第1 本記事の対象と基準日
本記事は,新型インフルエンザ等対策政府行動計画(以下「政府行動計画」という。)の平成29年9月12日変更版(以下「旧計画」という。)のうち,「国内感染期」において緊急事態宣言がされている場合の措置を原文で示し,現行の新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という。)及び令和6年7月2日に全面改定された政府行動計画(以下「現行計画」という。)と対照するものである。
特措法18条1項は,政府対策本部が政府行動計画に基づき基本的対処方針を定めるとしており,令和2年4月に新型コロナウイルス感染症について初めて緊急事態宣言がされた当時の政府行動計画は,旧計画であった。
法令は令和8年9月18日現在のe-Gov法令検索の条文により,旧計画及び現行計画は内閣感染症危機管理統括庁(旧計画は内閣官房)のウェブサイトに掲載されたPDFにより確認した。
旧計画及び現行計画の頁は,いずれも資料に印字された頁で示す。
結論を先に示すと,次のとおりである。
①新型コロナウイルス感染症は,令和5年5月8日に感染症法上の5類感染症とされ,同日に政府対策本部及び基本的対処方針が廃止されたため,現在は特措法に基づく措置の対象となっていない。
②旧計画の「国内感染期」という区分は,現行計画には存在しない。
③旧計画が根拠として注記した特措法の条文のうち,45条3項の「指示」は令和3年2月13日から「命令」に改められて過料の制裁が付き,46条及び48条は削除され,39条の内容は26条の3以下に移っている。
第2 新型コロナウイルス感染症と特措法の関係の推移
1 令和2年3月改正による暫定的な適用
(1) 附則1条の2第1項による「新型インフルエンザ等」へのみなし
令和2年法律第4号による改正後の特措法附則1条の2第1項は,新型コロナウイルス感染症を,改正法の施行の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日までの間,特措法2条1号の「新型インフルエンザ等」とみなして特措法を適用すると定めていた。
同条2項は,政府対策本部の設置の前提となる14条の報告について,新型コロナウイルス感染症については「そのまん延のおそれが高いと認めるとき」とする読替えを定めていた。
この改正法案の説明資料(令和2年3月,内閣官房新型コロナウイルス感染症対策法案準備室)は,新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案 説明資料(PDF)に掲載している。
(2) 附則1条の2第3項による政府行動計画へのみなし
旧計画を新型コロナウイルス感染症に当てはめる直接の根拠は,同条3項であった。
同項は,改正法の施行前に作成された政府行動計画,都道府県行動計画,市町村行動計画及び業務計画に定められていた新型インフルエンザ等に関する事項を,新型コロナウイルス感染症を含む新型インフルエンザ等に関する事項として定められているものとみなしていた。
そのため,令和2年4月当時は,新型インフルエンザを想定して作成された旧計画が,そのまま新型コロナウイルス感染症への対処の枠組みとして用いられた。
2 令和3年2月改正による新型インフルエンザ等感染症への位置付け
附則1条の2は,令和3年法律第5号により,令和3年2月13日に削除された。
同じ改正により,感染症法6条7項に3号として「新型コロナウイルス感染症」が加えられ,新型コロナウイルス感染症は,同項の「新型インフルエンザ等感染症」として特措法2条1号の「新型インフルエンザ等」に当たることになった。
この改正の前の令和2年当時に新型コロナウイルス感染症に準用されていた感染症法及び検疫法の条文は,新型コロナウイルス感染症に準用されていた感染症法の条文と5類移行までの変遷-令和2年の指定感染症政令及び新型コロナウイルス感染症に準用されている検疫法の条文に掲載している。
3 令和5年5月8日の5類感染症への移行
厚生労働省によれば,新型コロナウイルス感染症は,令和5年5月8日から,それまでの「新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)」から5類感染症に位置付けが変更された。
現行計画は,同日に政府対策本部及び基本的対処方針が廃止されたと記載している(現行計画20頁)。
そのため,現在,新型コロナウイルス感染症について,特措法に基づく緊急事態宣言,まん延防止等重点措置その他の措置が行われる状態にはない。
第3 旧計画の「国内感染期」における緊急事態措置
1 国内感染期の定義と対策の考え方
(1) 国内感染期及び地域ごとの区分
旧計画は,発生段階を未発生期,海外発生期,国内発生早期,国内感染期及び小康期に分けていた。
国内感染期は,「国内のいずれかの都道府県で新型インフルエンザ等の患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった状態」とされ,「感染拡大からまん延、患者の減少に至る時期を含む」とされていた(旧計画61頁)。
都道府県ごとの状況については,地域未発生期,地域発生早期及び地域感染期の三つに分け,地域感染期は「各都道府県で新型インフルエンザ等の患者の接触歴が疫学調査で追うことができなくなった状態」とされていた(同頁)。
(2) 目的と対策の考え方
旧計画は,国内感染期の目的として,医療体制の維持,健康被害を最小限に抑えること,及び国民生活・国民経済への影響を最小限に抑えることの三つを挙げていた(旧計画61頁)。
対策の考え方の第一には,「感染拡大を止めることは困難であり、対策の主眼を、早期の積極的な感染拡大防止から被害軽減に切り替える。」と記載されていた(同頁)。
緊急事態宣言がされている場合の措置は,実施体制,予防・まん延防止,医療,国民生活及び国民経済の安定の確保の各項目の末尾に,「上記の対策に加え、必要に応じ、以下の対策を行う。」として置かれていた。
2 実施体制に関する緊急事態措置
(1) 旧計画の記載
旧計画の「(1)-2 緊急事態宣言がされている場合の措置」は,次のとおりである(旧計画62頁)。
「① 市町村は、緊急事態宣言がなされた場合、速やかに市町村対策本部を設置する。」
「② 地方公共団体が新型インフルエンザ等のまん延により緊急事態措置を行うことができなくなった場合においては、特措法の規定に基づく他の地方公共団体による代行、応援等の措置の活用を行う。」
旧計画は,①の根拠として特措法34条を,②の根拠として特措法38条及び39条を注記していた。
(2) 現行特措法との関係
市町村対策本部の設置を定める特措法34条1項は,現行法でも「新型インフルエンザ等緊急事態宣言がされたときは、市町村長は、市町村行動計画で定めるところにより、直ちに、市町村対策本部を設置しなければならない。」と定めている。
これに対し,他の地方公共団体の長等に対する応援の要求を定めていた39条から44条までは,令和5年法律第14号により令和5年9月1日に削除され,応援の要求,事務の委託,職員の派遣等は26条の2から26条の8までに移り,38条はこれらの規定を緊急事態の区域について読み替える規定となっている。
3 外出自粛要請と施設の使用制限
(1) 住民に対する外出自粛要請
旧計画の「(4)-4 緊急事態宣言がされている場合の措置」は,医療体制の負荷が過大となり死亡者数の増加が見込まれる等の特別な状況において,都道府県が講じる措置として,次の記載を置いていた(旧計画65頁)。
「都道府県は、特措法第45条第1項に基づき、住民に対し、期間と区域を定めて、生活の維持に必要な場合を除きみだりに外出しないことや基本的な感染対策の徹底を要請する。」
現行の特措法45条1項も,特定都道府県知事が,住民に対し,「生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないこと」その他の感染の防止に必要な協力を「要請することができる」と定めるにとどまり,この要請に応じないことに対する命令又は制裁の規定は置かれていない。
そのため,45条1項に基づく住民の外出自粛は,旧計画の当時から現在まで要請にとどまり,都市封鎖(いわゆるロックダウン)のように外出を強制するものではない。
(2) 施設の使用制限の要請・指示と施設名の公表
旧計画は,学校,保育所等について,次のとおり記載していた(旧計画65頁)。
「都道府県は、特措法第45条第2項に基づき、学校、保育所等に対し、期間を定めて、施設の使用制限(臨時休業や入学試験の延期等)の要請を行う。要請に応じない学校、保育所等に対し、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命・健康の保護、国民生活・国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、特措法第45条第3項に基づき、指示を行う。」
学校,保育所等以外の施設については,まず特措法24条9項に基づく感染対策の徹底の要請を行い,これに応じない施設のうち公衆衛生上の問題が生じていると判断された施設(特措法施行令11条に定める施設に限る。)に対して45条2項の要請を行い,さらに応じない場合に同条3項の指示を行うという段階が記載されていた(同頁)。
いずれについても,旧計画は,都道府県が「要請・指示を行った際には、その施設名を公表する。」としていた(同頁)。
この「指示」及び公表が現行法でどう変わったかは,第4の1で扱う。
(3) 住民に対する予防接種
旧計画は,国が「特措法第46条に基づく住民に対する予防接種を進める。」と記載していた(旧計画65頁)。
特措法46条は,令和4年法律第96号により令和4年12月9日に削除された(第4の2で扱う)。
4 医療提供体制に関する緊急事態措置
(1) 指定公共機関による医療等の確保
旧計画は,医療機関並びに医薬品又は医療機器の製造販売業者,販売業者等である指定(地方)公共機関が,業務計画で定めるところにより,医療又は医薬品若しくは医療機器の製造販売等を確保するために必要な措置を講ずると記載し,根拠として特措法47条を注記していた(旧計画67頁)。
現行の特措法47条も,これらの指定公共機関及び指定地方公共機関に対し,新型インフルエンザ等緊急事態において,業務計画で定めるところにより,医療等を確保するため必要な措置を講ずることを義務付けている。
(2) 定員超過入院と臨時の医療施設
旧計画は,区域内の医療機関が不足した場合,都道府県等が,定員超過入院等のほか,臨時の医療施設を設置して医療を提供し,流行がピークを越えた後は順次閉鎖すると記載していた(旧計画67頁~68頁)。
旧計画は,定員超過入院の根拠として医療法施行規則10条を,臨時の医療施設の根拠として特措法48条1項及び2項を注記していた(旧計画68頁)。
医療法施行規則10条は,病室の定員を超える入院等を禁じつつ,臨時応急のため入院させるときを除外している。
同条には,令和6年4月1日から,感染症患者を感染症病室でない病室に入院させないとする4号について,感染症法36条の2第1項の通知又は同法36条の3第1項の医療措置協定に基づく措置を実施するときを除外するただし書が加わっている。
臨時の医療施設を定めていた特措法48条は,令和3年2月13日に削除されて現在の31条の4に移り,緊急事態措置を定める第4章ではなく,新型インフルエンザ等の発生時における措置を定める第3章に置かれている。
5 国民生活及び国民経済の安定に関する緊急事態措置
(1) 14項目の構成と根拠条文
旧計画の「(6)-3 緊急事態宣言がされている場合の措置」は,次の14項目から成っていた(旧計画68頁~71頁)。
項目名の後の括弧内は,旧計画が注記した特措法の条文であり,いずれも現行法で同じ条番号と趣旨が維持されている。
①業務の継続等
②電気及びガス並びに水の安定供給(国内発生早期の記載を参照)
③運送・通信・郵便の確保(同)
④サービス水準に係る国民への呼びかけ
⑤緊急物資の運送等(国内発生早期の記載を参照)
⑥物資の売渡しの要請等(55条)
⑦生活関連物資等の価格の安定等(59条)
⑧新型インフルエンザ等発生時の要援護者への生活支援
⑨犯罪の予防・取締り(国内発生早期の記載を参照)
⑩埋葬・火葬の特例等(56条)
⑪新型インフルエンザ等の患者の権利利益の保全等(57条)
⑫新型インフルエンザ等緊急事態に関する融資(60条)
⑬金銭債務の支払猶予等(58条)
⑭通貨及び金融の安定(61条)
(2) サービス水準の低下の許容と権利保全・支払猶予
このうち④は,国が,国民に対して,「まん延した段階において、サービス提供水準が相当程度低下する可能性を許容すべきことを呼びかける。」とするものであった(旧計画68頁)。
⑪は,特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律の規定を準用する特措法57条を前提に,行政上の権利利益に係る満了日の延長等の特例措置の指定を検討するものであり,⑬は,国会閉会中等に政令で金銭債務の支払の延期等を定めることができる特措法58条を前提に,対応策を速やかに検討するものであった(旧計画70頁~71頁)。
⑩の埋葬・火葬の手続については,火葬許可証(AI作成)及び葬儀・火葬の実施(AI作成)で扱っている。
6 旧計画が例示していた社会への影響の想定
旧計画は,新型インフルエンザ等による社会への影響の一つの例として,国民の25%が流行期間(約8週間)にピークを作りながら順次り患し,り患者は1週間から10日間程度り患して欠勤すると想定していた(旧計画8頁)。
また,ピーク時(約2週間)には,従業員自身のり患のほか,家族の世話や看護等のため出勤が困難となる者等を見込み,従業員の最大40%程度が欠勤するケースが想定されるとしていた(旧計画8頁~9頁)。
旧計画は,この想定について「多くの議論がある」とした上で一つの例として示しており,確定した予測として位置付けてはいなかった(旧計画8頁)。
第4 旧計画の条番号と現行特措法の対応
1 施設の使用制限は「指示」から「命令」へ
(1) 45条3項の命令と過料
令和3年法律第5号による改正後の特措法45条3項は,施設管理者等が正当な理由がないのに同条2項の要請に応じないときは,特定都道府県知事は,政令で定める事項を勘案して特に必要があると認めるときに限り,当該要請に係る措置を講ずべきことを「命ずることができる」と定めている。
旧計画が記載していた「指示」は,この改正によって「命令」となり,命令に違反した者は30万円以下の過料に処するとされた(特措法79条)。
同じ改正により,45条2項の期間の考慮要素に「発生の状況」が加わっている。
(2) 専門家の意見聴取と施設名の公表
現行の45条4項は,特定都道府県知事が同条1項若しくは2項の要請又は3項の命令を行う必要があるか否かを判断するに当たっては,あらかじめ,感染症に関する専門的な知識を有する者その他の学識経験者の意見を聴かなければならないと定めている。
施設名の公表については,令和2年4月当時の45条4項が「遅滞なく、その旨を公表しなければならない。」と定めていたのに対し,現行の同条5項は「その旨を公表することができる。」と定めている。
2 削除され又は移動した条文
(1) 46条(住民に対する予防接種)の削除
特措法46条は,緊急事態において政府対策本部が基本的対処方針で予防接種法6条1項の予防接種の対象者及び期間を定め,市町村長がこれを行う仕組みを定めていたが,令和4年法律第96号により令和4年12月9日に削除された。
同じ日に,旧計画(4)-3が根拠としていた予防接種法6条3項の「新臨時接種」(B類疾病について厚生労働大臣が臨時の予防接種を指示する規定)も改められ,現行の同項は,A類疾病のうち全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるものとして厚生労働大臣が定めるものについて,厚生労働大臣が都道府県知事等に臨時の予防接種を指示する規定となっている。
(2) 48条(臨時の医療施設)から31条の4へ
臨時の医療施設を定めていた48条は,令和3年2月13日に削除され,同日に新設された31条の2に移された後,令和6年4月1日から31条の4となっている。
現行の31条の4第1項は,都道府県知事が,その区域内で病院その他の医療機関が不足し医療の提供に支障が生ずると認める場合に,臨時の医療施設において医療を提供しなければならないと定めており,緊急事態宣言がされていることを要件としていない。
この点で,臨時の医療施設を緊急事態宣言がされている場合の措置として記載していた旧計画とは適用場面が異なる。
(3) 39条(応援の要求)から26条の3以下へ
39条から44条までは令和5年9月1日に削除され,他の地方公共団体の長に対する応援の要求(26条の3),事務の委託の手続の特例(26条の5),職員の派遣の要請(26条の6)等は,第3章の26条の2以下に置かれている。
現行の26条の3は,都道府県知事又は市町村長が「特定新型インフルエンザ等対策」を実施するため必要があると認めるときに他の都道府県知事又は市町村長に応援を求めることができると定めており,緊急事態宣言がされていることを要件としていない。
(4) 基本的対処方針等諮問委員会から推進会議へ
旧計画は,基本的対処方針の変更に当たり「基本的対処方針等諮問委員会」の意見を聴くと記載していた(旧計画62頁)。
現行の特措法18条4項は,基本的対処方針を定めようとするときは,あらかじめ,70条の2の2の新型インフルエンザ等対策推進会議の意見を聴かなければならないと定めている。
3 条番号と趣旨が維持されている条文
旧計画が緊急事態措置の根拠として注記した条文のうち,34条(市町村対策本部),47条(医療等の確保),55条(物資の売渡しの要請等),56条(埋葬及び火葬の特例等),57条(患者等の権利利益の保全等),58条(金銭債務の支払猶予等),59条(生活関連物資等の価格の安定等),60条(緊急事態に関する融資)及び61条(通貨及び金融の安定)は,現行法でも同じ条番号で同じ趣旨の規定となっている。
45条2項の要請の対象となる施設を定める特措法施行令11条も,現行法で同じ条番号であり,大学,劇場,集会場,百貨店,飲食店等の施設について床面積の合計が1000平方メートルを超えるものに限る旨の定めを置いている(同条1項15号により,厚生労働大臣が定めて公示するものは1000平方メートル以下でも対象となる。)。
4 まん延防止等重点措置の創設
令和3年2月13日の改正で,緊急事態宣言に至らない段階の措置として,まん延防止等重点措置が創設された。
現行法では,政府対策本部長が31条の6第1項により重点措置を実施すべき期間,区域等を公示し,都道府県知事は31条の8により営業時間の変更等の要請及び命令をすることができる。
31条の8第3項の命令に違反した者は,20万円以下の過料に処するとされている(特措法80条1号)。
第5 令和6年7月2日に全面改定された現行計画
1 改定の概要と時期区分
(1) 準備期・初動期・対応期の区分と13の対策項目
現行計画は,従前の政府行動計画が平成25年に策定されたものであるとした上で,初めてとなる抜本改正を行うとし,記載を準備期,初動期及び対応期の三つの時期に分け,対策項目を6項目から13項目に拡充した(現行計画概要1頁~2頁)。
そのため,旧計画の「国内感染期」「地域感染期」等の区分は,現行計画には存在しない。
現行計画は,毎年度のフォローアップのほか,おおむね6年ごとに改定について必要な検討を行うとしている(現行計画概要6頁)。
(2) 対応期の細分
現行計画は,対応期を,封じ込めを念頭に対応する時期(B),病原体の性状等に応じて対応する時期(C-1),ワクチンや治療薬等により対応力が高まる時期(C-2)及び特措法によらない基本的な感染症対策に移行する時期(D)に分けている(現行計画27頁)。
旧計画が発生段階を感染の広がり(接触歴を疫学調査で追えるかどうか)で区分していたのに対し,現行計画は病原体の性状や対応手段の状況に応じて対策を切り替える区分としている点に違いがある。
2 対応期における外出自粛要請と施設の使用制限
(1) 外出自粛要請
現行計画は,対応期の「まん延防止」において,都道府県が,まん延防止等重点措置として重点区域において営業時間が変更されている業態に属する事業が行われている場所への外出自粛要請(特措法31条の8第2項)を行い,緊急事態措置として,「生活の維持に必要な場合を除きみだりに居宅等から外出しないこと等の要請」(特措法45条1項)を行うとしている(現行計画108頁~109頁)。
(2) 施設の使用制限と命令
現行計画は,都道府県が,緊急事態措置として,学校等の多数の者が利用する施設(特措法施行令11条に規定する施設に限る。)の施設管理者等に対し,施設の使用制限(人数制限や無観客開催)や停止(休業)等の要請を行うとしている(現行計画109頁)。
要請の対象者が正当な理由なく要請に応じない場合は,「特に必要があるときに限り」要請に係る措置を講ずべきことを命ずるとし,注で「当該命令に違反した場合は、特措法第79条及び第80条第1号の規定に基づき過料が科され得る。」と記載している(現行計画110頁)。
(3) 施設名の公表
現行計画は,要請又は命令を受けた事業者や施設について,「その事業者名や施設名を公表することが利用者の合理的な行動の確保につながると判断される場合」に公表するとしている(現行計画110頁)。
旧計画が要請・指示を行った施設名を一律に公表するとしていたのに対し,現行計画は公表を判断に係らせている。
第6 施設の使用停止命令を違法とした東京地裁令和4年5月16日判決
1 事案と請求
東京地方裁判所令和4年5月16日判決(令和3年(ワ)第7039号)は,東京都知事が,緊急事態宣言期間中の令和3年3月18日,営業時間短縮の要請に応じなかった飲食店経営会社に対し,特措法45条3項に基づき,都内の26店舗を午後8時から翌日午前5時までの間の営業のために使用することを停止する旨の命令を発出した事案である。
原告会社は,命令が違法かつ違憲であり,命令に従って営業時間を短縮したことにより営業損害を被ったと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,損害の一部である104円の支払を求めた。
2 判断の内容
(1) 命令は「特に必要があると認めるとき」に当たらず違法
判決は,本件命令につき,原告が要請に応じないことに加え,原告に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があったと認めることはできないとして,本件命令の発出は特に必要であったと認められず,違法であると判断した(判決45頁~46頁)。
(2) 都知事の過失の否定と違憲の主張の排斥
他方で,判決は,本件命令が45条3項の命令の最初の発出事例であり,要件該当性判断の当否等の検討のために参照すべき先例がなかったこと等から,都知事に国家賠償法上の過失があるとまではいえないとした(判決47頁)。
特措法及び本件命令が憲法に違反するとの主張も採用せず,原告の請求を棄却した。
(3) 判決の確定
報道によれば,原告は控訴したが,令和4年8月16日の控訴審第1回期日の後に控訴を取り下げ,本判決が確定した。
本判決は,要請に応じないことだけでは45条3項の「特に必要があると認めるとき」に当たらないとした一事例であり,同項の命令の要件を一般的に確定したものではない。
第7 特措法に対する日弁連の会長声明
日本弁護士連合会は,特措法の制定前の2012年(平成24年)3月22日付で「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」を公表し,多数の者が利用する施設の使用制限等(45条)について,要件が「抽象的かつ曖昧なもの」であり,対象も「極めて広範な施設に適用可能な規定となっている」と指摘していた。
同声明は,当時の政府の新型インフルエンザ対策行動計画(2011年9月20日)の被害想定が安易に用いられれば,緊急事態宣言の要件を充足するものとたやすく判断されるおそれがあるとも述べていた。
日本弁護士連合会は,令和3年の改正法案の閣議決定の日である2021年(令和3年)1月22日付で「感染症法・特措法の改正法案に反対する会長声明」を公表した。
同声明は,まん延防止等重点措置として事業者に営業時間の変更等を要請・命令し,命令に応じない場合に過料を科す仕組みについて,発動要件や命令内容が不明確であり,恣意的な運用のおそれがあると指摘している。
第8 緊急事態宣言下の裁判所の業務継続
令和2年4月16日の参議院法務委員会において,村田斉志最高裁判所事務総局総務局長(当時)は,緊急事態宣言の対象地域に所在する裁判所においては,「裁判所における新型インフルエンザ等対応業務継続計画」に基づき,令状に関する事務やいわゆるDV事件に関する事務など特に緊急性の高い事件に関する事務を継続する体制とし,必要な機能を維持できる範囲に業務を縮小していると答弁した。
同答弁は,職員の勤務体制について,業務を行う上で必要な職員のみが裁判所に来て職務をし,それ以外の職員は自宅において勤務していると説明した。
当時の最高裁判所の文書は,新型コロナウイルス感染症への対応に関する最高裁判所作成の文書及び業務の再開に関するQ&A(令和2年5月1日付の最高裁判所総務局参事官の事務連絡添付の文書)に掲載している。
第9 関連記事
①国家緊急権に関する内閣法制局長官の国会答弁
②新型コロナウイルス感染症に準用されていた感染症法の条文と5類移行までの変遷-令和2年の指定感染症政令
③新型コロナウイルス感染症に準用されている検疫法の条文
④新型コロナウイルス感染症への対応に関する最高裁判所作成の文書
⑤歴代の最高裁判所総務局長(AI作成)
第10 出典・参考資料
1 法令
①新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号)2条,18条,24条,26条の2~26条の8,31条の4,31条の6,31条の8,34条,38条,45条,47条,55条~61条,79条,80条及び令和2年法律第4号による改正後の附則1条の2(e-Gov法令検索。令和8年9月18日現在の条文並びに令和2年4月4日,令和3年2月12日・13日,令和4年12月8日・9日,令和5年8月31日・9月1日及び令和6年3月31日・4月1日時点の条文を確認)
②感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)6条7項(e-Gov法令検索)
③新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令(平成25年政令第122号)11条(e-Gov法令検索)
④医療法施行規則(昭和23年厚生省令第50号)10条(e-Gov法令検索。令和6年3月31日・4月1日時点の条文を確認)
⑤予防接種法(昭和23年法律第68号)6条(e-Gov法令検索。令和4年12月8日・9日時点の条文を確認)
2 裁判例
①東京地方裁判所令和4年5月16日判決(令和3年(ワ)第7039号,裁判所ウェブサイト)
3 政府行動計画・行政資料
①政府「新型インフルエンザ等対策政府行動計画(平成29年9月12日変更)」8頁~9頁,61頁~71頁(PDF12頁~13頁,65頁~75頁)
②政府「新型インフルエンザ等対策政府行動計画(令和6年7月2日)」概要1頁~2頁,概要6頁,20頁,27頁,108頁~110頁(PDF2頁~3頁,7頁,21頁,28頁,109頁~111頁)
③内閣感染症危機管理統括庁「政府行動計画等」及び「過去の新型インフルエンザ対策行動計画等」
④厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について」
4 国会会議録
①第201回国会参議院法務委員会会議録第7号(令和2年4月16日。国立国会図書館国会会議録検索システム)
5 日本弁護士連合会の会長声明
①日本弁護士連合会「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」(2012年3月22日)
②日本弁護士連合会「感染症法・特措法の改正法案に反対する会長声明」(2021年1月22日)
6 報道
①弁護士ドットコムニュース「グローバルダイニング訴訟、控訴取下げ 「時短命令は違法」地裁判決が確定」(2022年8月16日)