国家緊急権に関する内閣法制局長官の国会答弁


目次1 総論2 内閣法制局長官の国会答弁

○秋山収内閣法制局長官の,平成16年5月11日の衆議院武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会における答弁
○秋山収内閣法制局長官の,平成16年4月20日の衆議院武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会における答弁
○津野修内閣法制局長官の,平成14年5月8日の衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会における答弁
○吉國一郎内閣法制局長官の,昭和50年5月14日の衆議院法務委員会における答弁
○高辻正己内閣法制局長官の,昭和44年3月15日の参議院予算委員会における答弁
3 関連記事その他

1 総論
(1) 国家緊急権とは,戦争,内乱,恐慌又は大規模な自然災害その他平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,国家権力が立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を採る権限をいいます。ところ,を以下のとおり掲載しています。
(2) 国家緊急権に関する内閣法制局長官の答弁の結論としては,国家緊急権というものは日本国憲法において認められないものの,大規模な災害や経済上の混乱などの非常な事態に対応すべく,公共の福祉の観点から,合理的な範囲内で国民の権利を制限し,国民に義務を課す法律を制定することは可能であり,例としては,災害対策基本法,国民生活安定緊急措置法及び武力攻撃事態対処法があります。

2 内閣法制局長官の国会答弁
◯秋山収内閣法制局長官の,平成16年5月11日の衆議院武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会における答弁

1 (山中注:日本と同じように内閣制をとっている国で非常大権が元首にない国の例を質問されたことに対して)外国に関する法令を正確に把握することは難しい点がございますけれども、私どもが承知しております限りでは、ドイツ連邦共和国でございますが、これは憲法上に規定があるわけではございませんが、一応、国のトップとして大統領が元首であるというふうに解されていると思います。
   しかしながら、ドイツ連邦共和国におきましては、防衛事態などの国家の緊急事態におきましても、立憲的な憲法秩序を一時停止するような性格を有する国家緊急権のような権限は大統領にも与えられておりませんで、現行ドイツ基本法の規定に基づき制定されている、あるいは、新たに制定される法律の定めるところにより連邦政府がこれに対処するものとされているものと承知しております。
2 ただ、細部にわたってこれは正確かどうかちょっと自信がございませんけれども、大勢としてはそういう考え方でございます。

○秋山収内閣法制局長官の,平成16年4月20日の衆議院武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会における答弁
1(1) お尋ねの大統領非常大権、これは法律学ではいわゆる国家緊急権という言葉で議論されるものでございます。
   すなわち、戦争とか内乱、恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処することが困難なような非常事態におきまして、国家の存立を維持するために国家権力が通常の立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限というふうに考えられております。
(2) それで、フランスでは、御指摘のとおり、フランス第五共和国憲法は第16条でそういう規定があるわけでございます。それから、大日本帝国憲法でも、先ほど御指摘のとおりのものがございます。
   日本国憲法においてはこのような規定は存在しておらず、したがって、先ほど申し上げたような国家緊急権というものは現行の憲法下では認められないものと考えております。
(3) ただ、現行憲法下でも、大規模な災害とか経済的混乱などのような非常な事態に対応すべく、公共の福祉の観点から合理的な範囲内で国民の権利を制限し、あるいは義務を課す法律を制定することは可能でございまして、災害対策基本法、国民生活安定緊急措置法など、既に多くの立法がございます。
   今回提案しております有事関連の法律も、そのような系列のものに入るものと考えております。
2 累次、この国会に至る前にも政府側から答弁しておりますけれども、今回の法案は、現行憲法のもとで、基本的な人権の尊重に十分配慮しつつ、事態の特性に応じて必要な制約を加えるというものでありまして、これは、冒頭申し上げましたような国家緊急権の発動というものではないというふうに考えております。

○津野修内閣法制局長官の,平成14年5月8日の衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会における答弁
1 事務的に、経緯でございますので事実関係をお答えさせていただきますが、国家緊急権と申しますのは、これは講学上の概念でございまして、戦争とか内乱とか、あるいは恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構をもってしては対処できない、そういった非常事態におきまして、国家の存立を維持するために、国家権力が立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限をいうものと解されているわけでございます。これは、一般的に、学説上、大体このような概念でございます。
   このような国家緊急権につきましては、大日本帝国憲法におきましては、戦争、内乱等の非常事態において、天皇による戒厳、それから非常大権などとして憲法に規定されておりまして、制度化が図られているところでございますが、日本国憲法においては、そういった規定はないわけであります。
2 この点につきましては、要するに規定されていないということにつきましては、その具体的な経緯は明らかではありませんが、憲法制定議会におきまして、第90回帝国議会の衆議院帝国憲法改正案委員会におきまして、金森国務大臣は、非常事態の際に、大日本帝国憲法第31条、非常大権のような制度が必要ではないかという質問に対しまして、
   民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス
言葉ヲ非常ト云フコトニ藉リテ、其ノ大イナル途ヲ残シテ置キマスナラ、ドンナニ精緻ナル憲法ヲ定メマシテモ、口実ヲ其処ニ入レテ又破壊セラレル虞絶無トハ断言シ難イト思ヒマス、
随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、
随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス、
と答弁しているわけであります。
3 こういったことでございまして、いわゆる国家緊急権が設けられなかった理由が答弁として残されているわけでありますが、ただ、日本国憲法のもとにおきましては、例えば、大規模な災害や経済上の混乱などの非常な事態に対応すべく、公共の福祉の観点から、合理的な範囲内で国民の権利を制限し、国民に義務を課す法律を制定することは可能であり、これまでにも、災害対策基本法、国民生活安定緊急措置法などの多くの立法がなされているところでございます。
   また、今回のいわゆる武力攻撃事態対処関連三法案につきましては、申すまでもありませんが、日本国憲法の範囲内で立法化をしようとするものでありますから、これまで述べてきました立憲的な憲法秩序を一時停止する性格を有する講学上の国家緊急権の制度を図るといったような法律ではないということでございます。

○吉國一郎内閣法制局長官の,昭和50年5月14日の衆議院法務委員会における答弁
1(1) 現行憲法のもとにおいて非常時立法ができるかというお尋ねでございますが、非常時立法というものにつきまして、もともとこれは法令上の用語ではございませんから明確な定義があるわけではございませんけれども、まあわが国に大規模な災害が起こった、あるいは外国から侵略を受けた、あるいは大規模な擾乱が起こった、経済上の重要な混乱が起こったというような、非常な事態に対応いたしますための法制として考えますと、それはあくまでも憲法に規定しております公共の福祉を確保する必要上の合理的な範囲内におきまして、国民の権利を制限したり、特定の義務を課したり、また場合によりましては個々の臨機の措置を、具体的な条件のもとに法律から授権をいたしまして、あるいは政令によりあるいは省令によって行政府の処断にゆだねるというようなことは現行憲法のもとにおいても考えられることでございまして、現に一昨年の11月に国会で非常に多大の御労苦を願いまして御審議いただきました国民生活安定緊急措置法というものがございます。
(2) これはその当時の緊急経済事態に対応いたしまして諸般の措置を定めたものでございますが、その中には、割り当てまたは配給につきまして全面的に政令以下に権限をゆだねていただいておるような法令もございます。
(3) これも、一定の限られた範囲ではございますけれども非常時立法の一例でございましょうし、また古くは、災害対策基本法の中で、非常災害が起こりました場合に、財政上、金融上の相当思い切った措置を講じ得るようになっておりますが、これもそのたびごとに政令をもって具体的な内容を規定いたすことになっております。
2 このように、現憲法のもとにおきましても特定の条件のもとにおいてはこのような立法ができることは、すでに現在先例を見ていることから言っても明らかでございまして、いわゆる非常時立法と申すものにつきまして、一定の範囲内においてこれを制定することができることは申すまでもないと思います。
   もちろん、旧憲法において認められておりましたような戒厳の制度でございますとか、あるいは非常大権の制度というようなものがとれないことは当然のことでございますし、また、現段階において全面的な広範な非常時立法を考えているというような事態はございませんことを申し上げておきます。

○高辻正己内閣法制局長官の,昭和44年3月15日の参議院予算委員会における答弁
1 私に対する御質疑は、いまやるかどうかという問題を離れて、憲法上可能かどうかという問題のようでございます。憲法にはこの非常事態に関する特別の規定は、御承知のとおり、政治機構に関して例の参議院緊急集会の制度があるくらいでございまして、そのほか一般的に非常事態に際してどうという規定はございません。
   しかしながら、御指摘のように、人権の保障も、常に公共の福祉のために利用する責任を負うということになっておりまして、公共の福祉に反する利用ということになりますと、まあいまのいろんな法律にもありますような、いろんな制限をこうむる場合がございます。
2 したがって非常事態というような場合になりますれば、それほど、相関関係における公共の福祉というものが当然問題になりますから、それと厳密に均衡のとれた制限であれば不可能とは言えない。
   むろん公共の人権の制限に関するものでありますから、立法にあたりましては慎重を期する必要がありますけれども、理論的には不可能であるということは申すわけにはまいらないと思います。

3 関連記事その他
(1) 衆議院HPに「緊急事態」に関する資料(平成25年5月の衆議院憲法審査会事務局)が載っています。
(2) 国が,積極的に,国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し,社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図るため,その社会経済政策の実施の一手段として,立法により,個人の経済活動に対し,一定の規則措置を講ずることは,それが右目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り,憲法の禁ずるところではありません(最高裁大法廷昭和47年11月22日判決)。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 新型コロナウイルス感染症への対応に関する最高裁判所作成の文書
・ 新型コロナウィルス感染症に準用されている感染症法,感染症法施行令及び感染症法施行規則の条文
・ 新型コロナウイルス感染症に準用されている検疫法の条文
・ 国内感染期において緊急事態宣言がされた場合の政府行動計画(新型インフルエンザの場合)


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