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交通事故後のPTSD・うつ状態の後遺障害等級-9級・12級・14級の認定基準(AI作成)

第1 結論の要旨と本記事の対象

1 本記事の対象と基準日

(1) 対象とする障害

本記事は,交通事故の後に,心的外傷後ストレス障害(PTSD),うつ状態,不安の状態等の精神症状が残った場合に,自賠責保険でどの後遺障害等級に当たるか,その等級が損害賠償の場面でどのように扱われるかを整理するものである。
対象は,脳の器質的損傷を伴わない精神障害(非器質性精神障害)であり,頭部外傷による脳の損傷を原因とする高次脳機能障害は対象外である。

(2) 基準日と資料の性質

本記事は令和8年9月18日現在の情報に基づく。
自動車損害賠償保障法施行令(以下「自賠法施行令」という。)と労働者災害補償保険法施行規則(以下「労災則」という。)の条文は同日にe-Gov法令検索で確認し,厚生労働省の認定基準の通達と自賠責保険の支払基準も同日に原文を確認した。
解説の骨格は,小松初男・小林覚・西本邦男編『後遺障害入門 認定から訴訟まで』(青林書院,平成30年。以下「本」という。)120頁~140頁に依拠しているが,等級,号数及び認定基準は一次資料で確かめたものだけを記載している。
本に紹介された下級審裁判例は,裁判所ウェブサイトで判決を確認できなかったため,個別の判決名を挙げずに傾向として説明する。

2 結論の要旨

(1) 等級は9級・12級・14級の3段階であること

非器質性精神障害は,平成15年8月8日基発第0808002号の認定基準により,障害の程度に応じて原則として9級,12級又は14級の3段階で評価される。
自賠責保険では,自賠法施行令別表第二の9級10号,12級13号又は14級9号に当たるかが判断される。
認定には,抑うつ状態等の精神症状が1つ以上残り,かつ,8つの能力に関する判断項目の1つ以上に障害が認められることが必要である。

(2) 損害賠償の場面での扱い

非器質性精神障害は,症状の改善が見込まれることを認定基準自体が前提にしているため,訴訟では労働能力喪失期間が限定されやすい。
また,PTSDの診断名が付いていても,裁判所は診断基準の要件を慎重に見る傾向があり,PTSDが否定されても非器質性精神障害として後遺障害が認められることがある。
心因的な素因が損害の拡大に寄与した場合には,最高裁昭和63年4月21日判決の準則により賠償額が減額されることがある。

第2 非器質性精神障害の意味と認定基準の変遷

1 脳の器質的損傷を伴わない精神障害

(1) 認定基準の定義

平成15年の認定基準は,「脳の器質的損傷を伴わない精神障害」を「非器質性精神障害」と呼んでいる。
本も,非器質性精神障害を,脳組織に器質的異常(傷や損傷)が確認できないものの,異常な精神状態が発生している状態と説明している(本120頁)。
PTSD,うつ病,不安障害等がこれに当たり,PTSDは非器質性精神障害の一種である(本122頁)。

(2) 高次脳機能障害との区別

同じ認定基準は,脳の器質的損傷に基づく精神障害を「高次脳機能障害」(器質性精神障害)と位置付け,意思疎通能力,問題解決能力,作業負荷に対する持続力・持久力及び社会行動能力の4能力の喪失の程度で評価している。
高次脳機能障害は,脳の器質的病変に基づくものであるから,MRI,CT等によりその存在が認められることが必要とされている。
これに対し,非器質性精神障害には画像上の異常所見がないことが前提であり,後に述べる精神症状と能力の判断項目で評価される。
頭部外傷後に記憶や判断の障害が残った場合に,脳の損傷を原因とする高次脳機能障害として主張するか,非器質性精神障害として主張するかで,要件も等級の上限も異なる。
高次脳機能障害の立証については,高次脳機能障害で後遺障害等級7級4号を認定してもらうための具体的な主張立証方法で説明している。

2 平成15年の認定基準による3段階化

(1) 改正前は外傷性神経症として14級にとどまっていたこと

平成15年の改正前の労災の認定基準は,非器質性精神障害の後遺障害について外傷性神経症のみを想定していた。
本によれば,かつての自賠責保険の実務では,器質性の損傷を伴わない障害は,交通事故によるものと認められる場合でも,外傷性神経症として14級が認められるにとどまっていた(本120頁)。

(2) 平成15年の改正の内容

厚生労働省労働基準局長は,平成15年8月8日基発第0808002号「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」により,神経系統の機能又は精神の障害に関する認定基準を改めた。
同通達は,改正の理由として,うつ病やPTSD等の精神障害の労災認定の増加傾向に鑑み,非器質性精神障害の後遺障害一般に関して適用する基準を設定したと説明している。
そして,「抑うつ状態」等の精神症状が認められるものについて,能力に関する判断項目の障害の程度に応じて,原則として9級・12級・14級の3段階で障害等級を認定することとした。
労災保険では,改正後の認定基準は平成15年10月1日以降に支給事由が生じたものに適用される。

(3) 自賠責保険への反映

本によれば,この改正に準じて自賠責保険の実務での認定も同様に変更され,現在に至っている(本120頁)。
自賠責保険の支払基準が等級の認定を労災の認定基準に準じて行うとしていることは,第3の2で説明する。

第3 自賠責保険の等級表と認定基準の関係

1 自賠法施行令別表第二の3つの号

(1) 等級表の文言

非器質性精神障害の3段階に対応する自賠法施行令別表第二と労災則別表第一の号は,次のとおりである。
保険金額は自賠法施行令別表第二,労働能力喪失率は自賠責保険の支払基準の別表Ⅰによる。

等級自賠責の号等級表の文言労災の号保険金額労働能力喪失率
9級9級10号神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの9級の7の2616万円35%
12級12級13号局部に頑固な神経症状を残すもの12級の12224万円14%
14級14級9号局部に神経症状を残すもの14級の975万円5%

(2) 12級と14級は「局部の神経症状」の号で評価されること

9級10号は「神経系統の機能又は精神に障害を残し」という精神の障害を含む文言である。
これに対し,12級と14級は,むち打ち症等の局部の神経症状と同じ号(自賠責の12級13号と14級9号)で評価される。
平成15年の認定基準も,非器質性精神障害の12級を労災の「第12級の12」,14級を労災の「第14級の9」としており,いずれも労災則別表第一の局部の神経症状の号である。
局部の神経症状としての14級9号と12級13号の違いは,後遺障害14級9号でも画像所見はあるのかで説明している。

2 支払基準と号数の読み方

(1) 労災の認定基準に準じて認定されること

自賠責保険の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)第3は,「等級の認定は、原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行う。」と定めている。
そのため,非器質性精神障害の等級の中身は,平成15年の認定基準によって確認することになる。

(2) 自賠責と労災の号数の違いと旧号数

自賠責の9級10号は労災の9級の7の2に,自賠責の12級13号は労災の12級の12に,それぞれ対応しており,号数が一致しない。
また,平成16年6月30日以前に発生した事故には,平成16年政令第315号による改正前の等級表が適用され,局部の神経症状の号は12級12号と14級10号であった。
本が紹介する平成10年代の裁判例に「14級10号」とあるのは,この旧号数である。
号数の対応と旧号数の読替えは,後遺障害等級の号数の読み方で説明している。

第4 認定の要件-精神症状6類型と能力に関する判断項目8つ

1 二つの要件

(1) 精神症状と能力の障害の双方が必要であること

平成15年の認定基準は,非器質性精神障害の後遺障害が存しているというためには,精神症状のうち1つ以上の精神症状を残し,かつ,能力に関する判断項目のうち1つ以上の能力について障害が認められることを要するとしている。
診断名が付いているだけでは足りず,どのような精神症状が残り,それによって日常生活や仕事のどの能力がどの程度妨げられているかが問われる。

(2) 障害の程度は療養中の状態も踏まえて判断されること

認定基準の医学的事項(別添2)は,症状固定の時期にあっても症状や能力低下に変動がみられることがあるとし,その場合には良好な場合のみ,あるいは悪化した場合のみをとらえて判断することなく,療養中の状態から判断して障害の幅を踏まえて判断するのが適当としている。
そのため,症状固定時の一時点の状態だけでなく,治療経過全体の記録が意味を持つ。

2 精神症状6類型

認定基準が挙げる精神症状は,次の6つである。
①抑うつ状態
②不安の状態
③意欲低下の状態
④慢性化した幻覚・妄想性の状態
⑤記憶又は知的能力の障害
⑥その他の障害(衝動性の障害,不定愁訴など)

別添2は,それぞれの内容を説明している。
例えば,抑うつ状態は,持続するうつ気分,何をするのもおっくうになる,それまで楽しかったことに対して楽しいという感情がなくなる等の状態であり,不安の状態は,全般的不安や恐怖,心気症,強迫など強い不安が続き,強い苦悩を示す状態である。
記憶の障害としては,解離性(心因性)健忘が挙げられている。
その他の障害には,多動,衝動行動,徘徊,身体的な自覚症状や不定愁訴などが含まれる。

3 能力に関する判断項目8つ

(1) 8つの項目

認定基準が挙げる能力に関する判断項目は,次の8つである。
①身辺日常生活
②仕事・生活に積極性・関心を持つこと
③通勤・勤務時間の遵守
④普通に作業を持続すること
⑤他人との意思伝達
⑥対人関係・協調性
⑦身辺の安全保持,危機の回避
⑧困難・失敗への対応

(2) 各項目で見られること

別添2によれば,身辺日常生活は入浴や更衣など清潔保持を適切にできるか,規則的に十分な食事をすることができるかで判定し,通勤・勤務時間の遵守は規則的な通勤や約束時間の遵守が可能かどうかで判定する。
困難・失敗への対応は,新たなストレスを受けたときにひどく緊張したり混乱したりすることなく対処できるかを判断するものである。
各項目は,能力の有無と,必要となる助言・援助の程度(「時に」必要か「しばしば」必要か)で評価される。

4 就労意欲による区分

(1) 就労している者又は就労の意欲のある者

現に就労している者又は就労の意欲はあるものの就労はしていない者については,精神症状が1つ以上認められる場合に,8つの判断項目の各々について,その有無及び助言・援助の程度により等級を認定する。
特定の職種について就労の意欲のある者も,こちらに含まれる。

(2) 就労意欲の低下又は欠落により就労していない者

職種に関係なく就労意欲の低下又は欠落が認められ,就労していない者については,身辺日常生活が可能である場合に,身辺日常生活の支障の程度により等級を認定する。

第5 9級・12級・14級の具体的基準

1 労災の認定基準の3段階

(1) 基準の一覧

平成15年の認定基準が定める3段階の基準は,次のとおりである。

等級認定基準の表現就労している者又は就労の意欲のある者就労意欲の低下又は欠落により就労していない者
9級(自賠責の9級10号)就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの判断項目②~⑧のいずれか1つの能力が失われているもの,又は判断項目の4つ以上についてしばしば助言・援助が必要なもの身辺日常生活について時に助言・援助を必要とするもの
12級(自賠責の12級13号)多少の障害を残すもの判断項目の4つ以上について時に助言・援助が必要なもの身辺日常生活を適切又は概ねできるもの
14級(自賠責の14級9号)軽微な障害を残すもの判断項目の1つ以上について時に助言・援助が必要なもの区分なし

(2) 認定基準が挙げる例

認定基準は,9級の例として「対人業務につけない」ことによる職種制限が認められる場合を挙げている。
12級の例は「職種制限は認められないが、就労に当たりかなりの配慮が必要である」場合,14級の例は「職種制限は認められないが、就労に当たり多少の配慮が必要である」場合である。
9級と12級の分かれ目は,判断項目のいずれかの能力が失われているか,助言・援助が「しばしば」必要か「時に」必要かにある。

2 日常生活上の支障に着目する考え方

(1) 著しい支障・頻繁な支障・時々の支障

労災の認定基準は就労する労働者を対象とするため,「労務」や「就労」を基準にしている。
本によれば,自賠責保険は幼児,学生,主婦,高齢者等の非就労者も対象とするため,日常生活上の支障に着目し,非器質性精神障害のため日常生活において著しい支障が生じる場合を9級,頻繁に支障が生じる場合を12級,時々支障が生じる場合を14級とする考え方が用いられているとされる(本121頁)。
労災の認定基準も,交通事故の等級認定の実務で該当性を判断する際の参考とされている(本121頁)。
もっとも,この著しい支障・頻繁な支障・時々の支障という区分は,国土交通省・金融庁の支払基準,損害保険料率算出機構及び自賠責保険・共済紛争処理機構の公表資料には見当たらず,本記事では公表された基準としては確認できていない。
公表資料で確認できるのは,支払基準が等級の認定を原則として労災の認定基準に準じて行うとしていること,及び非器質性精神障害に該当する可能性がある事案が,精神科専門医等で構成される自賠責保険(共済)審査会の非器質性精神障害専門部会で審査されること(損害保険料率算出機構「自賠責保険(共済)損害調査のしくみ」令和8年4月改訂版)である。

(2) 専業主婦や学生の場合

専業主婦や学生では,通勤・勤務時間の遵守等の項目を仕事の場面で示すことができない。
そのため,家事や通学,買物,人付き合い等の日常生活で,どの程度の頻度で支障が出ているかを具体的に示すことが重要になる。

第6 症状固定と永久残存性の例外

1 改善が見込まれることを前提にした認定基準

(1) 認定基準の記載

平成15年の認定基準は,非器質性精神障害について,症状が重篤であっても将来において大幅に症状の改善する可能性が十分にあるという特質があると注記している。
また,業務による心理的負荷を原因とする非器質性精神障害は,心理的負荷を取り除き,適切な治療を行えば,多くの場合概ね半年~1年,長くても2~3年の治療により完治するのが一般的であるとも記載している。
この記載は業務上の精神障害についてのものであるが,非器質性精神障害一般の特質として,交通事故の場面でも損害賠償の議論に影響している。

(2) 重い症状が残る場合は原則として療養を継続すること

認定基準は,判断項目①の能力が失われている者,又は判断項目②~⑧のいずれか2つ以上の能力が失われている者のように重い症状を有する者については,症状に大きな改善が認められない状態に一時的に達した場合でも,原則として療養を継続するとしている。
十分な治療を行ってもなお改善の見込みがなく症状が固定しているときに限り,障害等級を認定し,その場合の認定は認定基準によらず本省に協議の上で行うとしている。
3段階の上限が原則として9級とされているのは,重い症状はまだ症状固定に至っていないと扱う考え方によるものと考えられる。

2 永久残存性との関係

(1) 後遺障害は将来も回復が困難なものが原則であること

本によれば,労災の障害等級認定基準は,障害補償の対象を,傷病がなおったときに残存する,将来においても回復が困難と見込まれる精神的又は身体的なき損状態としており,この点が永久残存性と呼ばれ,自賠責保険の後遺障害認定実務でも要件とされている(本4頁)。

(2) 非器質性精神障害は例外であること

これに対し,非器質性精神障害については,症状の改善が見込まれることを認定基準自体が前提としていることから,永久残存性が認められなくとも後遺障害として認定され得る(本4頁~5頁)。
この特質が,第8で説明する労働能力喪失期間の限定につながっている。

第7 PTSDの診断基準と裁判実務

1 PTSDとは

(1) 意味と特徴

PTSDは,Post Traumatic Stress Disorderの略称であり,「心的外傷後ストレス障害」と訳される。
本は,その特徴を,強烈な恐怖体験(心的外傷体験)により心に大きな傷を負い,持続的再体験症状(フラッシュバック),持続的覚醒亢進症状及び持続的回避症状の「三大特徴」が発生し,社会生活・日常生活に支障をきたす疾患と説明している(本122頁)。

(2) 交通事故で問題になり始めた経緯

本によれば,平成10年に地方裁判所がPTSDを認めて後遺障害等級7級相当と認定した判決が現れたことを契機として,いわゆるPTSD論争が始まり,非器質性精神障害の評価の見直しにつながった(本120頁)。
この判決は裁判所ウェブサイトに掲載されておらず,本記事では判決本文を確認していない。

2 診断基準の現行版

(1) DSMとICD

PTSDの一般的な診断基準には,米国精神医学会の「精神疾患の診断・統計マニュアル」(DSM)と,世界保健機関(WHO)の「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(ICD)がある。
本(平成30年刊)は,DSM-ⅣとDSM-5(2013年)及び平成2年(1990年)採択のICD-10を取り上げている(本123頁)。

(2) 現在の版

DSMについては,2022年3月に米国精神医学会がDSM-5のテキスト改訂版であるDSM-5-TRを刊行し,日本精神神経学会が日本語版用語監修をした日本語版が令和5年(2023年)6月に医学書院から発行されている。
ICDについては,厚生労働省によれば,第11回改訂版(ICD-11)が令和元年(2019年)5月に世界保健総会で採択され,令和4年(2022年)1月1日に発効した。
我が国の公的統計では,令和9年(2027年)からICD-11に準拠した統計分類が施行される予定である。
現在の診断書では,これらの新しい版に基づく診断名や基準が用いられることがある。

3 裁判実務における4要件

(1) 裁判例が重視してきた4要件

本によれば,裁判例は,DSM-Ⅳ及びICD-10が示す次の4要件を中心にPTSDの成否を判断してきた(本127頁)。
①強烈な外傷体験(自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験したこと)
②再体験症状(外傷的な出来事が継続的に再体験されていること)
③回避症状(外傷と関連した刺激を持続的に回避すること)
④覚醒亢進症状(持続的な覚醒亢進症状があること)

DSM-5では,強烈な外傷体験の基準がより具体化されるとともに,回避の基準が2つに分けられるなどの改訂が行われたが,主要な内容は旧基準とほぼ同じとされている(本123頁)。

(2) 要件を厳格に見る傾向

本によれば,初期の裁判例には主治医の診断書や鑑定意見を尊重してPTSDを認めたものがあったが,東京地方裁判所の平成14年の判決が4要件を厳格に適用すべきであるとしてPTSDを否定したことが転機となり,それ以降,民事交通事故の裁判ではPTSDについて慎重な判断がされるようになった(本127頁)。
本の刊行時点では,PTSDを否定する判決がほとんどであり,認める判決はごく少数とされている(本127頁~128頁)。
本が紹介する否定例では,事故の態様や受傷の程度から強烈な外傷体験に当たらないとされたもの,事故後も自動車やバイクに乗っていたことから回避症状が否定されたものが目立つ。
これらの判決は裁判所ウェブサイトに掲載されておらず,本記事では個別の判決名を挙げない。

(3) PTSDでなくても非器質性精神障害として等級が認められ得ること

本によれば,PTSDを否定した判決も,非器質性精神障害を一律に14級と評価すべきとしたわけではなく,PTSDを否定しつつ何らかの非器質性精神障害を後遺障害として認め,9級や12級を認定した裁判例もある(本128頁)。
また,後遺障害等級の認定は,診断名を参考にしながら症状,経過及び日常の生活状況から判断すれば足りるとする考え方が紹介されている(本129頁)。
したがって,実務上は,PTSDに当たるかどうかよりも,精神症状がどの程度深刻で,どの程度継続するかを立証することが重要である(本129頁)。
ただし,自賠責保険で12級や9級が認定されることは容易ではなく,裁判でも自賠責保険の認定が尊重される傾向にあるとされている(本128頁)。

第8 逸失利益・慰謝料と素因減額

1 労働能力喪失率と労働能力喪失期間

(1) 労働能力喪失率

自賠責保険の支払基準の別表Ⅰ(労働能力喪失率表)は,9級を35%,12級を14%,14級を5%としている。

(2) 労働能力喪失期間が限定されやすいこと

本によれば,PTSDについては比較的短期間で回復するとの医学的見解が多く,その他の外傷性神経症も比較的短期間に軽快ないし治癒に至ると認定される場合が多い(本129頁)。
そのため,非器質性精神障害を認める裁判例は,7級や9級を認めるものでも就労可能年齢までの逸失利益を認めるものは極めて少なく,9級や12級で10年程度,14級で3年又は5年程度という傾向が見られる(本129頁)。
被害者側としては,精神障害が長期化する可能性がある場合には,その旨の医師の意見書等を提出して立証に努めることになる(本129頁)。
逸失利益の計算と基礎収入の立証は,交通事故の後遺障害逸失利益-減収のない会社員・家事従事者・自営業者の立証と計算で説明している。

2 後遺障害慰謝料

(1) 自賠責保険の支払基準

令和2年4月1日以後に発生した事故について,自賠責保険の支払基準(自賠法施行令別表第二の場合)は,後遺障害慰謝料を9級249万円,12級94万円,14級32万円としている。
この額は,自賠責保険から支払われる保険金の算定に用いられるものであり,訴訟で認められる慰謝料の額とは異なる。

(2) 訴訟で用いられる基準

公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』(いわゆる赤い本)は,後遺症慰謝料の基準額を,9級690万円,12級290万円,14級110万円としている。
本が引用する2018年版と2026年版とで,これらの額は変わっていない。

3 心因的素因による減額

(1) 最高裁昭和63年4月21日判決の準則

最高裁昭和63年4月21日判決(民集42巻4号243頁)は,身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の事情を斟酌することができると判示した。
減額には,①当該加害行為によって通常発生する程度,範囲を超える損害であること,②その損害の拡大に被害者の心因的要因が寄与していること,という2つの要件が必要になる(本130頁)。

(2) 非器質性精神障害での考え方

本によれば,PTSDその他の非器質性精神障害では,被害者の心因反応を惹起しやすい素因が競合して発症したり治療が長引いたりする例が多く,一定割合の素因減額を行う裁判例が少なくない(本130頁)。
他方で,本は,相当な身体傷害を負う事故に遭った被害者に何らかの精神的な障害が生じることはむしろ正常であると解する余地もあり,安易な素因減額は行うべきではないとし,真にPTSDと認められる場合には異常な事態における心理的反応であるから素因減額を認めるべきではなく,PTSDとまでは認められない精神障害については,昭和63年判決の基準に従い,通常発生する程度,範囲を超える損害である場合に限り素因減額が認められるとする見解を紹介している(本130頁)。

(3) 被害者側が主張立証すべき事項

本は,加害者側から素因減額が主張された場合に,被害者側が主張立証すべき事項として,次の3つを挙げている(本131頁)。
①事故が被害者の心身に与えた衝撃が強烈なものであり,そのような事故により精神障害が発生することが通常であるといえること
②事故以前に,被害者にそのような精神障害が発現したことはないこと
③事故以外に,精神障害が発症するようなストレスを生じる環境変化がないこと

事故前の精神科・心療内科の受診歴,家族の病気や死別,職場の問題等は,素因減額や事故との因果関係の争点として加害者側から指摘されやすい。
素因減額の要件と計算方法は,素因減額の要件・判例・主張立証と計算方法で説明している。

第9 請求・立証の実務

1 精神科医による診療と後遺障害診断書

(1) 精神科医による診療が必要であること

本は,非器質性精神障害について自賠責保険の等級認定を受けるためには,精神科医による診療が必要となる点に留意する必要があるとしている(本111頁)。
整形外科だけに通院している間に不眠,抑うつ気分,事故の場面の想起等が続いている場合は,早い段階で精神科又は心療内科を受診し,症状と治療の経過を記録に残しておくことが重要である。

(2) 診断書・意見書に書いてもらう事項

後遺障害診断書では,診断名だけでなく,残存する精神症状が6類型のどれに当たるか,8つの判断項目のそれぞれについて助言・援助がどの程度必要か,治療の経過と症状の変動の幅を具体的に記載してもらうことが望ましい。
平成15年の通達は,労災保険で非器質性精神障害の障害の状態を主治医に照会する様式(様式3)を定めており,認定基準に沿った記載の項目を考える際の参考になる。
本は,PTSDを主張する場合には,自賠責保険の段階から,認定基準を満たしていることを本人の具体的な症状を指摘して診断する専門医の診断書又は意見書が不可欠であるとしている(本129頁)。

2 他の障害が否定された場合と認定結果への対応

(1) 脊髄損傷や局部の神経症状が否定された場合

本によれば,脊髄損傷が疑われる症状が残っているのに画像上も神経学的にも異常所見がなく脊髄障害が否定され,末梢神経障害としても説明しつくせない症状が残る場合には,非器質性精神障害として後遺障害が認定され得るかを検討する必要がある(本110頁)。
この場合も,心因的素因による減額が問題になることに留意を要する(本110頁)。

(2) 日常生活の資料と異議申立て

診断書に加えて,診療録,看護記録,家族の陳述書等により,日常生活でどのような支障がどの程度の頻度で生じているかを丹念に立証することが求められる(本129頁)。
自賠責保険の認定結果に不服がある場合は,異議申立てで追加の医証を提出するほか,訴訟で等級そのものを争うことになり,訴訟では別の専門医の意見書や裁判上の鑑定の申出により立証を補充することもあり得る(本129頁)。

第10 出典

1 法令

e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」(別表第二の第9級10号,第12級13号及び第14級9号並びに各等級の保険金額を確認),令和8年9月18日閲覧。
e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法施行規則」(別表第一の第9級の7の2,第12級の12及び第14級の9を確認),令和8年9月18日閲覧。
e-Gov法令検索「民法」(722条2項)。

2 通達・告示・所管行政機関の資料

厚生労働省「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」,平成15年8月8日基発第0808002号(別添1第2の1(2),別添2第2)。
国土交通省掲載「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」,平成13年金融庁・国土交通省告示第1号(第3及び令和元年金融庁・国土交通省告示第3号附則)。
国土交通省掲載「労働能力喪失率表」(支払基準別表Ⅰ)。
厚生労働省「疾病、傷害及び死因の統計分類(ICD-11準拠)」
損害保険料率算出機構「自賠責保険(共済)損害調査のしくみ」,令和8年4月改訂版(非器質性精神障害専門部会による審査)。

3 裁判例

最高裁判所第一小法廷昭和63年4月21日判決・昭和59年(オ)第33号,民集42巻4号243頁。

4 書籍

①小松初男・小林覚・西本邦男編『後遺障害入門 認定から訴訟まで』(青林書院,平成30年)4頁~5頁,110頁~111頁及び120頁~140頁。
②米国精神医学会『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(日本精神神経学会日本語版用語監修,医学書院,令和5年)の出版社の書籍案内
③公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準(赤い本)』2026年版(後遺症慰謝料の基準額)。