合に,加害者に請求できる弁護士費用相当額や遅延損害金がどうなるか(保険代位の範囲)は,特約の約款と個別の裁判例の検討を要する問題である。
本記事では裁判所HPで確認できた最高裁判例がないため,結論を示さない。
弁護士費用特約の一般的な内容は,弁護士費用特約を参照してほしい。
第4 損害費目ごとに起算日を分けない
1 同一の身体傷害による損害賠償請求権は一個である
最高裁判所第一小法廷昭和48年4月5日判決(昭和43年(オ)第943号,民集27巻3号419頁)は,交通事故の被害者が財産上の損害と精神上の損害(慰謝料)の賠償を請求した事案である。
同判決は,「同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。」と判示した。
同判決は,請求権と訴訟物の個数(及び一部請求と過失相殺)について判断したものであり,遅延損害金の起算日を直接判断したものではない。
しかし,最高裁昭和58年9月6日判決は,この昭和48年判決を参照判例として引いた上で,弁護士費用を含む損害が一個の損害賠償債務の一部を構成するとし,その債務全体が不法行為の時に発生し遅滞に陥るという結論を導いている。
2 費目ごとに起算日を分けないのが実務の原則
昭和37年判決,昭和48年判決及び昭和58年判決を併せて読むと,同一事故による同一の身体傷害から生じた損害は,治療費,通院交通費,休業損害,入通院慰謝料,後遺障害逸失利益,後遺障害慰謝料,弁護士費用のいずれであっても一個の損害賠償債務を構成し,その全体が事故の時に遅滞に陥ることになる。
そのため,交通事故の損害賠償請求訴訟では,費目ごとに「治療費は支払日から」「休業損害は各給料日から」といった起算日を分けず,損害の合計額に対して事故日からの遅延損害金を請求するのが実務の原則である。
元記事(ハブ記事)は,同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする損害賠償債務は一個であり,損害費目ごとに遅滞の時期が異なるものではないとした裁判例として,最高裁平成7年7月14日判決(判例秘書に掲載)を挙げている。
ただし,同判決は裁判所HPの裁判例検索では確認できなかった(裁判所HP未掲載)ため,本記事ではその判示内容を根拠として用いず,裁判所HPで確認できた昭和37年判決,昭和48年判決及び昭和58年判決から導ける範囲で説明している。
(1) 後遺障害が事故後に確定した場合
後遺障害による逸失利益や慰謝料は,症状固定や後遺障害等級の認定を経て,事故から相当の期間が経過した後に金額が定まる。
しかし,後遺障害は事故による身体傷害から生じた損害であり,原因事実と被侵害利益は治療費や入通院慰謝料と共通である。
昭和48年判決及び昭和58年判決の考え方によれば,後遺障害に関する損害も同じ一個の損害賠償債務の一部であり,症状固定日や等級認定日ではなく事故日から遅延損害金が発生すると考えられる。
(2) 被害者が事故後に死亡した場合
事故で負傷した被害者が,入院治療を経て事故の数日後や数か月後に死亡することもある。
この場合も,死亡は事故による身体傷害の結果であるから,昭和48年判決及び昭和58年判決の考え方によれば,死亡による損害を含めて事故日から遅延損害金が発生すると考えられる。
もっとも,負傷と死亡の間に別の原因が介在した場合や,損害の一部について不法行為の時点自体が異なると主張される場合には,昭和48年判決の射程(同一事故・同一の身体傷害といえるか)を個別に検討する必要がある。
この点を正面から判断した最高裁判例は,裁判所HPでは確認できなかった。
3 物損と人損が同じ事故で生じた場合
同じ交通事故で車両の損傷(物損)と身体の傷害(人損)が生じた場合も,いずれの損害賠償債務も最高裁昭和37年9月4日判決により損害の発生(事故)の時に遅滞に陥るから,起算日はいずれも事故日となる。
なお,昭和48年判決は同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害について請求権が一個であるとしたものであり,物損と人損の請求権が一個であるかどうかまで判断したものではない。
物損を先に示談し,人損を後で請求する場合でも,それぞれ事故日から遅延損害金が発生するという点は変わらない。
第5 類型別の起算日一覧
1 一覧表
不法行為の原則(事故日・不法行為時)と,それと異なる時点から遅滞となる主な類型は,次のとおりである。
| 類型 | 遅滞の時期(遅延損害金の起算点) | 根拠 | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 交通事故その他の不法行為(人損・物損) | 損害の発生(事故)の時 | 最高裁昭和37年9月4日判決 | 本記事第2 |
| 弁護士費用 | 不法行為の時 | 最高裁昭和58年9月6日判決 | 本記事第3 |
| 同一事故・同一の身体傷害による各費目 | 費目を分けず事故の時 | 最高裁昭和48年4月5日判決,最高裁昭和58年9月6日判決 | 本記事第4 |
| 離婚に伴う慰謝料 | 離婚の成立時 | 最高裁令和4年1月28日判決 | 離婚慰謝料の遅延損害金はいつから発生するか |
| 共同不法行為者間の求償 | 原審は支払催告の日の翌日からとし,最高裁はこれを是認したにとどまる | 最高裁平成10年9月10日判決 | 本記事第5の2 |
| 自賠責保険会社に対する被害者請求(自賠法16条1項) | 請求後,事故及び損害賠償額の確認に必要な期間が経過した時(平成22年4月1日以後の事故。それ以前の事故は請求時) | 自賠法16条の9第1項,最高裁平成30年9月27日判決 | 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金 |
| 政府保障事業のてん補金(自賠法72条1項1号・2号) | 平成22年4月1日以後の事故は請求後,事故及び塡補すべき損害の金額の確認に必要な期間が経過した時(同年3月31日以前の事故は請求を受けた時) | 自賠法73条の2第1項,最高裁平成17年6月2日判決 | 本記事第5の2 |
| 人身傷害保険金の支払後の加害者への請求 | 起算日は事故日のまま,保険会社は約款に定めがない限り元本だけを代位取得 | 最高裁平成24年2月20日判決 | 人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか |
| 債務不履行(安全配慮義務違反等)に基づく損害賠償 | 履行の請求を受けた時 | 民法412条3項,最高裁昭和55年12月18日判決 | 本記事第6 |
| 契約上の金銭債務 | 確定期限は期限到来時,不確定期限は請求時又は期限到来を知った時の早い方(令和2年4月1日以後に生じた債務),期限の定めがなければ請求時 | 民法412条1項~3項 | 本記事第6 |
2 原則と異なる類型の補足
(1) 離婚慰謝料と自賠責保険の被害者請求
最高裁判所第二小法廷令和4年1月28日判決(令和2年(受)第1765号,民集76巻1号78頁)は,離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務は,離婚の成立時に遅滞に陥るとした。
個別の有責行為(暴力や不貞行為等)そのものを理由とする慰謝料との区別や請求の趣旨の書き方は,離婚慰謝料の遅延損害金はいつから発生するか―離婚成立時とした最高裁令和4年1月28日判決と請求の趣旨の書き方で扱う。
自賠責保険会社は,自賠法16条の9第1項により,「保険会社は、第十六条第一項の規定による損害賠償額の支払の請求があつた後、当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは、遅滞の責任を負わない。」とされている。
したがって,加害者本人に対する請求と異なり,自賠責保険会社に対する被害者請求の遅延損害金は事故日からは発生しない。
「必要な期間」の意味(最高裁平成30年9月27日判決)や,自賠責保険会社を被告とする訴訟の実益は,自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益で扱う。
(2) 政府保障事業のてん補金
最高裁判所第一小法廷平成17年6月2日判決(平成16年(受)第29号,民集59巻5号901頁)は,自賠責保険の契約が締結されていない自動車による死亡事故の被害者の相続人が,政府保障事業に損害のてん補を請求した事案である。
同判決は,自賠法72条1項後段の規定による損害のてん補額の支払義務は,期限の定めのない債務として発生し,民法412条3項の規定により政府が被害者から履行の請求を受けた時から遅滞に陥るとした。
同判決の事案では,てん補を請求した日の翌日から遅延損害金が発生するとした原審の判断が是認されている。
同判決は,当時の自賠法72条1項後段(現行の同項2号)に関するものである。
その後,平成20年法律第57号により自賠法73条の2が新設され,平成22年4月1日以後の事故では,政府は,請求後,事故及び塡補すべき損害の金額の確認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞の責任を負わない。
政府保障事業の手続は,政府保障事業と無保険車傷害特約-ひき逃げ・無保険事故の補償と請求手続を参照してほしい。
(3) 共同不法行為者間の求償
最高裁判所第一小法廷平成10年9月10日判決(平成9年(オ)第448号,民集52巻6号1494頁)は,共同不法行為者の一人が被害者との訴訟上の和解に基づいて和解金を支払い,他の共同不法行為者の使用者に求償した事案である。
同判決の判示事項は,訴訟上の和解における債務の免除の効力と求償金額の算定であり,遅延損害金の起算点については,原審が支払催告の日の翌日からとした判断を「正当として是認することができる」と述べたにとどまる。
そのため,同判決を「求償債務は支払催告の日の翌日から遅滞となる」という一般論を最高裁が判示した先例として扱うことはできない。
求償関係の全体は,共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償を参照してほしい。
(4) 人身傷害保険金を受け取った場合
人身傷害保険金を受け取っても,加害者に対する損害賠償債務の遅滞の時期(事故日)自体は変わらない。
問題になるのは,保険金を支払った保険会社が被害者の損害賠償請求権のどの部分を代位取得するかである。
最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決(平成21年(受)第1461号,民集66巻2号742頁)は,遅延損害金を支払う旨の定めがない人身傷害条項に基づき保険金を支払った保険会社は,損害金元本の支払請求権を代位取得し,遅延損害金の支払請求権は代位取得しないとした。
被害者の手元に残る遅延損害金の請求の仕方は,人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲で扱う。
(5) 労災保険の年金等を受け取った場合
労災保険の遺族補償年金等を受け取った場合,それが遅延損害金に充当されるのか,元本と調整されるのかによって,最終的に請求できる遅延損害金の額が大きく変わる。
最高裁大法廷平成27年3月4日判決は,遺族補償年金について,特段の事情のない限り,その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすべきであるとした。
これは起算日そのものではなく元本との調整の問題であるので,詳細は遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金―不法行為時に塡補されたとみる最高裁大法廷平成27年3月4日判決に委ねる。
自賠責保険金や任意保険の既払金の充当は,交通事故の既払金は元本と遅延損害金のどちらに充当されるか―自賠責保険金と任意保険の支払の違いで扱う。
第6 債務不履行に基づく損害賠償との対比
1 債務不履行は履行の請求を受けた時から遅滞となる
最高裁判所第一小法廷昭和55年12月18日判決(昭和51年(オ)第1089号,民集34巻7号888頁)は,雇用契約上の安全保証義務(安全配慮義務)違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求の事案である。
同判決は,「債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきである」と判示した。
同判決の事案では,原告らは事故発生の翌日からの遅延損害金を請求していたが,債務不履行の主張を初めて記載した準備書面が相手方代理人に交付された日に遅滞に陥ったとされ,その翌日以降の遅延損害金が認められた。
2 同じ事故でも請求の根拠によって起算日が変わる
労働災害や医療事故のように,同じ事実関係について不法行為と債務不履行(安全配慮義務違反や診療契約上の義務違反)の両方を主張できる場面がある。
この場合,不法行為構成なら事故日から,債務不履行構成なら履行の請求(訴状送達等)の時から遅滞となるので,遅延損害金の額に差が生じる。
最高裁昭和55年12月18日判決も,原審が認容したのが不法行為ではなく債務不履行に基づく請求であったことを前提に,事故発生の翌日からの遅延損害金を認めなかったものである。
両方を主張する場合には,主位的・予備的の関係や,それぞれの請求について起算日を書き分けるかどうかを意識して請求の趣旨と請求原因を整理する必要がある。
3 契約上の金銭債務
売買代金や貸金の返還のような契約上の金銭債務は,民法412条の区分に従って遅滞の時期が決まる。
確定期限がある債務は期限の到来した時から(同条1項),不確定期限がある債務は期限の到来した後に履行の請求を受けた時又は期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から(同条2項),期限の定めがない債務は履行の請求を受けた時から(同条3項),それぞれ遅滞の責任を負う。
遅延損害金の利率は,約定利率が法定利率を超えるときは約定利率により(民法419条1項ただし書),そうでなければ遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率による。
第7 請求の趣旨の書き方
1 交通事故の損害賠償請求
交通事故の損害賠償請求訴訟では,事故日を起算日として,例えば次のように請求の趣旨を書く。
「被告は,原告に対し,1,100万円及びこれに対する令和7年5月1日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。」
この例では,令和7年5月1日が事故日であり,1,100万円は弁護士費用相当額を含む損害の合計額から既払金等を控除した後の請求額である。
事故日が令和2年3月31日以前の事故であれば,利率は年5パーセントとなる。
自賠責保険金等の既払金を遅延損害金に充当した上で元本の残額を計算する場合には,請求の趣旨の元本額や起算日の書き方が変わることがあるので,交通事故の既払金は元本と遅延損害金のどちらに充当されるか―自賠責保険金と任意保険の支払の違いを参照してほしい。
2 債務不履行構成の場合
債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には,履行の請求を受けた日の翌日を起算日とし,訴状で初めて請求するときは,例えば次のように書く。
「被告は,原告に対し,1,100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。」
訴訟前に内容証明郵便等で請求している場合には,その請求が到達した日の翌日を起算日とすることもできる。
3 離婚慰謝料
離婚に伴う慰謝料は離婚の成立時に遅滞に陥るため,事故日型の書き方とは異なり,離婚の成立時を基準に起算日を書くことになる。
具体的な書き方は,離婚慰謝料の遅延損害金はいつから発生するかで扱う。
第8 計算例
1 計算の方法
遅延損害金は,元本×年利率×日数÷365日で計算する。
本記事の計算例は,いずれも年3%,1年を365日とする日割りで計算し,1円未満は切り捨てている。
2 元本1,000万円の場合
(1) 1年分(365日分)の場合
元本1,000万円,年3%,遅延損害金の対象日数が365日の場合,遅延損害金は次のとおりである。
1,000万円×0.03×365日÷365日=30万円
(2) 700日分の場合
元本1,000万円,年3%,事故日から支払日までの対象日数が700日の場合,遅延損害金は次のとおりである。
1,000万円×0.03×700日÷365日=575,342円(1円未満切捨て)
支払日に支払うべき額は,元本と合わせて10,575,342円となる。
3 弁護士費用を加えた場合
上記2の700日分の事案で,弁護士費用相当額100万円を加えて元本を1,100万円とした場合も,弁護士費用部分を含めて事故日から計算する。
1,100万円×0.03×700日÷365日=632,876円(1円未満切捨て)
弁護士費用部分だけの遅延損害金は,100万円×0.03×700日÷365日=57,534円(1円未満切捨て)であり,委任日や支払日を起算日とする計算はしない。
4 起算日を誤った場合の差
仮に,事故日から1年後に訴状が送達された事案で,誤って訴状送達の日の翌日を起算日としてしまうと,上記2の700日分の事案では対象日数が約365日短くなる。
その結果,元本1,000万円・年3%の場合で約30万円の遅延損害金を請求し損ねることになる。
示談案の検討でも,遅延損害金が含まれているかどうか,含まれているとしてどの日から計算されているかを確認する必要がある。
第9 関連記事
本記事と併せて読むと理解しやすい記事は,次のとおりである。
① ハブ記事:遅延損害金に関するメモ書き
② 遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直し
③ 遺族補償年金・遺族厚生年金と遅延損害金―不法行為時に塡補されたとみる最高裁大法廷平成27年3月4日判決
④ 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益
⑤ 交通事故の既払金は元本と遅延損害金のどちらに充当されるか―自賠責保険金と任意保険の支払の違い
⑥ 人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲
⑦ 離婚慰謝料の遅延損害金はいつから発生するか―離婚成立時とした最高裁令和4年1月28日判決と請求の趣旨の書き方
⑧ 不法行為の遅延損害金は元本に組み入れられるか―民法405条の重利を否定した最高裁令和4年1月18日判決
⑨ 共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償
⑩ 政府保障事業と無保険車傷害特約-ひき逃げ・無保険事故の補償と請求手続
⑪ 保険会社から届いた交通事故の示談案の見方――慰謝料・休業損害・逸失利益・既払金・過失割合・清算条項の確認
⑫ 弁護士費用特約
第10 出典・参考資料
1 法令
① 民法412条,419条,709条(e-Gov法令検索)
② 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条3項
③ 自動車損害賠償保障法16条1項,16条の9第1項,72条1項(e-Gov法令検索)
2 裁判例
① 最高裁判所第三小法廷昭和37年9月4日判決(昭和34年(オ)第117号,民集16巻9号1834頁)裁判所HP
② 最高裁判所第一小法廷昭和48年4月5日判決(昭和43年(オ)第943号,民集27巻3号419頁)裁判所HP
③ 最高裁判所第一小法廷昭和55年12月18日判決(昭和51年(オ)第1089号,民集34巻7号888頁)裁判所HP
④ 最高裁判所第三小法廷昭和58年9月6日判決(昭和55年(オ)第1113号,民集37巻7号901頁)裁判所HP
⑤ 最高裁判所第一小法廷平成10年9月10日判決(平成9年(オ)第448号,民集52巻6号1494頁)裁判所HP
⑥ 最高裁判所第一小法廷平成17年6月2日判決(平成16年(受)第29号,民集59巻5号901頁)裁判所HP
⑦ 最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決(平成21年(受)第1461号,民集66巻2号742頁)裁判所HP
⑧ 最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決(平成24年(受)第1478号,民集69巻2号178頁)裁判所HP
⑨ 最高裁判所第一小法廷平成30年9月27日判決(平成29年(受)第659号,民集72巻4号432頁)裁判所HP
⑩ 最高裁判所第二小法廷令和4年1月28日判決(令和2年(受)第1765号,民集76巻1号78頁)裁判所HP
⑪ 最高裁平成7年7月14日判決(判例秘書に掲載,裁判所HP未掲載,本記事では判示内容の根拠として用いていない)